60.おい、エレベーター!!
ピピピッ・・・
ピピピッ・・・
ピピピッ・・・
午前8時。
ややけたたましいとも取れるアラーム音が、未佳の寝床中に響き渡った。
当然コレは、未佳自身が時間を決めてセットした目覚まし時計のアラーム音。
にも関わらず未佳は、布団に包まりながらこんな言葉を口にした。
「う~・・・ん・・・。うるさいなぁ~・・・」
〔未佳さん? ・・・未佳さん、起きて。朝だよ? 時間だよ??〕
「ん・・・。分かってるけど・・・、あと5分・・・」
〔ソレの3回目には『15分』って言うんでしょ?〕
「・・・・・・・・・・・・」
〔ほら・・・。時間がまずくなる前に起きようよ。まだ荷物入れてないのもあるんでしょ?〕
「・・・・・・う~ん・・・。分かったわよ・・・。起きる、起きます・・・」
未佳はそう答えながら、渋々布団から起き上がった。
実は昨日の夜、未佳はかなりの時間まで練習をしてしまっていたのだ。
そのため今日はその行動が仇となり、こんな寝不足気味な状況になってしまっていたというわけである。
「ふぁ~・・・。昨日12時過ぎまでやったのは完全に失敗だわ・・・。まさか時計をしばらく見てない間にあんなに遅くなってるだなんて・・・」
〔・・・とりあえずパッキングの残りをやったら?〕
「分かってるわよ。歯ブラシセットとメイク道具と水入れればいいんでしょ?」
未佳はそうリオに言うと、洗面所で寝癖によりボサボサになっていた髪を解かし、冷水でバシャバシャと顔を洗った。
一応ここまでやっておけば、もうこれ以上眠気がやって来ることはない。
「フゥー・・・。顔がスッキリしたらお腹が減った。モーニング♪ モーニング~♪」
〔って言っても何食べるの? 昨日かなり色々買い込んでたけど・・・〕
「ん? あぁ・・・。一応食べようと思ってるのはあるわよ? 昨日買ってきた菜っ葉の白和えと、じゃが芋とレンコンの煮物と・・・、あときんぴらゴボウ・・・」
〔って・・・、全部惣菜じゃん!! まさか朝はそれだけ!?〕
「それこそまさか・・・。一応インスタントのワカメみそ汁、とぉ~・・・、昨日炊いて冷蔵庫で冷やした冷ごはん。これを温めちゃえば、それなりの朝食にはなるんじゃない?」
〔・・・むしろいつもよりもしっかりしてる〕
「わっ、悪かったわねぇ~!!」
ちなみに今未佳が上げた惣菜とインスタントみそ汁は、全て大玉で1円セールになっていたものだ。
またインスタントみそ汁に関しては、実は未佳が欲しくて購入したものではなく、手神と長谷川に勧められて購入したものである。
(・・・・・・でも実際どうなんだろう・・・。一応あの二人『みそは粉じゃなくて、普通のお湯で溶かすだけのみそだ』って言ってたけど・・・)
そう胸中で呟きながら、とりあえず未佳はお椀にペースト状のみそを入れ、その上からフリーズドライ化されたワカメとネギを放り込む。
そしてその上から、沸騰仕立てのお湯をまんべんなく注いだ。
あとは箸などで軽くみそを混ぜ合わせれば、完成である。
「・・・・・・これでいいんだよね? ご飯も温めたし・・・。いただきま~す♪」
未佳はそう言いながら手を合わせると、早速半信半疑でもあったインスタントみそ汁の方に手を伸ばす。
一応、みそ汁自体の香り的には合格のような気がする。
だが今気になっているのは、このインスタントの味だ。
とりあえず人工的な薬品の味がしないことを祈って、一口だけ飲んでみる。
「・・・ん?」
〔? ・・・どうだった? やっぱり微妙?〕
「ううん・・・、美味しい・・・。普通に美味しい♪ あの二人いいの見つけるじゃない♪♪」
〔・・・・・・まさかこの先みそ汁みんなソレにする気じゃないよね?〕
「・・・さぁ~ってと。次は白和え~♪」
〔ちょっ・・・! 今スルーしなかった!? ねぇ!?〕
その後朝食を何事もなく全て完食した未佳は、洗面所で歯磨きと軽めのメイク等を施した後、今まで仕舞えずにいた荷物類をバッグに仕舞った。
これで一応、栗野から連絡が入ればいつでも外に出られる。
ふっとそう思いながら窓の外を見てみると、空は昨日の天気とは打って変わり、雲一つない晴れ渡った空へと変わっていた。
その晴れ方はまるで、昨日の雨が雲の全てを降り落してしまったかのようだ。
「東京もこんなに晴れてるのかな~? 今日」
〔さぁ・・・。まあ今日これだけ晴れてるんなら、明日いきなり雨っていうことはないだろうけどね〕
「もしかしたら雲が少しだけ出てて、一般的によく言われる『晴れ』ぐらいにはなるかもね」
ピリリリ・・・
ピリリリ・・・
「あっ・・・! きた!」
ふっと自分の携帯に掛かってきた電話に、未佳はすぐさま携帯を手に取って話し始める。
あの未佳の話している様子や時間からすると、電話の相手はマネージャーの栗野だろう。
未佳はしばし電話の相手の話を聞くかのように沈黙した後『すぐ下に行きます』とだけ伝えて、電話を切った。
「栗野さん、あと5分ぐらいでここの真下に着くって。行こう!」
〔うん〕
「リオは忘れ物・・・、とか言っても、そもそも持ち物自体が無いか」
〔でも未佳さんのウォークマンは欲しい〕
「大丈夫♪ 私のカバンにちゃんと入ってるから。行こう」
二人は揃って玄関へ出向くと、未佳はドアを開けて。
リオは身体を透かして、外の通路の方へと出ていった。
そしてドアに鍵を閉め、すぐ右通路を曲がった先にあるエレベーターホールへと向かう。
そこでエレベーターに乗り、栗野の待つ1階へと下りる。
それが未佳の中では当たり前の手順だったのだ。
しかしこの日、その未佳のお決まりと化していた手順は、ある出来事がキッカケで脆くも崩れ去った。
ふっとエレベーターホールへと出向いた未佳は、いつもとは少しだけ様子の違うエレベーターに、ピタッと足を止める。
その未佳の反応に、リオはしばし不思議そうに未佳を見つめた。
〔どうしたの? 未佳さん・・・〕
「・・・・・・もしかしてこのエレベーター・・・、今日動いてない・・・?」
〔・・・えっ?〕
そう言われてエレベーターの方をよく見てみれば、エレベーターの乗り口には、何故か黄色い小さな策が設けられており、乗ることもボタンを押すこともできなくなっていた。
さらにその黄色い策には、大きく『ただ今点検中』と掛かれた看板が立て掛けられている。
「て・・・『点検中』って・・・! もしかして!!」
そう思いしばらく見ずにいたエレベーターホールの掲示板を見てみれば、そこにはハッキリと『3月9日(金)~3月11日(日)は、エレベーターの点検清掃工事のため、午後6時まで使用禁止』と書かれていた。
しかもこの貼り紙の色褪せ方や角の破け方などを見ると、どうもコレを貼り出したのは随分前のようだ。
「うっそぉ~・・・!! しかも『今日の午後6時まで動かない』って・・・!!」
〔こういう場合は階段で下まで下りるんでしょ? エレベーター使えないんだから・・・〕
などとリオはさぞ軽いことのように口にしたが、実際コレはそんな簡単に『はい』と言ってできるようなことではない。
まず第一に、階段を下りるというだけでもかなりの重労働だ。
荷物だっていつもよりもかなりある。
何より一番キツイのは、ここから1階までの階段の段数。
「『じゃあ階段で♪』なんて軽く言わないでよ、リオ! ここから1階までどれだけあると思ってるの!? そもそもここが何階なのかちゃんと把握してる!? リオ!!」
〔・・・21階〕
「そうよ、21階よ!? で? 段数は何段!?」
〔さぁ・・・? 21階から20階までの間は何段なの?〕
「14・・・」
〔それに20カケればいいんでしょ? だからー・・・・・・・・・え゛っ?〕
「分かった?」
〔280・・・、段?〕
「そうよ。私の残り寿命よりも多いのよ? それで? ・・・コレを下りる覚悟がある!?」
未佳がややドスの利いた声で再度聞き返すと、リオは激しく首を左右に振った。
しかしここで立ち止まっていても、エレベーターは動いてはくれない。
一応今点検を行っているのは、最上階の25階のようだが、このまま21階にまで下りてくれたとしても、きっと点検中のエレベーターには乗せてくれないだろう。
むしろその前に、東京駅行きの新幹線に乗り遅れるのがオチだ。
「・・・・・・・・・・・・」
〔でも・・・、階段使うしかないよね? こうなっちゃってるんなら・・・・・・! あと3分で栗野さん来ちゃうよ!?〕
「!! 急ごう! 残り3分で下に着ける可能性は低いけど・・・!!」
ようやく未佳も階段で下へ下りる覚悟が付いたらしく、二人はエレベーターホールとは逆方向にある外通路から下へ繋がる階段へと駆け出していった。
この時一番未佳の身体に大きな負担を与えていたのは、徒歩での移動では一番楽だと思い込んでいた、このキャリーケースである。
平坦な道での歩行では引っ張るだけの便利な車輪も、階段のような段差では不便な道具に他ならない。
ましてや下り階段の場合、逆に本来のキャリーケースの使い方を行ってしまうとかなり危険だ。
下手をすれば大怪我の元にも繋がる。
未佳は重いキャリーケースの小さい取っ手を両手で掴み、軽く車輪を地面から話す程度に持ち上げた状態で、階段を一段一段慎重に下りていく。
実はキャリーケースを持ち上げて下りると、足元の視界が全てケースによって遮られてしまうのである。
(・・・っ・・・っ・・・っ・・・。足元がよく見えない・・・っ・・・重っ!)
〔未佳さん、大丈夫? 僕手伝おうか?〕
「へ? あっ・・・、ううん。大丈夫、大丈夫。まだ18階の途中なのに、ここで『もう疲れた~』なんて言ってらんないでしょ?」
そう作り笑いで答えた未佳だったが、実際はこの42段の時点で、かなり足と手のひらに負担が重なっていた。
特に手の方は、絶えず同じ箇所で固めの生地の取っ手を握っていたため、両手の第三関節部分には赤黒い線のような痕が入ってしまっている。
その手の痕に、リオもすぐさま気が付いた。
〔って・・・! 未佳さん、関節のところすっごい赤いよ!?〕
「ん? あっ・・・、しょうがないよ♪ しょうがない♪ 同じところにばっかり体重掛かってたから・・・。仕方ない♪ 仕方ない♪」
〔・・・・・・・・・・・・〕
「? ・・・リオ?」
〔・・・やっぱり僕手伝う〕
「えっ?」
〔とりあえず下から持ち上げるから・・・!〕
リオはそれだけ未佳に伝えると、キャリーケースの下部分を両手で支えるように持ち上げる。
そして未佳のテンポに合わせるかのように、一段一段慎重に階段を下りていった。
「あ・・・、ありがとう、リオ・・・。でもコレ、かなり重くない?」
〔平気・・・。大丈夫!〕
「おっ? さっすがは男の子! 人間じゃなくても力持ち~♪」
〔ごめん、本当はかなり重い・・・〕
「・・・・・・でしょうね。何せ凍らせた水のペットボトルが5本も入ってるから・・・」
〔そっ・・・、そんなに!?〕
「アーティストはね。色々と必要なのよ。大変だけど・・・」
そんな会話を所々交わしながら、未佳とリオは二人で慎重に。
けれども確実に、1階へと向かって階段を下りていく。
しかしその階段下りが12階へと差し掛かった辺りで、とうとう未佳の足が止まった。
「ハァ・・・、ハァ・・・。疲れた・・・。少し休ませて・・・」
〔未佳さん、頑張って! あと残り12階だよ!?〕
「・・・・・・分かってるけど・・・。コレ結構足にくる・・・。死ぬ・・・」
〔いや、死なないから・・・。未佳さんの場合は特に死なないから・・・〕
そうリオがツッコんだ、まさにその時だ。
ピリリリ・・・
ピリリリ・・・
ピリリリ・・・
「うあ゛っ! 電話・・・!!」
〔きっと栗野さんからだよ・・・。『なんで下にいないの!?』っていう・・・〕
そのリオの予想は、当然のことながら的中していた。
電話の相手は、先ほどと同じく『栗野奈緒美』から。
そして電話に出てみれば、彼女は開口一番に予想通りの発言を口にした。
「も・・・、もしもし?」
『もしもし、未佳さん!? 未佳さん今何処にいるんですか?! 私ずっと下にいるんですよ!?』
「すみません・・・! え~っと・・・、今12階付近にいます・・・」
『・・・はっ?』
「12階にいます! マンションの・・・」
『なっ・・・、なんでそんなまだ“上の方”にいるんですか!?』
「・・・・・・上・・・」
きっと栗野は何気なくそう口にしただけなのだろうが、12階でも『上』と言われると、少々今の未佳にとってしてみれば気持ちが沈む。
それでも未佳は正直に、ことの事情を栗野に伝えた。
「じ・・・、実はエレベーターが今日、点検工事で動かなくて・・・」
『えっ!?』
「私今日までそのこと全っ然知らなくて・・・。今21階から12階付近まで、荷物抱えて下りてきたところなんです・・・」
『エ~ッ!? じゃ・・・、じゃあ今階段で話してるんですか!? この電話・・・!』
「あっ、はい・・・。本っ当にごめんなさい! 私なるべく早めに階段下り切りますから・・・!」
そう未佳が電話で話しながら顔を下げると、栗野はやや慌てた感じで、まったく真逆の返事を返してきた。
『あっ・・・! い、い、いいです! いいです!! 下り切れるのであれば別に・・・、ゆっくりでも構いませんから・・・!』
「えっ? でも・・・!」
『下手に急ぎ過ぎて、足でも挫かれたら大変ですから・・・! そこはゆっくりで構わないんで、とにかく階段を下りてきてください!』
「あっ・・・、はい! すみません、では・・・」
ピッ・・・
「はぁ~・・・・・・。よしっ、リオ! 行くよ!?」
〔あっ・・・、うん!〕
その栗野との電話の間に休憩が済んだのか、未佳は再びキャリーケースの取っ手部分を両手で掴み、一段一段階段を下り始める。
そのケースの下側には、同じく荷物を抱え上げるリオがいた。
一応栗野は電話でああ言っていたが、実際は立場的にも時間的にも、こちらは急いで欲しいに決まっている。
ましてやこの後、自分達は新大阪駅付近に止まっている車の中に入り、そこで軽く打ち合わせやらをする予定になっているのだ。
そんな大事な現場にヴォーカルだけがいないなど、まったく洒落にならない。
傍からしてみてもかなり迷惑だ。
「あ~ぁ~・・・。きっと栗野さん・・・、車に乗った早々怒鳴り散らすんだろうなぁ~・・・」
〔未佳さん。今はマイナスなことは考えないで〕
「だって・・・。だってあの電話から聞こえてきた態度聞いてたら一発だもん・・・。私、伊達に10年間一緒にいるわけじゃないもん・・・」
〔それはー・・・〕
「ぐすんっ・・・」
〔ほら、泣かない〕
「泣いてない・・・。泣く一歩手前・・・」
ズルッ!
「ちょっ! だっ・・・、大丈夫!? リオ!!」
〔大丈夫・・・。ちょっと足滑っただけ・・・〕
それから運び続けること約3分。
残り7階と差し迫った辺りで、ふっと未佳がこんなことをリオに尋ねた。
「そういえば、リオ」
〔・・・ん~?〕
「私って・・・、足クジけるの?」
〔・・・へっ?〕
「だって私・・・、今“予約死亡”の身でしょ? それでも・・・、怪我とかってするの?」
〔当然でしょ?〕
「・・・・・・・・・・・・」
そうさぞ当たり前であるかのように言われ、未佳はしばし両目をパチクリさせながら、半分意外そうな表情を浮かばせて、リオの方を見つめる。
その未佳の反応に、リオはさらにこんなことを口にした。
〔・・・なんかまだ理解し切れてない箇所があるみたいだから言うけど・・・。『予約死亡』は予め決まっている日にちと時間までは生かされ続ける・・・。でも死に及ばない程度の怪我とかなら、普通の人とまったく同じように負うからね? その証拠に、最初に未佳さんが無理をしてリストカットしようとした右手首。内出血程度の怪我はしたでしょ?〕
「あっ・・・」
そう言われてみれば確かにそうだ。
それに、ついこの間の泣き過ぎで目が赤くなったのや、首に縄の痕がくっきりと付いてしまったのも、大まかに言ってしまえば怪我のようなものである。
「じゃあ私・・・。ここから転がった場合、多少の怪我はするってこと・・・?」
〔・・・まあ本人が試してみないとよく分かんないけど、たぶん酷くて両足複雑骨折じゃない?〕
「だっ・・・! 誰が試すのよ! そんなの!!」
そんな会話を間に入れつつ、さらに2分。
残り3階までと差し掛かった辺りで、ふっと未佳はキャリーケースをややリオの手の届かない高さにまで持ち上げた。
その未佳の突然の行動に、リオは『えっ?』と戸惑いながら、そのままケースを支えていたままの形の手を行き場なく浮かせる。
一瞬、何か未佳のカンに障るようなことをしてしまったかと不安になったが、未佳がキャリーケースを持ち上げたのは、まったく真逆の理由からだった。
「はい。ここまでありがとうね♪ リオ」
〔・・・えっ?〕
「あとは私が1階まで、持っていくから。リオは普通に階段下りちゃってて」
〔えっ? あっ、うん・・・。でも大丈夫?〕
「大丈夫、大丈夫。あと少しだもの。私だけで持って行けるから」
本当はリオの手があった方が下りやすいのだが、さすがに最後まで身長も身体も小さいリオに手伝わせるのには抵抗がある。
ここは最低でも、自分一人で下まで運んで行きたい。
(あと30段・・・、29段・・・、28段・・・、27段・・・、26段・・・! あと25段!)
一段一段慎重に、荷物を落とさぬよう、足を踏み外さぬよう、未佳は1階へと下りてゆく。
一段下りる度に、自分の体重と荷物の重量が一気に片足に圧し掛かるのかのような感覚が襲う。
ふっと階段の手すり上の吹き曝し部分から下を覗いてみると、マンションの出入り口付近に、見覚えのある1台の白い乗用車が止まっていた。
その乗用車のすぐ傍には、黒い服を着込んだ女性がずっと立ち尽くしている。
真上からしかその姿を見てはいないが、髪型と立ち振る舞いから、即座に栗野であると判断した。
「あっ・・・。栗野さーん!」
「! ・・・? ・・・?? ・・・・・・! あぁ!」
ふっと未佳が上から栗野に声を掛けてみると、栗野は一瞬声の出所を探すかのように辺りを見渡し、やがて階段の方を見上げ、右手を大きく振った。
「そこ何階~!?」
「1階と2階の間ですー!!」
「あとどれくらい~!?」
「もう1分掛かんないと思うんで、すぐ下りまーす!!」
それだけ伝えて再び取っ手部分を掴むと、未佳は自然と急ぎ足で、残りの21段を一気に駆け下りていった。
そして階段を無事下り切ると、今度はそこから少し左側へ曲がり、そこにある白いドアの前へと向かう。
実はこの階段から出るためのドアは、内側からは簡単に開けられる仕掛けなのだが、外側からは自宅の鍵が無い限り入室できない構造になっている。
当然これは、不審者や泥棒、余計なセールスなどの防止のためのものだ。
未佳は荷物を一旦下に下ろし、ドアノブを右手でギュッと掴みながら、それを回して押し開ける。
その瞬間を見た栗野は、即ドアの反対側の方へと走り出し、未佳の元へと駆け寄った。
「未佳さん!」
「栗野さん・・・。もう疲れた~・・・」
その栗野の姿を見て安心したのか、未佳はまるで全ての力を使い果たしたかのように、キャリーケースの上に両手と顔を埋めながらヘタり込んだ。
「未佳さん・・・。えっ? 本当にあんな上から下りてきたんですか?」
「そうよ! もう本当に大変だったんだから!!」
「み・・・、みたいですね・・・」
「もう・・・。なんでよりにもよって金曜日に点検なんか」
「あれ? ・・・未佳ちゃん?」
ふっと聞こえてきたその声に自分の真後ろを振り返ってみれば、そこには同じ階の住民でもある西本カナエが、こちらに向かって歩いて来ているところだった。
手に持っているレジ袋からすると、どうも先ほどまでスーパーで買い物をしていたらしい。
「あっ・・・。カナエおばあちゃん!」
「・・・えっ? 未佳さんの・・・、お知り合いの方?」
「ん? ・・・うん、そう。同じ階のお隣さん。すっごくいい人なんだよ?」
「ふ~ん・・・」
「これから旅行なんか?」
「えっ? まあ・・・、半分・・・」
「これから仕事で東京に行くところなんです。私達」
「へぇー、東京? ここからやと遠いんと違うん?」
「まあ、それなりに距離はあるけど・・・。でも毎年何かと行ってるから」
ふっとそこまで西本と話していて、未佳は一瞬『あれ?』と思った。
「そういえばカナエおばあちゃん・・・。どうやって1階へ?」
「ん? 『どうやって?』って・・・、階段やで?」
「「〔・・・えっ?〕」」
「せやから『階段』。自分の階からずっとね」
「え゛っ!? かっ・・・、カナエおばあちゃん! 階段で21階から下りてきたの!?」
そう驚きながら聞き返す未佳を尻目に、西本は大きく口を開けて『ガッハッハッハッ』と笑い返す。
「若い娘には負けたくあらへんからなぁ~。あんな階段なんか余裕や! 余裕! あっ・・・。ほなな、未佳ちゃん」
西本はそう言って未佳に手を振ると、そのまま自宅の鍵を鍵穴に差してドアを開け、階段を淡々とした足取りで駆け上がって行ってしまった。
(・・・・・・・・・・・・えっ・・・? っというか・・・、18階の時点でへたばった私は一体何?)
その元気な西本の姿に、未佳を含めた3人はしばしポツンと、マンションの真下に立ち尽くすのだった。
『マジカル☆バナナ』
(2007年 4月)
※事務所 楽屋。
みかっぺ
「せーの!」
みかっぺ・さとっち・厘・手神
「「「「マジカル☆バナナ♪」」」」
みかっぺ
「『バナナ』と言ったら『黄色』♪」
厘
「えっ? バナナって緑やろ?」
みかっぺ
「えっ・・・?」
厘
「緑色やよね?」
さとっち
「・・・収穫したてはね」
手神
「あのー・・・。ところで一周目止まりましたけど?(汗)」
※二周目。
みかっぺ・さとっち・厘・手神
「「「「マジカル☆バナナ♪」」」」
さとっち
「『バナナ』と言ったら『サ~ル』♪」
厘
「えっ? そう・・・?」
さとっち
「・・・・・・・・・( ̄゛)」
みかっぺ
「ほ、ほら・・・! イメージよ! イメージ!!(焦)」
厘
「でもあんまサルおるところにバナナってシチューエーションないやん・・・」
みかっぺ
「それは~・・・」
手神
「ほら、また止まったから・・・!!」
※三周目。
みかっぺ・さとっち・厘・手神
「「「「マジカル☆バナナ♪」」」」
手神
「『バナナ』と言ったら『果物』♪」
厘
「はっ? バナナは『野菜』やろ!?」
ドテッ!!
厘
「手神さん! バナナは木やないから野菜なんよ!? 『下から生えるものはみんな野菜』って、学校で習わへんかった!?」
手神
「やったような気は・・・、しますけど~・・・・・・(汗)」
さとっち
「これじゃあいつまで経っても続かないやないですか・・・(ボソボソ)」
みかっぺ
「だ、大丈夫よ。今度は小歩路からのスタートだから・・・。止まる要素は何処にもないでしょ?(ボソボソ)」
※四周目。
みかっぺ・さとっち・厘・手神
「「「「マジカル☆バナナ♪」」」」
厘
「『バナナ』と言ったら『枯れる』♪」
みかっぺ・さとっち・手神
「「「なんで!?(問)」」」
厘
「ッ!?」
だって一年草の草だから・・・。