第8話:お前は誰だ?
怯えろ、数多の猛獣が跋扈する荒野に放たれた子兎の如く。逃げ回れ、地上で最も速い捕食者すらも嘲う羚羊の如く。
覚悟を決めろ、何者にも屈さぬ誇り高き狼王の如く。立ち向かえ、群れの長に挑む若獅子の如く。
隙を見出せ、小さき獲物を遥か天空より捉える鷹の如く。近付け、音を殺し、宙を往く梟の如く。
諦めるな、執拗なまでに獲物を付け狙う蛇の如く。欺け、水辺に潜んで待ち構える鰐の如く。
そして仕留めよ。狡猾で残酷な人間らしく。
○●○●○○●○●○
悲しい事にゴールデンウィークは明け、久方振りの学校生活が始まった。この数日間、全然休んだ気はせんが、士は満足しておる。まあ、文句を垂れる様な状況ではなかったがな。
その日の授業が始まる前、光に改めて御礼を言われた。別に何もしておらん。あの文字も浮かんできただけであって、読めた訳ではない。あまり意味があったとは言えん。
本日の授業も滞りなく終わり、沢渡からの連絡もなし。さて、これから帰ろうかと、士は鞄を手に取り、教室を出た。
「よぉ士! ホントにお前もこの学校だったんだな!」
(ん?! 誰だ?)
その時、廊下の向こうから威勢の良い声が掛けられた。此奴の記憶にある声だ。士は扉の前で立ち止まり、顔だけを其方へ動かす。
「……? どちら様ですか?」
だが、声に聞き覚えはあれども、面構えに心当たりはない。いや、声ですらも怪しくなってきた。先程のアレは勘違いか。
「え!? いやいやいや! 俺だよ俺!!」
目付きの悪い男だ。それも、制服の徽章から判断するに上級生。面倒は御免だと、士は其奴を無視して立ち去ろうとした。が、声を掛けた相手にそれは流石に失礼だと思い止まり、一応指摘しておく事に。
「すいません。誰かと勘違いしてませんか?」
「んなわきゃねーだろ! だいたい今、『士!』っつったばっかりだろーが!!」
ふむ、言われてみればその通りである。この地で士の名を知っておるという事は、やはり知り合いか。では一体誰だというのだ? 此奴の記憶には、この様な人相の悪い男は居らん。いやそもそも、此処に知己が居る事も奇妙な話である。見知った者を挙げるとすれば光……あ。
「俺だ俺! 健児だよ!」
己の顔を指差し、名乗る男。
「けん、じ? ……ああ!! タレちゃんか!!」
「それはヤメろっつっただろ!!」
暫し脳内を検索する士。その甲斐あってか、少し間が空きはしたものの男の事を思い出せた。ふむ、渾名で呼ぶ程に親しい仲であるのか。彼方は微塵も気に入っておらん様だが。
「あぁ~ゴメンごめん。つい昔のクセで」
士の中には、本名を呼んだ憶えが一度たりともなかった。それにしても変な渾名だな。如何いう付け方をされたのだ? 其処の記憶がない。
「いやぁ~、ひっさし振りだなぁ!」
士の背中をバシバシと叩く、健児と呼ばれた少年。彼は士との再会が余程嬉しいらしい。やや人相に難はあるが、中々に親しみ易い人物である。
「ああ、久しぶりだな、タレ……」
士が何か言い掛けるも、健児は『それ以上言わせん』とばかりに、悪い目付きを更に細め、此方を睨む。それに耐え切れんかった為、仕方なく口を噤み、言い直す士。
「いやホント久しぶりだな、健児、さん」
言い慣れぬ単語に思わず詰まってしまう。
「おうおう! 五年ぶりぐらいか?!」
「う~ん、多分そんぐらいかな?」
数年越しの再会に、共に過ごした日々を懐かしむ二人。ただ、士は少々違和感を覚えた。何故かと思い、彼との会話を振り返ってみると、彼の喋りから関西弁が大分と抜けておるのだ。この感じ、光には抱かんかったのだがな。
だが士よ、貴様も何時かはこうなるのだぞ。覚悟しておくのだな。実家に帰った時、小中学校時代の友人から『タマシイ売ったな!! こん裏切りモンがぁっ!!』という非難を浴びる覚悟をな。
「こっち来て五年も経ってっからな。方言も消えるさ。お前もその内こうなるぞ」
士がその事を伝えると、彼は己を嗤いながら言った。我と同じ意見か。
「つーか、そもそも俺ん家はこっちに在ったんだ。戻ったっつった方が正しい。生まれも育ちもあっちだけどな」
「あれ? そうだったっけ?」
「そうだよ。あー、それも含めて話したい事あっから、今からちょっと付き合え」
そう言うと、健児少年は士の首根っこを掴み、ズルズルと廊下を引き摺って行く。
「って、おまえ重いな!」
しかし、此奴のあまりにも重い体重に根を上げ、二m程で手を離してしまった。
「あーうん、健児さんが引っ越してちょっとしてから重くなったんだ」
「あ~、それか。あいつに聞いたぞ。お前も大変なんだな」
如何やら彼は、士の体についてある者から聞き及んでおる様だ。我との融合は誰も知らん筈であるから、ミュータントかつ改造人間あるという事を把握しておるのだな。
「……なぁ、もうメンドくせぇからタレちゃんに戻して良いか?」
「絶対ダメだ!!」
士の親しみを込めた提案を、彼は全力で却下した。それ程までに嫌か。
「ホラ行くぞ!」
「あ、うん」
その短い遣り取りの後、昔の様に二人は並んで帰った。あの頃と同じく、少し前後にズレて。
○●○●○
二人が来たのは、学校付近に在るファーストフード店。放課後、学校帰りの男子高校生にお似合いの場所である。夕飯前に此処で軽く食事をしつつ、士と健児は昔話に花を咲かせておる。
「お前あん時、『この街に吸血鬼が居るんだ!!』っつってたモンな!? ありゃ腹かかえて笑ったわ。つーか今でも笑え、クハッ!」
思い出し笑いで、口に含んだ危うくシェイクを吹き出しそうになる健児。随分と盛り上がっておる。
「そ、その話はもうイイだろ!!」
ふむ、それに該当する記憶はまだ見ておらんな。実に興味をそそられるエピソードである。吸血鬼は実際に居るが、当時はその様な事も知らなんだからな。そら嗤われもするか。その上、連中はあまり人前に姿を現さんしな。
「自分で杭とか作ってたモンな?」
「あー、祖父ちゃんのナイフ勝手に持ち出して、母さんに糞チビるぐらい怒られたんだっけ」
士は何やかんや言いながらも、過去に想いを馳せておる。
「お前そんなことまでしてたのか」
それを聞いた健児は、此奴の幼少期の所業に呆れておる。まあ、小学生でソレは間違いなく引くわ。斯言う我も若干そうだ。
(あれ? そういや、あん時のナイフどうしたんだっけ?)
そう疑問を抱いたものの、すぐに如何でも良くなった士は、途端に気恥ずかしくなり、話題をガラリと変えた。
「にしても人相悪くなったよな。昔はもっと可愛げあったのに」
五年振りに会った幼馴染は、二人共かなり様相が変貌しておった。声を掛けられても分からぬ程に。……いや、それは士だけか。
「うるせぇ。そういうお前は小っちゃくなったな。昔は俺よりデカかったのに」
「あんたがデカくなっただけだろ」
そう言う彼の身長は士より高く、百八十cm位はあろう。あの頃の士は、早過ぎた成長期真っ只中であったからな。空白の五年間で追い抜かれたか。彼は成長期に突入し、士のそれはとうの昔に終わったのだ。
「顔は相変わらず俺より年上に見えるけどな」
「ほっとけ」
士が短くそう返すと、何も言わずに音を立ててシェイクを啜る健児。それに釣られ、士も大きく口を開けて二段重ねのバーガーに齧り付く。
士は既に、同じ位の大きさを持つ別種類のバーガーが五つとLサイズ二つ分のシェアするフライドポテトが三つ、それと十五個入りのこれまたシェアするチキンナゲットが三つ、胃に収まっておる。今週はフライドポテトが全サイズ百五十円。シェアするモノも三百円とお手頃価格であった為、この馬鹿はここぞとばかりに注文した。
喉の渇きはタダの水で潤した。これはLサイズで、六杯目である。晩飯前に食い過ぎだ。
当然だが、料金は各々で支払った。最初は彼が先輩らしく奢ろうとしてくれたが、士が先に述べた様な注文をした為、『勘弁してくれ』と泣いて詫びられたのである。今月はまだ始まったばかりであるというのに、財布の中身はもう厳しいらしい。一体、何に使い込んだのやら。
「あ、そうだ。お前、親父のアレについて調べてくれたんだってな。改めて礼を言うぜ」
カップの中身を飲み干した彼は、唐突に頭を下げた。
「あー、いや、結局なんにも分かんなかったし、礼を言われるようなことは別に」
バーガーを片手に、反対側の手を振って事実をそのまま伝える士。人形や石像を大量に壊したものな。
「いや、でもお前、手にスンゲェ火傷したって……」
「『話は聞いた』んじゃないのか? そんなモンすぐに治ったよ」
未だ怪訝な顔をしておる健児に、士は両手を開いて見せた。
「あ、ホントだ。それがお前の体質なのか?」
「ああ、そうだ」
「ふ~ん、変わった体質だな」
「でも便利だぞ。ケガはすぐ治るし、病気とかしねーし。他にも色々。たぶん、どこででも生きて活けるな」
己の体質を一通り自慢した士は、再度バーガーを口に運んだ。何度か咀嚼し、嚥下。もっと噛んで食べなさい。
「そういやタ、健児さんはなんであの家に行かなかったんだ?」
「バイトだ」
これ以上ない位シンプルな回答である。ところが、彼の答えはこれだけではなかった。再び口を開く彼に、憤る士。
「あとデートだ」
「死ね」
そう言ってやるな。彼も健全な男子高校生。彼女の一人や二人、作っても良かろう。いやこの国で二人は拙いか。特区内であれば問題ないが。
士が発した口汚い台詞を、健児は大人の対応で軽く受け流した。二人の間で久々に交わされる言葉の応酬は、まだ終わりを見せぬ。
「じゃあさ、タ、健児さんも魔術的なヤツ使えんの?」
「あ? ああ、まぁな」
「全然きづかなかったなぁ~。ほとんど三人で居たのに」
まだ何も知らんかった無邪気な時分を思い返してみても、彼等にその片鱗を見る事はなかった。
「あーまぁ、隠せって言われてたからな。お前もそうだろ?」
「あ、うん、まぁ……」
彼等とは少しどころか根本から事情は異なるが、概ね同意である。
「でだ、ここからが本題なんだが……」
此処で突然の本題突入? もう殆ど話し終えたのではないのか。一体何ぞや? と、その疑問はすぐに解消された。健児が懐からメモ用紙を取り出し、其処に書かれておる内容を読み上げたのだ。
「え~と、『おめでとうございます。あの時は言い忘れていましたが、テストは合格です。それと美咲からの報告も受け、少し早いですが研修期間も終了するとの判断に至りました。今後ともよろしくお願いします。沢渡 桜』、だとさ」
「……あ? 何それ?」
読み終えたメモを士に寄越し、健児は続けた。それに目を遣ると、今し方、彼が言った事が丁寧な字で記されておった。沢渡の直筆か。文字にはその者の性格が現れると云うが、正しくその通り、実に達筆である。凄いお堅いとも言うな。
「これでお前は正式なエクシードの一員だ。よろしくな!」
「あ、ああ……え?」
急展開過ぎて、頭が付いていかん士。いや我もであるが。
「ホントなら沢渡さんが直接言わねぇとイケねーんだけど、あのひと忙しいらしくてな。で、ちょうど良いから俺をメッセンジャーに、ってワケだ」
驚きのあまり声も出せぬ士。だが、それもすぐに回復し、叫んだ。
「え?! ちょっと待って!? じゃあタ、健児さんも?!」
此奴の話を要約すればそうなるな。というか、やはりその呼び名は慣れんか。
「おう! 学校だけじゃなくバイト先でも先輩ってワケだ」
「おぉ、だっるぅ~」
「まぁそう言うな」
ウンザリといった様子の士にそう優しく諭すと、健児はその“テスト”とやらの事を語り始めた。
先月、士の初仕事にてスケルトン共を退治した後、二体の竜牙兵を出現させ、嗾けたのは此奴であった。スケルトン自体は別の要因であるが。
ただ、そうなってくると、あの不審な人影も自ずと正体が割れる。あの時、悪魔化せんかったのは正しい判断であったな。もしも『沢渡は此方の事情を知っておる様であるから、見られても問題ない』と考えて、短絡的に変身しておったら、今頃は此処でこうしてはおれんかったであろう。
序でにいえば、最初その切っ掛けになった時・場所にも居合わせておったそうだ。
「このこと、光は知ってんのか?」
「いや、知らねぇはずだ」
特区の事も祖父母から聞きかじっておる程度であったからな。
「ウチは代々、長男が元服、十五歳を迎えたらあそこで働くのが習わしなんだ」
女子については特にそういった慣習はない。ただ、その年齢に達すると特区の事は知らされる。そう彼は説明してくれた。
「それよか、んだよお前、苗字で呼んでんのかよ。昔みたいに“美輝ちゃん”って呼べよ」
「今さら言えるか! 照れくさい!」
士は他の客に迷惑にならん程度に叫んだ。その頬は僅かに赤味を帯びておる。まあ、そう呼んでおったのは幼少時。しかも、それから一度も会わずに五年も経ち、今ではお互い高校生である。気後れして名を呼べんのも詮無き事。
遅ればせながらこのタ、健児と呼ばれた少年。名を光 健児と言う。他ならぬ光 美輝の実兄だ。
○●○●○
それ以降も会話は続き、小一時間は店に居座った。追加注文もせず、傍迷惑な客だ。それを指摘すると、『あれだけ頼んだんだから別にイイだろ』と返されたがな。
普通に世間から隠さねばならん様な事も話しておったが、まあ問題なかろう。大都会の中心にあるファーストフード店で交わされる、男子高校生二人の会話なんぞ誰も気に止めておらんからな。ただ『壁に耳あり、障子に目あり』という事もある。油断はできん。大抵の人間に、妄想力が豊かな奴等だとしか受け取られんかも知れんと雖もな。
「じゃーな。気ぃ付けて帰れよ」
店を出ると、健児は去り際にそう言い残して夜の街に消えた。一体何処へ行くのか? 興味は尽きんが、流石に尾行したりはせん。
家への帰り道、士は寄り道がてら駅前の近くを歩いて行く。その道中、我は先程から気になっておる問いを投げ掛けた。
(そういえば“タレちゃん”とは如何いう意味なのだ?)
日頃からよく小便を垂れておったのか? しかし、事の真相は我の予想とは違った。
「あー、あれな。ありゃ“あかんたれ”の“たれ”から来てんだ」
あかんたれ、確か“駄目な人”とか“弱虫”そういう意味であったか。まあ、何れにせよ褒め言葉ではなく、相手を貶す時に用いる言葉である。最近はあまり聞かんな。
「今でこそあんな感じだけど、昔はメッチャ可愛らしかったんだ」
ところがどっこい、それは見た目だけ。中身は悪童そのものであった。寧ろ今の容姿に相応しい言動であったそうな。それが今では、逆に中身は大人しくなったとか。健児自身の談であるが。
「タレちゃんも、光も、昔と全然ちげーから戸惑いしかねぇわ」
(双方共にその名で呼ぶのか)
貴様も、その二人とは比べ物にならん位に激変したがな。人によれば発狂し、絶望しかねん程の変わり様である。
(あー、晩飯なにしよ)
歩いておる内に二人の事なぞ何処へやら。士の思考は切り変わり、今夜の夕飯を求めて森林公園の傍に在る駅前を直歩く。先刻食べたばかりだというのに、まだ食い足りんか。
暫く歩いておると、全国展開しておるとある中華料理店の前を通り過ぎた。
「ん? おぉっ!? 生餃子一人前・六個で百三十円?!」
(此方は物価が高いと聞いたが、この店は安いな)
その旨が表示された看板が不意に目に入り、立ち止まった士。流石は全国チェーン店、値段は向こうと同じくリーズナブルだ。本日の晩餐は、これに決定である。
「すいません、二十人前ください」
お持ち帰り用の窓口に並び、生餃子を注文。運良く売り切れておらず、無事に購入できた。士はホクホク顔で家路に就く。買い過ぎでは?
「何日かに分けて食うんだよ」
(まあ、それは別に構わんが)
今度は道草を食わず、真っ直ぐ家に向かう士。そろそろ自宅近くに在る森林公園が見えてくる頃だ。世界有数の大都市、その中心部に存在するあの広い公園を歩いておると、人間の知らぬ何かが隠されておっても不思議ではない。そう思えてならん。加えて、此処の隣には大きな神社が構えておる。正直あまり入りたくはない所である。
士は、公園の入口に在る黄色く塗装された金属製の柵を視界の端に捉えつつ、それとは反対方向に歩を進めて行く。ところが、建物が見えた辺りでそれは阻まれた。士が次の一歩を踏み出そうとした瞬間、足を下ろす予定であった地点に、勢い良く何かが突き立てられたのである。
「うおっ!?」
吃驚しつつも咄嗟に踏む位置を変更し、何とか紙一重で事なきを得られた。ただ、転倒を免れはしたものの、体制は崩されてしまった。
「なんじゃこりゃ!? 矢?!」
慌てながらも下方に視線を移すと、アスファルトに突き刺さっておる一本の矢が。このご時世に矢か。一体誰が、何の目的で? 矢文、ではなさそうだ。ならば残る可能性は……。
「――!!」
如何やら彼方さんは、此方にゆっくり考える暇を与えてはくれん様だ。続け様に矢がもう一本、地面を穿つ。ほぼ同じ個所である。士の歩みは先程から止まっておる。だというのに態々(わざわざ)足元を射た。当てる気はない、のか?
「うぉっ!? っと?!」
矢が数本、立て続けに射掛けられ、士は二~三歩の後退を余儀なくされた。これは、それ以上此方に来るなという警告か、それとも其方に来させる為に誘導しておるのか。
何れにせよ、此処に留まっておる訳にもイカン。刺さった矢の向きと角度から見て、建物群の方から放たれたと考えて良かろう。ならばと、士は反対側に在る木々が生い茂る森林へ、一目散に逃げ込んだ。此処に入るのは大いに気が滅入るが、背に腹は代えられん。
謎の射手から距離を取り、尚且つ障害物が多い場所であれば狙われ難い筈、との判断からである。更に、時間帯も平日の夕方と、人が比較的少ない事を考慮しておる。無論、此処には開門や閉門の時間が設けられておらず、立ち入りが制限されておらん事も念頭に置いての決断だ。
その読みは当たり、人影は一切なかった。それはもう、いっそ不気味に思える程に、人っ子一人たりとも見当たらん。ところが、正しかったのはそれだけである。森林公園や神社の木々は、盾の役割を果たしてはくれなんだ。
「なっ……!?」
矢は、相も変わらず途切れる事なく、士に襲い掛かる。樹木を貫き、或いは密集しておるその間を擦り抜けながら。
「クソッ! どういうことだっ?!」
(ふむ、追尾されておるな)
「なんでお前そんな冷静なんだよっ!!」
(こういう時にこそ冷静にならねばならんのだ)
更に樹木を砕き、半ばで圧し折る程の破壊力。加えて全速力、それも人間如きでは及びも付かぬ速さで走っておるというのに、ピッタリと後ろに迫った矢を放ってくる。これ等が人間業でない事は、誰の目から見ても明らかである。士ならば当たっても吹き飛ぶ位で済むが、痛いのは絶対に御免だ。餃子が入った袋を振り乱し、只管に森の中を駆け回る。まるで昨年、マンティコアに追われた時の様だな。
「熱っ!?」
今し方、脇を抜けた木が突如として燃え上がった。あの勢いを見るに、数十秒後には炭と化しておるであろう。飛んで逃げるという選択肢も、ほんの一瞬だけ過ぎったが、あの弓の腕から察するに、すぐに撃ち墜とされる。飛行が不得手であれば尚の事な。
(いつまで逃げてりゃイイんだ!?)
彼是もう、数十分は逃げ続けておる。いっその事、此方から迎え撃つか? いや、向かっておる途中で射抜かれるのがオチか。それに恐らくではあるが、この射手は街中に居る筈。仮に違ってこの公園の中に潜んでおったとしても、士が攻めに出た途端に街へ逃げ込む可能性が高い。そうなれば、必然的に街や住民達にも被害が及んでしまうかも知れん。却下だな。
とはいえ、このまま悠長に逃走しておる訳にもイカン。先刻から爆発音も聞こえてきだしたのだ。それに伴い、後方で幾つもの木々が薙ぎ倒されておるのが、耳と肌で感じ取れる。
それ等に怯えながらも懸命に公園内、及び隣接する神社の敷地内を駆けずり回る。まさか『神社の境内に爆発を伴う矢を撃ち込む』等という罰当たりな事はせんであろう。奴が普通のヒトであるならば。ところが、その見通しは甘かった。彼奴はその様な事もお構いなしに、何十本もの矢を射続けた。
ただ不幸中の幸いと言えるのが、如何やらこの神域は人間の状態であれば入っても特に問題ない様である。そういえば、以前に士が訪れた別の神社もそうであったな。それ等以外の場所でもそうなのかは分からんが、今回は助かった。我の気分は少々悪いが。




