64.大阪発つ!
出掛ける直前のミーティングも終わり、未佳達はやや余裕を持った足取りで、新大阪駅の中へと入って行った。
本来電車でこの駅を使うことはあっても、新幹線を使うのはこのような用事の時のみ。
そのため新幹線の駅のところに入ると、メンバーにはある種のちょっとしたワクワク感があるのだ。
「~♪ なんか久しぶりにこっち来たね」
「店屋前よりも少し増えてる・・・」
「でもこの人混みはウチ嫌や」
「ハハハ、それはしょうがないよ。今はまだ微妙に春休みの時期なんだから・・・」
「皆さ~ん! ちゃんと遅れないように付いてきてくださいね~? それから万が一ファンの方に声を掛けられても、あんまり反応しないように・・・」
「「「「はーい」」」」
などと軽めに返事を返したものの、実際ファンの人達に見つかる確率はというとそんなでもない。
その理由は定かではないが、一部では周りの乗客達と上手いこと溶け込んでしまっていて、あまり歩いていても気付かれないのだ。
また中には自分達のことに気付いても、そこは場を弁えてなのか、一切こちらに声を掛けてこなかったことだってある。
(『ファンには気を付けて』って言われても・・・、それはあくまでも東京駅に着いてからの話だし・・・。とりあえず今は関係ナシっと・・・)
「にしてもスタッフを含めて凄い数っすねぇ~・・・」
「ん?」
ふっとそう口にしながら後ろを振り返る長谷川の視線の先には、未佳達の後ろをゾロゾロと付いていくように歩くスタッフや機材班達の姿。
実は未佳達の先頭側にも10人ほど事務所のスタッフ達が歩いていたので、メンバーからしてみれば前も後ろもスタッフだらけのような状況。
さらにこんな大勢の人達が半分密着するかのように歩いているのだから、遠巻きに見ている人々からしてみればかなり異様な光景である。
「ホント・・・。さっきから前しか見てなかったけど、後ろもあんなにいたの・・・?」
「あぁ~・・・。僕達を入れてちょうど24人だしね。“大渋滞”と言えば“大渋滞”かも」
「でもこんなに沢山の人が一斉に移動してたら、正直言って僕らの傍歩いてる人達からしてみたら異様な光景っすよ? ましてや学生の修学旅行でもないっていうのに・・・」
「はは、確かに」
そんな雑談をしつつホームの方へエスカレーターで上がってみれば、眼の前には白い車両に緑色の横線が一筋だけ入った新幹線が一台、ホームに停車していた。
これが、これから未佳達が乗る予定の新大阪駅発の新幹線『きぼう 50号』である。
ちなみに未佳達が普段関東に向かう際に乗っている新幹線は、基本この『きぼう』だ。
「あっ、出た~! この新幹線~♪」
「コレ見ると毎回『あっ・・・、これから東京行くんだ』みたいな」
「なりますよね?!」
「なるよね!?」
「ホンマに数か月ぶりやね~」
「ヤッホ~♪ また東京でお願いね~?」
そう言って右手を小さく新幹線に向かって振る未佳の姿に、栗野はやや微笑ましいものを見ているかのような目で、少しばかり苦笑した。
「全く・・・。未佳さん初めて新幹線を見る子供みたいに・・・」
「まあ~、ええやないですか」
「きっと僕らよりもずっと楽しみにしてたんですよ。イベントの東京公演を・・・」
「“メンバー4人”でのイベントも久しぶりやもんね」
「・・・・・・・・・・・・あれ・・・? メンバー4人でって・・・、過去にあったっけ??」
「あれ? ・・・初めてやったっけ??」
「ねぇ~? 早く新幹線乗っちゃおうよ~」
「ん? ・・・あ゛ぁ~っ! 皆さんっ!! 時間が近いんで早めに新幹線に乗ってください!! 早く! 早く!!」
「「「あぁっ・・・、はい!」」」
結局最後はいつものように栗野に急かされつつ、4人は5両目の車両から受け取った定期に書かれている座席へと移動した。
座席は深緑色のカバーの掛けられたリクライニング式のもので、さらにセットとしてくっついている2席は、椅子を回転させて後ろと向き合う形にすることもできる。
ちなみに未佳達の場合は、普段は前の方に座っているメンバーの座席を回転させて、メンバー同士が向き合うような形にしていることの方が多い。
というのもこちらの方が、ミーティングを行う時や昼食を配るのに、何かと効率がいいのである。
「・・・ここっすね。僕と坂井さんの席」
「じゃあその後ろが、小歩路さんと手神さんの座る席ね。・・・回す?」
「・・・やりますか」
「OK!」
「んじゃ、そういうわけで♪」
そう言って未佳と長谷川は椅子を回し、いつものようにメンバー同士が向き合うような形の座席にセットする。
一方二人が座席を回している間、自称『背の高い組』でもある厘と手神は、未佳達の分も含めた自分達の荷物を、座席上にある開閉式の荷物入れの中に仕舞い込んでいた。
こうして仕事を分担してしまえば、少々手間の掛かる作業であったとしても早く済む。
「・・・どう? 椅子まだちょっと曲がってるかなぁ~?」
「ん? ・・・う~ん・・・・・・」
未佳に椅子の回転度合いを尋ねられた長谷川は、自分の両腕を組ませながら、その椅子の向きや下の固定部分などをマジマジと見つめた。
その姿はまるで、新人修理士が行った機械整備の出来を吟味する鬼教官のようである。
もっとも長谷川の場合、そんな例題の鬼教官ほどの反応など、この先何年経っても行うことはないだろう。
現にたった今吟味中でもあるこの椅子の判断も、長谷川の下したものはかなり適当な感じのものだった。
「いや~・・・。こんなもんやろ。ええんとちゃいます?」
「あっ、じゃあ椅子はOKね?」
「こっちも荷物全部入れ終わったよ~」
「ちょっと量がアレだったから、棚を6つくらい使っちゃったけど・・・」
そう口にする手神の視線の先には、荷物を入れられ扉が閉まっている荷物入れが6箇所。
少々こちらの前席と後席に座る予定のスタッフ達には申し訳ないが、正直この2つも使わなければ荷物を仕舞えなかった。
「仕方ないっすよ。そればっかりは・・・」
「でも二人ともありがとう」
「いえいえ♪」
「やっぱりこの場に180センチ超えてる方がいると助かりますよ。ホンマに・・・」
「・・・・・・って! それ僕一人でしょ!? 一応言っておくけど、小歩路さん身長175センチちょいくらいしかないけど、今荷物置きかなり頑張ってたし・・・!!」
「・・・・・・あれ? ・・・ウチって今褒められたん? それとも貶されたん??」
「ゴメン・・・。私もよく分かんない・・・」
「エッ!? なんで?! 僕褒めたつもりなんだけど・・・!?」
「手神さん・・・。それは所詮『つもり』でしかないんですよ」
「・・・・・・・・・~ッ!!」
そんな会話を間に挟みつつ席に着いた4人は、しばし車窓から見える景色などに視線を向ける。
まだ新幹線自体は走っていないので、残念ながら車窓から見える景色は反対車線の駅の様子のみであったが、外は少々時間の関係で陽が昇っていたのか、先ほどの車に乗り込んだ時よりも、少し明るくなっているように感じた。
この空を見ると、尚のこと明日のイベントに気持ちが弾む。
イベントでやる内容に関しては大阪と同じだが、あっちはあっちで観客の反応が微妙に違う。
未佳はそれが楽しみで仕方がなかった。
(明日の東京・・・。どんなお客さんが来るかなぁ~? いつもよく見る人達の他にも、たくさん集まるのかなぁ~?)
「そういえば、みかっぺ・・・」
「・・・ん? 何? 小歩路さん」
「さっきから気になってるんやけどー・・・、その手に持ってる袋何?」
「えっ? あっ・・・、コレ? ・・・あ゛っ! そういえば渡すの忘れてたっ!!」
ふっと厘に言われて袋の中身のことを忘れていた未佳は、慌てて白い小さなレジ袋をぶら下げていた左腕を持ち上げた。
そういえば、まだこのシュークリームを長谷川に渡していない。
未佳は一応買ったものが潰れていないのを確認して、それを長谷川に袋ごと手渡した。
「・・・・・・えっ?」
「コレ、この間のお返し。本当は昨日会った時に買って渡せばよかったんだけど・・・」
「ん? ・・・・・・おぉ~っ!! 僕のMy best Sweet!!」
(なんで英語で言うん?)
〔(しかも『僕』と『My』一緒だし・・・)〕
などと厘とリオがそれぞれ胸中で突っ込む中、一人シュークリームを受け取った長谷川は、さぞ嬉しそうにその袋の中を見つめていた。
ふっとそんな長谷川の様子に『一体何が入っているんだろう・・・』と、向かい側の席に座っていた手神は袋の中に入ったままの物をビニール越しに見つめる。
「長谷川くん・・・、それ何? 『スイーツ』っていう言葉だけ聞こえてきたけど・・・」
「ん? あぁ、コレっすか? シュークリームですよ、シュークリーム」
「しゅ・・・、シュークリーム?」
「はい。コンビニのなんですけどね? でもこのメーカーのに関してはかなりウマくって~♪」
そうテンションが上がり気味に説明する長谷川だったが、この直後未佳の口からあの“残念な情報”が伝えられた。
「でもそのシュークリーム値上げしてた・・・」
「え゛っ? 嘘っ!?」
「ホント。今日見たら『120円』から『130円』になってた・・・」
「『0』と『3』の配置見間違えたとかじゃなくて?」
「103円? ・・・そんなの買うわけないでしょ!? 逆にさとっちそんな金額で売られてたら買う?!」
「・・・買わない・・・。ちょっと安すぎてコワイ・・・」
「でしょ?」
「一体何の話をしてるんですか? 二人とも揃いも揃って・・・」
そう最終的に手神にツッコまれ、二人はやや苦笑しつつ、この話題から話を反らした。
「ところで今日私達が泊まるホテル、どんな感じのホテルなのかなぁ~?」
「なんか『大浴場が売り』とか、栗野さん散々言ってたけど・・・」
「料理は逆にどうなんやろ・・・。おいしいやつなんかなぁ~?」
「まあ・・・、せめて安すぎないファミレス並の美味しさは欲しいよね? 最低でも・・・」
「うん。最悪それくらいのレベルは欲しいっすよね? 一応・・・」
「うん、それに食べ物のメニューも気になるし・・・・・・。せっかく海に近いんだから、海鮮メニューが食べたい!!」
「「「「〔・・・・・・・・・・・・〕」」」」
ドテッ!!
「まっ・・・、またっすか!?」
「さっき駅弁も海鮮ものにしてもらったのに・・・!」
「っというか・・・! 一昨日の夜もサーモンのカルパッチョ食べてたじゃないですか!!」
〔一体どんだけ海鮮にしたら気が済むんだよ!!〕
「だって好きなんだからいいじゃなーい!!」
そう未佳が4人に言い返したその瞬間。
突然未佳のやや左上辺りにあるスピーカーから、新幹線での案内アナウンスが流れ始めた。
【この度は、10時37分発の東京行き新幹線『きぼう 50号』をご利用いただき、誠にありがとうございます。この新幹線は10時51分に京都駅。11時29分に名古屋駅。12時54分に新横浜駅。13時6分に品川駅。終点東京駅には、13時13分の到着を予定しております。なお当新幹線は、天候による強風・大雨・線路上での障害物などにより、多少、発車時刻や到着時刻が遅れることがございます。予めご了承ください。それでは、間もなく最初の停車駅『京都駅』に向け、列車が発車いたします。発車まで、2分少々お待ちください】
「・・・・・・そろそろやな・・・」
「「「うん・・・」」」
「あっ・・・、皆さ~ん! 一応発車するまで、トイレ等で席を立たないように! それから、飲み物等も今のうちに済ませてくださーい! いきなり動き出して、喉に詰まわれても困りますのでー!!」
「「「「はーい!」」」」
その栗野からの注意を受け、未佳と厘だけは『今のうちに・・・』と、途中スタッフから手渡されたお茶のボトルを一口だけ口にする。
そして少々ラベルの上のラインまで飲んだところで、ふっと未佳は、自分の隣でシュークリームの入れられたままの袋を見つめ、ジッと固まったままの長谷川に視線を向けた。
「・・・・・・・・・どしたの?」
「・・・・・・コレ、いつ食べたらええかな?」
コテッ・・・
「・・・と、とりあえず・・・、新幹線動き出してからにしたら?」
「・・・・・・そうっすね。・・・半分食べる?」
「えっ? いいの!? いるいる♪ 欲しい~!!」
((〔(また・・・?)〕))
そしてそれから約2分後。
未佳達を乗せた東京駅行き新幹線『きぼう 50号』は、最初の停車駅でもある京都駅に向け、発車した。
『現実』
(2008年 12月)
※事務所 控え室。
厘
「ねぇねぇ、みんな聞いて~」
みかっぺ
「うん?」
手神
「どうしたんですか? 小歩路さん」
厘
「この間なぁ。久しぶりに親戚の家に行ったんやけど・・・。そこでウチのオカンの妹の息子がなぁ」
※数日前 厘の親戚の家。
親戚の息子
『ねぇねぇ、小豆姉ちゃん!』
厘
『ん? 何?』
親戚の息子
『この間のクリスマスなぁ、僕サンタさんからクリスマスプレゼントもらったんや!!(興奮)』
厘
『えっ? サンタさんから? ・・・そらよかったや~ん♪(笑顔)』
(たぶん旦那さんが必死にやったんやろうけど・・・(^_^;))
親戚の息子
『うん♪ しかもずっと僕が欲しかったクリスマスプレゼントやったから、僕めっちゃ嬉しかった!! でもサンタさん・・・、なんで僕が欲しかったのが分かったんやろ・・・?(謎)』
厘
『・・・たぶん・・・、ずっと「アレが欲しいなぁ~」って思ってたのが、自然とサンタさんにも伝わったんと違う? だからきっと、自分が欲しがってたプレゼント。サンタさんは渡してくれたんやと思うよ?』
親戚の息子
『・・・・・・そっか。せやけどホンマ、サンタさんめっちゃスゴイ人やなぁ~(憧) 僕サンタさんめっちゃ好き!!』
みかっぺ
「へぇー。いい話じゃない」
厘
「ホンマ子供のああいう純粋な心と目、大人になるとすっごい憧れるんよね。あんな素直で無邪気な心でいたいっ言うか・・・」
さとっち
「でもそれからしばらく経つと、子供は即座に現実を見始めるんですよね?(キッパリ)」
厘
(ハッ!!Σ(@□@;))
「・・・しくっ・・・、しくっ・・・(涙) うえーん!(泣)」
さとっち
「えっ?! あっ・・・! さ・・・、小歩路さん・・・!?」
みかっぺ
「・・・!! さとっちアナタなんてこと言うのよっ!(怒) ホントに最低ー!!(激怒)」
さとっち
「えっ・・・・・・(・・;)」
リアル意識し過ぎ・・・(汗)