97.Ⅰ know.You don’t know・・・
栗野と共に外へと出てきた未佳達は、とりあえず昨日のホテルバスの姿を探す。
一応予定では、バスはホテルの出入り口付近に停車してくれることになっている。
しかし今のところ、それらしい車の姿は何処にも見当たらない。
むしろそればかりか、一般の車やタクシーの姿もないのだ。
「なぁ~・・・。バスある~? それともない~ん?」
未佳達と同じく辺りを見渡していた厘が、やや駄々をこねたかのような声で尋ねる。
一方の栗野の方も、同じく予定上でのバスがないことに戸惑っていたらしく、左手でメモ帳を開きながら、残った方の手でやや乱暴に髪の毛を掻いていた。
「う~ん・・・。見た感じー・・・まだみたいですね」
「『まだ』ってか・・・」
「そもそも車がないじゃない」
「で、ですよ、ねぇ~・・・・・・。ちょっと私確認してきますんで、皆さんはここで待機してぃ」
プッ・・・プッ!!
「「「「「「ん?」」」」」」
ふっと未佳達から見て左側のホテル車道から、何やら大きめのクラクションが鳴り響いた。
そしてその音に反応して視線を向けてみれば、たった今探していた例のバスが、こちらへ向かってカーブを曲がってくる。
「あっ、あった!」
「向かってる途中だったんすね」
「おーい! こっち! こっち~!!」
「こぉ~ちぃーだっよぉ~!!」
そう厘と手神が叫びながら両手を振ると、昨日の陽気な運転手はニッコリと一礼をして、手慣れた手付きでバスを停車。
さらにそれに並行して、運転手は先頭側の乗車口扉を開け放つと、その開いた扉から顔を覗かせるようにして、口を開いた。
「お待たせしました~。いや~、すみません。ここの停留所道幅が狭いものですから・・・、発車ギリギリくらいにまでならないと、なかなかバスが・・・」
「いえいえ、大丈夫です。まだ時間にはだいぶ余裕がありますし、何より時間ピッタリですから。無問題です♪」
栗野はそう運転手に伝えると、右頬に『OK』マークをした右手をサッと添えて『大丈夫』というジェスチャーを送る。
すると運転手の方も何とか安心したらしく、再びニッコリとした顔で一礼した。
「あっ・・・。そういえばメンバーの皆さん。窓側に座りたいのであれば、左側に座られるのを、オススメしますよぉ~?」
「「・・・えっ?」」
「左側?」
「はい~。何故ならこれから走る車道は、左手に美し~い海が望める絶景ポイントですから・・・。特に今回は空も晴れていますし、波もひじょ~に穏やかですからね。海を見つめながら会場に向かわれるのには、まさに、最っ高の眺めですよぉ~?」
まるでノリのいい観光案内のイントネーションのように、運転手は未佳達と窓側を交互に見つめながら言う。
当然この運転手のとっておき情報に、いち早く食いついてきたのは未佳だ。
「海? やった~♪♪ ねぇねぇ! 今日って『座席はどっち側に座れ』とかって、決まってないんでしょ?」
「え、えぇ・・・」
「じゃあ私先頭の二列目もーらいっ!」
その栗野からの解答を聞いたと同時に、未佳は右手を高々と上げて、ちゃっかり『二列目の座席を取った』と宣言。
するとこれがキッカケとなって、残りの3人もまた、自分の座席取り宣言をし始めた。
「エッ?! ほ、ほなウチその後ろ~!」
「はい! 二列目埋ぅーまりっ♪」
「・・・あれ? ・・・・・・そういえば今日の座席って、4人で二列ですか? それとも一人一列ずつ?」
「・・・・・・もう皆さんお好きにどうぞぉ? 特に決まっていませんからぁ~・・・」
何処そとなく投げやり的な言い方で、栗野は長谷川の質問に真顔で答える。
その表情から察するに、おそらく栗野は、そこまで海が望める側の席に座りたがっている自分達に、少々呆れているらしい。
というのもだ。
(も~う皆さん・・・。これで本日何回目の海よぉ~・・・)
「んじゃ僕、小歩路さんのぅ」
「後ろ取った~♪♪」
「!! てっ・・・、手神さん! まさかの横槍?!」
「『横槍』って酷いなぁ~。僕は長谷川くんよりも先に『四列目がいい』って、言っただけだよ?」
「それを『横槍』って言うんでしょ?! 正式には・・・!」
「まっ♪ とりあえず四列目は僕が座る。だから長谷川くんは、窓がいいんなら僕の後ろね?」
「・・・・・・・・・」
反論するも先へ先へと話を進められてしまい、長谷川は唖然とした表情で手神を見つめる。
それから考え続けることわずか10秒。
「いいっすよ・・・。いいっすよ? 手神さん四列目で」
「よしっ」
「僕“一列目”に鎮座させていただきますから」
「なっ、何っ!?」
「え゛?」
「・・・・・・ちょっと待って・・・」
ふっと一瞬聞こえてきた誰かの嫌そうな声に、長谷川は苦笑しながら両手を上げて『タンマ』のポーズを取る。
ちなみに当の嫌そうな声を上げた本人は、未だ長谷川をやや迷惑そうな眼差しで見つめていた。
そんな相手の様子に、長谷川は一体何が不満なのかと聞き返す。
「なんで坂井さんから『え゛?』って声上がるんっすか? ・・・なんか僕先頭座ったら問題ありますぅ?!」
「・・・だって・・・。影になって見え難くなる・・・」
「な、何が? ・・・海が?? 外が??」
「カメラが・・・」
「キャメラかいっ!!」
実は密かにバスで写真を撮ろうと考えていた未佳にとって、一列目が日光を遮断してしまうのはかなり致命的。
もちろんこのバスは満員になる予定だったので、どの道誰かが一列目に座るのは分かっていた。
だから未佳の希望としては、一列目に細身の栗野か。
あるいは小柄な日向に座ってもらいたかったのだ。
そうすれば、日光の遮断はある程度まで回避できるし、撮ったばかりの写真の良し悪しを、即栗野達に確認させることもできる。
まさに『一石二鳥』の条件だったのだ。
「でもさとっちが座ったら陽射し入ってこないよ~・・・。それにギターもあるんでしょ~?」
「ま、まあ・・・」
「ほなら~・・・。みかっぺが先頭座ったら?」
『むしろ最初っからそうすればよかったやろ』と、長谷川はややムッとしながら、その厘の提案に同意する。
しかし未佳には未佳で、先頭の座席に座りたくない理由があったのだ。
「・・・『先頭』って狭くないかな?」
(あっ・・・。先頭選ばんかったのは『狭い』と思ったからか・・・)
正確にはそれ以外にも、座席の位置がタイヤの関係で高い。
足場が妙に持ち上がっていて、体勢が取りにくい。
発進時や停車時によく揺れる、などなど。
何となくこれまでのバスに乗っていた時の経験から、ついついそんなイメージを持ってしまう。
しかしそんな未佳の不安な予想に対し、陽気な運転手は何とも柔らかい笑顔で、その予想を否定した。
「それでしたらご心配なく・・・。こちらは元々、ホテルへお泊りになるお客様を乗せるために、通常よりも広々とした内装にしてあります。足元も、出来るかぎり他の座席と高さは揃えてありますし。このね? ・・・私と私の真後ろの方との距離。通常ですとね? 少し私の背中の壁とかがあって、な~んか狭っ苦しい感じですが。こちらはそこから少し距離空けてありますんで。ちょっと公共のものよりは広いと思いますよ~?」
「へ、へぇ~・・・」
「このバスも特注だったんですね」
「はーい・・・。よろしければ一列目の座席、見てみます~?」
そう再度勧められ、未佳は一足先にバスへと乗ってみる。
すると確かに、一列目の座席も他の座席と同じくらいの間隔があり、運転席との間のスペースも広い。
さらに足場の方も、一般の公共バスのような丸みのあるものではなく、真っ平ら。
椅子の高さも、さすがに真下にタイヤがある関係上、他の座席と同じような高さには設定できないが、極端に高いような造りにはなっていなかった。
正直単なるホテルのバスで、ここまで宿泊客への配慮がなされている方が驚きだ。
「すごーい・・・。昨日は全然気付かなかったのに・・・」
「ハハハ。そういえば昨日は皆さん、大変お疲れだったようで・・・。乗った早々寝てらっしゃいましたもんね~」
「ま、まあ・・・。ちょっと移動中に色々あって・・・」
そう苦笑混じりに答えながら、未佳の次にバスへと乗り込んだ長谷川は、こめかみの辺りをポリポリと人差し指で軽く掻く。
「でもこのスペースならー・・・。私先頭でもいいからな♪」
「あっ。それから他によく言われる『バスの揺れ』ですが、随分調節いたします。さらに先頭に座られる方には特典で、私に運転の注文等もできます。たとえば“お姉様”か写真をお撮りになりたくて『ちょっとスピードを落としていただければっ。私は撮りやす~いように、スピードを緩めさせていただきま~す」
「えっ? ・・・や~だ、運転手さん。そんな『お姉様』だなんて・・・♪」
「こう見えても7月で三十路+3っすよ?」
「・・・・・・ん?」
ドガッ!!
「私! 先頭に座ります♪」
「あっ、は・・・、はい。どうぞ~。どうぞ~」
「ワ~イ♪♪ 海だぁ~♪ 海♪ 海~♪♪」
などとテンションが上がっている未佳とは裏腹に、ようやく痛みが和らいできたのか。
しばし後頭部を両手で押さえつけていた長谷川が、ゆっくりとしゃがみ込んでいた通路から立ち上がった。
「痛っ・・・たぁ~・・・。まさかグーッで脳天を打ち抜くとは・・・」
「お兄さん大丈夫ですか? 生憎夏場ではないので、救急キットにアイスノンの常備が・・・」
「あっ、いえ。大丈夫です・・・。こういうの人一倍慣れてるんで・・・。僕」
「申し訳ありませ~ん。今度から常備入れておきますんで・・・」
「ハ、ハハハ・・・」
内心、本心なのか冗談で言っているのか分からないコメントに困惑しつつ、長谷川は二列目の座席の前に立って、思わず一時停止。
「ところで僕の座席って・・・。結局どうなったんや?」
「そらみかっぺの後ろでしょ?」
ふっと長谷川の背後を素通りしつつ、厘がサラっと返した。
「あっ・・・、なるほど・・・。つまり『坂井さんと交換した』ってことっすね? うん・・・」
こうして決まった座席は、左の窓側一列目に未佳が座り、二列目に長谷川。
三列目と四列目は、当初の予定通りに厘と手神が座り、栗野は未佳の。
日向は厘の隣に着席。
あとの残った座席には、適当に散らばるような形で、ホテルに残っていた事務所スタッフ達が座る形となった。
ちなみに長谷川の隣の座席は、生憎長谷川愛用のアコースティックギターが鎮座しているため、誰も座っていない。
「じゃあ・・・。これで全員かしら? ・・・どなたか人数確認できませんか~?」
ある程度のスタッフ達が乗り込んだのを確認し、栗野がタイミングを見計らって、座席から半立ちしながら尋ねる。
するとちょうど最後部座席に座っていた男性スタッフの一人が、両手で大きな輪っかを作り、それを栗野に見せながら言った。
「・・・・・はーい。OKでーす!」
「は~い! じゃあ運転手さん。会場まで、よろしくお願いします」
「はーい。かしこまりました~♪ バス、発進シマース♪♪」
「「「「Yeahー!!」」」」
「って・・・。まるで小学生みたいなノリっ・・・おわッ!!」
次の瞬間。
バスは『ギュルルルルン!』と勢いよくエンジンを吹かすと、ホテル専用車道から一般道へと走り出して行った。
一般道の方はまだ時間帯が早いせいか、特に車で混み合っている様子はない。
むしろ、空きすぎて走りやすいくらいの車両数だった。
「車・・・、あらへんね」
「うん・・・」
「まあ、まだ時間も早いですし。今日は土曜日ですから・・・。ここら辺の方々は車よりも、むしろ電車などの足を使うことの方が多いんですよ」
「あぁ~、なるほど・・・」
「あっ。そうだ、栗野さん。明日って、何時まで東京にいられるの?」
「・・・えっ?」
ふっと何かを思い出したのかのように滞在時間を尋ねる未佳に、栗野はややポカ~ンとした表情を浮かべる。
当たり前だ。
これから今回のメインでもあるイベントを行うというのに、いきなり明日の。
それも、東京を離れる時間帯を聞いてくるのだから。
「いきなりどうしたんですか? 明日の予定なんて聞いて・・・」
「う、うん。ちょっとね。・・・何時までいられるの?」
「え~っと・・・。明日は帰りの新幹線が3時頃なんでー・・・」
「じゃあ昼食入れてから帰るのね?」
そのたった一言で、長年行動を共にしていた栗野は即座に、未佳が何を考えているのかを察した。
「・・・もしかしてお昼で寄りたいお店があるんですか? 未佳さん」
「うん♪ ご名答ー♪♪」
「ハァ~・・・。はいはい・・・。じゃあ明日の未佳さんのお昼は空けておきますね?」
「あっ、ダメ! 私ソコみんなと行きたい!」
まさかのそんな要望まで口にする未佳に、栗野は再び『はっ?』という表情を浮かべながら、その詳細について聞き返した。
「『みんな』って・・・『メンバーと』ってこと??」」
「だって明日のお昼って、そもそも何にも決まってないんでしょ?」
「それはそうですけど・・・。皆さんには言ってあるの?」
「・・・たぶん今日はイベントのことで一杯いっぱいだろうから~・・・。明日言う」
「・・・・・・・・・」
『そういうあなたは一杯いっぱいじゃないのか』と、心の中だけでツッコミを入れつつ、栗野はとりあえず未佳の注文通り、メモ帳に『昼食ご指名』と書き入れる。
本当は明日のために、事前に近場で未佳の好きそうなカフェなどをチェックしていたのだが、どうやらそれは、無駄になってしまったようだ。
(まあ・・・。ここら辺で未佳さんが寄りたいお店と言ったら・・・、大体想像が付くけど・・・)
「♪~♪♪~」
「ところで未佳さん。そのお店予約は?」
「えっ? あっ・・・。たぶ~ん・・・、いらないと思う。ダメだったら他当たればいいし」
『そんなに扱っている店屋が多いのか』と、思ったその時。
栗野の脳裏に、ある食べ物の名前が過った。
「・・・・・・なんか私、未佳さんが行きたいお店の正体、分かった気がする・・・」
「! ダメ!! ダメよ!? 栗野さん、絶対に言わないで・・・!」
このままだと本当に皆に話してしまいそうだったので、未佳は慌てて栗野に詰め寄りながら、その名を
口にせぬよう制止する。
少し一方的過ぎる考えではあるのだが、この食べ物の正体は明日まで隠しておきたいのだ。
もちろん隠しておきたい理由としては『名前を言ったあとの皆の反応が見てみたい』という客観的な要素もある。
しかし理由的には『それだけ』というわけではなく、実際に何の店なのか分かった際、メンバーの口から『行きたくない』という声が上がらぬよう、できるかぎりギリギリまで伏せていたかったのだ。
特にメンバー一食わず嫌いな厘の場合、その名前を言ったあとに一体どんなことをするのか。
今の時点ではまったく見当も付かない。
だからその店屋がある場所のギリギリまで連れていったところで、改めて皆にはどの店のどんな料理が食べたいのか。
ある程度の逃げ道がなくなった辺りで、皆には話す予定だったのである。
傍から聞いているかぎりでは、この未佳の策略は何とも汚く、おまけに少しずる賢いようにも思えるだろう。
しかし食べ物関係に貪欲なメンバーを上手いこと釣り上げるには、正直これくらいの手立てしかないのだ。
そうでなくとも、あの3人は何処か地方に出向く度、ご当地メニューやら流行りの食品などに、目を光らせているのだから。
(って・・・・・・。一応私もその一人か・・・)
「せやけど、ホンマに揺れが穏やかやなぁ~・・・」
「うん。・・・確かに。ほとんど揺れないね」
「は~い。すべて私の腕で、微調節、微調節していますから・・・。まあ走り方にも大きく分けて3パターンございましてね? 『揺れ無し』『揺れアリ』『ちょい強揺れ』というものが、私の運転にはございます~」
「・・・ちょい待ち」
ふっとその運転術の名前を聞いた長谷川が、本日二度目の『タンマ』を掛ける。
「『ちょい強揺れ』って・・・、わざわざ頼む人いるんっすか? それって要するに、カーブとかブレーキで結構揺れる感じのでしょ??」
「えぇ~。いらっしゃいますよ~? 特に修学旅行中の中高生の皆様には、絶大な支持を得ております。『まるでジェットコースターの発車時みたいだ』と」
コテッ・・・
「じぇっ・・・、ジェットコースターだぁっ?!」
ちなみに余談程度で言ってはおくが、別に長谷川はジェットコースターなどの絶叫マシーンが苦手な体質ではない。
むしろその手のが得意かつ、大好きな方の人間だ。
しかし、その乗り物の舞台が一般の乗用車。
しかも小型のバスとなると、少々それは普通のアトラクションのようには受け入れられない。
むしろ『人を乗せているのなら安全運転を・・・!』とさえ思ってしまうくらいである。
しかしそんな長谷川の思いとはまったく対照的に、いつも意見が合致し合うはずの未佳は、その運転の内容にかなり好評的であった。
「でもそれ分かる気がする・・・」
「・・・えっ?」
「中学生とかって、なんかそんな感じのスリル好きだよね? 結構」
「そ、そう・・・?」
「・・・さとっちはその手のダメ?」
「いや、僕昔・・・。『なんか今のジェットコースターみたいだったな~』って思ってたら、ホンマに親父が『スピード注意!!』の看板に車激突させたことあって・・・」
ズベッ!
「おっ・・・、お父さん?!」
「何? 長谷川くんそれ、いつの話??」
「いや、もうう~んと前っすよ? 僕が保育園とか幼稚園そこらの時の・・・。さっすがに今はないっすよ?! ガレージに人様の車擦り付ける程度しか・・・」
ふっとその長谷川の発言を聞いて『まだあの日のことを根に持ってるんだ』と、未佳は思った。
「あらら~・・・。まあこちらも、一応何はともあれ人様の命を預かっているわけですから。安全面なども考え、こちらの運転は一回の走行中につき、2回までとさせていただいております」
「あっ、回数制限が付いてるんだ・・・」
「せやけど学生の要望に毎回答えなアカンやなんて・・・。おっちゃんも大変やなぁ~」
「いえいえ。その要望を出してくるのは、主にぃ~・・・先生方ですよ?」
「「・・・・・・・・・・・・」」
ドテッ!!
「きょっ・・・! 教員が言うてくんの?!」
「はい~。なんでも学生の皆様との距離を縮めたいということからで・・・。でも、毎回みょ~に空回りしてしまいましてっ。いっつも私と生徒さん方の方が、先に仲良くなっちゃうんですよぉ~」
「「「「・・・ハッハッハッハッ!」」」」
そんな陽気な運転手による和気あいあいな空気の中、バスはゆっくりながらも着々と。
目的地でもある『フェアリーホール TOYOSU』へと向っていく。
そしてもうじきお楽しみでもあった海が見え始めてくるであろうエリアの辺りで、ふっと何かを思い出したかのように、運転手がこんなことを尋ねてきた。
「そういえば皆さん・・・。関西のアーティストの方々でらっしゃるんですよねぇ?」
「・・・えっ?」
いきなり何の脈絡も無く運転手に尋ねられ、今度は未佳の方がポカ~ンとした表情を浮かべる。
結果次の言葉が出てくるまで、約2秒ほどの間が空いてしまった。
「あっ・・・、はい。そうですけど」
「活動の方は、長いんですか?」
「ええ。まあ・・・」
「実は今年の8月で、バンド結成10年目に入るんっすよ。僕達・・・」
そう長谷川が未佳達の背凭れに身を乗り出すようにして、運転手に10周年間近であることを打ち明ける。
すると運転手から、半分期待していた通りの反応が返ってきた。
「おやっ! それはそれは・・・! おめでとうございます~♪♪」
「ありがとうございます♪」
「いや~・・・。『10周年』とは・・・、長いですねぇ~」
「でしょう?? 正直僕らが一番ビックリしてます。『まさか自分達のバンドがっ?!』って」
「う~ん。・・・じゃあお兄さんは今、今年の8月がかなり待ち遠しい感じですか? 『早く来~い』みたいな??」
「いや~・・・。どうなんだろ? ・・・『早く来てほしい』っていう気持ちもあるし・・・『ゆっくりカウントダウンを噛み締めていきたい』っていう気持ちもある・・・・・・。半分っすね。気長に待ちます♪ ハハッ」
そう口にする長谷川の顔は、心の底から『10周年が待ち遠しい』という感じの笑顔で。
その話題を話している時の声は、まるで嬉しそうに弾んでいるかのような声で。
そんな長谷川の笑顔を直に見ることも。
ましてやその声を聞いていることすらもできず。
未佳は即座に、その顔を長谷川から自分の足元の方へと背けた。
8月に訪れる10周年記念日を迎えれば、未佳に残された時間はたったの3日間だけ。
しかも最後の3日間に関しては、おそらく一日の1/3も生きられない。
“夜が朝へと変わると共に、自らの命も途絶え尽きる。”
それは違う言い方でありつつも、リオからずっと言われ続けていたことだ。
10周年を迎えたと同時に、自分はこの世界から去る。
そのことを改めて思いながら、ふっと未佳はもう一度、長谷川の顔を横目で見上げてみた。
この先に待ち受ける運命など、何一つとして知らないかのような笑顔。
いや、むしろ。
一体これまでの日々の中で、どうやってこの運命を悟れというのだろう。
一体何処に、彼がこの先の運命を知る手掛かりがあったというのだろう。
ふっと思い返してみれば。
そんなものなんて・・・、何処にもなかった。
最初から、存在ですらしていなかった。
だからきっと・・・。
きっと彼は8月になって、初めてそのすべてを知ることになる。
“坂井未佳”に訪れる、この“運命”を・・・・・・。
(ホント・・・・・・・・・。ごめんね・・・。さとっち・・・・・・)
何も知らぬ仲間の笑顔の一方で、未佳がその顔に宿したモノ。
それは。
罪無き仲間に見られぬよう隠れて浮かべた、深い悲哀の笑みだった・・・。
『かたまり』
(2006年 7月)
※事務所 控え室。
さとっち
「ねぇねぇ。コレ何やと思います?」
みかっぺ・厘・手神
「「「ん?(覗)」」」
※ふっと、長さ1センチほどの横長の塊を見せるさとっち。
みかっぺ
「・・・何コレ?(聞返)」」
さとっち
「それがよう分からないんっすよ。この冷蔵庫の下部分に引っ付いてて・・・」
手神
「埃玉の類じゃないの?」
さとっち
「最初は僕もそう思ったんっすけど、何せ似た形のが5つもあったもんやから・・・。でもコレ一体・・・(疑問)」
みかっぺ
「その『引っ付いてた』が気になるよね・・・。しかも同じのが5つもあるって・・・(謎)」
手神
「う~ん・・・(唸) 僕は見たことないけどなぁ~・・・。むしろ埃がこんな塊になることって・・・」
厘
「・・・・・・これもしかして・・・」
みかっぺ・さとっち・手神
「「「ん?(振向)」」」
厘
「ちょっと1個貸~してっ(頂戴)」
さとっち
「あ、あぁ・・・。どうぞ(渡)」
※ふっと、受け取った埃塊を下から摘み押していく厘。
みかっぺ
「・・・何やってるの?(疑問)」
さとっち・手神
「「さぁ~・・・?(不明)」」
厘
「・・・・・・! あっ、やっぱり♪(*°▽°)」
みかっぺ・さとっち・手神
「「「えっ?」」」
厘
「ほら、みの虫♪♪(見)」
みかっぺ・手神
「「Σ(゛ ̄■)Σ(゛ ̄■)!!(衝撃!)」」
さとっち
「ぎゃあああァァァーッ!!\゛(■<゛\)」←(逃!)
どっからやってきたんだ、オイ!(爆)