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57.リオの弱点

翌朝午前10時過ぎ。

普段よりも2時間も遅い時間帯に、未佳はようやくベッドから起き上がった。


目の前にある目覚まし時計は、ちゃんと8時にアラームが鳴ったということを証明するかのように、文字盤下にある黄色いライトを点滅させている。

この目覚まし時計は、時計の上部にあるスイッチをアラームが鳴っている間に押せなかった場合、その文字盤の黄色いライトが点滅する仕掛けになっているのだ。


その文字盤で点滅しているライトに、未佳は『ハァ~』と溜息を吐きながら、時計上部のスイッチを軽く叩くように押す。

これでライトの点滅機能は一旦解除だ。


(あ~ぁ~・・・。まさかこんなに寝過ごすだなんて・・・・・・。でも昨日の今日だったし・・・、ちょっとは『仕方ない』でも通るか・・・)


そんなことを呟きつつ起き上がった未佳は、ふっとある室内の異変に気が付いた。


いくらカーテンが閉まっているとはいえ、この時刻にこの部屋の暗さは異常だ。

いつもなら、このカーテンの隙間から日差しがソコソコ差し込んでくるはずだというのに、この日に限ってはその日差しがほとんど差し込まれていなかった。


(・・・・・・なんかいつもより暗いような気が・・・)


そう思いカーテンを開けた未佳は、そこから見えてきた空模様で全てを理解した。

カーテンの向こう側に広がっていたいつもの青空は、全て厚く深い雨雲に覆い尽くされてしまっていたのである。

今日の日差しが弱かったのは、この雨雲が太陽もろとも覆ってしまっていたせいだったのだ。


「うっそ~・・・!! 思いっきり振り出しそうじゃなーい!」


この雨雲の感じからすると、雨が降り出すまではそう時間は掛からないだろう。

そしてもし振り出したとなれば、明らかに大粒の土砂降りレベルだ。


「昨日あんなに星が見えてたから、てっきり今日は晴れると思ってたのに・・・! ・・・・・・って、天気にキレてもしょうがないっか・・・。起きよ・・・」


本当はこの間できなかった洗濯物の余りをやりたかったのだが、さすがにこの天気ではやらない方が身のためだろう。


未佳は自分の部屋からリビングの方へと出ると、まず最初に洗面所へと向かった。

そしてそこで顔を洗い、歯磨きを済ませ、軽く寝癖の残る髪を梳かすと、今度は台所へと出向き、冷蔵庫の扉を開く。

実は洗濯物の他にもう一つ、未佳にはやらなければならないことがあったのだ。


「朝ご飯はー・・・・・・。コレの消費作業ね・・・」


そう言って未佳が取り出したのは、4個入りパックの中にたった一つだけ残されていた生卵。

実はこの生卵、残念なことに賞味期限が東京イベント当日の日なのだ。


(・・・今日食べないとさすがにマズイわよね・・・。でもどうやって食べよう・・・)

〔えっ? ・・・何? それ・・・。卵?〕


ふっと自分の真横から聞こえてきた声に視線を向けてみれば、そこには下から未佳の手元を見つめるような形で、リオが立っていた。


「あっ・・・、おはよう、リオ。昨日よく眠れた?」

〔うん・・・。・・・・・・というか僕・・・、別に寝なくても生きられるんだけど・・・〕

「あっ・・・。そういえばそうだったわね」

〔ところでその卵何?〕

「ん? あぁ、これ? これこの間スーパーで買ってきたんだけど、最後の1個だけ残してたまんまで・・・。ほら。明日から私、東京に出掛けちゃうから、冷蔵庫の中の賞味期限が近いもの、食べられなくなっちゃうでしょ? だから今日中にそれらを消費しちゃおうと思って・・・」

〔で? その卵どうやって調理して食べるの?〕

「・・・・・・・・・・・・それよ・・・。ホントにどうしよう・・・」


ちなみに未佳の家で『卵』というと、基本は何か他の材料を主体として作るもの。

たとえばタコ焼きやお好み焼き、クッキーやホットケーキなどと言ったものにしてしまうことが多く『卵のみ』というスタイルのメニューはあまりない。

強いて言うとするならば、一般家庭でよく作られるようなオムレツや卵焼きなどだが、どちらにせよ、卵1個のみで作られるメニューではない。


(一応足りない部分を補っちゃえば、タコ焼きやお好み焼きも作れないことはないけど・・・。朝からは重いしなぁ~・・・。だからって、茹で卵やスクランブル・エッグっていうのも・・・・・・。いっそスープにでもしちゃおっかなぁ~・・・)

〔・・・・・・目玉焼きと何かの付け合せとかじゃダメなの?〕

「その肝心の付け合せがないのよ。ベーコンもほうれん草もジャガイモも・・・。そもそも冷蔵庫の野菜室が空だし・・・」

〔・・・なんで空ばっかりなのさぁ~〕

「仕方ないじゃなーい! 仕事の関係で、あんまり買い出しに行けないんだから・・・。・・・・・・と同時に、休みの日にグータラし過ぎてるのもあるんだけど・・・。このままじゃ“糸生えちゃう”っていうか・・・・・・・・・!」


ふっとここまで口にした辺りで、未佳は思わず『ハッ』として、顔を上に上げた。

そういえばあったのだ。

卵1個でも作れる、朝食に合った料理メニューが。


「そうよ! 確かここに・・・・・・あっ! あった! 納豆!!」

〔・・・? 『納豆』?〕


そうリオが未佳に聞き返す中、未佳は冷蔵庫の真ん中あたりの棚から、何やら白い発泡スチロール性のパックを一つだけ取り出す。

そして例の卵もパックごと取り出すと、今度は冷蔵庫を閉めた代わりに、食器棚にあった深めの皿を1枚。

さらに食器籠の中に入っていた箸を一組取り出し、それらをテーブルの上に並べた。

どうやら、使う道具や材料はこれで全部らしい。


「・・・よし! 準備OK! 久しぶりにアレ、作っちゃお~♪」

〔『アレ』って? その前に『納豆』って何?〕

「えっ? 『納豆』知らないの? ・・・・・・そういえばリオが来てから食べてなかったわね。納豆・・・」

〔・・・・・・つまりは豆?〕

「まあ、豆は豆なんだけどー・・・」


そう言いながら未佳が納豆の入ったパックを開けたその瞬間。

パックを開けた途端に見えたその光景と臭いに、リオは思わず『う゛っ!』という声を上げ、その場から離れた。


そのリオの反応に、未佳はジト目になりながら口を開く。


「ちょっと・・・! 食べ物に向かって『う゛っ!』はないでしょ!? 『う゛っ!』は!!」

〔(ピーマンには『う゛っ!』って言う癖に・・・)〕

「まるで“腐ってる”みたいな反応しないでくれる!? 私の好物なんだから!」

〔だっ、だって・・・! それ絶対に腐ってるよ!! 色変色してるし! 糸引いてるし! におい臭いし!〕

「納豆っていうのはそういう食べ物なの!! 発酵よ! 発酵!!」


しかしそうは言って聞かせたものの、やはりリオには納豆というものがどういうものなのか理解できなかったらしく、頑なに半径50センチ以上は近付こうとしなかった。

そんなリオの姿に、未佳は溜息を吐きながらもう一度納豆のパックに視線を戻す。


確かに納豆の色は、湿っている割には茶色が濃すぎるし、納豆特有のネバネバはかなり強いかつ大量だ。

さらに極め付けにこの臭いとなると、初めて見た者には『腐敗物』にしか見えないだろう。


(まあ・・・、腐敗してるものに見えても仕方ないか・・・)

〔そ、それどうするの?〕

「ん? あぁ・・・。とりあえず容器に移す」

〔何で?〕

「箸で。・・・・・・まさか手からだと思った!?」

〔・・・うん〕

「それはさすがの私も遠慮するわよ!」


そのリオの予想に苦笑しながら、未佳は先ほどの深めの皿に納豆を入れ、箸で力の限り掻き混ぜ始めた。

ちなみに彼女が目標とする掻き混ぜる回数は、最低でも100回。

納豆と納豆の間のネバネバが、ややフワフワな感じの泡状のネバネバになるまでだ。


「わぁ~、おいしそー♪」

〔な、何してるの・・・?〕

「ん~? 納豆を掻き混ぜてるの~♪ 空気を入れるみたいに混ぜるのがポイントだから」

〔いや・・・、僕ソレに触る気ないし・・・〕

「そうは言ってるけど、リオ。納豆は私のバンドメンバー全員好きよ? 特にさとっちと小歩路さんは、納豆にはアレコレうるさい人だから・・・。よし! 大体こんなもんでしょ」

〔で? 次はどうするの?〕

「タレとカラシを入れて、今度は50回!」



ズベッ!!



〔またっ!?〕


こうしてさらに混ぜること約1分。

あらかたの下準備を終えると、今度は容器の中の納豆を端に少しだけ寄せ、真ん中だけ器の底が露出しているかのような形にし始めた。

簡単に言ってしまえば、容器の中の納豆が大きなドーナツ型になっているといった感じである。


(ここまでいったら、あとは生卵をここに・・・)

〔! ・・・もしかして卵も混ぜるの?〕

「まさか・・・。そんなせっかくの卵をそんな風にするわけないでしょ?」

〔えっ? だって・・・〕

「そんな離れたところから見てるから、ただ単に私が納豆混ぜてただけみたいに見えるんじゃなーい。もっと近付いて見たら?」

〔断る!〕

「あっそ」


その後未佳は手に取った卵の殻を割り、その中身をドーナツ型にしていた納豆の真ん中に落とした。

卵の黄身は、丁度その穴の大きさにスッポリと収まり、周りの白身は容器の淵の方へと、納豆の間や上などに覆い被さりながら流れる。

この状態が、その先の出来上がりに大きく関わってくるのだ。


「おっ! 久しぶりだったけど、結構いい感じ~♪ あとはオ~ブン~♪」

〔オーブンっ!? まさか焼くの!?〕

「もちろん! じっくり焼くと、これがまたおいしいのよ! ルンッルルンッ♪」

〔・・・・・・・・・全然分かんない・・・〕


そんなリオの呟きなど耳に入らずと言わんばかりに、未佳は容器ごとオーブンに入れ、例の納豆卵を焼き始める。

それからしばし経つこと約1分。

オーブンの周辺からは、何やら納豆の焼ける独特の香りが立ちこもり始めた。

その立ち上る香ばしい香りに、未佳はニコニコと笑みを浮かばせながら、気長に料理が焼き上がるのを待つ。


しかし一方のリオはというと、その臭いにまったくもって耐え切れず、またしても納豆のある場所から半径5メートル以上離れた場所へと移動していた。

その結果、リオはいつの間にか未佳の寝室のドアから、微かに様子を伺うことしかできなくなってしまっていたのである。


〔(・・・・・・すごいにおい・・・)〕

「・・・ん? リーオー? 何も隠れる必要ないでしょー?」

〔いいよ、僕はー! その臭い無理だからー!!〕

(・・・ふぅ~・・・。まさかここで初めてリオの苦手なモノが発覚するとは・・・)



チーン



「あっ。できた!」


料理の出来上がりを知らせるチャイムに、未佳は冷蔵庫の横に吊るしてあったオーブングローブを両手に嵌めて、オーブンの扉をゆっくり開けた。


ちなみにこの料理をオーブンで焼き上げた時間は、およそ3分ほど。

しかしたったこれだけの時間でも、素手で容器に触れれば確実に大火傷を負ってしまう。

そのため現在ではオーブングローブを使用しているが、それが無かった頃は濡れぶきんなどを代用して取り出し作業を行っている。


ちなみに何故濡れぶきんを止め、わざわざオーブングローブに代えたのかというと、ある時に濡れぶきんで取り出し作業を行っていた際、濡れぶきんと容器が接していた個所がやや茶色く焦げてしまったことがあったのだ。

おそらくふきんがあまり水で濡れていなかったのが原因だったのだろうが、その日以来、未佳は危うく火事になってしまうことを恐れ、オーブングローブを長保するようになったのである。


「さてと・・・。出来栄えは~? おっ!」


いざオーブンから容器を取り出してみると、表面の納豆はややネバネバ部分が薄い膜状に焼けており、真ん中の卵は白身・黄身共に半熟のような状態になっていた。


申し分ない。

上出来だ。


「よし! できたー! おいしそ~♪」

〔・・・なんかだいぶ見ため変わったね〕

「あら? 来たの?」

〔ちょっと気になったから・・・。で? コレ何?〕

「みかっぺ特製! 納豆の玉子焼きココット~♪ よ? 結構手軽にできるから、一時これに凄いハマってたことあって・・・。何なら一口食べてみる?」

〔・・・・・・・・・いい・・・〕

「・・・あなた本当に納豆ダメみたいね・・・」

〔だって腐ってたじゃん・・・〕

「腐ってなんかないわよ!! 『これは発酵』だって言ってるでしょ!? 食べ物なんだから『腐ってる』なんて言わないでよ!!」

〔僕には食べ物には見えない・・・〕

「・・・・・・とにかく! これは腐ってなんかいないの!! ・・・むしろ腐ってる納豆を見てみたいわ・・・」


未佳は最後にジト目でそれだけ言うと、早速焼きたての納豆に箸を入れ、味見も兼ねて一口頬張ってみる。

次の瞬間、未佳の表情が、まるで至福のような顔に変わった。


「~ッ!! おいしい~♪ やっぱりコレは外れない! 最高ー!! リオ、一口でもいいから食べてみてよ!」

〔い、いいよ・・・! 僕は・・・!!〕

「なーんで? いいから騙されたと思って食べてみてよ! すっごくおいしいから!!」

〔いっ・・・、いらないって! 僕はーっ!!〕


その後も未佳は半ばふざけながら、リオに納豆玉子ココットを勧めてみたのだが、結局リオがそれを口にすることはなかった。


『ジャンケン』

(2003年 12月)


※事務所 調理室。


手神

「あれ? ・・・長谷川くーん。坂井さーん。なんか今日使ったチョコクッキー、まだ残ってるけど~? 誰か食べる~?」


みかっぺ・さとっち

「「ほしい~!!」」


手神

「いや・・・。1枚しかないんだけど・・・(汗)」


みかっぺ・さとっち

「「・・・・・・・・・・・・」」


みかっぺ

「・・・こうなったらジャンケンね(睨)」


さとっち

「こっちだって負けませんよ?(睨) せー・・・のっ!」


みかっぺ・さとっち

「「最初は!」」


みかっぺ

「パーッ!!」


さとっち・手神

「「・・・・・・えっ?」」


みかっぺ

「んじゃ、も~らいっ♪」


※と言って、最後のクッキーを食べるみかっぺ。


さとっち

「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁー!!(絶叫) ちょっ・・・! 何してんすか!! 坂井さんっ!!」


みかっぺ

「ん? かふたはらくっぴーはふてるの(勝ったからクッキー食べてるの)」


さとっち

「『勝ったから』って、今のどう考えても反則やないですか!! 『最初は“グー”』の時に『“パー”』を出すだなんて・・・!!」


みかっぺ

「だって今世間じゃこのジャンケンが流行りよ? 知らぬが負けじゃない?(ニヤッ)」


手神

「そういえば最近の小中学生とかが、このジャンケンを流行りにしていたような・・・」


さとっち

「・・・ハァー(落胆)」


「あれ? ・・・みんなここにおったん?」


みかっぺ

「あっ、小歩路さん。ん? ・・・それってもしかしてみかん?」


「うん。最後の1個残ってたから、ウチ食べよう思て・・・」


さとっち

「(ニヤッ)小歩路さん。僕もそれ欲しいです!」


「え゛っ!? 嫌や、ウチが食べたいんに・・・!!」


さとっち

「じゃあジャンケンは?(さらにニヤッ)」


「えぇ~・・・。・・・・・・まあ、ええけどー・・・」


みかっぺ

「まさかさとっち・・・、小歩路さんにあのジャンケンやるつもり!?(恐怖)」


手神

「坂井さんがあんなジャンケンするからですよ!!(怒)」


さとっち

「じゃあ行きますよー? 最初はぁ~ぱっ」


「チョキ!!」


さとっち

「!!Σ(◎□◎゛)」


みかっぺ・手神

「「Σ(゛ ̄□ ̄)Σ(゛ ̄□ ̄)」」


「やったぁ~っ!!(ハイテンション) ウチさとっちのことやから、絶対に普通のジャンケンやないと思ってたんのよねぇ~(笑) ほなウチ、楽屋でみかんとお茶してくるわ~。ほなな~♪」


※そう言って部屋を出ていく厘。


みかっぺ

「あ~ぁ・・・。普通のジャンケンやってれば最初で勝てたのに・・・」


さとっち

「・・・・・・・・・・・・ふおおぉぉー!!(叫)」



恐るべし、小歩路様・・・(驚愕)


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