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65.小歩路厘という人

新幹線が新大阪駅を走り出してから数分。


先ほど自身のお返しで購入した長谷川のシュークリームの半分を食べ終えた未佳は、静かに車窓の方に顔を向けるでもなく、顔を右手の甲に乗せるような形で寝ていた。

ちなみに普段こういった場所で使用しているウォークマンは、現在はリオに貸している。


そしてその肝心のリオは、座席の頭上にある未使用のロッカーの中だ。

なんでも本人曰く『身体がスッポリと入るくらいの狭い空間が落ち着く』ということらしく、その好みはまるで猫のようである。


しかし、正直これが実際の人間の場合だったらどうだろう。

明らかに幼児虐待、もしくは監禁・誘拐をしているような状況の一部始終を映しているに等しい絵である。


もちろん、コレも少なからず未佳が『リオが人間じゃなくてよかった・・・』と思った瞬間の一つであるということは、もはや言うまでもない話だ。


「みかっぺ・・・。ちょっと、みかっぺ」

「・・・んっ?」


しばらく未佳が車内で眠っていると、ふっと自分の正面の席に座っていた厘が、何故か未佳の方を軽く叩いて未佳を起こしたのだ。

その厘の行動に、半分寝ボケ眼のままの未佳は目元を擦りながら、ゆっくりと厘の方に視線を向けてみる。


するとそこには、やや不安げな表情を浮かべたまま正面の座席に座る、厘の姿。

どうやら小事にしろ、何かあったらしい。


「何? ・・・小歩路さん、どうしたの?」

「みかっぺ・・・、どないしょう・・・」

「えっ?」

「ウチ・・・、完全に見られたかも・・・・・・」

「『見られた』って・・・、何を?」

「顔を・・・」

「誰に?」

「ファンに・・・」

「何処で?」

「トイレで・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


どうやら厘の話の内容から察するに、これは『小事』ではなく『大事』だったようだ。

そしてそうと分かれば、未佳にはまず厘に一つ訊きたいことがある。


「栗野さんには?」

「まだ言うてない・・・」

「! なんで栗野さんよりも先に私に言うのよ~。こういう時は優先順位的に、まず栗野さんに言うべきでしょ~?!」

「だって栗野さん! いつも言うたら『なんであれほど言ったのにやっちゃうんですか~!!』って、怒るんやもん!」

「普段お酒飲み合ってる仲のくせに・・・。なんでこういう時に限って避けるのよ~」

「アレはアレ! コレはコレやもん! ・・・しゃあないやん!!」

「・・・・・・・・・小歩路さんもそんな用語使うんだ・・・」

「ねぇ~。どないしょ~う・・・、みかっぺ・・・」


『どないしょう』と言われても、この場合はまず栗野にこのことを伝えなくてはならない。


一応『顔を見られた』と言っても、所詮は一部のファンに同じ列車に乗っていたということがバレただけ。

このまま特に行動を起こさなければ、これ以上のケースにまでことが発展する可能性はないだろう。


そう踏んだ未佳は、こんなことが原因で仮眠を邪魔されたことにやや苛立ちつつも、とりあえず栗野に事を報告するため、席を立った。


「・・・分かったわよ。とりあえず私から栗野さんに言ってみる」

「! ホンマ? みかっぺ、ありがとう~♪」

「その代わり、栗野さんに怒られないかどうかは保証しないからね? それから、栗野さんに訊かれたことはちゃんと自分で答えてよ?」

「うん、分かってる~! “最初の報告”をみかっぺがやってくれればそれで」

「あっ・・・、それが恐かったのね・・・。じゃあとりあえず報告に・・・、って」


ふっと栗野の座る座席へと向かおうとした未佳だったのだが、その未佳の足元にはやや通りにくい障害物が立ち塞がっていた。


ちなみにその障害物の正体は、未佳の栗野の座席で眠りこけていた長谷川の組まれた両足である。


「この足邪魔!!」

「あっ・・・」



ドガッ!!



「・・・ッ! 痛った!! へっ? ・・・・・・えっ? 何??」

「さとっち通れない! 足退かして!」

「・・・・・・もしかして今蹴りました?」

「“蹴った”んじゃなくて“当たった”の・・・。退かして!」


そうは言われても、内心『本当は蹴ったんだろ?』と思いつつ、長谷川は組んでいた足を直し、さらに椅子の方にピッタリとくっ付ける形で、通路を空けた。

どうやら長谷川は、理由まではさすがに分からずとも、やや未佳の機嫌が悪くなっていることには気が付いたらしい。


座席を離れると、未佳は車内通路を挟んだやや左前の座席へと向かう。

そこに座っていた栗野は、未佳達のように仮眠を取るとはせず、代わりに今回のイベントのスケジュールを念入りにチェックしていた。


そんな栗野の姿に、二人はやや申し訳ないとは思いつつ、とりあえず未佳が先陣を切って声を掛ける。


「・・・栗野さん・・・。栗野さん」

「・・・・・・えっ? あっ、はい」

「栗野さん、ちょっと・・・」

「・・・何かありました?」


その聞き返しに、二人は小さく同時に頷く。


「実は小歩路さんがさっき・・・」


その後未佳がサクツと断片的に聞いた情報を栗野に説明したのだが、やはり栗野の口から返ってきた反応は予想通りのものだった。


「えぇ~っ!? も~う・・・!! 一体何やってるんですかっ?! 厘さん!!」

「う゛っ・・・」

(ハハハ・・・。予想通りの激怒っぷりね・・・)

「おまけに未佳さんまで~・・・!」

「・・・・・・え゛っ!? わっ、私関係ないんだけど?!」

「あっ・・・、未佳さんは違うんですね?」

「違う! 違う!! 関係ない! 関係ない!! 私は付き添いで来ただけ」

「ウチが付き添い頼んだだけ・・・」

「あっ、なるほど・・・。で? 一体トイレで何があったんですか? 厘さん」


そう栗野が聞き返すと、厘は今さっき起こった出来事を全て話し始めた。


ことの発端は、列車が動き出してから数秒後のこと。

『列車が発車するまで動かないで』と言われていたので、厘は列車が発車したところで、自分達の車両の先頭側。

つまり5号車と4五号車の間にあるトイレに出向いたのだ。


そしてそこで用を済まし、ついでに軽くグロス程度の手直しをやった後でトイレから出ようとしたところ、トイレで順番待ちしていたファンの一人とバッタリ顔を合わせてしまったのだという。


ちなみに普段であれば、こうした新幹線の中でも軽く変装要素のあるものは身に付けるようにしていた。

特に一番目を付けられやすい未佳と厘は、なるべくサングラスとマスクはしているように言われているのである。


しかしこの時は新大阪駅を出たばかりでもあったし、ついでにメイク等の手直しもするつもりでトイレに行ってしまっていたので、変装と呼べるものは何もしていなかった。


それに、こんな新幹線の中でサングラスとマスクをしたままというのが、そもそも無理のある話だ。

今回は車両を丸々一つ使用しているからいいが、何も知らない人と同じ車両になってしまった場合はどうだろう。

明らかに未佳達は、第三者からは不審者の女子集団にしか見えなかったに違いない。


「それで? そのファンの人、何か求めてきたりしたの? 『握手してくださーい』とか『サインくださーい』とか・・・」

「ううん・・・。目ぇ合った瞬間『ヤバイッ』思て、慌てて小走りで逃げてきた・・・」

「えぇっ!? に・・・、逃げたの!? 何も言わずに?!」

「だってウチ一人しかいてなかったから恐かったんやもん・・・」

「・・・・・・ちょっと失礼だったんじゃない?」

「えぇ~っ!! だって・・・・・・。あの人いっつもメッチャ大勢の人仕切ってる人やったから・・・」

「・・・別に『仕切ってる』わけじゃないと思うけどね。まあ・・・、“一部のファン集団のリーダーの人だった”ってことでしょ?」

「うん・・・」

「・・・・・・栗野さん、どう思う?」


ちなみにこのような集団のファンというものは、大体『厘オンリーのファン』と相場で決まっている。


だが厘の話を聞く限りでは、特に出くわしただけで何かをされたというわけではない。

それに一応この車両の前と後ろでは、スタッフの人間が他者の乗車や通行を止めている。

そのことを踏まえて考えれば、さすがにここまでやって来るなどということはないだろう。


「それにあのファンの人・・・。時々やり過ぎちゃうことはあるけど、基本的には礼儀いいしね。そんなに警戒しなくても大丈夫じゃない?」

「それかもしまだ不安なようでしたら、反対側の6号車の入り口にあるトイレを使っても構いませんよ? それにそっちの方のトイレは男女分かれてますから、最悪出くわすとしても女性ファンでしょうしね」

「男の人のファンより、女同士のファンの方が物分かりいいから・・・、小歩路さんそうしたら?」

「・・・ほな・・・、そうする。ちょっと二人とも巻き込んでゴメンなぁ・・・」

「いえいえ」

「いいって♪ いいって♪ ・・・じゃあ私はもう一回寝るわ・・・」



ズベッ・・・



それから数分後。

新幹線は最初の停車駅でもある京都駅を出発し、2つ目の停車駅でもある愛知県名古屋駅へと向かい始めた。


ちなみに予定上では、この名古屋駅へ着くやや手前辺りで、4人は事前に決めていた駅弁の昼食タイムを迎えることになっている。

そしてそのことも多少は関係しているのか、先ほどまで厘を除いて仮眠を取っていた3人は、ややソワソワとしながら起き始めていた。


「・・・・・・名古屋まだか・・・」

「さとっちさっきからそればっか・・・」

「まあさすがにお腹は減ってきたよね?」

「うん。もう・・・、さっき出たばっかの時に食べたシュークリームは胃のどっかに行っちゃいましたよ・・・」

「・・・・・・お互い半分こだったしね・・・」


ふっとそんな会話をしていた3人は、先ほどから一度も寝ずに黙々と本を読み続けている厘に目を向けた。

彼女はいつも移動中などに読書をしている人間なのだが、さすがにこんな朝早くから一度も寝ずにいて大丈夫なのだろうかと、やや心配した手神は声を掛けてみる。


「ところで小歩路さん・・・。なんか寝ずにずっと読書してるみたいですけど・・・。一回も寝てなくて大丈夫なんですか?」

「うん・・・。ウチいつも起きるの3時とか4時くらいやから、今日は個人的には寝坊してた方やし・・・」

「『3時』か『4時』・・・・・・。それって僕が普段寝るくらいの時間帯やん」

「! だからなんでそんな夜更かししてんの!?」


さらに厘は、やや車窓から見える青空や街並みの景色を見つめ、少しだけリラックスしているかのような表情で言った。


「それにウチ、こういう電車とかに乗りながら外見て読書するのが好きなんよ。落ち着くし・・・。一番ええシチュエーションやし」

「でももうその本終わっちゃいそうじゃない? まだ東京駅に着くまで2時間近くもあるのに・・・」

「大丈夫。ウチ今日のために文庫本5冊も持ってきたから」

「ごっ・・・!」

「「「5冊~っ!?」」」

「うん♪ だって今回、なんだかんだで東京に2泊3日やん? しかもほとんど空き時間多めみたいな感じやったから、これくらいすぐに読み終わる思て。・・・ホンマはもう少し待ってきたかったんやけど、さすがに荷物多くなるから諦めたんよ」


そう言って笑みを浮かべる厘は、自分の座席の上にある荷物入れを指差した。

どうやらその持ってきた本は、この荷物入れの中のカバンの中に入っているらしい。


「・・・なるほど。ちなみに何っていう本持ってきたの?」

「えっ? あぁ・・・。今ウチが読んでるのが、フライ・デイっていう人の『闇夜の蜉蝣の羽音が消えるまで・・・』っていう本で・・・。持ってきたのは、切泣せつなあいの『冬空の花火』と~・・・。グリム童話の『クルミ割り人形』の話をリアルに書いた『Marionetteの聖夜』と~・・・。レンブラント・ピクチャーズの『呼び合うのは私の名前』と~・・・。あとリミックスの『day~涙のない日々~』と、テイル・モルフォの『Argentineの女王~紅い踊り子の半生~』」

「う~っ!! ジャンルバラバラ!!」

「しかもほとんど洋書だし・・・。なんかタイトル聞くとドロドロ系多そうだし・・・」


しかしそうツッコむ男性陣とは裏腹に、未佳はふっと厘の口から出てきたある作家の名前に興奮していた。


「『切泣愛』知ってる~! 『旅立ちの雨』書いた人でしょ!?」

「あっ、みかっぺアレ読んだ? ウチも読んだんやけど」

「読んだ♪ 読んだ♪♪ ラストぼろ泣きだったけどね・・・」

「アレええよね? 内容はベタなのかもしれへんけど、話の書き方と進み方はよかったもん」

「うん。あの大好きな彼女残して島を離れちゃう男の人が切ないんだよね・・・。決して想いは一つにならないっていうか・・・」

「そうそう!」

「・・・・・・全然分からん・・・」

「同じく・・・」


そんな男二人の反応に、未佳はやや呆れ返りながら口を開いた。


「二人とももう少し小歩路さん見習って読書したら?」

「いや・・・。別に『しない』いうわけじゃないんですよ? ただ・・・、あんまりそのジャンルは読まないっていうか・・・」

「じゃあどのジャンルよぉ~? 二人が読むのって・・・」

「・・・・・・僕は『ミステリー』とか・・・」



ズルッ



「僕の場合もそうかな? あとは『サスペンス』とか~・・・。『弱ホラー』?」

「弱? 僕時々ガッツリ『ホラー』行きますよ?」

「あっ、行くの? それって大丈夫??」

「はい。別に普段深夜まで起きてるから、怖くも何ともないし・・・・・・。って言ったら嘘になるけど・・・」

「そっちか!!」

「た・・・、確かにそっちやとあんまりこの辺は読まへんよねぇ~・・・」

「逆に小歩路さんって、ミステリーとか読むの?」

「まあ・・・。何かの巡り合わせで出会ったら・・・」

「あっ・・・、そう・・・」


ちなみに厘が読む本は、基本は文章の中などにある言葉繋ぎのようなやり方で決まる。


たとえば最初に読んでいた本の中の『アメリカ』という言葉をキーにするのであれば、次に読むのはアメリカに関する本。

そしてそのアメリカに関する本の中の『女神』という言葉をキーにするのであれば、次は女神に関する本。

そしてまたその『女神』の本の中の『マリア』をキーにするのであれば、次はマリアに関する本などなど。

厘はこう言った流れで、次に読む本を決めているのである。


「まあ・・・。これがあの小歩路さんの作詞力に生かされてるわけですし、あんまり邪魔しないようにしましょうかね」

「そうね。本人機嫌いいみたいだし、そんなに疲れてもいなさそうだから・・・」

「ところで坂井さん・・・。さっきなんか機嫌悪かったみたいっすけど、なんかあったんっすか?」

「・・・え゛っ!? ・・・・・・う、ううん・・・。べっ、別に・・・」

「・・・・・・ならええけど・・・。にしてもメシまだかぁー・・・! 腹減った・・・」

「さとっち・・・」

「長谷川くん・・・」


そんな長谷川に未佳と手神が呆れ返った、まさにその時だ。


「皆さーん! あともう少しで名古屋駅に着きそうなんで、皆さん自分の注目した駅弁取りに来てくださーい!」

((((・・・・・・・・・・・・ん!?))))



ガバッ!!



「「「「キタァァァーッ!!」」」」


ちなみにその後、しばし5両目の車両が騒がしくなったのは、もはや言うまでもない話である。


『年賀状』

(2003年 1月)


※未佳の自宅。


みかっぺ

「来た来た~♪ みんなからの年賀状~っと・・・。さて・・・、今年は誰から送られてきてるかなぁ~?(ワクワク)」


※と言いながら、1枚1枚年賀状を見つめるみかっぺ。


みかっぺ

「小中高大の友人とー・・・。親戚とー・・・。全然関係ないセールスとー・・・(苦笑) それから仕事関係者とメンバー!」


※みかっぺ、とりあえずメンバー達から送られてきた年賀状を見つめる。


みかっぺ

「これは・・・、手神さんね。絵手紙風の年賀状なのがイキでいいなぁ~(しみじみ) 私も来年絵手紙年賀にしよっかなぁ~。・・・・・・おっ! これはさとっちのね。あっ・・・、そういえばさとっちの本名って『智志』じゃなくて『智』なんだっけ・・・。毎年きれいに忘れるけど・・・(汗) で。これがー・・・・・・ん?」


※ふっと、最後に送られてきた年賀状に小首を傾げるみかっぺ。


みかっぺ

「七里絵・・・・・・、小豆・・・? えっ? そんな人いたっけ?(疑問) でも宛先はちゃんと私宛てになってるし・・・・・・・・・。誰だっけ?」


※そう言いながら、ふっと年賀状を裏っ返すみかっぺ。


みかっぺ

「何処かにヒントになるようなこと書いてないかなぁ~? ・・・・・・あ゛っ!!」


※年賀状の文章



みかっぺ、明けましておめでとう。

今年もバンド活動、メンバー4人で頑張ろう!


ええ曲生まれたら、またウチに作詞回してな~。

ほなな~。



みかっぺ

「・・・・・・・・・小歩路さん!?(驚)」



普段仮名の方で呼んでると、こういう時に驚かされてしまいます・・・(苦笑)


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