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0.終わりと始まり

今日は実に微妙な空だ。



晴れてはいないものの、快晴ではない。

別に差ほど曇っているというわけではないが、妙に空全体が白っぽい。

この今の天気を言葉に言い表すとすれば、一応『晴れ』でいいとは思う。


いや。

私の感覚では、まだこれは『晴れ』だ。


今日の空は、どうやら青空全体に薄い雲が広がっているらしく、本来であれば青いはずの空は、まるで水色とグレーを同じ分量分ほど混ぜたかのような色をしていた。

これを『晴れ』と周りが呼ぶかどうかは微妙なところだが、少なからず私はこれを『晴れ』と呼ぶ。


そしてそんな空に向かって、私は強く思ってしまうのだ。




どうせ完全な青空でないのなら、今日はもっと雲の多い『曇り』か・・・。

もしくは思い切って、この身に突き刺さるほどの強い『雨』の方がよかったのに・・・・・・。


と・・・。




いや、むしろ・・・。

そうでなければ今日これから行う予定のロケーションには、到底この空は似合わないような気がするのだ。





これから自分が・・・。





ここからこの身を投げる(・・・・・・・・・)という動作の上で・・・・・・。






挿絵(By みてみん)



そう胸中で小さく呟いた坂井さかい未佳みかは、ふっと自分が今考えていたことについて、思わず苦笑した。



確かに私はこれから・・・、ここで自分の命を投げよう(・・・・)としている。

ここから飛び降りる(・・・・・・・・・)・・・、ことによって・・・。





この『自らが自らを殺す(自殺)』という決断を考え、決めた時。

私は最初『さて、どうやって死のうか』と、そのやり方について半分馬鹿なくらい考えた。



一般的な死に方なら、この世の中いくらでもある。

首吊り。

リストカット。

有毒ガスや毒薬。

川や海への身投げ・・・。


それらの中で私が選んだのは、この高台からの飛び降りだった。

選んだ理由は、この場所を巻き込む形で死にたかったから・・・。




私の今立っている場所は、とあるビルの屋上。

もっと正確に言ってしまえば、私がヴォーカルとして勤めていたバンドの所属事務所。

関西ミュージックスタジオ『SANDサンド』の屋上だ。


私はこの事務所で、私を含めたメンバー4人と共に、J-POP系バンド『CARNELIAN・eyes』を結成。

そして今年は、今日からざっと計算してあと6ヶ月。

つまり今年の8月で、結成10周年目に突入する。



そんな記念日を目前に控えていた時期ではあったが、それでも私は、ここで命を絶ちたかった。



あんな環境の中で生きていくのなんて、正直もう懲り懲り・・・。

もう沢山だ・・・。



でも・・・。

ただ関係のないところでなんか死にたくない・・・。



私の死ぬ場所は、死にたくなった根源の場所で。

ありとあらゆる動機を秘めた、この場所で。



みんなが何故ここで私は死んだのか。

何故こうなってしまったのか。


それを考え続け、最終的には悩み苦しんでほしい・・・。





そんな黒々とした想いもあって、死に場所をここにしたのだ。



だからこの時点で、川や海への身投げという選択肢はボツ。

そもそもこの辺りには川や海もないので、その死に方は元々無理なやり方だった。


かと言って有毒ガスは中々死ねないし、誰かに見られたら即アウト・・・。

おまけに最初の方は、死ぬまでかなり苦しまなくてはならない。

私の死で周りが苦しむのには歓迎するが、私自身が苦しむことになるのは御免被りたい。

論外だ。


だから毒薬も、毒ガスと同じ理由でNG。

そもそも毒薬は入手しにくいし、その辺で手にすることのできるものは、死ねることは死ねるがなかなか根気も時間も掛かる。


リストカットは『動脈を一発で切ってしまえばそんなに痛みはない』という話を聞いたことはある。

が、それで死ぬために必要な水を溜めておいたり、出しっ放しにしておける環境が無い。

よくリストカットする場所として用いられるお風呂場もないのだから、どうしようもない。


そう一つひとつ候補を消していくと、最後に残ったのは一番多いとされる『飛び降り』と『首吊り』だけとなってしまったのだが、この時はすんなりと『飛び降り』に決めることができた。

おそらく『自分ならどちらがいいか』ということを考えた時に、個人的な好みで『飛び降り』に決まったんだろうと、今になって考えるとそう思う。



もちろん、この『飛び降り』もすぐに死ねるとは限らない。

場合によっては打ちどころが悪く、しばらくは意識があるままだったり、最悪の場合『死ねなかった』ということだってある。

一応この高さと場所を考えれば、さすがに『死ねなかった』ということはないだろう。


だがその時の結果が即死になるか。

それとも頭蓋骨骨折や脳の内出血などで、しばらく苦しくも意識がある状態になってしまうかどうかは、やや五分五分なところだろう。




それでも私は・・・。

死ぬやり方は『飛び降り』がよかった・・・。


まるでこの背中に、バンド名のような朱色の美しい翼が生えて。

飛び降りたその瞬間だけ、一瞬空を飛んでいるかのような錯覚に襲われる・・・。


なんと幻想的でロマンチックなものだろう。

そんな空想の世界に、とりあえずだが今だけ目を瞑って浸ってみる。


『病んでるな・・・』と思った。



一体何処の世界に、死ぬ直前の今が幸福しあわせだと感じる人間がいるだろう。

確かに今まで自殺し死んでいった者達の中には、そんな人間も少なからずいたかもしれない。


だがここまで、飛び降りる瞬間を喜ぶ者はそういないだろう。

少なくとも、自分が飛び降りる姿を想像してみて『幻想的でロマンチック』だとまでは思わないはずだ。


いや、その前に・・・。

飛び降りる直前の自分の姿を想像イメージする人の方が、まずそういないだろう。

そんな姿を少しでもこの場で思い浮かべたら、軽い気持ちで死のうとしていた者であればきっと、一瞬ながらも躊躇してしまうに違いない。

もっとも私の場合は心配する必要などまったくないので、今は平気でこんな姿を思い浮かべていられる。


が、さすがに想像しているだけの環境にも飽きた。



と言うより、そんなにのんびりしていられる時間はもうない。

こんなところでいつまでもグズグズしていたら、きっとマネージャーが探しにやってくるはずだ。

さすがにここまで来て、これから自分がやろうとしていることを見られるわけにはいかない。


未佳は意を決して、ゆっくりながらも確実に、足を前へと歩み進ませる。

あと一歩足を進ませるだけで、この場所この世界とはおさらばだ。


未佳は最後に空を見上げながら目を閉じると、小さな溜息と共に前の方へと歩み落ちた・・・。






















ふっとやや冷え切った自分の頬に、温かくも冷たくもない風が吹き付ける。

何となくその風の中に、春に咲く花の香りが混じっているような気がした。

さらに頭上の空からは、先ほどまでぼんやり程度にしか見えなかったはずの太陽の日差しが、瞼を閉じた状態の顔をハッキリと照らしている。


だがそれと同時に、微かに自分の身体にある違和感・・・を感じた。


これは・・・、一体・・・・・・。

そう思って未佳はゆっくりと、閉じていた両目を開けてみる。



そこに広がっていたのは、どこまでも晴れ渡る青い空だった。

雲が無いわけではないが、これはまさに『快晴』と呼ぶに相応しい空だろう。


そんな空をぼんやりと見つめたまま、未佳は『あれ?』と思った。





確か私はさっき・・・、あの屋上から飛び降りたはず・・・。

嘘なんかじゃない。

ちゃんと飛び降りた。


あの顔や体に吹く向かい風。

まるで直下型ジェットコースターに乗って、高いところから滑り落ちるような感覚。



間違いなく私は・・・、屋上から飛び降りたのだ。

なのに何故、私は死んでいないのだろう。

一応横に倒れてはいるが、痛みはまったくない。

だがあの高さから落ちたにもかかわらず、まさか無傷で助かったとも考えがたい。


さらに何故か未佳の視界には、その飛び降りたはずの『SAND』のビルですら、何処にも目に入ってこない。

いや、むしろその前に・・・。

周りに高い建物自体がないのだ。



未佳は恐る恐る、その場からゆっくりと起き上がって辺りを見渡してみる。

すると自分の手の下にあったコンクリートのタイルに、微かにだが見覚えがあったことに気が付いた。

まるでついさっきまで、このタイルを見ていたような・・・。



「まさか・・・!!」



ふっと自分の中に浮かんだあり得ない予想を確かめるべく、未佳はそのタイルの上へと立ち上がり、そして目の前に広がった光景に思わず目を見開く。



未佳が立っていた場所。

そこは、たった今未佳が飛び降りたはずの、あの『SAND』のビルの屋上だった。

そこから見える景色を見ればすぐに分かる。

間違いなくここは、『SAND』のビルの上だ。




「どうして・・・?」


確かにここから飛び降りたはずなのに・・・。


まさか飛び降りたつもりになっていて、実はこの後ろにでも倒れてしまっていただけだったのだろうか。

だがもしそうだったとしても、こんなコンクリートしかないような場所で、無傷で助かっているのはおかし過ぎる。

絶対に多少の痛みや、掠り傷程度くらいは負っているはずなのに・・・。



「なんで・・・? ・・・・・・なんで死んでないの・・・!? どうしてっ!」

〔お姉さん。・・・坂井未佳さん(・・・・・・)だよね?〕

「・・・っ!?」


ふっと突然聞こえてきたその声に、未佳は弾かれたようにハッと後ろを振り返る。


そこには、小学生くらいの小さな少年が一人、未佳の真後ろに立っていた。



その身長や顔立ち、まだ幼さを残す舌っ足らずの声などから考えると、年齢的には小学3年生から4年生と言ったところだろうか。


だがその少年の服装は、実に風変わりなものだった。

何故ならその少年の服装は、上は紺色のブレザーのような服を着込み、襟元には白と青の2色リボン。

そして下には、まだこんなに寒い季節であるにもかかわらず、何故か腿の上辺りまでしかないグレーの短パン。

その下には、やや膝上まである長いブラックブルーソックスと、少しだけヒールの高いブラックパンプスを履き込んでいた。



そんな何百年か前のイギリス人を思わせるかのような格好の少年だったが、中でも一番に未佳を驚かせたのは、その少年の両目・・・。

顔立ち的には明らかに日本風であるにもかかわらず、その少年の両目は、信じられないほど美しい蒼色に光り輝いていた。


瞳孔の色自体は、一般的な黒い色のまま。

しかし本来の日本人なら茶褐色か焦げ茶色のはずの外角部分は、まるで蒼い海のようなアクア・ブルーカラーをしていたのである。


その見つめているだけでも吸い込まれてしまいそうな両目の色に、未佳はしばし見惚れてしまいそうな気持ちになったが、ここでようやく今の自分達の現状を思い起こした。



今はこんな目に気を取られている場合ではない。

こんな呑気に構えてられる時じゃないのだ。


「・・・・・・あなたは・・・、誰? それにどうやってここに・・・。ここは立ち入り禁止の場所なのよ?」

〔・・・・・・・・・僕の名前は『リオ』〕

「? ・・・・・・・・・リオ・・・?」

〔うん、リオ。・・・僕は人間の世界よりも、ずっとずっと遠いところからやって来たんだ〕


まだ舌ったらずに等しい喋り方で、少年は自分の名前をそう名乗った。


今聞いた名前からすると、どうも日本人ではなさそうだ。

だとすると何処かの国のハーフなのだろうか。

確かにこの少年の両目は蒼いが・・・。




しかしそれにしても・・・。

今日は変なことが立て続けに起こる・・・。


『死のう』と思い飛び降りてみたら死んではおらず。

ただただ無傷のまま後ろに倒れて、挙句の果てには変な子供まで目の前に現れる。


『人間の世界よりもずっとずっと遠いところ』とは、一体どんな物語から引っ張り出してきた言葉なのだろうか。

教育上宜しくないと思うのと同時に、何故こんな小さな子供から目を離すのだろうかと、少々何処にも姿が見られない親にムッとした。



ここにこんな子供がいるということは、おそらくここのアーティースかマネージャー、あるいはスタッフ関係者の子供なのだろう。


だがそれならそもそも、こんなところにこんな小さな子供を連れてこないでほしいと思う。

結局こうして周りに迷惑を掛けることにはなるし、平気でこんな屋上にまで遊びに入ってきてしまうのは危険だ。

ましてやこの屋上には未佳の行動でも分かったとおり、飛び降り防止のための柵やフェンスもないのだから。



(まったく・・・。最近の親って、子供に対する危機感もないの?)



そんなことを頭の片隅で呟いたと同時に、再びリオの口が静かに開け放たれる。




そしてリオはハッキリと・・・。

未佳に対してこう告げた。



〔坂井未佳さん・・・。あなたはとある事情により《予約死亡》になりました。・・・本当に死ねるのは6ヶ月後(・・・・)です〕

「・・・・・・・・・えっ・・・」




これが・・・・・・。



坂井未佳の最初の1日目だった・・・。


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