9、優也誕生日①~優也side~
学校から帰ると休みの母さんが楽しそうにご飯の準備をしていた。
いつもより少し豪華なご飯で今日何かあったっけ?と首をかしげながら部屋でかばんを置きに行った。
今日は愛美がバイトで隼人も習い事があるらしく、ベッドでゴロゴロしながらゲームを始めようと電源を入れた。
今朝、遠回りだけど隼人の家のほうから学校へ行きたくなった。愛美の通学時間は何時かわからないけど、たしか小学校の近くにある高校だって聞いたことがあるから、もしかしたら会えるかもしれないと思って期待しながら隼人の家へ向かった。
いつもより少し早い時間に出て、向かっているとちょうど隼人が家から出てきたとこだった。
おれは偶然を装って隼人へ声をかけた。さりげなく愛美のことを探ろうかと思っていたら、他の同級生たちとも会ってしまい、聞けずに終わってしまった。
昨日のテレビの話とかで盛り上がりながら学校へ向かってると後ろから自転車に乗った愛美が知らぬ顔で通り過ぎて行った。おれは思わず愛美を引き止めてしまった。他の奴らがいようが関係ない。会えたことが嬉しかった。
「愛美」
呼び止めたら少し先を行ったところで愛美が振り向いた。
おれは急いで愛美の元へ向かった。
驚いた様子もなくいつもの調子で見下ろす。
「…おはよ。まさか朝から会えるなんて思わなかったよ」
そりゃそうだろう。わざわざ隼人の家に回ってきたんだから。
「愛美に会えるかもって思ってわざと隼人ん家のほうから来た」
素直にそう言うと少し嬉しそうに笑った。その感じが可愛い。
それにしても……おれは愛美の全身を上から下まで眺めた。
高校生としては普通なのかもしれないけど…スカートが短すぎる。自転車をこぐときに見えちゃいそうだし!!! 足もそんなに出すな! と言いたいけど、そこまで言うのは我慢することにした。
「スカート短すぎ」
おれがそう言うと愛美は目を丸くしながら、「そうかな?」と不思議そうな顔をする。ホント愛美ってわかってない。
「まあいいや。それよりさ、今日はバイト?」
まだ不思議そうにしながらも「夕方からバイト」と愛美は答えた。
どっかのお店でバイトしているらしいんだけど、男のバイトもいるんだよな。
愛美って鈍いからな……。
「じゃあ、これ持ってて。明日返してくれればいいから」
おれは愛美の腕を引っ張り体勢を崩した身体を支えながら自分の被ってた帽子を愛美の頭へ被せた。おれなりのお守り。愛美に変な男が寄ってこないようにね。
「じゃあね」
グレーのニット帽を被った愛美は訳がわからないという感じでぽかんとしていたけど、そのまま思い出したかのように学校へ向かった。
その帽子を貸した意味をきっと気づいていないんだろうなと思うけど。
おれは最後に一度だけ愛美の後姿を見送ってから学校の中へと入った。
意外と似合うその姿に嬉しくなってしまった。
上機嫌で歩くおれの後ろを怪しげに見ている隼人と金井の姿に気づいてはいたけど、今はまだ気づかないフリをしておくことにした。
「優也。ちょっと買い物へ行こうか?」
ゲームを始めようとしていたところ、母さんが呼ぶ。
「買い物? いいけど、夕飯の?」
夕飯はさっき作ってたっぽいから違うか。
「あんた、今日誕生日でしょ? ケーキ買いに行こう」
笑顔でそう言われて初めて思い出した。
ここ何年か母さんは仕事でいなかったから誕生日を祝ってもらったことがなかった。だからすっかり自分の誕生日を忘れてた。
「駅前においしいって評判のケーキ屋さんがあるからそこに行ってみようよ」
六年生にもなって誕生日ケーキってのは何となく恥ずかしい。けど母さんが嬉しそうだし、まいっか。
「おれチョコケーキがいいな」
上着を羽織って母さんと一緒に久々に買い物へ出かける。
欲しいものは特にない。ずっとおれのものになればいいのにって願ってた愛美は…奇跡的におれのものになったし。
いい誕生日プレゼントになったよな。
「あ、ここだわ。全部お店で手づくりなんですって」
目的の店に着き中に入る。
いかにも女の子が好きそうな店。母さんも昔からこういう雰囲気のところは好きだった気がする。
真剣にケーキを選んでた母さんが定番の二つを注文する。
「ショートケーキとチョコレートのケーキを一つずつ下さい」
「あ、それとろうそく二本いただけますか?」
箱に詰めていた店員さんへ向かい、思い出したかのように言う。
ろうそくって…いらないしっ。
そう思いながら店の奥を何気なく見ると……。
驚いたようにこっちを見ている姿があった。
「…愛美」
無意識にその名前を口に出してしまった。
何でここに!? バイトってまさか、ここだったのか?
あまりにも偶然の出会いに嬉しくなったのと母さんとケーキを買いに来た自分が恥ずかしくてそのまま目を逸らしてしまった。
「ろうそくってお誕生日ですか?」
さっきまで愛美と一緒にいた店員さんが母さんにそう声をかける。
「そうなのよ。今日この子の十二歳の誕生日なんだけど、なかなか仕事が忙しくて今までまともに祝ってあげれなかったから」
正直にそう話す母さんにおれはさらに恥ずかしくなった。
愛美の前で余計なこと言わないでいいしっ!
「おめでとうございます」
それまで奥にいた愛美がおれたちの前に来て、たった一言そう言った。
顔赤いけどね。そういうおれも愛美の言葉が嬉しくて仕方ない。
「あら? 愛美ちゃん、久しぶり。大きくなっちゃって!すっかり素敵になったわね。いつも優也が隼人くんたちにはお世話になってます」
久しぶりに会ったのに愛美のことに気付いた母さんはそのままずっと居座りそうな予感がした。
おれは愛美とのことが母さんに知られる前に店を出ようと慌てて母さんを引っ張った。
店を出てからも母さんの愛美と隼人の話は止まらなかった。
「それにしても愛美ちゃん、ホント綺麗になったわ。優也の彼女が愛美ちゃんだったら母さん、大賛成なんだけど。なーんて、優也の彼女にそんなこと言ったら失礼ね」
そう言って笑う母さんにおれはどうしようもないくらい嬉しくなった。
近いうちに愛美がおれの彼女だって母さんに教えてあげようと思った。
ケーキ屋に現れる少し前の優也と母さんの話。