1、好きな人は弟の友達なんです
どうしてこんなにも気になるのか……。
気づくと目で追っている自分がいる。こんなのはおかしいって思うのに……。
目が離せない。
「姉ちゃん、今日も優也来るからおやつよろしくね」
学校から帰ってきた弟の隼人が二階の自分の部屋へ向かいながら言う。
ちょうど私は帰ったばかりでテレビを見ながらリビングでくつろいでいた。
今日はバイトがなく部活も入っていない私は小学生よりも早く帰宅することがある。
優也とは弟の友達で幼なじみみたいなもの。毎日飽きずにうちへ遊びに来る。
両親共働きに出ていて夜にならないと帰らないうちの母親と違い、優也の家は母子家庭で看護師をしているために夜勤もあり一人になることが多い。
母親同士が友人で夜勤のときは優也を預かっている。だいたい週に二日間の夜勤をしていて遅番もあったりで優也を預かる回数は多いのに、他の日でも放課後遊びに来る。
優也が来る日はバイトがなければ、密かな趣味であるお菓子を作り二人のおやつにしている。
きっかけはそのお菓子。
それまで家族以外の誰かにお菓子なんて作ったことなかったから初めて食べてもらったときに「すごいおいしい」って優也に言ってもらえて誰かに作るお菓子がこんなに嬉しいものだとは知らなかった。
それから優也が来るたびに暇だったらお菓子を作っている。
今日はテストも終わったしバイトもないから久々にカップケーキでも焼いてみようかな。色んなお菓子を作ってきたけど、優也が好きなお菓子はカップケーキだったらしい。
隼人にさりげなく確認をしたら本当は甘いものはそんなに好きじゃないみたいでシンプルなカップケーキが一番好きだと言っていたのだ。
私は早速制服のままキッチンに立ちカップケーキを作り始めた。
焼きあがる寸前に優也はやってきた。
季節は秋も終わり寒さが増してきたからかグレーのニット帽を被っている。黒いTシャツの上に紺色のチェックのシャツを羽織っていて隼人と比べたら同じ小学六年生とは思えないほどお洒落。小学生の服装チェックをしている私もどうかと思うけど……。
焼きあがったカップケーキを出すと嬉しそうに食べ始める。
「やっぱり愛美(まなみ)の作るカップケーキは上手い!」
優也のその一言がすごい嬉しくてまた作ってあげたくなる。
私は照れ隠しに適当に返事をして、後片付けをするために立ち上がった。
お皿を持って流し台へ向かう私の背後で「なぁ」と声がした。隼人はトイレに行っていていないから声の主は一人しかいない。
その声に振り向くと少し悪戯っ子な笑顔を浮かべながら優也が見ていた。
いつも以上に大人びて見えて心臓がドキドキと鼓動が速くなる。
「今度は愛美の作った夕飯が食いたい」
何だかすごく嬉しいのとその台詞にドキドキして赤くなる頬を押さえながら、「わかった」と素っ気無い返事をしてしまった。
それなのに優也は嬉しそうに笑いながら立ち上がる。
「明後日。母さんが夜勤だからそのときによろしくな」
ふわっと笑うその表情がかっこよすぎて優也の顔を見ていることができなかった。
優也に背を向け速くなる鼓動を必死で押さえていたらタイミング良く隼人が戻ってきて二人で隼人の部屋へと向かった。
リビングを出る際、優也が「おれハンバーグ食いたい」と言ったことを危なく聞き漏らすところだった。
「その笑顔反則…」
どうして、私はこんなにドキドキしてんだろう。
相手は弟の友達で小学生なのに……。
小学生にときめくとかって高校生としてどうなの!?
二人が出ていったリビングのドアを見つめながら無意識に指を折って数えていた。
「私が十七で優也が十二歳。五歳かぁ……って小学生だし、ありえないって」
小学生と高校生。弟の友人とその友人の姉。どう考えてもありえないのに……。
同級生やクラスメートの男子を見ても全然ときめかない。年上もダメ。
というより優也以外ありえないってどうなのよ。
「他に好きな人見つけないと」
優也はクラスや学年の女の子にモテるらしい。前に隼人が何度か告白されている場面を目撃したらしい。
今もクラスに猛アタックしている子がいて、それを嫌がっているのに他の男子や女子はその女の子と優也をくっつけようと楽しんでいるとか。だから避難するかのように隼人と遊んでいるらしいのだ。
こんな高校生でも優也にときめいたりするんだから、同級生から見れば相当かっこいいんだろうなぁ。
ちなみに隼人情報では優也にも好きな子はいるらしく、告白されたときに「好きな人いるから」って断っているみたい……間違いなく自分ではないし、好きな人がいる人を好きでいるのも疲れるだけ。
そのためにも他に好きな人を見つけないとって思うんだけど……。
「あんな笑顔であんなこと言われたら……その決心も鈍るじゃんか」
食器を洗い終わり、壁にかけてあるカレンダーを見る。家族全員の予定が書き込めるものでそのまま明後日、金曜日のところを見ると。
「お父さん夜勤。お母さん出張!?」
お母さんは年に何回か出張があり医療関係者のお父さんも夜勤が何度かある。
それにしても何てタイミング……私はバイトがなくて夕飯当番。そんな日に優也が泊まりに来るのは初めてだった。
その日はもちろん隼人もいて優也と二人きりなわけじゃないんだけど……何となく落ち着かない。
嬉しくて仕方ない自分がいる。
私はカレンダーに赤で丸印をつけ、空いているところにハンバーグと記入した。
小学生なのに小学生らしくない言動に愛美はドキドキです。