61.道中道草
その後栗野の車へと荷物ごと乗車させてもらった未佳は、例の階段下りがあまりにもしんどかったのか、そのままやや広い最後部座席の上にへなぁ~と倒れ込んでしまっていた。
とにかく今は足全体が酷く重く、そして痛い。
明らかにこれは、自身の経験上『筋肉痛の一歩手前』の段階だ。
(お願いだから・・・、せめて筋肉痛にだけはならないで~!!)
そう強く願いはするものの『しかしこれは防ぎようのないことなのではないか』という予感も確かにしていて、結局未佳はそれ以上は何も考えず、ただ両足の痺れが少しだけ引くのを待つことにした。
ちなみにその未佳の行為によって座るスペースを取られてしまったリオは、仕方なく未佳の隣の助手席に座らせてもらっている。
実はリオにとって、助手席に座るのは今回が初めてのことだ。
というのも、いつもは未佳の隣が一人分空いていて、さらに助手席の方には荷物や他の人が座っていることが多く、なかなか座る機会というものがなかったのである。
〔(ふ~ん・・・。助手席の方が景色はいいんだ・・・)〕
一方『座っている』というよりも『倒れている』に等しい未佳の様子をサイドミラーで確認していた栗野は、一応未佳の安否確認のため、前方の方を見たまま声を掛ける。
「未佳さ~ん? 生きてますか~?」
「んっ・・・、ダメ・・・」
「『ダメ』ってアナタ・・・」
「だって栗野さん・・・。今まで建物の階段を21階から下りたことなんてある?! アレ本当にしんどいのよ!?」
「・・・でも私・・・。これでも人生で清水寺の三年坂は20回以上上り下りしたと思いますが?」
「・・・・・・・・・・・・」
「あっちの方が角度はありますし、一段一段の感覚もかなり狭いんで・・・。今日の未佳さんの階段下りはまだ楽な方だったと思いますけど?」
「・・・・・・・・・・・・もういい・・・」
その栗野の『三年坂』という返事に『負け』を感じたのか。
はたまた自分の苦労を分かってくれない栗野に失望したのか。
未佳は少しだけ起こしていた上半身を再び伏せてしまった。
(もーう、栗野さんったら・・・・・・・・・そういえば今って何時?)
ふっとそう思い、未佳は横になったままの体勢で、前の方にある車の液晶画面へと視線を向ける。
現在の時刻は午前8時43分。
ちなみに今走っている場所から新大阪駅までは、たとえ早く着いたとしても軽く10分ほどは掛かる。
確か9時から駅前の車の中でミーティングを行うことになっていたので、それを考えるとやや遅刻気味だろうか。
「栗野さーん・・・。こんな原因作った私が言うのもなんなんだけど・・・、間に合う?」
「・・・・・・まあ一応ミーティングの時間も、もしもの時のために余分に取ってましたから・・・。ホテルの説明と新幹線の切符の配布、昼食の駅弁メニューを即座に決めてから乗り込めば、間に合います」
「・・・本っ当にすみません・・・」
「この場合私よりも、先に着いているはずのメンバーの皆さんに謝った方がいいと思いますよ?」
「そ・・・、そうね・・・・・・・・・あ゛っ!!」
〔っ!?〕
ふっと栗野の口から出てきた『メンバー』という言葉を聞いた瞬間、未佳は『ハッ!』っとあることを思い出した。
実はあるメンバーとの大事な約束を、この時まですっかり忘れてしまっていったのである。
(アッ・・・チャ~!! しまった! 完っ全にあのことすっかり忘れてた・・・!!)
「あの・・・、み・・・、未佳さん? まさか今の『あ゛っ!!』は『忘れ物』の『あ゛っ!!』ですか?」
「いや・・・。どちらかというと『忘れていたこと』についての・・・・・・。栗野さん! 途中コンビニに寄れない?!」
そういきなり運転席の背凭れに掴み掛りながら言う未佳に、もはや栗野は『呆れ』を通り越して驚く。
「ハァ~!? 一体何言ってるんですか!? 未佳さん!! もうあんまり時間がないって言ってるのに・・・!」
「でもどうせ駅の通り道にあるでしょ!? 『OKclub』がっ・・・!」
未佳の言う『OKclub』とは、関西方面にもそこそこの店舗数が存在する有名なコンビニエンスストアの一つ。
やや楕円形状に書かれた『O』に、もう一つのアルファベットの『K』が半分だけ食い込んで書かれているのが特徴的な看板で、品揃えも豊富なコンビニだ。
ちなみにこの辺りでは、事務所から10分ほど離れた先にある歩道の左側と、今未佳達が向かっている新大阪駅手前の角を曲がったところに建っている。
「それはそうですけど・・・・・・。でも時間だって限られてるんですよ!?」
「ちょっと寄って1個だけ買ったら車に戻るから! ねっ? お願い!!」
そう両手を合わせて頭を下げる未佳に、栗野はしばし悩んだものの、やがて『ハァー』と溜息を吐いた。
「本当にすぐに買い物済ませてくださいね?! 時間ないんですから!」
「ありがとう~♪ 栗野さ~ん♪」
(・・・・・・やっぱり私・・・、甘いわ・・・。どうしよう)
やがて栗野の車は『この先の角を曲がれば即新大阪駅』という場所にまでやってきて、その車を角手前のコンビニの前の脇に停めた。
本来ならばあまり駐車してはならない場所だったが、他に駐車場として使える場所はないし『たった5分程度の買い物であれば』と、そこに車を停めたのだ。
「じゃあ栗野さん。ちょっと急いで行ってくるから・・・!」
「あっ・・・、待った!」
「えっ?」
「私も一緒に行きます。何かあってからでは遅いですし、私もドリンクくらいついでに買おうと思ってたんで」
「じゃあ急ごう!」
こうして未佳と栗野の二人は車から下りると、目の前にあるコンビニへと足を向かわせる。
そして店内へと入ってみると、こんな朝早くでもあるというのに、中は思いの外人が混み合っていた。
中にいる人達の格好から察するに、どうやら今日は休日のようだ。
〔・・・ねぇ〕
「・・・ん? な、何? リオ」
〔『買いたいもの』って、一体何のこと? 昨日散っ々荷物は確認してたんじゃん。まだ何か忘れてたりしてたの?〕
「うん・・・。別に持ち物リストに入れてるものじゃないんだけどね? ・・・ほら、アレ」
〔ん?〕
ふっとそう言って未佳が指差す先にあったのは、コンビニにしては少々大きめのスイーツコーナーの棚。
そしてその棚の一番目に付く3段目には、何やら少し大きめの丸い薄茶色の物体が陳列されていた。
〔あっ・・・。もしかしてシュークリーム?〕
「ピンポーン♪」
〔・・・・・・でもなんで?〕
「あれ・・・? そういえばリオ、あの時いなかったっけ?」
ふっとキョトンとした顔でこちらに聞き返してくるリオを見て、未佳はあの場にリオがいなかったということに、はたと気が付いた。
そういえばあの時、ちょうど未佳とリオは仲違いをしたばかりで、確かあの後は自宅に帰るまで、お互いに口を開かなかったのだ。
さらにリオに至っては、自宅に帰るまで姿ですら現してくれなかった。
「・・・・・・じゃあ私とさちっちの『シュークリーム事情』もまったく知らないのね?」
〔何? その『シュークリーム事情』って・・・〕
「ちょっとあの後昼食代わりにさとっちからもらったのよ。それのお返し」
〔でも、何も今日返さなくても・・・〕
「だってさとっち『東京公演の前の日あたりに』って言ってたんだもん。それだともう“今日しかない”じゃない?」
正確には『東京公演前の休みの日にでも』という意味で、長谷川は言っていたのだろう。
しかし完全にそのことを忘れていた未佳は『そこまで本人ハッキリ言ってはいなかったし』と、自分に勝手に言い訳を並べていた。
もっともこの時期であれば、行きの途中で手渡したところで、相手の邪魔にはならないだろう。
むしろその前に、新幹線の中でそのお返しの品を食べてしまうような気もしなくはない。
「ってなわけだから」
〔へぇ~・・・。結構未佳さん律儀だね。そういうの〕
「・・・・・・だって約束守んないと根に持たれるんだもん」
ズベッ・・・
〔(『約束は守んないといけない!』っていうポリシーの名の元じゃなかったのかよ!!)〕
「さぁ~って。とりあえずちゃっちゃか買ってさっさと戻ろぅ・・・・・・!!」
〔ん? ・・・今度はどした?〕
「・・・めっちゃ買いにくい」
〔えっ?〕
ふっと足を止めたままそう口にする未佳の視線の先には、かなりヤンキー風な二人組の男が、こともありうに問題のスイーツコーナーの真ん前に立って雑談をしていたのである。
実はこの男二人組、最初はスイーツコーナーの向かいにあった雑誌コーナーで漫画雑誌を読んでいたのだが、その後漫画を読み終えた辺りで場所を移動し雑談。
その場所が不運にも、未佳の目的でもあったスイーツコーナーの真ん前だったというわけだ。
「せやからアイツ、ホッンマ『アホ』としか言えへんやろ~?!」
「せやな。アッハッハッハッ! ほんでソイツ、あんたびっちりシバいたんか?」
「んなことするわけないやろ~?! あんなん痛め付けたらこっちが『アホ』みたいに見られるわ」
「ハハハ! そらそうやな!」
「「ハッハッハッ!!」」
〔(一体何の話だよ・・・)〕
(でもどうしよう・・・。とてもあの人達に『どいてください!』なんて言えないし・・・。何か仕返しされたら嫌だし・・・)
「あっ、ちょっと! 坂井さん!!」
「・・・えっ?」
ふっとその声の聞こえてきた方向に視線を向けてみれば、そこにはあの栗野が、右手にペットボトルの入ったレジ袋をぶら下げた状態で、こちらにムッとした表情のまま近付いてきていた。
その栗野の表情に一瞬たじろいだ未佳は、やや半歩ほどその場から後ろへと下がる。
「栗野さん・・・」
「何やってるんですか! 未佳さん!! 『もうあまり時間がない』って、私何回も言ったでしょ!?」
「それが・・・、私が欲しいの、あそこの棚の3段目にあって・・・」
「ん~? ・・・・・・もしかしてあのシュークリームですか?」
「そう・・・、なんだけど・・・。でもあの人達が棚塞いでたら、取るに取れないし・・・。買うの諦めた方がいいわよね。ハハハ・・・」
そう未佳は栗野の方に視線を向けて苦笑したのだが、肝心の栗野は、その未佳の判断にうんともすんとも言わず、ただただじ~っとある男達の方を見つめている。
それから10秒ほど経った後、栗野はしっかりとした足取りで問題の棚の方へ。
そして堂々と男達の真ん前に立った瞬間、ハッキリと栗野はこう言い放った。
「ちょっと・・・、そこどいて!!」
「「ッ!!」」
(〔(!!)〕)
まさかの栗野の『どいて!!』発言に、未佳とリオはお互いに目を見開いた。
当たり前だ。
何せ今栗野が『どいて!!』と言った相手は、かなり恐そうなヤンキー風の男二人。
普通こんな風に言ってしまったら確実に掴み掛られる。
最悪ボコボコにされる可能性だって、この場合完全否定はできない。
だが今回は、少々相手がよかったようだ。
「すっ・・・、すんません・・・」
「どきます、どきます・・・」
「・・・・・・未佳さん! はら、早く!」
(『早く』って言われても・・・)
そうやや冷や汗を掻きつつ、未佳は棚の前に誰もいなくなったことを確認して、シュークリームの袋を1袋だけ、手に取った。
ちなみに今回未佳が購入したシュークリームは、以前長谷川が食べていたものとまったく同じものである。
(ふぅ~・・・。とりあえず一安心・・・か・・・)
「未佳さん、ほら早く! 私先に車に戻ってますから・・・!」
「えっ? あっ、はい!」
そう未佳に伝え終えるや否や、栗野は路上に止めていた車の元へと小走りで走り出していってしまった。
一人取り残されてしまった未佳は、とりあえず急いでレジへと向かう。
そしてレジにて会計を済ませようとした際、ちょっとした事態が発生した。
「はい。1点でお会計“130円”になります」
「・・・えっ?」
その店長の口から告げられた会計金額に、未佳は思わずその場で聞き返してしまった。
というのもこのシュークリーム。
長谷川自身が購入していた時もそうだったが、通常は『120円』と、10円安い商品のはずなのだ。
しかし何度レジの数字を見てみても、こちらの金額は『130円』。
やはり10円高い。
さらに未佳は『もしやレジのバーコードリーダーがおかしいのではないか』と、実際にそのシュークリームが陳列されていた棚の方にも視線を向けてみるが、やはりそこの値札金額は『130円』。
それも税込でである。
(うっそぉ~!! このシュークリーム値上げしたの!?)
「あのー・・・、お客様ー・・・?」
「えっ?」
「お会計・・・」
「・・・! あっ、すっ・・・、すみませんっ!」
あまり持ち合わせで細かいのがなかったので、未佳は100円玉と50円玉の小銭で購入したのだが、やはりこの金額には納得がいかない。
そもそもこの商品は一体いつ、こんな10円も価格が上がってしまったのだろう。
もし長谷川が本来の『120円』で購入していたのであれば、値上げを開始したのは今日を含む3日間の間。
その間に、メーカー側の都合で何かあったのだろうか。
栗野の車に乗り込んだ後も、未佳は納得のいかない面持ちで、シュークリームの入れられたレジ袋を見つめた。
「はぁー・・・。『120円分の何かおごるね?』とか言っておいて、結局私の方が高くついてるじゃな~い・・・」
〔・・・・・・結構未佳さんも根に持つタイプだね〕
「あ゛っ?」
「? と・・・、ところで未佳さんなんでシュークリームをわざわざ?」
「えっ? あっ、ちょ・・・、ちょっと事情があって・・・」
ふっとそう口にしてシュークリームをレジ袋から取り出した未佳は、そのパッケージに大きく書かれていたある文字に、思わず目と手を止める。
そこには『大人気カスタードクリーム 1.5倍増量!』という文字。
「!!」
〔あっ・・・。きっとコレだよ! コレが理由で値上がりしてたんだよ! このシュークリーム!〕
「・・・・・・・・・・・・」
〔み・・・、未佳さん・・・? 大丈ぶ〕
「クリーム増量しといて10円も値上げさせたんかっ!! ワリ゛ャア゛ア゛ア゛ァァァッ!!」
〔!!〕
「!? み・・・、未佳さん!? ど、どうしたんですか?! 急に・・・!」
その後未佳の謎の叫びに翻弄されながらも、車は無事新大阪駅へと到着した。
『勝手』
(2007年 7月)
※事務所 調理室。
※テレビラジオ番組『スクリーン長谷川』
コーナー名『ちょっとやっちゃわない?!~今週のお題~』
指令!!『高野豆腐を作れ!!』
さとっち
「今日のお題は高野豆腐か・・・。今は夏も本格的になりつつあるし、ある意味ちょうどええかも♪(^^)」
※とりあえず全ての工程作業を済ませ、冷蔵庫の中にものを仕舞う。
さとっち
「よし! こっちが木綿ver♪ こっちが絹ver♪ 位置も一応確認して・・・。うまくできるかは明日確認か~・・・。早よ食べたい!(ワクワク)」
※翌朝 12時。
さとっち
「さぁ~ってと~♪ ちゃんとできてるかなぁ~? ・・・・・・・・・あれ!?」
※ふっと冷蔵庫を開けて、豆腐がないことに気付く。
さとっち
「あれ?? なんで・・・!? あっ・・・、あの・・・! すみませーん!!(呼)」
スタッフ
「・・・ん? あっ、はい?」
さとっち
「ここにあった作り掛けの高野豆腐知りませんか!? 僕の企画番組で作ってたやつなんですけど・・・!(慌)」
スタッフ
「・・・・・・さぁ~(首傾) あっ、でもさっき・・・。長谷川さんのバンドメンバーがこの部屋来ましたよ?」
さとっち
「・・・・・・・・・へっ?(聞返)」
スタッフ
「なんでもさっきまで・・・、自分の昼食を腐らないよう、あの冷蔵庫の中に入れていたみたいで・・・」
さとっち
「・・・・・・・・・・・・・・・ハッ!!Σ(@□@;)」
※何か察して楽屋へと走り出す長谷川。
さとっち
(まさか・・・! まさか・・・!! まさか~!!(焦))
※楽屋。
さとっち
「ちょっと・・・! みんな!!(慌)」
みかっぺ
「ん?」
厘
「えっ? ・・・さとっち?」
手神
「ど、どうしたんですか? そんなに慌てて・・・」
厘
「・・・・・・・・・・・・あっ!! もしかしてウチら高野豆腐食べてるって聞いて、自分も食べたくてこっちに来たんとちゃう??(笑)」
さとっち
(ハッ・・・!!Σ(@〇@;))
みかっぺ
「じゃあ・・・、ちょっと一足遅かったね(^_^;) もう私達、豆腐もお昼も食べ終わっちゃったから(苦笑)」
手神
「でもあの高野豆腐おいしかったよね?」
みかっぺ
「うんうん♪」
厘
「『大豆の味が生きてる~』いうか・・・」
みかっぺ
「まさかこんな暑い日に事務所の冷蔵庫に高野豆腐が入ってたなんて、スタッフすごいイキなことしてく」
さとっち
「あれは僕の高野豆腐やったんやぁーっ!!(怒泣叫嘆)」
みかっぺ・厘・手神
「「「えっ・・・?」」」
ここの事務所は、食べ物を何処かに置いておくと、完全にアウトです・・・(笑)