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53.3月の夜空

追加で書き終えたサインポスターを全て丸め終え、会場スタッフ達は再びポスター手渡し会の列を並ばせる。


この時既に、時刻は午後7時10分。

ここの会場が使用できる時間は、先ほどの栗野の説明通りであれば午後8時まで。

つまりポスター手渡し会を行える時間は、たったの50分程度しか残されていない。

ポスター手渡し会を行える延長時間は、あと僅かだ。


(時間がない・・・!! 一応サイン入りは配り終えるにしても、二回目をやる時間は・・・・・・)

「皆さんお待たせしました! これより一時中断していたポスター手渡し会を再開します!! 引換券をお持ちの方で、まだサイン入りポスターを受け取っていないお客様は、ポスター受け渡し台から会場入り口の方に向かって、先ほどの例とは関係なく、二列になってお並びください!! また今回は大変混雑しておりますので、スムーズに手渡し会を行えるよう、メンバーの姿が見えるお客様は、引換券を出したまま、お並びください!! 皆様のご理解とご協力のほど、よろしくお願いいたします!」


栗野のそのアナウンスを聞き、しばし離れた場所にいた人達や、その周辺で待ち続けていた人達は、やや大急ぎで列の方へと駆け出す

こうして再び長い行列ができたと同時に、栗野が再開の合図を行った。


こうして再びやってきた人々の引換券も、やはり枚数は2枚以上。

先ほどまで必死になって書いていたサイン入りポスターが飛ぶようになくなっていく。

と同時にサイン無しポスターの方も少なくなってきたようで、途中数名のスタッフ達が駐車場の方に向かって走り出していった。

大方、車の中に入れていた予備のポスターを取りに行ったのだろう。


ふっとポスター手渡し会を行っていると、途中学校の制服を着込んだままの学生がちょこちょこ、列に現れるようになった。

それも、ここ最近ライヴにやってきている人から、一度も会ったことのない人まで。


「・・・なんか学生多くなった?」

「あぁ~・・・・・・。大阪の学校じゃないところだったら、大体やってこれるのこんな時間ですもんねぇ~・・・」

「あっ・・・、そっか・・・」

「つまりライヴは観てないってこと?」

「小歩路さん、そこツッコんじゃダメ!」


ちなみにやってきた学生の大半は、学校のエンブレムから察するに京都や神戸の方の学校だったようだ。

中にはそこよりも少し遠い奈良の学校から来てくれた学生の姿も。


「いつもありがとうございま~す♪」

〈ありがとうございます! カウントダウンライヴ行きました!!〉

「あっ、ありがとうございます♪ 勉強頑張ってくださいね?」

〈あっ・・・、はい!〉

「? ・・・・・・あっ、わざわざ学校帰りにありがとうございま~す♪」

〈部活からそのまま来ました~! 大好きです!!〉

「わぁ~! ありがとうございま~す♪ ・・・いつもありがとうございま~す♪」

〈あっ、はーい♪ みかっぺありがとうございますっ♪ 楽曲みんな大好きです!〉

「嬉しい~♪ あっ、今日は授業帰りですか?」

〈あっ、いえ・・・。今授業春休みなんで・・・。部活の帰りです♪〉

「!! ・・・あっ、なるほど・・・。ありがとうございました~♪ ・・・・・・さとっちの嘘つき!!」

「えっ?」

「『通常授業』じゃなくて、今『春休み』期間よ! みんな部活帰り!!」

「・・・・・・・・・・・・あっ・・・、なるほど・・・」

「『なるほど』って・・・」


その後も配り続けること約20分。ここにきてようやく、ファンの中でもトップ5に入るツワモノが列にやってきた、


「あっ・・・、きた!」

〔ん? ・・・誰が?〕

「リオ、見えるでしょ? 前から3列目の人・・・」

〔う~ん・・・。あぁ~。あの30くらいリュックサック背負ってるおじさん?〕


そう言ってリオが指差す先には、黄土色がかったリュックを背負い、ポスターの列に並ぶ中年の男性が一人。

男性はやや中肉中背で、黒みがかった柄入りのジャンバーを着込み、青みの強いブルージーンズを履いていた。

そしてその柄入りジャンバーの下には、ちゃっかり2003年のライヴTシャツを着ている。


「うん、そう・・・。初期の頃からのファンなんだけど、あの人毎回凄いのよ・・・」

〔? 『凄い』って、何が? ・・・もしかしてずっと手渡し台の前で粘ってるとか?〕

「いや、そういうやつじゃなくて・・・。別に悪いことはしてないのよ? ただ・・・。ただ『誰も真似できない』っていうか・・・」

〔・・・・・・・・・えっ?〕


その未佳の理解しずらい説明内容が明らかになったのは、その直後のことだった。


ふっとようやく問題の男性の順番になり、日向は引換券を渡すように手を差し伸べる。

すると男性は持っていた引換券を全て、日向の両手に手渡した。


ここまではいたって他の人達がやっていることと何ら変わりないのだが、どうも今手渡した引換券がおかしい。

明らかに他の人達よりも券の枚数が多いのだ。


「・・・ちょっと待ってくださいね?」

〈あっ・・・、はいはい〉

「二四六八十・・・、二四六・・・・・・。はい。栗野さーん! ポスター15枚ですー!!」

〈あっ、あの・・・! 全部で16枚のはずなんですけど・・・〉

「えっ・・・? あっ、ちょっと待ってください! 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10。で! 二四六・・・!! た・・・! 大変失礼しました!! え~っと・・・、栗野さん訂正!! 全部で16枚ですー!!」

「じゅっ・・・、16っ!?」

(ほらね~・・・。やっぱり今回も10枚越え)


そう。

この男性はいつもイベントやライヴなどの特典がCDやDVDに付く度、周りの人間達が考えられないほどの枚数を購入するファンなのである。


ちなみに今回のCDは、通常盤が1枚1090円。

初回限定盤が1990円と、CD的な値段としては決して安い方ではない。

もしも購入したものが全て初回限定盤だったのなら、16枚購入しただけで軽く金額は3万円越え。

1枚のみ初回限定盤で、残りの15枚を通常盤にしたとしても、金額的には2万円近くにもなる。


ちなみにこれだけのCDをどうやって購入しているのか。

また購入したCDをどうしているのかは、結成から10年目に入った今も、謎のままである。


「じゃあ皆さん4枚ずつ! 未佳さんは1枚だけサインを!」

「は~い! ふぅ~・・・。ほーらね。凄いでしょ? あの人。・・・・・・普段何してるのか分かんないけど・・・」

〔ハハハ・・・〕

「いつもたくさんありがとうございま~す♪ 凄い枚数ですね!」

〈はい! 仕事仲間も予約して買ってくれたんで!!〉

〔・・・・・・・・・強制?〕



ゴンッ!!



〔痛・・・ったあぁぁぁ~ッ!! 何も殴ること・・・!〕

「ハ・・・、ハハハ。なるほど~」

〈はい♪ あっ・・・! それから東京の方も観に行きます!!〉

〔くっ・・・、来るのっ!?〕



バキッ!!



〔痛っ・・・・・・~!!〕

「あっ、ありがとうございます! メンバー全員でお待ちしていますんで!!」


さらにその後もポスターを手渡し続けること約10分。

既に数十回目の休憩に入っていた時、再び未佳の目が列に並ぶ誰かを捕らえた。


ただし今度は『あっ・・・』という程度の軽い反応ではなく、思わず嬉しさのあまり飛び跳ねてしまいそうな、そんな人物が3人も固まって、ポスターの列に普通に紛れて並んでいた。


「うそ・・・。やった~! 来てくれた~♪」

「えっ?」

「へっ?」

「誰が?」

「えっ? あっ・・・。皆あの前から5人目くらいにいる女子3人、見える?」


その言葉通りに列を覗き込んでみれば、確かに20代後半から30代くらいの女性が3人、5人目辺りから固まって並んでいた。


一番前の方に並んでいた女性は、薄いピンクセーターの下に濃いピンクのロングスカートを着込み、長めの茶色い髪を風に靡かせている。

またその髪の毛先には少しウェーブが掛かっているのか、毛先の方はやや内側へカールしていた。

ちなみに足にはヒールのあるブーツを履いていたが、身長的にはほぼ変わらないくらいだろう。


2番目に並んでいた女性は、未佳の言っていた3人の中では一番身長が低く、やや腿下くらいまでの黄色い水玉模様のチュニックを着込んでいた。

また下にはダークブラウンのタイツを履き込み、靴はヒールがほとんどないライトブラウンのペッタンコ靴を履いている。


そして一番最後に並んでいた女性は、未佳のように耳元からほんの少しだけ髪が出ているようなヘアースタイルにし、長い髪を後ろでポニーテールにした後、それを右横流しにしていた。

ただし彼女の場合はシュシュやゴムで止めているのではなく、茶色いワニぐちコールで髪の束を挟むような形で止めていた。

さらに毛の色も、ヘアーカラーなるものは一切として使用せず、地毛でもある黒髪のまま。

目元の形も、未佳の目よりはややキツネ目が鋭いような瞳だ。

また服装は紺に近いブルーの膝下まであるワンピースを着込み、下は黒のタイツと黒のラメ入りヒール靴を履いていた。

服装やメイクのことなどを言ってしまえば、3人の中では一番クールな格好だろうか。


「あぁ~、はい・・・。あのピンク色のロングスカート履いてる人と」

「小柄で黄色いヒラヒラの服着とる人と・・・」

「坂井さんみたいに髪の毛を横に流して、ブルーのワンピース着てる女性・・・、ですよね?」

「そっ♪ あの3人、私の高校時代の同級生なの」

「あっ・・・、つまりクラスメイトの友人?」

「そう♪ 久しぶりにイベントに来てくれたから、すっごい嬉しい~♪ 最近お互いに仕事忙しくて、全然会えてなかったから・・・」


ちなみに彼女達と最後に会ったのは、かれこれ半年以上前。

しかもその日は未佳が午後から事務所出勤だったこともあり、会えた時間はたったの2時間程度。


未佳からしてみれば、今回は本当に久しぶりの再会である。


「坂井さん、紹介してくださいよ。あの3人」

「え゛っ?」

「確かに。少し気になりますしね」

「高校の友人やし」

「う~ん・・・。『紹介』って言ってもなぁ~・・・。じゃあ先頭から言うよ? 一番前に並んでるのが、清水綺花(しみず あやか)。『しみず』は普通の『清水』なんだけど『あやか』は『綺麗』の『綺』に、簡単な方の『花』で『綺花』って書くの。高校の時から大のオシャレ好きで、よく休みの日とかにショッピングに出掛けたりとかー・・・。あと遊園地とかのテーマパークも大好きだったから、友達同士で行ったりとか」

「・・・つまり坂井さんと趣味や波長が合った友人だったわけですね?」

「ま、まあね・・・。今は好きが高じて、新大阪の駅ビルのファッション店で働いてるの」

「「「へぇ~・・・」」」

「・・・・・・・・・紹介したからには何か服買ってねっ!?」

「「「ッ!!」」」

〔(ま・・・、まさかの脅し?)〕

「と・・・、ところであの娘・・・。もしかしてよくみかっぺがメール打ってる友達?」

「あっ、うん。一応メル友的な・・・。もっともお互いに一方的な愚痴内容のメールしかやらないんだけどね。今は・・・」


ちなみに『よくメールのやり取りをしている相手』などと厘は言っていたが、実際はそこまで多くやっているわけではない。

ただ単に『未佳がメールを打つ人間の中で一番多い人』というだけであって、一般の人達が行っているメールの回数よりは少ない方だろう。


そもそもこの二人がメールを打ち合えるのは、奇跡的にお互いの仕事の空き時間が同じ時間帯だった時のみ。

実際は『打ちたくても打てない』が、正しい表記なのだ。


「で。その後ろにいる2番目の彼女が、平本小春(ひらもと こはる)。『平たい本』に『小さい春』って書いて『小春』。高校の時は『平本』の『ひ』を取って『ひー』とか『ひーちゃん』って呼ばれてたの。かなり慌てん坊なところもあるし、結構おっちょこちょい」

「まあ・・・。さっき引換券並んでる最中に落としてたりしてたみたいですもんねぇ・・・」

「え゛っ? やってた?? ・・・・・・あっ・・・、今は京都の本屋で働いてるんだけどー・・・。小歩路さん覚えてる?」

「へっ? 何を??」

「『何を?』って、私と二人で小春の本屋に行ったこと・・・。その時小歩路さん『紅茶の本が欲しい』って言って、私と二人で買いに行ったじゃない」

「・・・・・・あっ!! もしかしてあの『京都本博物館』のことっ?!」

「う~ん・・・。お店の名前は『book museum~KYOTO~』なんだけどなぁ~・・・。そう、あそこ。あの時の店員が彼女だったの」

「ウチ今でも時々あの本屋行くよ?」

「じゃあ・・・。小歩路さん私よりもひーに会ってるのかなぁ~・・・。・・・・・・あっ、小歩路さん以外の人も本買ってね!?」

「「あっ・・・、はい・・・っ!!」」

〔(やっぱり脅した・・・)〕


ところで何故厘が『紅茶の本が欲しい』などと言ったのかというと、何故かその頃は事務所全体に『紅茶ブーム』なるものが到来しており、元々好きな方でもあった厘が、その時にどっぷりハマったのだ。

そして今現在も、彼女は未佳と揃いも揃ってハマったまま。


ちなみにその『紅茶ブーム』の火付け役は、当時『お湯に浸けると閉じていた花が咲き開く』という紅茶にハマっていた、他ならぬ未佳の影響である。


「それで一番後ろに並んでるのが、葦鑽由利菜(よしきり ゆりな)。・・・・・・未だに苗字の漢字が覚えられない人なんだけど・・・」

「「「えぇ~っ!?」」」

「友達なのに!?」

「だっ、だって・・・。常用漢字じゃないし、苗字画数多くて・・・。『ゆりな』は普通に『理由』の『由』と『利用』の『利』と『菜っ葉』の『菜』で『由利菜』。『よし』は、草の『葦』っていう字なんだけど・・・」

「あぁ~・・・。草冠に『違』の上だけのやつね」

「うん。それで『きり』はー・・・。『切る』っていう字じゃなくて『金偏』なのよ。でもって文字が小さすぎると潰れて読めなくなっちゃうし・・・。だから私達勝手に『金が先先で貝になる』っていうやり方で漢字覚えてて・・・」

「・・・・・・・・・そんな漢字あったっけ?」

「でしょ!? 私一回も見たことないし、あんな苗字があるだなんて聞いたこともない!! ・・・・・・って言ったらまた怒られちゃうけど・・・。彼女自身の生まれは東京で、中学以来はずっと奈良育ちだったんだけど、彼女のお父さんが北海道の人だから、苗字が少し変わってるんだって」

「ふ~ん・・・。だからあんなに肌の色が白いんだ・・・」

「・・・へっ?」


ふっとそう言われて由利菜の露出している肌を見てみれば、確かに由利菜の肌は他の二人よりもかなり色が白い。

むしろそればかりか、若干色が白すぎて青白くもさえ見えてくる。

正直この肌の白さであれば、色白がコンプレックスの長谷川とかなりいい勝負だ。


「あぁ、確かに・・・。普段そんなに意識してなかったけど・・・。あっ、それで由利菜はよくあだ名で『理数の由利菜』って呼ばれてたくらい、数学と理科が得意なの。他の教科もそこそこできてたけど、この2つの教科だけはいっつも満点だったんだから」

「えっ、すごーい♪」

「理数系だったら、長谷川くんもいい勝負ですよね。得意教科、物理だったんでしょ?」

「ま、まあ・・・。死ぬ気でやれば僕もそれくらいはいくかもしれないですけど・・・」

「ダメダメ! 由利菜が余裕でできることを死ぬ気でやるんじゃあ、さとっちは一発で『チーン・・・』よ」

「あっ・・・、やっぱり?」

「でもあの人・・・。他の二人とはだいぶ印象違うね」

「ですね・・・。なんか小歩路さんみたいな静かそうな服着てるし・・・」

「う~ん・・・・・・。確かにその通りかも・・・。由利菜、基本的にキャピキャピした感じの苦手だし、性格もクールというか・・・。お姉さんっぽいというか・・・。もう格好的に見たまんま。あっ! それで今は新大阪駅の裏にある林銀行の受け付け員やってるから」

「「「今度下ろしに行きます!!(行くわ!!)」」」

「・・・・・・えっ・・・」

〔(ハハハ・・・。展開読まれてるし・・・)〕


さすがに二人もあのやり方だったのだから、最後の一人も同じようにやられるだろうというのは、もはや目に見える話だ。


「ハハハ・・・。やっぱり展開バレちゃった?」

「あっ、それから未佳さん。分かってるでしょうけど、あんまりこの場であの3人とフレンドリーな感じで接しないように・・・。もしこの場でそんな風に接してしまうと」

「分かってるわよ。度を超えたファンが友人達から情報を聞き出したり、予期しない行動を取ったりする可能性があって、もしそんなことになったら、私もその友人達も被害を被ることになるから・・・でしょ?」


この決まりはかれこれ、未佳がアーティストとして活動し始めた当初から言われていたことだ。


普通に『大ファン』という枠内で収まる程度の人間ならいいのだが、中にはその程度では収まらず、メンバーの自宅やプライバシーなどを探ろうとする者も存在する。

そんな人間にとって、メンバーの家族や友人は、まさに一番知りたい情報を多く持っている人物。


そのため未佳を含むSANDのアーティストの大半は、やってきた人間が家族や友人だと分からせないため、通常のファンと同じ扱いで接することが義務付けられているのだ。


ふっとそうこうしている間に休憩は終わり、少しずつ進んでいく列を見つめた未佳は、ここであることに気が付いた。


未佳の友人でもある由利菜の後ろから、人の列が完全に消えている。

どうやら、第1波のサイン入りポスターを求める人間が、由利菜より先には誰一人としていないようだ。


〔列が終わる・・・〕

「うん・・・。あっ・・・! 綺花だ!」


そう言いながら慌ててポスターを手に取る未佳の姿に、引換券を手渡していた綺花は口元に手を当て、クスクスとおかしそうに笑った。


彼女の手渡した引換券は、これまでの中で一番少ない1枚。

でも未佳との再会を目的としていたのであれば、この枚数が一番自然だろう。


「はい♪ 久しぶりにありがとうございま~す♪」

「はいは~い♪ 彼氏無し歴13年! 芋焼酎にハマっとるクセに未だ『永遠の17歳』とかほざいてる清水きよみず綺花でぇ~す♪」



ドテッ!!

ズベッ!!



(なっ・・・、なんちゅう自己紹介・・・!)

「う~ん・・・。確かに何かで清めた方が良さそうだねぇ~・・・。何ならそこの神社から盛塩もらってこようか?」

「いや、いい! いい! 冗談だから!」

「ハハハ。ところで今日はどうしたの?」

「ん? たまたま全員OFFだった」

「・・・・・・じゃあ私だけバリバリONだったのね・・・」

「もう、何ショゲてんのよ。・・・じゃあまた予定空いた日にね」

「あっ、うん。バイバーイ♪ ありがとう~♪」


続いてやってきたのは、未佳曰く『おっちょこちょいで慌てん坊』だという小春。

引換券の枚数は、やはりこちらも1枚のみだ。


「未佳、久しぶり~♪」

「ひーこそ! CD買ってくれてありがとうございまーす♪」

「そんなん・・・。ウチ、未佳のCDみんな毎回買ってるよ?」

「えっ? ・・・それはそれで嬉し恥ずかしなんだけど・・・・・・」

「あっ、それと去年の大阪のツアーライヴ。今日の3人で観に行ったんやけど、すっごい楽しかったよ~♪」

「え゛ぇっ!? きっ・・・、来てくれてたの!? ・・・だったら言えばよかったじゃない。眺めのいい席にも招待できたし・・・」

「だってなんか他の人に申し訳ないやん。ウチらは一般席でええよ・・・。それにこの間の、2階の真ん中から一列目やったし」

「そっか・・・。じゃあまた今度ね~♪」

「うん! バイバーイ♪」


最後にやってきたのは、列の最後尾に並んでいた友人、由利菜だ。


「由利菜。久しぶりにありがとう~♪」

「こちらこそ・・・。なんだかんだで仕事馴染んでない? 前『忙しくて死にそう~』とか言ってなかった?」

「あっ、うん・・・。結構バラつきがあって・・・。ハハハ・・・」

「そう。まあ・・・。こっちも仕事で零時過ぎとかザラにあるし、そうかと思えば午前中だけってのもあったりするから、別に普通の流れかなって思うけど」

「まあー・・・、そうだよね」

「・・・あっ、また会える時は連絡回して。なるべく時間作っておくから」

「うん。今日はありがとうね、由利菜」


そう口にして未佳が由利菜に手を振った時だ。


ふっとポスターを受け取り終えその場を立ち去ろうとした3人が、同時に上の方を指差す。

それも、あえて未佳に『上を見て』と言うかのように、未佳の方を見つめながら、だ。


(えっ? ・・・上?)


『一体上がどうしたのだろう』かと、未佳は小首を傾げつつ皆が指差す先を見上げ、そして小さく『あっ・・・』と、声を漏らす。


皆が見上げる先には、眩い光を放つ無数の星と、欠けてはいつつも美しく光り輝く月が、青みがかった紺色の夜空を彩っていた。

そもそもこのステージの名前の由来にもなっているとおり、ここはナイトライヴやナイトイルミネーションの時などに見られる夜空が絶景だと言われている場所。

だからこそこんなにも美しく見えるのだろうが、今日は少し空が済んでいる関係もあって、尚のこと星達が光って見える。


この空の景色に、メンバーやスタッフを含め、会場に残っていた全ての人々が、ただ静かに星を見上げる。


「きれーい・・・」

「ホンマやね・・・」

「あれ? 撮らないんですか?」

「えっ?」

「空見るの好きなんでしょ? 写真撮らなくていいんっすか? 坂井さん」

「・・・・・・うん・・・、いい。どうせ撮られないから・・・」

「『撮れない』?」


その未佳の返事に小首を傾げる長谷川に、未佳は少しばかり悲しげな笑みを浮かべながら、口を開いた。


「うん・・・。夜空って、肉眼で見ると色んな色が見えるけど、全体的には暗いんでしょ? だからいくらシャッターを押してみても、映し出されるものはみんな真っ暗・・・。フラッシュをたいちゃうと、余計に黒一色になっちゃうしね。かと言って観測用のカメラじゃあ、私達が見た空よりも明るく映っちゃって、それはそれで別物・・・」

「じゃあ・・・。今僕らが見てるこの夜空そらって・・・」

「そう・・・。この瞬間の未佳達の肉眼で見たものでしか残らない・・・。つまり記憶が曖昧になっちゃったら、それっきりってこと」

「・・・・・・なんか切ないっすね・・・」


そんな言葉が、自然と長谷川の口から零れ落ちる。


(・・・・・・“切ない”・・・か・・・・・・)


その後未佳達は1分ほど星を眺めた後、第2波のポスター手渡し会を再開させた。


『バレンタイン3』

(2005年 2月)


※事務所 控え室。


手神

「長谷川くん・・・。何? その袋・・・」


さとっち

「あぁー、コレっすか?」


※そう手神に尋ねながら、中くらいのビニール袋を指差すさとっち。


さとっち

「さっき小歩路さんからもらったんっすよ。でもなんなのか分かんなくて・・・」


手神

「ちなみに中には何が?」


さとっち

「今それを確かめようかと・・・」


※と言って、何やらビニール袋からモノを取り出すさとっち。


手神

「それは・・・。牛乳?」


さとっち

「明らかにMilkっすね・・・(汗) 他にはー・・・、なんだこりゃ?」


手神

「クルミとかアーモンドとかを砕いたやつ・・・かな?」


さとっち

「よくクッキングコーナーにあるやつっすね」


手神

「あと・・・。アルミの型みたいなものと、その下にあるのはヘラですね」


さとっち

「他にもバターとか粉末のココアまで出てきたし・・・。何かのクッキング材料?」


手神

「あれ? ・・・・・・まだ袋の奥に何か・・・」


さとっち

「ん?」


※ふっとビニール袋の下の方からミルク板チョコ2枚出現。


手神

「・・・つまりはアレか?」


さとっち

「『自分でバレンタインチョコを作れ』と?」



こうなるとみかっぺの手作りチョコが一層ありがたく見えてくる・・・(笑)


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