桐島先生
「本当に良いのか?ご両親に連絡しなくて?」
「どうせ居ないんで…。」
担任の戸惑いとは裏腹に、由香利の返事はあっさりした物だった。
裏での騒動をどこかで見られていたらしく、金城と騒ぎを起こした生徒は現在、生徒指導室に呼ばれている。
由香利は被害者として、先ほど相手から謝罪を受けて担任桐島に報告していた。
…疲れたなあ。
眠い。
熱血タイプの桐島はしきりに由香利を心配してくれたが、あまり気にしていない由香利にとっては半分面倒であった。
「…先生、もう大丈夫なんでクラスに戻っても良いですか?」
何とか相手のマシンガントークの合間に切り出したが、すぐに桐島から思いもしない提案が出される。
「…いや、やはり頭部の怪我は危ない!1日様子をみた方が良い…!有川、自宅まで俺が送るから、準備してくれ!」
「…え、良いです。早退なら、自分で帰れますから…」
思わず口元が引き吊るが、桐島の勢いは止まらない。
というか、とってもめんどくさい。止めて下さいマジで。
「大丈夫だ!遠慮しなくて良いからな?…俺は、有川が心配なんだ…。」
担任の真剣な視線に、答えなど決まっていた。勿論分かっては居るのだ、この教師が根っからの好人物なのは。
「…分かり、ました。」
観念して深いため息を吐き返事をして、なるべく目立たぬ様に素早く教室から鞄を取って来たのだ。
…せっかく藤野さんと帰れると思ったのにな。
一ノ瀬君、心配そうに見てたなぁ…。
本当にごめんなさい。
「有川、こっちだ!」
桐島の邪気の無い爽やかな笑顔に、由香利は頭の中で飛び蹴りを食らわせて置く。悪気は無いと分かってはいるが、初日に早退とはやはり嬉しい物では無い。
…ていうか。
「…車、凄いですね?」
「ん?そうか?…ああ、早く乗ってくれ!」
「はい。失礼します…。」
…凄いよ。
だって、ベンツだよ??
先生って、意外にお金持ちなんだ…。
しげしげと高級車を観察しつつ、汚さないかと心配になりながら乗り込む。ぼんやり窓の外の景色を眺めながら、桐島の話しに適度に相槌を打つ。
…密室で男性教師に女子高生。
文字だけならエロいな。
まっ、可愛い子だったらだけど…。
つまらない妄想に身を馳せ、夕食のメニューを考え始めた。
…今日どうしよう?
ハンバーグ?
チャーハン?
あ、冷蔵庫何も無い…!!
「先生…もし大丈夫なら、近くのスーパーで下ろして貰えると…。」
「…ん?どうしたんだ?」
「…えっと、家に食材が無くて、今日夕飯が作れないと困るので…。」
…さすがに駄目、だよね。
桐島は一度目を瞬くと、すぐに大きく頷く。
「そうか!…よし分かった!有川は偉いな!高校生で、家族に食事を作るなんてな!」
何故か感激する桐島に、乾いた笑みを向けるしか出来ない。家族の食事を作るのは小学生の時からなので、自分にとっては当たり前の事なのだ。
「そうですか…。」
学校の話し等をしている内に、近所のスーパーに着いていた。
…さっさと帰ろう。
礼を言いながら素早く車から降りると、桐島も当然の様に着いてくる。
何処まで来るんだ?!
とは言え、純粋な親切心の相手を拒否するのも気が引け、黙っていれば普通に格好良い男性を振り切れないのも、女心だろう。
桐島は話しながらも自然にカゴを持ち、重い物を持ってくれている。
「有川は料理上手そうだよな!…今日は何を作るんだ?」
「うーん…ハンバーグですかね?」
「へぇ?凄いな!今度ご馳走してくれよ。」
ニコニコとそう言う桐島に、由香利も釣られて自然と笑っていた。
「良いですよー。でも、彼女さん怒りませんか?」
そう軽く投げ掛けた言葉に、桐島は笑顔が消えてふと表情を曇らせた。
…え?
由香利の硬くなった表情に気付いたのか、桐島はすぐに元の雰囲気に戻っていた。
「はは、俺は彼女居ないぞ~。」
…何なんだろ?
疑問は残りながらも、その後は何事も無く普通に買い物を終えて駐車場で別れる事になった。
「じゃあ、また明日な!有川!」
……あ。
由香利はそこであることを思い出し、鞄に手を入れて何かを探し見付けると取り出す。
「先生、これ、良かったら。…不味かったら全然捨てて良いんで!」
今日の昼に食べるはずだった弁当を桐島に押し付け、逃げる様に踵を返す。
…なんか、お礼的な物だけど!
奢ってもらったし。
「…有川!………ありがとう。」
振り返った桐島は、初めて見る無邪気な笑顔であった。
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