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20.そんなの聞いてない!!

この日未佳は、あの小屋木結衣のライヴ練習のため、2日続きで事務所にやってきていた。

今日はあの長谷川もギター担当として、このライヴ練習に参加する予定である。


ちなみに今日は、いつもの事務所にいることが多い手神や厘が代わりに休みだ。


(さてと・・・。コーラス。コーラス)

〔またあの爆音の部屋に行くの? 嫌だなぁ~・・・〕


二人で6階のライヴハウスに向かっていた時、リオが廊下でそう呟き、足を止めた。

そんなリオを見て、未佳はあのピンク色のウォークマンをリオに手渡す。


「じゃあまたあの隅にでもいれば? これ聴きながら・・・。その代わり、多分ずっとライヴのドラム爆音とか、そういうのに慣れないと思うけど」

〔えっ・・・? もしかして『慣れろ』って言いたいの?〕

「私とずっと一緒にいるのなら、今のうちに慣れておかないと大変よ? 忘れてはいないだろうけど、私はアーティストなんだから・・・。ライヴや曲作りでドラムやギターは付きもの。そうじゃなくたって、8月にはツアーライヴだってあるんだし・・・。まさかその期間中姿を消すつもりじゃないでしょうねぇ~?」

〔そ・・・、そんなわけ・・・っ!! それにこっちは絶えず、未佳さんに付いていないといけないし・・・〕

「だったら慣れておきなさいよ。今日は少し耳を押さえるのを止めたりしながら・・・。ほら、行くよ」


未佳はそう口にすると、すたこらとライヴハウスの方に歩いていってしまった。

そんな未佳の後ろ姿を見つめながら、リオはふっと溜息を吐く。


〔はぁー・・・。これじゃあまるで付き人だよ・・・〕

「ほら、早く!」

〔はいはい・・・〕


内心『立場が逆転している』と思いつつ、リオは黙って未佳の後ろへ。

そして未佳が、中に入ろうとライヴハウスの出入り口扉を開けた。

その時だ。



ジャアアアァァァーンッ!!



突然未佳が扉を開けた瞬間『大音量』と言うよりは『爆音』に等しいギターの音色が、激しくライヴハウス内に響き渡った。

そのあまりの大音量に、未佳とリオは耳を押さえるのも忘れて、ただただその場に小さく縮こまる。


「うっ・・・るさーい!!」

〔・・・んだよ! 今の!!〕

「今のは・・・、ギター?」


未佳は半分ムッとした表情のまま、その爆音が聞こえてきた方向に視線を向ける。

するとそこには、同じくあまりの爆音に耳を押さえている長谷川と、渋い表情を浮かべている湯盛の姿があった。


「さとっち! 今のなんですか!?」

「す・・・、すみません!! なんか・・・、音量を高めに設定されてたみたいで・・・。今直してきます!!」


長谷川はそう言ったかと思うと、問題のギターをステージ上に置き、ステージ裏にある機材置場の方へと走り出していった。

そんな長谷川を横目で見つつ、未佳はたまたま近くにいた小屋木や小河。

湯盛に声を掛ける。


「小屋木さん、小河さん、まっちゃん・・・」

「えっ? あっ、坂井さん」

「ああ! みかっぺ」

「おっ、おはようございます。坂井さん」

「今の・・・、何?」

「へっ? あっ・・・。もしかして聴いちゃいました?」

「あっちゃー・・・」

「坂井さん、タイミング悪かったですねぇー・・・」


そう3人に言われ、未佳はただただ渋い顔のまま苦笑する。

ようは『自分は運が悪い』と言いたいのだろうか。


「で、今のは一体何?」

「あぁー・・・。実はさとっちが練習しようとして、ギターを『ジャーンッ!!』ってやったら、いきなり『ズシャアアァァーンッ!!』って」

「まっちゃん! 擬音ばっかで全然分からないですよ!!」

「あっ・・・。つまり、ギターの設定音量が大きめになっていて、それに気付かずに、長谷川さんがギターを弾いちゃったんです」

「な、なるほどね・・・」

〔なんだよ。未佳さんだって爆音慣れしてないじゃん・・・〕



バンッ!!



「? 未佳さん・・・、どうしました?」

「後ろの方に、何か・・・?」

「い、いいえ! ちょっと虫が飛んでて・・・。後ろを『ドガッ!』と・・・」


そう笑みを浮かべて言う未佳を、リオは半分目を見開いたまま、やや未佳から5メートルほど離れたところで見つめた。


実はリオが爆音のことで呟いた瞬間、未佳が後ろにいるリオに向かって、いきなり強烈な後ろ蹴りをやってきたのだ。

幸い、その足蹴りに気付き後ろに下がったのと、即座に身を透けさせたので当たりはしなかったが、もし当たっていれば、おそらく腹部を蹴られて転がっていたことだろう。

今更になって、リオは未佳がやや怒らせるとおっかない人間なのだと気が付いた。


〔(恐っ・・・! というか・・・、あっ・・・、ぶな~っ!!)〕

「そうだ、リオ・・・。私、言い忘れてたけど」

〔・・・?〕


ふっと、いきなりリオの方に向き直ってしゃがみ込んだ未佳は、やや不気味な笑みを浮かべて、リオにこう言った。


「足蹴り・・・。得意だから」

〔~っ?!〕

「じゃ、またあとでね♪」


そう言い残し、練習用のステージに向かった未佳を見て、リオはもう未佳を怒らせないようにしようと心に決めた。


〔(でもあれを『慣れろ』って? ・・・こっち全然自信ないんだけどなぁ~・・・)〕


リオがそんなことを呟いた頃、ようやく音量調整を終えて戻ってきた長谷川も加わって、ライヴステージメンバーは早速練習へと取り掛かった。

身かは誰にも指示されぬうちに、いつものコーラスの立ち位置へと移動する。


そこに立ってみて気が付いたのは、大勢のスタッフや関係者達が、かなり真剣な面持ちで打ち合わせを行っていたこと。

もうライヴまで日が浅くなりつつあることもあるだろうが、ここまで関係者(向こう)が真剣にやっていると、少々こちらも緊張する。

完全にミスは許さないと言った感じだ。


この空気にまったくリラックスすることができず、未佳は自分の前の方に立ち位置でチューニングを行っている長谷川に声を掛けた。


「ねぇ・・・。ねぇ、さとっち」

「・・・ん?」

「なんか・・・、ピリピリしてるね。周り・・・」

「えっ? あぁ・・・。まあ大事な10周年記念ライヴですからねぇ。どうにか成功させたいんでしょ?」

「ってことなんだろうけど・・・。私苦手よ。こんなピリピリした空気・・・。あ~ぁ、恐いっ」


そう言うと、未佳は両方の二の腕を摩りながら小さく震えた。

そんな姿を見て、長谷川は普通に『ハハハ』と笑っている。


「笑うところじゃないでしょ?!」

「あ、はい・・・。まあ、その前に・・・。そんなん好きな人なんてないんじゃないですか? 女性にしろ、男性にしろ・・・」

「それは・・・、まあ・・・」

「はーい! じゃあ頭から練習始めまーす!!」


そのスタッフの声に気付いた未佳と長谷川は、そこで会話を中断させた。


自分達のライヴならともかく、これは他人のライヴなのだ。

今はできる限り、自分達はこのライヴに協力しなければならない。

ましてや余計な行動のせいでこのライヴに泥を塗ることなど、まったく以て論外だ。


「1・2・・・3・フォー!」


その掛け声と共に、先ほどまでバラバラだった楽器のメロディーが一つ曲となって、見事にライヴバージョンの1曲目を奏で始めた。

だが肝心の未佳は、若干無表情のままただただテンポに合わせて腰を左右に揺らすだけ。

というもの、基本的に未佳を含むコーラス3人組は、曲一つひとつの出番がそれほど多くはない。

ほとんどが少しだけ歌って、下半身を左右にややゆっくり踊るだけなのだ。

中にはアーティスト側の都合やイメージ上、コーラスを一切取り入れない曲だってある。

ようは未佳にとって、コーラスは少々欲求不満な仕事なのだ。


(あ~・・・。もっとちゃんと歌いたいなぁー・・・。まあ・・・、これでもコーラスの出番はやや多めに作ってある方なんだし、私はサポメン役だから、あれやこれやとは言えないんだけど・・・)


とりあえず今は立場を弁えながら、未佳はコーラスをできる限り全力で演じた。

そうしてライヴ練習を開始すること2時間。

ようやく一回目の休憩となり、周りは少々自信のない箇所の練習や水分補給、実際に演奏してみて気になった部分の打ち合わせなど、それぞれのやり方で一旦散る。

ちなみに未佳の場合は、やはりコーラスは『喉』が命なので、とりあえず水分補給。

その後は個々に発声練習を行おうと口を開けていた時だ。


「未佳さーん! 長谷川さーん!」

「haa-・・・えっ?」

「ん? 栗野さん・・・?」


ふっと呼ばれた方に視線を向けてみれば、そこには未佳を迎えに行ったあと、2階のスタッフルームで待機していたはずの栗野が、何故かステージの下のところに立っていた。

しかもよく見てみれば、何やらこちらに向かって手招きしている。


「ちょっと今いいですか? 休憩中みたいなんで・・・」

「あっ・・・、はい。大丈夫ですけど」

「どうかしました?」


二人はそう尋ねながら、ステージの裏を回るのではなく、そのままステージの上から降り、栗野の方へと向かった。

そんな二人の様子を見て、少々気になったリオも二人の方へと向かう。

ようやくCARNELIANメンバー二人が揃ったところで、栗野は口を開いた。


「実は・・・。6日後、NEWシングルの発売日でしょう? それは・・・、お二人ともご存知ですよ、ねぇ?」

「はい」

「もちろん」

「その発売イベントで、大阪と東京で3曲ずつ歌って、ついでにポスターお渡し会をやることになっていたのは、分かっていましたよね?」

「「・・・はい」」


その栗野の言うNEWシングルとは、あの日未佳が飛び降りた日にPVを撮っていた新曲『“明日”と“明日”と“昨日”』のことだ。


実は随分前から、あの新曲は発売日とその3日後に、東京・大阪の二ヵ所でミニライヴ&イベントを行う予定になっていた。

内容はメンバー4人のトークと、バンドのメジャー楽曲と新曲を合わせた計3曲の楽曲披露。


そして一番のビッグイベントが、メンバーからのポスターお渡し会。

このポスターお渡し会は、新曲のCDの中に入っている『ポスターお渡し券』を持っている人のみ、イベントでメンバーから特製ポスターが渡されると言うもの。


ちなみにそのポスター券は、新曲のPVビデオが入っている初回限定盤の極限られたものにしか入っていないのだが、今回のイベントでは、初回・通常ともその券が同封されているCDを、両方のイベント会場で300枚ずつ販売する予定だ。


「それがどうかしました?」

「・・・実はそのポスターに、せめて日が近い大阪分だけでも、今日中にサインしてほしいんだって・・・」

「・・・はいっ!?」

「サインッ!? 私達ポスターを渡すのは知ってたけど、サインを書かないといけないなんて聞いてないよ?!」

「っと言うより・・・。まだ歌う曲の練習すらやってへんのに?! 『サイン書いとけ』って・・・。えっ?!」

「今事務所の人との話し合いで急遽決まったんです。歌の練習は明日から・・・。それと手神さんと厘さんは、明日このことを伝える予定ですから、お二人はこの練習が終わったあと、即控え室の方でサインお願いします」

「んなまさか・・・」

「はぁー・・・。えっ? それってまさか・・・、東京と大阪両方・・・、なんてこと・・・」


やや苦笑いを浮かべたままの未佳が、恐る恐る栗野にそう尋ねてみると、栗野はしばし間を置いた後『はい・・・』と、半分掠れているかのような声で答えた。

それも頷きながら。


それを聞いた途端、苦笑いだった未佳の表情が、一気に青褪めた表情へと変わった。


「え゛っ?! それってつまり・・・。今日中に1000枚もサインしろってこと?!」

「せっ・・・、1000枚っ!?」

「い、いえ! だから今日はせめて、販売日に行う予定の大阪分を・・・」

「それでも500枚じゃない!!」

「とにかく! お二人とも、午後の方はお願いしますね?! じゃあ、私は事務所の打ち合わせがありますので、またあとで」

「えっ?! あっ、ちょっと・・・!!」

「栗野さんっ!!」


そう言うが早いか、栗野は伝えることは伝えたと言わんばかりに、そそくさとライヴハウスから出て行ってしまった。

残された二人と一人は、ただただ唖然と立ち尽くすばかり。


〔逃げた・・・〕

「・・・サイン・・・。全部書くのぉ~っ?!」

「まあ、でも・・・。サインなんて一つ書くのに2、3秒くらいですから、そんなんちゃっちゃか書いて終わらせればええやないですか」


その長谷川のあまりにもマイペースな発言に、未佳はあの『はぁ~!?』を口にした。


「さとっち分かってるっ?! 東京と大阪合わせて1000枚分、私達はサインを書かないといけないのよ!? それも大阪分は今日中に!!」

「で、でも・・・。どうしても今日中ってわけやないし。今日は500枚だけやし・・・」

「いい? さとっち。大阪公演まではあと6日しかなくて、歌の練習はおそらく明日と明後日と明々後日と4日目。それに大阪分のサインを書くだけでヘトヘトなのに、その3日後は東京。しかも東京のリハーサルも兼ねて、出発は大阪公演のすぐあと。そしてそこでもサインを書かないといけない! でもそんな時間は東京公演の日にはない! ということは今日か明日か明々後日のうちに、ポスターにサインを全て書き上げておかないといけないの!! 分かってる!? 余裕かましてる時間なんてないの!!」

「・・・・・・今ハッキリ分かりました・・・」

「そう。それならいい・・・」


しかし1000枚全てに書くとなると、かなり気が重い。

おそらくそれは、あとから書かされるあの二人もそうなのだろうとは思うが。


「はぁ・・・。なんでこうもいきなり決めるのよぉー・・・」

「まあ・・・。仕方ないでしょう? 決まっちゃったんですから・・・」

「あ~ぁ・・・。家で作曲作業やろうと思ってたのにぃ~!」

「僕やて、風邪引いて寝込んだ分の遅れ取り戻すために、自宅ギターやりたかったですよ!」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


二人はあれやこれやと愚痴を言い合った後、二人でお互いの顔を見つめながら、最後に重い溜息を『はぁー・・・』と吐いた。

気が付けば、先ほどようやく始まったばかりの休憩時間でさえ、あともう少しで終わりになろうとしている。


「こんなの・・・」

「本当に・・・」

「「worst(最悪)・・・」」

「はーい! 皆さん、練習再開しますよー!! 全員ステージ前に戻ってくださーい!」

「坂井さん、お願いしまーす」

「・・・はーい!」

「さとっち、早くー」

「今戻ってまーす!!」


その後二人は気持ちを切り替え、小屋木のライヴ練習を夕方の5時過ぎまで続けた。

そしてしばしのミーティングの後、二人がポスターの積まれている控え室に入ったのは、それから30分後のことである。


『花粉症グッズ』

(2009年 4月)


※事務所 控え室。


みかっぺ

(うわ~・・・。もう鼻がヤバイ!! ズズズ・・・(啜))


さとっち

「坂井さん・・・。何ならコレ使います?」


※ふっと未開封の小さなチューブを取り出すさとっち。


みかっぺ

「えっ? ・・・何コレ?」


さとっち

「ん? 花粉症対策用の塗り薬。最近テレビでCMやってるけど」


みかっぺ

「あぁー! あの鼻の周りに塗ると花粉が入らなくなるっていう・・・!」


さとっち

「そうそう。僕コレ結構効くから使ってたんやけど、無くなりそうやったから今日事務所の行き掛けに買ってきてて・・・。まだ一回も使ってないし、何ならトイレで塗ってきたら?」


みかっぺ

「あ、うん。じゃあ・・・、ちょっと頂戴♪」


さとっち

「はいはい」


※15分後・・・。


手神

「長谷川くーん。これ」


さとっち

「ん?」


※ふっと何故か先ほどの塗り薬を長谷川に返す手神。


さとっち

「あれ? なんで手神さんがコレを・・・?」


手神

「坂井さんが『返しといて』って。それとこの薬、結構効くね! 花粉症の症状が一気に無くなっちゃったよ」


さとっち

「そりゃそうって・・・、手神さんも使ったんですか?!」


手神

「うん、長谷川くんのを・・・。あっ、あと。僕の他にも小歩路さんと栗野さんも使ったんだけど、3人とも『よかった』ってさ」


さとっち

「そ・・・、そう・・・」


手神

「じゃあ、僕はアレンジがあるからまたあとで」


※それだけ言って控え室を出ていく手神。


さとっち

(・・・・・・みんなコレ使うのはいいんやけど・・・)

「あぁ~!(涙) 残りが半分以下になってもた~!!(涙)」



みんな使いすぎ・・・(ーー;)


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