第10話:強魔
其奴の外見は人間である。ただし、『常軌を逸した』という枕詞が付くが。
三mを超える巨大な体躯を誇り、腕や脚、首や胴廻り等、肉体を構成する全てが太い。偉丈夫という奴だ。筋肉達磨とも言う。無駄にデカい。兎に角デカい。着ておる衣服も特注品である。
(王……これが魔界のトップ……ッ!)
士は眼前に立つ巨漢を見て息を呑み、奴から発される未知の迫力に気圧されておる。奴はただ、其処に立っておるだけであるというのに。
「オマエさん達は下がってな」
「「ハッ!」」
奴、ブルース・バラムの見た目に違わぬ低い声で下された命令に従い、剣士と射手は遥か彼方へと去って行った。姿は見えぬが、暗殺者もこの場から消え失せた筈である。
「さて、人間の少年よ。本来ならこの居心地の悪い所から河岸を変え、オマエさんを回復させてやった上で臨みたいが、生憎そういう訳にもいかん。これは“闘争”ではなく、“仕事”だからな」
闘いに於いて、此奴は昔からフェアであった。しかし、それと同時に仕事熱心な奴でもあった。本気で士の命を獲りに来ておる事が、言葉の端々から窺える。相手を弱らせ、更に力を十全に振るえぬ場所で闘うのがその証左。後者に関しては彼奴も同じ筈であるが、この様子であると何かしらの対策はして来ておるな。
「という訳で、往くぞっ!」
そう声を掛けてから動いたのは、奴のせめてもの公平さ故か。
「グゥッ……ッッ!?」
ダッシュと共に振るわれた巨拳に、士は何の反応もできず、数十mは殴り飛ばされた。
「ガハッ……ッ!!」
地面に叩き付けられ、肺から空気が漏れる。受身は取っておらぬ。骨折は無し。内臓にダメージはあったが、治った。
(糞! 以前にも増して馬鹿力だな!)
(グッ、い、以前!? 知り合いか?!)
(幼馴染だ!)
故に知っておる。此奴の、バラム家の特性を。それは、強靭な筋繊維が太く高密度に束ねられた結果生み出される、超絶的なまでのパワー・スピード・タフネスである。悔しいが、前二つは嘗ての我よりも上だ。単純明快であり、それ故に対策を立て難い。
(士! 上だ!)
視線を移すと、上空には奴の巨体が浮かんでおる。士に王手を指すべく、あの場からブルースが一跳びしたのだ。
「フンッッ!!」
大きな足の裏が此方に向かって来る。このまま寝転がっておると危険な為、士は地面をゴロゴロ転がって回避。ブルースの踏み付けは失敗し、一先ず事なきを得た。奴の脚は、地面に深く突き刺さっておる。
「ふむ、流石にこんな攻撃では仕留められんか」
脚を引き抜き、ブルースは顎を撫でながら独り言を呟いた。
先程の続きであるが、筋肉の“出力”では負けておっても“強度”では勝っておる。タフネスさであれば対抗可能だ。悪魔化できれば、だが。
「だが、何の負傷も無しとは。余程、好条件だったようだな」
褒め言葉とは裏腹に、その発言からは得も知れぬゆとりが見て取れる。
「ま、仕事は楽しいに越したことは、ないっ!!」
そう言うと同時に、奴の大振りな拳が士の顔面に迫る。それは何十発も繰り出された。士は避け続け、或いはガードする。後者の方が重点に置いて行動する。
怪我はすぐに治癒する上、脳内から分泌された物質のお陰で苦痛も感じぬ。また、拍子を見計らって拳足で反撃しておる。しかし、奴にはあまり利いておらん。その事は、次に発せられる奴の台詞で分かる。
「ヌルい打撃だな」
見下しはしておらんが、其処には若干の失望が籠められておった。
(クッ……! 俺に勝てる見込みはあんのか?)
ある。体力や持久力、自然治癒力に関しては此方が圧倒的に上。一応、まだ保つ。勝利できる要素は一通り揃っておるが、後はそれを活かせるか否かである。向こうが往時のままとは限らんし、経験に至っては雲泥の差がある。我も戦闘経験は豊富であると自負しておるが、それを士の役に立てる事は出来ん。所詮は他者のモノであるからだ。
(チッ! なんにせよ、ここに居たら悪魔化できない。勝率も下がる。なんとか公園まで……)
移動しようにも奴がその様な事を許す筈もない。真正面から打ち合いとうても、今の士とは基礎性能に差があり過ぎて話にならん。此方の攻撃が通らんのだからな。
だがその時、士に転機が巡って来た。
「……チッ、やっぱり前言撤回。河岸を変えるか」
「は?」
攻撃する手と足を一旦止め、ブルースは士にそう告げた。
奴は戦闘に対して真面目であり、かつそれを楽しむ傾向もあった。一種の戦闘狂である。暫しの間、悩んでおる様子を見せておったが、そういう事か。その辺りは相変わらずであるな。
(懐かしんでる場合かっ! こっちは今にも殺されそうなんだよっ!!)
(分かっておるわ!)
我と融合した士を殺す手段なんぞ、ほぼ皆無に等しい。とはいえ、殺さずに行動不能へ追い込む方法なんぞ幾らでもある。太陽に叩き込むとかな。其処まで行かずとも、いざとなれば何かに封印という手段に訴える事になろう。如何にかしてこの場を切り抜けねば。
「ってことで先に往ってなっ!!」
「ゴブッ……ッッ!?」
会話中の隙を突かれ、士は蹴り飛ばされた。奴の尋常ならざる脚力によって物凄い速度で空へと昇って行き、遂には外苑の外へ。内臓にダメージを負い、吐血しつつもその瞬間に翼を出現させ、士は公園まで飛行した。例え逃げようとしても、奴等は地の果てまで追い掛けて来るからな。それならば、いっそ正面から迎え撃ち、此処で決着を付けた方がマシだというものよ。
それから数十秒で、公園内のとある地点に着陸した士。それをブルースは飛翔ではなく数回の跳躍で追い、士が待機する広場に降り立った。
「どうだ? ここなら全力を出せるだろ?」
ブルースはそう尋ねた。しかし、士はその問い掛けを無視し、悪魔化。折角貰った新品の衣服が、全て台無しになった。
「ふむ、言葉は不要。拳で語れと、そういうことか?」
士の思いは恐らく違うが、もうそういう事で良い。面倒臭い。
「瞳が黒い……やはりアイツは消えたか……」
悪魔化した士を視て、ほんの少しだけ、ブルースは物思いに耽った。即座に止めたが。
それにも何も返す事なく、士は奴に向かって一直線に走り出した。
「ハハハハッ! そうだ! 来いっ!! こっブガァッ!?」
今の己が出せる最大限の攻撃。それが秘められた拳を、士はブルースの頬に打ち込んだ。奴の巨体が勢い良く吹き飛ぶ。芝生の上を滑り、数十m後方に立つ樹に激突。更にもう何本か打つかって、折って、ようやっと停止した。
「グッ……! フッ……!! や、やるじゃねぇか……ナリは小せぇが、昔のアイツよか強ぇ」
距離はあったが、士の聴覚は奴のボヤきをしかと捉えた。此奴の強さは、元の体質も相俟っての事である。他はてんで駄目だが。
(今のうちにっ!)
圧し折れた樹に手を着き、身体を支えながらブルースは起き上がった。歳だからな。体勢が整う前に追い討ちを掛ける為、士は地を蹴る。今し方放った拳に劣らぬ、良い突きであった。
【――!?】
「ウッ、だがまだまだだな。単調すぎる。経験不足だ」
しかし、今回は届かんかった。奴の掌で受け止められたのだ。ブルースは一瞬、痛みに呻いたものの、士の拳を掴んだまま何食わぬ顔で立ち上がった。
「もっと精進しな……って今日死ぬんだった、なっ!?」
余裕綽々(しゃくしゃく)な様子で喋っておる奴の脇腹を、士は自由な方の手で強かに殴り付けた。ただ利き手の自由が利かん為、拳には腰が入っておらん。それ故に打撃力はやや低いが、それでも奴の手を解く程度の威力はあった。
「チッ、ひとの話は最後まで聞くものだぞ」
そう言いつつ、奴は殴られた所を擦る。士はそれに対しても聞く耳を持たず、後ろに跳んだ。
「ク、クハハハッ! 餓鬼の頃を思い出すな!」
ブルースは唐突に笑い声を上げた。士と闘っておる真っ最中に、過去に我と行った戦闘を重ねておったのだ。まあ、強ち間違いという訳でもない。当たらずとも遠からずと云ったところか。
【「フンッ!!】」
二人は猛スピードで接敵し、互いの顔面を拳で打ち抜く。何方も過たずヒット。鼻血は噴き出たが、両者共に仰け反る間もなく次の攻勢に移った。
「【ヴンッ!!」】
先刻とは逆の拳で頬を打った。肉と骨が衝突する鈍い音が響く。その際に生じた衝撃で大気が歪み、足元の芝や離れた所に在る木の葉が大きく揺れる。だが先程と同様、奴の骨にヒビが入った感触すらなかった。殴られた時、奴の拳がイカれた感じもせんかった。
士のアダマンチウムの骨格は兎も角、ブルースの骨格も昔に比べてかなり堅牢になっておるな。無論、筋肉も更に鍛え上げられ、外皮も分厚くなっておる。
士は今まで雑魚しか相手にしておらず、またその数も少ない。それが此処にきて、上級悪魔三人に王とは……。前者は何とか退けられたが、後者はそう簡単にいきそうにない。寧ろ、真剣に命(自由)の心配をせねばならん位である。
「ゴバ……ッッ!」
我が考え込んでおる間にも、士は覚えたての尻尾を用いた刺突も織り交ぜ、ブルースと幾重もの攻防を繰り返しておった。
丁度今、槍の如き尾が奴の腹に突き刺さったところである。
【――?! グッ……!!】
「ククッ、逃げられまい」
しかし、ブルースも歴戦の猛者。唯ではやられん。奴は筋肉を収縮させる事で尾を抜け辛くし、士が逃げられん様にしたのだ。そして、己の手とタイミングで尾を掴んで引っこ抜き、ハンマー投げの要領で振り回した。
【うおお……っ!? おぉっ?!】
暫くして奴は手を放した。常軌を逸した筋力とそれに伴う遠心力により、次々に木々を打ち折りながら投げ飛ばされる士。グングンと飛距離は伸び、終いには公園の端まで行き、柵に衝突して漸く止まった。軽く数百mは投げられたな。打つかった際のインパクトで柵も拉げた。
【グッ……ッッ!! ゴボォッ……】
喉を昇った血が、盛大に土の上へブチ撒けられた。全身打撲、内臓に甚大なダメージを受け、関節も悲鳴を上げておる。ただ、それ等の損傷も跡形もなく治してしまう此奴の体質も……この感想はもう飽きたな。兎にも角にも怪我は治癒した。
【クッソ……なんだあの化けモン……やっぱ魔王ってケタ違いに強いんだな】
膝を着いて立ち上がり、士は思った事を口にした。
(……は? 何を言っておる。奴は“魔王”ではない。ただの“王”だ)
【はぁ? 魔界の王っつったら魔王しか居ねぇだろうが?】
如何やら語弊があった様だな。魔界に於いて、“魔王”と“王”は別の存在である。日本で例えるならば、そうだな……“天皇”と“総理大臣”と言えば分かり易いか。
魔王には政治的な権力は一切なく、行政やその他を王とそれ以下の貴族が一手に担っておる。魔界の象徴であり、また個体レベルでの最高戦力でもある。有事の際には、その御力を十二分に振るって下さるが、幸せな事にその様な事態は久しく訪れておらぬ。確か、最後に大戦があったのは、我の祖父が生きておられた頃であるから……彼是一万年以上も出陣の機会がなかった事になる。嘗ての我も含め、今の魔界に生きる者達は幸福だな。
とはいえ、小競り合い程度ならば各地である。だが、その様な瑣末な出来事に魔王陛下御自らが関わったりはせん。
【あれ? 魔界にも国はあるんだろ? 国家間の戦争とかねぇの?】
逃走しても何処に行こうがすぐに追跡され、だからといって急いで奴の所に戻る気にも到底なれん。何より、一方的に喧嘩を売られた挙句、此処まで痛め付けられて尚、オメオメと逃げ出す様なタマではない。その為、士は先程の広場にトボトボと歩いて戻る。
その道すがら、そう尋ねてきた。
(うむ。各魔王を頂き、都合、十の国が興ったが、この約一万年間、ただの一度もないな。国同士ではな)
【地球より平和じゃねぇか】
いや、そうでもない。国家対国家はなくとも、内乱や貴族同士の紛争は、数百年に一度の頻度で勃発しておる。
(更に、此方には居らん異常な強さと凶暴性を持った動植物、平たく言えば魔物も多い。アンデッドも頻繁に発生する。故に争いは絶えんな)
【……スゲェ物騒だな】
(其処に一般的な犯罪者も加わるからな。人間界と同じく、平和には程遠いわ)
【ふ~ん、どっちもあんま大差ないんだな】
(そういう事だ)
斯様な遣り取りも挟みつつ、士は歩み進んで行く。倒れた木を踏み越え、それが放つ焦げ臭さに顔を顰める。暫くして、腹に手を置いて零した。
【にしてもハラ減ったなぁ~。三時のオヤツにハッピーなセット食っただけだもんなぁ~】
散々飲み食いしたではないか。二段重ねのバーガー六つ・Lサイズ二つ分のシェアするフライドポテトが三つ・十五個入りのシェアするチキンナゲット三つ・Lサイズカップの水を六杯。これがお子様セットだと?
【そりゃそうだけど、あんだけ走り回されて戦わされて、疲れてないワケがない。イロイロ消耗してんだよ】
(ふむ……後どれ位活動できそうだ? 補給なしで)
【う~ん、朝日が見えるころにはブッ倒れてるだろうな】
数秒で己の残存体力・持久力を見積もり、そう結論付ける士。ふむ、まだ四~五時間程度は動けるか。いや、ブルースとの戦闘も勘定に入れれば、約一時間が限度と見た方が良い。激戦は必至であるからな。
ウオオオォッォォォッッ…………。
【うおっ!? なんだ?! 雄叫び!?】
士が時間稼ぎの為にモタモタ歩いておると、森中に咆哮が轟いた。ブルースめ、久方振りらしい闘争で血が滾ったか。士の戻りがあまりにも遅い故、痺れを切らし始めたな。あんの戦狂いめ……!! 完っ全に本業を忘れておるな。
【――ッッ!? ヤバ……ッ!! こっちに向かって来てんぞ?!】
物凄い勢いで木々が薙ぎ倒され、此方へ進撃して来る様が耳と肌で感じ取れる。
(……いや、眼でも分かるようになった)
音のする方向を見遣ると、間断なく樹を無造作に掴んでは放り投げていくブルースの姿が其処にはあった。追撃、休む暇なんぞ与えんという事か。
「ふむ、こちらに向かう道中であったか。てっきり逃げ出したものかと」
“逃”という単語に、士のチャチな矜持は甚く刺激された。
「臆病者では無かったようだな」
そして、ブルースが何気なく放った一語に憤激した。
【誰にも……!! 腰抜け(チキン)なんて……っ!! 呼ばせない……ッッ!!】
士は沸き上がる怒りを押し殺し、その辺に転がっておった木を引っ掴んだ。何が此奴を此処まで焚き付かせるのか。
【フンッッ!!】
それを有らん限りの力でブルースの頭上に振り下ろす。ところが、奴は避ける素振りも見せず、仁王立ちを崩さんかった。必要ないのだ。
「ムンッ!!」
奴が発した裂帛の気合と共に、木製の巨大鈍器は半ばで砕けた。微塵となった木片が周囲に舞う。ただ、それは囮。本命は木屑に紛れて放つ、渾身の跳び回し蹴りである。照準は側頭部だ。
「グッッ……ッ!!」
しかし、奴は咄嗟に腕を上げて防御。虚しくもその剛腕により阻まれてしまった。
チッ、反応速度も上がっておるな。往時のブルースであれば、まともに喰らっておったであろう。効果があったとは思えんが。
蹴撃を防がれ、ダメージを与える事は叶わんかったが、全くの無意味という訳でもない。士が放った蹴りの殺傷力は、“凄まじい”の一言に尽きる。ブルースの巨体を支え、規格外のパワーを発揮する剛脚が衝撃によって踝まで土中に沈んだのだ。多少ではあるが、これで奴は身動きが取り辛くなった。脚を抜く時に、少なからずタイムラグが発生するからである。
【ラアァッ!!】
空中で体勢を立て直し、続け様にヘッドバッドをカマす士。先刻とは異なり、ブルースは防ぎも躱しもせんかった。出来ずにおった。
「グブッ……ッッ?!」
金属と骨が打つかり合い、額が割れた音がした。脚が膝下まで土中に埋まる。悪魔化により増大・向上した体重と上半身のバネ、硬質化した表皮にアダマンチウムが鋳込まれた頭蓋骨、そして重力を用いての頭突きが奴の異常な耐久力を超過したのである。と、思っておった。
(クソッ、ミスった……っ!!)
士は感じた。インパクトの瞬間、奴が僅かに身を後ろへ反らした事を。それにより打撃の威力が緩和され、十全には伝わらんかった事を。
「だ、だから言っただろ? 単調だと。ちったぁ、学びな」
とはいえ、亀裂が奔った事は事実。ブルースは額から流れる血を手で抑えた。反対側の手で、ぎこちなくも素早い所作で士の足をグッと掴む。
「ヌウッゥンッ!!」
そして、地面や周りの樹木に思い切り打ち当てた。
【グッ……! フッ……ッッ!!】
十回、二十回。滅茶苦茶に振り回され、肉体の彼方此方に疼痛と衝撃が奔るが、外傷は然程でもない。ただ脳味噌が揺れ、血が上に昇る。視界も赤く染まってきた。
(ア、ウ……!)
危うく意識が飛び掛けるも、何とか気絶せぬ様に踏ん張る。先程言われたワード、それによって齎された憤怒が良い気付けになった。
「痛っ……!?」
突如、ブルースが痛みに唸った。頭部が上に来た一瞬を見計らい、士が奴の手に尻尾を突き刺したのだ。開かれた奴の手から脱け出た士。そのまま離れるのかと思いきや、此奴は追撃した。付けた傷は浅かったが、隙は作る事には成功。逃走は論外。士にはそれを突く以外に考えられんかった。
(狙うのは眼)
士はブルースの肩に手を置き、瞬時に判断。指二本を真っ直ぐ揃え、その右眼に突っ込んだ。
「グアアアァァァァァッッッ!?」
指の第三関節まで深々と刺した。当然ながら奴は絶叫し、余りある力で暴走。それを避けられず、士は殴り飛ばされた。
「グッッ……!! チッ! ここまでしぶとい、いや骨があるとは……!!」
(それって意味同じだろ……)
眼を押さえて膝を着き、ブルースはそう吐き捨てた。それは褒め言葉として受け取っておこう。
首を鳴らして立ち上がり、士はその言葉を聞いた。損傷は無い。息が乱れたが、即行で整えた。
(トドメだ……)
ゆっくりと奴に接近し、息の根を止めるべく人差し指を立てた。耳の穴から直に脳へ損傷を与える心積もりの様だ。
「おっと、ま、まだやられる気はない、ぜっ!!」
ブルースは声を絞り出し、バスケットボール程もある石を豪速球で投げ付けた。
【うおおっっ!?】
大砲張りの破壊力を持った投石を、脊髄反射で辛うじて回避する士。命中すれば“痛い”では済まず、目に入ると危険であるからな。ただ負傷は免れたものの、想像以上の速度であった為、避ける事に必死で体勢を大きく崩してしまった。
(――!? あいつ今なんか飲んだぞ?!)
慌てて姿勢を戻した士の目に、ある光景が飛び込んできた。それは、ブルースが何かしらの液体が入った小瓶を口元へと持っていく姿であった。
(あれは……!? 拙いっ! 早く阻止しろっ!!)
【応っ!!】
士は跳び出した。奴の指に摘まれた小瓶を叩き落とす為に。
【クッ……!?】
しかし、ブルースもさる者。士の目に向けて小石を指で弾いたのである。当然、ダメージにはなり得ん。ただ、これによって計二回、隙を作らされる羽目になった。
惹起させた隙を無駄にせぬ様に、奴は手早く小瓶の液体を呷る。その為の指弾だ。我の知っておる彼奴は、斯様な手段を執る輩ではなかった。それ程までして士を殺したいのか……。
(お前のため……?)
違うな。友情ではない。闘いに挑んで負けた者が悪いのだ。我は言わずもがな、それに異を唱える悪魔は居らん。
(じゃあ一体……?)
決まっておる。奴を駆り立てておるのは王としての責務だ。奴等が言っておったであろう? 悪魔の、アモンの力が人間社会に害を及ぼす前に阻止するという、明確な目的を果たさねばならんのだ。
【だからって黙って殺される気は無いんだよっっ!!】
再度、士は地を蹴った。だが、時既に遅し。ブルースは空になった小瓶を投げ捨てた。
【フンッッ!!】
有りっ丈の力で奴の顔面、今し方傷害を加えた箇所に拳打を浴びせた。
「グッ……!! く、来ると分かってんなら耐えんのは容易い……っ!」
ところが奴は、それを意に介した様子も見せん。クリーンヒットしたというのに、余裕すら垣間見られる。首を傾げつつ、士は己が打ち込んだ拳を観て驚愕した。
(んなっ……!? め、目が……?!)
再生しておるな。抉られた事実なんぞ無かったかの如く、綺麗サッパリ元通りになっておる。
「闘いの最中にボサッとするな」
隙を見せまくっておった士に、ブルースの大きな拳骨が襲い掛かった。
【ゴブッッ……?!】
地面への口付けを強制され、二回の衝撃で脳が激しく揺れる。それによって奴が全快した事を改めて思い知らされた。
「まったく手こずらせおって」
【グッ……ッ】
首を掴まれ、持ち上げられる士。ジタバタと踠きはすれども、奴の握力は凄まじくガッチリと押さえ込まれておる。その上、前後不覚に陥っておる為、思う通りに体を動かせん。故に、奴を殴っても蹴ってもビクともせぬ。尻尾による刺突も、出血はしておるにも拘らず効いてはおらん様だ。
「オマエさんとは今少し闘り合っていたかったが……」
ブルースは言葉を紡ぎ、時間を掛けて拳を作っていく。
「それも終いだ」
(グッッ……!! クソッ……!! クソォォォッッ!!)
「じゃあな。…………」
後半の声は聞き取れはせんかった。全力で放たれたブルースの拳を、固定された状態でまともに喰らった士。如何に骨が堅牢であろうとも、関節は人間より丈夫な程度。その凄まじい膂力に負け、首は千切れ、遥か後方にまで吹き飛ばされた。




