44.愉快な昼食
「うわーっ!」
「すごーい!」
「かなり豪華ですね!」
「いや、旨そーっ!」
ようやく届いたばかりの楽屋弁当を開けながら、4人は一斉にそれぞれ声を上げた。
届けられたお弁当は京都のもので、その中身は黒ゴマと梅干しが入れられた白米に、京都ではお馴染みの高級な漬物の千枚漬け。
さらにはぬか漬けにしたものをサッと焼いた焼き鮭に、筍や大根などを煮た煮物や、ナスとピーマンの柚子胡椒炒め。
その他には煮豆やひじき、胡麻和えを入れた三品小鉢。
そして最後の甘味として、桜餅の一種でもある道明寺と、まさに京都ならではの和食メニューのお弁当だ。
「このお弁当の名前。『ぬか漬け焼き鮭と千枚漬け弁当』やて。ホンマにそのまんまやね」
「うん♪ さっすがは京都のお弁当!」
「大阪のお弁当よりもヘルシーな・・・。『これぞ和食!!』みたいなね」
「前の大阪のお弁当、リアルにお好み焼きとおにぎりだけで困ったよね?」
「えっ? その前たこ焼きとお茶だけやったのもあったやん」
その話を聞いて、その時のお弁当を思い出すまで約5秒。
「あぁ~っ! あった! あった!! なんか・・・『僕達これから歌うんですけどっ?!』みたいなメニューだったやつね」
「そうそう! ちょっとソースとかマヨネーズとか青海苔とか・・・。喉にモロ影響出そうなのばっかで。『終わってからなら別にいいんだけどさぁ~・・・』」
「『やる前にこれは止めてくれ~』みたいなのね。はいはい、ありました。ありました」
「でもウチ嬉しい♪ このメニュー」
厘はそう口にすると、完全にルンルン気分のまま割り箸を割った。
元々健康的なメニューや野菜が大好きな厘にとって、このメニューは幸せそのもの。
そして何よりも厘にとって嬉しかったことは、苦手なお肉が一切メニューに入っていなかった。
「ウチ、今回は残さずに全部食べられそう♪」
「よ・・・、よかったね。小歩路さん」
「そういえば・・・、いつも栗野さんにお肉のおかずは抜いてもらってたんでしたっけ」
「よし! いただきまーす♪ あっ・・・、みかっぺ。みかっぺも、食べ残したりとかしたらアカンからね?」
「えっ・・・? だ・・・、大丈夫よ、小歩路さん。今回は鰻じゃなくて、鮭なんだから・・・。残すメニューなんて一つも・・・・・・・・・あ゛っ!!」
ふっとそう口にしながらお弁当の方に視線を向けた未佳は、その視界に写った緑色の物体に、思わず濁点付きの悲鳴を上げた。
未佳の視界に入ったもの。
それはこの間のバイキングで、大っ嫌いだったあまり長谷川の皿に盛りつけて誤魔化した、あのピーマンだ。
しかも今回は1/6カットされたやや大きなものが、堂々と二切れも入れられている。
さらにこのピーマンの調理に至っては、周りをほんのりと焼き色が付くまで焼いただけ。
そして味付けも、食材そのものの味を楽しむため、少量の柚子胡椒以外は何にも使用されていない。
まさにピーマン嫌いの人間には耐えられないほどのシンプル料理だったのである。
そんなピーマンに渋い表情を浮かべながら固まっていると、ふっと前の方の席に座っていた手神や長谷川から、こんな声が飛び出してきた。
「だっ・・・、ダメですよー!! 小歩路さ~ん!! そのことを坂井さんに教えちゃぁー・・・」
「よし! お弁当が届いてから3分以内。僕の勝ちだね? 長谷川くん」
「・・・・・・ちょっと待って!! 『僕の勝ち』ってどういうこと!? まさか、なにかで賭けてたの?!」
未佳がやや驚きながら問いただすと、長谷川と手神はいたって冷静に、その質問に答えた。
「え、えぇ・・・。実はね」
「さっきお弁当を受け取った時に、坂井さんがいつピーマンに気付くかな~って」
「それで気付くのが3分以内だったら、僕が小歩路さんと手神さんの分の飲み物を。気付くのが3分以上だったら、手神さんが僕と小歩路さんの飲み物を取りに行くっていう条件で」
「なんか知らんけど、この二人無条件でウチの分の飲み物も取ってきてくれるんやて」
「ま、まあー・・・。とにかくそういう条件で、賭けてました」
「・・・・・・・・・最っ低」
そう口にしながら冷めた目を自分達に向ける未佳に、長谷川と手神はやや冷や汗を掻きながら『ハハハ・・・』と苦笑した。
しかしいくら苦笑したところで、未佳の態度と表情は一向に変わらない。
結局未佳の表情が元に戻ったのは、反省した二人が素直に謝ってからだった。
「で、まぁ~・・・、とりあえず。坂井さんには謝ったってところで」
「ほな、さとっち。ウチと手神さんの分の緑茶、持ってきて~♪」
「・・・ふぉーっ!! この人達ときよたらぁー・・・!!」
「じゃあ勝手にやってた罰で、私の分の紅茶ももらってきて」
「あがぁー・・・。分かりましたよっ! もらってくればいいんでしょ!? まったくもう~・・・」
「あっ・・・。砂糖とかミルクとか何にも入ってないやつよー? ストレートのだからねぇー?!」
「分かってますよっ!! あの・・・、なんたらティーってやつでしょー?」
「違ぁーうっ!! 『Tea』は頭に付くの!」
ズベッ
(別にどっちでもええやん・・・)
そんな本音を胸の奥に仕舞いつつ、長谷川は楽屋外のやや右側に置かれていた段ボール箱のフタを開けた。
その段ボール箱の中には、緑茶・烏龍茶・紅茶・ミネラルウォーターがそれぞれ4本ずつ、きれいに縦に並べられながら入れられている。
当然、これは楽屋にいるメンバー専用の飲み物。
実は大阪スター★フォーラムでは、段ボール箱に入れられたままの飲み物が外に置かれているのが、ここで食事を行ったことのある人達のお決まりとなっている。
その主な理由としては、基本的に必要のない分まで室内に持ち込み、ただでさえ狭い通行や室内の邪魔になってしまうことと、何かと後片付けが面倒になってしまうから。
特に毎回メンバーはこの16本全てを飲み切ることは絶対にないので、こちらのやり方の方が何かと効率がいいのだ。
ちなみに何故メンバーが楽屋に入る前に飲み物を取らなかったのかというと、単純にまだこの段ボール箱が置かれていなかったからである。
長谷川はとりあえず注文のあった緑茶2本と紅茶1本、そして自分の分の烏龍茶のペットボトルを手に取ると、そそくさと楽屋へと戻っていった。
「はいよー。緑茶2本と紅茶1本」
「「ありがとー」」
「お疲れ様ー」
「あっ、紅茶これしかありませんでしたよ?」
「えっ? ・・・いつももう一つくらい種類あったのに?」
実はこれまで段ボール箱の中には、砂糖不使用のストレートティーの他に、レモンティーやミルクティーなど、必ず紅茶が2種類ほど入れられていたのだ。
しかしそれがどういうわけか、今回に限っては紅茶がたったの1種類しかなかったのである。
「えぇ・・・。その代わりに烏龍が入ってましたけどね」
「あっ・・・。ウチ、烏龍がええ・・・」
「・・・んな、小歩路さ~ん。取ってきてから言わんといてくださいよー!」
「じゃあ・・・。さとっちのと交換したら?」
「だからなんでそうっ・・・!! ・・・・・・まあ、ええわ・・・」
「えっ? ええの? やったー♪ さとっちありがとー」
「・・・・・・・・・・・・ふぅー・・・」
「何満更でもない顔してんのよ・・・」
「へっ? ・・・誰が? 僕が?」
そう言われて頭に『?』を浮かべる長谷川を軽く無視して、未佳は割り箸を手に持ちながら、未だにお弁当の中にあるピーマンに息を吐いた。
早めにコイツをどうにかしたい気持ちは山々なのだが、その選択肢はかなり限られたものだ。
まず1つ目の手としては、嫌いではあるものの我慢をして食べること。
しかしこれは未佳の中で一番最初に上がった案でもあり、一番最初に却下された案だ。
そもそもそれで食べられるのであれば、こんなに苦労などしない。
2つ目の手は、そのままお弁当内に残す。
ようは食べ残しだ。
しかしこれも、自分の真隣りにいる厘に何かしらで怒られそうなのは目に見えていたので、早い段階で没となった。
さらに歌い手でもある未佳は、昼食に関してはそれなりに食べる人間だ。
最悪これを食べ残したことにより、昼食が足りなくなる可能性も有り得る。
とすれば、残された手はたった一つしかない。
「ね・・・、ねぇー? 誰かコレ交換してくんない?」
「あっ! みかっぺ、残したらアカンよ!?」
「だ、だから『交換して』って言ってるんじゃない。ねぇ~。みんな食べ切る前に、誰か私のピーマンとなんか交換して~」
「僕のピーマンと交換します?」
「あ゛っ!?」
「いえ、冗談です・・・」
しかし冗談は間に挟んだものの、未佳の『交換』には応じてくれる気らしく、長谷川と手神は同時に食べていた箸を止めた。
「ところで何と? それにもよりますけど・・・」
「『どうせならこれと交換!』みたいな希望ってある? 坂井さん」
「・・・・・・・・・煮豆」
コテッ
「まっ・・・、まさかの煮豆っ?! 僕てっきり煮物とか鮭とか、なんかデカいのイクんじゃないかと・・・」
「いや、それはちょっと・・・。あと、あんまり喉に影響出ないかなぁ~って・・・」
「・・・・・・どうします?」
「ピーマンが二切れあるから、僕と長谷川くんで一切れずつ。それで、小鉢の煮豆を坂井さんに半分ずつ・・・」
「で、ええですか?」
「OK!」
「はい、交渉成立!」
こうして嫌いなピーマン二切れを煮豆と交換してもらい、未佳は心置きなく昼食を味わった。
そしてしばしメンバーと喋りながら食べていた時、ふっと焼き鮭を食べていた長谷川の口から、ボソッとこんな本音がこぼれる。
「これ食べてると・・・。なんか無性~ぉにビールが飲みたくなってくる・・・」
〔えっ?〕
「分かる。分かる」
「ビールやなくてもお酒欲しい!」
「あぁ~。鮭だけに・・・『酒が飲みたい!』みたいな?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
〔・・・・・・・・・・・・〕
チーン・・・
「ウチ、ワインがええ・・・」
「小歩路さ~ん!」
「小歩路さん! よくぞこの手神さんが巻き起こした気難しい空気を破ってくださいました!!」
「わっ・・・、悪かったねぇ!!」
〔ハ、ハハハ・・・〕
「・・・な、何なん? さとっち、急に改まって・・・。みかっぺも・・・」
「ううん。『よくやったなー』って・・・。あっ! 『良い意味で』だからね?!」
「はぁー・・・」
どうも厘にはこの状況がイマイチ理解できてはいないようだが、とりあえず未佳と長谷川は口を開いて話した厘のことを褒め続けた。
その隣で顔を顰めている手神を、軽く無視しながら。
そしてその昼食タイムから2時間後。
食休みをしていた未佳達の元へ、昼食のあと片付けと手順説明をするため、栗野が遅れて楽屋を訪れた。
「皆さーん。昼食はー? 全部食べ切りましたー?」
「「「「完食で~す!」」」」
「はい。じゃあ片付けますね。・・・あら? ・・・す、凄いじゃないですか! 未佳さん!! やっとピーマン食べられるようになったんですね?!」
そう口にしながら嬉しそうに空っぽの4つのお弁当を見つめる栗野に、未佳は少々気の毒に思いつつも、それを素直に否定した。
「栗野さん、残念ながら違うのよ・・・」
「えっ? でも・・・。入ってたんでしょう? で・・・、残ってないし・・・」
「そのお弁当のピーマンは、僕と手神さんの胃の中です」
「で、二人の煮豆の半分は私のお腹の中・・・」
「・・・・・・交換しましたね?」
「「「Yesー!」」」
「ハァー・・・」
何となく話を聞いていて予想はできたものの、そのあまりにも『当然』と言った感じの返事に、栗野は堪らず落胆の溜息を吐いた。
そういえばこの人も、もう何回未佳のピーマン嫌いに付き合わされていたことだろう。
少なくとも『アーティスト』としてメジャーデビューした時には知られていたのだから、それよりも数ヶ月前。
まだ楽曲を作り出していない結成時からだろうかと、未佳はしみじみと考えた。
「もう~・・・。未佳さんはいつになったら、このピーマンを食べられるようになるんですかぁ~?」
「いや・・・、たぶん一生無理じゃないですか? このままいくと・・・」
(一生・・・。つまり『167日以内に』ってこと? ・・・・・・・・・・・・)
何となく長谷川の発言を聞いて宙を仰いだ未佳は、自分の残り寿命とピーマンを克服しようとする気持ちを秤にかけてみる。
するとやはり予想通りに、答えはすぐに出てきた。
(無理だぁ~・・・。限りなく無理だぁ~・・・。167日以内にでしょ? ・・・・・・・・・無理だぁ~・・・)
〔・・・? 何渋い顔してんの?〕
「ん? なんでもない・・・。『強ち外れてないなぁ~』って・・・」
「「へっ?」」
「えっ? ・・・あぁー・・・っ! なんでもない!! なんでもない!! こっちの話!」
「・・・・・・・・・まあ、それはさて置き。朝説明した通り、最後の手順説明を始めます。よろしいですか?」
「「「「はーい」」」」
「はい、じゃあ始めますね・・・」
栗野はそう口にすると、早速朝ロケバスの中で話せなかった手順説明をし始めた。
「まずこのあとの流れですが、私の説明が終わり次第、女性陣の皆さんは更衣室に移動して、衣装に着替えます。男性陣の方達は3時に、ここで衣装に着替えてください」
「「こ・・・、ここで!?」」
「はい。ここです。まあ一応、数名衣装着替えのお手伝いさんがやってきますんで、何かあればその方達にお願いします」
「「狭っ・・・!」」
「で、衣装に着替えたあとは、3時半にメイクを行います。ここは皆さん合同ですので、なるべく時間厳守でお願いします」
「「「「はーい」」」」
などと皆は素直に手を上げていたが、かれこれ10年以上もメンバーと行動を共にしていた未佳には、ハッキリと分かっていた。
絶対にこの手順とおりには、手順は進まないということを。
いつも何かしらのことで、時間どおりにならないことを。
「それからイベントですが、アナウンススタッフの方が名前を一人一人読み上げますんで、呼ばれてからステージに上がるように・・・。そしてイベントの手順ですが、手順はEndless・MC・明日と・MC・flying・ポスター手渡し会です。MCの内容としましては、1回目は最近の出来事などをとにかく自由に。但し、新曲の説明は忘れないようにしてください。2回目の方は、次の曲で最後になってしまったことと、ポスターについてです。ここまでで何かありますか?」
「ううん」
「別に」
「特には」
「ないっすね」
「はい。じゃあイベント終了後は、そのままこちらの楽屋に戻ってきてください。そのあとも少々予定等はありますが、それは終わってから順々に説明しますね。じゃあ、未佳さん、厘さん。更衣室に行きますよー?」
説明が終わった途端そう口にする栗野に、未佳と厘はお互いに顔を見合わせながら溜息を吐いた。
後ろに取り残されている男3人が、同情する表情を浮かべていたとも知らずに・・・。
『日本語訳』
(2006年 5月)
※事務所 調理室。
さとっち
「はぁー・・・。まさか事務所のキッチン使うてスイーツ作りをやることになろうとは・・・」
手神
「仕方ないじゃないですか。来月の会報誌の企画なんですから・・・」
みかっぺ
「でもそれで作る食べ物が『超簡単ヘルシーティラミス』っていうのは問題よねぇ~・・・(苦笑)」
厘
「うん・・・。材料も単に牛乳が豆乳に変わっただけやし・・・」
手神
「まあ・・・、あれこれ言ってもしょうがないじゃないですか(汗) とにかくやっちゃいましょうよ。まずは・・・、豆乳を投入~♪」
みかっぺ・厘
「「・・・・・・・・・・・・(ーー゛)」」
さとっち
「でも『ティラミス』って、なんか言葉的にはいい響きっすよね? 僕この手の言葉好きです♪(^^)」
みかっぺ
「えぇ~っ?!Σ(@o@;) さとっちそんなに天国に行きたいのっ!?」
さとっち
「なんでそうなるんですかッ!!(怒)」
ちなみに『ティラミス』の日本語訳は『私を天国に連れていって』です。