16.ギター&タンバリン
「・・・ねぇ。なんで部屋からギターの音色が聞こえてくるわけ?」
『ッ?! あっ、ちょっ・・・! い、今開けます! ちょっと待って!!』
半分有り得ない者の声を聞いて驚いたかのように、スピーカーで話していた相手はバタバタと激しい物音を立てながら、インターホンでの通信を切った。
その後も、何やらドアの向こうの室内から『ガシャンッ』や『ガタンッ』といった物音が、ハッキリとドアの隙間から聞こえてくる。
(一体何やってんの・・・)
少しばかりその物音に呆れていると、ようやくドアがゆっくりと開いた。
そのドアの奥からは、やはり驚いた様子の長谷川が、こちらをじっと見つめていた。
「さ、坂井さん・・・」
「・・・なんか心配して損したかも・・・」
「ハハ・・・・・・すみません」
「謝るくらいなら中に入れてほしいなぁー・・・。まだかなり寒いんだけど?」
「あっ・・・! どっ・・・、どうぞ!」
半分『図々しいなぁ』と自分で思いつつ、未佳は長谷川の自宅へと足を踏み入れた。
ふっと玄関で靴を脱ぐついでに、チラリと長谷川の顔色を確認してみる。
長谷川は昨日とは打って変わって、かなり体調は良さ気だった。
顔も昨日みたいに赤くはないし、会話だって普通に話せる。
歩行はまだ怠さが残っているせいなのか、多少体勢がフラついてはいたものの、一応しっかりと歩けている。
元々治すのが早いのは知っていたが、よくたった一日でここまで回復したものだと、ただただ未佳は驚いた。
「さとっち、風邪は? もう何ともないの?」
「えっ? ええ、まあ・・・。朝計ったら、7度4分だったんで」
それを聞いて一瞬『へぇー』とは思ったのだが、考えてみればまだ安心はできない。
そもそも人間は、朝起きた時の体温が一番低いものだ。
つまり、今は逆に体温が上がっている可能性が高い。
「・・・って、まだ安心できる体温じゃないじゃない」
「そ、そうですね・・・、ハハハ・・・。お茶入れてきます」
「あっ、いいよ。少し様子見に来ただけだし、飲みたくなったら自分で入れるから。それより・・・」
ふっと未佳が気になったのは、長谷川が先ほどまで弾いていたギターだ。
先ほどの曲を聞く限りでは、あれは未佳が作曲した曲ではない。
ということは、長谷川が作曲した曲なのだろうか。
どうしてもそれが気になり、未佳は長谷川に尋ねた。
「さっきの曲、提供か何かにするやつなの? 聞いたことない曲だったけど・・・」
「えっ? ・・・音、聞こえました?」
「うん、ドアの隙間から・・・。『ジャジャジャジャーン!!』って」
〔なんで『運命』?〕
「あぁ~・・・。まあ・・・、似たようなもんですけどね」
「ふ~ん」
ふっと軽く頷いたまま視線を変えた未佳は、長谷川のギターケースの隣に、半分懐かしいものが置いてあることに気が付いた。
それはやや大きめの赤い輪っか型で、その周りには沢山の小さなシンバルが取り付けられている楽器。
そして何より、それは未佳がライヴのあるコーナーで毎回使用していた、未佳にとって大事なものだった。
「あっ! タンバリン♪」
「ああ~。この前返そうと思ってたんですよ。一応留め具を直したんで・・・」
「そうそう。ここ外れちゃったんだよねぇ~・・・」
そう言いながら、未佳はタンバリンの持ち手近くに付いているシンバルのところを指で撫でた。
このタンバリンが壊れたのは、去年の真冬に行われたライヴの練習中でのこと。
いつものように楽曲に合わせてタンバリンを叩いていたところ、シンバルを留めていた金具が一ヵ所だけ外れ、その部分のシンバルが落ちてしまったのだ。
一応ライヴの方は、別のタンバリンを使用することによって補いはしたのだが、何せ普段使っているものではなかったというのもあり、少々扱いに手間取ったライヴになってしまった。
そしてそのライヴ後、このお気に入りタンバリンは長谷川が家に持ち帰り修理。
その結果直りはしたのだが、二人とも去年の忙しさのあまり、そのことをすっかり忘れてしまっていたというわけである。
「なんかこれ見ると叩きたくなるのよねぇ~」
そう思い叩いてみれば、懐かしい『パンッ』という音が聞こえてきた。
その音を聞いて再びノリだした未佳は、そのまま『パンッパンッ』と連続的に叩く。
するといつの間にか、長谷川もギターを弾き始めていた。
「なんかやります? 久々に・・・。ライヴやないけど」
「う~ん・・・。『愛の行方』とか?」
「『愛の行方』・・・う~ん・・・」
二人の言う『愛の行方』とは、去年出したアルバムのアルバム曲で、ファンにはそこそこ人気のあったやつだ。
曲の内容は、大切な人と少しだけ離れ掛ける女性が、必死にこの関係が崩れ離れぬよう祈る姿が歌われている。
『CARNELIAN・eyes』にしては、珍しくラヴソングだった曲だ。
「やります?」
「やっちゃう?」
「アコスティックで。出来ないことはないけれど、初めて・・・」
「フフッ」
そんな会話が一旦途絶えた次の瞬間には、長谷川はギターで前奏を奏でていた。
それに合わせて、未佳もタンバリンを叩きながら、歌が入るタイミングを見計らう。
アコースティックで行うのは初めてだったが、意外にも何処で入ればいいのかは一発で分かった。
(よし! 1・2・3・・・GO!)
い~つものみ~ちをぉー・・・ すぅこしだけ とぉまわりー・・・
そぉすることでぇ・・・ あの人に会えるとぉー しりぃ~ながーらー・・・
二つ肩を 並べぇてー・・・ よ~り添うよぉ~にぃ 歩いていく・・・
その手を握りぃー しーめながらぁー・・・
他愛もないことをぉ~ 言いあぁってぇ~・・・
いま~が おわぁ~らぬこーとをぉ・・・
たえ~ まな~く願う おさぁない自分
もう少しぃー 隣りにぃー いさぁーせてぇ~・・・
口では言い出せぬ 想いをむっねぇ~に だまぁってその手をぉー にーぎりぃー かえーしたぁー・・・
あーいのゆくえー・・・
それは誰もしーらなーい
知りたいようなぁー・・・ 気もしたぁーけぇ~れぇ~ど・・・
とめどなぁーく それっがぁー・・・ こわーく感じた~
私はまーだ ここでいい・・・
数で表せぬ時間の中・・・ 私はきーみとぉ~・・・ 過ごしてく~・・・
あーいかわらぁ~ず と・・・ 口にする せけん~のめぇ・・・
でもその傍ら・・・ 君へのぉー・・・ 愛はすこーし遠巻きぃー・・・
まるで 弱いあぁーめにぃ はーばーまれぇーたよう
もう 君のここぉーろがぁ・・・
靄のせいでぇ 見えないよ・・・
おもいーのまーまーに 伸ばすぅー この手ぇですら
あのひ~のように つか~めっなーい・・・
わたしぃ~は~ かわら~ずに ここにい~るよぉ~・・・
このこっえをぉー 君は いつー・・・ 聞いてぇーくれるだっろぉー・・・
あーいのゆくえー・・・
それはとてもみっがぁ~て・・・
てばなぁーせば きぃっと~・・・
何処かぁ遠くへ~ 飛んでーいく・・・
この手がすーこしだけぇ 傷だらけになぁってもぉ~ かまわーなーいー・・・
少しだけおとなぁに なぁった私をぉー・・・ 見つめ返してぇー・・・
あの時躊躇ったこーとに~・・・
もうー・・・ にぃーげださなぁーい
あーいのゆくえ~
行く先は何処なーの?
ちいっさな~ とぉーいに・・・
想いぃー はせるぅ~
わたしぃ~は きぃっとぉ~ しーあわせものねぇ~・・・
君と同じ とっこぉで・・・ いきてるんだか~らぁ~・・・
かたちなんてぇ なーくていい・・・
ただ心のかーたすみに 残ればいいー・・・
自由すっぎる~ もっの~に
すみかーなーんて いらーないのぉ・・・
明日は何処をー・・・ 彷徨おうか
何もかもがー・・・ わーからないかっら~
いっまぁー このときっはー・・・
キレイにぃー・・・ ひーかり かがぁー・・・ やぁー・・・ くー・・・うっよぉー・・・
最後は長谷川がギターを『ジャッジャッジャ』と鳴らし、曲はフィニッシュを迎えた。
「「イエーイ!」」
「たまにはライヴで二人だけでやるのもいいですね」
「『ミニカーネリアン』的な?」
「う~ん・・・。『ミニアイズ』?」
「『ミニアイズ』? えっ? 作っちゃう?」
「リーダーが許可下せば」
「ハハッ」
なんて言って笑っていれば、いつの間にか時刻は午後7時になっていた。
外もほとんど真っ暗である。
「あっ・・・。私、そろそろ帰らないと・・・」
「えっ? ・・・ホンマや。もう7時?! 送ってく?」
「いいよ。バスで帰れるから。電車もあるし・・・」
「いや、電車は止めとき」
そう普通に言う長谷川に、未佳はただただ苦笑した。
いくら一昨日のことが原因でも、これはダメだろうと思う。
「・・・完全に電車への信頼関係なくなったって感じね・・・。あっ! そういえば明日仕事なんだけど、さとっち来られそう?」
「・・・熱次第!」
「だよねぇ・・・。じゃあ、来られそうだったらよろしくね」
「あ、あぁ。はい。・・・今日はありがとう」
「ううん、こちらこそ・・・。また明日ね」
帰りはあまりにも在り来たりな言葉を交わした後、未佳は長谷川の家をあとにした。
その帰り道。
バス停で一人バスを待つ未佳が、ふっと隣で同じようにバスを待っているリオに、唐突にこう口を開いてきた。
「ねぇ・・・。私・・・、あと何日?」
〔? ・・・・・・あと4時間37分で、7日目になるよ・・・〕
「だいぶ減ったね・・・」
〔・・・どうしたの? 急に・・・〕
最初の頃までそんなことを一切聞かなかった未佳に、リオは半分不安げな表情を浮かべた。
一方の未佳は、半分思いつめたような表情を浮かべている。
その顔は、未佳と初めて会った時に見たものと、まったく同じものだった。
「私、今・・・。『あと少しで死ぬんだよね』って、久々に気が付いたんだ・・・。さとっちに『また明日ね』って言った時に・・・。私いつか・・・、そうみんなに言って、みんなを裏切る日が来るんだよね・・・。いつも当たり前に言ってた言葉が、自分にもメンバーにも、きっと一生分の後悔をつくるんだって・・・。私、今頃になって気が付いたよ」
〔・・・・・・・・・死んだこと・・・、後悔してる?〕
リオが躊躇いつつそう尋ねてみると、未佳は一瞬にして思いつめたような表情を消し去らせた。
一気に見え隠れする怒りのような表情。
しかしその中に、それと同じくらいの深い悲しみのような表情も存在していた。
きっとこれは、未佳が事務所から飛び降りた理由なのだろう。
でもそれを、リオは直接未佳に聞くことはできなかった。
なんだか知ってはいけないような気もしたし、まだ全てを知っても、自分は未佳に何も言えないような気がしたのだ。
「馬鹿なこと言わないで・・・! 私は間違ったことをしたなんて思ってない。周りが私のことを『逃げた』と言えば、たぶんその通りになるかもしれないけど・・・。でも私は・・・! 普通にしていることが精一杯だったの・・・。みんなと・・・、普通に接し続けるのが・・・」
でも最後に出てきたその単語だけは、リオは聞き逃すことができなかった。
〔・・・まさか・・・。メンバーが原因なの?〕
「っ!! ・・・」
そう聞き返した途端、未佳はまるで電気が走ったかのように、ビクンッと身体を一瞬だけ震わせた。
そんな未佳に、リオは再び聞き返す。
〔そうなの!?〕
「・・・・・・」
未佳は返事を返さない。
でもその表情がほんの少しだけ硬いものに変わったのは、それが『真実』であるという、何よりの証拠だった。
〔未佳さん? ・・・〕
「探してみたら? あなた・・・、私とずっと一緒にいるんでしょ?」
戸惑いながらも、リオは小さく頷く。
「なら分かるわよ。私が直接言わなくても・・・。いつか・・・、リオにも・・・」
〔・・・えっ? それ、どういう〕
「ほら。バス来たよ?」
まるでリオの問い掛けから逃げるように、未佳はバスの方に視線を向ける。
結局その出来事により、二人の会話はそこで途切れてしまった。
だが最後に未佳がリオに向けた笑みは、どこからどう見ても『偽り』だと分かるような、そんな作り笑顔で・・・。
今にも跡形もなく壊れてしまいそうな、泣き出してしまいそうな、そんな表情・・・。
そしてその笑みの奥に潜んでいたものは、怒りの感情でも、悲しみの感情でもない。
そこにいたのは、ただ深い寂寥の渦に呑まれている、一人の女性の姿だった。
その後、リオはまるで存在していないかの如く、未佳とは一切として、会話を交わそうとはしなかった。
予約死亡期限切れまで あと 174日
『100円』
(2004年 7月)
※事務所3階 自動販売機前。
手神
「ん? なんだ?」
さとっち
「なんか自販機の前に落ちて・・・。あっ」
手神・さとっち
「「100円!! ・・・・・・・・・」」
手神
「はっ、長谷川くん・・・」
さとっち
「な・・・、なんですか?」
手神
「これにあと20円足せば、大概の飲み物は買えるよね?」
さとっち
「そりゃあもちろん・・・。コーヒーも紅茶も炭酸も買えますよ。・・・・・・だから?」
手神
「譲って」
さとっち
「!! なんでっすか! 僕が最初に見つけたんですよ?!」←(ソコ?!)
手神
「いや、僕のが先。というわけで♪」
※と言って100円玉を拾い上げながら、財布から10円玉を2枚取り出す手神。
さとっち
「ちょっ・・・! 何さり気なく20円出してるんですか!! そんなん・・・、僕だってありますよ!」
※負けじと10円玉を2枚取り出すさとっち。
手神
「!! 長谷川くん、その20円は財布の中にしまって! 僕のだけで十分だから!!」
さとっち
「嫌です!!」
みかっぺ
「あれ~? 二人とも何やってるのー?」
手神
「あっ・・・」
さとっち
「坂井さん・・・」
みかっぺ
「あっ。なんだ、ちょうどイイじゃな~い♪ ねぇねぇ。久しぶりにキャラメル・ショコララテおごって~♪」
※一缶・・・140yen
手神・さとっち
「「えっ・・・?」」
結局全部取られる男性メンバー・・・。