2014年2月19日の活動報告より バレンタイン追奏曲
【調理部隊の反応(ディルナン視点)】
「また新しいお菓子みたいですね」
「あ、コレ餅だ」
夕飯を食べ終えたユーリが、他の部隊にバレンタイン用の菓子を配布に出る前に調理部隊の人数分の菓子を置いて行った。
ジジイに嫁さんの分まで託して。
ユーリにしては遅い時間に来た為、食堂の混雑時間は殆ど終わっていた。
早めに食べて欲しいとの言葉に従って全員で包みを開くと、そこには薄く粉を纏った白くて丸い物体。手の平にすっぽりと収まる程度だが、ユーリにとっては巨大な菓子だっただろう。
オルディマとアルフが少しつついて確かめつつ言葉を漏らすと、全員で沈黙する。
「…ちび助、着々と腕を上げてねぇか?」
「取り敢えず食ってみるぞ」
シュナスの呟きに、確かに…と全員が手元の菓子を見詰める。
ユーリ一人で餅つきが出来る筈が無いのに、現に目の前には餅がある。
確か前にも作っていたとアルフが報告を上げているし、上手く加工する方法を考え出しているのだろう。
製法は気になる所だが、見詰めていてもどうにもならない。
ジジイの言う通り、取り敢えずは食うか。
『…!』
齧り付き、その味わいに全員で驚く。
「餅と、ショコルを混ぜた餡と、ベルチ…!?」
「…斬新な組み合わせだな」
「ふむ。悪くない」
アルフが中身を確かめて衝撃を受ける中、ラダストールとディオガは静かに二口目を口にする。
「うめー!」
「ユーリちゃん、やっぱ最高だー!」
「てか、このベルチ最高級品じゃねーか!」
三馬鹿に至っては、相好を崩しつつ貪り食っている。
「………その内、ユーリにデザートを一品任せてみるか?」
トドメにジジイが呟けば、美味そうに食っていたアルフの目に闘志が宿る。
何だかんだ下に甘い兄貴分でも、負けるのはプライドが許さないってか。
「なら、アルフには副菜を任せていいな」
明らかにアルフはこれまでの甘ちゃんではない。
技術の向上も目覚ましいし、これなら試しに任せても良いだろう。
そう思ってジジイに続くと、アルフの目が真ん丸になってオレを見てきた。
「但し、生温いモン作ってみろ。タダじゃおかねぇぞ」
「…っはい!」
「こりゃ、オレ等も増々負けてらんねぇな。」
「そうですね」
ユーリが齎した風は、間違いなく力強い追い風となって吹いている。
手元にある菓子を食べつつ、微かに口元が持ち上がるのを実感した。
【親衛隊の場合】
「ユーリちゃんのお手製菓子…っ」
「今年も貰えましたよ、隊長っ!」
「……「早くたべてねー」って言われたが、く、食えん!」
「食べたい欲求と、いつまでも残しておきたい欲求がーっ!」
揃って感涙してお菓子の包みを拝まんばかりの勢い。ハッキリ言って傍から見ると変な集団。
でも親衛隊だから…で済んでしまう程にお馴染みになっていたり。
【近習・近衛部隊にて(ロイス視点)】
「「戻りました」」
『おかえりなさい』
所用と言って席を外していた二人の帰還の挨拶に、自然と出迎えの言葉が向けられます。
「隊長、今、少々お時間よろしいでしょうか?」
「どうしました?」
時間の合間を縫って幾つかの書類のチェックをしていると、戻って来た近習部隊の隊員が目の前にいました。
「ユーリちゃんから、隊長へのバレンタインだそうです」
「…それはそれは」
「それと、魔王様へも承りました。ロイス隊長のご判断でお渡しするか否かを決めて下さい、との言付も一緒です」
言葉と共に差し出された包みに、思わず目を細めます。
あの小さな隊員は今日も元気に頑張っている様ですね。
イベントもすっかり色々定着してきました。
微笑ましく思っている所へ更に出て来た包みと言葉に、思わず苦笑が零れます。
魔王様にも「ユーリちゃんを見守り隊!」の会報を紹介する様になってから、魔王様自身は何も仰る事はありませんでしたが少なからず興味は持っている様でした。
ですが、そう簡単にお渡しする筈が無いのはあの子も分かっているでしょうに。
「…我々が試食してから決めましょう。
タクトとジェイルの分もあるのでしょう? まずは専属料理人の意見も聞くべきです」
「かしこまりました。出来るだけ早く食べた方が美味しいそうですから、今から渡しつつ意見を聞いてきても?」
「そうして下さい。折角のイベントですから、可能な限り当日中にお渡し出来た方が良いでしょう」
「行って参ります」
手短に用件を聞いた所で隊員が一礼して動き出します。
さて、折角ですから私もやるべき所まで終えたら頂くとしましょうか。
……グランディオはどう対応してるのでしょうね?
魔王様に渡せるレベルと判断しなければ渡しませんよ?
私のチェックは厳しいですから。
【医療部隊にて(ヴィンセント視点)】
律儀にも今日出勤していた人数分、バレンタインの菓子を用意して持って来たユーリ。更には私の妻の分まで用意して来たらしい。
あの可愛らしい笑顔で「どーぞ」と渡されて受け取らない者はいないだろう。
現に、甘い物が苦手なフォルでさえも笑顔で受け取っていた。
本当にどうしてあんなに可愛いのか。
思わず抱き締めても嫌がる事無く、大きな瞳をキラキラ輝かせて頬擦りされては堪らない。
絶対にそう簡単には嫁にはやらん。
早めに食べてくれとの願いに、現在、私以外の隊員は包みを開いて食べている。
私はあと半刻程度で上がり予定なので、折角だから帰ってから妻と一緒に頂くつもりだ。
包みを見るだけで、今から楽しみで仕様が無い。
「おや、これは。これならボクでも美味しく食べられますね」
「そうですね。果物を使ってるからかな。上品な甘さです」
「どうやらこういうお菓子なら食べられそうですよ。ユーリちゃんに感謝ですね」
目の前で一口齧り付いたフォルとバクスが中を覗き、お菓子を褒めている。
「フォルがお菓子を食べるとは珍しい光景だな」
「このお菓子、半分以上がベルチなんですよ。それに、お餅と苦めのショコルが入った餡で。これ位なら食べられます」
「ボクは甘い方が好きですけど、このベルチが逸品なんです。だから凄く美味しいです」
「それは楽しみだな。…お返しも色々考えなくては」
あの子ならばどんな物でも喜ぶだろうが、どうせならば輝くばかりの笑顔が見たい。
妻とも相談してみよう。
【土の二月(三月)三日 桃の節句+ホワイトデー】
「ユーリちゃん、はい、お返し」
「カラフおねーちゃま、ありがと」
就寝前に部屋に沢山やって来ました、お返し(ホワイトデー)。
美味しそうなお菓子や普段使いの日用品に文房具、素敵な小物といった沢山のプレゼントに囲まれております。
頑張っていちご大福作って良かった…!
ご機嫌でニコニコ笑っていたら、扉がノックされてディルなんさんが対応に行った。
あれ? 去年もこんな事があった気がする。
「こんばんは、ユーリ」
「ロイスたいちょ、グランたいちょ!?」
ディルナンさんに続いてやって来たのは、去年とは違って何と近習・近衛両隊長。うそん。
「今日は近衛・近習共に副隊長が揃ってますから。勿論長居はしませんが」
あんぐり口を開いてたら、ロイスさんにそっと顎を戻された。すみません、間抜け面で。
そのままロイスさんがグランディオさんを見ると、グランディオさんがその手に持っていた二つの包みをベッドに乗せてくれた。
「お菓子の包みは我々近衛・近習の面々からです」
「ありがとうございましゅ。…もう一個?」
「ーーー…もう一つは、魔王様からですよ」
ロイスさんの説明に小首を傾げていると、爆弾発言が飛び出してきた。
あまりの事に、部屋が一瞬で沈黙する。
と言うか、一部例外を除いてロイスさんの言葉を飲み込めなかった。
『は?』
「魔王様からです」
思わず揃いも揃って問い返せば、ロイスさんがとってもイイ笑顔で再び爆弾発言を繰り返す。
「…………渡して、くれたんでしゅか?」
「えぇ。頂いた近衛・近習の全員が試食の上、お渡し可の判定を下しました。当日中に召し上がってましたよ」
「開けて見るが良い」
呆然としてたら、グランディオさんが声を掛けて来た。
自然と問題の包みに部屋中の視線が集まる。
恐る恐る包みを開くと、包装の中に鎮座していたのは…ネコのぬいぐるみだった。
「ふわぁ、黒いのんたん!」
思わずそう叫んでしまう程に、絵本に出てくるネコに似ていた。唯一違うのはその色が黒い事だろうか。
持ち上げてみると、恐ろしく手触りが良い。人をダメにしそうなぬいぐるみだわ。
「ーーー…ユーリちゃん、そのコの名前を知ってるの?」
「のんたん。ホントは白いの」
カラフさんが驚いた様に問い掛けて来る。驚いているのはロイスさんとグランディオさんもだった。
魔王様からのプレゼントと言う事に驚かなかった三人だ。
大人しく認めると、カラフさんが息を飲む。
そんなカラフさんとは対象的に、ロイスさんは微笑んでいる。
「…色は黒いですが、カラフが制作に関わっている特別製ですよ。大事になさい」
「あい、ありがとうございます!」
「そのお礼は魔王様にお伝えしておきましょう」
「大事にしましゅ!!」
ぬいぐるみに頬擦りすると、グランディオさんが頭を撫でてくれた。くふっ。
「さて、我々はそろそろお暇しましょう。おやすみなさい、ユーリ」
「おやすみなしゃい。ロイスたいちょ、グランたいちょ、ありがとうございました!」
ロイスさんも頭を撫でてくれてから部屋を出て行く。
相変わらずのお二人だ。会えただけでもレアだよ。
「カラフおねえちゃま、二つもありがとー」
「……そのコは本当に特別製なの。きっとユーリちゃんを護ってくれるから、絶対に手放しちゃダメよ?』
「あい」
改めてカラフさんにお礼を言うと、カラフさんが真剣な表情で教えてくれた。
カラフさんがこんな表情をするって事は、きっと凄い御守なのかもしれない。
きちんと返事を返して、腕の中のぬいぐるみを見る。
…やっぱり見た目はあの絵本のネコにソックリだわ。
「特別製にも程があんだろ」
「つーか、魔王様も何つーモンを…」
「……実に興味深いな」
周りでジョットさんやディルナンさん、シェリファスさんの目がぬいぐるみに釘付けになっていた。
「最強の御守、ですね」
「流石は魔王様だ」
エリエスさんとヴィンセントさんは妙に感心してるし。
他の面々もどこかソワソワしてる。ぬいぐるみに興味津々と言うか、警戒してると言うか、落ち着かない様子。
私には普通のぬいぐるみだけどな?
ただ、どこか懐かしい気がする。近くにあると安心出来る感じ。
兎に角、この子は絶対に大事にしなきゃって事みたい。
もう一度腕の中のぬいぐるみを見つめ、ギュッと強く抱き締めた。
あぁ、このクテクテ具合と肌触りが最高です…。
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ぬいぐるみの秘密は後日出現するかも。
単なるぬいぐるみでは無い事だけは確かです。