第1話:始まる君
私立・甲城高等学校。日本の首都・東京の何処かに建てられた学校であり、この春から士が通う事になった学校でもある。地方からの入学者も多い、運動部が強い学校だ。士には関係ないが。一クラスに付き四十人前後で、一学年に五クラスまで。偏差値はやや高め。
父は医者で二人の祖父も学者だというのに、此奴は頭の出来があまり良くない。正直、合格できるかどうかは分からんかった。入学試験を無事にパスできたのは、日頃の勉強の成果であろう。我の監視の下でな。士は試験の際に『お前が教えてくれれば良い』とホザきよったが、その様な事は我のプライドが許さんので当然却下した。
「あ~、やっと終わった~」
先日行われた入学式も無事に終わり、始業式も今し方終えたところである。我々は今、担任の教師に引率されてこれから一年を過ごす教室に向かっておる。学校、か。終始、我には縁が無かった所であるな。
(何故、長の話とはこうも長いのであろうな。魔界も人間界も其処は変わらんな)
(まったくだ。どうせ誰も聞いてないのにな)
今、士の見たモノや聞いた事をさも当然の様に、我も見たり聞いたりしておると思われるであろう。しかし、それは少し異なる。確かに、感覚の大半は士と共有しておる。ただ、痛覚や触覚は、『ああ、士は今この様に感じておるのか』という事が、情報として解る程度である。我自身が肉体的な何かを感じるという事はない。都合が良い。
(そんな事より気になったのが標準語だ。違和感バリバリじゃねぇか)
この台詞も標準語であるが、これは直して書いておる為、悪しからず。昨日、士に言われたからな。面倒だ。士の頭には標準語もなくはないが、普段は主に関西弁を使用する。その為、使い方に若干の不安がある。しかし、だからといって読み返した時に変な気持ちになるのも御免だ。
(日記って読み返すモンなのか?)
人によるが、我はする。
(まあ、慣れるしかないな)
東京で半年も過ごせば、口調も変わるさ。実家に帰った時は悲惨だが。
(それより、この次は何があるのだ?)
(ん~多分、教室で自己紹介とかするんじゃねーか?)
自己紹介か。今更だが、全員人間なのであろうか。
(う~ん、どうだろうな? とりあえずミュータントと悪魔が居る事はわかってるけど)
超能力者も実在するらしいしな。まあ、ミュータントと大差ないそうだが。
(あ~、確か祖父ちゃんがそんなこと言ってたな)
士達は投薬によって得た体質を、アメコミヒーローのウルヴァリンに肖って《キュアファクター》と名付けた。また、全身の骨と分子レベルと結合しておる金属は、《アダマンチウム》と言うらしい。施術した博士がそう呼んでおった。まあ、その辺の詳しい経緯は、“我”が暇な時にでも振り返るとしよう。
と、此処で、超能力者とミュータントの違いについて少しだけ思い出した。尚、これはあくまで一部の識者の考察である。
《超能力者》とは、一般人と比較して脳に異常が診られ、《ミュータント》とは、遺伝子に異常が診られる人間の事を指す、とされておる。まあ、一種の病気だと診断されるそうだ。一般人から観ればな。何処がどういった感じで異なるのかは、論説できぬ。まだ研究途中らしくてな。また、それは体質や能力によってそれぞれである。
ミュータントは先天的、両親からの影響が極めて強い。持って生れて来る者が大半である。士の様に、投薬によって成る者は少数派だ。対する超能力者は、何等かの事故や事件に巻き込まれ、その時のショックにより目覚める者が多い。生まれ付きの者と半々といったところである。無論、投薬でも成り得る。
両者共に人知を超えた力を持つが、前者はサイコキネシスや透視といった不可思議な能力を持つ者を指す。後者は、士の様な治癒力の向上やその他の肉体機能の向上といった、肉体面に何らかの変化が見受けられる事が多い。また極稀に、この両方を兼ね備えておる者も居る。
当然、彼・彼女等は人間社会において少数派に属する。故に肩身が狭く、今の世の中では生き難い。普段はそれを隠して生きておるが、何等かの理由で周囲に露見してしまう事も多々ある。其奴等が能力や体質を悪用し、社会を混沌とさせる事もあれば、一般人が得体の知れぬ化け物扱いをして虐げる事もある。その中には、歪んで更なる罪を重ねるか、何かしらの実験材料にされる者も。連中が人間社会で確認されてから、ずっとこれの繰り返しである。悪循環だな。
無論、そういう連中ばかりではないし、そもそも殆どの人間が実在を信じておらん。士も『正体を明かすな』と祖父から釘を刺されておった。
(後は? 何だっけ、魔術師か?)
(魔術師は実在するぞ。我も何度となく召喚されたものだ)
懐かしいな。あの頃は若かったな……五千歳をとうに過ぎておったが。
(他には、エルフとか?)
(如何であったかな?)
彼奴等は、人前に全然出て来ん引き籠もりであるからな。まあ、人間が主たる今の世では、仕方がない事ではあるのだが。
(……お、着いたぞ)
そうこうして内に、教室前に到着した士の所属する一年B組の面々は、次々と教室の中へと入って行き、出席番号順に座って行く。
(はぁ、ここには誰も知ってるヤツ居ねーからなぁ。なんか不安……)
(ふむ、また友達なし、か。貴様、人見知りが激しいものなあ)
(ほっとけ)
まあ、なる様にしかならんか。
「ではまず、出席番号順に自己紹介をして貰います」
担任の教師が自分の紹介をした後、クラス全員に自己紹介をさせる。
(そんな事より士よ、このクラスの女子は教師も含めて見目麗しい奴等ばかりではないか。これからの高校生活は楽しくなりそうだな?)
(そういうヤツらと俺に縁が有るとはとうてい思えないけど、まぁ嬉しい事ではあるな)
(なぁに、貴様が誰かに恋心を抱く事があれば我も協力してやる故、心配せずとも良い。貴様に彼女の一人や二人、すぐに拵えてやろうぞ!)
(あーそーかい、そりゃ期待してるよ)
言葉とは裏腹に、あまり期待しておらなさそうな士。本当に協力してやるのだがなぁ。それとも、我の力そのものを疑っておるのか?
「……はい、以上で連絡事項の説明を終わります。これで本日は終了です。後は自由に過ごして下さい」
何時の間にか自己紹介と諸々の能書きが終わっておった。皆、周囲の者達と会話をしておる。士は、帰ろうとしておるな。
(士! 貴様、もう帰るのか!?)
(んだよ。もう帰っても良いって先生が言ってただろ?)
(その様な事では友達は出来んぞ? 一生に一度しかない高校生活を、孤独に過ごす心算か?)
(うっ、い、一年間同じ教室で、ほぼ毎日顔会わせてたらその内出来んだろ?)
はぁ~、本当に大丈夫なのであろうか? と、我が士の人見知りについて考えておると、士に声を掛ける者が居った。モノ好きな奴だ。
「あ、あの士クン? だよね?」
士が振り向くと、其処には美少女が立っておった。フワッとした黒のロングヘアに、目鼻立ちの整った顔をした娘だ。その美少女振りを物語るかの様に、男子共が式の時からチラチラと盗み見し、ヒソヒソと話し合っておるのが、チラホラと見受けられた。無論、今もそうである。士に話し掛けた事によって先刻よりもそれが更に顕著になっておる気がする。まあ、斯言う我も早々に目を付けておったのだがな。
「そ、そうだけど、あんたは、確か……」
思い出そうとしておるが士よ、先程の自己紹介を聞いておらんかったのか? 我は覚えておるぞ。というより、貴様の記憶で見た覚えがあるぞ。
「私の事、忘れちゃった?」
「え? どっかで会ったっけ?」
此奴、本気で忘れておる様だな。全く、我ならば一度見たら決して忘れぬ程の愛らしさであるというのに。折角のチャンスを自分で棒に振って如何するのだ。
「ほ、ホントに覚えて無いの?」
その声には、僅かな悲しみが帯びておった。
「う、う~~ん……?」
士は必死に思い出そうと首を捻っておるが、その成果は上がっておらん様である。その様子を見た光はというと……?
「……?」
拙い。彼女の顔が徐々に曇り掛けておる。仕方がない、助け船を出してやるか。
(士よ、彼女は貴様がまだ、小学校に通っておった頃の同級生だ。ほれ、貴様が五年生の頃に転校した……)
「え? ……あ、ああ!! 思い出した! えーと、確か小五の時、転校した……・そうだ! 光 美輝だ!」
漸く思い出したか。全く、彼女の方は離れ離れになってから五年近くも経っておるにも拘らず、覚えておるというのに。それに引き換え、貴様という奴は。我に言われるまで一切思い出さんかったな。だがまあ、これで彼女の想いも報われるというものだ。
如何でも良い事ではあるが、“光 美輝”とは、また随分眩しい名前であるな。低級の悪魔であれば、名を聞いただけでダメージを受けそうだ。
「い、いや~、昔より可愛いくなったから分かんなかったんわ~」
おぉ! 我が教えてやるまで、思い出せもせんかった癖に。
(とりあえず褒めときゃ悪い気はしないハズ)
如何やら、彼女からの第一印象を良くする為に、打算から出た台詞であった様だ。
「え?! も、もう士クンってば! いつの間にそんなに口が上手くなったの!?」
おお? 如何やら、士の打算からの言葉でも彼女は満更ではない様子。
「え? あ! いや、その……」
士、自分で言っておいて照れるな。恥ずかしいのは彼女も一緒。寧ろ言われた彼女の方が顔から火が出る位、恥ずかしい筈だぞ。多分。
「ね、ねぇ士クン。久しぶりに会ったんだから、その、ちょっと、どこかでお茶でもしない?」
「え? あ、うん……良いよ?」
「ホント?! 良かった~。ねぇ、向こうの事いっぱい教えてよ」
光 美輝と呼ばれた少女は、士の腕を掴み、教室の外へ向けて歩き出した。男子達はそれを羨ましそうに見送っておる。フフッ、何故だかとても良い気分であるな。まるで自分の事であるかの様に嬉しいぞ。
まあ、ただ単に彼女は、旧友と久しぶりに会えて嬉しいだけかも知れんが。
○●○●○
学校を出て数十分後、士と光は校外にあるカフェに来ておった。此奴一人であったならば絶対に来ぬ様な御洒落な店だ。此処に入る時、内心では居心地が悪そうであったが、彼女の手前それを面に出す訳にもイカン。
「ねぇ」
二人は再会を祝し、駄弁る。離れておった期間、互いにあった出来事を。
「士クンはなんでこっちに来たの?」
「ん? ああ、考古学者になるためだ」
嘘ではない。遅かれ早かれ、士は此方に来ておった。
「あー、昔から言ってたもんねぇ。ってことは城南大学に行くの?」
「おう、その予定だ」
「へぇ~、じゃあ、私も城南にしよっかな」
むず痒い。他愛のない言葉の応酬が続く。何時までこの地獄は続くのだ。
「あのね、士クン」
我が退屈を感じておると、光の表情が一変。真剣さが増した。
「なんだ?」
「あのね、私……」
彼女の言葉は最後まで聴けんかった。何か、店の外が騒がしくなってきたのだ。士達は気付いておらぬ様だが。チッ、折角の良いところだというのに。邪魔だ。
「……? ねぇ、なんか騒がしく無い?」
「ん? 言われてみれば確かに……有名人でも居るのか?」
如何やら二人も気付いた様だ。それにしても一体何の騒ぎだ?
キャアアァァ―――――!!
女性の悲鳴らしきモノが店内にも響く。それを聞いた客達は、ちょっとしたパニックに陥った。
「――!! 悲鳴!?」
「え?! な、何!?」
勿論、我々とて例外ではない。士も、光も、声が聞こえた方を探る。
(何だ?! どうした!? 何か有ったのか?!)
「分からん! 俺が聞きたいぐらいだ!」
「え?! 士クン?! 何か言った?!」
ガアアアアアアァァァァァァァァ!!
またもや雄叫びが大気を震わせる。それを全身で感じ、恐怖に慄く人間共。
(今の咆哮、まさか……!)
「ローガン?! どうした!?」
(何でもない! それよりその子を連れて早くここから出ろ!)
「え?! あ、ああ。光、もうここ出るぞ!」
「えっ!? つ、士クン?!」
士が光の手を取り、店を出ようとした。その時、激しい音を立てながら、店の壁を丸ごと破壊して店内に入って来たのは……!
(クッ……! 遅かったか……!)
「ま、マンティコア……!」
マンティコア。それは存在しないとされておる、空想上の存在である筈の怪物である。
《マンティコア》とは、顔面は人間の老人、胴体はライオン、背中にはコウモリの翼が生え、サソリの尻尾を持つ《合成獣》の一種である。大きさは個体により差があり、此度のモノは大型トラック位だ。
知能は非常に高く人間に匹敵、或いは上回っており、魔術を使う個体もかなりの数が存在する。武器であるサソリの尾の先端には猛毒を持ち、これを体内に注入されると人間は疎か、人間よりも頑強な肉体を持つ種族であっても立ち所に死に至る代物であり、表皮にはこれまた危険な病原体が大量に棲み付いておる。
以上の様に、マンティコアとはヒト社会にとって非常に危険極まりない最悪の災厄なのである。アジアに棲んではおるが、日本で発見される事は滅多にないのだがな。何故だ?
「な、何、あれ……?!」
美輝はあまりにも突然過ぎる出来事に、思考がフリーズしておる様だ。無理もない。今の今までこの様な生物が存在する等、それこそ夢でしか思わなかったであろう。だが、奴等は存在する。悪魔である我と同じく。
「クソッ! 出口はヤツが塞いでる! 逃げられない……!」
ガアオオオォォォォォ!
「かっ……?!」
「ぐぅっ……!?」
「な、なんだ?! か、体がう、動かない!?」
「ひぃぃっ!」
「ひゃひゃひゃ!?」
周りの客共が次から次へと倒れ、或いは意識は残ったまま動かなくなっていく。そうならんかった者も狂った様に奇声を上げ、意味不明な行動を取り始めておる。
「な!? ど、どうしたんだ?!」
(あー、マンティコアの咆哮を聞いたモノは気絶するか、錯乱するのだ)
「……? なんか冷静だな、お前?」
(ああ、貴様には効かん事は分かり切っておるからな)
これは、《精神障壁》というモノの効果である。まあ、精神への干渉を防ぐ防壁が士の中にはあるのだ。ただ如何やら、それについてゆっくり講義をしておる余裕はないらしい。マンティコアがその巨体を揺らしながら、ゆっくりと頭部のみを店の中に入れて吼える。
『やっと見つけたぞ、人間……! 餌の分際で手間を掛けさせよって……!』
其奴は明らかに士に向けて言葉を放っておる。しかし、士は勿論の事であるが、我にもこの様な知り合いは居らん。
『息子の仇……! 討たせて貰うぞ!』
マンティコアは憎悪と憤怒に染まった声で、静かにそう呟く。それと同時に、毒針の付いた尾を士に向けて突き刺した。
士も、美輝と同じく思考が止まってしまった。或いは、彼女に当たらん様に敢えて避けんかったのか、そのまま突き刺されてしまった。
「ぐぶっ……!」
しかし、マンティコアの尾は士の鋼鉄以上に強靭な筋肉を貫けず、浅く刺さった程度。その為、少し振るっただけで容易くスッポ抜けてしまう。士は外へと放り投げられた。
「ぐっ……!」
アスファルトの道路に強く叩き付けられ、士は呻く。それは道路との衝突時の衝撃による痛みか、若しくは毒針に刺された痛みか。それとも毒が回ったのか? だが、何れにせよ、今の士には大したダメージとはなり得ぬ。投薬と改造手術、そして我との遺伝子レベルでの融合により、士の肉体と精神は人類の域を遥かに超越しておるのだからな。
その証拠に、今まさに立ち上がろうとしておる。
「ハア……ッ! はぁ……っ! チッ! なんなんだ?! 一体! 俺がなんかしたのか?!」
『何かしたのか? だとっ?! 貴様ぁっ! 儂の子を殺しておいてまだ恍けるかぁっ!』
「はあ?! そんなモン心当たりは……! あるか」
ああ、多分貴様と我が出会った時に居った彼奴であろうな
「だからって他の人達は関係ねーだろーが!」
『喧しい! 人間が何匹死のうと儂には関係無い! 息子の仇討ちじゃ、死ねぃっ!!』
マンティコアは士を切り刻まんと、その巨大な爪を振り下ろす。
「うおっ……! っと……っ!!」
間一髪で避ける士。碌に喧嘩もした事がない癖に、良く避けられたな。
「オイ! ローガン! どうすりゃ良いんだ?!」
(……? 戦うしかなかろう?)
「どうすりゃこいつをブチのめせんのかを聞いてんだよ!!」
驚いた。この様な事態に陥っておるにも拘らず、“逃げ”ではなく“戦い”、しかも“勝つ”方法を聞いてくるとは。此奴は肉体だけでなく、精神も規格外な様だ。まあ、我の憑依を退けたのだから、当然と言えば当然なのだがな。寧ろ、それ位でなくては困る。
(よし。ならば『変身!』と叫べ)
「……は?」
(む? 聞こえんかったか? だから変し……)
「聞こえてたわ! なんでそんな恥ずかしいセリフを叫ばなきゃならんのか、って事にビックリしてたんだよ!」
『貴様……! 何を一人でブツブツと言っておるのだ!』
「痛っ!」
お次は尾で刺し殺そうと、マンティコアは士の額に目掛けて突き刺す。今度は避けられず、頭に毒針が突き刺さった様に見えた。だが、堅牢な頭蓋骨に阻まれ、上半身を仰け反らせ、表皮を傷付けただけであった様である。
『何?! 儂の尾が刺さらんだと?! ええい、こうなれば直接喰い殺すまでよ!!』
マンティコアは牛をも丸呑みにしそうな巨大な口を開け、士に襲い掛かる。幾ら此奴の体が強靭とは言え、唯では済むまい。
(士! 早く叫べ! 死にたいのか!?)
「わ、分かったよ……へ、『変身!』」