32.イベント衣装
「じゃあ、着替え終わったら教えてください」
「「はーい」」
そんな会話を栗野と軽く交わして、未佳と厘は『女性用更衣室』と書かれた部屋へと入っていく。
更衣室の中に入ってみると、そこにはご丁寧に二人の衣装がハンガーに掛けられていた。
さらにその下の机には、それぞれの衣装に合わせた装飾品などが置かれている。
「大体は揃ってるわね」
「そういえばみかっぺ。衣装は全部自分でできるん? 無理やったらウチ手伝うけど・・・」
「あ、ううん。大丈夫。今回のは後ろファスナーで締めれば、ほとんどコルセットと同じ感じになるやつだから」
未佳はそう口にしながら、ふっと自分の衣装の後ろの部分を厘に見せる。
確かに未佳のブラックドレスには、黒くてメの小さい頑丈そうなファスナーが、腰から首の後ろまで取り付けられていた。
しかもそのファスナーは、基本的に黒レースで隠れて見えないようなデザインになっている。
「ほら、こんなのだから。ただ基本的に私、背中を皆に見せることないし、このカモフラージュ用のレースは要らないと思うんだけどね」
「ところでそれ・・・。ファスナーがそのエースを噛むことないん?」
「えっ・・・?」
「いや、こんなにファスナーの近くがレースでごちゃごちゃしてたら、きっと噛むやろなぁ~って思ったから・・・・・・。そういえば撮影やった日の衣装着替え、このファスナー噛んだんやなかったっけ?」
「・・・・・・・・・小歩路さんお願~い。その時は手伝って~・・・」
「あぁ~・・・、はいはい・・・」
一応念のために頼んではいたものの、結局は未佳はその衣装を一人で着ることができたため、厘の手を借りるなどと言ったことはなかった。
その後はそれぞれの装飾品などを衣装や身体などに身を付け、最終チェックを行う。
「コサージュの位置、ここでいいわよね?」
「うん。ウチのネックレスどうなってる? 曲がったり捻れたり・・・」
「・・・ううん。なってない。大丈夫」
「じゃあ・・・」
「部屋から出よっか」
お互いに確認を終えて外に出ていってみると、こちらに背を向けたまま腕を組んでいる栗野がいた。
だがその姿を見たのはほんの一瞬で、二人が更衣室のドアを開ける音に気付いた途端、栗野は組んでいた腕を解き、二人の元へと早足で向かう。
「終わりました?」
「これでいいんだよね? 二人とも・・・」
「・・・そう・・・・・・ですね。はい、OKです。じゃあ・・・、上に羽織るもの、試しますか」
「はーい」
「・・・はぁー」
「ほら、厘さん! 溜息吐かない!」
栗野に注意を受けながら、二人は隣にあるメイク室へと移動する。
中に入ってみれば、今まで着た覚えのあるものやそうではないものまで、全20着ほどの白や黒の上着やらカーディガンやらがハンガーに掛けられていた。
しかもその掛けられているものをよく見てみると、どうやら冬用の黒か白のものを全てひっくるめて持ってきたらしい。
その証拠に、中には今回の衣装にまったくに使わないものや、フォーマル衣装にのみ合わせる感じのボレロまである。
「・・・これ、全部選んで持ってきた?」
「ええ。色と季節は」
「じゃあ、似合うかどうかは見てへんてことやね?」
「だってどれが似合うのか分からなかったんで・・・」
「ま・・・、まあ・・・。そこは自分達で見極めるわよ・・・」
そう口にした未佳がまず最初に手に取ったのは、先ほどから気になっていた黒と白のボレロ2着。
もちろん『イベント当日に着る』という意味ではなく、衣装的に『合わない』という意味で。
「まずこのふわふわモコモコのボレロ2着はNG! 私の衣装はほとんど『フォーマル』と言うより『ゴスロリ風』だし、小歩路さんのは『エレガント』だから合わない!」
「「どうか~ん」」
「そもそも黒が1着しかあらへんし」
「はいっ! 没!」
その未佳の発言のとおり、最初の段階で候補から外されたボレロ2着は、ハンガーの一番端っこの目立たぬところに掛けられた。
さらにそのボレロと候補として残っている服との間には、大体10センチほどの何も掛けられていないスペースを作り、一目で外された服が分かるように整理。
こうして見栄えをよくしたあと、未佳と厘は再び例外の上着がないかどうかを確認する。
「う~ん・・・。あとは・・・」
「あの少し真ん中から左寄りのは? 見た感じ薄そうに見えるんやけど・・・」
確かに厘が指差す先にあったカーディガンは、見た目的にもかなり薄い素材で出来ているらしく、冬用でもあるにもかかわらずハッキリと服の下にあるハンガーが透けて見えていた。
実際にそれを手に取ってみると、やはり生地が予想以上に薄い。
「薄っ! ・・・何コレ?! これ本当に冬用なの?!」
「・・・ひょっとしてこれ・・・、ヒートカーディガンみたいなやつなんとちゃう?」
「あ~ぁ。MINIQLOの出してる『着るだけで暖かくなるカーディガン』みたいなのね」
「そうそう」
ちなみに栗野の言う『MINIQLO』とは、国内や海外でも有名なブランド衣服店のことで、その店特有の洋服デザインや色、品の安さなどから、幅広い年齢層にも人気がある。
もちろん、未佳達も時々はそこの衣服を手に取ることはある。
だがこの黒地の薄いカーディガンは、どう考えてもヒートカーディガンには見えなかった。
その前に、触った感じがまるっきり違う。
「・・・・・・いや・・・。むしろこれは室内ライヴ用のでしょうよ。全然『ヒート』っていう感じがしないもの」
「逆に熱がどんどん逃げてくみたいな?」
「そうそうそう!」
なんて立ち話をしながら笑いつつも、とりあえず防寒対策には一切有り得ていなかったので、このカーディガンもボレロの隣に掛けられた。
さらにその後、毛糸素材で動きにくく、糸と糸との感覚がかなり空いているなどの理由から、ウールのベスト2着。
デザインはいいが、肩の辺りから伸びている紐の先にあるボンボンが邪魔という理由から、カーディガン1着。
胸元が開き過ぎ、イマイチ着ていても暖かさが変わらないベスト4着などが候補から落選。
そして気付けば、上着の候補着衣は計4着のみとなっていた。
「え~・・・っと・・・。結局何が残ったの?」
「羽根だらけのぉ~・・・、上着やね。それが黒と白で2着。とっ、完全な紳士服みたいな上着の黒と白2着。全部で4着」
ちなみに残った2種類をピックアップすると、最初に厘が言っていた1着は、その説明のとおり、全体に真っ黒の鳥の羽根が付けられている上着だ。
その他の特徴としては、上着の開け閉めはファスナータイプで、生地は動きやすい程度のしっかりとした厚さになっており、冷気が中に入ってくることはない。
また、上着の袖は有難いことに長袖で、袖からは指だけが出るような感じに仕上がっている。
もちろん、両者の衣装とも相性が良く、デザイン性に関しても申し分ない。
一方のもう一つの方の上着は、一見紳士服の上着をイメージするようなデザインではある。
だがその上着の素材の中には微妙に銀色のラメ糸が混ぜられており、少し動いただけでも儚くキラッと光る仕掛けだ。
またこちらは前がボタン式で、同じ長袖の袖口からは、手のひらが全て露わになるようなデザインになっている。
そして当然、こちらも両者の衣装との相性は抜群だ。
「・・・色違いを抜かすと、丁度2着かぁ・・・」
「白よりは黒がええなぁ~・・・」
「確かにここまで黒に統一してるとねぇ~・・・」
そんな会話を途中で呟きつつ、両方の衣服を見比べていた未佳は、ふっとあの紳士服のような方の上着を手に取った。
「・・・・・・この紳士服みたいなのは、胸元にちょっと大きめなブローチ付けて飾る感じよね?」
「ああ~、確かに」
「これだと・・・。ちょっとラインストーンとか、ビーズとか・・・。キラキラがかなり強めのを一つ付けるだけで、だいぶ印象変わるかも」
「うん。・・・・・・逆にそっちはブローチ付けられへんもんね」
「っ!! ・・・小歩路さーん。こっちの羽根のにブローチなんて付けたら大変よぉ~?」
「とりあえずブローチは羽根で隠れて見えなくなりますよね?」
「その前にブローチで周りの羽根がポキポキ取れるわよ?! いきなりライヴ中に私か小歩路さんの上着から羽根吹雪が起こったらどうよ?!」
「「ハハハ!」」
「『flying ship』の『ごぉ~ い~んざぁ~すかあぁ~い♪』のところとかで、皆の口の中とかに入ったら嫌でしょ?!」
「ハハハッ! それ最悪ですね!」
「・・・完全に羽毛アレルギーの人は泣くしかないみたいな。って・・・。そういう話じゃなくて!!」
ふっと話が本題と外れていることに気付き、未佳は改めて話を元に戻す。
ふっとここにきて大事なことを伝え損なっていることに気付いた栗野が、未佳達にこんな忠告を口にした。
「そういえば言い忘れていましたけど、お二人で色違いのものを着るのはNGですからね?」
「「エッ!?」」
「『エッ!?』って、当たり前でしょ? ファンの方から見た絵的な問題もありますからね」
「そんな服が色違いなことくらい・・・」
「別に誰も何とも思わへんよ」
「お二人がそう思っても、そういうものなんです! 丁度色違いを省けば残ってるのは2着だけなんですから、この2着で上手いこと決めてくださいね!?」
「・・・・・・そうは言われても・・・」
決められたら苦労しないのが未佳の本音だ。
何せ未佳からしてみれば、この二つはどちらもデザインがよく、両方とも機会があれば着てみたい。
どちらか一つに絞るのは、現段階では無理な話である。
となれば、決める方法は一つしかない。
(小歩路さんに着たい方を選んでもらうしかないわね・・・)
『自分は選ばれなかった方を着よう』と決め、未佳は厘にさり気なく尋ねる。
「ねぇ、小歩路さん」
「うん?」
「小歩路さんはどっちの上着着たい? 羽根の方のと紳士服風の方のと・・・」
「う~ん・・・・・・・・・。ウチどっちでも・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
(それじゃあいつまで経っても決まんないじゃなーい!!)
もちろんそんな本音、未佳が直接厘に言えるはずなどない。
とりあえず絶叫するのは心の中だけにしておき、未佳は両手を腰に当てながら、再び考え込んだ。
正直こうなってしまったら、取るべき行動はたったの一つのみ。
「よし、決めた! じゃあジャンケン!」
「えっ・・・? 別にみかっぺが着たい方でええよ?」
「それがお互い決まらないからジャンケンなの。いい? 勝ったら紳士服上着。負けたら羽根付き上着だからね?」
「・・・うん。分かった」
「はい! じゃあ・・・」
『ジャン! ケン! ポンッ!!』と、普通であればこう言った掛け声の流れになるはずだろう。
しかしこのCARNELIAN・eyesのメンバーが行うジャンケンは、その当たり前の掛け声が少々特殊だった。
「せーの!」
「「カーネリアンッ!!」」
そう。
こともあろうに自分達のバンド名の頭が、このジャンケンを行う際の掛け声になっているのである。
理由は特に大きなものは何もなく、ただ単に未佳がノリでメンバーとのジャンケンで口にした際、そのまま定着してしまったと言った感じだ。
ちなみに今のジャンケンの結果は、未佳がグーを。
厘がパーを出し、ジャンケンは一発で決まった。
「・・・厘さんの勝ちですね」
「じゃあウチが紳士服で」
「私が羽根付きのやつね。はい! 決定!」
どうにかお互いの上着が決まり、ホッとしたのも束の間。
まだ決めなければならないものは終わっていなかった。
「じゃあ次は、アクセサリーとかの装飾品決めやりますよー」
「「え゛っ・・・?!」」
「あとは適当にスタッフさんとか、栗野さんが決めるんじゃないんですか・・・?」
「あのね、未佳さん。ファンの方に見られないラジオの収録とかじゃないんですから! 私達がテキトーに決められるはずがないでしょう?! むしろ私達がテキトーに決めて、あなた達のコーディネートが悪いとファンの人達に思われたら、一体どうするんですか~?! 皆さんの人気下げることにもなるんですよ?!」
「でもウチ、基本あったものを着る派の人間やけど?」
ドテッ!
「あぁ~っ! 分かる! 1週間コーディネートが完璧な組み合わせのを着て洗濯物したら、それをまた畳まれたもの順に着るんでしょ?」
「そうそう。ほんで結局『毎回洗うものは同じやつ!』みたいな」
「「ハハハ!!」」
「はいはいはい・・・。内容は充分分かりましたから、笑ってないで早く決めましょ~」
このままではいつもの飲み会の時の会話と変わりそうにないので、栗野は半ば強制的に話を切り上げさせる。
その後、装飾品や靴などを含めた衣装チェックは、こともあろうに11時40分過ぎくらいにまで続けられた。
『買い出し』
(2005年 1月)
※事務所 控え室。
手神
「じゃあ今日はこの辺りでお開きにしましょう。一応明日は、小歩路さんも松葉杖でやってくるそうなんで・・・」
みかっぺ
「でもビックリしたぁ~・・・。まさかあの小歩路さんが、階段で足挫くだなんて・・・(驚)」
さとっち
「しかも家の階段を上っていて、足を滑らしたっていう・・・。まあ、坂井さんのこともあるし、あんま他人事じゃないっすね。じゃあ僕はこれで・・・」
手神
「あれ? 今日はやけに切り上げるの早いね」
さとっち
「はい。帰りに近くの肉屋で豚肉買おうと思ってたんで・・・」
手神
「ふ~ん・・・」
ピリリリ・・・
みかっぺ
「えっ、電話? ・・・あっ・・・、噂をすれば小歩路さんから・・・。もしもし?」
厘
『もしもし? みかっぺ!? みかっぺ、助けて!!』
みかっぺ
「どっ・・・、どうしたの!?」
厘
『ウチ、リハビリのつもりで豚骨ラーメン作ってたんやけど、肝心の豚骨の量が足りへんねん!! でも骨は煮始めてしもたし、この足じゃ買いにも行けへんし・・・。みかっぺ、どないしょ~!!(焦)』
みかっぺ
「・・・・・・・・・・・・大丈夫。私にいい考えがあるから・・・。さとっち!! 今すぐ近くの肉屋で豚骨大量に買ってきて!!(命令)」
さとっち
「豚骨っ?!(謎) しかもなんで僕が・・・!」
みかっぺ
「いいから、早く!! 運が良ければ豚骨ラーメン、食べれるかもしれないでしょ!?」
手神・さとっち
「「ドテッ!!(倒)」」
なんか“ちゃっかりしてる”通り越して“おっかねぇ”・・・(恐)