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1.死ねない 見えない

「予約・・・、死亡・・・?」

〔そう。“予約死亡”・・・。坂井未佳さんは今日、それになったんだよ〕

「・・・・・・・・・・・・」


単刀直入にそう言われても、まったく意味が分からなかった。

いや、そればかりか。

何処から何処までが分からないのか、それすらもよく理解できない。



この『予約死亡』とは、一体何のことなのだろう。

いや、むしろその前に。


どうして私は、こんな『予約死亡』などというものになってしまったのだろう。

そもそも私は、本当に死んだんだろうか。

そしてこの目の前に立っている少年は、一体誰なのだろうか。


その全てが分からない。

そして分からないからこそ、未佳はただただその内容を、目の前に立っている『リオ』という少年に聞き返すことしかできなかった。



「あなた・・・・・・・・・。一体何を言ってるの・・・? それって、どういうこと・・・?」

〔僕はこれ以上のことは言えない・・・。でも未佳さんはたった今、ここから飛び降りて死んだんだよ。それは事実だからね〕

「! ・・・うっ・・・、嘘よ!! 本当に死んだのなら、私はとっくにこの場所にはいない・・・。ううん・・・、その前に・・・・・・。あなたもこの街並みもこの目に見えてるってことは・・・、私はまだ“死んでない”ってことじゃない!!」

〔違うよ。『予約死亡』は、その死んでしまった人をある一定の期間、生かし続けることなんだ。・・・だからあなたは“本当は死んでる”けど、今は仮で“生きてる”んだ〕

「じゃっ・・・、じゃあ今すぐ死なせてよっ!! ・・・そんなわけの分からない『予約』なんてものはいらないわ!! ・・・私は生きたくないの・・・! 今すぐここで死なせてっ!!」

〔『予約死亡』は取り消すことができないんだ・・・。だからあなたを今すぐには逝かせられない〕

「・・・・・・意味が分からないっ!!」


未佳はそう悲痛な声を上げると、両手で自らの頭を抱えたまましゃがみ込んだ。

やや上の方で一つにまとめていたポニーテールの長い髪が、その動作によって小さく揺れる。


でもそんな小さなことなどに、未佳が反応している余裕などまったくなかった。



私は早く死にたいというのに・・・。

こんなわけの分からない出来事によって、それが阻まれることになってしまうだなんて・・・・・・。



そんなことをしばし胸中で呟き続けていると、ふっと未佳の脳裏にある考えが浮かんだ。


「もういいわっ!!」


未佳はそう怒鳴るようにリオに言うと、一気に先ほど飛び降りた場所へと向かって走り出した。


今この場で死ねないのなら、もう一度飛び降りてしまえばいい。

もしかしたら、これは飛び降りるのに失敗した際、頭を強く打ったことによる幻覚、幻聴かもしれない。

ならばもう一度同じところから飛び降りれば、今度こそは死ねるはず。

そう考えた未佳は再度、この場から飛び降りようと右足を前へと投げ出す。


しかし、その未佳の考えは、再びリオの発言によって阻まれた。


〔無理だよ。今ここから飛び降りても、またこの場所に戻ってくる・・・。『予約死亡』の期間中は、どんなことをしても絶対に死ねないよ〕

「!! ・・・・・・・・・そんなことっ・・・!」

〔嘘だと思うのなら飛び降りなよ。本当に死ねないから・・・〕

「・・・っ! ・・・そんなこと言われなくたって・・・!!」


本当に死ねるのか死ねないのかは、自分で確かめてみなければ納得がいかない。


未佳は最後にリオの方を振り返らずに叫ぶと、再び屋上から地上の方へと飛び降りた。

しかも今度は先ほどのように『ふわり』というやり方ではなく、一気に落ちていくようなやり方で・・・。















一瞬あの時と同じような風が吹き、未佳はふっと両目を開けた。


しかし、身体が地面に叩きつけられたような衝撃はない。

痛みも特には感じない。


『もしや・・・』と未佳が思ったと同時に、再び後ろの方からあの声が響いた。


〔だから言ったじゃん。『死ねない』って・・・〕


未佳の真後ろには、半分呆れたように立ち尽くすリオ。

そして未佳が倒れている場所は、やはりあの『SAND』の屋上だった。

倒れている体勢が違うのは、おそらく2回目に落ちた時の姿勢が、最初に落ちた時と微妙に違っていたからだろう。



しかし実際に試してみた結果といい、目の前にある現実といい。

どうやら先ほどリオの言っていたことは、全て本当のことのようだ。


いや、むしろ。

ここまで彼の言ったとおりになっていると、もはや信じる他ないだろうか。

未佳はしばらく無言のままリオを見つめた後、ゆっくりと倒れていた体勢から立ち上がった。


「・・・・・・どうやら・・・。全部、本当のことみたいね・・・。まるで信じられないけど・・・」

〔信じられなくても、これが“現実”だよ〕

「あなた・・・・・・、そんな幼くて可愛い顔のくせに、結構残酷なことを平気で言うのね・・・」


そんな皮肉を大いに含ませたような言葉を口にしながら、未佳は誰を見つめているとも言えないような目を下に伏せつつ、微かに顔の向きだけをリオの方へと向けた。

しかし一方のリオはというと、その未佳の発言の意味をイマイチよく理解していないのか、ただただ首を傾けて未佳に聞き返す。


〔・・・残酷?〕

「そう・・・、残酷・・・・・・。あなた・・・、今すぐ“死にたい”と思ってる人間の邪魔をしていいとでも思ってるわけ? ・・・どうやら見た感じ、“あなたは普通の人間じゃない”みたいだから、私が今どんな気持ちでここにいるのかなんて、きっと分からないんでしょうけど・・・」

〔・・・・・・・・・・・・・・・〕

「・・・・・・フッ・・・。それとも“人の気持ち”どころか・・・。見た目だけじゃなくて頭の中も子供同然だから、この『残酷』の言葉の意味ですらも分からない?」

〔・・・分かるよ〕


この未佳の発言は実にリオを貶しているかのようなものばかりであったが、リオは冷静にも怒りや苛立ちなどと言ったような感情は見せず、その未佳の聞き返しに淡々と答える。

一方そのリオの反応を黙って聞いていた未佳は、逆に自分の方が子供っぽく感じ、その場で小さく溜息を吐いた後、再度リオの方に視線を向けた。


「まあいいわ・・・。それで? ・・・どうして私が死ぬのが、あと6ヶ月後なわけ?」

〔それは・・・・・・、言えない・・・〕

「・・・・・・じゃあ、質問を変えるわ・・・。今の私に言える内容はたったのこれだけ?! どうなの!?」


半分苛立ちを込めた口調でそう尋ねてみれば、リオはまるで微妙な反応を未佳に返す。

その様子はまるで、未佳に伝えられる内容を何度も頭の中で確認しているかのようだ。

その後ある程度まで伝えてもいい内容がまとまったらしく、リオは静かに未佳に対して口を開いた。


〔未佳さんが死ぬ時は、自然にその期限の時間になったら死ぬから・・・。必ずしも『飛び降り』には限定されないよ〕

「・・・・・・それってつまり・・・。私が部屋にいたら部屋の中で。事務所の中にいたら事務所の中で死ぬ。・・・そういうこと?」

〔・・・飛び降りに拘るのなら、別にタイミングを見計らってから、ここから飛び降りてもいいけど?〕


そんな提案を出された未佳だったが、正直言ってそんなことをしてまでやろうとは思わない。

そもそも未佳は、一応『血液型との関係性はない』とは言われてはいるが、かなり典型的なO型タイプ。

ようするに大雑把な性格なのだ。


そんな人間が、こんな飛び降り自殺をしたいがために時間を細かく計り、今さっきと同じようにここから飛び降りるという芸当など、到底できるはずがない。

むしろ自分自身がやりたくない。


それに今回はもう既に、ここか2回も飛び降りているのだ。

一応日が経ってからという話ではあるが、さすがに3回も同じところからは飛び降りたくはない。

むしろ数ヶ月後にちゃんと死ねるのなら、もう死に方などどうでもいい。


今未佳が第一に気にしているのは、本当に死ねるかどうかなのだ。


「・・・・・・いいえ・・・、もういいわ。それで自然に死んだ時、私はどんな姿になってるの?」

〔・・・基本的には本当に魂が抜けたみたいな感じになるから、遺体自体に外傷とかはないよ。もちろん、最初に飛び降りた時の傷も、実際に死んだ時に出てくるわけじゃない〕

「でも、私がこうして生きてる時にできてしまった傷とか、死ぬ直前にリストカットとかをした際の傷とかは・・・、死んでも残るんでしょ?」

〔そういうのはね〕


つまり6ヶ月間の間にできた傷や、死ぬ直前などに付いてしまった傷などは、自分が死んだ時にも残ったまま。

しかし逆に最初の頃や、今飛び降りた時に付いたであろう傷等に関しては、たとえ6ヶ月後に本当に死んだとしても、二度とこの身体に出てくることはない。

そういうことのようだ。


ここまでの説明をあらかたリオから教えてもらった後、未佳はふっと下を向きながら苦笑した。


「なんか信じられないわね~・・・。私の口から私自身の死体の話が出てきて、それをあなたにどんな状態なのか聞くだなんて・・・・・・。ホント・・・、どうなってるのかしら・・・」

〔そんなの僕に聞かれても・・・〕

「それで? まだ私に伝えられることは? まだあるの?」

〔・・・・・・・・・多分もうないよ・・・〕

「そう・・・。・・・・・・・でも・・・、本当に最悪っ・・・!」

〔・・・そんな風に言われても、こっちだって困るよ。・・・・・・・・・それに・・・、それに本当は・・・・・・、僕は“こんな役”じゃ・・・〕

「・・・・・・えっ?」


一瞬何かを言い掛けたリオに、未佳は何を言おうとしたのかと聞き返そうと口を開けた。

その時。


「未佳さーん! 未佳さーんっ!! いるんですかーっ!?」


ふっと目の前にある屋上の出入り口扉から、何やら女性の呼び声がハッキリと聞こえてくる。

『未佳』という名前を呼んでいる時点で、声の主が自分を探しているということは明らかだった。


やがてやや勢いよく屋上の出入り口扉が開き、一人の人物が未佳を見るなりこちらに向かって大急ぎで駆け寄る。


「未佳さんっ!! もうっ、こんなところに・・・・・・。私あちらこちら探し回ったんですよ!? 休憩時間はとっくに終わってるのに、何処にも姿が見当たらないから・・・!」


その声の主は、未佳よりも少し年上の女性、栗野奈緒美だった。

彼女と未佳の関係はと言うと、ただ単にバンドのヴォーカルと、そのヴォーカルに付く専属マネージャーであるというだけのこと。


服装や髪形などが、自棄にここの人間の割にはしっかりしていて、尚且つ、いつも腕時計とメモ帳を持ち歩いているのがその証拠だ。

栗野は少々疲れたような、半分怒っているような表情を浮かべつつ、自分の腕時計を何度も人差し指で指差す。

そんな栗野の態度に、さすがの未佳もかなり相手が怒っているのを悟ったらしく、どうしようかと目を泳がせながら、とりあえず頭を下げた。


「す、すみません・・・。ちょっと外が見たくて・・・」

「それは分かりますけど・・・。ちゃんと時間は守ってください! もう~っ! みかっぺのトレードマークのシュシュ、まだ花も付いてないじゃないですか!! ・・・未佳さん! 今回は用意なんかで時間を取るわけにはいかないんですよ!? 今はPV撮影中なんですから!」

「すみません・・・」


実はこの日、未佳は単なるレコーディングだけではなく、新曲PVの撮影も控えていたのだ。

撮影場所は、ここの2階下の6階にあるライヴハウス。

そこでライヴのように歌っている未佳や、他のメンバー達が演奏を行っている場面を撮った映像に、背景やCG映像などを合成させてつくる予定だ。


ちなみに先ほど一瞬出てきた『みかっぺ』とは、未佳の呼び名。

メンバーの一人がメールでそう書いたことが、他のメンバーやファンの間でも定着し、今やファンの中で知らない者はいないくらいにまで広がっている。


ちなみに未佳自身はと言うと、別に気に入ってはいないが、気に入らないわけではない。

ようは『普通』と言ったところだ。


そんな半分イライラ気味の栗野に引っ張られながら、未佳はふっとリオの方に視線を向けた。

リオは何も言わず、ただただ静かに未佳のあとをついてくるだけ・・・。



これが一番不思議に感じた。


何故ならリオが歩いている未佳の真後ろは、栗野がこちらに首を向ければ、必ず姿が見える位置だったからである。

リオが後ろをついてきていることに、栗野は気付いているのだろうか。

気になった未佳は恐る恐る、栗野に問い掛けた。


「あの・・・。栗野さん。あの男の子のこと、何にも私に訊かないんですか?」

「? ・・・どの子?」

「あの子です。私の後ろにいる・・・」


未佳は栗野の問い掛けに答えながら、今リオが立っている場所を、分かりやすく人差し指で指差した。

一方のリオは、相変わらず無表情を浮かべ、未佳と栗野をじーっと観察している。


そして、栗野の溜息が未佳の耳に聞こえてきた後、栗野は信じられない発言を口にした。


「未佳さん・・・。からかってます?」

「えっ・・・?」

「誰もいないじゃない。そもそも! ここに子供がやってくるわけないでしょう? 今日はライヴだってやってないんですし・・・。それに子供に限らず、ここは関係者以外立ち入り禁止なんですから」

(! ・・・まさか・・・。あの子が見えないの??)


最初は何かの冗談かとも思ったのだが、確かに栗野の目は、まったくリオの方に向こうとしない。


人間は自分の苦手な人や物などを、一切目に入らないようにしようとすることはある。

実際に多くの人間が、こう言ったことをやったことがあるはずだ。

だが実際、人間は気持ち的に意識をしたくなくとも、本能的にそれを見つめてしまうものなのだ。


しかし今の栗野には、そう言った部分がまったくもって見られない。

栗野は嘘を吐けば、すぐにそれがバレてしまう人間だ。

ここまでの演技はできない。


つまりリオは、決して未佳にしか見えない存在ということだ。


(そんなことって・・・。さっきは冗談で言ったけど、やっぱりあの子・・・。人間じゃないってことなの?)

「さぁ! からかうのが済んだのなら、早く行きますよ!?」


再び栗野に引っ張られ、未佳は少々納得がいかないまま、渋々6階へと向かう。

その途中、リオの幼げなあの声が、未佳の後ろから耳元に響いた。


〔僕の姿と声は、未佳さんにしか見えないし、聞こえないよ。写真とか鏡にも写らないから、覚えておいて・・・〕

「『もう言えることは何もない』って言ってたくせに・・・。そう言うことは早めに言ってよ・・・」

「? 何か言いました?」

「・・・えっ? いいえ、何にも・・・! こっちのことなんで・・・。気にしないでください」


未佳は慌てて首と右手を横に振りながら、栗野と共に階段を下りていった。


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