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95.モーニングミーティング

「はい。・・・じゃあ改めて、今日のミーティングを始めますね? 皆さんメモ等の準備はいいですか?」

「「「はーい」」」

「・・・あら。・・・な、なんか・・・、一人返事が足りなかった気がするんですけど・・・。いいですか~?」

「「「はーい」」」

「・・・・・・ぃ・・・」



ズルッ・・・



「て、手神さん・・・。小さすぎて『ぃ』しか聞き取れないんですケド?!」


ふっといつもの倍近く小さな返事に、栗野は思わず上半身をテーブルに滑らせた。

元々そんなに声の大きい人間でもないので、こんなさらにボソッとしたような小声では、正直何にも聞き取れない。


「手神さ~ん、しっかりして~! 『リーダー』でしょ~??」

「・・・ぃ・・・」

「さっきから頭の言葉が聞こえん・・・」

「手神さぁーん!!」

「・・・・・・・・・・・・」

「ダメだ、こりゃ・・・」


結局最終的には声ですらも途絶えてしまい、栗野はそれ以上言うのを止め、ミーティング説明に切り替えた。


「ハァ・・・。はい、じゃあ・・・。ミーティングに戻りますね? え~っと・・・。今8時ジャストくらいか。では・・・、朝食は8時50分までで、そのあとは9時20分までに、1階の入り口近くのロビー。昨日、貝とかウニとかの化石があったところですけど」

「あぁ~! あの『長谷川ヒトデ』の・・・!!」



ドテッ!!



「『ヒトデ』言いなッ!! ったく、勝手に学名付けよってからに・・・」

「はいはいはい。モメない、モメない。・・・そこに20分までに集まってください。時間厳守です」


つまりその説明から想定するに、その朝食後の30分間の間に、すべてのイベント用荷物をまとめて、持ち出さなくてはならないということだ。


しかしそれを踏まえて考えてみると、この『30分』という時間だけでは、かなり荷物の用意がギリギリと言った感じになるだろう。

一応他の人達よりも荷物が少ないとはいえ、用意の時間はそれなりに取っておいた方がよさそうだ。


(・・・8時50分までなら、その前にここを出るか・・・)

「そうしましたら、9時25分に関係者用車両駐車場にて、昨日と同じホテルのバスに乗っていただきます。それで機材や楽器についてなんですがー・・・。長谷川さん、ギターはどうされます?」

「・・・? ・・・ギター??」

「『自分で持つのか』・・・『人に預けるのか』っていう話でしょ?」


空かさず未佳がジェスチャーを交えて説明すると、長谷川は『あ、あぁ~・・・』と言いながら、数回その場で頷いた。


「持ちます! 持ちます! 自分で持ちます!」

「はいはい。じゃあ必然的に、長谷川さんは相席無しですね。はい・・・。あと他に『自分の荷物は持ち歩きたい』というご希望のある方!」

「「「・・・・・・・・・・・・」」」

「いらっしゃいませんね? ・・・・・・では、説明に戻ります。バスでの会場着は、およそ10分程度です。ですのですぐに降りられるよう、準備しておいてください。到着後は、大阪公演同様、すぐに楽屋の方へ移動していただきます。・・・ここで1点ご説明なんですが・・・」

「「「「・・・ん?」」」」


ふっとそう言って書類をパラパラとめくり始める栗野に、未佳達はもちろん。

今さっきまで沈んでいたはずの手神までもが、その言葉に思わず聞き返す。


「『1点説明』?」

「はい。まあ今回の楽屋のことなんですけどー・・・。『さすがは東京』と言いますか・・・。こちらの楽屋はかなり広いです。広めの部屋になります」

「「「「はいはい」」」」

「それでもって・・・、中にはシャワーにトイレ」

「「「「・・・えっ?」」」」

「ソファーにテーブルに冷蔵庫。洗面所もございます」

「「「「えぇッ?!」」」」


その栗野の説明に、厘と手神は顔を。

未佳と長谷川に至っては、思わず身体まで乗り出して聞き返す。


ちなみにこれまでイベント等でお世話になった関西の楽屋は、一応冷蔵庫やテーブル、トイレなどは、少数ながらもありはした。


しかしそれに加え、ソファーや洗面所などというものが設けられていた環境は、この10年間の間で一度もない。

ましてやシャワールームなど、それこそ『イベント会場』ではなく、ごく一部の『ライヴ会場』にしかなかったものだ。

そんなアーティスト側への配慮設備が整えられているイベント会場に、未佳のテンションは一気にハイになった。


「スゴーイ!! えっ?! ホントにそんなに揃ってるの!?」

「はい、揃ってます」

「スゴーイ♪♪」

「ってか・・・。ここにベッドがあったら、完全にホテルの一室やん!!」

「あぁー・・・。長谷川さん、残念。ベッドはさすがにないです~」

「あっ・・・、ですよね・・・」


内心、そう返事を返されるのは分かっていた。

そもそも室内にソファーやテーブルがある時点で、ベッドまでそれに付け加えて置く余裕はないだろう。


だから今の長谷川の振りは、あくまでも軽いノリのつもりで言ったもの。

本心からそう思って聞いたことではない。


「それでかなり設備が整ってはいるんです・・・、がっ! 今回シャワールームは使用しないでください。許可を取っていませんので・・・」

「「「「えぇ~っ!?」」」」

「『えぇ~っ!?』って、あなた達・・・。つい今さっきお風呂入ったばっかりでしょ?!」

「イベント終わりも入ったらアカンの!?」

「ちょっと汗流すのとか・・・」

「ダ・メ・で・す!! とにかく! 今回は使用しないでください。そう話し合われていますから」


大体栗野がここまで念を押して言う時は、本気で『途中の予定変更はできない時』と、相場で決まっている。

となるとその問題のシャワーは、許可を取ってからお湯を用意するのに時間が掛かるのか。

はたまた利用料金が高いのか。


いずれにせよ、あとから使用許可をもらえるようなものではないのだと察し、4人は渋々、その栗野の事項に了承した。


「で。その楽屋にお入りいただいたあとは、少しだけ室内で休まれていただいて・・・。11時からステージでのリハーサル。これは大阪同様、最初に手神さん、厘さん、長谷川さんの3人が行いまして、あとから未佳さんが合流する、という流れです」

「はい」

「それでリハーサルは大体ー・・・、30分程度で。そのあと一旦楽屋に戻られましたら、私が呼びに行くまで・・・ちょっと楽屋で待機していてください」

「「「「・・・おっ?」」」」


その『呼びに行くまで』という栗野の発言で、ふっとある可能性が脳裏を過り、4人は期待に満ちた表情を浮かべる。

というのも、昼食時にわざわざ栗野がメンバーを呼びに出向くという時は、いつもあるパターンの時のみと決まっていたのだ。


「貴重品とか持ってった方がいいですか?」

「あっ、そうです・・・ねぇ~・・・。はい。私も皆さんも、楽屋からはいなくなってしまいますから、って・・・。皆さん・・・。展開読まれてますよね?」

「「「「イエ~ス・・・」」」」

「ハァ・・・。はいはい、そうです! お昼はイベント近くのレストランですよ!! も~う・・・」

「「「「イエーイッ!!」」」」

「ッ!!」


それを聞いて一斉に歓喜の叫びを揚げる人に、栗野は思わず後ろの背凭れに飛び付きながら身構える。

もちろん『身構える』と言っても、あくまでも未佳達の元から身を離した程度であって、別に両手や足を武術的な構えにしたというわけではない。

ついでに言ってしまえば、いくら未佳達が興奮しているとは言え、さすがに肉体的な攻撃などはしてはこないだろう。


ただ極たまに、その興奮した勢いのまま攻撃以外の行動をしてくる場合があるので、栗野はそれを警戒したのだ。

現に昨日、新幹線の駅弁決めでキレていたのにも関わらず、その栗野の了承に大喜びして抱き着いた未佳が、そのいい例である。


しかし今回は幸運にも、興奮した4人がお互いにハイタッチを繰り返すだけで終了。

栗野が警戒していた『勢い任せの出来事』にまでは、発展していなかった。


「そ・・・、そんなに喜びます~? ・・・あっ、でも・・・。ランチのパターンって、久々でしたっけ??」

「はい♪ ざっと一昨年のPV撮影以来っすね」

「久々に駅弁以外の地方ランチだね」

「そうっすね」

「ねぇ! ねぇ! それで? それで? それで?? 今日のランチ何処行くの~??」

「はいはいはいはい! ちょっと待ってください! 順を追って説明しますから・・。一応予定で考えているところは、会場から歩いて5分ほどのところにある『ハワイアン・パラダイス』というお店で。メニュー的には~・・・『ロコモコ』? が中心なのかしら?」

「ロコモコ?? やったぁ~! 私めっちゃ好き♪♪」


久々の地方ランチに加え、大好きなロコモコを扱っているお店だというのがよほど嬉しかったのか。

未佳は感情が高ぶった時特有の関西弁を発しながら、小さく顔の近くで拍手をする。


ちなみに『ロコモコ』とは、ボウルもしくは平たく丸い皿にライスを盛り、そこに甘辛く炒めたひき肉やハンバーグ。

生野菜中心のサラダや、炒めた魚介類などなど、その土地や時期に合った個々の食材を、ライスの上。

もしくはその周りに盛るように乗せ、最後に半熟目玉焼きを飾り、グレイビーソースを掛けたハワイ発祥料理のこと。


この説明を聞く限りでは、かなりのボリューム感を感じるかもしれないが、実際は女性でも食べられるほどの分量で、さほど多くはない。

また比較的野菜の量も多く、日本でブームとなった今現在では、男性ではなく女性からの支持率が圧倒的に高い料理なのだ。


「やった~♪♪ 嬉しい~♪」

「坂井さん、めっちゃ喜んでるし・・・」

「まあ、今回はイベント前なので・・・。少しでも皆さんにスタミナを付けていただきたいな、と」

「でもウチ・・・。ハンバーグ苦手なんやけど・・・」

「「「「あっ・・・」」」」


『そういえば大の肉嫌いがいたんだ・・・』と、4人は今更ながら厘の方を振り返って硬直する。

しかしそんな厘に対し『問題ない』と即座に口にしたのは、ロコモコを何度か食べたことのある未佳だった。


「小歩路さん、大丈夫♪ モノにもよるけど、ハンバーグ使ってないタイプのもあるから・・・。あと! 『魚肉ハンバーグ』っていうパターンもあるの」

「「「「へぇー・・・」」」」

「あっ・・・、魚肉なら平気」

「でしょ?」

「坂井さん、かなり詳しいわねぇ~・・・」

「まあ・・・、一時よく食べに行ってたから」


ちなみにロコモコは通常ハンバーグ・目玉焼き・生野菜が乗っているのが条件、と誤解されやすいが、実際は特にそんなに細かく決まっているわけではない。

そもそもこの『ロコモコ』という料理は、日本で言うところの『丼』のようなもの。

日本においても、牛丼や親子丼、海鮮丼などの種類があるように、ロコモコの具材も、各店舗によってはかなり異なる。

肝心の肉汁で作るグレイビーソースでさえ、ものによってはデミグラスソースやドレッシングであったりもするのだ。


また仮にハンバーグ無しや魚肉系がなかったにしても、そのハンバーグの解決方法はいくらでもある。


「それにほら! もしハンバーグ無しのがなかったら、手神さんとかさとっちにあげちゃえばいいんだよ♪ ・・・食べられるでしょ?」

「えっ? ま、まあ・・・。食えないことはないけど・・・」

「でもね? 坂井さん・・・」

「・・・ん?」

「僕それで小歩路さんからハンバーグもらうと・・・軽く今日の内に3個食すことになるんっすよ」

「えっ? なんで?? ・・・だって、自分のと小歩路さんので二っ、あ゛っ!! ・・・もしかして今頼んだやつ?!」

「うん・・・。ついでに野菜多くても、それやとカロリー変わらん・・・」

「あ゛がぁ゛ー・・・・・・。じゃあ小歩路さん・・・。ハンバーグは私と手神さんが半分こで引き受けるよ・・・」

「う、うん・・・」


内心『僕が引き受ける条件は変わらないんだな』と、手神は苦笑しながら思った。


ふっとここまで厘の食わず嫌いについて喋っていた5人だったが、ここで長谷川の方から素朴な疑問が過る。


「・・・あれ? そういえば小歩路さんって、お肉嫌いで食べられないんっすよね?」

「『嫌い』いうわけやないけどー・・・。なるべくなら食べたくないかな? チキンとかは食べるけど・・・」

「じゃあ『卵』系は?」

「あっ・・・! 卵は普通に食べるよ?? ウチ」

「えっ? ・・・卵はOKなんっすか?!」

「うん。だって卵って、栄養めっちゃあるやん? ウチお肉はそない求めて食べてへんけど、あんまり食べ無すぎるのも『身体に悪い』言うでしょ? だから卵は逆に、食べるようにはしてるの」

「へぇー・・・」


意外にも魚以外に摂取しているタンパク質食材があったことに、長谷川はそんな声を上げる。


だが確かに、普段の厘のあの食事を見ていれば、多少『魚以外のタンパク源も取っていた』と考える方が当然だろう。

むしろあれ以外に口にしているタンパク源がないのなら、正直生きているのが不思議なくらいである。


そんな厘のちゃんと計算された食事規制に、未佳と栗野はただただ感心した。


「小歩路さん、エライ!」

「ちゃ~んと足りない分は別から得てるのねぇ~。・・・なんか今の話聞いてホッとしたわ」

「・・・って! 栗野さん、ウチいっつも居酒屋で出し巻き食べてるや~ん!!」

「え゛っ!? 小歩路さん居酒屋で『出し巻き』注文するんっすか?!」

「はいはいはいはーい! 話ズレ過ぎたから、ミーティングに戻りま~す!」


栗野は再びそう口にすると、4人の意識が自分へ向けられたのを確認した後、再びメモ帳をパラパラとめくる。

とりあえず今自分が何処まで言ったのかを、予定帳をめくりながら確認した。


「え~っと・・・・・・まあそのレストランに移動して、皆さんにはそこで昼食を取っていただきます。そしてそのあとなんですが、一旦皆さん楽屋に戻っていただいて、しばしの間食休み。・・・その後4時から、全員での衣装着替えになります」

「全員?」

「はい。と言っても、もちろんちゃんと男女は分けますよ? それで着替えが済みましたら、女性陣の方々から先に、メイク・ヘアー・ネイル等の準備に入ります。女性担当者はぁー・・・、いつもの楢迎さんと峪菅のお二人で・・・。何かー・・・、未佳さんと厘さんでお聞きしたいこととか、確認したいこと等はありますか?」


ふっとこの時、無意識ながらも頬杖を付いていた右手が目元に触れ、未佳は『あっ』と思った。


そういえば3日前のイベントの時、未佳は『風が強い』という理由から、楢迎に付けまつ毛の枚数を『1枚だけにしてほしい』と要望。

そして実際に、あの時のメイクで付けてもらった付けまつ毛は1枚だけだったのだが、その後は特に楢迎に対して何も言わず、そのまま楽屋やメイク室をあとにしてしまっていた。


実はこの手のイベントやライヴなどのメイクでは、特に本人側からの要望がない限り、すべての公演において、同じメイクが施されることになっているのだ。

これは、初日公演の時点で、既に顔と衣装に合ったメイクが決められているため。

そして何より、メイク道具等の節約や、時間ロスなどのリスク対策。

さらに顔や衣装との相性チェックなど、変更によって発生する余計な手間を無くすためだ。


ただしアーティスト側から『変更』という希望が出た場合には、即座にメイクの内容はその要望に合わせたものへと変えられる。

しかしその場合、それらの要望は事前にメイクアシスタント側に報告しておかなければならず、未佳はうっかりその報告をせずに帰宅してしまっていたのだ。


今更言っても間に合わぬ可能性もあったが、とりあえず未佳は右手を挙げ、栗野にそのことについて尋ねる。


「栗野さん、あの~・・・」

「はい、未佳さん」

「私この間の大阪公演の時、楢迎さんに『付けまつ毛1枚だけにして』って言ったきり帰っちゃって・・・。もしかして用意してないかなぁ~」

「あぁー・・・。どうだろう? ・・・案外『未佳さんのことだから』と思って、予備で持ってきてる可能性もありますけど・・・。ちょっとあとで聞いてみないと分からないわねぇ~・・・・・・。えっ? 仮に持ってきてなかったら、どんなの使いたいの?」

「えっと・・・。目尻が長いタイプとぉ~・・・・・・、毛先が細っちくて、長いやつ・・・」

「はいはい。なんだかんだでいつものか・・・」

「・・・ん?」

「枚数は?」


ふっと間に出てきた栗野の呟きに反応しつつ、未佳はVサインのようにした右手を『サッ・・・!』と栗野に見せる。

するとその枚数を確認した栗野は、その前の未佳の要望と合わせ、残り少ない予定帳の余白にメモる。


「2枚ね。・・・あれ? 今回は下はいらないの?」

「『あんまりあっても変わんないかなぁ~』って、最近・・・」

「エ゛ッ!? ・・・でも下ないとバランスおかしいですよ?? ボリュームの・・・」

「・・・・・・やっぱりいる~!!」



ドテッ!!



「はいはい・・・。これは1枚でいいの~?」

「2枚もいらない」

「はいはい・・・。じゃああとで、電話で楢迎さんに伝えておきます。・・・他にメイク変更のご希望者は~??」


最後に未佳以外の希望者がいないかを確認し、希望者が未佳のみであると把握したところで、、栗野は再びミーティング内容へと話を戻す。


「・・・・・・はい。いま、せん・・・ね? はい。それでそのあとは、大阪同様女性陣からメイクを先に行い、こちらが進み加減を確認した後、男性陣の方々をお呼びします。男性の方々のメイクアシスタントも、大阪同様巴丘さんと古一さんのお二人に、お任せする予定です。・・・そこでほぼ同時に皆さんのメイクが終了すると思いますので、終了しましたら、私がステージ通路の入り口まで。皆さんを誘導します。・・・それでこの時なんですがー・・・」

「・・・えっ・・・?」

「まだ何かあるの?」

「はい。実は今回の裏口通路・・・。かなり扉等での壁が薄いので、大半の会話は外に“筒抜け”になるそうです」

「「「「・・・はぁ~っ?!」」」」


そのまたしても理解しがたい栗野の報告に、4人は一斉に声を揃えて聞き返す。

一方聞き返された側でもある栗野は、これまた表情一つ変えず冷静に『そうなんです。・・・筒抜けなんです』と、先ほど言ったのとまったく同じ言葉をそのまま言い返してきた。


そんな栗野の返答に唖然としつつ、長谷川は先ほど栗野から聞いた楽屋のことと、その『会話が筒抜け』だという通路の二つを並べ、口を開く。


「ってか・・・。楽屋豪勢にする前に、他に改善しないとアカンところがあるんじゃないっすか? それ・・・。だって『壁薄い』って、ようは『手抜き』ってことでしょ?!」

「「「うんうん・・・」」」

「明らかに金掛けるところ間違えてるんじゃ~・・・」

「いいえ、長谷川さん! 壁が薄くて、外と中の会話が筒抜けになる構造になっているのは『手抜き』じゃなくて『意図的に』なんです」

「・・・『意図的』?」

「はい。まあここもそうですけどー・・・。皆さん、窓から一体何が見えます~?」

「『何?』ってー・・・」


そう言われるがままに、窓側に座っていた未佳と厘は、ゆっくりと窓の方に視線を向けてみる。

しかしそこから確認できるのは、広く大きな青空と、穏やかな波を立ててる美しい海のみ。

とくに人工物や建築物などはない。


「青い空とー・・・」

「海やん・・・」

「そうです。海です。・・・ちなみに今回の会場は、ここよりも遥かに海が近い位置だそうで・・・」

「へぇ~。じゃあ本当に眺め良さそう♪♪」

「ええ。いいですよ~? 未佳さん。・・・でももし、そんな近い場所にいる時に台風が来たら? もしくは大きな地震が起きたら、海はどうなります??」

「「「「・・・・・・ぁ・・・」」」」


その一言で、4人は即座にすべてを理解した。


「も・・・、もしかして津波対策??」

「というよりはー・・・、緊急津波警報が聞こえるようにですね。ほら。通路にいると、結構外の音とか聞こえてこないでしょ? それで避難が遅れないよう、壁を薄くして、外の音が聞こえるようにしているんです」

「・・・『手抜き』とか言ってスンマセン・・・」

「え゛っ!? でも・・・! 建物って、階高いんでしょ?!」

「高いは高いですけど・・・。管理者側はそこまで波が来ると想定していますから・・・。安心なんてできないと思いますよ?」


確かに、栗野の言う通りだ。

いくら高い建物とはいえ、自然がもたらす破壊力は計り知れない。

さらに今回のステージがある建物は、建っている場所が一番海に近い側。

つまり単純に考えると、一番初めに津波がぶつかってくる建物の一つ、ということだ。


「そ、そうだね・・・」

「あとその楽屋の中にも、かなり大きな包装用スピーカーがありますが、基本緊急時以外に放送が流れることはないので。ちょっと邪魔に感じても、皆さんは我慢してください」

「「「「はーい・・・」」」」

「・・・で、その話じゃなかった・・・! なので壁が薄いですから、移動中は私語等を慎むよう、お願いします! かなりの確率で、観客の皆さんに聞こえてしまうので・・・!」


ちなみに『会話が聞こえてしまう』という条件は、通路内にいる未佳達だけの話ではない。

当然通路の周りを囲むように集まっているであろう、ファンや観客達の会話も同じだ。

また場合によっては、逆に未佳達が、自分達が壇上へ上がる前のファンの会話を聞いてしまう可能性もある。


(・・・・・・なんかそれはそれで恐い・・・)

「でぇ~・・・。そのあとはアナウンス通りに、手神さん、厘さん、長谷川さん。最後に未佳さんの順番で入場してください。・・・とりあえず今お伝えする内容は以上です。何か他にご質問は?」

「「「「・・・・・・・・・」」」」

「ないですね? ・・・じゃあ一先ずこれで説明は」

「お待たせしました。ご注文いただいたお料理になります」

「あっ、はーい」

「皆さ~ん、メインが来ましたよ~?」

「「「「来た~♪♪」」」」


ようやく待ち望んでいたメイン料理も到着し、4人はそれぞれ満面の笑みを浮かべながら、少し遅めのモーニングタイムを満喫するのだった。


『あだ名』

(2000年 11月)


※大阪 ラジオ中盤。


パーソナリティー1

「なるほど。それでバンド名が『CARNELIAN・eyes』なんですね?」


長谷川

「はい。みんなで考えました」


パーソナリティー2

「いい名前ですね。お二人さん」


みかっぺ・長谷川

「「はい」」


みかっぺ

(って・・・。もうスタートから5回近く助けてもらっちゃってる・・・(汗) 長谷川さん、ゴメンナサイ!!(反省))


パーソナリティー1

「ところで坂井さんは、バンドの皆さんからなんて呼ばれてるんですか? 普通に名前で?」


みかっぺ

「あっ、いえ。メンバーの小歩路さんからは、あだ名で『みかっぺ』と呼ばれています」


パーソナリティー2

「『みかっぺ』? やっぱりあだ名あるんだ~」


パーソナリティー1

「いやね。これまでの関西ゲストのバンド、みんなそれなりにあだ名があったりしたものだから・・・。ひょっとしてあるのかなぁ~って。カワイイあだ名だね(褒)」


みかっぺ

「いや~・・・(照)」


パーソナリティー2

「長谷川さんはなんて呼ばれてるんですか?」


長谷川

「(ドキッ!!) えっ・・・」


みかっぺ

(!! しまった・・・! 長谷川さんのこと何にも考えてなかった!!)


長谷川

「あ・・・、あだ名~・・・・ですか?(汗)」


パーソナリティー2

「ええ。あるんでしょ? あなたにも」


長谷川

「ま、まあ・・・(苦笑)」

(えっ?(汗) あだ名なんて付けられたことないで?! 僕!!(混乱))


みかっぺ

(ど、どうしよ~・・・!(焦) ハードル上げたの私だしー・・・)


長谷川

「え~っと・・・(悩)」


みかっぺ

「あぁー・・・!(慌) さ・・・、さとっち! 彼のあだ名『さとっち』です!」


長谷川

(・・・えっ?!(聞返))


パーソナリティー1・2

「「『さとっち』?」」


みかっぺ

「本名『さとし』なんで『さとっち』って言うんです! 適当でしょ? ハハハ・・・(苦笑)」


パーソナリティー1・2

「「ハハハ!」」


パーソナリティー1

「確かに!」


長谷川

「・・・・・・・・・」


※ラジオ終了後 ロケバス。


栗野

「・・・あら。未佳さんもう寝てるし・・・」


長谷川

「えっ?(振返)」


※バスのチェアーで眠るみかっぺ。


栗野

「事務所に着くまでそんなに掛からないのに・・・」


長谷川

(はぁー・・・。にしても・・・・・・僕の人生初あだ名が『さとっち』かー・・・(しみじみ))


みかっぺ

「スー・・・ピー・・・(寝息)」


さとっち

(まっ・・・、そんなに悪くもあらへんし・・・。いっか♪)



こうして彼は『さとっち』というあだ名になった・・・。


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