66.トレインランチ
新幹線に乗り始めてから、約1時間。
ようやく待ちに待った昼食タイムになり、未佳達はそれぞれの駅弁を手にしながら、再度席へと着く。
そして窓側の未佳と厘は車窓の下にある台座に。
通路側の長谷川と手神は、自分達の座席の右側に取り付けられている折り畳み式の小さな台座を組み立てた。
実はこの新幹線には、元々物を置くための台座が前の座席の背凭れに取り付けられているのだが、未佳達の場合は座席を回転させてしまっているので、それを使うことができない。
ならば食べる時だけ椅子を元に戻してしまえばいいのではないのかと思うだろうが、そうすると今度はメンバー同士でのお決まり行事でもある『味見回り』の時に、後ろのメンバーの駅弁に箸を伸ばすのが困難になってしまう。
そのため少々無理やりではあるのだが、メンバーはこうしたテーブル代わりとなるものを使って上手くやり過ごしているのである。
「よし。みんなテーブル用意できた?」
「私はOKよ」
「ウチも」
「僕もOKです!」
「・・・・・・にしてもみんな・・・。箱の形全然違うな~」
「「「・・・・・・・・・・・・クスッ」」」
ふっとそんなポロリと出てきた手神の発言に、メンバーは思わず口元を押さえながら笑い声を上げた。
「「「ハハハッ!」」」
「手神さんのは普通の駅弁みたいな長方形のボックスっすもんね」
「『普通』は余計・・・。でも小歩路さんの僕と近いのかと思ったけど・・・。横に箱が長いね」
「長いっすよね?! やっぱり小鉢弁当だからかな~?」
「うん、なんか・・・。居酒屋のお通しの入れ物みたいな」
ズベッ
「小歩路さん。それそのまま言っちゃダメ・・・」
「さとっちの底が深いよね? 高さがある」
「ん? ・・・あぁ~。たぶん『重』だからっすよ。ライス多めっていう・・・・・・。坂井さんの“潰した円柱”みたいな」
「違うわっ!!」
未佳は半分笑いながらそうツッコむと、自分の駅弁のフタ部分を軽く叩きながら反論した。
「お櫃よ! お櫃!! ちゃんと海鮮に合った形の容器なんだから! しかもコレ今持ってきた時に気が付いたんだけど・・・、この容器竹製だったし・・・」
「「嘘ぉッ?!」」
「ホントよ!! ちょ・・・、ちょっと容器触ってみてよ! ホントに竹製だから・・・!」
未佳はそう言いながら、やや箱を疑っている手神と長谷川に自分の駅弁を手渡す。
既に外側を包装していた薄いビニールは取ってしまっていたので、駅弁自体は触れただけで材質が分かるような状態だった。
その駅弁を半分疑いの目で受け取った長谷川は、とりあえず箱の側面を指で軽く擦ってみる。
そして静かに一言。
「ホンマや、竹や・・・」
「えっ!?」
「でしょ~?! 私嘘言ってないよ?」
「マジか! 竹やぞ?! コレ!!」
「・・・ホントだ。竹だ! 竹!!」
「僕らプラとスチロールなのに・・・」
「何だろう・・・。この駅弁の差・・・」
この未佳の駅弁容器に、思わず手神の口からこんな言葉が零れる。
そんな竹製の容器に一頻り男性陣が興奮する一方、厘はその容器を見ながらふっとこんなことを口にした。
「せやけどそういうのって・・・、無駄に箱代高かったりせぇへん?」
「「「・・・・・・・・・・・・」」」
「小歩路さん、そんなこと言わないでよ~。私中身楽しみにしてるのにぃ~!」
「えっ? あっ・・・、ゴメン。でもたぶんそれは大丈夫やと思うよ? だってそのお弁当、ウニとボタン海老入ってるんやろ? せやったら値段に見合ったものが入ってるんとちゃう?」
「・・・・・・まあ・・・。そうよね? 大丈夫よね?」
「とりあえず・・・、皆さん中開けてみません?」
「開けよう♪ 開けよう♪♪ 中身気になるから早く開けよう♪」
こうして雑談もそこそこに、メンバーはそれぞれの駅弁を順番に開けることにした。
ちなみにフタを開ける順番は、未佳達の場合は毎回左窓側から、最後は左通路側へと回る形で開けることになっている。
つまり最初にフタを開けるのは、誰よりも一番駅弁の中身を楽しみにしていた未佳からだ。
「じゃあ私からね? せーのっ!」
「「「オープン!」」」
という掛け声と共に開け放たれた容器の中には、写真で見たものよりも数段色鮮やかな海鮮が『これでもか!』というほどにまで盛り付けられていた。
明らかに駅弁の値段よりも鮮度がいい。
この駅弁の中身に、思わず未佳以外のメンバーからも声が上がる。
「「「「うわーっ!!」」」」
「おいしそー♪♪」
「これは他よりも高いわけだ・・・」
「というか・・・、本来の値段に見合ってなくない? この中身だったらもう少し高くてもよさそうだけど・・・」
「赤字覚悟なんじゃないっすか? 店側は・・・」
「なる~・・・ほど」
「みかっぺ、ええなぁ~・・・」
「てへっ♪ ・・・あとでどれかお刺身味見してもいいよ?」
「えっ? ホンマ!?」
「うん♪ ・・・ほら、次は小歩路さんの番」
続いての駅弁披露者は、未佳同様窓側の席に座っていた厘だ。
ちなみにその厘が注文した駅弁は、京都駅に本店のある駅弁店『言の葉』の『季節の山菜小鉢弁当』という、その名のとおりこの時期でしか堪能することのできない山菜を小鉢で堪能できる駅弁である。
またこの駅弁は、毎年春・夏・秋・冬でメニューが異なり、また同じ時期でも使用している山菜を細かく変えているので、メニューにも飽きがなく、関西ではかなり人気の高い駅弁の一つとなっているのだ。
ちなみに今回厘が注文した山菜小鉢の内容は、菜の花とフキノトウの胡麻味噌和え、若芽ヨモギとタラの芽の春山菜天麩羅(岩塩・黒胡椒)、セリのお浸し(和風山椒醤油がけ)の3品。
一応このメニューから察するに、今回はまだ春メニューのままのようだ。
「確か・・・。前の『菜の花と春タンポポの花の天麩羅』もおいしかったよね? 結構モノも珍しかったし・・・」
「うん。せやからウチ、ちょっと今回天麩羅があるから期待してる!」
「「「ハハハ」」」
「ほな開けるよ~?」
「「「せーのっ!」」」
「ぱかっ。・・・・・・ん?」
「「「・・・あれ?」」」
ふっとフタを開けた厘やその中身を見た未佳達は、その駅弁の中身に思わず『?』マークを浮かべた。
というのも、フタの開けられた駅弁の中には、今回のメインでもある山菜小鉢や、それ以外のおかずが数点しか入っていなかったのである。
つまり分かりやすく言ってしまえば、大切な炭水化物でもある米が入っていなかったのだ。
「あれ・・・? ライスは?」
「まさかのおかずしかないお弁当?」
「まあ・・・、それならそれで別に」
「いや! 良かないでしょ!?」
「でも前はちゃんと入ってたのになんで・・・」
「ん? ・・・あっ、でも待って。なんかここに出っ張りが・・・」
ふっと何やら容器の側面に出っ張りがあることに気付いた厘は、容器を左手で軽く押さえながら、右手でそっとその出っ張り部分を摘まんで持ち上げてみる。
すると謎の出っ張りは『パカッ』と容器の形に持ち上がり、その下から美しい紫色に染まっているゆかりご飯が出現した。
「あっ・・・。ご飯下や!!」
ドテッ!!
「に・・・、二段重ねだったんですね。その容器・・・・」
「た、確かに・・・。よくよく見てみれば底が高かったかも・・・」
「でもよかったね。ご飯あって・・・」
「うん♪ しかも今日はゆかりご飯やし。ウチゆかりご飯食べるの久しぶりやから・・・。あぁ~、幸せ♪」
「ハハハ。でもキレイな紫色ね~」
「うん。もの悪いとゆかりご飯って、ご飯が黒っぽい紫色に染まるんよ。せやからこれはものええのが証拠やね」
「ねっ♪ 山菜の天麩羅もお浸しも胡麻和えもおいしそうだし」
「うん。・・・あっ・・・。誰かこの唐揚げ食べる人おる? ウチいらんのやけど・・・」
そう言って厘が指差す先には、山菜小鉢の隣にひっそりと陳列されている唐揚げが一つ。
駅弁店の物から言って、この唐揚げも別に『マズイ』ということはないのだが、肉とややしつこい揚げ物が苦手な厘としては、これはなるべくなら食べるのを避けたいおかずメニューである。
「私はいいや。二人は?」
ふっと未佳が男性二人に尋ねてみれば、二人はほぼ同時に無言で右手を高く上げた。
どうやらこの二人は、特に嫌々というわけではなく、心からこの唐揚げをもらいたいらしい。
だが、その肝心の唐揚げは今回は1個のみ。
となるとこの場合は譲り合いかジャンケンだろうか。
「あのー・・・。二人とも、1個しかないんだけど・・・。どっちがもらうか決めて」
「「・・・・・・・・・・・・・・・」」
「・・・長谷川くん、譲って」
「!? ・・・なんでっすか! 僕だって鶏唐欲しいんっすよ!?」
「君には『牛』があるだろ!? 『牛』が!!」
「それ言ったら手神さんだって、なんか味と触感が魚の出来損ないみたいなの入ってるやないですか!!」
「出来損っ・・・! 今北海道民全員を敵に回したな? ・・・サケは列記とした『魚』だよ! 魚!!」
「でも他にも手神さんのお弁当は色々入ってるでしょ!? 僕なんてまだ中見てないっすけど、多分少量のお新香と分厚い牛タンしか入ってないんっすよっ!?」
「『牛タン重』なんだから当たり前だろっ!!」
バンッ!!
「いいからさっさとジャンケンで決めて!!」
その未佳の一喝により、ようやく二人のどうしようもない言い争いは終了。
そして厘の唐揚げの行く先は、一応最初の段階で厘が試食の約束をしていたということもあり、相談により手神がもらうこととなった。
「・・・・・・じゃあ・・・、次は手神さんの番っすね」
「ん? ・・・あぁ~、僕か」
そう長谷川に言われて気付き、手神は自分の駅弁のフタに手を掛けた。
手神が注文した駅弁は、新大阪駅が本店でもある和食駅弁店『豊』の『焼きジャケと五穀米弁当』。
この店の駅弁としては、こちらは今年に入って出たばかりの新商品である。
「なんか名前聞くと『昔ながらの』っていう感じがしますね」
「うん。焼きジャケだもんね。あっ・・・、小歩路さん味見したいんでしょ?」
「うん。シャケだけ・・・」
「OK。それじゃあ開けますよ~?」
「「「せーのっ!!」」」
「じゃ~ん♪ ・・・おぉーっ!!」
メンバーの掛け声に合わせて開けたその駅弁の中身に、手神は思わずサングラスの奥の瞳を丸くする。
まずフタを開けて最初に目に飛び込んできたのは、おかずスペースの1/2を占める、香ばしく焼き上げられた塩ジャケだった。
それもかなりの厚さである。
その他のおかずには、定番とも言えるお新香が少々と、高野豆腐や唐揚げや卵焼きなど。
駅弁名に入っている五穀米の真ん中には、やや肉厚な梅干しが乗せられていた。
「「おいしそー♪」」
「手神さん! コレ思いっきり『当たり』じゃないですか!!」
「・・・逆に『ハズレ』って何だよ! 『ハズレ』って!!」
「でもそれでその駅弁・・・。いくらやったっけ?」
「ん? 1800円」
「安っ!!」
「でもホンマにコレ『幕ノ内弁当』みたいっすね」
「・・・・・・長谷川くん・・・。これはジャンル的には~・・・『幕ノ内弁当』なんじゃないの?」
「えっ? ・・・そうなんっすか?」
「いや、よく分かんないけど・・・」
コテッ・・・
「じゃあ次は~・・・。ラスト、さとっち!」
「はいはい♪ んじゃ僕の番っすね~?」
「「「・・・・・・・・・」」」
「ん?」
ふっとようやく待ちに待った自分の番だというのに、何故か他の人達よりも薄い周りの反応に、長谷川は一瞬表情を顰めた。
どういうわけか、周りが長谷川の駅弁にだけ目立った反応をしてくれなかったのだ。
「・・・なんか沈んでるように感じるのは僕だけっすか?」
「いや、あなた一人だけじゃないと思うけど・・・」
「なんでこんな反応薄いんっすか?」
「だって・・・。さとっちの・・・『四季』の『牛タン重』でしょ?」
「正直モノ見なくても大体想像できてしまうんよね・・・」
グサッ!
「あの・・・。よくあるご飯の上に、網の焼き跡付きの牛タンが敷き詰められてるやつでしょ?」
「それで運がいいと、端っこにお漬物とかガリが入ってるやつ・・・」
「・・・それ言われちゃうと全部終わりやないっすか!!」
「「「ハハハッ」」」
「せっかくこっちが開けようとしてるところに・・・」
そう言いながらやや落ち込む長谷川に、未佳は笑顔を浮かべたままではあったものの、長谷川の顔の前で両手を合わせながら謝った。
「ゴメン! ゴメン! そこまで落ち込ませるつもりなかったんだけど・・・」
「・・・・・・別にこういうの慣れてるからええですけど・・・」
「お詫びに牛タンおいしそうだったらちょっともらうから♪」
「ズルッ・・・!! ・・・・・・まっ・・・、まずフタ開けるね? せーのっ、ウリャッ!」
結局何故か自分一人で掛け声をしながらフタを開けることになった長谷川だったが、ふっとその開け放たれた駅弁も、今までの3つの駅弁とはこれまた違う特性を放っていた。
まず最初の違いは、その牛タンから薫る炭火とタレの匂いである。
「うわっ、うまそ~!!」
「・・・あっ! なんか隣の方まで焼肉屋みたいな匂いがするんだけど?!」
「あぁ~。いつもイベントとかの後に入る焼肉屋、炭火焼ですもんね」
「ね♪」
「えっ・・・? 僕知らないんだけど・・・。二人だけで行ってるの?」
「ううん。スタッフさんと大勢でよ?」
「単なるイベントとかの打ち上げです。特に東京でやる時はほとんどこんな感」
「今度行くとき僕も誘ってくださいよ! 東京実家近いんだから!!」
ズベッ・・・
「べっ・・・、別にええですけど・・・」
「ところでその駅弁・・・。ご飯に染みてるタレの量が凄くないか!?」
「しかも牛タン分厚いし、大きいし・・・」
次に皆が気付いた違いは、その牛タン自体の厚さや大きさ。
そしてその下にあるご飯にかけられているタレの量だった。
「かなりタレダグダグ・・・」
「ヤバイっすよね!? なんか食欲思いっきり引き立てられるっていう感じが・・・!」
「お肉の厚さやったらみかっぺのイカの厚さに勝ってるで?」
「いや。こんなにイカ分厚かったら私、噛み切れないから・・・」
「でもこの薫りはかなりいいなぁ~」
「うん・・・。・・・なんか『備長炭』みたい・・・」
「び・・・『備長炭』って・・・。まさか小歩路さんの口から『備長炭』って単語出てくるとは思わんかった・・・」
「「ハハハ」」
「えっ? なんで?? ウチもそれくらいは言うよ?」
「いや、冗談です。冗談。ハハハ」
「とりあえず・・・・、みんな食べよう♪ ね?」
「そうっすね。みんな中身確認したわけだし・・・」
「はい! じゃあせーのっ!」
「「「「いっただきま~す♪」」」」
それから約20分後。
未佳達の乗せた新幹線は無事、2つ目の停車駅でもある名古屋駅へと、予定時刻通りに到着した。
『当選番号』
(2007年 1月)
※事務所 控え室。
栗野
「ダメだぁ~! 私に送られてきた年賀状、全部当選番号ハズレだぁ~!!(叫)」
厘
「やっぱり当たる人なんてそうそうおらへんのよ・・・」
みかっぺ
「えっと・・・。今回1等が冷蔵庫で、2等が烏龍茶の2リットル箱入り6本セットで、3等が80円切手1枚と・・・」
栗野
「1等から2等までの景品の差が極端すぎるわね。今回・・・(呆)」
厘
「ホンマにこんなん当たる人おるんやろか・・・」
みかっぺ
「ん? ・・・・・・ちょっと待って・・・」
栗野
「うん?」
厘
「どないしたん?」
みかっぺ
「私・・・。この2等の当選番号どっかで見た」
栗野・厘
「「えっ?」」
※数分後 通話中。
みかっぺ
「ねぇ~? 私がそっちに送った年賀状、絶対に2等当たってるよねぇ!?」
さとっち
『「当たってる」って・・・(汗) でも2等って烏龍茶2リットル6本セットっすよ?』←(通話相手)
みかっぺ
「だーかーらー!! その取り分の半分ちょうだい!!(強引)」
さとっち
『なんでーなぁ!!(怒) ってか・・・! なんで坂井さん、当選番号が当たってるって分かったんすか!? まさか数字メモってたとか!?(疑)』
みかっぺ
「違うわよ! 単に数字が私の生年月日だっただけよ!!」
さとっち
『ドテッ!!(倒)』
覚えやす・・・。