1、世間はクリスマスモード突入♪
優也が受験をすることになり、そのために新しくできた塾へ通い始めて数日がたった。
世間ではクリスマスモードが漂い始めた十二月。
私のバイト先のケーキ屋でもクリスマスに向けて新しいケーキを売り出すことになった。バイトの人たちもクリスマスまでの三日間はサンタクロースの衣装を着ることになっている。店の内装もクリスマス仕様へ変更するためにみんなで手分けしながら飾りを手作りすることになった。
私も香苗と一緒にクリスマスの飾りを慣れない手芸で作ることにした。
サンタさんとかツリーとかトナカイの小さいぬいぐるみをいくつか作ってそれを全部紐でつなげて壁に飾れるもの。
バイト中もクリスマスのイベントに向けて話が盛り上がる。
そんなあるバイトの日、副店長の森さんに呼び出された。
三十歳前の女性で海外に住んでいたこともあるパティシエさん。お店のケーキはほとんど森さんが考案したもの。店長の森さんとは夫婦でもある。
「藤村さんってお菓子作り得意だったよね? クリスマスに向けての新作のデザートなんだけど、私と一緒に作ってみない?」
「え? 私がですか?」
「お菓子作るのが好きだったらどうかなと思って。実は私も高校生のときに小さなケーキ屋でバイトをしてたんだけど、そこで店長から色々なお菓子の作り方を教えてもらったのね。それがすごく楽しくて、お菓子を作る仕事ができたらいいなと思って今の職業を目指したんだ。藤村さんにそうなってほしいとかではないんだけど、将来のことを考えるきっかけにでもなるかなって思って、どうかな? 試しに一緒に作ってみない?」
森さんがそんな風に思ってくれてたのは知らなかったけど、お菓子を作るのは好きだし楽しいと思っている。
まだ進路とか将来とかあまりちゃんと考えてはいないけど、もしかしたら森さんみたいに良いきっかけになるかもしれない。
私は少し考えてから、森さんへ返事をした。
「私で良ければよろしくお願いします」
「良かった。こちらこそ、助かるよ」
クリスマスへ向けて私と森さんは新作のケーキ作りをすることになった。
バイトが終わり着替えながら香苗にケーキ作りのことを話した。
「愛美、料理得意だもんね。良かったじゃん。それにしても将来かぁ。あたしも何も考えてないよ。とりあえず、どっかの短大に行ければいいかなって思ってるくらいで、何になりたいとかないからな」
短大に行きたいとか考えてたんだ。私なんてホントに何も考えてなかったよ。優也のことばかり考えてるし……ダメじゃん、私。
「でも何になりたいかって言われたら、お嫁さんだけどね。高崎先生の」
語尾にハートマークをつけたような言い方で香苗が悪戯っぽく笑う。
高崎先生のお嫁さんって、そこまで本気だったのか。それはそれでびっくりすることなんだけど。
「愛美の将来は決まってるようなもんでしょ? いいよね」
「いやいや、私なんてまったく何も考えてないけど?」
「そうなの? てっきり年下彼氏くんのお嫁さんにでもなるのかと思ったけど。違うのか」
何をさらりとこの子は言っているの!?
そりゃ優也にも似たようなこと言われたけど、そんなことまだ本気で考えてないし。
「香苗サン、優也はまだ小学生だし。そんなこと全然考えてないから」
私がそう否定すると香苗は本気なのか冗談なのかわからないけど「つまんないの」と言った。
お店を出ると少し離れたところに塾が終わった優也が自転車に乗りながら、何かを読んで待っていた。
「優也? 何読んでるの?」
後から覗き込むようにして声をかけると、優也は慌てて読んでいた本をかばんに閉まった。
「愛美!? びっくりした。何でもないよ。バイト終わったの?」
慌てたのは一瞬でその後はいつもの優也だった。
そんなに慌てて隠すものって何だろう?
気になるけど、何だか触れられたくなさそうだし、ここは気にしない振りをするしかないよね。
「塾はどう? わかりやすい?」
「学校よりはやっぱり内容が難しいけど、わかりやすいよ。それに他の小学校だけど同じ学校を受ける人も何人かいるみたいだし」
「そうなんだ。みんなが合格したら、友達になれそうで良かったね」
塾での話は学校とは違い、同じ目的のある人たちの集まりだから話も合って楽しいとか良い刺激になるだとか、優也とはあまり学校の話とかをしないから新鮮な感じ。こういう話をしている優也はいつもより子供に見えて少し可愛いと思ってしまった。本人に言ったら激怒されそうだから絶対言わないけどね。
高校生にもなるとなかなか小学生の話を聞く機会ないから私も楽しい。今の小学生は数年前の自分たちとは違って考えもしっかりしてるし、感心することもある。身内とは違う小学生と親しくなったのは私にとって良い刺激となっている。
「そういえば私ね、クリスマスに向けて新作のケーキをパティシエの副店長さんと一緒に作ることになったんだ」
森さんとのケーキ作りの話を早速優也に話した。
元々お菓子作りは好きだったけど、今まで以上に好きになったのは甘いものが苦手な優也が「おいしい」って誉めてくれたからなんだよね。
「へぇ。すごいな! 愛美の作るケーキとかお菓子はうまいし、料理もおいしいからな。良かったね」
自分のことのように喜んでくれるから、私は少し照れくさくなってしまった。そんなに喜んでもらえるなんて思ってなかったし。
おいしいケーキができたら優也にもあげたいな。
そのためにも頑張らないとね。