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62.ギターの配置場所

午前8時57分。

ようやく栗野の車は、メンバーとスタッフの待つ、新大阪駅付近の駐車場へと到着した。


途中、色々とハプニングやらアクシデントが発生してしまったが、時刻的にはまだ約束の3分前。

急いでスタッフ達のいる車へと向かえば、ギリギリ間に合うだろうか。


未佳と栗野はそう僅かな望みに掛けながら、急いでエンジンを切り、鍵を掛けた車から走り出す。


「未佳さん、急いで!」

「あっ・・・、はい!」

「まだ3分あります! たぶん急げばまだ・・・!」

「あの車が止まってるところまで・・・、大体1分半くらいだから・・・! これだけ時間があるんなら間に合うよ!」

「だといいんですけど・・・!」


そうお互いに言い合いながら、二人は駐車場から少しだけ離れたロータリー付近へ。

そしてそこまで二人は、歩道の脇に止まっている1台のグレーのワゴン車を発見した。


メンバープレートに記入されている製造場所は『北堀江』。

しかも車内には数人の人影がユラユラと揺れている。

間違いなくアレだ。


「あっ・・・! あった! アレよ! 絶対にアレ!!」

「未佳さん、急いで乗って!」


栗野にそう急かされ、未佳は小走りで一足先に車へと向かうと、後ろのスライドドアをスライドさせた。


「ハァ・・・、ハァ・・・、み・・・、みんなお待たせ~・・・」

「みっ・・・、みかっぺ!?」

「坂井さん!?」

「坂井さん、大丈夫!?」

「ハァ・・・、ハァ・・・、つ・・・、疲れた~・・・! もうこんなの嫌だー!!」


未佳は最後にそう叫ぶと、そのまま未佳の座るスペースとして空けられていた座席に、バタリと倒れ込んでしまった。


ちなみにその後。

後からやってきた栗野と二人で、車に乗っていた事務所スタッフに軽く注意を受ける羽目になったのは、もはや言うまでもないことである。



そして車に乗り込んでから10分後。

車内では最初の予定通り、東京移動についての事細かな手順や注意事項説明などのミーティングが行われた。


「・・・はい。ちょっとこちらの事情で時間が多少遅れてしまいましたが、これからミーティングを行いたいと思います」

「「「「はーい」」」」

「でもみかっぺも栗野さんも・・・、一体何があったん?」

「坂井さんはともかく、いつも時間に几帳面な栗野さんまで遅れるだなんて・・・。ちょっと驚きましたよね?」

「本・・・っ当にごめん・・・。私の家のエレベーターがちゃんと動いてたら、こんなことにならずに済んだんだけど・・・」

「よく言いますよ。時間が微妙という時に『コンビニ行きたい』だなんて言い出したの、誰でしたっけ?」

「あっ・・・・・・、それはー・・・」

「えぇっ!? エレベーター止まってたん!? そら災難やったなぁ~、みかっぺ・・・」

「うん。・・・今日は絶対に“厄日”よ。現に今日だけで4回も嫌なこと起こってるから・・・」


未佳はそう厘に話しながら、とりあえず今思い付くだけの最悪だった出来事を指折りで数える。


まだ今日は始まったばかりだというのに、この時点で最悪な出来事は既に4つ。

そしてこの先もまだ何かあるのではないかと思うと、それだけで途轍もなく頭が痛くなった。


「ほらほら、ミーティング始めますよ? ・・・はい。まず最初に移動手段について。一昨日も説明しましたが、10時から私達はホームへと移動して、10時37分発の新幹線『きぼう 50号』に乗車します。それで座席なんですがー・・・。私達は毎度の通り、6両目を全席貸し切りです。ただし全ての座席にスタッフの皆さんや機材係の方々が座りますので、皆さんが自由に座れる席はありません。・・・・・・分かってますね?」

「「「「はーい」」」」

「もう新幹線に乗るのが何回目だと思ってるのよ。栗野さん」

「その手のは僕らは把握済みですよ?」

「お決まりだもんね」

「「「そうそう」」」

「はいはい・・・。それはどうも失礼しました! で~・・・、座席なんですけど・・・。今日はA席の6・7番、B席の6・7番に、それぞれ座っていただきます」


ちなみにこの椅子の並び順は、Aが縦に一列、Bが縦に一列の二列型。

しかもそのA席、B席の6・7番となれば、ちょうど列車の真ん中の席ということになる。

回数的に言ってしまえば、あまり多くはない位置の席だ。


またAの6・7番は一応窓側の席ではあるが、その窓から見える景色は、途中列車が視界を遮らない右側車道の風景。

というのも、この窓側の席は予め事務所スタッフ達の手により、事前にそう決められているのだ。

理由は、途中名古屋駅などで列車が止まった際、ファンの人達の人目に付かないようにするため。

これは初めてバンド活動で新幹線に乗った時から、ずっと変わらない決まりごとだ。


「誰が窓側の席に座るのかは、あとで適当に決めておいてください」

「「「「はーい」」」」

「あと新幹線での移動中ですが、東京駅着が予定で1時15分なんで、昼食は少し早めですが、11時半頃に食べる予定です。その後東京駅に着いた後ですが、そこでまずスタッフの大半の方々が、打ち合わせと機材・楽器用意のため、イベント会場に向かってしまいます。ですので“人通りの多い東京駅内を歩く”のは、メンバーの皆さん4人と、私と日向さん以外にスタッフが10人の、計14人でということになります」

「・・・・・・はい」

「はい。何ですか? 未佳さん」

「『人通りの多い』ってことは、駅構内を一般の人達と一緒に歩くってことですか?」

「はい。しかも今回は時期も時期。時間も時間なので、そこそこ人が混むことも予想されます。ですので皆さん、くれぐれもはぐれないようお願いします」


その栗野の忠告に、メンバーは思わず顔を歪ませる。

というのも関西方面で暮らす彼らにとって、あの東京駅の人混みは尋常でないほどの恐怖なのだ。


もちろん大阪市内も『人通りが多い場所はないのか』と訊かれれば、別にそういうわけではない。

たとえば通天閣の近くや道頓堀などは、大阪市内では人混みが目立つ場所の一つと言えるだろう。

特に大晦日や祭りの時は、人の数も最高潮に達する。


しかしその舞台が東京に移ったその瞬間、未佳達にはその二ヵ所の最高潮となった時の人混みが、幾分もマシなものに見えてしまうのだ。


「普通に歩くんだ・・・。なんか気重いなぁ~・・・」

「あそこ通天閣の大晦日よりも人通り早いし・・・」

「道頓堀のお祭りよりも人数多いんやもん・・・。ウチ、今から若干頭痛が痛いわ・・・」

「「「・・・・・・・・・・・・」」」」

「ほらほら、痛がるのはあと、あと! それと東京駅から外に出た後ですが、8人いるスタッフの内3名が、一度東京の方の事務所へ報告やら、向こうで扱っている機材等を会場へ運びに出向きます。ですのでメンバーの皆さんと一緒にホテルへ直行するのは、私と日向さんと、残りのスタッフ5名だけになります。ちなみにそのスタッフ5名は全員男性の方なので、手神さんか長谷川さんは、何かありましたらその5名に言うようにしてください」

「「はーい」」

「それからホテルの部屋ですが、女性陣の部屋は最上階の9階の10部屋全て。男性陣は7階と8階全ての20部屋です。それで少し申し訳ないのですが・・・、人数の関係上、女性陣は一人1部屋なんですが、男性陣は二人で1部屋ということになりました」

「「えっ・・・?」」


その栗野の説明、今度は手神と長谷川だけが顔を歪ませた。

もちろんこういう場合、一緒に泊まるのは長谷川と手神であるということは、既に相場で決まっている話である。


「・・・狭くないですか? 泊まりで男二人が一部屋って・・・」

「しかも僕のギターも部屋に入るんですよ?」

「何~っ!? 長谷川くん、あのギターを部屋に入れる気!?」

「!! ・・・そんなん当たり前じゃないっすか、手神さん・・・。まさか大事なギターを部屋の外に放置しとけと!?」

「だって・・・! ソレを室内に入れたら余計に狭くなるじゃないか!!」

「んな、ちょっとギターがスペース取るだけでしょ!?」

「ちょっ・・・、ちょっと二人とも・・・!」


ここで再び長谷川のギターが元でモメゴトが起こってしまい、栗野は慌てて二人を落ち着かせた。


とにかく今は、メンバー同士をモメさせるわけにはいかない。

彼らにはこれから、メンバー全員でやらなければならないことが山積みに残っているのだ。


「落ち着いてください、二人とも・・・!」

「だってリーダーが・・・!」

「長谷川さんも子供じゃないんだから! ギターの置き場所くらい、あとからいくらでも考えられるでしょう!?」

「それは・・・」

「そうやけど・・・」

「ねぇ~、さとっち~」

「・・・ん?」

「何ならそのギター、ウチかみかっぺの部屋で預かろうか~?」

「私達の部屋広いし、なんかさとっちよりもギターの方が“融通利きそう”だからー♪」



バタンッ!!



「なっ・・・、なんやと~っ!?」

「コラ! 未佳さん! 厘さん! 今の長谷川さんに油注がないっ!!」


しかし肝心のギターの置き場所が決まらないことには、この男は黙ってはくれない。

結局からかい目的で話し掛けてきた未佳と厘を止めてみても、ことは変わらなかった。


「・・・ホンマに僕のギターを外に歩く気ですか? 手神さん」

「部屋が他の男子部屋よりも余計に狭くなるのは嫌だからね? 絶対に嫌だからね!?」

「分かりましたよ・・・、分かりましたよ! あの大事な僕のギターが通路に出されるんだったら・・・!!」

「・・・?」

「「「?」」」

「僕通路で寝ますから!!」

「「「「それはダメッ!!」」」」


ふっと自棄を起こした長谷川のその発言に、今度はメンバーとマネージャーの4人でそれに反論した。


もちろん長谷川がこう言いたくなる気持ちも分からなくはないが、それを許すわけにはいかない。

特に事務所のスタッフ達や栗野には、たとえ『バンド』と言えど、主役の人間には最高のおもてなしとできる限りのことをしてやらなければならない、という“暗黙の掟”がある。

そんな栗野達にとってしてみれば、この長谷川の発言は“掟破り”の何物でもないのだ。


「それはさすがにマネージャーと事務所のスタッフ達が許しませんよ!? 長谷川さん!!」

「そうよ! さとっち! 少しはメンバー以外の迷惑も考えないと・・・!」

「結局あとで色々言われるのは栗野さんなんですから!」

「そうや! そうや! それは許可できへんよ、さとっち・・・」

「・・・・・・・・・じゃあそうしたらいいんですか・・・」



ドテッ!!



ふっと最終的に今にも泣きそうなほど小さな声で訊き返す長谷川に、4人は思わずその場に頭から倒れた。

毎回一緒にいて思うことだが、この男は本当に感情の落差が激しい。

しかも途中まで怒っていたはずの人間が、ある瞬間で突然ショゲついたり、落ち込んだりするのだから、メンバーは毎回振り回されっ放しなのである。


現にこの時も、未佳は突然目の前で項垂れ落ち込む長谷川にやや翻弄されつつ、とりあえず苦笑いを浮かべながら声を掛けてみた。


「なっ・・・、何もさとっち。そんな泣きそうな声で言わなくても・・・」

「だって・・・・・・、通路に放置ですよ? それもあんな寒くて暗い通路に・・・」

「あのね・・・。捨てられた犬や猫を連れてきて、結局『元に戻せ!』って言われた子供じゃないんだから・・・。ギターに感情移入し過ぎ!! 確かに大事な楽器だけど、そこまで感情移入してどうすんのよ!! ましてやあのギターが新品なら分かるけど、アレって本体の真下に目立つ傷が入ってるやつでしょ!?」


確かに未佳がそう口にしたとおり、今回長谷川が持ってきたギターには、ちょうどボディーの下部分に少々大きな傷がある。

その傷は、元々購入したその時から既に入っていたもので、店側は当初『傷が目立って売れない』と思い、中古ギターを扱う店屋に売り渡そうと考えていたのだという。


ところが偶然にもその場に居合わせた長谷川は、その傷の付いていたギターをしばし吟味。

そして最終的に『傷はあるけど音はいい』という理由から、こちらのギターを購入したというわけである。


またこの話自体は、今では事務所にいる全ての人間が知っているほど、かなり有名な長谷川の武勇伝話だ。

ちなみに何故事務所の人間全員が知っているのかというと、その長谷川の買ってきたギターがしばし事務所内で騒ぎになり、やむなく事務所を全て説明したからである。


「!! さっきから坂井さん『感情移入し過ぎ』とか『新品じゃないから』とかって・・・!! ええですか!? 坂井さん! 僕と“アイツ”は同じ境遇を切り抜けてきた大切な存在なんっすよ!? だから『通路に置き去り』なんて僕には・・・・・・。まあ・・・、坂井さんには分からないでしょうけど・・・」

「何ギターを擬人化してるのよ」

「・・・・・・・・・」

「分かった・・・、分かったよ。長谷川くん」

「えっ?」

「そんなに言うんなら部屋にギター・・・、置いていいよ」

「!! ほっ・・・、ホンマ!? ホンマにええんですか!? 手神さん!」

「うん、まあ・・・」


さすがにこのまま抵抗していては埒が明かないと感じたのか。

はたまた長谷川の熱意が通じたのか。

とうとう手神が、長谷川のギターの室内置きを了承した。


ただしその代り、一応こんな条件付きで、だ。


「ただし条件。置く場所は、絶対に邪魔にならないところにすること。できたら~、そうだな・・・。自分のベッドの真下とか、かなり狭い隙間とか、靴箱の上とか・・・。とにかく邪魔にならない且! 部屋が狭くなったように感じない場所にね?」

「そんなん大丈夫っすよ~、手神さん。コイツは僕のベッドの上にしますから」

「えっ!? ・・・それって長谷川くん寝れるの?」

「寝れます。寝れます。だってケースに入ってたら抱き枕同然やないですか」

「ま・・・、まあ・・・。そう取れなくはないけどー・・・」


一方、そんな二人の会話をしばし黙って聞いていた厘は、ふっと何かに気が付いたかのように、隣にいた未佳と栗野にこんなことを言い零した。


「なぁ。ウチ今思ったんやけど・・・」

「? ・・・何? 小歩路さん」

「さとっちさっきギターを通路に置き去りにするっていう話の時『あんな暗くて寒いところに放置するなんて』って言うてたけど・・・。『ギター』って基本ケースの中やよね?」

「あっ・・・」

「そう言われてみれば・・・」

「あのケースの中って、暗くて寒いんトコなんとちゃうんかなぁ~?」

「うん・・・。そ、そうだねぇ~・・・」

「まあ・・・、どうにか長谷川さんのギターによるいざこざも収まったみたいですし・・・。そこはあえて触れないことにしましょう。厘さん」


その後こちらの車内では、一時中断されてしまっていた栗野のミーティングが、再び続行された。


『S or M』

(2006年 7月)


※事務所 楽屋。


栗野

「じゃあ未佳さん。明日から新曲3曲とカヴァーアルバム2曲のレコーディング、よろしくお願いしますね? それからライヴのグッズデザインも」


みかっぺ

「そっ・・・、そんなに一気に沢山もやるの~?!(驚)」


栗野

「はい、もちろん。それからライヴのコーラス隊の立ち位置も決めておいてくださいね?」


みかっぺ

「そ・・・、そんな~!!(涙)」


栗野

「じゃあ後はよろしくお願いしますね? 未佳さん」


※そう言い残して楽屋を後にする栗野。


みかっぺ

「ハァ~・・・(溜息)」


手神

「仕事山積みですね。坂井さん」


さとっち

「栗野さん色々と厳しいですしね(苦笑)」


みかっぺ

「ホントよ~!(同感) まったく“S”さ加減にも程があるわ・・・(落胆)」


「! 何言ってるん? みかっぺ」


みかっぺ

「えっ?」


「栗野さんは『S』やなくて『M』やよ?」


みかっぺ

「えっ? ・・・・・・!! うっ・・・、嘘ぉっ!?(驚) 栗野さんそっち要素あったっけ!?(聞返)」


さとっち

「いや、待ってくださいよ。案外酒コレが入るとあの人・・・(疑)」


手神

「! 確かに!! 普段あんまり飲んでるところ見ないから僕らは知らないけど・・・」


さとっち

「厘さんはよく栗野さんとご一緒させていただいてますもんね(確信)」


みかっぺ

「そっか! やっぱりお酒が入ると栗野さん、そんな風になるの!? 小歩路さん!?」


「・・・・・・・・・えっ? 何の話?(苦笑)」


さとっち

「『何の?』って、小歩路さんは言ったんやないですか!!」


手神

「『栗野さんは「S」じゃなくて「M」だ』って!!」


「だって・・・! 普通に考えて『S』なわけないやん!! この間ウチとMINIQLO行った時も『M』やったし・・・」


みかっぺ

「ちょっ・・・! 小歩路さん、それって・・・!!」


みかっぺ・さとっち・手神

「「「服のサイズのことかいっ!!(爆)」」」



でも厘さん・・・。

決してその言葉の意味は覚えない方がいいよ?(苦笑)


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