87.行ったり来たり・・・
(さ~ってと・・・。どれにしよっかな?)
そんなことを頭の中で呟きながら、未佳はトレーを持ったまま辺りを見渡す。
栗野から知らされたNGメニューの種類は多かったが、いざバイキングコーナーのメニューを見てみれば、そんなのは全体の1/4ほど。
とにかく料理の品数が多いのだ。
さらに料理のジャンルも、今や定番となっている洋食や和食の他に、やや少数ではあるものの、イタリアンや中華料理なども並んでいる。
まさにどんな人達にも合わせたようなメニューだ。
(・・・とりあえず全部回ってみるか・・・)
いきなり際限なく皿によそるわけにもいかないので、とりあえず未佳はザースの時と同様、一度全体を回ってから吟味してみることにした。
その途中、ふっと自分と同じトレーにサラダを盛り付けている厘と背中越しですれ違い、未佳はその様子を横目で覗き込む。
どうやら厘は、サニーレタスやトマトなどと言ったサラダメニューをほぼ全種類よそっているらしく、既にトレーの中は生野菜でいっぱいのような状態になっていた。
〔すごい量の生野菜・・・〕
思わずリオの口からそんな言葉が漏れる。
だが本来生野菜といえば、そこまで胃に溜まるようなものではなく。
また炭水化物やタンパク質などのような、エネルギーや栄養価的な部分はあまり補えない。
あくまでもこの食べ物はダイエット中な時や、体の調子を整えさせるような食べ物なのだ。
もちろん厘がサラダ類をメインで食べているのはいつものことなので、特にこの光景に驚いたりはしない。
ただ明日は大事な東京でのイベントが控えているというのに、そんな低カロリーな食事メニューで大丈夫なのかと、少々そこが心配なのだ。
「・・・小歩路さーん?」
「ん? あっ、みかっぺ。なんか気に入ったのあった?」
「ま、まだ全部見てない・・・」
「あっ・・・、そっか」
「ねぇ。ところで小歩路さん・・・、まさか夕食サラダだけ?」
恐る恐る未佳が尋ねてみると、厘は一瞬ポカンっとしたような表情を浮かべた後、その問い掛けが面白おかしかったかのように笑い出した。
その厘の反応に、今度は未佳の方がポカンっとその場に固まる。
それからしばらくして、ようやく笑いが収まったらしい厘が口を開いた。
「ちゃうよぉ~、みかっぺ~。ウチが明日大変な日にサラダだけなわけないやん。これは脂っこいのをマシにするためのやつ」
「脂・・・。! あっ、よく肉料理とか食べる前に食べとくってやつね?! ・・・なんだっけ? 消化を助けるんだっけ??」
「ウチもそこんところよぅ知らん・・・。でも、最初に食べとくとええって聞いたことあるから。ウチ鶏肉くらいしか食べへんけど、一応・・・」
「なるほどね。でも明日のことも考えて、今日はいつもよりもしっかり食べとかないとね?」
「うん、分かってる~♪ ほなまたテーブルでなぁ~」
「う~ん♪ ・・・・・・私もサラダから食べとこっかな・・・」
その後、結局先ほどの厘の話に影響され、未佳も軽くレタスやキュウリ、コーンなどのサラダを皿に盛り、再びバイキングコーナーを見渡す。
すると今度は、未佳が歩いているところの一つ奥のコーナーから、それなりの量の料理を皿に盛った状態の手神が映った。
どうやら、一旦自分達のテーブルに戻るところらしい。
「あんなにたくさん何を・・・・・・。手神さーん!」
「ん? あぁー、坂井さーん」
「そんなにたくさん何をよそったのー?」
「何だと思うー??」
ズルッ・・・
(出た・・・。お得意の『手神返し』・・・)
極たまに手神が行うこの質問返しに苦笑しつつ、未佳はトレーに盛られた料理を見つめてみる。
だが、さすがに料理の通路を一つ挟んだ先にあるトレーなど、この距離からではハッキリと確認できるはずもなく。
未佳は『分からない』と『見えない』の両方の意味で、首を手神に対して横に振る。
すると手神は、どうやら最初から見えないだろうということを予想していたらしく、やや未佳に対してはにかむように笑みを浮かべながら、再びトレーの方に視線を落とした。
「『何』って聞かれても、かなり色々だよ~? パスタだったり酢豚だったり煮魚だったり・・・。まあ、タンパク質と炭水化物かな?」
「え゛ぇ゛~? 手神さんスタイルいいのに、そんな高カロリーばっかりで太らないの~?」
「いや、身長高いとさ。体支えるために必要なんだよ。その代わり、太らないように運動はしてるけどね? たぶん僕コレ一回で食事は終了だと思う」
「まあ・・・。その量ならある意味ちょうどいいかもね。・・・じゃあまた後でね~」
「あぁ~」
その後、一応予定としては全体を回ってから料理を決めるつもりだった未佳だが、次に足を踏み入れたコーナーで、その未佳の計画は大きく崩れた。
「・・・! キャ~♪♪ リオ! 寿司があるよ! 寿司!!」
〔って、さっき栗野さん言ってたじゃん〕
「うわ~♪♪ ちょっとホテルのお寿司だから、品数はたかが痴れてると思ってたけど・・・、たっくさん種類があるじゃなーい♪」
確かに未佳が興奮する視線の先には、まるで漆塗りのような大きめの長方形トレーの中に、それぞれネタの種類ごとに分けられたお寿司が整列され、並べられていた。
この分だと、軽く20種類はあるだろうか。
そんなお寿司に、下手をすれば全種類皿に乗せてしまいそうなほど大興奮する未佳に、リオはジト目で口を開く。
〔あのさ・・・。未佳さん?〕
「ん~?」
〔分かってるかもしれないけど、“足”と“火通し”と“背ビレ”はダメだからね?〕
「・・・・・・・・・」
〔栗野さんが言ってたでしょ? さっき・・・〕
「ねぇ、リオ・・・。それって・・・、もしかして『ゲソ』と『あぶり』と『エンガワ』のこと言ってる?」
〔・・・意味同じじゃん〕
「違うでしょ?!」
〔あとさ・・・。ついでに“アレ”何とかした方がいいと思う〕
「ん? 何よ『アレ』って・・・」
ふっとそう口にするリオの指差す先にいた人物を見て、未佳は思わず『あ゛・・・』と、表情を歪ませる。
そこには、何やら妙に深刻そうな表情を浮かべて、目の前にある何かに視線を落としている長谷川がいた。
どうやら料理の何かを吟味しているようだが、場所的にはお寿司のコーナーの少し先の辺りだ。
「あれ・・・。てっきりお寿司見てるのかと思ったら・・・」
〔なんか違うの見てるね。・・・あそこ何が並んでるんだろ?〕
「さぁ・・・? たぶんこの流れだと和食コーナーだと思うんだけど・・・・・・んっ?!」
ふっとよくよく長谷川の視線の先にある容器を見てみれば、そこに置かれているのは透明の大きなボール。
しかもその中には、何やらキレイな黄緑色の小口切りにされたものと、ややドロッとしたような薄いグレーの物体。
さらにそのボールの右側には、中のものをよそるための大きなスプーンが立て掛けられている。
このような見た目の状態から、未佳が想像できる料理はただ一つ。
「あれ『たこわさ』じゃないの?!」
〔えっ? 『たこわさ』ってアレなの?〕
「だって・・・。あの小口切りの緑色のは『わさび菜』で、ドロッとしてるのは『生ダコ』でしょ?! ・・・絶対にアレ『たこわさ』よ!」
〔・・・『小口切り』って何?〕
「・・・・・・金太郎飴みたいな切り方のやつ!」
〔(『金太郎飴』が分からねぇよ・・・)〕
思わず胸中でそうツッコミながら、リオはその場にガックリと項垂れる。
一方、そんなリオの隣で長谷川の様子を伺っていた未佳は、ゆっくりと足音を立てずに長谷川に近付く。
最初は『忠告を無視して食べる気なのか』と疑っていたのだが、様子を見てみればどうもそういうわけではなく。
どうやらここで扱っているたこわさがどのようなものなのか、それを確認していただけのようだ。
足元がスリッパであったということもあり、長谷川は未佳が近付いてきていることにまったく気付かず、気付けば未佳は、長谷川の真後ろに立っているような状況になっていた。
(さすがに気付いてよ・・・)
一応10年近くも活動をしているギタリストであるというのに、ここまで警戒心がないというのもいかがなものか。
痺れを切らした未佳が、とうとう長谷川の背中に向かって声を掛ける。
「たこわさは食べちゃダメなんだよ~?」
「うわっ!!」
試しに声を掛けてみれば、やはり長谷川は未佳の存在にはまったく気付いていなかったらしく、その場で大きく体を『ビクリッ!』と飛び上がらせた。
ある意味こちらが期待していたとおりの反応である。
「・・・あぁ~・・・、ビックリした~」
「あのさ。普通気付かない? さっきから居たんだけど?」
「えっ? マジで? ・・・全然分からんかった・・・」
「でしょうね。・・・良さそうなたこわさだった?」
一応たこわさのモノはどうだったのか尋ねてみると、長谷川は『あぁ・・・』と軽く返事を返しながら、再びたこわさの容器の方に視線を向ける。
「一応わさび菜が歯ごたえある感じに切られてたんで・・・。『これなら「良」かな』って」
「うわっ・・・、辛口」
「ハハハ。ところでなんか取ったんすか?」
「これから。とりあえずお寿司を取ろうかなって・・・。ダメなの3つだけだったし~」
ふっとそれだけ口にして、踵を再びお寿司コーナーの方へ向けた時、未佳は見つけてしまった。
美しい黄土色のネタを載せた軍艦巻きが、たった一つだけ、お寿司コーナーのトレーに乗っていたのを。
(あっ! ウニ♪♪)
思うが早いか、トングを持つ手が早いか。
未佳はお寿司用の白いトングを片手に、最後の一つとなっていたウニ軍艦の方へと手を伸ばす。
ところが『もうあと少し』というところで、突然未佳の右側から、未佳のモノではないまったく別のトングの刃先が迫ってきたのだ。
そんな突然の侵入者に未佳が手を止めると、どうやらその相手の方も、未佳が自分が狙っているものと同じものを狙っているのだと悟ったらしく、未佳とほぼ同時にその手を止める。
ここで恐る恐る、未佳は相手の方に視線を向け。
そして怒鳴った。
「なんであなたまで同じのに目ぇ付けるのよぉ!!」
「だってソレ最初っから目付けてたんですよ!」
「そんなの理由になってない!! 目付けてたんなら、なんで取っておかないのよ!」
「だってあん時5個くらいあったから、まさかこんなすぐになくなるだなんて思わなかったんすよ!」
「もう・・・! そんなんだから小歩路さんにウニ食べられちゃうのよ!!」
へっ・・・くしょんっ!!
「あれ? 小歩路さん、風邪?」
突然自分達のテーブルでくしゃみする厘に、向かい側に座っていた手神が心配そうに顔を覗き込む。
一応そこまで大したことはなかったらしく、厘はポケットに入れていたティッシュで軽く鼻を拭きながら、横目でバイキングコーナーを見つめる。
「ううん、大丈夫・・・。なんかめっちゃ誰かに噂された気ぃする・・・・・・」
「えっ? こんなホテルの中で?? そんなまさか・・・」
「でもそんな気ぃする!」
「ねぇ~。ところで・・・」
ふっと頬杖を付きながらジト目で手神の隣に座っていた栗野が、何やら何とも気怠い感じに口を開き、未佳と長谷川が座る予定の座席を見つめる。
実はこの時、既にあの二人以外の人間は料理を取り終え、こちらのテーブルに戻って食べ始めていたのだ。
しかし、どういうわけか一番心配なあの二人だけはなかなか帰ってこず。
ある種の面倒見役でもある栗野は、そのせいでなかなか食べられずにいたのだ。
「あの漫才コンビは一体何しているのー? もう取りに行かせてから10ぷんくらいよ~・・・?」
「さ、さぁ? 私も何処にいるのか・・・」
「さっきみかっぺとはすれ違ったけど・・・」
「ひょっとすると・・・、まだ料理取ってるんじゃないか?」
「はぁ~っ?! まだ何か取ってるのぉ!?」
その頃和食寿司コーナーにいた問題の二人は、最後のウニ軍艦を巡って、最終手段を取ろうとしていた。
もっとも『最終手段』と言っても、それはこのような状況の時に行われるお約束のゲームのことである。
「じゃあ・・・。1回勝負ね?」
「いつぞやの『最初はパー』とか無しっすよ?」
「分かってるわよ。・・・いつものよくやるやつでいくわよ?」
「はいはい。・・・うわ~・・・」
「怖い~・・・!」
そんなことをお互い口にしながら、とりあえず両者が拳にした右手を出し、ジャンケンの準備をする。
ただし未佳達の場合のジャンケンは、一般的なジャンケンの掛け声と少々異なるのだ。
「じゃあ・・・」
「よーし・・・」
「行くよー?! せーのっ!」
「「カァーネリアンッ!!」」
「・・・・・・あっ・・・」
「ん? ・・・・・・!!」
あえて自分達のバンド名を口にする。
これが未佳達の間でのジャンケンの掛け声なのだ。
ちなみに今回の取り合いジャンケンは延長戦にはならず、アッサリと勝敗が決まる結果となった。
「ぬ゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛~・・・ッ!!」
「やった! やったー!! ウニゲットォ~♪♪」
「なんでグーを出した?! 僕ッ!!」
「さとっち、いっつも一発目グーだもんねぇ~? とりあえずウニも~らい♪♪ ルンッ♪」
「ハァ・・・・・・。ところで・・・、なんか坂井さん昼からウニ食ってたような気ぃするんですけど?」
「ギクッ! ・・・・・・き・・・、気のせいよ! 気のせい!」
そんな余計なジャンケンなどを行っていたこともあり、結局未佳達がテーブルに戻ってきたのは、それからさらに5分ほど経ってからのことだった。
「お待たせ~」
「『お待たせ~』じゃないですよ! 未佳さん!! 長谷川さん!!」
「「ゲッ・・・!」」
「一体どれだけ料理取るのに時間掛けてるんですか!」
二人が戻ってくるのをかれこれ10分以上も待っていた栗野は黙っていられず、思わず椅子から立ち上がりながら二人を睨み付ける。
一方の二人も、特に栗野に『待ってくれ』と言っていたわけではなかったのだが、栗野が自分達を待っていたワケが想像できないわけでもないので、とりあえずその場に小さく縮こまる。
「「すみません・・・」」
「まったく・・・。一体何してたんですかぁ~!?」
「あっ、いや・・・。そのー・・・」
「ちょっとウニが一個で、怒鳴り散らして、ジャンケンだったんです・・・」
「ビミョ~に分かりにくい説明しないでください! 長谷川さん!!」
「・・・今のそのまんまの説明だったよね?」
「っすよね?」
「そこで意気投合しなーい!!」
その後どうにか食事を始めることができた未佳達だったのだが、そのすぐ後に自分達のスタッフがウニ軍艦を大量に持ってきている光景を目の当たりにし、二人は再びバイキングコーナーへと走り出すこととなった。
あとになってよくよく考えてみれば、今回の寿司は一般的なお店のものではなく、数に制限のないバイキングメニュー。
つまり最初の時点でどちらかが早めに皿に乗せていれば、また次のウニ軍艦が用意され、こんな七面倒臭いことをせずに済んだはずなのである。
その事実に二人が気付いたのは、奇しくも2回目に寿司コーナーへやってきた時であった・・・。
『判断』
(2000年 9月)
※事務所 4階通路階段。
みかっぺ
「痛~いっ!!(絶叫) 痛ーいッ!!(喚)」
栗野
「未佳さん、落ち着いて!(慌) もう・・・! 一体何があったんですか!?」
男性スタッフA
「なんや階段から足踏み外して転げ落ちたみたいで・・・」
男性スタッフB
「その時に足打ち付けたみたいなんですよ」
栗野
「『打ち付けた』って・・・。こんなに痛がってるってことは、確実に折れてるでしょ?! 未佳さん、大丈夫!?」
みかっぺ
「右! 右足痛っ・・・たーいッ!! ア゛ア゛ア゛ァァァ~・・・ッ!!(号泣)」
栗野
「大丈夫。大丈夫。ちゃんと足は付いてますから・・・(汗)」
男性スタッフC
「でも・・・。今時骨折ごときでここまで喚きます?(苦笑)」
栗野
「(苛) あのねぇ~・・・!(怒) 未佳さんは今まで骨折したことがないんです!! 自分の経験だけでああだこうだ言わないでください!!(激怒)」
男性スタッフC
「あっ、はい・・・。スミマセン(反省)」
男性スタッフD
「とりあえず誰か! 早く1階の入り口前に車を・・・! それとタンカーも早く・・・!!」
男性スタッフB・E
「「あっ・・・、はい!」」
栗野
「じゃ、じゃあ私は車を・・・!」
みかっぺ
「! イヤァッ! 栗野さん、行かんといて!!(訴) ここから離れんといてぇー!(叫)」
栗野
「えっ?!(驚) でも早く車で病院行かないと・・・!」
みかっぺ
「栗野さんいなくなったら、周り男の人ばっかりやん!! お願いだから行かんといてぇ~っ!!(涙目)」
栗野
(・・・・・・何? このパニック状態でも意外としっかり未佳さんって・・・(ーー;))
こちらもただ泣き叫んでるだけだと思ってたのに・・・(爆)