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40.お茶と茶菓子で一杯・・・

栗野の説明が終了してわずか2分後。

未佳達を乗せたバスはこの間のリハーサル時と同様『関係者専用駐車場』と書かれた策の中へ入った辺りで、ゆっくりと止まった。


まず最初にバスを降りたのは、機材やら楽器やらを運ぶ機材スタッフ達。

その次に、一応周りの様子確認を行うスタッフ2名と、マネージャーの栗野。

そして安全が確認されたあたりで、リーダーの手神。

キーボードの厘。

ギターの長谷川。

そしてヴォーカルの未佳と憑神のリオという順番で、皆はロケバスから下車した。


〔・・・・・・ファンの人達いないね〕

「当たり前でしょ? こんなところにまでやってきたら、正直言って大変よ~」

「あっ! 未佳さん!!」

「あぁっ・・・! はい!」

「渡し忘れてました! これ・・・」


そう言って栗野が手渡してきたのは、よくコンビニなどで売られている市販の白いマスクだった。

一般的には風邪予防や咳防止などに使用されることの多いマスク。

しかし未佳にとって、このマスクはまったく別の理由において必需品だった。


「あっ、あったの? だったらバス降りる前に渡してよ」

「すみません、ゴタゴタしてて・・・」

「『寒い日は必需品』だって、前々から言ってたじゃない」

「本当にスミマセン・・・。とりあえず状態が悪化しないようにするためにも、早めに楽屋に向かいましょう」

「も~う・・・」


未佳はいまひとつ気持ちが収まらぬまま、とりあえず口元にマスクを当てがる。


このマスクは、未佳の大事な喉を渇かせないようにするための大事な道具だ。

特に今日のような寒く乾燥している日は、こうしたマスクがなければすぐに喉元が渇いていってしまう。

そうなってしまったら、未佳にとってはまさに『命』とも言える歌声が出せなくなってしまうだろう。

また仮に出せたとしても、喉自体にはかなりの負担を掛けることになる。


そんな大事なマスクを、栗野は持って行き忘れていたのだ。

結局のところは、栗野自身の早とちりではあったが。


「半分お騒がせしました・・・。今度からは、カバンの中をもう少し確認します」

「まったく・・・。カイロをあんなにカバンの中に詰め込むからよ」

「はい! じゃあ移ど」

「栗野さーん! ちょっと待ってくださーい! まだ長谷川くんのギターが・・・っ!」


そう手神に言われて視線を向けてみれば、そこには機材用ワゴン車の中でガサゴソと音をたてながら、スタッフ二人が必死に長谷川のギターを取り出そうとしていた。

そんなワゴン車の後ろの方では、長谷川が一人ぽつんと立ちながら『まだか。まだか』とギターが取り出されるのをひたすら待っている。

どうもかなりの数の機材と楽器を車に詰め込んでしまっていたらしく、取り出す作業が少々苦戦しているようだ。


とにかくあまり散り散りになるとまずいという部分もあり、栗野は未佳達を連れながら、一先ず長谷川の方へと向かう。


「さとっちー」

「ん?」

「ギター、取り出せないの?」

「あぁ・・・。なんか奥の方に入れてしもたみたいで・・・」


実は長谷川のギターは、他の機材や楽器よりも先に車に仕舞われていた。

そのため普通に車の中から取り出そうにも、手神や厘のキーボードやら機材やらが邪魔をして、なかなか思うように取り出せない状況になっていたのだ。


「そういえば長谷川くんのギター以外に、僕や小歩路さんの楽器も4台乗ってるんですよね?」

「あ、はい」

「あと機材とかも」

「・・・そうなると、楽器1台をどうにかここから取り出すのはー・・・」

「えっ・・・? 私のタンバリンは数に入らないの?」

(((いや、あれはー・・・)))

「ちょっと・・・! いつまで手間取ってるんですか?! メンバーの皆さんは時間厳守なんですから、早くしてください!!」

「いや・・・、そんな、栗野さん・・・。そこまで言わんでも・・・」


『それじゃあ完全に自分がワガママ言ったことになっちゃうじゃないですか!!』という叫びは心の中に置いていき、長谷川はスタッフ二人に対して怒鳴る栗野にやや慌てる。

そもそも争いごとなどが苦手な長谷川にとって、今のこの状況はかなり怖い。

下手をすれば、怒りの矛先が自分に向けられてしまう可能性だってある。

できることなら今すぐにでも逃げ出したい。


そんなことを長谷川が願った矢先だった。


「あっ・・・、あった!!」

「ありましたよ!? 長谷川さんのギター!!」


ふっと車の中を必死に探していたスタッフ2名の口から、そんな興奮染みた声がこぼれる。

どうやら、ようやく探していた長谷川のギターが見つかったようだ。


その声を聞くや否や、長谷川は二歩ほど車の方に近付き、ケースに入れられたままのギターを両手で受け取る。


「あの・・・、すみません。なんか色々と・・・」

「あ、いえいえ・・・」

「これが僕らの仕事なんで・・・」

「・・・本当にすみません・・・」

「じゃあ長谷川さん。楽屋へ移動しますよー?」

「あぁ・・・、はいっ」


ほぼ手伝ってくれたスタッフ達にお詫びを入れる暇すらないまま、長谷川は既に関係者用通路の入り口付近に集まっていたメンバーの元へと急いだ。


「すみませんっ! ちょっと遅れました・・・!」

「いいから♪ いいから♪」

「あんなに楽器とかを詰め込んだ中から、すぐに『パッ!』って出してっていうのが、そもそも無理な話だから・・・」

「まあ・・・。時間的に言うたら、許容範囲内なんとちゃう?」

「ハ、ハハハ・・・」

「ほら! 立ち話してないで、行きますよ?!」

「「「「あっ、はーい!」」」」


出入り口でもある扉を開けてみると、中は元々この会場で勤めているスタッフ達でごった返していた。

見た感じからすると、どうもその大半は機材係や整備係の人間らしい。


未佳達はそんなスタッフ達でごった返した通路を進みながら、途中『おはようございます』と声を掛けてくるスタッフ達に頭を下げつつ、楽屋を目指した。

ちなみに楽屋の場所は2階で、位置的には、今回のイベントを行う予定のステージの裏に通路があり、そこの左から二つ目の部屋ということになっている。

ようはステージ裏の左二番目の部屋だ。


(にしても・・・。毎回毎回すごいスタッフの数・・・。一体私達が楽屋に入っている間、この中は一体どうなってるの?)


そんな疑問を浮かべてから数秒も経たないうちに、未佳達は目指していた楽屋前へと到着した。


「はい! ここが皆さんの楽屋になります」

「毎っ回同じトコですけどね」

「「「シッ!!」」」

「エッホンッ! ・・・よろしいですか? え~っと、さっきも言いましたけど・・・。スタッフの人達がやって来るまで、楽屋の外には出ないでください。今の時刻が丁度9時半なので、外に出るのは2時間後の午前11時半。リハーサルの時になります。・・・何か質問とかは?」

「あの・・・。栗野さんはどこにいるんですか? 私達が楽屋にいる間・・・」

「あぁ・・・。私は少し機材とかの様子を見に、スタッフさん達とステージの方に行ってきます。それで一応、携帯は絶えず持ち歩いていますので、何かありましたら電話してください。あっ、皆さん携帯持ってますよね?」

「イエース!」

「はーい」

「もっちろーん♪」

「スマートッフォ~ン♪」

「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」

「すみません・・・」

「・・・はい。じゃあ、皆さん。よろしくお願いしますね?」

「「「「はーい」」」」


おふざけ的な会話もそこそこに、未佳・長谷川・厘・手神の4人は、ゾロゾロと楽屋の中へと入っていく。

中に入ってみると、楽屋内の広さは4畳ほどで、少々和風なデザインを意識したのか、床は楽屋にしては珍しく畳素材になっていた。


「わぁ~っ! 畳!」

「あっ、ホンマやぁ~」


中に入ってすぐ、未佳と厘は足場が畳になっていることにやや興奮しながら、まるで素材を確かめるかのように右手で畳を撫でた。


もちろん、この部屋に敷かれている畳は偽物ではない。

正真正銘本物の畳だ。


「あれ? ・・・でも前って、ここ畳でしたっけ?」

「ううん。前は普通のフローリングだったけど・・・、多分最近畳に変えたんじゃないかなぁ~」


そう答えながら、手神は楽屋に敷かれていた畳を見つめる。

実はほんの3年くらい前まで、ここは普通の茶色いフローリングの床だったのだ。


だが今はどういうわけか、そのフローリングだった床は畳に張り替えられている。

さらによく辺りを見渡してみれば、壁紙も以前のようなグレーっぽい白いものではなく、やや温かみのある黄色がかった色合いのものに張り替えられていた。


「どうやら、部屋全体を少し模様替えしたみたいだね。壁の色も少し明るいし・・・」

「まあ・・・。あの時は周りも含めて、床めっちゃくっちゃ冷たかったですもんねぇ~・・・。座ると冷たさで『ビクッ!!』みたいな」

「そうそう! しかもフローリングのせいで、暖房入れても全然暖まらなかったし・・・」

「フローリングって、座るとめっちゃ骨当たって痛いし・・・」


未佳がそんなことを話していると、厘は一人右側にあった流し台の方へとトコトコと歩いていった。

流し台のところには、飲み口を下にして並べられた湯呑みが5つ。

さらにその隣には、餡子あんこ無しのニッキと抹茶の生八ッ橋。

そしてその湯呑みと同じ数の緑茶とほうじ茶のティーバックが、それぞれ小さな網かごの中に並べられていた。


「あぁ~っ! ねぇ! ねぇ!! 人数分のお茶と、餡子あんこ無しのおたべあるよー?」

「えっ? ホント?!」

「欲しい~っ! おたべ久しぶり~♪」

「何味?」

「え~っと・・・。ニッキと抹茶」

「枚数は?」


ふっと長谷川に生八ッ橋の枚数を尋ねられ、厘は微妙に生八ッ橋の入れられた袋を傾けながら、その枚数を確認した。

袋の中に入れられている生八ッ橋は、全部で5枚。

大きさは1枚、縦約6センチ。

横約4センチほどの長方形で、真上から見てみると、薄らと真ん中に一本の切れ込みが入れられていた。


「一袋5枚で切れ込み入ってるからー・・・。一袋10枚。全部で20枚。あと、栗野さんの分も入ってるから、一人一味2枚ずつ!」

「「OK!」」

「あっ、小歩路さん。冷蔵庫ってある?」

「えっ? ・・・あるよ? 中くらいのが・・・」

「じゃあ水入れてこよ。腐っちゃったらマズいし・・・」


未佳はそう言うと、カバンの中から水の入れられた200メリリットルのペットボトルを2本取り出し、それを流し台の横にあった冷蔵庫の中へと放り込んだ。


このペットボトルの中に入っている水は、未佳が自宅の浄水器でキレイに浄水したもの。

実は未佳は、ライヴなどで歌う前には必ず、この水と湯煎した水しか口にしないようにしているのだ。

これは彼女の命でもある『喉』を守るため、未佳自身がバンドの結成前からやっている“こだわり”でもある。


「あっ、ろ過水? 今日は凍らせてないん?」

「うん。今回は地方だし、凍らせたら飲むのに時間掛かるから・・・」

「あっ、そっか・・・。あぁ、みかっぺお茶飲む?」


厘はそう尋ねながら、お湯を温めているポットの頭を『コンッコンッ』と叩く。

それを見た未佳は、笑みを浮かべながら数回頭を上下に小さく振った。


「飲む♪ 飲む♪ ところでお茶って普通の?」

「ううん。緑茶とほうじ茶」

「じゃあ、私ほうじ茶」

「手神さんとさとっちはー? ほうじ茶? 緑茶? それともいらーん?」

(〔『いらーん?』って・・・〕)

「あぁ、ほうじ茶ー!」

「僕は緑茶の方を」

「・・・ウチは緑茶やから、ほうじ茶2。緑茶2やね」

「私も入れるの手伝うよ」


こうして二人がお茶を入れている間、長谷川は何やらモゾモゾと座りながら、自分や手神の周りをキョロキョロと見渡し始めた。

そんな長谷川の行動が妙に目に付いたのか、隣に座っていた手神が恐る恐る長谷川に尋ねる。


「長谷川くん、どうしたの? そんなに周りを見渡して・・・」

「えっ? あっ、いや・・・。『4畳』って、僕の中では結構ある方だと思ってたんですけど、こうして見るとかなり狭いですね」

「まあー・・・。荷物も多いし・・・、ちゃぶ台が中央取ってるし・・・。何より、この部屋に一人じゃなくて4人全員だから」

「めっちゃ狭く感じんですけど・・・。やっぱりこの人数と、真ん中に置いてあるこのちゃぶ台のせいですかねぇー?」

「じゃない?」

「はーい。お茶と茶菓子入ったよー」

「みんな、自分の分自分で持ってってー」


その後はしばしメンバー全員、笑いあり感心あり驚きありの『お茶休憩』と言った雰囲気を、思う存分堪能した。


『一人で・・・』

(2009年 11月)


※事務所 控え室。


さとっち

「えっ? 坂井さん一人でラーメン屋に行ったことないんですか?!(驚)」


みかっぺ

「行けないわよ~! 気まずいもの・・・」


さとっち

「そう? 僕なんかザラに行ってましたけど・・・? お好み焼き屋とか・・・」


みかっぺ

「でもそれを言ったらさとっちだって、私ならともかく。さとっち一人でデザートバイキングとかに行ける?! 気まずいとか感じない?!」


さとっち

「・・・・・・気まずいです・・・(苦笑)」


「手神さんとかも、一人でお好み焼き屋とかに行ったりしてるん?」


手神

「いや~・・・。関東はあんまりお好み焼き屋とかはないから・・・。やっぱり一人デビューっていうとラーメン屋かな」


さとっち

「ふ~ん・・・。栗野さんは? 一人で何処かにとか・・・」


栗野

「私はー・・・。『ラーメン屋に行ったことがない』はさすがにないですけど(笑) 『一人で』というのもないですね」


さとっち

「あっ・・・、やっぱり?」


栗野

「はい・・・。“一人で寿司屋”ならありますけどね」


さとっち・みかっぺ・厘・手神

「「「「・・・・・・・・・・・・えっ?」」」」



すみませんこれ・・・、私の実体験です(笑)


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