2.個性的なメンバー
未佳達が6階へ下りてみると、通路のあちらこちらで、かなり賑やかな声が響いてきた。
そのほとんどは当然のことながら、ライヴハウスの方から聞こえてくる声である。
どうやら彼らは、ここに未佳がやってこないことをどうとも思っていないらしい。
「ほら。皆さん待ってるから」
「・・・・・・はぁー・・・」
そう言われても、到底あの会話からはそんな風な空気は感じられない。
もっとも未佳自身も、メンバーの誰かが遅れたりした時は、こんな風に先に来ていたメンバー達と話していたりしていたので、どうこうとは言えないのだが。
「失礼します! ・・・皆さん、お待たせしてしまってすみません!! 未佳さん、入ります!」
「あぁ、やっと来た・・・」
「みかっぺ、遅い~!」
「随分と長いトイレでしたね」
「・・・違うの。外見ようと思って屋上に出てたら、こんなに時間が経ってただけよ」
未佳がそう答えると、メンバー達は『また?』と、ハモりながら聞き返した。
外を見ようと思って屋上に出ていくのは、実は今に始まったことではない。
ここの事務所にやってきて、尚且つ外が晴れていた時は、未佳は必ず屋上に足を運んで。
そして空を眺めているのだ。
だから今回も、屋上に出ること自体は簡単なことだった。
死ななかった、死ねなかったことは別として・・・。
「でも今日は晴れてなかったんに・・・。それなんに屋上に出てたん?」
ふっと、肩までしかない黒髪を左右に揺らしながら、キーボードチェアーに座っていた女性はそう尋ねる。
彼女は未佳よりも4つ年下のバンドメンバー、小歩路厘。
生まれも育ちも京都ではあるのだが、会話に関しては主に関西弁のみ。
なんでも、大阪出身の父親の影響らしい。
担当は楽曲の作詞製作と、リーダーと同じキーボードなのだが、リーダーのように一気に何台も弾くことはない。
というより、本人がそれを『優雅じゃない』と言って、拒絶しているのだ。
作詞は楽曲全てを担当しているが、内容は重いもの、暗いもの、空虚、虚無などが大半を占めている。
『CARNELIAN・eyes』は、元々こう言った曲が多いことでも有名なのだ。
ちなみにこのバンドメンバーの中では、もちろん『女性同士』ということもあって、彼女とは一番の仲良し。
時々約束をして顔を合わせては、どちらかの自宅で遊んだり、二人だけで旅行に出向いたりしたこともある。
未佳にとって、大切なバンドメンバーの一人だ。
未佳は自分のマイクがセットされている場所に向かいながら、とりあえず厘の問い掛けに答えた。
「うん。曇りは曇りで・・・、色々といい部分もあるの」
「ふ~ん。じゃあ今度は雨の日に出てみたら?」
「えっ? 雨? ・・・でもそれじゃあ・・・、かなり濡れるし・・・」
「常識なんか気にしないで、一度やってみたらええやん。なんか新しい発見があるかもしれへんし・・・」
「・・・・・・本当に小歩路さんは『当たり前』系のものが嫌いよねぇ~・・・」
「だってぇ~! それって限定されててつまんないやん!」
そう言って厘は顔を顰め、首を横に振った。
厘はメンバーからしてみても、一般人からしてみても、かなり個性的な人間である。
一般人が言うところの『普通』『当たり前』『常識』『流行りもの』と言った類のものが、ほぼ全般嫌いなのだ。
そればかりではなく、ある意味では手段を選ばないような行動を取ることだってある。
たとえばライヴ中に『今度の新曲の歌詞はどんな感じ?』と観客が尋ねると、厘は普通にポケットから携帯電話を取り出し、そこに打ち込まれている歌詞の内容を確認したりするのだ。
さすがにそんな大胆な行動を取るアーティストメンバーは早々いないので、あの時はメンバー全員であたふたしてしまったのを、よく覚えている。
さらに厘は、頭に『かなりの』が付くほどの自由人で、メンバーが携帯電話等で連絡を取ろうとすると、基本的に繋がらないことが多い。
いつも決まって留守電だったり、ようやく電話に出たと思ったら、向こう側だけの些細な事情で切ってしまったり。
もっとすごい時には、電話に出た時には日本にはおらず、誰にも報告しないまま海外旅行をしていたことだってある。
そんな彼女のあだ名は『まるで野良猫のように自由気まま』という意味合いから付いた『厘猫』と、そのままの意味でもある『自由人』の二つ。
もっとも一番多い呼び名は、苗字にそのまま『さん』を付けた『小歩路さん』か、下の方の『厘さん』であるが。
そんな厘との会話を間に挟みつつ、未佳はふっと自分の口元に指を置き、視線を泳がしながら考える。
(・・・私・・・・・・、本当に死んでるのよね? ・・・・・・人と話してると、全然自覚が湧いてこない・・・・・・)
「そっちもう大丈夫? 準備できてる?」
「OK! バッチリっすよ」
「うん。・・・・・・じゃあ~ぁ・・・。皆さん、一番のサビから行きますよ~?」
ふっとシンセサイザーキーボードの前に立つサングラスの男性が、皆の方に集中するよう号令を掛ける。
サングラスがチャームポイントでもある彼の名は、我が『CARNELIAN・eyes』の頼れるバンドリーダー、手神広人。
メンバーの中では最長身並びに最年長で、未佳とは8歳近くも年が離れている。
バンドの担当は、主にシンセサイザーキーボードなのだが、手神は厘の説明でも書いたように『2台以上のキーボードを弾く』というカミワザを持つ男だ。
普通一人で2台はできたとしても、それ以上の台数を操れる者は早々いないだろう。
手神はその優れた才能を生かし、バンドでは未佳の作った作曲の編曲アレンジを担当している。
ちなみに性格は、未佳や厘のような『行け行け!!』という感じではなく、どちらかと言えば気が小さいタイプだ。
ついでに会話の時の声も、メンバーの中では一番小さい。
ここまでの演奏技術を持つ上にバンドリーダーという立場ではあるのだが、メンバーに対しては一度たりとも威張ったりしたことはなく、いつも引き気味。
そのためライヴの練習やレコーディングなどの際には、手神一人が全体の指揮を執るのではなく、未佳や厘も協力しての指揮体制であることが多いのだ。
「「はーい」」
「坂井さーん。そちらも準備いいですかー?」
「・・・! あっ、はーい。こっちもいつでも・・・」
未佳がそう返事を返すと、スタッフ達はややメンバーから離れ、まるで映画の撮影でも始まったかのように『よぉ~ぅいっ! スタート!』と合図を送る。
それから間髪を空けずに、未佳はマイクを口元に近付けた。
そうしているうちに、サビの少し前のメロディーがスピーカーから流れ始める。
今日PV撮影を行う楽曲は、『CARNELIAN・eyes』のニューシングル楽曲『“明日”と“明日”と“昨日”』。
大切な人と別れてしまった女性の、明日と昨日の物語を切なげに歌った楽曲である。
『CARNELIAN・eyes』は基本、こう言った失恋や破局の歌が大半を占める。
元々厘が生み出す詞自体に多い傾向なのだが、彼女の過去が関係しているかどうかは、一切不明だ。
曲のサビが近付くに連れ、未佳は声の出しやすい姿勢に体の向きを変えると、マイクにその歌声をぶつけた。
「あし~たぁはー どんな風が吹くのぉ・・・ あし~たぁはー 何が待っているというのぉー 流れぇ~てしまった時間のテープはぁ 二度と・・・ 巻き戻せっなーい・・・ ならば あーすは何を撮ろぅー・・・ 心 惹かれる ストォーリィーにぃ~ 今はー・・・ ただー・・・ さー迷いたーい・・・」
こうしてサビを歌い終わっても、しばらくはこのまま。
編集の際に短くならぬよう、歌い終わりは余分に撮影するのである。
そしてそれから約10秒後。
「はい! OKでーす!! サビワンテイク終了!!」
そのスタッフの声で解放されたかのように、それぞれのメンバーがホッとしたような表情を浮かべる。
「ふ~・・・」
「終わったぁ~・・・」
「それにしても手神さん・・・。いつも撮影はハラハラしますねぇ~。楽しいですけど・・・」
「まあね」
そう手神に話しかけたこの男性が、最後のバンドメンバー。
ギター&コーラス担当、長谷川智志である。
未佳よりも一つ年上の彼は、本職バンドのギターやコーラスだけでなく、ほかのバンドのライヴサポートや作詞、ソロ活動などでも『SAND』内では引っ張りダコな人物。
メンバーの中でも、キーボードや編曲を手掛ける手神や、作曲提供・サポートコーラスなども担当している未佳よりも、彼はあらゆる箇所からオファーが掛かる。
学力にしたって、バンドの中ではほぼ一番に等しい。
未佳も関西では名門とも言える大学卒だが、そこよりも長谷川が卒業した大学の方が、倍率がうんっと高いのだ。
そうした部分もあってか、厘からはよく『クレバー』などと呼ばれたりもしているほど。
ただ性格的な面としては、一応手神ほどではないにしろ、こちらもやや小心。
分かりやすく言うとすれば、遠慮がちでお人好し。
自分の立場をいつも意識してしまうせいか、活動上に置いてのメンバーの悪口はほとんど言わず、おまけに頼まれたことは何でもやってしまう、所謂『弄られキャラ』。
ファンからは逆に『脱力系』や『弟キャラ』などと、良い意味でよく言われている。
もっともその原因は、いつもライヴなどで共に活動している、未佳自身にあった。
「ねぇ・・・。ところでさとっち」
「ん?」
「さっきから練習見てると、ギターのテンポががかなり速くなってるから、もうちょっとスローにして」
「・・・こんな感じですか?」
♪~
「だから速いんだってば!! っというか・・・、さっきよりも速くなってる!」
「あっ・・・! すっ、スミマセン!!」
「・・・いいから。さっきのところからもう一回・・・・・・」
♪~・・・
「今度は遅い!!」
「!」
このように毎回ライヴ中にも関わらず、未佳が長谷川を叱りつけたり、時には無茶ブリを振ったりしているのだ。
そしてその姿が、いつしかファンの間でも定着し、気付けばこんな呼び名ができてしまっていたというわけである。
ちなみに『さとっち』というのは、未佳が考えた長谷川のあだ名。
下の名前が『さとし』だから『さとっち』と、意味合いこそかなり単純なものではあるが、基本的に手神や栗野以外の人間はそう呼んでいる。
そして長谷川自身も、このあだ名に関しては満更でもないらしい。
でなければわざわざライヴのような本名で名乗ってもいい自己紹介の場で『どうもー! ギター担当のさとっちでーす!』などと、自分であだ名を名乗ったりはしないだろう。
『CARNELIAN・eyes』は、こうした個性溢れるメンバー4人が集結し、バンドとして数々の楽曲を生み出しているのである。
そして今年は、結成10周年を迎える大事な節目の年。
もう既に、12月と1月の間にカウントダウンライヴはやり終えているので、今のところ次のライブの予定は立っていない。
だが、この先『やらない』とも言い切れない。
だから今のうちに、未佳はあそこから飛び降りたかったのだ。
もしライブの予定などが近々立ってしまったら、それこそミーティングや曲のセットリスト、練習やグッズ製作など、忙しくて死ぬ暇ですら与えられない。
その期間中の栗野は、予定や休憩時間、練習風景などの全てを、まるで金魚の糞のように付いていっては、ひたすら監視。
長ければ夜中まで練習が続くこともあるので、最悪半日以上も、こうした環境下にさらされ続けることも考えられる。
もしそのようなことになってしまったら、ここから飛び降りるどころか、屋上でさえ行けなくなってしまうのがオチだ。
(はぁー・・・)
「じゃあまた。・・・今度は2番の頭からお願いします!」
「はーい!」
「りょーかい♪」
「分かりましたー・・・」
「・・・・・・坂井さん? よろしいですか?」
「・・・えっ? えぇ・・・、どうぞ」
その後もPV撮影は順調に続いてゆき、ようやく全ての撮影が終了した時には、既に午後5時を回っていた。