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39.さとっちのファン傾向

バスが走り出してから約40分。

もうそろそろ会場に到着するだろうという頃だと言うのに、未佳の前の席に座っていた長谷川は、相変わらずショゲ込んでいた。


座席の背凭れで全体は見えないが、その背凭れと車窓の間から、長谷川が車窓の方に頭部をコツンと傾けていることだけは確認できる。

おまけに時々窓枠に置かれた右手の人差し指が上下に動いているところを見ると、どうやらバスに乗ってから一度も寝てもいないようだ。


そんな長谷川の様子に、未佳は後ろから肩を指差し指で『ツンツン』と突っ突いてみる。

すると未佳の予想とは裏腹に、長谷川は無視などせず、未佳の方に首をゆっくりと向けた。


「・・・なに?」

「『なに?』って・・・。ねぇ・・・。さっきのは謝るから、いい加減機嫌直してよ。普段なら別にいいけど、今日はイベントなんだから・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「さとっちだって、今日のイベント楽しみにしてたじゃない? 『久しぶりにファンに会える~♪』って・・・」

「それはそうやけど・・・・・・」

「それに・・・、ほら。私達が頑張って書いたサイン、無駄にしたくはないし」

「・・・? もしかしてそれ本音?」

「ち、違うわよ! だ・・・、だから・・・。今のさとっちの態度で、ファンの人達を悲しませたくないってこと!! ・・・分かる?!」


何故か一瞬未佳の本音らしき発言が飛び出してきたが、それも含め、未佳が口にした発言は全て正論だ。

特に『ファンを悲しませる』というのは、どこの世界でもご法度行為。

もちろん、長谷川自身もそれは分かり切っている。


未佳の説得を聞いた長谷川は、しばらく頭を下に向けて考えた後、未佳の方を向きながら小さく頷いた。

どうやら、ようやく立ち直る気になったらしい。


「・・・それは『立ち直る』って取っていいのね?」

「はい・・・」

「はい! じゃあこの件はこれで終了! もうすぐ会場に着くから、そろそろ下りる準備を」

「あっ・・・、常連!!」

「「・・・えっ?」」


ふっと突然厘の口から出てきたその言葉に、未佳と長谷川は厘の視線の先を見つめてみる。


するとそこには、ざっと30人くらいはいるであろう大勢の人達が、会場へと続く道路脇の歩道から、こちらに向かって手を振っていた。

それもよくよく目を凝らしてみれば、その人達の数名は『みかっぺ★ダイスキー』や『手神 is GOD HAND!!』などと書かれたパネルを大きく掲げながら、まるで未佳達の目についてもらおうとするかのように、その場でピョンピョンと飛び跳ねている。


〔もしかしてこの人達全員・・・〕

「そう。私達のファンの人達。それも8年以上のお付き合いのね。いつも出迎えやってるのよ。ライヴの時とか、イベントの時とか・・・」

〔あのパネルは? グッズであるの?〕

「まさか・・・。全部ファンの自前品よ。あれって簡単に作れるのよね。薄い透明なプラスチックを二枚合わせて、その中に文字を書き入れた紙を挟んで、周りを止めるだけだから・・・」

〔ふーん。ひょっとして・・・、あれを見たら誰が誰のファンなのか分かっちゃう・・・、とか?〕

「もちろん。基本的にはみんな小歩路さんだけどね・・・。何せ『厘同盟』なんてものがあるくらいだから」

〔あっ、あの手前の女の人・・・!!〕


ふっとリオが指差す先にいたのは、つい最近マーメイドで声を掛けてきたあのファンの女性だった。

しかも女性の持つ『みかっぺ LOVE』と書かれたパネルの中には、ご丁寧にこの間未佳が書き入れたあのサイン付きメモ用紙も入れている。


〔あの人、未佳さんのファンみたいだね〕

「まあ、昔からそうだったしねぇ~・・・・・・あっ。さとっち! ほら!! さとっちのパネル上げてる人いるよ!!」

「へっ?」

「ほら! 厘同盟のちょっと後ろの方!!」


そう言われて視線をそちらに向けてみれば、そこには確かに『さとっち☆サイコーッ!!』と書かれたパネルを、少数ではあったがバスの方に掲げている。

それもよくよく見てみれば、そのパネルを上げていたのは全員女性ファンのみだ。


〈さとっち~!!〉

〈さとっち、こっち見てー!!〉


直接彼女達の声は聞こえずとも、この口の動きであれば大体言っている内容はこんなものだろう。


実はここ最近、長谷川のファンは以前よりも明らかに増え続けている傾向にあった。

理由は一昨年辺りから3年ぶりに、人気ラジオの司会やソロ活動を再開したためだろうが、最近ではその数が未佳のファンを上回るほどにもなりつつある。


もっとも長谷川のファンの中には、別のメンバーとの『二股ファン』という場合が多いので、純粋な長谷川のみのファンで数えてしまえば、まだまだ人数は追いつかないだろうが。


「なんか前より増えてへん? さとっちのファン・・・」

「うん。あの手前の3人、元々私のファンだったと思うんだけど・・・」

「それ言うたら、前の二人と左側の4人はウチのファ」

「ちょっとぉー? 斜め前のお二人さーん?」

「さっきから一体何の話してるんですか?」


ふっと二人の会話の内容が気になったのか、未佳の斜め後ろの席に座っていた栗野と、厘の後ろの座席に座っていた手神の二人が、未佳達の方にさり気なく声を掛ける。


「えっ?」

「『えっ?』じゃないですよ! さっきから『ファン』がどうとか・・・。『人数』がどうとか・・・」

「またファンが何かやったんですか?」

「「・・・へっ?」」


先ほどからこの二人の会話を聞いてみると、どうも栗野達は自分達が何か深刻な話をしているものと勘違いしているらしい。

その証拠に未佳達に話し掛ける二人の顔には、ハッキリと『真剣』という名の文字が浮かび上がっていた。


しかし実際の会話の内容はというと、別に深刻なものでも問題的なものでもなんでもない。

ただ単に長谷川のファン傾向について、厘と二人で話していただけ。

未佳はそんな二人の勘違いの差とあまりのおかしさに、思わずその場で口元を軽く押さえながら『くすり』と笑った。


「? ・・・み、未佳さん?」

「何・・・、笑ってるんですか?」

「い、いや~・・・。あまりにも真剣そうな顔してたから・・・。そんなんじゃなくて、さとっちのファンの話をしてたんです。ほら、さとっちのファンの人って、元々別の人のファンだった人とかが多いでしょ?」

「確かに・・・」

「そう言われてみれば・・・」

「さっきさとっちに手ぇ振ってた3人。カウントダウンライヴの時、手神さんのファンやった人やったよ?」

「えっ!? ホントに?!」

「う、うん」

「まあ・・・。長谷川さんはあとから人気が上がってきたメンバーですしねぇ~・・・。ファンが『二股』っていうのは、珍しくないんじゃないですか?」

「「「・・・・・・まあねぇ・・・」」」


そんな栗野の発言に皆が納得していると、未佳はふっとあるお笑い芸人によってブームになっていた言葉遊びを口にした。


「はい! 『さとっちのファン』と掛けまして『ファーストフード店のドリンク』と説きます」

「い・・・、いきなり謎掛けですか? 坂井さん・・・」

「じゃあ、今の未佳さんの空気を読んで・・・」

「「そのココロは?!」」

「はい! いつもセットで付いてきます♪」



パチパチパチパチ・・・



「うまい!!」

「「確かに~・・・」」

「ハハ。半分内容理解してないと意味不いみふな謎掛けだけど・・・」

「でも実際・・・、さとっちのファンって、みんな誰かと二股やもんね」

「ついでにファーストフードのドリンクも、大概セットで頼めば付いてくるし・・・」


などと手神が苦笑混じりに口にすると、栗野はふっと何かを思い出しながら、謎掛けを言い終えた未佳にこの訂正を話し出した。


「そういえば未佳さん、知ってました? 最近のファーストフード店って、ドリンクよりもポテトの方が付く率多いんですって」

「え゛っ?! 普段食べに行かないから全然知らなかったけど、そうなの?! 今ってポテラーの方が多いわけ?!」

〔『ポテラー』って・・・〕

「へぇー・・・。みんな水分やなくて、胃に溜まる感じの求めるんやね」

「だねぇ・・・」

「ヨッシャアァ!!」

「ア゛・・・ッ!! あぁ~・・・、ビックリしたぁー・・・。今度は何ぃ~?!」


ふっといきなり勢いのある掛け声と共に立ち上がった長谷川に、未佳は思わず飛び退きながら、半分ムッとした表情で長谷川は見つめる。

しかし長谷川はそんな未佳の視線などには一切気付かず、むしろ自棄に嬉しそうな、気合い有り気な表情を浮かべ、未佳達の方に視線を向けた。


「僕、イベントやり切ります! なーんかめっちゃ自信ついてきたわ!!」

(((〔えっ・・・? いきなり?〕)))

「そ、そう・・・。よかったね・・・」

「はい! ヨッシャー! イベントや♪ イベント♪」


まるで先ほどの暗過ぎるオーラが嘘のように、長谷川はテンションをハイにしながら、椅子に座り直す。

そんな長谷川のあまりにも変わり過ぎるテンションに苦笑しつつ、未佳は小声でこんなギャグを口にした。


「はい・・・。さとっちのやる気メーター充電完了ー・・・」

「ひょっとして・・・、ファンの女性達を見たからかしら・・・。やる気出してくれたの」

「はっ? たったそれだけ?! なんで『男』ってそんなんなん?! ウチ全っ然意味わからへんわ!!」

「さ、さりげなく僕も一緒にしないでください・・・。小歩路さん・・・」

「まあ、いいじゃない。ようやく機嫌直してくれたんだから。ついでに気合いも出てきたみたいだし・・・」

「はい! じゃあここで再度、本日のイベントについての説明を行います。皆さん聞いてくださいねー?!」


栗野はそう口にすると、早速本日の大阪イベントについての手順と注意事項の説明をし始めた。


「はい。じゃあまずこれからですが・・・。本バスはこれより、イベント会場でもある『大阪スター★フォーラム』の、関係者用駐車場から入り口に入ります。バスから降りたあとは、駐車場の近くにある裏口扉から、関係者用通路を通って楽屋に入ってください。まあ、私やスタッフ数名付いていきますけど・・・」

「機材や楽器の持ち運びは? 私達も手伝うの?」

「いいえ。今回はスタッフの皆さんが代わりに運びますので、未佳さん達は手伝わなくて大丈夫です。それから楽屋に着いたあとは、絶対に部屋を出ないようお願いします。あぁ、トイレも楽屋の中にありますから、そちらを使ってくださいね」

「「「はーい」」」

「あの、すみませーん。ちょっと質問なんですけど・・・」


長谷川はそう言いながら、説明を行っている栗野にも見える位置で、右手をゆっくりと上に上げた。


「はい。・・・なんですか? 長谷川さん」

「僕・・・、自分のギターは自分で運びたいんやけど・・・。そういう人はどうしたらええですか?」

(えっ・・・・・・)


その長谷川の発言に、未佳は彼が持つ『ギターに対してのこだわり』の大きさを思い返した。


今長谷川が所有しているあのお気に入りのアコースティックギターは、長谷川が5年ほど前にやっとの思いで購入したものだ。

と同時に、バンド結成後にして初めて、長谷川が手にした唯一のギターでもある。


長谷川のあのギターに対する溺愛ぶりはかなりのもので、そのレベルは、長谷川以外の人間にはギターケース越しにしか触れさせず、雨や汗でギターが濡れればすぐ、タオルなどで念入りに拭き取るほどでもある。

また3年ほど前のライヴリハーサル時では、あまりにも大事にし過ぎている長谷川に『かなりの溺愛ぶりね』と未佳が口にしたところ、長谷川はほぼ即答で『命の次に大事やからね』と口にしたほどだ。

だから今回の『自分で運びたい』という要望も、あの長谷川ならありえなくない話だと思っていた。


しかし普段機材運びの場にいない栗野からしてみれば、その長谷川の発言はかなり以外だったのだろう。

栗野はやや戸惑いながら、機材運びを担当する男性スタッフの方に視線を向ける。


「どう・・・、します?」

「あぁ~・・・。だったら長谷川さんのギターだけ、最初に車から下しちゃっていいんじゃないですか? 当の持ち主がそう言ってるんだし・・・」

「はい。じゃあ、長谷川さんに渡しますね?」

「すみません。なんかワガママ言って・・・」


そう口にして申し訳なさそうな表情を浮かべる長谷川に、栗野は笑顔で首を横に振った。


「いいえ。というより・・・、とても長谷川さんらしいですよ? 自分のギターを大事にしてるところが・・・。『長谷川はCARNELIAN・eyesのギターリスト!』っていう感じで」

「ハ、ハハハ・・・」

「あっ、長谷川さんの他に『自分の楽器は自分で持ちたい』っていう方、いますかー?」

「いいえ」

「ウチも別に・・・。手神さんとかは?」

「いや・・・、僕のは長谷川君のと違って、一人じゃとても持ち運べないから・・・」

「確かにキーボード1台もどうかと思うのに、3台はね・・・」

「じゃあ長谷川さんのアコギだけでいいですね?」


その栗野の最終確認で全員が『はーい』と答えると、栗野は一時中断してしまった会場内での手順の説明を続行する。


「はい。では説明を引き続き行いますけど・・・、どこまで言ったっけ?」

「『控え室に入ったあとは外出禁止』のところまで」

「あぁ、そうだ・・・。それでそのあとですけど、午前11時半から、最終リハーサルを行います。で、この時なんですけど・・・。ファンの方との会話はほどほどにしておいてください。向こうから話し掛けられてきたことに答えていたら、時間がいくらあっても足りないので・・・。また最悪、リハーサル中に度を越した方とかも出てきてしまう可能性もありますから・・・。まあ・・・『完全に無視しろ!』とまでは言いませんけど・・・」

(つまりは『あんまり関わるな!』ってことね・・・)

「そしてリハーサル後の12時から、ランチタイムになります。この時の食事は、会場近くの売店の方が皆さんの分を作ってくれますので、それを私達が楽屋に運びます。あっ、飲み物は楽屋前のところに段ボール箱に入った状態で置いときますけど、それ以外は楽屋から一歩も出ないでくださいね?」

「「「はーい」」」

「それから、ランチタイムは基本1時半まで。そのあとは衣装着替えの3時半まで、個々に時間を潰してもらって構いませんがー・・・、女性の皆さんはメイクを行うので、3時から別室に移動してきてください」


それを聞いた途端、未佳と厘はお互いに顔を見合わせながら溜息を吐いた。


「もう毎回のことやけど・・・」

「あのメイクやってる時間、キツイんだよねぇ~」

「うん。顔が下向いたらアカンからって、読書も仮眠も禁止やと・・・。ねぇ~」

「そうそう。それにずっと椅子に座りながら起きてるのが結構くるしさぁー・・・」


『あれは堪えられない』と最後に口にして、未佳は自分の席の背凭れにコテッと倒れ『ふぅー・・・』と再び息を吐いた。

するとそんな二人の様子を見ていた長谷川と手神の二人は、何やらニヤニヤとした表情を浮かべながら、二人にこんなからかい口を吐く。


「女性の方達は色々大変ですねぇー・・・」

「衣装着替えだけでかなり時間を取っちゃうからぁー・・・」

(っ!! ・・・このーのぉー二人ィ~!! まるで他人事ひとごとみたいに毎っ回!! 毎っ回!!)

「ええ、そうね・・・。『女』と違って『男』は、着飾る部分ところがほとんどからねぇ~?」

「「・・・・・・・・・」」

「コラコラ・・・。恒例のからかい合戦はそこまで・・・。じゃあ・・・、残りはその空いているランチタイム後に説明しますね?」

「「「「はーい」」」」


皆が内容の再確認も兼ねて返事を返したのと同時に、未佳達を乗せたロケバスはゆっくりと、関係者用駐車場の中へと入って行った。


『ファッション』

(2003年 5月)


※事務所 控え室。


手神

「あれ・・・。長谷川くん、その帽子・・・」


さとっち

「はい! MINIQLOの新商品です(笑) 気に入っちゃったんで、ジーパンと一緒に買っちゃったんっすよ~♪」


手神

「いや・・・。僕も実はその帽子買っちゃって・・・。ついでに今日かぶってきちゃったんだけど・・・(汗)」


さとっち

「えっ? ウソ!? まさかのMINIQLOカブリ?!」


「おはよう~って・・・!! てっ・・・、手神さん! ウチと同じTシャツ着てる!!(驚)」


手神

「えっ? あ゛っ!! さっ・・・、小歩路さんもこのMINIQLOのTシャツ買ったんですかっ!?」


「はぁ~・・・。なんか同じ服着てる人がおるやなんて・・・。エライ恥ずかしいなぁ~(溜息)」


手神

(そんなこと言われても・・・(汗))


さとっち

「ん? ってか小歩路さん!! 僕と今日履いてるジーパン、同じのじゃないですかっ!!(驚)」


「あっ、ホンマや!!」


手神

「まさか坂井さんまで被るだなんてこと・・・」


※そうこう言っている間にみかっぺ出勤。


みかっぺ

「おはよう~♪ ねぇ! ねぇ! 見て♪ 見て♪ このMINIQLOの帽子とTシャツとジーンズ! なんかデザインよかったから、まとめ買いして着て来ちゃった♪」


さとっち・厘・手神

「「「・・・・・・・・・・・・えっ?」」」



全部着てきやがったー!!(爆)


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