第0話
これからの新生活に向けて、日記でも付けてみるか。折角だから。
「……ん? あ? ……あ、お前、また俺の体、勝手に使ったのか?」
士の体は、これから三年間の高校生活を送る為に借りたマンションの一室。独りで住むには少々広いその部屋の端、壁に寄せて置かれた勉強机の前に座っておる。だが、自分の意思ではない。
(貴様が寝ている間は好きにして良いと言ったではないか)
「いや、まぁ、そうだけど……俺まだ寝てなかったぞ?」
(もう殆ど寝ておったであろうが。我はそれをちょいと後押ししただけだ)
「それってお前が寝かせた様なモンじゃねーのか? ……まぁ、いいや。で、何やってたんだ? テレビ見てた訳じゃねーだろ? ネットにでも潜ってたのか?」
(いや、日記を書いておったのだ)
士が後で、父や祖父から聞かされた話も含めてな。
「ふ~ん、日記ねぇ……。まぁ、日記書くぐらいなら良いか。でも、変なことは書くなよ」
変な事? 貴様が好きな者の事とかか? まあ、別に書いたりせんさ。
「にしてもお前、日本語で書いてんのか?」
(うむ、勉強になると思ってな)
この小さな国でしか使われておらんというのに、その多様さたるや。脱帽である。それも一種類ではなく、地域によって様々。同じ国民であっても意思の疎通を図れん時もある程だ。
「ふ~ん。あーそれと、書くんなら関西弁だなくて標準語で書いた方が良い」
士からの指摘が為された。我の書き物だというのに、何故貴様に指図されねばならんのか?
(一応、聞いておいてやる。何故だ?)
「関西弁は文字にしたらウザい。例え自分が書いたヤツでもな。文字だけなら尚更だよ」
ふむ、一理あるな。イントネーションの関係であろうか?
(分かった。そうしよう。で、明日は使って良いのか?)
「ん? おう、好きにしろ。……そういや前々から訊きたかったんだけど、お前ってなんで日本に来たんだ?」
(ふむ、それか。魔界では日本のサブカルチャーがとても人気でな。我もそれが目当てだ)
それと、祖父が存命であった頃によく聞かされた事も一因か。
「あー、だから俺の懐は寂しくなる一方なのか。せっかく実家から遠く離れた東京に独りで出てきたのに、条件を満たした末に獲得した月々十数万円の仕送りをこんな事に使ってるって知ったら、間違い無く減らされるな」
(もしくは転校させられるかだな。まあ、貴様も楽しんでおるのだから丁度良かったのでは?)
「まぁ、お前が『独り暮らししろ』とか言わなかったらこうはならなかっただろうな。あのまま実家に居たらボロ出そうだし」
そう言う意味では、貴様は我に感謝すべきだな。東京まで出てきたのには驚いたが。願書もギリギリであったし。よくもまあ、締め切りに間に合ったものだ。
「これくらい遠くねぇと、父さんと母さんが勝手に来るかもしれねーだろ?」
我が儘な息子だな。それにしても、士の両親は太っ腹であるな。先の仕送りの件もそうだが、独り暮らしを始める息子に、学校の近くに在るこのマンションは、些か甘やかし過ぎでは?
「このマンションのオーナーさんは、祖父ちゃんの知り合いらしいからな。家賃は相場よりだいぶ安くして貰ってるし、仕送りはこのレベル以上の学校に合格したら、っていう条件をクリアしたからな)
(ふ~む。まあ、その御陰で我は楽しめるのだがな。そんな事より士、明日は入学式なのであろう? 早めに寝た方が良いのではないか?)
「うぉ! ヤベ! そうだ、明日は早いんだった! お前も早めに切り上げろよ」
(我ももう寝る。ちょうど切りが良いところであったのだ)
士と我は明日に備え、脳と体、そして精神を休ませる為にベッドへと向かう。
(高校、か。どんなトコなんだろうな? 平和に、過ごせる気が全くしない)
(まあ、そう項垂れるな)
我と士は、新しく過ごす日常に、めいめい思いを馳せながら眠りに着いた。
これから我等二人には、如何なる未来が待ち受けておるのであろうか? それはまだ、誰にも分からぬ。
先天的に魔界一強靭な肉体を持つ最上級悪魔。我ことローヴァルガン・ハウレル・アモン。その相棒たる石森 士。後天的に得た、世界最強の自然治癒力とその他諸々の副産物。そして世界一堅牢な金属が鋳込まれた骨格を得た、不死身の元人間。
これは我等の物語である。