27.ネズミの末路・・・
「それ、たぶん『クマネズミ』ですよ」
やや顔馴染みでもあるスタッフルームの男性職員が口にしたのは、あまり耳にしたことのないネズミの種類だった。
「くま・・・、ネズミ・・・?」
「えっ? ドブやないんですか? 僕達が今見たのって・・・」
長谷川が言う『ドブ』とは、よく関東でも目撃される『ドブネズミ』のこと。
一般的に人々がよく目にする、耳にするネズミと言ったら、この『ドブネズミ』が代表格だろう。
だがここ最近『ドブネズミ』よりも遥かに知能が優れている小型のネズミ『クマネズミ』が、各地で問題となっているのである。
原因は、ペットとして飼われていたものが大量に捨てられ、勝手に繁殖してしまったため。
つまり、クマネズミは元々日本には生息していない『外来種』なのだ。
そしてこのクマネズミは、ドブネズミが決して真似することのできないことを、意図も簡単に行うことでも知られる。
たとえば、未佳達が目撃したあの行動も、その中の一つ。
「ドブはケーブルを登ることもできへんし、足もそこまで丈夫やないから、高くジャンプすることもできないし、足もそこまで丈夫ではあらへんから、高くジャンプすることもできん・・・。そやけどクマネズミにとっては、その二つは楽勝なんですよ」
「え゛っ!? ドブはそれできないんですか?!」
「図体デカイし、足は歩く分ぐらいしか力無いから・・・」
「・・・・・・初めて知った・・・」
「そういえば・・・、この間ニュースでやってましたよ? 『関東で大繁殖してるクマネズミが、最近関西でも増えてる』って・・・」
栗野はふっと、先週の土曜日辺りに見たというニュースの内容を、手短に未佳達に説明した。
そのニュースでは、人家の天井などで大繁殖してるクマネズミを、業者の人間が罠を仕掛けて捕獲、駆除を行っている姿が、鮮明に映されていたのだという。
そして、クマネズミがかなり罠に掛かりにくいということも。
「かなり知能があるから、あのよくあるベタベタシートを『ピョン』って飛び越えちゃうんですよ。それだけじゃなくて、昔はよく使われたはずのネズミ取りの罠も、あえて罠が作動しない方向からエサを食べちゃったり・・・」
「えっ、でも・・・。テレビでは捕獲出来たんでしょ?」
「捕獲はできたんですけど、ほとんど足の踏み場もない感じに罠を広げて、それでやっと2匹だけでしたから・・・」
「2匹だけ!? 僕達が見たの1匹でしたよ?!」
「しかも・・・。あんなに事務所内が広いんじゃ、捕まえるのは容易じゃないし・・・」
「どないしょう、栗野さん・・・」
だがそうは言っても、このままでは楽器のコンセントやチューブ。
さらには事務所にやってきている人達の荷物にも、ネズミによる齧られ被害が起こってしまうかもしれない。
その上繁殖までされてしまった、被害は1匹分の数倍にも裕に達する。
「早めに手を打たないと・・・」
「で、でも・・・。何処にどのくらい罠を仕掛けたらいいのか・・・。確実に捕まえられる方法じゃないと、罠なんて・・・」
「アイツ、今頃3階の天井か4階の通路下にいますよ!」
「だからそれじゃあ範囲が広過ぎるでしょ!! 通路だけでもかなりの長さと横幅があるのに、そこ全体に罠を張るだなんて無理よ!! 何なら、今からみんなで通路と天井のタイルひっぺ返す!?」
「イエ・・・、ケッコウデス・・・」
「とにかく! ネズミの問題はこちらがどうにかしますから・・・。皆さん4階の方のレコーディング室に行ってきてください!! ドラムの音確認しないといけないんでしょう?」
「えっ、えぇ・・・」
「まあ・・・」
そうは答えたものの、やはりネズミのことが気になって仕方がない。
おまけに現在ネズミがいるとされる場所は、3階か4階の近く。
少なくとも、再度出くわさないという保証は何処にもない。
しかし『ネズミに会いたくない』という簡単な理由で、事務所以外の人間が引き下がってくれるはずもなく、未佳達は渋々4階のレコーディング室へと向かうことに。
しばし2階から3階へと続く階段を上っていると、ここにきて手神がこんな本音を言いこぼした。
「なんだかんだで、早く来た意味なくなってしまいましたね・・・」
「そう・・・、ねぇ・・・」
「ネズミがいきなり出てきたせいやもん。仕方ないよ」
「はぁ~・・・。僕のスニーカー・・・。少し生地がゴワゴワになってしまった・・・」
「長谷川くん・・・。慌ててた割には、ちゃんとそういうところチェックしてたんだね」
手神にそう言われたとおり、行動面においてはまったく抜け目がない長谷川だったのだが、正直スニーカーの話題はもうどうでもいい。
いや、その前に。
ネズミに靴を齧られたこと自体どうでもいい。
「さとっち・・・。靴の話はもうどうでもいいでしょう・・・」
「良かないですよ!! このスニーカー、6098円もしたんですからっ!!」
「高ッ!!」
「何よ、その無駄遣い! 普通はネイルにしか使わないでしょ!?」
「「〔えっ・・・?〕」」
「ちょっと・・・! どっちもどっちじゃないですか!!」
その二人の言い争いに、手神は口をは挟みつつ呆れ返るばかり。
それからようやく無駄遣いに関しての会話が消えかけた頃、4人は4階へと続けていた階段を上り終え、レコーディング室へと向かい始めた。
それもかなり警戒しながら。
「おらへんよなぁ~?」
「嫌なこと言わないで・・・。見つからないように歩いてるんだから・・・」
「でもあのネズミ、結構可愛かったよね?」
「「「えっ?!」」」
「えっ・・・?」
予想だにしない厘の発言に、皆は目をパチクリさせる。
一方の厘は、一体何故皆がそんな顔をしているのかさっぱり分からないらしく、全員の顔を一人ずつ見渡しては、小首を傾げていた。
「えっ・・・。みんなどないしたん?」
「小歩路さん、何処かに頭でも打ったの?」
「えっ?」
「だ、だって・・・。ネズミだよ? ・・・アレってそんなに可愛かった?」
「・・・うん。ウチ的には別に・・・」
「うそ・・・っ!!」
半分厘のその発言の意味が分からず、未佳はただただ首を傾げるばかり。
だが厘がネズミのことを『可愛い』と言うのには、もう一つある理由があった。
「そういえば小歩路さん・・・。昔ハムスター飼ってましたよね? でっかいゴールデンの・・・」
「うん。『アズキ』のことやろ?」
厘の言う『アズキ』とは、昔飼っていたゴールデンハムスターの名前。
実は今から7年前に、厘はメスのゴールデンハムスターを一匹、学生時代の友人から渡され、飼育していたことがあったのだ。
飼育することになったきっかけは、その友人が飼っていたハムスターが子供を産み、その内の一匹だけが貰い手が見つからず、止むことなく厘が引き取ることになったため。
ハムスター、もといネズミ類を飼育したのはこれが初だったのだが、元々生き物好きだったのが功をそうしてか、厘はその『アズキ』と名付けたハムスターを、かれこれ4年ほど飼育していたのである。
ところが今から3年前の夏。
寿命による老衰のため、アズキはたったの4年でその生涯を閉じてしまった。
「確か・・・。元々ハムスターって、短命なんですよね?」
「うん。ウチのもかなり長生きした方みたいやったから・・・。ネズミ類って、大体はその程度なんとちゃう?」
「う~ん・・・。でも小歩路さんのアズキちゃんは可愛かったけど・・・・・・。クマネズミは見方による・・・」
「そ・・・、そう? ふーん・・・・・・・・・あっ!!」
ふっといきなり厘が大きな声を上げるので、未佳達はまたネズミが現れたのかと、再び身を強張らせた。
しかし辺りを見渡してみても、何処にもネズミらしき姿は見られない。
やや間を置いた後、未佳は恐る恐る厘に尋ねた。
「小歩路さん・・・。どうしたの?」
「ウチ・・・! 3階のレコーディング室に昼食置いてきてしもたっ!!」
「昼食って・・・。まさかあの白い柄入りの袋?!」
「うん! 中にサンドウィッチと紅茶入ってんの・・・。もうアカンっ! どないしょ~!!」
そう言いながら頭を抱え込む厘に、未佳はややオロオロしながら、とりあえず厘を落ち着かせる。
こちらもなんだかんだで本日二度目だ。
「小歩路さん、ちょっと落ち着いて・・・!」
「もう落ち着いてる・・・」
ズベッ
「そ、そう・・・。とりあえず、みんなで3階のレコーディング室に戻ろ? きっとまだそこに」
「嫌です・・・」
「へっ?」
ふっと後ろの方から聞こえてきたその声に振り返ってみれば、そこにはムッとした表情を浮かべている長谷川の姿。
その長谷川の発言に、未佳も思わず『はっ?』と聞き返す。
「さとっち今、何て言った?」
「だから『嫌です』って言ったんです。・・・だって3階のあそこって、ネズミがまだいるかもしれないんでしょう?! だったら僕は行きませんよ!!」
「それを言ったら、4階のレコーディング室にだっているかもしれないじゃない! どっちに行ったって、そのうちまた出くわしちゃうわよ!」
「でも一回現れた場所は倍に怪しいじゃないですか!! だから僕は行きません!!」
「・・・さとっちの弱虫!! 虫が嫌いなクセに弱虫なんだからっ!!」
〔いやそれ、関係ないし・・・〕
しかし今の未佳には、そのリオのツッコミは一切聞こえていないらしく、その後も未佳は長谷川のことを『弱虫!! 弱虫!!』と言い続けていた。
そしてその結果、未佳のその連続発言に、長谷川は『弱虫で結構です!!』と開き直ってしまい、何とも空気がマズイ状態へと発展。
『これはどうにかしなければ』と、率先して二人の和解に動き出したのは、他でもないリーダーの手神だった。
「長谷川くん。ちょっと取りに戻るだけだから・・・。下に行かない?」
「でも・・・。全員が行かなくてもええやないですか・・・」
「まあ、それもそうなんだけど・・・。やっぱり女性二人だけに戻らせるのもあれでしょ? それとも・・・・・・。長谷川くん、一人でここに残る?」
「・・・・・・・・・ネズミ・・・、ここにも来ますかね?」
「うん。下手したら一人で鉢合わせね!!」
〔未佳さんっ!!〕
「・・・・・・わっ・・・、分かりましたっ! 一緒に行きますっ!!」
「そ・・・、そう・・・」
あまりにも単純な和解方法ではあったが、こうして未佳達は3階のレコーディング室に4人で向かうことに。
ただし、あまりにも長谷川がネズミとの遭遇を嫌っていたので、未佳や厘達との相談の結果、長谷川は厘立が袋を取りに行っている間、レコーディング室の入り口付近で待機していることになった。
「なんだかんだで3階には戻ってきたけど・・・」
「ここから先が本当に恐怖ですね・・・」
「さとっち、大丈夫?」
「だ、だ、大丈夫・・・! 周りも涼しくて丁度いいし・・・」
「えっ? ・・・今、暖房効き過ぎて暑過ぎるくらいよ?」
「さとっち・・・。恐怖で体温下がってるんとちゃう?」
「そっ・・・、そんなことないですよ・・・っ!!」
「嘘ね・・・」
「嘘やな・・・」
「嘘ですね・・・」
「違いますって!!」
そうこう言ってる間に、未佳達はレコーディング室の真ん前へ。
一瞬ではあるが、長谷川はここで一旦待機だ。
「じゃあ・・・。中に入ってくるね?」
「なるべく早くお願いします・・・」
「『なるべく』って・・・。たぶん10秒くらいだと思うけど?」
「とにかく早めにお願いします」
「・・・はいはい」
「ほな、さとっち。留守番よろしくね~」
(・・・・・・いや、何の留守番ですか・・・)
そんな長谷川の呟きなどは露知らず、未佳達はレコーディング室の中に足を踏み入れる。
中に入ってすぐ、棚の上に置かれていた白い袋が目に止まった。
「あれじゃない?」
「あっ、あった!!」
「よかったですね、小歩路さん」
「うん♪ 中のもちゃんと・・・・・・あれ?」
ふっと袋の中に入っていた紅茶のペットボトルとサンドウィッチを見た厘は、そこで小さな異変に気が付いた。
すぐさま紅茶とサンドウィッチを袋から出してみると、なんとサンドウィッチを包んでいたラップの端が、ほんの少しだけ破けている。
しかもよくよくサンドウィッチの周りを確かめてみれば、その破けていた個所の一部が、何者かに齧り取られていたのである。
紛れも無く、あのネズミの仕業に違いなかった。
「・・・やられた!」
「僕達がスタッフルームに行ってる間に・・・」
「凄い観察力・・・。まさか今もどっかで・・・!」
「と・・・、とにかく! 早めに出よう!! また出てきたら大変だから・・・」
未佳はややビクビクしながら言うと、二人の腕を引っ張りながら、出入り口の方へと向おうとした。
その時。
「う゛わ゛あ゛ああぁぁぁーっ!!」
「「「えっ?」」」
「さとっち・・・? ・・・・・・まさか・・・っ!!」
いきなり辺りに響き渡った長谷川の叫び声に、未佳達は慌てて出入り口の扉を引き開けてみる。
するとその瞬間、半分泣きそうな顔をした長谷川が室内に飛び込み、入るや否や手神に抱き付いた。
突然の出来事で戸惑う手神に構わず、長谷川は手神の体に抱き着いたまま、通路の方を指差し叫んだ。
「だから僕下に行きたくなかったんですよーっ!! アレェーッ!!」
「・・・チュウ!」
「ギャアアアァァァーッ!!」
「〔出タアアァァァーッ!!〕」
「えっ・・・!? ちょっ・・・、ちょっと!」
「イヤアアアァァァーッ!! こっち来る!!」
再びドアの真ん前に現れたあのネズミに、厘を除く3人はまたしても、四方八方に駆け出した。
しかも最悪なことに、ネズミは未佳達の悲鳴でかなり驚いたのか、一瞬逃走の判断を間違え、こともあろうに未佳の方へと走り出してしまったのだ。
いきなり自分の足元にやってきたネズミに、未佳は『ひぃッ!!』と悲鳴を上げながら逃げ惑うばかり。
一方のネズミも、早くこの人間達の傍から離れたくて駆け出そうとするのだが、肝心の逃げようとする方向の先々で、ややパニックを起こし掛けていた未佳の足が立ちはだかるので、なかなかその場から離れられない。
こうして両者の逃げず、逃げられずの状態がしばし続いた後、とうとう悲劇は起こった。
「もうイヤ・・・ッ!!」
未佳がそう叫んだと同時に振り上げた右足が、不運にもネズミの胴体に当たってしまったのだ。
ネズミは『ヂュッ・・・!』という小さな鳴き声と共に蹴り飛ばされ、未佳の立っていた場所から1メートルほど離れていたところに落下。
この出来事でようやく目が覚めた未佳は、床に横たわったまま動かないネズミにハッとした。
「あっ・・・!」
慌てて今さっき蹴り飛ばしてしまったネズミの元へと向かってみると、ネズミは『スー・・・ハー・・・スー・・・ハー・・・』と荒い息を吐きながら、腹の辺りを上下に動かしていた。
しかもその両目は、完全にしっかりと閉じ切ってしまっている。
その様子は未佳にとっても、そして他の人達からしてみても、かなり危険な状態のように思えた。
「・・・・・・・・・」
「坂井さん・・・! ・・・・・・・・・大丈夫?」
「・・・・・・・・・」
「坂井・・・、さん?」
ふっとネズミの真ん前で座り込んだまま動こうとしない未佳に、長谷川はやや様子を伺いながら、そっと後ろまでやってきて声を掛けてみる。
その呼び掛けでゆっくりと振り向いた未佳の顔に、長谷川は動揺した。
何故なら、未佳は先ほどの長谷川のような『泣きそうな顔』ではなく、既に『泣き出しそうな顔』をしていたからだ。
『こんな状況の時はどうすればいいのか』と、長谷川が今の未佳の対応にしどろもどろしていると、未佳は瞳に溜まっている涙を今にも零しそうな目を向け、小さく口を開いた。
「さとっちどうしよう・・・」
「・・・え?」
「私・・・、私っ・・・・・・、ネズミ殺しちゃった・・・!!」
「えっ!?」
「そんなつもり・・・、全然私・・・・・・。どうしよう?! ・・・私殺しちゃった・・・。ネ・・・、ネズミ殺しちゃった・・・!!」
正確にはネズミはまだこの時生きてはいたのだが、既に虫の息状態。
そんなネズミの姿を見る度、未佳は『殺しちゃった! 殺しちゃった!』と口にしながら、普段は滅多に見せない涙を目一杯に浮かべる。
そんな未佳の様子を見て、何故か長谷川は『泣かれたらアカン!』と咄嗟に思い、慌てて未佳を慰めた。
「落ち着いてください! 坂井さん!!」
「私・・・! ネズミ殺しちゃったっ!! 殺しちゃったよぉーっ!!」
「大丈夫です!まだ生きてますからっ・・・。ほら、ちゃんと息もしてるし」
「でも虫の息じゃない!! 私・・・・・・、蚊より大きな生き物なんて殺ったことないのに・・・っ!! ・・・どうしよう・・・。どうしよう・・・っ!!」
「だから落ち着いてくださいっ・・・!!」
「さとっち。スタッフルームから虫かご持ってきて」
「・・・えっ?」
いやに冷静な指示を出してきたのは、一人ネズミが現れても逃げなかったあの厘だ。
厘はゆっくりとネズミの傍までやってくると、未佳に『大丈夫』と口にして、再度長谷川に注文を言い付ける。
「ネズミ一旦入れるから、早よ持ってきて!」
「あ、はい・・・!」
「手神さん、ティッシュかなんか持ってる?」
「ティッシュならありますけど・・・」
「ほな、一枚ちょうだい。『ネズミ素手で持ったらアカン』って、栗野さん言いそうやから・・・。これで掴むわ」
(そりゃそうですよ・・・)
内心『素手で持ってはいけない理由』は分かっていないところが厘らしいと思いつつ、手神は厘にポケットティッシュを一枚手渡した。
それを受け取った厘は、ふっと隣で泣きそうになったままの未佳に視線を向ける。
「ほら、みかっぺも泣かへんの。まだ生きとるから・・・」
「えっ・・・、でも・・・」
「たぶん大丈夫やから。ねっ?」
「・・・うん」
「持ってきましたよー?! 言われてた虫かごー!!」
そう言ってこちらにやってきた長谷川の手には、確かにフタが黒い、横幅15×高さ10センチほどの虫かごが握られていた。
ちなみにこの虫かごは、前に厘が事務所前でカブトムシを捕まえた際、一時的にそのカブトを入れるため、スタッフに買いに行かせて買ってきてもらったものだ。
厘はその虫かごの中に、先ほどのネズミをティッシュで包んだままの状態でそっと入れ、フタをしっかりと閉めた。
その後その虫かごは、再びメンバー4人でスタッフルームへと持ち運ばれ、そこで栗野に大まかなネズミの事情を説明。
こうしてようやく、未佳達は本来の自分達の仕事を再開し始めたのだ。
そしてそれから8時間後。
再びスタッフルームにやってきた未佳達は、窓口の棚の上に置かれていた虫かごの中を見て、思わず『あっ!』と、声を上げた。
そこには、つい8時間前に死に掛けていたあのネズミが、元気に虫かごの中を走り回っていたのだ。
しかもそれだけではなく、人が近くにやってくる気配を察すると、ネズミはピョンピョンと元気に飛び跳ねながら、未佳達の方をジーッと見つめている。
この驚くべき回復力に、未佳達は目を丸くした。
「さっきまであんなに死に掛けてたのに・・・」
〔こんなに元気になっちゃった・・・〕
「さっきのは死んだフリ? だったら思いっきり騙されましたけど・・・。僕達・・・」
「でもよかったね、坂井さん。ネズミ殺しにならなくて・・・」
「ハ、ハハハ・・・。さっきはパニックになってスミマセン・・・」
「あっ! 皆さん終わりました?」
ふっとメンバーの仕事が終わったことに気が付いた栗野が、未佳達の元へとやってきた。
栗野は笑顔を浮かべながらメンバーの元へと駆け寄ると、例の虫かごの方を見ながら口を開く。
「あなた達がレコーディング室に行ったあと、いきなり元気になって走り出したんですよ? このネズミ・・・」
「つまり・・・。脳震盪かなんか起こして、気を失ってたってことですか?」
「ええ、どうやら・・・」
「やっぱり気絶してたんやねぇ・・・」
「「「「『やっぱり』・・・?」」」」
その厘の意味深な発言に未佳達が聞き返すと、厘は『うん』と頷きながら、ふっとこんなアズキとの思い出話を口にした。
「アズキなぁ。うっかりケージのフタ開けた時に、棚の下に落ちてしもたことがあって、その時もこんな感じになってたんやけど、しばらくしたら普通に歩き回っとったんや。せやからこのネズミも、気を失ってるだけやと思って・・・。ネズミって、案外しぶといんやで?」
「あっ・・・! それであんな冷静な判断を・・・!!」
「でもごめんね。本気で蹴り飛ばしちゃって・・・」
未佳がそう謝りながら、入れ物越しでネズミの頭を撫でてみると、ネズミはまるで未佳のその問い掛けに答えるかのように『チュウ』と鳴き返した。
そしてそんなネズミの様子を見ていた時に、あることが未佳の脳裏をさっと過ぎる。
「そういえば・・・。このネズミ、このあとどうなっちゃうんですか?」
「ああ。なんか業者の方に連絡してみたら、ネズミ自体を捕獲しているのであれば、タダで駆除してくれるそうですよ?」
「・・・『駆除』って・・・・・・」
「殺してしまうん?! このネズミ・・・!」
「え、ええ・・・。もうクーラーも一台壊されていますし、今後の影響とかもありますから・・・。どうしたんですか? 皆さんさっきまであんなに恐がってたのに・・・」
「いや・・・」
「だって・・・」
知らず知らずのうちに、未佳達はネズミに対する恐怖心がいつしかなくなっていた。
もちろん、かと言って触れられるのかどうかは別の話だが『駆除』という言葉には少々抵抗がある。
できれば殺すことだけは止めてほしいと思ったのだが『外来種』となってはその辺に放すことすら許されない。
未佳達の中で、何ともモヤモヤとした気持ちが湧き上がってきた。
「駆除は・・・、ちょっと・・・」
「・・・・・・栗野さん」
「駄目ですよ、厘さん! 事務所では飼えませんからね!? 前のカブトムシだって、苦手な職員大勢いたんですから・・・。それにこの辺にいるネズミとなったら、何を持ってるのかも分からないですし・・・。飼育は無理です!!」
「・・・・・・・・・」
栗野にモロ飼育を反対され、厘はただただ顔を下に伏せる。
ふっとそんな厘を見ていた未佳は、こんなとんでもない提案を口にした。
「だったら、小歩路さんが自宅で飼えばいいじゃない!!」
「えっ?」
「「「えっ!?」」」
「だって小歩路さん。アズキちゃんを一回も飼ってた時に触らなかったんでしょ? 掃除とかも軍手嵌めて徹底してたみたいだし・・・。それなら病気とかももらわないでしょ?」
「で、でも・・・!! もしそれで厘さんに何かあったら・・・!!」
「でも小歩路さん。昔っから色々飼ってましたし・・・。大丈夫なんじゃないですか?」
「何かあったら、とっくに過去のことで大騒ぎになってるだろうし・・・」
「そんな長谷川さんや手神さんまで・・・!!」
「栗野さん・・・、アカンの?」
厘がモノを訴えるかのような視線を向けること約1分。
とうとう栗野が未佳の提案に折れた。
「・・・・・・分かりました。その代わり! 絶対に素手では触らないように! 掃除はマスクと軍手とゴム手袋! 必ず空気清浄機の傍で飼育してくださいよ!? いいですね?!」
「・・・うん! 栗野さんありがとう!!」
「はぁー・・・。甘いかなぁ~・・・。私・・・」
「そんなことないですよ、栗野さん」
「今の未佳さんに言われても何にもならないんですけど・・・? 未佳さんもこの案の提出者ですからね? 私と同じように責任取ってくださいよ?! もしもの時は!」
「ゲッ・・・!! ・・・・・・殺されなければいいと思ってたのに・・・。それじゃ駄目なの?!」
〔ハハハ・・・〕
ふっと栗野と未佳がそんなことを言い合っている間、厘達はネズミを見つめながらこんなことを話していた。
「名前・・・。どうする?」
「う~ん・・・。名前は・・・・・・・・・! そうや、サンド! サンドにする!」
「サンド? ・・・なんで?」
「分かった!! 事務所におったから『SAND』でしょ?!」
「ううん。ウチのサンドウィッチ齧ってたから」
ドテッ!!
「「「「〔そっちかい!!〕」」」」
その後厘は上機嫌のまま、サンドを連れて自宅へと帰っていった。
予約死亡期限切れまで あと 170日
『蚊』
(2007 8月)
※事務所 控え室。
プ~ン・・・
みかっぺ
「ヤダッ! 蚊!!」
さとっち
「あっ・・・、ホンマや。確か事務所に蚊取りが・・・」
みかっぺ
「そんなの取ってきてらんないわよ! 喉に影響出るかもしれないし・・・。もう、えいっ!!」
パチンッ!
さとっち
「あ゛っ・・・!」
(手だけで殺ったわ~っ! この人!!)
「・・・潰れた?」
みかっぺ
「多分・・・。ギャッ!! 手の平さとっちの血まみれ、うわっ・・・! 汚-い!!(ドン引き)」
さとっち
「(ペキッ!) 『汚い』って・・・、素手で潰すからじゃないですか!! それにこの血が僕のだっていう証拠がないでしょ?!」
みかっぺ
「ううん! コレ絶対にさとっちのよ!! だってこの血“A型のにおい”がすんだもん!!」
さとっち
「何だとっ!?(怒)」
※坂井未佳・・・O型。
長谷川智志・・・A型。
どんなにおいだよ・・・(ーー;)