月下激突②
「なぁ、悪魔って寺社には入れないんだよな?」
素っ裸で森を散策中に、士は唐突に質問してきた。
(いや、先程も言ったが、入れぬ訳ではない。自ら入ろうとはせんがな)
下級や中級悪魔ならば兎も角、上級であっても百%のパフォーマンスは発揮できん。力は半減する。これが最上級や王、魔王クラスともなれば、境内に侵入しても気分が悪くなる程度だ。まあ、場所にもよるが。ただ、この国を治める八百万の神々は、比較的悪魔にも寛容である為、然程でもない。一方、西洋式の教会は完全に事情が異なる。
「でもここに祀られてんのは、神様っつーか、何代か前の天皇陛下と皇太后様だぞ?」
(人間が祭神となれども、神として祀られたのならば、其処は神の領域となるのだ)
まあ、その辺の事は後々解説してやる。それよりも、今は射手の居場所を突き止める事に専念しろ。我がそう忠告しようと思うと同時に、士はこう宣った。
「う~ん、もしかして居るんじゃないか? 神社の敷地内に。入っても別に問題ないんだろ?」
(貴様、話を聞いておったのか?)
突拍子もなく何を言い出すのかと思えば。その後に、奴はこう続けた。
「聴いてたよ、ちゃんと。悪魔の階級については知らねぇけど、少なくともお前クラスじゃないだろ? あいつら」
(それは、まあ……)
現時点で判明しておる襲撃者の三人。他に居らんのであるとすれば、確かに最上級や王という確率は限りなく低い。何故ならば先刻、剣士は『命令された』『上に報告する』と言っておった。誰かに命ぜられる立場であるという事だ。よって、王や魔王でない事は明らか。
また、最上級悪魔はそもそも数が少ない。魔界で最も栄誉ある“称号”であるからな。簡単には賜れぬ。称号とはいえ、彼・彼女等の実力は折り紙付きだ。それに加え、その大半が年寄りである。『余程の功績がない限り、若造にはやれん』との事だ。それ故、この可能性も考慮せずとも良かろう。我の知る中で、四千歳以下で授受された者は居らんかった筈である。
「じゃあ上級か?」
(恐らくは)
下級や中級も、人間よりは肉体的な性能に優れておる。とはいえ今の我等に対して、能力や技量、装備や戦術等で補える程のものではない。それ位の圧倒的な開きがあるのだ。
ところが、上級悪魔であればそれ等の差を多少は詰められる。綿密に作戦を練り、各自に合った調整が施された装備品でゴテゴテに固め、各々が出来る事を最大限に活かせば。
「現にボコボコにされてるしな」
(それも後一人を討ち倒せば終わる。それまで気を抜かぬ事だ)
といった会話と共に、何やかんやで結局、士は神の膝元に踏み込んだ。僅かな希望に賭けて。悪魔化も解除された事であるし、大した躊躇いもない。
「さっきから結構入ってるけどな」
(自分の意思ではこれが初であろう?)
我と融合して以降は。……いや、去年は地元、と言う程の場所ではないが、近辺で参拝しておったな。彼処は別段、嫌な気はせんかった。周辺に居った沢山の人間が放つ、熱気というか執念の方が強烈であったからな。
「まぁ受験生ご用達だからな。参ったときはスゲェ変な気分だったけど」
(貴様は一応、人間ではあるからな)
入ったは良いが、本当に居るのか? その考えが我等の脳裏を過った矢先、士はこう口にした。
「う~ん、やっぱ居ねぇな……」
それに対し、我は『予測が外れたか』と返した。このだだっ広い神社と公園、そのほぼ全域を探して回ったが、外には誰も居りはせんかった。探りを入れたい気はするが、社を始めとする建物の内部は見ておらん。しっかりと施錠がされておるからな。
士は暫く思考に耽りながら歩いておったが、不意に停止した。何か思い当たる節がある様だ。
「いや待て。“あっち”に居るんじゃねーか?」
あっち? 何の話だ? あ、あー、“外苑”の事か。
今、我等が駆けずり回っておる所は、この神社の中でも“内苑”と呼ばれる場所である。本殿が構えておる所であるな。対する“外苑”とは、此処から約一~二km離れた場所に在る、云わば飛び地である。其処には、様々なスポーツの競技場や記念館が建てられておる。
(ふむ、彼処であれば神域の影響は最小限で済む。強ち的外れでもない、か)
此方で汗だくになって射手の潜伏先を嗅ぎ回るよりは、幾分か効率的だ。寧ろ、真っ先に思い浮かんで然るべきであった。
「そうと決まれば急ぐぞ」
即決で外苑に赴く事にした士は、駆け足で森を抜ける。ただ、時刻的に大半の者が寝静まっており、距離も一km少々とはいえ、街中を全裸で突っ切るのは気が引ける。故に、士は敷地の外に出ると、目撃者が居らん事に充分気を配りつつ、即座に悪魔化。建物の屋根や屋上伝いに跳躍し、外苑を目指した。飛翔すると、また撃墜されかねんからな。
(……撃ってこないな?)
途中、疑問を抱いた士は呟いた。
我等が往く方向に、本当に射手が居るのであれば、矢を放つと己の位置を白状しておるのも同然。その様な馬鹿な真似はせんであろう。或いは、推知自体がそもそも見当違いであったか。あまり考えたくないが、こればかりは彼方を捜索してみん事には分からんな。
道中、ある家のベランダに男物の下着が干されておるのを見掛けた。トランクスだ。我はそれを失敬しては如何かと提案したが、それに対して士は『どこの誰とも知れないヤツのパンツなんか穿けるか! たとえ洗濯してあってもだ!』と激しく拒否。結局、これ以降も裸のままである。まあ、大体思っておった通りの返しであったが、それでも尚、宿主が全裸で街を走られるのは嫌であるな。
(そもそも悪魔化してんだから穿けねぇだろ)
(向こうに着いた時、解くのであるから必要であろう)
(それでも他人のパンツは穿かない!)
誰かに見られても知らんぞ。監視カメラが設置されておらねば良いが……。
そして十数秒後、疑惑は解消されぬまま外苑の端に到着した。ただ、一歩足を踏み出せば、其処は神の土地。体がズンと重くなった。解除、解除。士は真っ裸に戻った。
「さて居るかな?」
そう言って、士は改めて射手を探しに掛かった。持ち前の機動力と持久力で、先程と同じ様に記念館や各競技場を巡回する。出来れば洞察力も備えてくれれば良かったのであるが、幸いながら今回は必要なかった。何故ならば、目的の者が眼前に現れてくれたからである。
(居た。どう見てもあいつだ)
士が発見したのは、これまたコートと仮面を装着した不審者であった。外灯の近くに佇んでおる。此奴が射手で間違いなかろう。待機しておった別の仲間という可能性が無きにしも非ずだが、その時はその時である。
(う~ん、あいつ全然動かねぇな)
士は離れた所から機を窺う。射手は微動だにせぬ。休憩中なのか? いや今し方、翼を撃ち抜かれたばかりである。まだ動けると考えるべきだ。
この者も、正体が分からぬ様に露出はない。そういう先入観があったが、凝視するとそうでもない事に気が付いた。フードを被っておらず、頭髪が丸見えなのである。
(なんだ、あの髪? 緑色じゃねぇか)
それも緑髪という、目立って仕方のない色を曝して。
(あれこそ隠すべきだろ!)
士の言う事に、我も全面的に同意である。ただ、奴にも奴なりの信条の基に、ああして見せ付ける様にしておるのであろうよ。しかしまあ、今は好都合。地毛であの様な髪色の者は、人間には居らん。染髪でもせん限りはな。服装は、先述した様に剣士や暗殺者に酷似しておる。これ等の事から、まず悪魔に相違ない。それに、どの家の出身なのかも特定できた。
(お、奴が動いた)
だが、今それを話してやる暇はない。射手が何処かに向かい、歩き出したのだ。士はそれを尾行し始めたものの、如何せん音を殺しての移動方法や風向きに対する配慮等に慣れておらん。というか知らん。それに引き換え、相手は凄腕のハンター。それ故、すぐに勘付かれてしまった。
「ぬおぉっ!? なんで入って来てんだよ?!」
男の声だ。此処に入り込まれた事が想定外であったのか、奴は吃驚し、走り去って行った。その背を追い駆ける士。奴の走る速度は大して速くはない。そら人間よりは格段に速いが、士が追い付けぬ程でもない。よって徐々に距離が詰まっていく。
「止まれぇっ!!」
「そう言われて止まるヤツが居るかボケェッ!!」
言葉の通り、射手は一切足を止めたり、迎え撃ったりはせんかった。接近戦は不得手か。そう思ったが、一応の対抗手段は用意しておった。
「チッ!」
奴は舌打ちと共に、数本のナイフを投擲。逃走しながら苦し紛れに放ったにしては、中々の精度である。それは、士の腕や胴体に命中はした。これも強化魔術を施されておるな。
「うっ、柄も鍔もねぇ安モンのナイフ使ってんじゃねぇよ!」
しかし、痛みに鈍感になった此奴にはどれも足止め程度にしか至らず、更なる怒りも買っただけであった。走りながら引き抜いたナイフを投げ返し、士は叫んだ。当たる道理もなかったが。
「俺を止めたいんならせめてマグナム銃でも持ってくるんだなぁっ!!」
「んなモン日本で調達できるワケねぇだろっ!!」
数百本もの刀剣とヒュドラの毒は準備できたのにか? いや、あれ等は持って来たのであったか。ナイフや斧であれば日本でも購入は可能であるものな。
(まぁ、日本でもククリ刀とかマチェテとかカトラスぐらいなら買えるしな)
走る士から追加情報が齎された。銃が手に入り難いだけ、この国はまだ安全な方か。
それはそれとして、全裸の男に追い回される、全身黒ずくめで緑髪の男。露出狂と不審者が繰り広げる必死の追走劇は、それなりの時間続けられた。相手もさる者で、数十分経って漸く息を切らし始めた。上級悪魔と雖も、全力疾走を何十分も続けておれば流石に疲労も顔を出すか。
「ハアァッ……! ハァ……ッ!!」
他方、士はまだまだ元気である。
「捕まえたらボッコボコにしてやるから覚悟しとけぇっ!!」
疲労から次第に逃げ足が遅くなっていく奴の背に、罵声を浴びせる士。この光景、経緯を知らぬ第三者が観ると如何いう風に映っておるのかね?
(もうちょっとだ……!!)
その問い掛けに続く考えが浮かぶ寸前、士の右手が奴の被っておらぬフードに伸ばされた。その端に指先が引っ掛かり、若干引き寄せつつそのまま握る。
(よし掴んだ……っ!?)
否、それは錯覚、思い込みに過ぎんかった。その原因は伸び切った右腕、それを断ち斬らんとした無骨なファルシオンにあった。
筋肉は断裂され、アダマンチウムの骨がそれを全く傷付きもせずに押し留める。此度は関節を外したな。怪我による激痛を感じる事はなかったが、悪魔の膂力を以て勢い良く振り下ろされたそれは、士の腕を強引に下方へと持っていった。体ごとである。
当然、その僅か数秒で、二人の間隔は再び開いてしまった。
(クソッ! いったい誰が……?! いや、決まってる。あいつだ)
腕に立てられたファルシオンは、血を滴らせながら引き抜かれた。それを握り、後ろへ跳んだ持ち主。その者を相手に、射手は興奮した様子で声を荒げる。
「もっと早く来てくれよ! もうちょっとでブッ殺されるトコだったぜ!!」
「悪い。こっちもさっきまで動けなくてな」
後者は極最近、耳にした声である。士は顔を上げ、己の推理が正しい事を理解した。其処に立っておったのが、身動きできん筈の剣士であったからだ。全身の骨を砕き、その身の上に木を丸々一本置いたというのに。何故、何事も無かったかの様に此処に居るのだ? その疑念についての回答を、士は求めた。
「お前、なんでそんなピンピンしてんだ?」
「教えてやらん。というか、それはこっちのセリフだ」
剣士の返答は概ね想定と違わんかった。まあ、自らの手の内を明かす訳はないな。
後半の台詞も、上半身が殆ど吹き飛んだというのに、士が五体満足で走り回っておるからな。あの光を浴びれば、上級悪魔でもくたばりそうである。
「まぁ、それはイイ。とりあえず服を着ろ」
そう言って懐に手を入れ、取り出したのは新品の下着とズボン、シャツ。ただし、靴はない。奴はそれを投げて寄越した。
「お~、悪いな。って意外と紳士だな。悪魔のクセに」
我は紳士であろうが。今まで何を見ておったのだ。
「フン、これで心置きなく戦えるだろ」
服を着込んでいく士に、剣士は冷淡に告げた。まだ戦う心算なのか……。
「着終わったか? じゃあやろうか」
これで何度目であろうか、奴はファルシオンを構え、問答無用で戦闘を望んだ。
「ま、待て……! まだ穿いてない……!」
急かす剣士に、士はズボンに片足を突っ込みながら頼んだ。
「よし、終わったぞ。つーかその前に訊きたいことが」
与えられた服を全て身に着けた士は、当初からあった問いについて尋ねた。
「なんだ? 言ってみろ」
「今さらだけどなんで俺を狙う!?」
本当に今更であるな。しかし、気にはなる。別段、士が悪魔に狙われる謂われはない筈。まさか、我が関係しておるのか?
「約半年前、オマエはとある悪魔と融合したな?」
(チッ! やはりそれが理由か!)
奴の放った言葉は、“質問”と言うより“確認”であった。だが、解せんな。此方に来る時、我は正式な手続きを踏んだ。だというのに半年も経った今、それをゴチャゴチャと言われる道理はない。
(本当にそうか? 向こうでなんかバカなことやったんじゃねぇだろうな?)
(そうであるならば許可なんぞ下りんよ)
原因は何だ? サッパリ分からん。
「オイ、どうした? なにを黙っている?」
我と話しておった故に何も反応せぬ士に、不思議そうに問い質す剣士。
「あー、いや、なんでもない。えーと、なんだっけ?」
(おい、正直に言っても良いのか?)
(彼奴はもう知っておる様であるし、隠しても無駄だ。構わん)
士は少しの時間稼ぎの後、剣士の質問に答えた。
「あ、ああ、確かにそうだ。気色の悪い化けモンに体を乗っ取られそうになったな」
僅かばかりか我への蔑みを含んだ台詞であるが、事実である為、致し方ない。ああ、別に怒ってなんぞおらんさ。
「で? それがなんで俺を殺す理由になるんだ? お前も悪魔だろ」
それには、剣士の横に控えておる射手が応じた。
「その力、アモン家の力は人間には過ぎたモノなんだ。暴れられたらメチャメチャ困る」
「俺はそんなことしない。少なくとも自分からはな」
士はキッパリと言い切った。思い切り利用はしておるがな。
「いやいや、オレらだってホントはこんなことしたく無かったんだぜ?」
「それはウソ。ノリノリだったじゃん。ボクもだけど」
射手の似非らしき嫌々行動を否定しつつ、二人の後ろからもう一人の声が飛ぶ。士達の会話を聞き、出て来ても大丈夫であると判断した暗殺者が、夜闇の中から姿を現したのだ。ご多分に漏れず、怪我をしておった様子は微塵もない。
「オマエそうは言うけどな、最上級の御方と手合わせできる機会なんてメッタにないんだぞ?」
偽物だがな。ただ、劣化はしておらんとは思う。
「それはそうと、さっきのアレ、ヒドすぎるよ! ボクごと撃つなんて!」
暗殺者が標的を剣士に変え、不満を打ち撒けた。危うく死ぬところであった為、当然の言い草である。ただし、それを言われた本人は、特に何も感じるところはない様だ。
「アレは、この男がオマエを放り投げることを読んでいたんだ。この一ヶ月、コイツを監視していた甲斐があったな」
「ウソだ! ゼッタイにウソだね! ボクを巻き込んでも良いやって思ってたでしょ!!」
言い訳にもなっておらん剣士の言い分に、激昂する暗殺者。その気持ちは分かる。
「つーか捕まったテメェがワリィんだろーが。そもそもガチでやり合ったら負けることぐれぇ分かってただろーが。それをノコノコ自分から出て行くなんざ愚の骨頂。だいたい戦闘はテメェの本分じゃねぇだろ。分を弁えろ」
自身は遠距離からの援護射撃に徹しておったものな。
「ふ、二人ともヒドい……。コイツの方がまだマシじゃん……」
射手の厳しい説教が、暗殺者の傷付いた心を更に抉る。極僅かとはいえ、思わず敵である士に心が寄ってしまう程に。
(仲間からの批難がスゴイな)
事実なだけに相当堪えるであろうよ。
「え、えーと、つまりなんだ、俺があいつの力を得たのがマズくて、それを口実に戦いたかったってこと、で良いのか?」
奴等の喧嘩を無視し、必要な箇所だけを整理した士は、そう結論付けた。
「「「ま、そういうことだな」」」
言い争いを止め、それに対して三人は口を揃えてあっけらかんと宣った。
「俺は踏み台ってことか……」
士は呟く。練習台、経験値稼ぎに利用された事への怒りを覚えぬ訳でもない。
(ってか、誰もお前のことは心配してねぇんだな)
一応、引退した身であるからな。だが何故であろうか、体はないのに泣けてくる。まあ、貴様に負けた我が悪いという、ただそれだけの事だ。悲しくなんぞない。
序でに言えば、貴様の意思も無視されておるな。ただ、これは仕方がない。悪魔は仲間意識が強いが、そうでなければ非常に冷徹なのだ。人間の少年一人が存在を乗っ取られ様とも、基本的には関与せん。
(さっきのアレを観てたけど、本当に仲間意識が強いのか?)
あれは奴なりの激励だ。『次は同じ過ちを繰り返すなよ』というな。手厳しいのは照れ隠しだ。
「つっても現時点では完全にオレらの方が劣勢だったけどな」
射手は緑髪をボリボリと掻き毟り、自嘲した。そう言う此奴に、士は指一本すら触れておらん。
「フゥ、話はこれで終わりだ。再戦と行こうか」
吐息を一つ。剣士が静かに放ったその一言で、他の二人の雰囲気がガラリと変わった。暗殺者は三度消失し、射手は距離を大きく取った。
「と言いたいところだが、残念。時間切れだ」
ところがどっこい、剣士の発言でその場に居った全員がズッこけた。
「おいおいそりゃねぇだろ!!」
射手は遠くから文句を垂れる。暗殺者の声は聞こえぬが、剣士の耳には届いておるらしく、奴は何かブツブツと言っておる。
「あーもうグチグチ言うな! 最初からその予定だっただろ!」
仲間二人に不平を言われ、感情を露わにする剣士。今宵、初めて見せた一面である。
「ハァ、じゃあオマエらが直接あの御方に文句を言いに行ったらどうだ?」
あの御方。そのワードが出ると、再び空気が変わった。その名も言っておらんのに、射手は口を噤む。暗殺者も同様であろう。それ程の者か。
「オマエに言い忘れていたことがあった」
「……? なんだ?」
改めて、剣士が代表してその訳を話し始めた。士もそれを聞き入れる態勢に入った。
「さっきオマエは『腕試しのようなものか?』と訊き、オレたちも『そうだ』と答えた。それは事実だ。胸クソ悪いだろうがな」
「当たり前だボケ」
「だが、オマエと一体化した悪魔、アモンの力は、人間の手には余る。これもさっき言ったな」
奴の話を黙って聞く士。
「オマエは確かにその力を欲のままに使ったりはしないんだろうが、今後もそうだという保証はない。力を手にした人間が欲に溺れるなんてよくある話だ。そうなってからでは遅いんだ。それも危険思想の持ち主に利用される虞もある」
もう沢渡達に体良く使われておるな。危険ではないが。
(う~ん、こいつの言う通りかも。お前が居なかったら多分そうなってた気がする)
ふむ、ようやっと我の有難味が分かったか。
「よってオマエを殺し、危険の種を早々に排除しておく必要がある」
剣士の話は一旦終わり、士はそれ頭の中で噛み砕き、己なりの答えを返した。
「……話は分かった。お前らの主張も理解できる。でも俺は、死にたくない」
何時の間にか接近しておった射手が、それを聞いて発言した。
「そう言うと思ったぜ。でも、もう遅い。時間内にオレらの手で始末できなかったからな」
「……? どういうことだ?」
ふむ、それはつまり……。
「決まってんだろ。真打ち登場ってことだよ」
「(グッ……!?」)
射手の言葉と共に、圧倒的なプレッシャーが我等を襲った! 何の前触れもなく唐突に!
(こ、これは……っ?!)
嘗て感じた覚えのあるこの気配……!! 鈍い我でも察知できる程の“力”……! そして何処か懐かしさも漂わせておる……!! しかも我の意識が残っておる事は知らん筈、だというのに己の力を誇示して……!! 間違いなく彼奴だ……っ! まさか態々(わざわざ)出張って来たと云うのか……!? 士を処分する為に……っ!?
(う、上から何か来る?!)
巨大な物体が空気を裂く音を聞き付け、士は上方に目を遣った。すると其処には、隕石の如く何かが地に墜ちて来ておった!
「「うおっ!?」」
ソレは士と剣士の近くに墜落しそうであった為、二人は慌てて飛び退いた。其奴は衝撃と轟音を撒き散らし、濛々(もうもう)と立ち込める煙の中で徐にその巨体を起こす。我が生きた七千年という歳月の中で、何度となく見た光景である。
「チッ、若造共が。アイツと融合しておるとはいえ、人間に負けてどうする?」
野太い声が叱責する。これも聞き慣れた声だ。
「申し訳ありません、バラム様。我々では力及ばず……」
「ハァ、まあ仕方がないか。入った素体が良かったのかね」
頭を下げ、剣士は自分達の不甲斐なさを詫びる。それに対する奴の呟きには、諦めすら感じられた。
「にしても、アイツも運が悪いな。唯一覚えた術を使ったら意識と力を乗っ取られるとは。せっかく苦労して習得したってのに」
我の情況を熟知しておる巨漢。たった一つだけ会得できた秘術の事も知っておる。
「ほう、お前さんがアイツと融合した人間か。中々に頑丈そうだし、意思も強そうだ。アイツが乗っ取られんのもまあ納得だ」
常軌を逸した巨漢は此方を振り向き、士を観察した後にそう評価を下した。
「だが、悪いがここまでだ。死んでもらう」
巨躯を纏う煙を巨大な拳で振り払い、静かに宣言する漢。其処には絶対的な意志が感じ取れた。
(こ、こいつ……怒ってんのか?)
我が士に殆どのモノを奪われた事に対してか? ハッ! 無い無い。有り得ん。その様な殊勝な奴ではない。
(し、知り合いなのか?)
(うむ、よく知っておるとも)
この者の名は、バルブルース・ナハト・クローバー・バラム。最上級の尊号を賜り、魔界を治める“王”の一人である。




