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23.好き嫌い

午後2時33分。

打ち合わせを始めて約1時間後。



ギュルルル~・・・



ようやく打ち合わせが一段落ついた辺りで、突然誰かの腹時計がベルを鳴らした。

そのやたらと大きな音に、メンバーは無言のまま、そっと音の主の方に視線を向ける。


「・・・・・・すみません、僕です・・・」

「もう、さとっちったら・・・」

「でも私もお腹空いたぁ~・・・。考えてみたら、昨日の夜から何も食べてないし・・・」


そう長谷川の腹事情に同情しながら、未佳もまた残りの二人に空腹を訴えた。

そもそも昨日の夜だって、正直なところちゃんとした夕食を食べていない。

唯一口に入れたものと言ったら、通称『ホットケーキボール』という、タコ焼きプレートでホットケーキの生地をタコ焼き風に焼き、それにメイプルシロップなどをかけただけの軽いおやつのみである。

しかもそんな小さなものを、昨日は二人で軽く摘まんだ程度だ。


ちなみに何故事務所にタコ焼きプレートやホットケーキの粉などがあったのかというと、実は少し前に、事務所では『ホットケーキパーティー』と題したアーティスト同士の交流会があり、そこで大量のホットケーキを調理したためである。

言うまでもなく、昨日未佳達が作ったホットケーキボールの材料は、全てそのホットケーキパーティーのあまりものだ。


ちなみにその他の調理器具などに関しては、元々事務所の5階に置かれていたものを無断で使用。

というのもここの事務所では、こうした交流パーティー等を開く回数がかなり多いこともあり、調理器具等に関してはかなり品揃えが充実している。

そのため長年そこで勤めているアーティスト達は、よくそこの調理器具と材料を勝手に引っ張り出し、勝手に軽食を作ったりしているのだ。

現に未佳や長谷川も、無断で調理器具や材料を使用したのは今回が初めてではない。

過去にも数回ほど、事務所の器具を無断で使い、コーヒーやらケーキやらを作ったことがある。


「ところで二人は? もう何か食べたの?」

「ううん。でもウチと手神さんは、朝ごはんちゃんと食べてきたから・・・」

「・・・・・・はあー・・・」

「あの・・・。いったん休憩にして、どっかで昼食食べに行きません?」

「それもそうですね。時間もとっくに昼過ぎだし・・・」

「さんせーい!」


こうして未佳達は数日前と同様、何処か近場の店屋で昼食を取ることにした。

ただし今回はいつもの『ザース』ではなく『ザース』と同じようにビュッフェを取り扱っている別の店だ。


その店は少々大きめのイタリアンレストランで、建ったのはつい最近。

元はレンタルDVDなどを扱っていた小さなビデオ屋だったのだが、ほんの4ヶ月ほど前に店が閉店。

その後そのビデオ屋の周りの土地なども全て使って、あの大型イタリアンレストランを建てたのだ。


ちなみに何故そこに決まったのかと言うと、厘が『あそこのお店に入りたい』と言い出したからである。

『建ったのはつい最近』と言っても、もうあれからかなり日は経っているし、イタリアン系がそこそこ大好きな厘からしてみれば、下見も兼ねて見に行きたいのだろう。

ましてやメンバーの中で一番の小食でもある厘一人では、なかなかビュッフェやバイキング中心のレストランには行けない部分もある。


「じゃあ、栗野さんを呼んで行こう」

「店の名前なんでしたっけ?」

「確か・・・『BUONOボーノ』やったと思うけど・・・」

「日本訳で『おいしい』っていう意味ね」

〔まあ・・・、それは実際に行ってみないと分からないけどね・・・〕

(シーっ!!)


その後はスタッフルームにいた栗野も引き連れて、5人はそのイタリアンレストランへと向かった。


ちなみにその『BUONOボーノ』がある場所は、事務所の出入り口からしばらく真っ直ぐに進み、3つ目の左曲がり角を曲がった先にある。

そこの通りは車もかなり頻繁に通るので、少々信号のない横断歩道を渡るのが面倒な場所だ。

毎回未佳はあの通りを見る度『信号はいつできるのだろう』と思っている。


(あの通り・・・、少し苦手なんだよなぁ~・・・)

「でも厘さん。前から行きたかったのなら、どうしてこの間メンバーが揃った時に言わなかったんですか?」

「だって・・・。人混んでそうやったんやもん・・・。人混みウチ嫌いやから、なるべくなくなってそうな時に行こう思て・・・」

「や・・・、やっぱりそういうことなんですね・・・」

(まあ・・・。小歩路さんはかなりの人混み嫌いだもんねぇー・・・)

「あ、あれでしょ? そのイタリアンレストラン」


長谷川がそう言って指差す先には、何やら大きな赤い屋根の建物が建っている。

そして看板には、大きく『BUONOボーノ』と書かれた文字。

紛れも無くあのイタリアンレストランだった。


「駐車場は少し空いてるみたいね・・・」

「たぶん・・・、お昼がだいぶ過ぎてるからじゃないですか? みんな食べ終わって帰る時間帯ですし・・・」

「丁度いいタイミングかもしれないっすよ。中に入るには」

「ラッキー♪」


半分寝坊していてよかったと思いながら、5人は一般人のように店内へと入ってみる。

中に入ってみると、どうやら女性客をターゲットにしている店らしく、店内はかなりオシャレな感じだ。

そして女性陣3人が中に入って思ったとおり、店内の客は半分以上が女性客。

一方の男性客は、どの人もカップルや家族連れと言った感じだった。


「なんかここ・・・。小歩路さん一人よりも、僕たちの方が行きにくい感じですよ」

「確かに・・・」

「そぉ?」

「『女性客がターゲット』っていう感じはするけど・・・。でも『男性客拒絶』っていう感じもしないわよ?」

「結論言うたら、ウチらで中に入ったら問題ないんちゃう?」

「「「・・・まあね」」」


そんな店の印象について皆が話している間、栗野は一人店のウエイターに、未佳達の事情を手短に説明していた。

その内容は、未佳達がソコソコ知名度のあるアーティストなので、なるべく人目には付かないような席にして欲しいということ。

そしてもし、お客さんに未佳達のことが気付かれた場合、サイン等を求めてこないようにしてほしい、ということの二つ。

もちろん、店の人間がそれらを求めるのもNGだ。


ちなみにメンバーの行き着けともなっている『ザース』は、最初の段階で全ての事情を説明し、現在では何にも話さなくとも対応してくれている。

しかしこの店は、今回がメンバー全員初来店。

そのため少し面倒ながらも、栗野はメンバーの事情を一から説明しなくてはならない。


半分面倒がりながら説明をしていると、ウエイターは未佳達の顔を見て誰なのか分かったらしく『少々お待ちください』と栗野に告げ、厨房の方へと入っていってしまった。

テーブルへと案内されたのは、それから約1分後。


未佳達が案内されたのは、窓枠の一番角の席。

窓には白いカーテンが掛けられているので、残念ながら外を確認することはできない。

しかし今までの人目に付かない席の中では、一番いい場所のように感じた。


というのも今までの人目に付かない席というのは、明かりも微妙に当たらず、両サイドは壁しかないと言った、完全に隙間のような場所のみ。

おまけに窓なんてものは、外部の人間に見られる可能性などを配慮して、一切案内されることはなかった。


そんな店屋に比べれば、今日の席はカーテン越しに日差しが入って暖かいし、かなりの明るさもある。

さらに『角』の席ではあるものの、他のテーブルや壁からはかなり離れているので、今までの圧迫感がまるで感じられない。

未佳としてはこの席だけで満足だ。


「スゴイ解放感・・・。天井も高いし、周りのアンティーク小物は可愛いし」

「おまけにお店イタリアンなのに、店の中の色が黄緑と黄色と白っていうのも、随分変わってますね」

「うん。すごいキレイだよね。外装は赤と茶色中心だったけど、内装はそれと色が完全に真逆っていうのが・・・」

「みかっぺの家もこんな感じやよね?」

「えっ? 違うよ、小歩路さん! 私の家は、ちょっと茶色が多いもん・・・。ライトの関係で・・・」


正確に言ってしまうと、未佳の家の蛍光灯は茶色中心だが、小物などのアンティーク系は、赤やピンクなどのものが多い。

特に赤に近いピンクは大好きな色で、気付けば自宅の小物はその系統の色ばかり。

洋服に至っては、約半分以上のものがピンク色、もしくはピンクの柄などが入っているほどだ。


「でも、こういう色の小物とかもいいと思う」

「というより・・・。坂井さんは、カラフルなのにピンクとかが入ってるやつが好きなんでしょ?」

「・・・・・・そう言われてみればそうかも・・・」

「ほら、皆さん。あんまり今日は練習する時間も少ないんですから、早めに昼食済ませてください」

「「「あっ、はーい」」」


その栗野が発した鶴の一声で、皆は料理を取りに、ビュッフェで並んでいる列へと向かった。


その際未佳はチラリと、奥に並べられた料理を確認してみる。

当然、並べられている料理のほとんどはイタリアン。

しかも、ざっと30以上あるであろう料理の半分以上がパスタ料理だ。

おそらくこの店一番の自慢料理なのだろう。


その他に確認できたのは、パスタ同様イタリアン代表料理でもあるピザ4種類と、自分で好きな野菜を取って作るサラダやスープ類。

そして一番奥にあるドリンクバイキングの隣には、子供や女性に大人気のデザートコーナーが設けられていた。


甘いもの好きの未佳にとって、デザートコーナーは今すぐにでも見に行きたいところ。

だが昼食もなしに、いきありデザートに手を伸ばすわけにはいかない。

今はとりあえず、昼食となる料理を取るのが先だ。


(サラダ類は・・・。適当に取るか)

〔なんか見たことない料理が沢山あるなぁー・・・〕

「リオとしては全部食べたいんでしょ?」

〔別に全部っていうわけじゃ・・・。見た目とかが気になるのは沢山あるけど・・・〕

「たとえば?」

〔たとえば・・・〕


そう未佳に尋ねられたリオは、その気になるものの中でズバ抜けているものを探した。

リオにとっては、どの料理もかなり気になるものではあるが、その中でも断トツだったのは、やや未佳の左手前に置かれていたパスタ料理。


〔これ。・・・殻ごと入れるなんておかしいよ〕


そう理由も付け足してリオが指差したのは、パスタ料理の種類ではよく目にする、アサリを殻ごと入れて炒めたボンゴレだった。

大体何処のイタリアンにも必ずあるメニューではあるが、人間同様殻を食べることができないリオからしてみれば、これはただの異様な食べ物にしか見えないのかもしれない。


「・・・でも普通イタリアンって、アサリでもムール貝でも、パスタ料理とかにする時は殻ごと入れるものなのよ。飾りとか風味付けとかに・・・」

〔え~っ?! ・・・面倒くさ・・・〕

「あなたねぇ・・・」

〔じゃあ未佳さん、これ食べる時いちいち殻から身を取って食べるの?〕

「・・・・・・・・・・・・あんまり面倒臭くて食べないかなぁー・・・」

〔やっぱり食べないんじゃん!!〕

「みかっぺーっ!」

「〔・・・ッ!!〕」


突然後ろの方から聞こえてきたその声に、未佳は『ハッ!』と、声のした方を振り返る。

後ろを振り返ってみると、そこには片手にビュッフェ用のトレーを持った厘が、こちらにやや小走りで向かってきていた。

幸いにも、リオとの会話は一切聞かれていないようだ。


「な・・・、何?」

「みかっぺ何取った?」

「えっ? あぁ・・・。まだ考え中で、サラダしか取ってない」

「あ、そうなん?」

「うん・・・」


そう軽く厘の問い掛けに答えていた未佳は、ふっと厘が持っているトレーを見て、思わず目を見開いた。

何故ならそのトレーの上には『これでもか!』と言うほどの料理が盛られていたのである。


トレーの上の料理は、5/4がパスタとサラダで、残りの5/1が、カルパッチョやパンなどと言った感じだろうか。

しかしいくらサラダ類が多いとは言え、少食の厘がそんなに沢山の料理を食べられるとは到底思えない。

バンドメンバーの未佳としては、色んな意味でかなり心配な量だ。


「小歩路さん・・・。そんなに食べられるの?」

「ん? ああ、平気♪ 平気♪ それにこれ、ウチ一人の分やないもん。みんなが食べられるように取っただけやから」

「あっ・・・。なんだ、そうだったんだ・・・」

「そういえば、さっき手神さんが言うてたんやけど・・・。あそこのマルゲリータ、めっちゃおいしいって」

「えっ!? ホント? じゃあ取っちゃお♪」

「ウチはカルボナーラ♪」


そんな会話を軽くかわして、未佳は早速ピザコーナーへ。

目的のピザをとりあえず一切れトレーに乗せた未佳は、その隣に並べられたパスタ料理に『あっ!』と声を漏らした。


〔今度は何?〕

「ナポリタン!! 私大好きなのよねぇー。ケチャラーだし・・・。あ゛っ!!」

〔ん? ・・・どうしたの?〕

「ついでに一番大っ嫌いなのも見つけた・・・」

〔はっ?〕


だがそう言う未佳の目の前にあったのは、極々普通のナポリタン。

一体何が未佳の気に食わないのか、リオにはさっぱり分からない。


しばらくすると、何故か未佳はトングでナポリタンを一回持ち上げてみては、またナポリタンの器に戻すを繰り返し始めた。

ずっとその様子を黙って観察していると、どうも未佳は、材料の中に入っている何かを避け、皿に盛らぬようにしているようだ。


〔もしかして・・・。材料のどれか嫌いなの?〕

「・・・うん。この緑の物体・・・」

〔・・・・・・コレ何?〕

「ピーマン!!」


ここでリオは初めて、未佳にも嫌いな食べ物が存在していることを知った。

いつもバラエティー豊富なものをパクパクと食べていただけに、まさか嫌いな食材があるなど考えもしなかったのだ。


しばらくそんなピーマンを皿に盛らぬよう格闘していると、未佳の後ろから半分呆れた感じの声が聞こえてきた。


「あの、坂井さん・・・。後ろに並んでるのが僕一人だからええですけど、他の人並んでたら迷惑行為ですよ?」

「分かってるけど・・・っ!!」

「それやったら取らへんかったらええのに・・・」


その長谷川の発言を聞いた瞬間、未佳の脳裏にとんでもない作戦が閃いた。

少々長谷川には申し訳ないが、閃いてしまったら最後、もはや別の方法は考えられない。


未佳は作戦実行のため、こともあろうに先ほどまで皿に乗っけられずにいたナポリタンを、普通に食べられる量だけ皿に盛り始めた。

しかも、あれほど嫌っていたピーマンが紛れることも関係なしに・・・。


「じゃあ、お先に♪」

「?」

〔・・・?〕


一体何がどうなったのか分からぬリオと長谷川は、ただただ未佳の行動に小首を傾げるのみ。


その後未佳は、料理を乗せたトレーを両手で持ちながら、厘だけが座っているあの窓側のテーブルへと向かった。


「あれ? みんなは?」

「手神さんはドリンク。栗野さんとさとっちは料理」

「あっ、そう・・・。みんな席決まってる?」

「うん。みかっぺから時計回りで、さとっち、ウチ、手神さん、栗野さん」

「あぁー・・・。OK!」

「?」


その未佳の意味深な言葉に、厘もまたあの二人同様小首を傾げる。

しかしそれ以上は特に何も訊かず、厘は『変なの』とは思いつつも、その後は普通に先ほど取っていたサラダを口に頬張っていた。

そんな厘を見つめながら、未佳は静かに様子を伺う。


(何か食べてるうちは気付かれないわよねぇ・・・。それにみんなの席も分かったことだし・・・。じゃあ早速)


その後未佳が取った作戦内容は、あまりにも信じられないものだった。


『焼きそば』

(2009年 7月)


※1日目 さとっち宅。


さとっち

「う~ん・・・。夕食どないしょ~・・・。まあ、有り合わせで焼きそばにするか」


※2日目 事務所内。


手神

「いつの間にかこんな時間になっちゃいましたねぇ~・・・。皆さん、夕食どうします?」


「なんか近場なところに入る? それともコンビニとか」


みかっぺ

「あっ! 私、人数分のクーポン持ってるよ♪ 屋台屋の!!」


さとっち

「あっ、ホンマ!? あそこ旨いんすよね。色々と」


「ところで屋台屋の何のクーポン?」


みかっぺ

「ん? 焼きそば♪」


さとっち

(・・・・・・・・・・・・まあ、ええか・・・)


※3日目 打ち上げの居酒屋。


まっちゃん

「なぁ。シメどうする?」


赤ちゃん

「あぁ~、どうしよっか~・・・」


小河

「さとっち何か注文したいのある?」


さとっち

「別になんでもええですよ。お会計どうせ僕なんだし・・・」


まっちゃん

「じゃあコレにしよう。すいませーん」


店員

「はーい。ご注文は?」


まっちゃん

「焼きそば4つ!」


さとっち

「ゴンッ!!(机に頭を打つ)」


※4日目 さとっち宅。


さとっち

「ん? なんやオカンから宅配便や。何々? ・・・『あんたの大好物送っておいたで。付け合せは自分で考えてや~。ほんじゃあ体に気ぃつけて。オカンより』・・・・・・。『付け合せ』ってなんや?」


※ふっと段ボール箱を開けてみれば、軽~く5束ほどの焼きそば麺登場。


さとっち

「・・・・・・・・・・・・ふおおおぉぉぉーっ!!(叫)」



あるある・・・(ーー;)


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