82.恐怖の肌ケア用品
「じゃあ皆さん! 用意ができたら、またエレベーターホールのところでお願いします!!」
「はーい」
「分かってる~!」
「ほなまた後でな~!」
9階に到着したと同時に、4人は早速散り散りになりながら、自分達の部屋の前へと走り出した。
ここでまたドアを開けるのに足止めを食らわされるのだが『こればっかりは仕方がない』と、4人中3人は即座に弁える。
ただ一人。
坂井未佳を除いては。
「開けるの面倒臭い! リオ、開けて!!」
〔エ゛ッ・・・? さ、早速・・・? ・・・・・・確認するけど鍵持ってるよね?〕
「持ってるわよ? ちゃ~んと持ってるわよ?? ・・・持ってるけど面倒だから開けて!!
〔・・・・・・ハァ~・・・。まだ32歳で既に『面倒臭い』か・・・〕
「あ゛っ? なんか言った?!」
〔いやっ、別になんでも・・・〕
とは言いつつも、内心ではかなり言いたいことがあった様子ではあったが、リオはそれ以上は何も言わず、ただ黙ってドアの奥へと消えていった。
そんなリオの姿を見て、ふっと未佳は初めてリオと自宅へ帰った時のことを思い出す。
最初の頃、未佳はまったくと言っていいほどリオのことが信用できず。
そしてそんなリオの存在を、素直に受け入れることもできなかった。
いきなり目の前に現れては悲鳴を上げ。
一度身体を透かしてみせれば、思わずのその場から後ずさるように離れる。
そして『死にたい』という自分の想いに逆らってくれば、子供相手のくせに怒声や皮肉げな言葉で罵り続けたのは毎回で。
時には避けられてしまったものの、リオに対して手を上げたこともあった。
それが今となっては、突然目の前に現れても『あっ。なんだ、来たの?』と言い。
普段の会話でも『私のウォークマン返して!』や『何なら窓側に移る?』など、ほぼ日常的なことばかり。
身体を透かすことができる能力に関しては、悲鳴を上げるどころか、今ではちゃっかりソレを利用させてもらったりしている。
またそれ以外にも、こちらがリオのことを気遣ったり、リオ自身が特に感じてもいなかった日常の中での縛りに、思わず泣き出してしまうこともあった。
今になってあの頃のことを思い出すと、自分がリオに対して行っていたことがまるっきり信じられないし。
リオに対しても、本当に馬鹿なことをしていたと思う。
ここ最近リオと共に生活をしていて、未佳には微かに分かったことがあった。
それは、今未佳自身に掛かっている『予約死亡』というものが、全部が全部リオによるものではないということである。
おそらくリオは、ほんの少しだけ未佳に掛かっている呪いだか魔法だかの『予約死亡』に、ほんの少しだけ加担しているだけなのだろうと。
本当はただ未佳の傍に付き添うだけの役目であって、これはリオ自身にはどうすることもできない。
むしろあまり事情を知らないものなのではないか、と・・・。
だがもし本当にそうだとすれば、あの頃の自分は本当に酷い人間だったと思う。
一人の人間として。
一人の女性として。
一人の自殺者として・・・。
本当に最低だと思う。
普通あそこまでのことを他人に言われてしまえば。
されてしまえば。
たとえ義務的なことであったとしても、大概の相手はその相手を嫌って避けてしまうだろう。
しかしリオはそれでも、未佳の傍から離れようとはしなかった。
多少の距離的なものは空けていても、決して未佳に近付いていくことを止めようとはしなかったのだ。
もしあの時、リオが未佳のことを避けるように接するような形を取ってしまっていたら、きっと未佳一人の力ではここまではいかなかっただろう。
あの時のリオの積極的な行動や気持ちがあったからこそ、今の自分達がここにいるのだと、未佳は強く思った。
しばらくして、ドアノブの辺りから『カチッ・・・ガチャッ』という、微かに鍵を開けるような音が鳴った。
そしてそれから数秒も経たぬうちに、誰の手も触れていないドアノブが下へ下がり、1センチほどドアが開く。
〔ここから先は未佳さんが開けて。独りでに開くと不審がられるから・・・〕
ドアの隙間から声だけ聞こえてくるその要望に、未佳は声ではなく頷くだけの返事を返しながら、ドアを右手で引き開け、中へと入って行った。
中へ未佳が入ると同時に、リオはまるで『任務終了』と言った具合にドアノブから手を離し、テクテクと部屋の奥の方へと入っていく。
その徐々に遠くなっていくリオの背中が視界から消えてしまう前に、未佳は口を開いて言った。
「リオ」
〔? ・・・・・・んっ?〕
「ありがとう。・・・それと・・・、ごめんね」
“今まで酷いことを言って・・・。”
“酷いことをして・・・。”
これまでの自分自身の行いを改めたい。
そういう気持ちで、未佳はリオに対してこの言葉を言った。
言ったつもりだった。
しかし・・・。
〔いや、別に・・・。礼とか謝罪とかはいいんだけど・・・。でもお風呂上がった時は自分で鍵使ってよ? 僕は開けないからね?!〕
「あっ、違う・・・! リオ、そっちじゃなくて・・・・・・」
その未佳の声が小さかったのか。
はたまた鍵の下りを言いながら部屋の角を曲がってしまったせいだったのか。
リオは未佳の言葉の意味を取り間違えたことにも気付かず、そのまま部屋の奥へと歩いていってしまった。
どうやら今回は少し、礼と謝罪をするのにはタイミングが悪かったらしい。
(はぁー・・・。仕方ない・・・。また別の機会に改めて言うとするか・・・)
内心自分のタイミングの悪さに嫌気が差しつつも、とりあえず未佳も部屋の奥へと進んでいく。
何はどうあれ、今は大浴場へ向かうための準備や用意をするのが先だ。
まず未佳が荷物でもあるキャリーケースの中から取り出したのは、個人的な保湿ローションや乳液用品などが入れられたポーチや、先ほど洗面所に置いてきた洗顔石鹸など。
その次に用意したのは私物の髪留めや、必要な下着類。
そして最後に、部屋に予め用意されていたバスタオルやタオルなどをベッドの上に置き、ある程度の荷物を一つにまとめる。
これで一応、最後のアレを除くあらかたの用意はできた。
「よし!」
〔え゛っ? ・・・まさか上はそのロングワンピのまま?〕
「そんなわけないでしょ! さとっちと手神さんの話聞いてた?!」
〔ん? ・・・・・・あぁ~! 白い浴衣!!〕
つい先ほどまで長谷川達が話していた話を思い出し、リオは握った右手を左手の手のひらに『ポンッ』と乗せる。
しかしこの浴衣のことで、未佳には少々気になることがあった。
「ただー・・・・・・。リオ、私いくつに見える?」
〔・・・・・・現段階では32〕
「うわっ! ドンピシャっ!! そうなのよぉ~・・・。私もうあと数ヶ月後には33に・・・って! 違ア゛ア゛ア゛ァァァウ゛ッ!! ソレ私の年でしょ!?」
〔年聞いたんじゃないの?〕
「聞くわけないでしょーっ!? 嫌でも自分の年覚えてるんだから・・・! 私が聞いたのは服のサイズよ! サ・イ・ズ!! まったく漫才やってるんじゃないんだからねぇ!?」
〔・・・じゃあ『M』じゃない?〕
「なんかテキトーに言ってない? ・・・ちなみにだけど、こういうところの浴衣って、きっと男女兼用だと思うけど・・・」
〔・・・・・・じゃあ『S』じゃない?〕
「絶対にあなた適当に言ってるでしょ!? ねぇ!?」
そう浴衣が置かれているクローゼットの下を指差しながら言うと、最終的な発言として『だって僕浴衣着ないし・・・』という返答が返ってきた。
そのリオからの返事に、未佳は額に手を当てながらやや立ち尽くす。
どうやら浴衣のサイズに関しては、こちらが自己判定しなければならないらしい。
まあ『当たり前』と言えば『当たり前』な話ではあるのだが。
「ハァー・・・・・・。正直言うと、毎回迷うのよねぇ~・・・。浴衣のサイズ・・・」
〔『Mなのか』『Sなのか』・・・って?〕
「そっ。いつも迷うの・・・」
〔・・・ちなみにだけど、未佳さんって身長何センチ?〕
「えっ? 身長? ・・・こう見えて159.6よ?」
と、何故か高々自分の身長を口にするだけだというのに、妙に未佳は決めた感じのドヤ顔で振り返りながら、そのリオの質問にサラッと答える。
そんな未佳の様子に、リオはしばしジト目になりながら未佳に言い返した。
〔いや、あのさ・・・。『.6』は別に言わなくてもいいんだけど・・・〕
「!! だっ・・・、ダメよ! この『.6』がかなり重要なんだから!!」
〔・・・ソレ一体何の話!?〕
ふっと何やら最後の方で気になる一言が飛び出しはしたものの、結局その後は何も言おうとせず、未佳は米神の辺りに冷汗を掻きながら、サッとリオから視線を反らしてしまった。
どうやら未佳自身は、一応『大事』とは言いつつも、この『.6』の何が重要なのかということについては、あまり語りたくはないらしい。
もっともこういう場合、未佳が考えていることはあまりにも子供っぽい内容であることが多い。
現にこれまでの経験上、その手の内容のものはかなり多かった。
となれば、ここはとりあえず適当に答えて、そこまで深く関わらない方が身のためだろう。
そうリオは判断した。
〔ハァ~・・・。でもその身長なら『M』でいいんじゃない?〕
「・・・えっ?」
〔だって四捨五入したら160でしょ? だったら別に『M』でも大丈夫なんじゃな・・・・・・ん?〕
ふっとそっぽを向きながら適当にそう言ってみたのだが、そのリオの発言に見せた未佳の反応は、リオが想像していたものとはまったく対照的なものだった。
「ほっ・・・、ホント? 私・・・『M』着ても別に大丈夫だと思う?? ねぇ?」
〔う・・・、うん・・・。でもソレあくまでも僕の感覚だし・・・。本当にそれで大丈夫かどうかは保証しないよ?〕
「でもリオは大丈夫だと思うんでしょ? ならOKよ。よし! 浴衣は『M』にしよっ♪ 『M』!」
未佳はそう鼻歌を歌いながら、早速クローゼットの下にかれていたMサイズの浴衣を引っ張り出す。
そしてその引っ張り出してきた浴衣を、これまたかなりルンッルンッな感じで、未佳は両手に抱えるようにしながら戻ってきた。
そんな未佳の様子に、リオは『もしや・・・』と、あらぬ疑いを立てる。
〔もしかして未佳さん・・・〕
「ん~?」
〔今まで『Mサイズ』の浴衣着たことないの?〕
(ギクッ・・・!!)
〔・・・やっぱりないんだ・・・〕
「あ・・・、あるわよ~。ちゃんと・・・。何をいきなり言い出すんだか・・・。ハハハ・・・」
〔じゃあ試したことはあるけど、デカかったとか?〕
「・・・・・・・・・・・・」
どうやらリオが口にしたことは全て図星だったらしい。
その後未佳はそのリオの言葉に一切として返事を返さず、仕舞いには用意が全て済んだことをいいことに『じゃあそろそろ行こう~』と、わざと会話を反らして部屋を出て行ってしまった。
そんな未佳の反応にしばし呆れつつ、リオもまた未佳の後を追うように、部屋のドアを擦り抜けて外へ。
そして、一時的な待ち合わせ場所でもあるエレベーターホールの方へと向かって歩き出した。
その途中、ふっと同じ通路を歩いていた未佳が、何かに気が付いたかのようにリオの方に視線を落とす。
「・・・ところであなたはどうするの?」
〔あっ? ・・・何が?〕
「私が大浴場に行ってる間・・・」
〔・・・・・・さぁ?〕
「『さぁ?』って・・・。じゃあ適当に部屋でくつろいでればいいじゃない。頃合い見計らって・・・」
〔だって時間潰そうにも・・・。ウォークマンの電池、さっき一個だけで点滅してたしさぁ・・・〕
「えっ!? 嘘~っ!!」
そのリオの発言に、未佳は思わずリオの顔の方に向かって大声を上げた。
一気に両耳を鋭い槍で突かれたかのような声の衝撃に、リオは両手で耳を塞ぎながら、その大きな声に顔を歪ませる。
さすがは今年10周年を迎えるバンドの歌姫。
肺活量と声量がまるで違う。
〔~っ!! ・・・うっ・・・るさぁ~!! 鼓膜が破れるかと思ったよ!〕
「だって電池が無くなり掛けてただなんて、私全っ然聞いてなかったわよ!? なんでもっと早くにそのことを言わないのよぉー!」
〔・・・でも最後にウォークマン使ってたのは未佳さんだよ?〕
「あっ・・・・・・」
そう言われてみれば確かにそうだ。
あのウォークマンが最後に使われたのは、ホテルへ皆を送るためのバスの中。
しかもその時にウォークマンを聴いていたのは、リオではなく未佳の方。
しかも未佳は、寝たままウォークマンの音楽を垂れ流しにしていた。
つまり、ウォークマンの電池を最後の一個。
それもギリギリ可動しているようにしてしまったのは、他ならぬ持ち主の未佳である。
「あっ・・・。最後の使用者、私だっけ・・・?」
〔うん。その後僕が使おうとしたら、一個しかない+点滅してたから、使うのを止めた・・・〕
「・・・・・・ハァー・・・。それで? 結局リオはどうするの?」
〔・・・・・・まあ適当にその辺見てくるよ〕
「あっそ。・・・くれぐれも迷子にならないようにね?」
〔まあ、ならないけどね。・・・僕の場合は確実に・・・〕
おそらくこれは、リオが持つ特殊能力のことを言っているのだろう。
『いなくなろうとしてもすぐに見つかる』『見つけられる』そんな風なことを、リオは前に未佳に対して言っていたことがあった。
一体どのようにして細かな場所を特定しているのは分からないが、リオにはその能力がある。
昔はそれが少し怖くも感じることがあったが、今は逆にリオが傍にいてホッとすることの方が多い。
自分でもよくは分からないが、おそらく未佳の中でのリオの存在は『「予約死亡」というものを再確認させてくれる存在』なのだろうと思う。
今のところでは。
未佳がエレベーターホールへと到着してみると、何故か人の姿は何処にも見当たらなかった。
どうやら、未佳達が女性陣の中では一番乗りだったらしい。
「誰もいない・・・」
〔ちょっと用意が早かったんじゃない?〕
「まあ、栗野さんと日向さんが遅れるのなら分かるけど・・・。小歩路さんが私よりも用意遅いなんて、結構珍しいなぁ~」
〔えっ? 小歩路さんいつも早いの?〕
「うん。何せそんなに乳液とかローションとか、こだわりの少ない人だから・・・。用意とかも『下着とタオルさえあれば』みたいな」
〔え゛っ?〕
「いや・・・。今のはちょっと極端だったけど・・・」
とりあえずやってくるまで立つのは面倒だと、未佳はホールの右側に設けられていたベンチへと座り込む。
ベンチはよくある木製の固いものではなく、背凭れがないタイプの低反発クッションチェアータイプ。
さすがにないとは思うが、これならば長時間この椅子に座っていても、特に下部に痛みを感じることはないだろう。
(とは言っても・・・。できるだけ早めにはやってきてよね・・・)
そんなことを頭の片隅で思いながら、とりあえず未佳は、残り3人がここへやってくるのを待つことにした。
するとそれからしばし待つこと2分弱。
ようやく先ほど話題に出ていた厘と日向の二人が、やや小走りでエレベーターホールの方へとやってきた。
「「お待たせ~」」
「遅-い。結構待った~・・・」
〔って、たったの2分くらいじゃん・・・〕
「ゴメンね、みかっぺ。ちょっとウチら探し物してて・・・」
そうやや苦笑しながら謝る二人に、未佳は両頬をぷくぅ~っとフグのように膨らませたまま、とりあえず数回だけ頷き返した。
「・・・まあ、二人は今来たからいいけど・・・。肝心の私のマネージャーさんはぁ?」
「あっ・・・。そういえば日向さん、栗野さんは?」
「あぁ~・・・。まだ用意してるんじゃないですか? 彼女、お肌のスキンケアにはかなりこだわる人ですし」
「あちゃ~・・・」
「お待たせー!」
(((〔(来た・・・)〕)))
ふっと声のした方に視線を向けてみれば、そこには何故か他よりも大量の手荷物を抱えた栗野が、こちらの方へと小走りで向かってきているところだった。
その栗野の手荷物の量と言い、やってくる遅さと言い、未佳は先ほどの頬を膨らませた表情の上にジト目を加えたような顔つきで、キッと栗野を睨みつける。
「すみませ~ん、遅れて・・・」
「も~う・・・」
「栗野さん、遅い! 『早めに用意しないと時間が足りない!』とか言っておきながら・・・」
「すみません、未佳さん。これでも結構急いだ方だったんですけど・・・」
ちなみに栗野の持ってきていた手荷物は、バスタオルやタオル、下着などが入った大きめの手提げ袋の他に、洗顔石鹸などを入れた中くらいの袋が一つ。
その中くらいの袋もかなりサイズ的には気になったのだが、何よりも未佳が気になったのは、それとはまた別に持ってきていた小袋の方だ。
「私よりもやってくるの遅いじゃなーい・・・。・・・・・・しかもその膨らんだ小袋は一体何!?」
「えっ? ・・・あぁ~! コレですか?」
そうこちらの頭を見つめながら袋に手を当てて聞き返す栗野に、未佳は内心『他に何があるのだろう』と思いつつ頷き返す。
すると栗野は、特に特別珍しいことでもないかのように、その未佳の質問に袋の中を確認しながら言い返した。
「一応・・・、お風呂上りの個人用品ですけど・・・」
「え゛っ! こんなに?! 一体なんでこんな小袋いっぱいになるん!?」
「・・・まあ単純にローションとか・・・。洗い流すタイプの肌パックとか・・・」
「「「へぇ~・・・」」」
そう言って色々なスキンケア用品をゴソゴソと引っ張り出す栗野に、未佳も待たされていた怒りを忘れて『どれどれ~?』と袋の中を覗き込む。
実は栗野のこうした肌ケアコレクションは、なんだかんだで事務所の女性スタッフや未佳達の中で、毎回かなりの好評を受けているのだ。
ちなみにどれほど好評なのかというと、大半の女性関係者達が風呂上り後に借りに出向くほど。
「あれ? みかっぺ、さっきキレてたんやないの~?」
「でもちょっと気になる。色々・・・」
「ははは。みかっぺ、接そうな~い」
「ムッ!!」
「あっ。日向さん、コレ今の時期オススメ! アロエローション」
栗野がそう言って袋の中から摘まみ出したのは、縦横5センチほどの小さな緑色の小袋。
その袋には、アロエの葉のズーム写真がプリントされていた。
どうやら栗野曰く、今年はこのローションが大変オススメ品らしい。
「えっ? ホントですか!?」
「うん。コレいつもの『アロマハウス』っていうお店で買ったんだけど・・・。かなりお肌モチモチになるの。それこそお餅みたいに」
「・・・一袋ください!」
「どうぞ、どうぞ。こんなこともあろうかと、それ20袋全部持ってきたから」
「「えっ?」」
「おっ! さすがは肌ケア女王の栗野さん!! 本日も用意がよろしくて」
「オッホッホッホッ!! ・・・何やってるんだろ、私・・・」
ズズ・・・
「「「ハハハッ!!」」」
「そこで? まさかのそこで我に返るの?! 栗野さん!!」
「そんな・・・、我に返った後でツッコまないでくださいよぉ~!! 未佳さん!」
「ハハハ・・・・・・んっ? ね・・・、ねぇ? これは・・・、何?」
ふっと数ある肌ケア用品の中から未佳が取り出したのは、手のひらほどの丸く浅い容器に入れられた、何かのクリームのようなもの。
ここまでの説明では、よくある洗顔クリームや保湿ローションのクリームタイプのようにも思われるだろうが、問題なのはその中に入っていたクリームの色。
その中に入っていたクリームは、まるでドスの利いたような黒々とした色をしていたのだ。
ただしクリーム全体が黒いというわけではなく、ケース全体が曇りガラスなのでよく分からないが、所々には白や黒などと言った点のようなものも確認できる。
『ということは泥パックの一種だろうか?』とも思ったのだが、それにしては一回の量を考えると、容器に入れられている量が少なすぎる。
一応栗野が使用した痕跡は残ってはいたが、それもほんの少し程度で、一気にガサッと使った感じではない。
さらによくよくその容器の周りを確認してみれば、何やら所々に赤や焦げ茶色などと言った色が混ざっている箇所がある。
単なる泥パックなのであれば、普通こんな赤い色が混ざっているということはない。
『ならこれは一体・・・』と、容器の蓋の部分を見てみれば、そこには蓋のサイズに合わせた赤いシールが貼られており、そのシールには緑色の縁取りで、何やら『美鼈』と書かれていた。
「び・・・、び・・・、びぃー・・・何?」
「『美鼈』」
「めっ・・・、めい・・・、ぴーぇ・・・?」
「そっ。中国の方の肌ケアローションです。原材料はスッポンの肝臓に、8種類の漢方薬を混ぜたものなんですけどね?」
「へぇ~・・・・・・・・・! キャッ!!」
「「「!!」」」
その栗野の口から告げられた物体の正体に、未佳はその場で思わず悲鳴を上げ、そのままその容器を元あった場所へと放り投げながら、サッと隣に立っていた厘の真後ろへと逃げ込んだ。
そんな未佳の反応に、厘はジト目になりながら未佳の方へと視線を向ける。
「みかっぺ、抱き着く相手間違えてへん? ウチこういうのは全然大丈夫な人間やけど?」
「だって・・・! スッポン!? 肝臓!? ダメダメダメ!! 私は絶対にダメ~っ!!」
「えぇ~? ・・・別に健康食品とか用品とかのスッポンって、当たり前やよねぇ~?」
「「ねぇ~」」
「別に珍しくもないですよね? 栗野さん」
「うん。でも苦手な人間には苦手みたい・・・。結構高価なものなんですけどねぇ~」
「イヤイヤイヤ!! ダメダメダメッ!!」
「も~う・・・。でもウチちょっと気になる・・・。栗野さん、後でソレちょっと貸して♪」
「「え゛・・・っ?」」
その厘の発言に、未佳はドン引きの『え゛・・・っ?』を。
一方の栗野は『え゛・・・っ?』という声を発した。
「コレ・・・? 厘さん、結構コレするんですけど・・・。値段が・・・」
「そんなすぐにはなくならへんでしょ? 貸~して~♪」
「ハァー・・・。軽く1万越えのものなんですけど・・・。じゃあお風呂上りにでもどうぞー・・・」
「やった~♪♪」
「・・・・・・二人の会話の意味がまったく分からない!!」
その後未佳達はエレベーターへと乗り込み、大浴場がある3階へと向かって行ったのだが、結局最後まで、未佳が自称『スッポンクリームローション』を受け入れることはなかった。
『山芋』
(2009年 10月)
※事務所 控え室。
厘
「・・・ハァ~・・・(溜息)」
さとっち
「さっきから何ざる蕎麦食べながら溜息吐いてんっすか? 小歩路さん」
栗野
「あぁ・・・。どうやらこのお蕎麦を見て、この間のとろろのことを思い出しちゃったみたい・・・」
さとっち
「とろろ・・・! あぁ~! 例のアレルギーの・・・!!」
厘
「なんで?(落込) ・・・なんでその他の食べ物やなくて・・・、大好きなとろろでアレルギーなん・・・?(涙) ホンマにどないして?(悲)」
さとっち
(アカン・・・。珍しく小歩路さんが負のループに嵌っとる・・・(ーー;))
栗野
「厘さん。そんなに落ち込んでても仕方ないでしょう? もうなっちゃったんですから」
厘
「なんで? なんでとろろでアレルギーにならなアカンの??(涙声) ホンマにどないして・・・?」
さとっち
(そりゃあ・・・、過度に摂取したからでしょうね(キッパリ) 1回にどんだけ食べたのか知らんけど・・・)
厘
「とろろが食べられない人生なんて、生きてく意味ないやん・・・(自棄)」
さとっち
(!! そっ、そこまで言う?!(驚))
栗野
「何変なこと言ってるんですか~。厘さーん?(苦笑)」
厘
「もう嫌や・・・。ウチ、山芋になりたい・・・」
さとっち
(何故にそこでそうなる?!(意味不明))
厘
「ウチ・・・、明日死んだ人とかがよう着てる感じの白い服着て、奈良の山行く・・・(虚)」
栗野
「(呆) ・・・・・・行ってどうするんですか~?(ジト目)」
厘
「掘った土の中に入って、自分で中から埋める・・・」
栗野
「(呆) ・・・・・・横に寝たら土掛けにくくなりますよ?(ジト目&低声)」
厘
「・・・・・・ほな縦に埋まる」
さとっち
「それじゃあ『自然薯』じゃないっすか!!(爆)」
さとっちナイスボケツッコミ!!(笑)