86.続出ハプニング
「でも『身長』言うたらー・・・。みかっぺ、さっきの立ち湯で、思いっきり溺れ掛けよったよねぇ~」
「え゛・・・?」
ふっと思い出したように口を開く厘に、未佳はジト目で相手の顔を横から見つめた。
ようやく長谷川とのいざこざが収まった直後だというのに、どうやら厘には、その辺のことなどは一切関係ないようだ。
「えっ? あの立ち湯で?」
「そうなんよ~。でもみかっぺ身長足りへんかったから・・・」
「湯舟に思いっきり『バッシャーン!!』ってね」
「あと、最初のヒノキ湯の時も、上から水滴落ちてきて『キャッ!』とか言うてて」
「もーうっ! 小歩路さんも栗野さんも止めてよ! 私の話で盛り上がるの!!」
さすがにここまで話されると我慢ならず、未佳はまるで二人の会話を遮るかのように声を上げる。
そんな未佳の表情と言葉に、さすがの二人も少々喋り過ぎたと反省したのか、二人は数回頭を下げながら、未佳に対して詫びた。
「ごめん、みかっぺ」
「ちょっと面白い出来事だったから、つい・・・」
「も~う・・・。あっ、そういえばそっちは? 立ち湯には入ったの?」
「ん? あぁ。立ち湯だったら、僕だけ入ったよ? ちょっと僕の場合、肩が出すぎてて少し寒かったけど・・・」
確かに厘が入った時のお湯の位置から考えると、手神の場合はほぼ半身浴に等しいような状態。
さらにその上両腕、もしくは片腕がお湯から出ているような大勢となると、感覚的には肌寒く感じたのだろう。
「そりゃ手神さんはねぇ~・・・」
「・・・さとっちは?」
「ん? んな・・・、入るわけないっしょーっ!? 僕の身長が確実に湯の底なんやから・・・」
(チッ・・・! さすがになかったか・・・)
「あっ、だけど・・・。こっちもちょっと『ハプニング』みたいなことがあったよ? 大浴場で・・・。ね?」
(! ・・・・・・)
ふっとこちらもまるで思い出したかのように口を開く手神に、長谷川は即座にムッとしたような表情を向ける。
どうやらその『ハプニング』というのは、長谷川がかなり関係しているものらしい。
即座にその反応を見て確信した未佳は、間髪を入れず手神にその内容を聞きに掛かる。
何せこちらは、自分が大浴場で起こした出来事を無条件で暴露され、この二人にその内容を聞かれたのだ。
ならば長谷川達の方で起こった出来事も、少しはこちらにも話してくれないと気が済まない。
「えっ、何? 何があったの?? 教えて! 教えて!!」
「いや・・・。いいんっすよ。恥ずかしいんやから・・・」
「・・・実は長谷川くんがね」
「ちょっ・・・! 手神さんっ!!」
「さっき『岩塩湯』っていうお風呂、話したでしょ?」
「うん。あの男湯限定のお風呂だよね?」
「そこに僕達がだいぶ経った後で入ったんだけど・・・」
手神が話すには、その岩塩湯には最初のお風呂に入り始めてから中盤辺りで入浴したらしく、体温的にはそこそこ温まっていた時だったのだという。
ちなみに男湯の方は、女性ほど入浴時間が長いというわけではないせいなのか。
まだかなりの人間が大浴場で入浴しており、その岩塩湯もかなり盛況だったという。
「それで岩塩湯ってさ、温度が特別熱すぎるわけでもないんだけど、塩分の効果か何かで、汗がかなり出るんだよ」
「へぇー。めっちゃ新陳代謝に良さそう・・・」
「夏場とかだと本当に最高よね」
「まあね。それでー・・・、よくさ。こう・・・、こんな風なことしてる人いるじゃない? お風呂で・・・」
そう言って手神が両手でジェスチャーしたのは、両手のひらを目元に当て、そこから少し上に上げながら額へ。
さらにそこから順番に手のひらを下へと移動させて、頬と鼻・口元・顎と、まるで顔全体を手のひらで拭うような動作をしてみせる。
こうして手神が見せた動作は、よく人々が顔の汗を拭う時に行っている、温泉地などでもお決まりの仕草だ。
「あぁ~。よく顔の汗拭う時の・・・」
「結構男の人がやってるのやよね? たまに女性でも見たりするけど・・・」
「そう。それであまりにも汗が出るものだから・・・。長谷川くん、両手が岩塩湯で濡れてる状態でだよ? そのまま普通のお風呂みたいにこう・・・」
そう尻切れトンボな言葉だけを口にして、手神はまた先ほどの動作を自分の顔で再現する。
そこから判明したハプニングの内容に、未佳と厘は同時に口元に手を当てながら叫ぶ。
「!! キャー! 痛ーいッ!!」
「ソレ絶対にアカンかったでしょ?!」
「もう長谷川くん、両目瞑りながらその場で大絶叫だったよ~。『痛い痛い痛いっ!!』って・・・」
つまり何があったのかと言うと、長谷川は温泉用として塩分濃度が高めに設定されている塩のお湯に入浴し。
その塩のお湯に濡れた手で、何の躊躇いもなく目元を拭ってしまったのだ。
温泉用として設定されている塩分濃度は、その辺の海水浴場などの塩水とはわけが違う。
下手をすれば、表面の炎症のみならず、眼球自体に傷を付けてしまう可能性だってあるのだ。
「しかも反射的にまた濡れた手で押さえたりしてたから、余計にパニックになってて・・・。ちょっとビックリしたよな?」
「『ビックリ』というか・・・。なんかむっちゃくっちゃ焦りましたよ?! 僕!」
「ハハハ!」
「ところで・・・。大丈夫だったの?」
「ん?」
「その・・・、両目・・・」
一応見た感じ流血はしてはいなさそうだったが、入浴後の長谷川はどういうわけか裸眼ではなく、お決まりの黒縁メガネを掛けていた。
もしや赤みが引いただけでダメージは残っているのではないかと、未佳はやや悪い方に想像を巡らせる。
しかし長谷川の口から返ってきた返事は、それとはまったく真逆の内容であった。
「あぁ。急いで水風呂で洗ったんで、どうにか・・・」
「え・・・? でもメガネ・・・」
「コレ? コレはコンタクト外したからっすよ。したまんまじゃ、温泉入れないし・・・。かと言ってまた付けるの面倒臭いんで・・・」
「あっ、なんだ・・・。そういうことか・・・」
「せやけど今度からは注意してなぁ? 下手したらさとっち、明日手神さんのサングラス掛けなあかんかったかもしれへんのやから・・・」
「あっ、はい・・・。以後気を付けます・・・」
「はいはーい、皆さーん! お話し中ちょっと悪いんですけど」
ふっと聞こえてきたその声に、4人は一斉に声が聞こえてきた前方に視線を向ける。
そこには、まるで未佳達の前方を塞ぐように立つ栗野。
そしてその隣には、先ほどまで列の一番後ろを歩いていた日向が、横並びに整列していた。
こういう場合、栗野達が話す内容は大抵注意事項や厳守事項であることが多い。
「じゃあここでちょっと中に入る前に、注意事項等について説明します。全部私が口頭で言いますんで、皆さんは頭の中に叩き込んでおくように」
((((やっぱり・・・))))
「じゃあ早速なんですけどー・・・。あそこに両扉があります」
そう言って栗野が左手で指示したのは、この通路の先に見える大きな材木使用の両扉。
その扉の上部には曇りガラスが張られており、その曇りガラスの奥からは大勢の人影が動いていた。
「あの扉の向こうが、ディナーバイキングを行っている会場になります。かなり中は広いんですけど、私達の座席は既に予約されておりますので、たぶんすぐに分かると思います。横一列15人掛けが丸々一つ、用意されてますから・・・」
〔スゴッ・・・〕
「それで中に入りましたら、皆様の苗字のネームプレートが置かれている座席がありますので、そこにそれぞれ座ってください。くれぐれも『外が見たいから』とか言って、勝手に移動しないように」
「・・・・・・それ私のこと?!」
「それから、並べられている料理についてなんですけどー・・・。何品か先に夕食を取られているスタッフさんから『辛いものがある』という情報がありましたんで・・・。ちょっと情報だけ言いますから、特に未佳さんと長谷川さんの二人は真剣に聞いててください」
「「あっ・・・、はい」」
そう長谷川と未佳が返事を返している間に、栗野は自分の携帯からメールボックスを開き、先ほどそのスタッフから送られてきたメールの内容を読み上げる。
「いいですか? いきますよ? ・・・剥きエビのピリ辛エビチリ。唐揚げ(ピリ辛ソースのみ)。沖縄風焼きそば。アサリの酒蒸し。酢豚。イカゲソの明太子和え・・・。この辺は唐辛子などのものなんで、絶対に口にしないように! ただし唐揚げだけは、レモン汁かケチャップでいただく分には無問題ですので」
「「はーい」」
「それからワサビや薬味系のもので、たこわさ・ロストビーフ(ソースありの場合)。春野菜の柚子胡椒炒め。お寿司のエンガワ握りとゲソ軍艦、あぶりサーモン握り。ちなみに一般のお寿司はすべてサビ無しなので、お二人はサビ無しで食べる分にはOKです。それから今上げたお寿司とロービーは、辛い部分を取る分には問題ありませんので・・・」
(って・・・。ちょっと、栗野さん『ロービー』って・・・)
〔(正式名称ハショリやがった・・・)〕
「そんなところですかね? あと未佳さんは分かっているでしょうけど、炭酸飲料水とお酒はNGですからね? 他の皆さんも、本日はビールグラス1杯のみですから」
「「「はーい」」」
そんな栗野からの要注意メニュー説明が終了したその直後。
突然未佳の隣に立っていた長谷川が、その場に溜息を吐きながらガックリと項垂れた。
その原因は、言うまでもなく先ほどのNGメニューに出ていた、あのおつまみ料理だ。
「まさかのたこわさ・・・。あったけどNGかぁー・・・!!」
「もう。何たこわさくらいでギャーギャー言ってるのよ。どうせ今日は飲めないんだから、つまみだけ食べても仕方ないでしょーぉ?」
「そりゃそうっすけど・・・。だって魚介が一番美味しそうな場所なのに・・・」
「ハァー・・・。絶対にそのメニューだったら明日もあるわよ~・・・。明日お酒と一緒に食べればいいじゃない。イベント終わってからビールと一緒につまんだら、もうサイコーだと思うけど??」
「・・・・・・それもそうか」
「そうよ。だから明日の夜の楽しみに取っておいたら?」
「・・・そうっすね。じゃあ、そうします♪」
そう言って落ち込んでいた状態から即座に立ち直った長谷川に、栗野はやや苦笑しながら未佳の方を見つめる。
心なしかここ最近、未佳は長谷川位対しての扱い方が上手くなってきているような気がする。
(昔は長谷川さんの方が面倒見てる感じだったのに・・・。これじゃあまるで飼い主と愛犬ね)
「栗野さん。注意事項はこれで終わり?」
「えっ? ・・・あぁ、ちょっと待って。あとは・・・・・・。あっ、それから毎度のことなんですけど、万が一ファンの方が皆さんの方にやって来た場合には、いつもの大人な対応を取ってください」
「はい! じゃあ確認! いつも栗野さんが言ってる対処法は?! せーのっ!」
「「「「要求には従わず、さり気なくスタッフさんに伝える!!」」」
「・・・はーい」
「もう皆さん、完璧ぃ・・・」
「で、合っとったっけ?」
ドテッ!!
その瞬間、その場に整列していた未佳達が、一斉に通路へと倒れ込む。
この動作もまさに息がピッタリと言った感じではあったのだが、その中で一人取り残されるように突っ立っていた厘は、思わず辺りを見渡す。
その後どうにか最初に口を開いたのは、厘の斜め右前で仰向けになっていた長谷川だ。
「小歩路サア゛ァ゛ァ゛ァ゛ン゛ッ!!」
「せっかく全員息ピッタリだったのにぃー!!」
〔(みっ・・・、未佳さん・・・。その声止めて・・・。鼓膜破れる・・・〕)
続けてリオの上にうつ伏せで倒れていた未佳が口を開き。
その後ろで横向きに倒れていた手神が、そっと上半身だけを厘の方へと起き上がらせる。
「なっ・・・、なんで聞き返しちゃったんですかぁ?!」
「だってウロ覚えやったんやもん!!」
「ちゃんと言うてたやないですか! しかも栗野さん『完璧』って、言い掛けてたのに・・・!!」
「別にウチ小声で合わせてただけやし・・・! それに栗野さんも日向さんも、なんかめっちゃ微妙な顔してたから・・・!」
その厘の発言に、今までメンバーとの会話を黙って聞き流していた二人も、思わずその場から首を持ち上げる。
「えっ??」
「非があったのは私達の方なの?! ねぇ!?」
「・・・なんか『おうてない』風に見えた!!」
「「「「〔「・・・・・・・・・ハァー・・・」〕」」」」
その後6人はどうにか立ち上がり、待ちに待ったディナー会場の中へと進んでいく。
『押』というシールの貼られた入り口の扉は少しばかり重く、小さな子供だけの力では開けられないようなものになっていた。
おそらく、中に入っている子供が勝手に出歩いてはぐれぬよう、対策として設けた扉なのだろう。
(ということは・・・。ここのターゲット層はファミリー客ってこと・・・?)
「坂井さん、気を付けて。扉重いで?」
「えっ? あぁ・・・、ありがとう」
中へと入ってみると、先ほど曇りガラスからも確認できた通り、かなりの数の人々が、広いディナー会場に集まっていた。
ただしその大半は既に椅子に着席して食事を始めており、こちらが想定していた通り、バイキングコーナーにいる人の数はかなりまばらだ。
〔「うわーっ!」〕
「めっちゃ人おる・・・」
「でも、タイミング的にはこれでちょうどよかった感じっすね。バイキングコーナーは人少ないし・・・」
「そうだね。あの人数の人達がいきなりバイキングコーナーに集まってきたら・・・。もう大変だよ」
「一週目はほとんど何にも取れないわね。確実に・・・」
「んじゃ。早速僕らの指定席、探しますか」
とは言ったものの、既に4人の視界には、それらしい座席がチラチラと人混みの間から見えていた。
もちろん『予約席』と書かれた銀色のタグや、何やら三角形のネームプレートらしきものが目に付いたのもあるが、何よりも分かりやすかったのは、一番壁側でもある6席が、きれいに空いたままになっていたからである。
このような長いテーブルでスタッフ達と食事をする場合、未佳達の座席はいつもの一番端。
もしくは窓側の席と相場で決まっている。
何故なら、万が一ファンの誰かがこちらにやってこようとしても、その前の列にスタッフの人間が座っていれば、ファンはこちらに近付いてくることができないからだ。
この配置の場合、未佳達の座っている席の後ろを通れる人間は、用のあるスタッフのみ。
さらに角の席の壁側ともなると、もはや一般の人間が通ってやってくる理由もないので、こちらに近付いてきた場合にはほぼ100%ファンの人間以外考えられないというわけである。
さらに、周りの座席がそれぞれ6人掛けごとに分けられているというのに、長い一直線の列のようにセッティングされているテーブルは、その端に設けられているテーブルのみ。
入り口の位置的にも、自分達の座席は分かりやすかった。
「あそこですね。確実に・・・」
「へぇー・・・。一応私達の席、窓側だったんだ~」
「でもウインドウ閉まってしもてて残念・・・」
そう厘が口にした通り、未佳達の指定席は窓側の位置ではあったのだが、その窓にはまだ寒い日が続くためかウインドウが閉められており、外の景色は見ることができないようになっていた。
もっともこちらは方角的に海側なので、真っ暗闇でのキレイな夜景は到底臨めない。
おまけにこれだけ室内が明るいとなると、たとえこのウインドウを開けたとしても、夜景ではなくこちら側の景色の方が写り込んでしまうだろう。
それでも少しばかり海が臨めないことに落ち込む厘に、未佳はそっと声を掛けた。
「大丈夫よ、小歩路さん。明日になったら、また部屋で海見られるし・・・。それに朝食の時とかは、ここ開けられるだろうしさ」
「・・・そやね。それに明日の朝、露天風呂行ったらちゃんと拝めるやろし」
「うんうん。今日は星と月と波音しか分かんなかったし・・・。明日また4人で行こうよ」
「うん♪」
「はいはーい! そこのお二人さーん。早く座席の方へ移動してくださ~い!」
「「はーい」」
栗野に言われて未佳達が移動した時、既に長谷川と手神は、自分達の名前が書かれたネームプレートの真ん前に立っていた。
ちなみにそれぞれの位置は、長谷川が一番端の通路側で、手神はその斜め左側の窓側。
そして遠目で何となく見える3文字のネームプレートから想像するに、厘は長谷川の左隣り。
未佳は手神の右隣りの座席のようだ。
(え~っと・・・。小歩路さんがそこに来るんだから~・・・。私がたぶん一番端の窓側・・・・・・ん?!)
ふっと自分の座席の前へとやってきた未佳は、思わずそこで自分の座席を二度見。
正確には、自分のネームプレートの文字を二度見そたのだ。
先ほども栗野が言っていた通り、ネームプレートが用意されているのは、CARNELIAN・eyesのメンバー4人分のみ。
その内、既にネームプレートが置かれている席で空いているのは、今未佳が立っているこの席のみ。
しかしネームプレートに書かれている指定相手は、まったく違う名前だった。
「これって・・・。栗野さ~ん」
「ん? はーい。・・・なんですか? 未佳さん」
「私ここでいいの?」
「・・・えっ? ちゃんとネームプレートあったでしょう?」
「あったことはあったけど・・・。でもコレ・・・」
「何変なこと言ってんすか、坂井さん。ネームプレートは僕らの分しか用意してなぃ・・・・・・・・・あっ・・・」
「・・・ん? 何? ・・・どうしたんですか? 長谷川さん」
「いや、コレ・・・。一応読み的には『サカイ』なんですけど・・・」
そう言って長谷川が持ち上げたネームプレートに書かれていた名前は『坂井』ではなく『酒井』。
何故か『坂』がお酒の『酒』になっていたのだ。
「ギャアーッ!! なーにコレ! 苗字間違ってるじゃなーい!!」
「まあ・・・。こっちの『酒井』の方がメジャーですからね」
「それは確かに言えて」
「ん゛っ?」
「「イエ、何デモナイデス・・・」」
「こういうのは『間違われやすいからいい』っていうわけじゃないんです!! 坂井さん!」
「あっ、はい・・・」
「ちょっと、誰ですかー!? このネームプレート担当で書いたのー!!」
そう栗野がスタッフ達の方を向いて怒鳴ると、一人の男性スタッフが恐る恐る椅子から立ち上がり、栗野達の方へと近付いてきた。
どうやらこの男性スタッフが、ネームプレートの名前を間違えた人間らしい。
「ぼっ、僕です・・・。『難波』と言います・・・」
「あなた、担当係はどこ?」
「せっ、セッティング係に所属してます・・・」
「『セッティング』だぁ~?! セッティングよりも前に、メンバーの名前くらいちゃんと把握しときなさいよ!! 一番大事なヴォーカルの名前を知らないってどういうこと?!」
「は、はいっ・・・! すみません!!」
「それにあなた、新人スタッフじゃないんでしょぉ?! 基本的にイベントで地方同伴できる人間は、最低でも3年間は事務所で経験積んだ人間って決まってるんだから!!」
そう栗野が怒鳴り散らしている後ろで、4人は『はて?』と小首を傾げる。
実はこの男性スタッフのこうした間違いは、一度や二度などというレベルではなかったのだ。
以前、厘や手神のお茶を用意した際も、ボトルに書かれていた名前は『小歩露』と『手紙』。
さらに栗野のマネージャー用名札に関しては『栗乃奈緒美』という、まったく違う字が当てられていたこともあったのである。
もちろん間違えている当の本人には、間違えようなどという意識はまったくもってない。
だが漢字の変換に置いてはほとんどできないらしく、毎回こうやって間違いを起こしては、いつも同僚のスタッフ達や栗野に怒鳴り付けられているのだ。
「もう少し漢字変換できたらええのにね」
「『分からなかったら周りに聞く』とかな」
「でもええやないですか。みんなちゃんと読み方的には合ってる間違いで・・・」
「コレの何処が『いい』のよぉ~!」
「だって・・・。僕なんて前に画面のテロップで『長谷園』って」
「ぶっ・・・!」
「「「アッハッハッハッ!!」」」
「あった! あった!! そんなこと・・・!」
「テロップ流れてた! 流れてた!! 『ギタリスト・長谷園智志』って・・・!」
「あっちの『永谷園』と混同したんでしょうけど、文字的には『谷』しか合ってないし・・・! 一体何をどう間違えたんだか未だに分からん!!」
「たぶん『谷』しか意識してなかっただよ」
「それかもしくは『長谷川』だと思ってたとか」
「とりあえず僕それから数週間。スーパーのあの一点コーナー、通る度に睨み付けてましたからね?! じぃー・・・って!」
「「「アッハッハッハッ!!」」」
そんな過去の出来事で大いに盛り上がった後、4人はバイキングコーナーの方へと、それぞれ足を向かわせるのだった。
『執着心』
(2006年 4月)
※大阪FCイベント ライヴ会場。
司会者
「じゃあ、続いては長谷川さんへの質問なんですけど・・・。結構皆さんの話とかですと『食べ物』に関する内容が多くあるような印象を受けたんですが」
さとっち
「あぁ~・・・、確かに(同感)」
司会者
「何かメンバーの皆さんと食べたりですとか・・・。そういうのでちょっと、印象に残ってるものとかってありますか?」
さとっち
「まあ・・・、毎回こんだけ『食い倒れ』みたいなのをしていると、思い出はソコソコ・・・(苦笑)」
みかっぺ・厘・手神・観客
〈〈〈〈〈「「「(笑)」」」〉〉〉〉〉
さとっち
「ただちょっと『思い出』というよりは、長年ずっと『根に持ってる』ことが・・・(ーー;)」
司会者
「おっ! 根に持ってらっしゃる!! 『食べ物の恨みは恐い』と、昔から言われますからね(ーー゛)」
観客
〈〈〈〈〈(笑!)〉〉〉〉〉
司会者
「どんなお話なんでしょうか?」
さとっち
「あれはー・・・(回想) 2ndアルバムのツアーが全部終了した後の打ち上げで、なんですけど・・・。その時にマネージャーさんが気を利かして、ざっと50人前くらいの出前寿司を用意してくださったんですよ」
観客
〈〈〈〈〈おぉ~っ!!(驚)〉〉〉〉〉
司会者
「50人前っ!?(仰天) ま、まあ・・・、ライヴのスタッフさん達入れるとそれくらいですもんね?」
さとっち
「そうなんすよ。それでー・・・、それからしばらく経った辺りで、僕がトイレから戻ってきたら・・・」
※3年前 打ち上げ会場。
さとっち
『んっ? ・・・・・・! あれ!?(二度見) てっ・・・! 手神さーん!!(叫)』
手神
『ん? どうした?』
さとっち
『ここに入ってたウニは?!(゛@0@) 最後の・・・! 最後のウニ軍艦は何処?!(錯乱)』
手神
『さ、さぁ?(汗) 僕は見てないけど・・・。誰か食べちゃったんじゃない?』
さとっち
『そ、そんなぁ~!!(涙) 僕まだ食べてなかったのにぃっ・・・!(絶叫)』
手神
『え゛っ?! 長谷川くん、まだ食べてなかったの?!(驚)』
さとっち
『う、うん・・・(:_;)』
手神
『じゃあきっと、誰かが残ってると思って食べちゃったんだよ。・・・ちょっと迂闊だったね(慰)』
さとっち
『・・・ガクッΣ(__;)』
※回想終了。
さとっち
「ホンマにあん時食ぅたの誰?!(怒)」
みかっぺ
「さとっち、まだあの時の根に持ってるの!?(ジト)」
厘
「もう3年も前やん! それにこの中に犯人おるかも分からへんのに・・・!」
さとっち
「うんにゃ。位置的にはメンバーが一っ番怪しい!! 特に・・・(見)」
みかっぺ
「Σ( ̄□ ̄゛) 何よ、その目! 私を疑ってるの?!」
司会者
「おぉ~! バンドのヴォーカルとギターリストさんがモメております!!」←(実況中継(笑))
観客
〈〈〈〈〈(爆笑)〉〉〉〉〉
さとっち
「『ウニ』と言ったら目がない人間No.1ですからね(ーー;)」
みかっぺ
「サイテー!!(睨) 私食べてないわよ!!(否定)」
さとっち
「ホンマっすか~?(疑) 誰にも食べられないように、“しっかりフタしてた箱の”、っすよ~?(ーー゛)」
みかっぺ
「だから知らないってば!!(怒)」
厘
「! あ゛ぁ゛~ッ!!(絶叫)」
みかっぺ・さとっち・手神
「「「・・・ん?」」」
厘
「それ食べたのウチやぁっ!!(思出)」
会場全体
〈〈〈〈〈「「「「ドテッ!!(倒)」」」」〉〉〉〉〉
今度からそのパターンも想定せねば・・・(笑)