84.そこで何してる!!
「みかっぺー。用意できた?」
「あっ、うん。たぶん・・・。じゃあー・・・、行く?」
「うん」
服も脱ぎ終え、ついでに身体にタオルも巻き終えた未佳と厘は、早速大浴場の引き戸の方へと足を向かわせる。
その途中軽く更衣室の周りを見渡してみたのだが、この時既に日向と栗野の姿は何処にもなかった。
おそらく、先に中に入っていってしまっていたのだろう。
「おらへんね。二人とも・・・」
「たぶんあの二人のことだから、すぐに服脱ぎ終わっちゃったのよ。あっ・・・、開いた♪ 開いた♪♪」
そう言いながらそっと未佳が引き戸を引き開けると、開け放たれた戸の隙間から白くやや暖かい湯気が更衣室の中に入り込んできた。
そこから二人が大浴場の中へと入って扉を閉めると、先ほど微かに香っていた湯屋独特の暖かい匂いが、かなりの濃度になって二人の鼻にまで香ってくる。
「う~ん♪ めっちゃいい匂~い♪」
「ホントだね。なんだかんだ言って去年のツアー以来じゃない? こんな大浴場とかの温泉入るの」
「うん。しかも思ったよりも人空いてるし」
確かに二人がそう予想していた通り、更衣室の中の状況とは裏腹に、広い大浴場の方の人数はかなり少なめな方だった。
さらにありがたいことに、入浴前に体を洗うための洗い場も、今は極数人ほどでスッカラカン。
先ほどの棚のように、開くのを待つ心配もなさそうだ。
「じゃあ洗い場はー・・・。個人で分かれる? それとも隣同士で並んで使う?」
「・・・並ぶんやったらあそこがええ」
「んっ?」
ふっとそう言って厘が指し示す先には、何ちなく見覚えのある後ろ姿の女性が二人。
その後ろ姿に少しばかり笑いながら、未佳は相手がこちらに背を向けているのをいいことに、その二人を指差しながら厘に聞き返す。
「あそこ? あそこにする?」
「うん」
「OK! というわけで♪」
何となくそれだけでは理由にもなっていないような気もしたが、とりあえず未佳と厘はさりげなく、彼女達の元へと足を向かわせる。
そして問題のその場所にやってくると、これまた二人はさり気なく、髪の毛が長い人の隣の洗い場へと座り込んだ。
しかしそんな二人のさり気ない行動や様子に、この人物が気付かないはずがない。
「あの・・・。何もお風呂以外の場所でも隣同士になる必要ないでしょ~う? お二人さ~ん??」
「「!!」」
そう自分の隣の洗い場に座り込んだ未佳達に対して、栗野は横目で見つめながら言った。
そのあまりの感付かれる早さに、未佳と厘は思わず両目を瞑って、後ろの方へと顔を反り返らせる。
「あ~ん! 気付かれたー!」
「バレてないと思ってたのに~」
「あのねぇ~・・・。こんな声が反響するような場所で気付かれないわけないでしょ? 会話丸聞こえです・・・」
「チッ・・・」
「ついでに未佳さん。私の背中に向かって指差してたでしょ? 目の前の鏡にハッキリ映ってましたよ?」
「ゲッ・・・! 嘘っ」
「今度人を指差す時は、前方に鏡がないかどうかのご確認をお忘れなく・・・」
「ま~ったくこっちも懲りないんだから・・・」
「「・・・ガクッ」」
そんな栗野に1枚も2枚も上を行かれ、未佳と厘はお互いに項垂れつつ、とりあえず栗野達と同じように髪や身体を洗い始めるのだった。
こうして4人が浴場に入浴できたのは、それから約10分ほど経った頃。
ちなみにこの4人から言わさせてもらえば、実はこれでもかなり急いだ方である。
ただ入浴前にシャンプー&リンス・身体・洗顔をした後、軽く髪の毛をまとめたり、タオルを身体に巻いたり何かしていると、女性陣はいくら頑張ってもこのボーダーラインからは抜け出せられないのだ。
だからあくまでもこのくらいは許容範囲。
あとで隣の男二人から『遅い!』と言われるようなことになれば、その時はとりあえず4人で『女子は色々大変なの!!』とでも言い返せばいいだろう。
もっともあの二人の場合、あまりこちらの逆鱗に触れさせるような発言はしないだろうが。
「じゃあ・・・。何処のお風呂から入ります? 全部で温泉は6種類ありますけど」
「あとその他にも、水風呂とサウナルームもありますが?」
「・・・『水風呂』って・・・」
「あっ、いえいえ。『水風呂』はこっちの冗談よ? 冗談!」
「・・・・・・・・・でもやっぱり最初はお風呂でしょ?」
「やよね? せっかくやからお風呂からにしようよ」
「はいはい。じゃあー・・・。あの緑色のお風呂から行きます?」
栗野がそう言って指差したのは、6種類の中で一番大きなお風呂でもある『ヒノキ湯』。
ここのヒノキ湯の最大の特徴は、着色料無しであるにも関わらず、お湯が美しい緑色に染まっているところ。
その自然な色のお湯であることなどから、ここの大浴場では2番目に人気のお湯になっている。
「あっ! いいね、ヒノキ湯!」
「こういう大きなお風呂ってあんまり熱すぎへんから、最初の時は結構入りやすいんよね」
「うんうん」
「一応皆さん賛成みたいですし・・・。あそこに行きましょうよ」
「そうね。どうせ結局は全部のお風呂回るんだし」
こうして全員が賛成したのを確認し、栗野は3人の先頭を歩きながら、ヒノキ湯の方へと皆を誘導した。
ヒノキ湯には未佳達の他に3~4人ほどの入浴者がいたが、この湯舟の広さであれば無問題だろう。
早速4人は、湯舟の中にある段差の一段目に足を掛け、そのまま一旦そこで着席。
その後はゆっくりと中へ入る形で、4人は半身浴程度に身体が沈む二段目の段差の上に座りながら、同時に両目を閉じて一言。
「「「「気持ちいい~♪♪」」」」
「ホンマに最高!」
「『いいお湯』って言うのは、まさにこのことよ!」
「しかもすごいヒノキのいい香り・・・」
「うん。それにこのお湯、着色料無しなんやろ? なんかめっちゃいいもの沢っ山入ってそう♪」
「「「確かに~」」」
「あ゛ぁ゛ー・・・。ツアーからのストレスと疲労が一気に抜けてくわ~・・・」
「ちょっ、ちょっと栗野さん、それはー・・・」
そんな会話を交わしつつ、しばし最高のお湯に入浴し和んでいた、その時。
ふっと未佳は自分の背後に人の気配を感じ、肩にお湯を掛けていた右手をピタリと止めた。
一応ここは『女湯』なので、女性以外の人間は一人も入ってきてはいない。
それは周りを見渡せば明らかだ。
しかし今自分の背後にある気配は、明らかにここにいる人達のものとは違う。
そんな気配に『まさか・・・』と疑う気持ちと『そんなわけはない』と馬鹿らしく感じる気持ちの二つに揺さぶられながら、未佳はゆっくりと視線を自分の背後の方へ。
そしてそこで視界に映り込んだ光景に、思わず目を見開いた。
「キャアッ!!」
バシャンッ!!
「!!」
「みかっぺ!」
「未佳さん、大丈夫!?」
ふっと何かに悲鳴を上げながらさらに下の段へと身を沈める未佳に、慌てた3人はすぐさま未佳の元へと駆け寄った。
その途中、栗野はその未佳が悲鳴を上げた個所に視線を向けてみたのだが、そこには誰の姿もない。
そもそも自分達がヒノキ湯に入ってから今まで、大浴場には誰も入ってきていないのだ。
そんな環境で一体何に驚いたのか分からぬまま、栗野は未佳の顔を覗き込むような形で聞き返す。
「未佳さん? 未佳さん、大丈夫??」
「・・・・・・あっ・・・。は、はい・・・」
「どうしたんですか? 急に・・・」
「あっ、いえ・・・。何でもないです。・・・ちょっと肩に冷たい水が落ちてきたのに驚いて・・・」
「あっ、もしかして天井の水滴ちゃう? 湯気の・・・」
「た、たぶん・・・」
「な~んだ・・・」
「もう、脅かさないでくださいよ~。未佳さ~ん」
「ハハハ・・・。ごめんなさい・・・」
「まったくー・・・」
ワケを聞いてほっと安堵・落胆した3人は、そのまま何事もなかったかのように元いたポジションへと座り直し、再びそれぞれのヒノキ湯を堪能し始めた。
そんな3人の姿を横目で確認した未佳は、そのまま湯船の中を体育座りのような大勢で移動し、ろ過したヒノキ湯が流れている噴水の真隣りへ。
そして噴水と湯舟の角で栗本が見えないようにしながら、お湯の中で右手をヒラヒラと動かした。
お湯の中での仕草であれば、近くにいる相手には波紋の関係でほとんど見えない。
しかし逆に湯舟から離れている相手には、波紋の動きが比較的緩やかに見えるので、この手の小さな仕草であってもハッキリと確認することができる。
その原理を利用して指示を出していると、やがてその相手は『自分のことを呼んでいる』と感付いたのか、やや小走りでこちらへと向かってきた。
水浸しの床を歩いているのにも関わらず音がしないということは、今は身体を透かしているということだろう。
そう。
たった今未佳が悲鳴を上げた相手は、未佳にしか見ることができない彼だった。
〔何? 未佳さん〕
そのまったく今の状況を理解していないかのようなリオの態度に、未佳はややイラッとしたような視線をリオに対して送り、無音で口だけを動かした。
「(何してるの?)」
〔・・・『何』って・・・。いつも通りの監視みたいなやつ・・・〕
「(入り口の暖簾、見た?)」
〔・・・だって一緒にいたじゃん〕
「(・・・・・・『女湯』の意味分かってる?!)」
〔・・・女性が入るお風呂〕
「そう言うアナタはおとっ・・・!!」
「!! み、みかっぺ!?」
「未佳さん、大丈夫!?」
「また最近の独り言?!」
「! あっ・・・。だ、大丈夫! 大丈夫! Ⅰ’m sorry!!」
「「「アイムソーリー??」」」
そんな適当な言葉でどうにかこの場を誤魔化しつつ、未佳は再び無音で口だけを動かしながら、リオに言い返した。
「(『抵抗感』とか特になかったわけ?)」
〔・・・だって男湯五月蝿いんだもん。ガヤガヤしてて・・・〕
「(だからこっちに来たの?)」
〔・・・うん。だってウォークマン使えないし・・・。部屋にいてもクラゲ見ても暇なんだもん〕
「(・・・あの・・・、もう一回聞くけどさ。『抵抗感』とかなかったの?)」
〔・・・なんで?〕
ふっとそう真顔かつ冷静に聞き返され、未佳は『えっと・・・』と、宙を仰ぐ。
一応こちらが言おうとしているものは分かるのだが、肝心のその表現方法が分からない。
その後しばし十数秒ほど考えてみたのだが、結局数珠繋ぎ程度で出てきた言葉は、この程度だった。
「(ほら、えっと・・・。たとえば裸の女性ばっかりの状況とかさ・・・。私とかは今タオル巻いてるけど、タオル巻いてない人もいるじゃない?)」
〔・・・・・・うん・・・。いるね〕
「(なんか感じたりしない?)」
〔・・・何を?〕
「(なんかその・・・! あ゛ぁ゛ー・・・・・・。ムラムラ感とか! 『気持ちドキドキ!』『心臓バクバク!』とか・・・!)」
〔・・・ない〕
「(え゛っ?! まさかの即答? ・・・何にも感じないの?)」
〔・・・うん、感じない。だって服脱いだらみんなこんな感じじゃん。骨格が・・・〕
そう返事を返されると妙に虚しい気もしたが、実は適当に誤魔化している可能性もあるのではないかと、未佳は横目程度でリオの顔色を伺ってみる。
しかしリオの表情は、至っていつもの冷静な顔立ちのまま。
少なくともあの最初の頃の、未佳に名前を呼ばれたことに照れ上がっていたリオの顔ではない。
さらにここにいる人間の中では、おそらくスリーサイズがベストスタイルであるはずの厘を見ても、リオの瞳はかなり遠いものを見ているかのようなものだった。
そんなこれほどの光景でも表情一つ変えないリオに、未佳の中である二つの可能性が過る。
(もしかしてリオは・・・、自分が人間じゃないから、欲求感みたいなのが沸かないのかしら・・・? ・・・それかもしくは、身体と同じように心も子供ってこと?)
〔・・・? どうしたの?〕
「(あっ・・・、ううん。なんでもない・・・)」
『でもその意味をよく理解できていないのなら・・・』と、未佳はまるで幼い子に言い聞かせるかのように、リオの両目を見つめながらしっかりとした口の動きで説明した。
「(・・・でもね、リオ。アナタはこういう場には、あんまり現れちゃダメなんだよ?)」
〔・・・どうして?〕
「(ここは女の人だけの空間なの。男の子でも入ってきていいのは、リオよりも小さな子供とか・・・。大人の助けが必要な人。それこそ、小さな赤ちゃんとか、幼稚園生くらいの子供さんとかね? ・・・でもリオは一人でもしっかりと行動できるし、何よりも話せるから・・・。今日は初めてだったから特別にいいけど、今度からはこういう場所には来ちゃダメ。・・・分かった?)」
〔・・・う、うん。分かった〕
「(よし!)」
〔・・・ちなみにだけど隣は?〕
「(ん? そっちは全然OKよ! リオ。あっちは逆に私達が入れないもん)」
〔・・・あっ、なるほど〕
どうやら今の説明でようやく意味を理解できたらしく、リオは数回意味深げな感じで頷いた。
そんなリオに対しての説明もできたところで、ふっと未佳はヒノキ湯から上がり、その他の室内にあるお風呂を見渡す。
ちなみにその他に設けられていたのは、濁りのある白いお湯のお風呂と、一般的によく言われる炭酸ガスの泡風呂。
そして隣同士になるように設けられていた、やや狭いタイル仕切りのお風呂と、何故か湯舟の頭上真ん中に太い丸太がぶら下げられている、妙なお風呂の4つだ。
「さてと・・・」
「あっ。みかっぺ、別の行く? ほな、ウチもそうする♪」
「私はもう少しここにいるわ~」
「私も~」
「OK。・・・あの狭いタイルのは何?」
まず未佳が目を付けたのは、通称『丸太湯』の隣に設けられていた、これまた通称『タイル湯』。
お風呂の大きさ的には、未佳の自宅のものよりもほんの少しだけ大きいようなサイズではあったが、それにしてもかなり狭い。
おまけにその狭さ故なのか、このお風呂に限っては入浴者ですらもいなかった。
「なんか空いてへん?」
「というか誰もいない・・・。とりあえず入るよー?」
そう言って湯舟に先陣を切っては言ってみたのだが、何となく先ほどのヒノキ湯よりも熱く感じる程度で、特にコレと言った違いはない。
足元も一応タイルのみではあったが、別に滑りやすいというわけでもなかった。
「どーう? みかっぺー?」
「全然普通・・・。ちょっとさっきのより熱いだけだけど・・・」
そう厘に対して返事を返した、その時だ。
「痛っ!!」
〔・・・ん?〕
「えっ? 何?! どないしたの!?」
「なんか分かんないけど、いきなり『ビシッ!』って・・・! 痛いっ!」
「えっ?! 何? 何!?」
「一体何やの!? このお風呂・・・! なんか針刺さったみたいに痛いんやけど・・・、ギャアッ!!」
ふっとパニックになったあまりの関西弁を連発しながら、未佳はその謎の痛みが身体に突き刺さる度、反射的に身体を海老のように反り返す。
そんな一人慌てふためく未佳の様子に大爆笑しながら、未だヒノキ湯の中にいた栗野は、未佳に対しそのお風呂の特性を伝えた。
「未佳さーん! それ、電気湯よー?」
「でっ・・・、電気湯ぅっ?!」
「はい。それで身体のツボを刺激して、老廃物を流すんですってー!」
「お年寄りには人気のお風呂なんですよ~?」
「へぇ~」
「『人気』って誰も入ってな・・・ギャッ!!」
「「「ハハハ」」」
そんな栗野からの説明を聞いて、あとから電気湯に浸かった厘はかなり気に入っていたのだが、電気ショックの刺激に耐え切れなかった未佳はそのまま電気湯から退却。
今度は隣の『丸太湯』の方へと向かっていった。
丸太湯の色は、やや半透明のクリーム色。
しかもこちらは、妙に横長の湯舟だった。
(まさか『電気湯』の延長戦じゃないでしょうね?)
そんな疑いを持ちつつ足を一段目に入れてみた未佳だったが、お湯の温度は先ほどのヒノキ湯とまったく変わらず、おまけに電気ショックによる刺激もない。
(・・・さすがに種類は違うわよね。でもこの丸太は一体何の・・・)
そう胸中で呟きながら、ふっと丸太の方へ向かおうと足を伸ばした、その時だ。
「あっ・・・! 未佳さん、危ない!!」
「えっ? キャアッ!!」
バッシャンッ!!
「えっ? えっ!? 今度は何?!」
「未佳さん!!」
「未佳さんが落ちた!」
「! えぇっ!?」
ふっと派手に聞こえてきた水音に、皆は慌てて丸太湯の方へと駆け寄る。
幸いにもすぐに浮上して湯舟の淵に掴まったらしい未佳は、一応身体には特に影響はなかったものの、突然の出来事に温泉であるというのにも関わらず、底冷えしたような気分になっていた。
「ゼー・・・ハー・・・ゼー・・・ハー・・・」
〔ね、ねぇ・・・。生きてる?〕
「っ・・・、っ・・・、な・・・! 何?! このお風呂スッゴイ深い!!」
「それ『立ち湯』ですよ。未佳さん」
「た・・・『立ち湯』?」
「その丸太に両手で掴まって、立ったまま入浴するんです」
「私沈みましたケド?!」
「それは未佳さんの身長が足りないからですよ~・・・。ちょっと、厘さん。入ってみて♪」
「へっ? あっ、うん」
そう栗野に指示されるがまま厘が入ってみると、厘は一番深い辺りでも肩よりやや下までしか浸からず。
さらに丸太に掴まってみれば、よく旅番組などで映っている立ち湯の見本そのものである。
おまけにスタイルやマスクもいい厘なので、その姿はかなり立ち湯の画としてかなり上出来な画となっていた。
「「〔「おぉ~っ!」〕」」
「あら、厘さんステキ~♪」
「やっぱり厘さんは画になるわ~・・・。この中だと最年長なのに・・・」
「湯加減とかどう?」
「めっちゃええよ? ちょっと滑りもあるし・・・」
「こりゃ温泉のPRブイができるわ・・・」
ふっとその栗野の一言を聞いて、未佳は何を思ったのか、突然厘にこんな欲求を口にした。
「小歩路さん、ちょっと丸太の端っこに寄って」
「端っこ? 『端っこ』って・・・、ここ?」
「そう。それで両手を、ちょっと丸太に添える感じの持ち方してみて。・・・なんかお面取る時みたいな」
「こう??」
「そうそう♪ それで、顔を『えっ・・・?』っていう感じのキョトン顔に」
「・・・こうか? ほいっ」
「それで顔左斜め45度傾き!」
チラッ
「「〔「可愛い~!!」〕」」
「小歩路さん、ナイスよ! ナイス!!」
「その瞳で見つめられた日には・・・」
「ホテル儲かるわねぇ~・・・」
「・・・って! コレ一体何の話!?」
そんなちょっとしたお遊びもやりつつ、その後は牛乳を混ぜた美白効果のある乳風呂や泡風呂。
そしてホテル一番人気の露天風呂などをしばし堪能しながら、4人は少々名残惜しげに、足早に大浴場を後にしていった。
その後サイズが合う・合わないなどの浴衣着替えや、再び登場した美鼈に未佳が絶叫するなどのハプニングがあり、最終的に4人が女湯を出たのは、午後6時25分を回った頃。
言うまでもないが、こちらが目標としていたタイムはとっくのとうに過ぎてしまっている。
「大変! きっと長谷川さんと手神さん、今頃待ちくたびれてるわ!」
「ちょっと浴衣着替えでモタつきましたもんね」
「もうアカン! この浴衣ホンマにつんつるてん!!」
「だって『M』だもの。小歩路さんは身長的に『L』よ」
〔そう言う未佳さんはやっぱりサイズ大きかったね〕
(ムッ!!)
「あの二人怒ってなければいいけど・・・・・・。あれ?」
ふっと女湯の暖簾の外へと出てみた栗野達だったのだが、その問題の待ち合わせ場所に、二人の姿は何処にもなかった。
それよりも以前に、人の姿がどこにもない。
「あれ? ・・・あの二人は?」
「おらんやん」
「もしかしてまだお風呂?」
「こんなに長時間もですか!?」
〔僕見てくる!〕
そう言い出すや否や、空かさずリオは目の前の壁を擦り抜け、長谷川と手神の姿を探しに出向く。
しかしやはり二人の姿はなかったらしく、リオはものの1分足らずで帰還。
さらに男湯の中の状況に関しては、今はディナータイムということもあってなのか『人が5~6人しかいない』とのことだった。
「まさか待ちくたびれて先に行っちゃったんじゃ・・・」
「えぇ~っ!? って・・・、今はその可能性が一番高いね」
「とりあえずディナーバイキングのところに行きながら探そ・・・あ゛ぁっ!!」
ふっと突然未佳の口から出てきたその声に、3人は再び未佳の元へと駆け寄る。
未佳が叫び声をあげたのは、大浴場から出てすぐの左曲がり角。
その角の先に一体何があるのかと、後からやってきた3人も同じく曲がり角の先に視線を向け、そして叫んだ。
「「さとっち!!」」
「「手神さん!!」」
「! うわっ・・・!!」
「あっ・・・! み、皆さん・・・」
「姿が見えないから何処にいるのかと思ったら・・・!」
「何二人とも無料マッサージやってるのよ!!」
なんと手神と長谷川の二人は、女性陣達の入浴時間が長かったことをいいことに、ホテルに置かれていたマッサージチェアーで寛いでいたのである。
そんな二人の行動にブチ切れている女性陣を見て、長谷川と手神はやや怯えながらも口を開く。
「だっ、だって・・・」
「あまりにも女性陣が長かったから・・・」
「ウチだって時間があったらマッサージやりたいんに・・・!!」
「そうよ! そうよ!! 羨ましいだけだから二人とも下りて!」
「えぇ~・・・」
「まだ10分くらいやのに・・・」
「で♪ その空いたところに」
「ウチらが座る♪」
「はいはーい。残念ですがお二人さ~ん。もうそんな時間はないですからね~?」
「「・・・えええぇぇぇ~ッ!?」」
「はい、二人とも起立!! ほらっ!!」
その栗野の号令と共にマッサージチェアーから立たされ、結局未佳達はマッサージを受けられぬまま、ディナーバイキングの会場へ向かうのだった。
『標準』
(2008年 2月)
※手神の家。
手神
「ってことがあってさぁ~!(笑)」
さとっち
「それは傑作っすね! ハハハ(笑)」
トゥルルル・・・
トゥルルル・・・
手神
「(笑) あっ、電話だ・・・。長谷川くん、ごめん。ちょっと出てくる」
さとっち
「あっ、僕は大丈夫っすよ」
手神
「すぐに用件済ませるから」
※一旦廊下の電話へ出ようと、部屋を出ていく手神。
さとっち
(ひょっとして事務所かな・・・?)
ノラ
「ニャ~(鳴)」
さとっち
「・・・ん?」
※ふっと、さとっちの足元に擦り寄ってくるノラ。
さとっち
「子猫・・・。あっ、そっか! 君が手神さん家にやってきたノラちゃんやろ?!」
ノラ
「・・・ニャ?」
さとっち
「うわ~。目ぇめっちゃクリックリッやん!(萌) やっぱり子猫は可愛ええなぁ~(うっとり)」
ノラ
「・・・・・・ニャンッ」
さとっち
「えっ? ・・・膝にでも乗るんか?(問) うわっ・・・!」
※突然さとっちの肩に飛び乗るノラ。
さとっち
「いきなり肩かいな・・・(ア然) 子猫のくせにええ度胸してるなぁー・・・」
ノラ
「ニャ~♪(喜)」
手神
「長谷川くん、お待たせ~って・・・。ノラ、どうした?」
さとっち
「なんかいきなり肩に乗ってきたんっすよ」
ノラ
「ニャ~(甘鳴)」
手神
「珍しいな~。ノラが僕以外の人間に乗ってくるなんて・・・」
さとっち
「案外僕になっついてたりして(ニヤニヤ)」
手神
「いや・・・。たぶんこれは、長谷川くんを乗るものだと思ってる(キッパリ)」
さとっち
「!! 『乗るもの』って・・・(汗) そんな手神さん。何も自分が飼い主としての影薄くなってるからって、そんな言い方・・・」
手神
「いや、本当に・・・。だってノラは、“僕が日本人の平均身長”だと思ってるから・・・」
さとっち
「・・・・・・・・・」
手神
「・・・・・・・・・」
さとっち
「デカッ! 恐ッ! 高ッ!!(引)」
手神
「悪かったなァッ!!(怒)」
じゃあ淳大はどう見るんだ!?
ノラ!!