17.キジも鳴かずば撃たれまい
翌朝。
未佳はいつもと同じように、栗野の車で事務所に向かっていた。
ただいつもと違ったことは、未佳の隣に絶えずいたはずのリオが、今日は何処にもいないということ。
昨日は一緒にバスに乗って帰ったのだが、そのあとからリオが何処にもいなくなってしまったのだ。
あの日から今日で丁度一週間。
リオの存在を認めた未佳にとって、それは一種の不安材料に他ならない。
そもそもリオの存在というのは、未佳にとって『自分が予約死亡になっている』という、一種の証明の形でもあった。
そのため今は、少々『予約死亡』を信じてきたこの一週間が、未佳にとって“夢”のように感じる。
『本当はまだ死んではいないのではないか』という不安に駆られてしまってしょうがない。
(でもまあ・・・。私が原因よね・・・)
リオが姿を消した理由は多かれ少なかれ、昨日バス停で話していた会話のせいだろう。
きっと未佳やメンバーと一緒にいる日が浅いリオにとって、昨日のあの話は衝撃的過ぎたに違いない。
リオは自分のことをほとんど話そうとはしないが、未佳が自殺した理由はきっと知らない。
だから余計に、昨日の話には驚いたのだろう。
現に未佳はこの一週間、メンバーとは笑顔を絶やさずに接していた。
それが全て『作リモノ』だったなんて、一体誰が気付くだろう。
きっと、それに気付く者は誰一人としていない。
昨日のように、未佳が自らの口を割らない限り・・・。
(・・・私も、リオみたいに消えられたら・・・)
「未佳さん。着きましたよ」
「あ、はい」
事務所の中へ入ってみると、やはり手神が一番に到着していた。
今日は『かごめ歌』のレコーディングを行う予定なので、今頃は一人勝手にキーボードを弾いているに違いない。
レコーディング室は3階と4階に設けられており、今日は4階で行う予定だ。
ちなみに3階は、あの小屋木がライヴの発声練習を行っている。
エレベーターで上へと上がり、そこからレコーディング室へと向かった。
レコーディング室は、エレベーターの目の前にある。
入り口の引き戸ドアを開けてみると、やはりキーボードのノリのあるメロディーが流れていた。
「おはようございます。手神さん」
「あっ! おはようございます。今日は・・・、ちょっと空がどんより気味ですね」
「えっ? あぁ~・・・。そう言えば昼前から雨が降るって、さっきテレビで・・・」
ふっと今日の朝にやっていた天気予報を思い出した未佳は、レコーディング室にある窓の方に寄ってみる。
窓から空を見てみれば、空全体が雨雲によって灰色に染まっていた。
確かに手神が言うとおり、今日はかなりのどんより空である。
これではいつ雨が降ってきてもおかしくない。
「一昨日とかみたいに強く降らないだろうけど・・・」
「少しテンションは下がる?」
「まあ・・・、ちょっとね」
そう苦笑しながら頷くと、それと同時に入り口の扉がゆっくりと開いた。
そこには、いつも遅刻がちでもある厘が、片手に缶コーヒーを持ったまま立っている。
「・・・あれ? まだ二人だけ?」
「小歩路さんがやってきたってことは・・・、今は30分前くらい?」
「うん。10時28分・・・。お決まりの時間ですね」
手神は自分の腕時計を見ながら言った。
ということは、遅れているのは長谷川だけということになる。
「さとっち、来るん?」
「一応、昨日『明日、仕事あるよ』って言っておいたんだけど・・・」
「やっぱり、熱が下がってないんじゃないかなぁ・・・」
それを聞いた未佳は内心『まさか昨日歌ったせい?』などと余計なことを考えてしまった。
でも考えてみれば、それよりも前に長谷川はギターを弾いていたのだ。
本当にマズくなったのだとしたら、その時からもう既に起こっていたはず・・・。
今はとりあえず、そんな言い訳で逃げてみる。
『最低女』だと思った。
(何勝手に言い訳思い付いてんのよぉ~! 私はぁ~っ!)
「じゃあ・・・。小歩路さんの詞からやる?」
そう手神が二人に尋ねた。
その時だ。
「おはようございまーす!」
その声に未佳達は思わず、入り口の扉の方を振り返る。
そこには、肩にギターケースを背負った長谷川が笑顔で立っていた。
その姿を見るや否や、メンバーの顔に安堵の笑みが浮かぶ。
「長谷川くん、おはよう!」
「遅いよ、さとっち」
「ウチより遅刻やけど、まあ今日はいっか・・・」
「そんな厳しいこと言わないでくださいよ! こっちこれでも朝起きて、体温測って、ほんで急いでここに来たんですから!」
「「「ハハハッ!」」」
復活早々始まった長谷川弄りを、未佳は素の笑みを浮かべながら笑った。
(でもまあ・・・。ちゃんと来るとは、思ってたけどね)
別に昨日の様子を、今日ここにやってくることの確信に繋げたわけではない。
現に先ほどまで、未佳は普通に『来るかなぁ』と心配で気が気ではなかった。
だがそんな想いのまま振り返った窓の外の景色を見て、やっとホッとしたのだ。
何故なら、その窓の向こうにある景色が、少し儚げに降り注ぐ雨空になっていたのだから・・・。
その後未佳達は、この間からなかなかできずにいた『かごめ歌』のレコーディングを行った。
基本レコーディングは、最初に楽器やアレンジなどによって完成した曲を録音し、それにヴォーカルが歌を乗せることによって出来上がる。
今回はこの最初の段階を録音する前に長谷川がダウンしたため、いくら未佳が歌える状態であっても、レコーディングを行うことは一切できなかったというわけだ。
そしてその後。
なかなかできずにいたレコーディングは、前回にアレンジや歌い方を決めていたせいか、思いの外早めに終了した。
時間はまだ1時ちょい前。
「空いた時間どないします?」
「あっ! ウチ、新曲の歌詞書いてきたから」
「おっ、早っ!」
厘が書いてきたという曲は、この間未佳がまとめて渡したサンプル曲の一つ。
渡した曲の中では、少々バラード調だったやつだ。
厘は基本、メモ用紙と鉛筆で、曲を聴きながら詞を書く。
そのためもメロ用紙には、同じように書き出して没になった歌詞などが大量に書かれている。
何ページかめくった後、厘はあるページだけを広げ、テーブルの上に置いた。
曲名は『声のない空』。
「小歩路さん、相変わらず早いなぁ~・・・」
「仕事出来なくて暇やったんやもん」
「すみません・・・」
「ところでこの歌詞・・・。何か元ネタがあるの?」
目を通して読む限り、その曲は何かの物語に反られているかの如く、状況を表すような文章が並んでいた。
厘がこういう歌詞を書く時は基本、アンデルセンだとか、昔話だとか、そう言ったものをテーマにしたものが多い。
そう思いながら問い掛けてみれば、厘からは『やはり』と言った感じの返事が返ってきた。
「うん。日本の昔話・・・、になるんかなぁ~? そんな感じの話」
「ふ~ん・・・」
「分かった! これ『キジも鳴かずば』でしょ?!」
「あっ! さとっち分かった?」
「最後のフレーズを読んだらピンッと」
「やっぱり?! ここで分かっちゃうかなぁ~って思ってたんやけど」
どうやらこれは、昔話の一つ『キジも鳴かずば』がモデルになっているようだが、それを知らない未佳と手神はただぽつんっとするだけだ。
話が分かる人達同士で話されても、こちらは一切としていい気はしない。
「ねぇ! 二人だけで盛り上がられても困るんだけど?」
「ん? あっ・・・。もしかして知らん?」
「知らなくて悪い?」
まるで知らないといけないような感じに聞き返され、未佳はムッとしながら、長谷川を睨み返した。
そもそもそんなマイナーな昔話など、知っている人の方が少ないだろう。
そんな感じに今にも言い出しそうな未佳の顔を見て、長谷川は慌てて口を開いた。
「あっ、いや! ・・・ほら。ことわざで『キジも鳴かずば撃たれまい』っていうのがあるでしょ? それの語源になった話ですよ。なんか実話だったみたいですけど」
「それって確か・・・。『余計なことを言わなければよかったのに』っていう意味のことわざよねぇ?」
「うん。よくテレビとかでそう言ってますよね。『墓穴を掘る』と似た意味の」
「まあ、そんな感じですね・・・」
そう言いながら頷くと、長谷川はその昔話の話をし出した。
「この話自体は、かなり古いものになるんですけど・・・。昔、よく大洪水が起こる村に『千代』っていう名前の小さな女の子と、その子のお父さんが一緒に暮らしてて。その家はかなり貧乏だったらしいんですよ。それである時、その千代が病気になって『小豆まんまが食べたい』って言い始めて」
「『小豆まんま』?」
それは今で言うところの『赤飯』のことだ。
ただ赤飯といえば、今も多少値段が高めの飯物だったはず。
「それって・・・、かなり高いんじゃない?」
「そう。でもお父さんはその子に食べさせたいから、村の人のお米一すくいと、小豆一握りを盗んでしまうんよ。それで、そのおかげで千代は助かるんやけど・・・。治ったあとで千代はなぁ、その赤飯のことを童歌で歌ってしまうんよ。『あーずきまんまさ たべた』って・・・」
「それとほぼ同じ時に村が水不足になって、雨を降らせるために、雨乞いの生き埋めをやろうっていう話になって・・・」
「えっ? でもさっき『洪水が』って・・・」
何やら矛盾した話に、手神は長谷川に話を聞き返した。
その聞き返しに、長谷川は『あぁ~』と、まるで言い忘れていたかのように頷く。
「それは雨が降ったらの話ですよ。雨が降らなかったらただの平地の場所なんですから」
「ああ・・・。そういうこと・・・」
「でなぁ。その生き埋めで埋める人間を選んだ時に、一人の村人が千代の歌を聞いてて、父親が泥棒をしたことがバレてしもたんや。それで親父は雨乞いのイケニエのために、生き埋めにされてしまうんねん」
「えっ・・・? それでその千代はどうなったの?」
「その後、しばらく千代はその埋められた場所に伏せたまま泣き続けるんやけど、ふっとある時いきなり泣き止んで、村から姿を消してしまうんよ」
それを聞いて『そういう話なんだ』とただ頷く未佳に、長谷川はちょいちょいと手をかざした。
「まだ話終わってない・・・」
「あっ、そうよね。まだ肝心のキジですら出てきてないし・・・」
「ハハ・・・。それで、その出来事から数年後に、ある猟師がキジを探してて・・・。目の前から鳴きながら飛んでいったキジを、その猟師は撃ち落とすんですよ。そしてそのキジが落ちた場所に向かってみたら、その撃たれ死んだキジを、今でいう中学生か高校生くらいに成長した千代が、無表情で抱えて立っているんです。猟師は『千代』と声を掛けるんですけど、千代はその声には答えず、ただ死んだキジに一言・・・」
《キジ・・・。お前も鳴かずば撃たれまいに・・・》
「そう言い残して姿を消す・・・っていうのが、昔話の『キジも鳴かずば』の話なんですよ」
「・・・・・・なんかすごく悲しいね・・・」
「それ、本当に実話?」
「さぁ? そういう噂だけですけど・・・。一応モデルとなった場所は存在するみたいですよ?」
話を聞いてもう一度歌詞をみれば、確かに今回の歌詞の中には、その物語をテーマにしたかのような文章が並んでいた。
それもかなり切なげに・・・。
「これ・・・。カップリングにする? それともシングル?」
「う~ん・・・。そのことなんだけど・・・」
「「「?」」」
ふっと何か提案があるかのように、手神が口を開いた。
未佳達はとりあえず、リーダーの案を聞こうと静かに口を閉じる。
ややあって、手神の口がゆっくりと開いた。
「アルバムにしない? 8枚目の・・・」
「あっ・・・、アルバム!? でも・・・、この間のヤツ出してから、まだ1ヶ月くらいしか経ってないですよ?!」
「でも、ほら。あれはベストアルバムだったから、あんまり新曲は入れてなかったでしょう? だから、今年のライヴも兼ねてどうかなぁ~って思ってたんだけど・・・。どう?」
実は今年の8月に『CARNELIAN・eyes』はデビュー10周年を記念したライヴを行う予定になっていた。
さらに詳しく言ってしまえば、この8月のライヴは、未佳が自殺する期間を選んだ理由にも大きく関係している。
大体予測はできるだろうが、ライヴ活動が完全に始動すれば、仕事は今まで以上に忙しくなるのは当然のこと。
となれば必然的に、自殺を行っている暇などなくなってしまう。
ましてや『事務所で飛び降りたい』などと条件を付けてしまっていれば尚更のこと・・・。
そう言った面なども考え、未佳はライヴの練習期間に入る前に、その身を屋上から投げた。
だが実際は、わけも分からぬ『予約死亡』のせいで生かされてしまっている。
しかも死亡するのは、このまま予定通りにいってしまえば、おそらくライヴツアー終了後の3日後予定。
ならばもう別に、ライヴどうこうは関係ない。
むしろ日付的に言ってしまえば、坂井未佳の終幕が10周年ライヴツアー終了後なのであれば、実にキリがいい。
周りもライヴ後であれば『仕事』『新曲製作』などと騒がない頃でもある。
全部が終わってスッキリした後、みんなとはさよなら・・・。
それも悪くないような気がした。
(とりあえず一区切りしてから・・・。っていうのもありよね・・・)
「ねぇ? ・・・どう?」
「私は賛成」
「ウチもええよ。今は丁度暇やし・・・」
「僕も賛成です。やっぱりライヴまでにはアルバムを出した方が・・・。昔の曲だけを集中的に歌うのも・・・、ねぇ」
「まあね・・・」
そんなメンバーの言葉を聞いて安心したのか、手神はサングラスの向こうに笑みを浮かべる。
そんな手神に、未佳は『一応リーダーなんだから、一々こっちの様子を伺わなくてもいいのに』と、やや苦笑混じの笑みを浮かべた。
「じゃあ・・・。あとのこととかは別の日とか、昼食後とかにやりましょうか」
「そうですね。んで・・・。昼食は?」
「各自でええんちゃう?」
「さすがに毎回『ザース』はねぇ~・・・」
「じゃあ・・・、そうしますか」
このあとと言っても、おそらく今日はレコーディングの結果を再確認。
それが終われば、新曲の楽譜を手神や長谷川に渡す程度だろう。
さすが」にキーも分からない曲を、今日一日だけで歌うところにまで持って行くのは到底無理な話だ。
ただそうなると、午後は少々未佳にとって暇な時間になるだろう。
何せ、今は特にやることがないのだから。
(サンプルメロディーでも作っていようかなぁ~・・・)
8月のライヴのことを考えれば、アルバムが発売されるのは7月の中旬頃。
ならばそれまでに、新曲のサンプルを作っておいた方がいいかもしれない。
別に曲は多めに作っても損はないし、たとえ本筋のアルバムに使われなくとも、その後のシングルやカップリングなどとして再利用される。
そうなれば、しばらくは仕事も忙しくならずに済むはずだ。
(・・・一石二鳥ね・・・。やっとくか・・・)
未佳はそんなことを思いながら、一旦事務所をあとにした。
『ブレイクタイム』
(2004年 7月)
※控え室での休憩時間に、皆でコーヒーを飲むメンバー。
手神
「ふぅー・・・」
さとっち
「なんか缶コーヒー飲んでる手神さん。絵になりますね」
手神
「そう? でもこの仕事の合間のコーヒー、結構好きなんだよねぇ~。ホッとするし」
みかっぺ
「分かる♪ 分かる♪ 何となく気持ちがスッキリして落ち着くんでしょ?」
さとっち
「しかも冷房効いてる部屋とかだと、逆に暖かい飲み物飲んだ方がホッとしますよね?」
みかっぺ
「うんうん♪ 事務所の自販機品数多いから。いつも『どれ飲も~う』みたいな」
栗野
「そういえば坂井さん。昨日100円玉を自動販売機のところで見たりしませんでした?」
さとっち・手神
((・・・・・・・・・(汗)))
みかっぺ
「えっ?見てないですけど・・・。二人は?」←(昨日の自販機の事情を知らない(笑))
手神
「さ、さぁ・・・?」
さとっち
「ちょっと存じ上げない・・・」←(緊張のあまり敬語(爆))
みかっぺ
「でもその100円玉がどうかしたの?」
栗野
「いえ、実は厘さんが・・・」
厘
「昨日飲み物買うたあと、あそこにお釣り落としてしもて」
さとっち・手神
「「んぐっ・・・! ブゥーッ!!∵≡Σ ̄゛)∵≡Σ ̄゛)」」←(コーヒー噴射・・・)
みかっぺ
「ちょっ・・・! 二人とも何やってんの?!」
さとっち・手神
「「ゲホッ!! ゴホッ!! ガホッ!!(咳)」」
と・・・、とりあえずあとで50円ずつ返しておこうかー(笑)