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36.みかっぺ救出大作戦

「ま・・・! まさか反対車線走るつもりなの!?」

『うん。一時的にはそうするつもりやけど・・・』


当然、これは完全なる道路交通法違反行為。

見つかればタダでは済まされないし、場合によっては運転免許の没収だけでなく、それ以上の罰を受けることにも繋がる。


しかし一方の厘はというと、そんな未佳の心配などは一切気にしてはおらず、むしろ警察のことなどはなっから考えていなかったように、そのまま会話を続行させた。


『ほな、ええ? みかっぺ。作戦内容説明するよ?』

「あっ、うん・・・」


厘から説明された作戦内容は、以下のようなものだった。


まず最初にメンバーの誰かが、車で北堀江車道の方へと向かう。

この際走る道は、渋滞で止まっている場所の少し先にある曲がり角へ出るルートだ。


そして曲がり角の方へと出ると、そこで車は渋滞になってしまっている位置から一旦、反対車線の方に出て走る。

ちなみにこの北堀江車道へと続く途中の曲がり角には、途中に余計な細道なども一切無いため、脇から車や自転車などが走ってくることはない。

また北堀江車道の方も、上り側は一応曲がれる構造になってはいるが、現在は反対側が渋滞になっているせいでガラ空き状態。

上り側の方の車道はというと、こちらは曲がり角の間に仕切りが設けられているため、上り側の車は曲がってこられないのである。


そして反対車線を走り曲がり角から北堀江車道へと出た車は、曲がり角の道の右隣にある薬局屋で待ち合わせていた未佳と栗野を回収。

その後はその薬局屋の空きスペースにて方向転換し、先ほどの曲がり角。

あるいは北堀江車道の下り側を走って事務所に向かうというのも。


全体的な作戦内容を一言で表すとすれば、いい意味では『手の込んだ』、悪い意味では『七面倒臭い』やり方である。


『っていうやり方なんやけど・・・。みかっぺ、どない思う?』

「・・・・・・ちょっと待ってて。一回栗野さんに作戦内容説明してみるから・・・」

『うん』

「栗野さん。今、小歩路さんから話を聞いたんだけど・・・」


それから未佳が事細かに説明すること約1分半。

栗野の口から返ってきた返事は『自分だけはNO!』とのこと。

その理由、実に当たり前すぎることからだった。


「未佳さんはともかく、私は無理です。自分の車がありますから・・・。これを置いていったら置いていったで、また後ろに並んでる人達に迷惑掛けてしまいますし・・・」

「小歩路さん! 栗野さん『自分の車があるから無理』だって・・・」

『あっ・・・! そうだ、どないしょう・・・』

『そこんところ、全然考えてなかった・・・』


きっとそう呟いた長谷川本人の感覚では、普通に本心からポロリと出てきてしまった言葉だったのだろう。

だがこれを未佳がその場にいる時に口にしていたら、ほぼ確実に未佳から一発食らわされていたに違いない。


『でもとりあえずは・・・。坂井さんだけでも車で並んでった方が・・・』

『そうですね。坂井さんがいれば、とりあえずはイベントのリハもできるし・・・』

『そうみんな言うてるけどー・・・』

「私の方からもそうしてください! とにかく今は、どれだけ早く未佳さんをそちらに送らせられるかが求められてますから!」

(・・・・・・さっきから『回収』とか『運ぶ』とか『送る』とか・・・。私は所謂“配達物”なわけ?)

『・・・・・・ほな、そうしよう。みかっぺ。みかっぺだけ薬局屋の方に歩いてって。ウチらすぐ拾いに行くから!』

「あっ・・・。う、うん・・・」

『ほな、また電話するわ!』


厘はそれだけ未佳に伝えると、そのまま携帯を『ブチッ!』と切ってしまった。

正直、まだ『栗野だけが取り残される』という状況についてのこちらの意見を述べていなかったのだが、あの状況ではそれを言い述べる時間もなかったのだろうか。

未佳は電話の切れた携帯を閉じると、栗野に再度確認を取った。


「栗野さん。本当にいいの? 私だけ向こうに行って、栗野さんだけ取り残された状態なんかで・・・」

「いいんです。私は行けないですし、未佳さんだけでも事務所《向こう》に行けば、とりあえずは作業は進ませられますから・・・」

「で、でも・・・」

「ほら。そんなことよりも早く、例の薬局屋の方に向かって歩いていってください。そこで皆さんと待ち合わせなんでしょう?」

「・・・・・・じゃあ・・・、行ってきます・・・」


電話を切ってから約30秒。

未佳は少々後ろ髪を引かれつつ、栗野の車をあとにした。


待ち合わせ場所となっている薬局屋は、ここから歩いて20メートルほど先の方にある。

距離的には少々遠い。


未佳はそこの歩行者用スペースとして設けられていた歩道を、両耳にウォークマンのイヤホンを入れながら、ただひたすら歩き進んだ。

ちなみにウォークマンを耳に入れていたのは、渋滞道路の方から聞こえてくる車のクラクションや、運転手同士の言い争いの声を聞かないようにするため。

ようするに騒音・暴言対策のためである。


しばし例の薬局屋の方へと向かって歩いていると、途中から車の列が一時的に消え、大勢の警官や道路警備の人達が集まっている場所へと出た。

そしてその先にあったのは、それぞれの前後が破損した3台の車。


(うわーっ・・・。後ろの方過ぎてよく見えてなかったけど、前の方ってこんなことになってたの・・・!?)

〔すごいね・・・。特に真ん中の白い車、前後両方ともガッシャガシャになってるし・・・〕

「私車持ってなくて正解だわ。いつも運転して送り迎えしてくれる栗野さんには悪いけど・・・」

〔未佳さんは車持つ気ないの?〕

「うん・・・。なんか苦手。一応運転免許証だけ持ってるけど、もう何年も昔のだし・・・。乗り方忘れちゃった。ただ私以外のメンバーは全員、車持ってるんだけどね」

〔ふーん・・・〕

「とりあえず事故現場がここってことは、薬局屋の方までそう遠くはないわね。行こう」


そう未佳はリオに言うと、再び事故現場から先の歩道を進み始める。

事故現場付近の歩道は一部破損していた個所もあり、その一帯の歩道は全て厚いゴム板を敷き、両サイドを黄色いコーンとバーで囲って作られた臨時の歩道にされていた。

正直、この手の道はヒールの靴だと歩きずらい。


(足を低く持ち上げて歩くと引っ掛かるのよねぇ~・・・。この手の道路・・・)


こうしてそのゴム板と工事現場道具で作られた道もようやく抜け、未佳は目的地でもある元“わらべ歌”という店だった薬局屋建設地へと辿り着いた。

確かに面積的には、大型車が1台分Uターンできるほどのスペースはある。

さらに肝心の迎えがやってくる曲がり角には、車の列が1台もなかった。

大方、上りで列を成していた車は皆、隣の下り車線の方へと回り、Uターンしていったのだろう。


だが一見何の心配もいらなそうなこの場所にも、欠点が一つだけ存在していた。

それは、警察のパトカーや何やらが止まっている辺りから目と鼻の先であるということ。


「・・・・・・大丈夫よね? 見つかんない・・・?」

〔・・・上手くやればね・・・〕

「・・・・・・・・・ところでー・・・」


ふっとここで未佳は、例の『わらべ歌』という名で商いをしていたという建物の方へと、その足を向かわせた。

建物全体の金属部分は全て錆び、塗装などは大半が剥がれ落ちてしまっている。

また看板やポスターなども、色は日焼けのせいでだいぶ色褪せてしまい、もはや本来何が書かれていたのかなどまったくもって分からない。

一言で言ってしまえば、ボロいお化け屋敷のような佇まいのお店だ。


(しかも今時こんな古い瓦屋根なんて・・・。一体何時の店なのよ)

〔ねぇ、ねぇ、未佳さん。ところで人が迎えにやってくるって、誰がやってくるの?〕

「えっ? ・・・・・・さぁ・・・? たぶん自分で言ってたから小歩路さんじゃない? もしくは手神さんのー・・・」


ふっとその時だった。



ピッ!

ピッ!!



「〔えっ?〕」


ふっといきなり聞こえてきたクラクションの音の方に視線を向けてみれば、そこには真っ黒の大型ワゴン車が1台。

しかも事故現場の方に頭を向け、横向きのまま停車していた。


そのあまりにも大きすぎる車を見て、未佳は思わず口を大きく開く。


「うっ・・・そぉ~!! たかが私一人乗せるためになんでこんな大きな車・・・?!」

〔(あっ・・・、やっぱりこれ事務所関係者のくる)〕

「さとっち、車大きすぎるよ!!」

〔(・・・え゛っ?)〕


確かに未佳がそう口にしたとおり、この大きな黒いワンボックスカーは長谷川の愛車。

それも時々事務所にやってくる際に運転しているものだ。


しかしこうした場所、こうした状況のことを考えれば、これはかなり不利な車種だろう。

そもそも車体が大きすぎる。


するとそんな若干呆れた未佳の声が聞こえたのか、はたまた未佳の口が動いていることに気が付いたのか、長谷川がゆっくりとウィンカーを開け、顔をひょっこりと覗かせた。


「坂井さん、お待たせ~。・・・どしました?」

「『どしました?』じゃないわよ! なんでこんな動きにくい車なんかで来るのよ~・・・。車だったら手神さんとか、小歩路さんのとかでもよかったじゃない」

「いや・・・。それだと色々と“定員オーバー”に・・・」

「・・・・・・定員オーバー?」

「はい。ほら、僕の後ろ・・・」

「ん?」


そう言って後ろの座席に視線を向ける長谷川に、未佳はたった今長谷川が口にした言葉が気になりつつ、言われるがまま後部座席の方を覗き込んでみる。

すると未佳のいる右の後部座席のウィンカーが突然開き、中から二人の人物の顔がひょっこりと飛び出した。


「ヤッホ~♪ みかっぺ~」

「もれなく同乗してまーす♪」

「さ・・・、小歩路さん! それに手神さんまで・・・!」

「はいはーい♪ みんないますよ~」

「みかっぺ、ごめん。結局電話しなかったわ」

「それは別にいいんだけど・・・・・・!! だからみんなでこの車に乗ってきたの!?」


そう未佳が長谷川に向かって尋ねてみたのだが、どうやらこの車にしたワケは別の理由だったらしく、長谷川はやや微妙な顔をしながら首を傾けた。


「いや、それが・・・」

「えっ?」

「ホンマやったら小歩路さんの車は荷物でダメやったんですけど、手神さんの方のは4人掛けだったし・・・。おまけに荷物もそんなんやなかったから、あっちでも別に乗れたんですよ? でも小歩路さんが・・・・・・」

「うん。ウチね、ギュウギュウ詰めの車内とか、狭すぎる空間、嫌やの。せいぜい人一人分のスペースは余計に空いとってほしいの。むしろそうしといてくれないと息詰まる・・・」

「なんていうワガママ言ってたんで、仕方なく8人掛けの僕のくる」

「“ワガママ”ちゃうよ!! これはウチが生きてるうえでの必要条件やの! ウチが欲してる理想の環境やのっ!!」

「・・・・・・だそうなんで・・・。多分ジャンル的には“ワガママ”だと思うんですけどねぇ・・・」

「せやからぁ・・・!!」

「ところでなんでみんなして車に乗ってきたの? 別に私一人拾うんだったら、運転する人一人だけでもよかったんじゃない?」


それにこの作戦であれば、その他の手として事務所のスタッフの誰かに行かせてもよかったはず。

わざわざメンバーの誰かが拾いに出向く必要はなかったはずだ。

それなのに一体何故この3人はスタッフ達に頼まず、ここへ自ら車を走らせてやってきたのだろう。

むしろそっちの理由の方が気になりだした未佳は、皆の顔を交互に見つめながらそっと尋ねてみる。


その結果3人の口から返ってきた事実はというと、少々未佳が予想していたものとは違った内容だった。


「実は僕・・・、今日楽譜を書いてメモるためのメモ帳忘れてきちゃって・・・」

「ウチ、お昼ご飯買い損なってしもて・・・」

「この車、若干帰りのガソリンがあわわ状態だったんで・・・」

「・・・・・・なるほど・・・。じゃあ途中銀行に寄ってくれない? 私そろそろ手持ちがなくなりそうで」

「・・・・・・・・・・・・はいはい・・・」

「何? その嫌々度最高値的な返事は・・・。ところで私~・・・、何処に乗ったらいいの?」

「何処でも。前も空いてるし、後ろも4箇所も空いてるから・・・」

(それにしても広いなぁ~・・・)


ちなみに一体何故一人暮らしの長谷川がこんな大きな車を持っているのかというと、これは長谷川が所有している数台のギターを乗せるためである。

基本事務所でギターを1台しか使わない場合は、バスや電車や徒歩などの通勤手段を取るのだが、一人では持ち運べない1台以上の場合は、この車の後部座席に乗せて通勤しているのだ。

またその他にも精密な音楽機材や荷物、そして大勢の人達を乗せる際などにも、この車はかなり長保されている。

つまり長谷川からしてみれば、この車ほどの収容量は仕事上、最低でも自身が必要としている収容量なのだ。


しばし車に先に乗っていた厘や手神の座っている位置なども考え、未佳は一番後ろの座席に座ることにした。

理由としては、単に二人が座っている側や長谷川の隣辺りに座ってしまうと、何となく人口密度が固まりすぎて多くなってしまうと思ったからである。

実際人が密集している空間が嫌いな厘のことを考えれば、これが一番妥当な位置だろう。


ふっとそんなことを思いながら回り込んだ左側のスライドドアに手を掛けた時、未佳はそこであるモノに目が止まった。


「・・・ん?」

〔? どうしたの?〕

「コレって傷だよね?」

〔何処?〕

「このドアの真ん中の白いやつ・・・。ほら、横にピーッてのびてるの・・・」


そう言って未佳が指差す先には、確かに浅めではあったものの、少々横にのびたような掠り傷がついていた。

この傷の形からすると、おそらく何処かの壁か何かに擦りつけてしまったようだ。


ちなみに長谷川の運転能力はというと『特別運転が上手い』というわけではなく、ランク的には人並みにできる程度。


しかし少なくとも、こんな何処かの壁や何かに擦りつけてしまうような運転はしない。

現にこれでも数回、未佳は長谷川の車に同乗させてもらったことがあったが、何処かに擦りつけた、あるいはぶつけてしまったということはただの一度もなかった。


(一体さとっち何したのよ。この車で・・・)

「? ・・・みかっぺ、どないした?」

「えっ? ・・・あっ、ごめん・・・! すぐ乗るね」

「後ろ行ける?」

「うん、大丈夫。・・・・・・・・・よいしょっ・・・と、よし! ・・・さとっち乗ったよ~」

「OK! んじゃあ車出しますよ~? 手神さん。悪いんですけどまた軽く後ろの方ー・・・」

「あぁー、はいはい。見とく。見とく」

「スンマセン・・・。じゃあバックしま~す」


その後手神の監視と長谷川の運転技術により、車は無事薬局屋の空きスペースからゆっくりと慎重に外の道路の方へと動いていった。

この時未佳は、ふっと『さっきの傷はこうやって車の出し入れをしていた時に、うっかりついてしまったものだったのだろうか』と思ったのだが、どうやらこれが原因というわけではないようだ。

というのも見た感じ、手神のバックの時の監視はかなりしっかりしていて、バッグをする際の指示等もそれなりに的確に説明している。

そして運転していた長谷川自身も、車種自体が持つ微妙な癖や細かなハンドル操作などの面に関しては、やはり“自分の愛車”ということもあり、あらかたの部分は抑えられていた。


とてもこのやり方でドアに傷をつけてしまったとは考えられない。

そもそもこの二人はちゃんと車を持っているのだから、ぶつからない、擦りつけないようにする運転の仕方くらいは知っているはずだ。


(一体何処でやったんだろう・・・。この傷・・・・・・)

「よし! じゃああとは途中にある銀行に寄って、事務所に向かうだけですね」

「だね」

「じゃあ銀行の方へ向かいますよ~?」

「いいけど、あんまり飛ばさないでよ?」

「大丈夫。僕はあんまこの車を飛ばせないんで・・・。逆に『そっちの方が安全だ』っていう意見もありますけど・・・」

「まあね・・・・・・。ねぇー・・・、さとっち」

「ん?」

「ところでこの車、何処かに擦りつけちゃったりしたの? なんか結構大きめの掠り傷がついてたけど・・・」

「え゛っ・・・?! うっそぉ!! ホンマにっ!?」

(『ホンマにっ!?』って・・・、嘘言ってどうするのよ・・・)


そのあまりにも大きすぎる長谷川のリアクションに、未佳は一瞬『わざとらしいなぁ・・・』と顔を顰めた。


しかし後々の長谷川の様子を見てみれば、どうもこのリアクションは決して冗談などではなく、本心からのリアクションだったらしい。

現に長谷川はその直後、いきなり道の真ん中で車を急停車させ、未佳の方に視線を向けながら詳しい現状などを聞き込み始めた。


「えっ? 傷って何処に!?」

「そんなことよりこの車、停めるんならちゃんとしたところに停めてよ! こんな道の真ん中じゃ危ないじゃない!!」

「ちゅうか玉突き事故の二の舞になってしまうやないの!!」

「あっ、スンマセン・・・。じゃあこっちの方に・・・・・・・・・・・・これでいいか・・・。で? 傷何処にあったって?!」

「ここ・・・。後ろの左スライドドアの真ん中ら辺・・・。結構大きな掠り傷だったけど・・・」

「あっ! それウチも乗るとき気ぃ付いた! あの・・・、若干塗装剥がれて白っぽくなっとった箇所やろ?」

「そうそうそうそう!! ソレっ!! ソコっ!!」

「・・・・・・僕はそんなん身に覚えないぞ・・・?」


ふっと思わず小声ながらそう呟いてしまった長谷川だったが、誰も何もしていないにもかかわらず、車にあんな傷が付くということはありえない。

それは物理的なこと、現実的なことでも当たり前の話だ。


「長谷川くん・・・、本当に心当たりないの?」

「まったく以てないです! 少なくとも2月の中旬くらいまではついてなかったし・・・。むしろ傷をつけたことなんて、コイツを買った時くらいだし・・・」

「そうだよね・・・。私も何度かさとっちの車に乗ったことあったけど、ぶつけたり擦ったりしたこと一回もなかったし・・・」

「ちゃんと人並みに運転できるしね。さとっち・・・」

「じゃあ一体何処でこんな傷が・・・」

「ところで“傷”ってどんなの?」

「えっ? あぁ・・・。だから塗装が剥がれて少し白っぽくなってる感じの掠り傷・・・。形はー・・・、なんか鳥の羽を簡単に描いたらああなりそうな形してるけど?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「そういえば長谷川くん。つい最近ご両親に車貸してなかったっけ?」


手神のその言葉を聞いた瞬間、未佳の脳裏にふっと、あの3月1日の時の出来事が蘇る。


長谷川が風邪で寝込んでいたあの日、確かに長谷川は『親が広島の親戚に用があったから、自分の車を貸し出した』と言っていた。

そして今の長谷川の話からすると、どうも傷のついていない状態の車を最後に見たのは、その両親に車を貸し出したあの時だけ。


となれば、考えられる可能性は一つしかなかった。


「くっ・・・そぉぉ~ッ!!」

(((〔・・・・ッ!?〕)))

「親父のヤツ、よくも“俺”の車やりよったなアアァァーッ!!」

〔・・・・・・・・・えっ? 長谷川さん・・・、自分のこと『俺』って呼ぶこと・・・、あるの・・・?〕

「ほ・・・、本気でブチキレた時とか・・・。たまにああなるんだけどー・・・・・・」

「で、でも長谷川くん・・・。もしかしたらお父さんの方じゃなくて、別の人がやったっていう可能性も・・・」


そう手神は苦笑しつつ長谷川に言ってみたのだが、長谷川はその可能性を真っ向から否定した。


「それはない!! オカンは免許持ってないし、親戚はみんな車がデカいから、わざわざ車借りるのはこっちの親だけ・・・。そして運転する人間は」

「お、お父さんだけ・・・?」

「・・・あんのぉ運転下手親父~!! またあの狭いガレージに車仕舞おうとよったなァ~ッ!? ・・・・・・『車体がデカいから入れない』って、一体何回言うたら覚えんねんっ!!」

「な・・・、なんかさとっち。あの傷がつく場所に心当たりがあるみたいやね・・・」

「う、うん・・・。どうやら実家のガレージみたいだけど・・・」

〔というか長谷川さん・・・。さっきから発言が暴言だらけになってるし・・・〕

「そ・・・、そうだね・・・」

「よっしゃー・・・。もうじきなんだかんだで親父の誕生日近いし・・・、これで問題解決や!!」

「・・・はっ?」


ふっといきなり支離滅裂なことを口にする長谷川に、未佳は頭に『?』マークを浮かべながら話を聞く。

確かに長谷川の父親の誕生日は3月であると、随分昔の飲み会の時に聞いてはいたが、一体何故このタイミングでその鼻血が出てきたのだろうかと、その場にいた厘や手神も小首を傾げる。


「は、長谷川くん・・・?」

「もう少し分かりやすく説明してくれへん? なんか言うてる意味が分からへんのやけどー・・・」

「簡単な話ですよ・・・。僕今日の今日まで親父に何プレゼントしようかと考えたんですけどね・・・。これで何渡すか決まったわ。フッ・・・、フフフ・・・」


そう言って不気味に笑う長谷川に、未佳とリオはほぼ同時に身震いした。

今の長谷川は明らかに、普段未佳達がよく目にしている長谷川の姿ではない。

むしろ違い過ぎるあまり、メンバーやリオからしてみても多少、違和感を感じてしまうほどだ。


ちなみに長谷川がこんな風になるのは、未佳達が知っている限りではかれこれ2年ぶり。

しかもその2年前の時は、当時長谷川がお気に入りにしていた種類のギターを後輩にボロクソに毒舌され、そのことに腹を立ててのことだったのだが、車でキレたのは今回が初めてのことだった。


ふっとここで長谷川が言っていた誕生日プレゼンの中身が気になり、未佳は恐る恐るそのプレゼントの内容を尋ねてみる。

一応謙虚な長谷川のことなので、そこまでマズイ内容のプレゼントを渡すとまでは思っていないが、正直なところ今の長谷川は何をしでかすか分からないというのも、また事実だった。


「き・・・『決まった』って・・・、一体何プレゼントにする気なの・・・?」

「そら決まってるでしょ・・・」

「・・・・・・えっ?」

「修理代の請求書や!!」



ドテッ!!



その後車は銀行、事務所の順に目的地に到着し、事務所では何事もなかったかのように、リハーサルがスタート。

そして長い間足止めを食らわされていた栗野が事務所に現れたのは、それからかれこれ3時間後のことだった。


『ひよこ』

(2002年 6月)


※ラジオ局 楽屋。


さとっち

「あ~ぁ~・・・。みんなスタジオ行ったっきり戻ってこないなぁ~・・・。こんな広々とした空間に僕一人って、結構寂しいんやけど・・・(苦笑)」


ヒヨッ


さとっち

「ッ!!(ビクッ!) なっ・・・、なんやっ!? なんか今鳴いたぞ!?(恐)」


ヒヨッ ヒヨッ


さとっち

「この声はー・・・『ひよこ』か・・・? ・・・ひよこ? えっ? なんでラジオ局に『ひよこ』!?」


ヒヨッ・・・ ヒヨッ ヒヨッ ヒヨッ ・・・ヒヨッ


さとっち

「なっ・・・! なんか鳴き声増殖してへんかっ!?(驚)」


ヒヨッ ヒヨッ ヒヨッ ヒヨッヒヨッ ヒヨッ ヒヨッ ヒヨッヒヨッ ヒヨッ ヒヨッ


さとっち

「ふっ・・・! ふっ・・・! 増えてる!! 絶対に増えてるっ!!(焦) ホンマに何処で鳴いて・・・」


コケコッコー!!


さとっち

「え゛え゛ええぇぇぇ~ッ!?(叫)」


みかっぺ

「ただいま~♪ って、あっ・・・」


ピッ!


さとっち

(『ピッ!』・・・?)


みかっぺ

「・・・あっ、もしもし? 手神さん?」


さとっち

((゛○□○)・・・!!)


みかっぺ

「うん・・・。うん・・・。うん、分かった。じゃあ9時待ち合わせで・・・。はーい♪」


ピッ!


みかっぺ

「さとっちー。小歩路さんと手神さん、9時に下のレストランで待ちぁ」


さとっち

「その着信音変えろーッ!!(怒)」



この日からみかっぺの携帯着信音は『ピリリリ・・・』です(笑)


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