68.板挟みの屈辱
【お待たせ致しました。終点、東京駅。東京駅に到着です。ご乗車いただきましたお客様は、座席のゴミなどを全てお持ちの上、座席から一番近い下車口より、お下りください。また、傘やお召し物、お土産などのお忘れ物がない様、下りる際には座席や荷物棚、お足元などを十分確認の上、お下りください。またのご乗車を、心よりお待ちしております】
無事、東京駅へ到着したことを知らせるアナウンスが車内に流れる中、未佳達は5両目と6両目の間にある下車口の真ん前の位置に立っていた。
しかし、今の時点ではまた新幹線からは下りない。
新幹線から下りるのは、同じく5両目と6両目の間にある下車口から下りる乗客がいなくなってからだ。
その理由は全部で二つ。
1つは、大勢のスタッフと乗客が混同してはぐれないようにするため。
2つ目は、メンバーだけで列車から下りるなどという機会を作らないためだ。
場所や状況はどうあれ、近くにファンの人間がいるのはほぼ確実。
現に今回、厘は車内で自らのファンに出くわし、おまけに顔まで合わせてしまっている。
そんな場所で、メンバーが誰かに声を掛けられてしまうような状況下にいてはマズイのだ。
〔ねぇ。まだ下りないの~?〕
やや待ちくたびれたかのような口調で、リオが未佳のロングスカートの裾を引っ張りながら尋ねた。
その姿はまるで、母親に対して駄々をこねている幼い子供のようである。
もっともその肝心のリオの姿は、未佳以外の人間には誰一人として見ることができない。
つまりこれは、たった今リオに裾を引っ張られている未佳にしか分からない絵なのだ。
「も~う・・・。ずーっとあそこで寝てたんなら、もう少しくらい待つの頑張ってよ~」
相変わらず自分の服の裾を引っ張るリオに、未佳が半分嫌そうな表情で言った。
というのもリオは今さっきまで、例の荷物棚の中で音楽を聴きながら眠りこけていたのだ。
いや。
正確には音楽を聴いていただけのはずが、新幹線に揺られ続けているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたのである。
「まったく・・・。音楽を聴きながら寝ちゃうだなんて・・・。私が使う前にウォークマンの電池が減っちゃうじゃなーい・・・」
〔充電すればいいじゃん・・・〕
「電池の残りが一つにならない限り、私は充電しないの! 電池パックがダメになっちゃうから」
〔電池・・・、ぱっく?〕
「ようするに電池を蓄えてる袋みたいなもののことよ。アレ、交換とかやると本当に高いんだから・・・!」
〔ふ~ん・・・〕
「坂井さん、さっきから何小声でブツブツ言ってるんっすか?」
「!!」
ふっとその声にハッとして振り返ってみれば、そこには列で未佳の真ん前に立っていた長谷川が、半分白い目で未佳の方を見つめていた。
と言うよりもむしろ、睨み付けていた。
「あ゛っ・・・! いや、別に何にも・・・!」
「・・・・・・なんか最近ホッント独り言多いっすよ? ・・・何かの悪い兆候っすか?」
「そ・・・、そんなわけないじゃなーい。さとっち、そんな変なこと言わないでよぉ~・・・。嫌だなぁ~、ハハハ・・・」
「・・・・・・まさかソレ、鬱症状?」
「えっ・・・? ・・・・・・『鬱』って・・・『憂鬱』っていう意味の『鬱』?」
「・・・・・・・・・そこまでボケかませられるんやったら無問題やな」
「ちょっと!? ソレどういう意味よ!!」
「OK? OKですか? ・・・はい! じゃあ皆さん! 前のスタッフさん達と続いて、新幹線から順番に下りてください! くれぐれも途中ではぐれないように!!」
「「「「はい!」」」」
その栗野の合図により、メンバーは手神、厘、長谷川、そして最後に未佳という並び順で、新幹線から順番に下車する。
駅のホームに降り立ってみると、下りた人達よりも遥かに大勢の人達が、駅のホームの複線付近に密集していた。
言うまでもなくこの人達は、これからこの新幹線の『戻り』に乗車する予定の人達である。
ちなみに先ほどまで未佳達の新幹線に乗車していた人達は、もう既に階段などでそれぞれの場所へと向かってしまったのだろう。
ほとんどそれらしい姿は見当たらなくなっていた。
もっともそれは、ただ一部の人達を除いての話である。
〈・・・あっ! 下りる! 下りるっ! 下りるっ!!〉
〈キャ~ッ!! キターッ!〉
〈マジでっ!?〉
〈ほ~ら! やっぱ俺らと同じ新幹線に乗ってたやんけ!〉
〈俺の予想的中や!!〉
そんな声を次々と上げていたのは、この新幹線に乗っているであろうと予測し待ち伏せていた、大阪組と名古屋組の常連ファン達である。
ちなみに彼らはこうしてメンバーと近い位置で会うため、わざわざ同じ新幹線に乗り込んできたツワモノ集団だ。
もっとも『だから』と言って、全員が全員限度を弁えていないというわけではない。
彼らの場合も、基本的には近付けるギリギリの位置から声を掛ける程度で、それ以上のアプローチなどをすることは滅多にない。
仮にあったとしても、自分達で用意したプレゼントを直接手渡してくるか、あるいはサインを求めてくるかの、その程度である。
〈〈〈〈〈みかっぺ~!!〉〉〉〉〉
〈〈〈〈〈さとっち~!!〉〉〉〉〉
〈〈〈〈〈小歩路様ー!!〉〉〉〉〉
〈〈〈〈〈手神さ~ん!!〉〉〉〉〉
「おっ! あれは大阪組と名古屋組の集団だな?」
「さすがにこんだけの人数がまだ車内に残っとったらバレますよね・・・」
「ハハハ・・・。じゃ、じゃあ・・・、そろそろ下りよっか」
「そうっすね」
ホームにいるファン集団はともかく、さすがにこんな長いこと車内にいるわけにはいかない。
メンバーの先頭位置でもあった手神は、一応栗野に列車から下りるタイミングを計ってもらい、そのタイミングに合わせて下車することにした。
「あっ、手神さん。それから他のメンバーの皆さんも、あんまりファンの方の声に答えないように・・・。いいですね? 手神さん」
「あっ、はい・・・」
その後無事列車を下車した手神は、先頭を歩くスタッフ達に続くように、下りエスカレーターがあるホームの中央へと向かって歩き出した。
だが、その途中その途中で掛けられるファンからの黄色い声援を完全に無視することなどできるはずもなく。
『やるな』と毎回栗野に言われてはいても、気付けばついつい返事を返してしまう自分がいた。
〈〈〈〈〈手神さ~ん!!〉〉〉〉〉
〈〈〈GOD HANDー!!〉〉〉
「あっ・・・、どうも~・・・」
〈手神さん、明日楽しみに待ってるね~♪〉
「あっ、はーい♪」
「手神さんっ!!」
「ハッ・・・!」
結局最終的には手まで振ってしまい、手神は途中自分が今さっき下りた下車口にある鋭い視線を感じた後、深く溜息を吐いた。
「もーう・・・! 『答えないで』ってあれほど言ったのに・・・!!」
「まあ、しゃあないっすよ・・・。手神さん、根が優しいから・・・」
「「〔確かに~・・・〕」」
「・・・後でしっかりシバらせていただきますからね!?」
「「「えっ?!」」」
「ほら! お次は厘さんの番ですよ?! はいっ! ファンの方と話さずに行って! 行って!!」
「え、えぇ!? あっ・・・、はいっ!」
そう栗野に言われながら無理矢理背中を押し出され、厘もそのまま列車を下車。
今度はスタッフの背中ではなく、先ほど下りたばかりの手神の背中に続くような形での移動だ。
当然こちらも手神同様。
あるいはそれ以上に真後ろから黄色い声援を掛けられたが、ある程度の声に関しては無視した。
途中、あの人物の声を聞くまで。
〈〈〈〈〈小歩路様ーっ! 小歩路様~っ!!〉〉〉〉〉
〈〈〈〈〈厘様~っ!!〉〉〉〉〉
〈小歩路様すみませーん!〉
(! ・・・あの声・・・!!)
〈さっきは中ですみませーん!! 脅かす気なんて更々無かったんですけど、こっち全然気付かなくて・・・!〉
そう厘に向かって叫んでいる相手の方を見てみれば、そこには新幹線のトイレで出くわしたあの小太りの男性ファンが、ご丁寧にも厘の方に向かってペコペコと頭を下げていた。
どうやら厘のファン集団『厘同盟』の会長でもある身からなのか、先ほどのことをかなり引きずってしまっているらしい。
そんな男性の姿に、厘もまた手神同様栗野の言い付けを忘れ、相手に軽く手を振りながら返事を返した。
「あっ・・・。それやったら大丈夫やから、もう気にせんといてー! ほな明日な~♪」
「あ゛っ! 厘さんまであんなオーバーな返事を・・・! あんなことをしたらファンの人達が・・・!!」
しかしこんなところでそんなことを叫んでみても、時既に遅し。
厘から返事を返してもらった男性ファンは、この時既に出待ちをしていたファンの誰よりも舞い上がっていた。
〈ッ!! うおおおぉぉぉ~っ!! やっ・・・、やった・・・!! 俺・・・! 小歩路様に単独で声掛けられたで?! この人数やのに・・・! やった! めっちゃラッキー!!〉
〈〈〈〈〈オォ~ッ!!〉〉〉〉〉
〈〈〈えぇ~・・・〉〉〉
〈さすがは『厘同盟』の会長歴8年! ようやく会長としての成果上がりましたね!〉
〈え゛っ・・・? 会長、単独で声掛けられるまで8年掛かってるんですか?〉
〈ばっ・・・!! ドアホッ!! このタイミングで年代までバラすかァ?! ボケェ!!〉
〈すっ・・・、すみませんっ!! 僕としては褒めたつもり・・・〉
〈褒めとらんわっ!!〉
そんなファン同士での言い争いが起こっている中、栗野は残されている長谷川と未佳の二人を下すタイミングを見計らっていた。
しかしここまで全てのメンバーがファンの声援に答えてしまっているというのは、さすがに移動の場としては問題行為である。
そこで栗野は奥の手として、あえて未佳と長谷川を同時に新幹線から下ろすことにした。
ちなみにそうした理由はというと、単にどちらか片方が話しそうになっても、同行している残りのもう片方が止めに入ってくれるだろうと予想したから。
実に単純過ぎる理由である。
「じゃあ次はお二人で同時に出てってくださいね? いいですか??」
「えっ? 『二人同時』?」
「なんでバラバラじゃなくて二人同時なんですか?」
「『なんで?』って、皆さんが恐ろしいくらいにまで私の言うこと聞いてくれないからですよ!! なのにまたここでバラバラに下ろしてったら、またファンの人達に返事を返してしまうでしょっ?! だからです!」
「確かに~・・・。さとっちよくファンの人達の掛け声に返事返しちゃうもんねぇ~」
「えっ? ・・・そう??」
「うん。特に女性ファンからの声にはほぼ90%」
「嘘ぉっ!?」
「ホント・・・」
「あのー・・・。一応私の立場から言わさせてもらいますけど、お返事を返す率的にはお二人とも変わりませんからね?」
「「・・・・・・・・・・・・」」
ドテッ!!
「あっ・・・。私もそんなにやってた?」
「はい。特に未佳さんと同い年くらいの女性の方とはよく・・・」
「・・・・・・あちゃ~・・・」
それを聞いて額に右手を押し当てながら、未佳は通路の壁に寄り掛かるような形で宙を仰ぐ。
一方そんな未佳の正面と左隣にいた長谷川とリオは、お互いに未佳に対して冷たい視線を送っていた。
〔『自分には非がない』と思ってたんだ。未佳さん・・・〕
「何『僕一人だけ』みたいに坂井さん・・・。ちょっと酷いっすよ。実際互角やったやないですか・・・」
「ゴメン! 全っ然記憶してなかった! こっちの勘違い・・・」
「まあ、とりあえず・・・。そういうことなんでお互いに気を付けながら下りてください。いいですね?」
「「はーい」」
「んじゃこの辺りで・・・。よし! GOーっ!」
〔(何故最後に英語?)〕
(しかも『んじゃ』って、栗野さん・・・)
(あれじゃあまるで『オッサン』ですよ?)
二人と一人はそれぞれ胸中で呟きつつ、ほぼ同時に新幹線を下車。
そして二人はその後横に並ぶ形で、未佳が新幹線の停まっているホーム側の左側。
長谷川が壁側でもある右側を歩き、先にエスカレーターの方へと向かっていった二人の後を追った。
ちなみに最後まで残っていた栗野はというと、先ほどの未佳と長谷川から50センチほど間隔を空けた後、二人の後を追うように新幹線を下車。
ファンからのメンバー護衛も兼ねて、皆と同じくエスカレーターの方へと向かう。
一方二人の真後ろに集まっていたファン集団達はというと、まさかのヴォーカルとギタリストの二人同時下車に歓喜の声が収まらず、先ほどの二人以上の黄色い声が辺りに響き渡った。
〈〈〈〈〈キャ~ッ!!〉〉〉〉〉
〈みかっぺ~♪♪ ワンピかわいい~!!〉
〈ヤダッ! 二人同時に出てきて、ホンマにウチ大興奮なんやけど!?〉
〈〈〈〈〈ハハハッ!!〉〉〉〉〉
〈さとっち~♪♪ 私服カッコイイよ~!!〉
〈〈〈Tシャツカッコイイー!!〉〉〉
まるで『声援に終わりはない』かの如く、出待ちをしていたファン達は引っ切り無しに二人に向かって声を掛け続けた。
皆、どうにか二人に自分のことを見てもらいたくて必死なのである。
しかし一方の二人はというと、そんなファンの声援にうっかり答えてしまわぬようにと、心を鬼にして前だけを見つめて口を固く閉じていた。
もちろん二人にとって、この行為はいつものように簡単に行えるものなどではない。
現に今こうしているだけでも、正直言ってかなり胸が痛い。
しかし、かと言って気を許したと同時にファンの方を振り返ってしまったら、今度は真後ろにいる人間から精神的な痛みではなく、少々肉体的な痛みの仕打ちを受けることになる。
それだけは何が何でも避けたい。
そしてそう思った時、二人は今の自分達の状況の哀れさを痛感したような気がした。
「・・・これってかなり酷~」
「しゃあない。しゃあない・・・。我慢や、我慢。無視!」
「できないよ~・・・。あんなに後ろから声掛けてくるんだもーん!! せめて何にも言わないで見つめるだけにして・・・!」
「んな無茶な・・・」
しかしそれからしばらくすると、あれほど後ろから聞こえてきていた声援がパッタリと途絶えた。
『もしやもうだいぶ距離が離れてしまったのか』と未佳は思ったが、別にそういうわけではない。
声援が聞こえなくなったのは、単に未佳と長谷川が何も返事を返す気がないのだと、ファンなりに事情を悟ったからである。
しかし中には数名、この二人の反応に納得のいかないファンの姿もあった。
〈えぇ~・・・。なんでもみかっぺもさとっちも無視するの~? 手神さんと小歩路様は喋ってくれたのに~!〉
〈あぁ~・・・。きっとアレや・・・。ジャーマネに止められてるんやろ? あの二人・・・〉
〈あー・・・。そういえばあの二人の後ろくっついてんの、みかっぺのマネージャーだっけ?〉
〈ゲッ! まさかこっちと話さないように監視中ってこと?!〉
〈えぇ~! ちょっとくらいええや~ん!〉
〈みかっぺー! さとっちー! 何か喋ってよー!!〉
((話したい・・・。だけど無理!!))
それからさらに数秒後。
納得のいかないファン達はとうとう強行手段として、二人が何となく会話を挟んでしまいそうなネタで声を掛ける作戦を取り始めた。
何をそこまでして声を掛けてもらいたいのか、リオや肝心の未佳達にはほぼさっぱり分からなかったが、ファンにとってはこれがなければ『出待ちをした』という気持ちにはなれないだろう。
ちなみにそんな作戦を掛けられた二人はというと『返事を返したい』という気持ちと『返事を返してはいけない』という気持ちの板挟みが余計に強くなり、思わず足取りも早くなる。
正直こんなタイミングで言うべきことではないだろうが、自ら命を取ったのにも関わらず生かされている未佳にとって、これは本当の『生き地獄』というものだろうか。
とにかく酷だ。
〈みかっぺ~! 明日セットリスト違うの~?!〉
(同じです!)
〈プラン『B』は~?!〉
(・・・しない予定)
〈東京見学明後日するの~?!〉
(・・・・・・聞こえない・・・聞こえない・・・! キコエテナイ!!)
〈さとっち~! 明日の天気『晴れる』ってー!!〉
〈よっ! 『晴れ男』!!〉
(・・・いや・・・。『嫌み』にしか聞こえへんけど・・・)
〈東京で何か食べたいやつとかあるのー?!〉
(・・・あるけど何にも言えへん!!)
〈ゲームどこまで進んだー?!〉
(まだステージ2やァッ!!)
その後もファンからのお返事頂戴作戦は止まらず、駅のホームでは口を閉ざしている男女二人と、その後ろからやや10メートルほどの間隔を空けて質問を投げかけてくる集団、という謎の光景が出来上がっていた。
しかしそんなお返事頂戴作戦も、いよいよここまで。
気付けば未佳達の今歩いている位置から5メートル先に、下りエスカレーターへの降り口があった。
さらにその降り口近くの階段の通路には、先にエスカレーターのところに到着していた手神や厘の姿も見える。
ゴールはもう目の前だった。
(あのエスカレーターに行っちゃえば・・・!!)
〈さとっち~!! こっち向いて~!!〉
〈さとっち~♪♪〉
(・・・無理や、無理。冷静に・・・、冷静に・・・。大丈夫! 若い娘からの黄色い声に捕らわれるな! 僕!! しっかりしろ! 僕!!)
(あと4メートル・・・・・・、あと3メートル・・・・・・! あと2メー・・・)
〈さとっち昨日のサッカー見たー?!〉
「アレはアカンって! 相手のキーパー全っ然やる気見せへんのやもん!!」
〈〈〈〈〈あっ・・・〉〉〉〉〉
((〔あっ・・・〕))
ドテッ!!
「さとっち~っ!!」
「ん? ・・・・・・ハッ!!」
ここでようやく自分のした行動に気が付き、長谷川は慌てて自身の口元に右手を当てる。
だが、一度口から言ってしまったという事実は、もはや後から取り消すことはできない。
ハッとするも時既に遅し。
一方、どうにかサッカーの話題で返事を返してもらえた女性ファンは、その嬉しさと感激のあまりその場で飛び跳ね大興奮。
さらに驚くことに、実はこのサッカーの話題を振ってきた女性ファン。
なんとまだ高校生くらいの若い女学生だったのである。
〈やった~♪♪ さとっち喋ってくれたー!!〉
〈〈〈〈〈ずりぃー・・・〉〉〉〉〉
(さとっちにサッカーネタは反則やて~!!〉
〈キャハハッ♪ でも嬉しいー!!〉
「アカン・・・。僕思わずやってしもた・・・!」
「!?!」
多少は反省しているにしても、自棄にあっさりとし過ぎているこの長谷川の発言。
そんな長谷川の言葉に、とうとう未佳の中で堪えていたものが一気に『怒り』となって噴き上がった。
「~ッ! さとっちのアホーッ!! もう! なんでこんなトコまできて返事返しちゃうのよ~!! このサッカーオタクッ!!」
「んなこと言われても・・・。あんな内容をピンポイントで尋ねられたらさすがに・・・」
「私ここまで返事返したい気持ち押し殺して・・・! それこそ必死に心を鬼にしてたのに・・・!! 私の苦労みーんな台無しじゃない!!」
「いや、僕そんなことまで知らへんし・・・」
「もう! どうしてくれるのよ!!」
「どうしっ・・・! ほな僕どうしたらええねん?!」
「知らないわよ!!」
「知らんのかっ!!」
なんだかある意味漫才合戦のような言い合いになってしまっているが、当の本人達はお互いの怒りをぶつけ合ってかなり必死である。
一方、やっとこちらに話してくれたと思いきやいきなり揉め出す二人に、出待ち組のファン達はただただ唖然とその場に立ち尽くす。
〈えっ? ・・・もしかしてみかっぺとさとっち、ガチで喧嘩ってんの?〉
〈なんか・・・、そうっぽい・・・〉
〈えっ・・・? まさか今のサッカーの話が原因?〉
〈ゲッ! 嘘・・・〉
「そっちの問題なんか、私が知るわけないでしょ!?」
「『そっちの問題』って、アナタが僕に『どうするの!?』言うてきたんでしょう!?」
「だからさとっちなりに責任とってよ!」
「何で!? しかも何の責任!?」
「ここまで話さずに頑張った私に対しての謝罪責任よ!!」
「・・・って! それ勝手に坂井さんが一人で頑張ってただけでしょっ!?」
「!! なっ・・・! なんですってぇーっ?!」
「はいはい! ストップ! ストォーップ!!」
このままでは到底収まりそうにないと、痺れを切らした栗野はようやく二人の言い争いの仲裁に入った。
しかし、二人で行かせれば無問題になると思っていた作戦が、まさか最終的にこんな結果になってしまうなど、栗野には想像ですらしていなかった話である。
栗野が仲裁に入ると、二人は今さっきまでの言い争いがまるで嘘だったかのように、静かに相手から視線を反らしながら口を閉じた。
その二人の反応に、栗野は両脇腹に手を当て、双方の顔を覗き込むように睨み付ける。
「ほら! ガミガミお互いに言いたいことがあるのなら、ホテルに着いてから私の目の前で言う!!」
「「えぇ~!?」」
「『えぇ~?!』じゃない!! おかげであの二人よりも移動に時間掛かっちゃってるでしょ! これ以上私の厄介事なんて増やさないでください!! ほら! 二人とも前へ歩く! 歩く!! ほらァっ!!」
そう女性らしからぬ大声で怒鳴りながら、栗野はいつかの事務所前の時のように両手を二人の背中に押し当てて、グイグイとエスカレーターの方まで押し出した。
しかも今回は同じ場に厘がいなかったこともあり、押し出されるスピードや力の掛かり方も異なる。
とにかく危ない。
「ちょっ・・・! ちょっと栗野さん!! 恐いからコレ以上押さないで!!」
「早い! 早い!! 早いっ!! そして危ないっ!!」
「栗野さん! 本当に止めてぇ!!」
「だったら! 自力でっ、走ってっ、エスカレーターへっ!! ほら!!」
「「はいっ!!」」
その後栗野に脅されるようにエスカレーターの方へ逃げ出した未佳と長谷川だったが、逃げ出した位置からエスカレーターのところまでは、わずか50センチほどしかなかった・・・。
『留守電』
(2005年 4月)
※さとっちの自宅。
ガチャッ
さとっち
「ただいま~・・・って、僕以外の人間は誰もいてないんやけどな・・・・・・ん?」
※ふっと家の電話に留守電が入っていることに気付いたさとっち。
さとっち
「誰やろ・・・? この電話番号はオカンか? ・・・・・・とりあえず留守電を」
ピッ!
アナウンス
【ただ今電話に出ることができません。『ピーッ』という発信音が鳴りましたら、20秒以内に、お名前とご用件をお寄せください。FAXの方は、そのまま送信してください】
ピーッ!
さとっちの母
『もしもしー?』
さとっち
(あっ・・・、やっぱりオカンや)
さとっちの母
『・・・・・・・・・・・・』
さとっち
『・・・・・・・・・・・・ん?』
さとっちの母
『・・・出ないみたいやからほなな~』
ドテッ!!
さとっち
「いや・・・! 留守電なんやから当たり前やろーっ!!(呆)」
どうやらギリギリまで息子が出るのを待っていたらしい・・・(笑)