141.The pile of a lie ・・・
事務所での楽曲レコーディング終了後。
朝から歌いっ放しで疲れたのか、未佳は栗野の車に揺られつつ、自宅までの数十分間、眠り続けていた。
それも窓側のドアに寄り掛かっているような軽い感じの体勢ではなく、まさに最後部座席に横になっての熟睡状態。
これでは車窓から車内を覗いたにしても、栗野しか車には乗っていないようにしか見えない。
ちなみに横の体勢になって、若干居場所を取られたような状態のリオは、身体を透かして未佳の上に乗るわけにもいかず。
渋々栗野の隣りである助手席に座っていた。
ただこの助手席にも、一応栗野の肩バッグがドサッと置かれていたのだが、それはこの際は見なかったことにして、身体を透かして座らせてもらっている。
しばらくして、車がガグンッと音を立てながら停止し、栗野が一旦エンジンを切る。
ライトの明かりが消えたことにより映し出された車窓の向こうには、見慣れた未佳の自宅マンション。
「・・・はい。未佳さ~ん?! 着きましたよー?? 起きてくださーい!!」
運転席から身をよじらせ、栗野が左手を伸ばしながら、未佳の肩辺りを軽く叩く。
ほんの4,5回ほどで、未佳はモソっと起き上がった。
「ぇっ・・・、あっ・・・・・・着いた・・・?」
「着きましたよ~。今日は、お疲れ様でしたっ。自宅に帰ったら、すぐに休んでください」
「ハ~イ・・・。お疲れ様ー。ハァ~・・・・・・」
まだ微妙に寝ぼけているのか、未佳は半開きの瞳で栗野に挨拶をしつつ、欠伸を一つ零した。
「じゃあ明日・・・またいつもの時間にこちらに迎えに出向きますんで」
「あぁ、明日・・・・・・。明日って、アルバム楽曲の制作と、小屋木さんのライヴ練習だっけ??」
「はい。・・・それと再来週は全体を通してのリハーサルなので、絶対に寝坊等しないように。いいですね?!」
「私よりもソレ、さとっちに言ってよー・・・。一番危なそうなアッチなんだから」
「はいはい。それはこちらも想定済みです」
そんな会話を軽く交わしつつ、未佳は車から降り、ドアをバタンッと閉めた。
そのあとは車が見えなくなるまで小さく右手を振り、見えなくなったところでマンションの中へと進む。
自宅に入って早々、未佳はリビングにあったソファーにカバンを放りつつ、ついでにそのソファーにドカッと座り倒れた。
「あ゛ぁ゛ー・・・疲れたー・・・」
〔今日歌だけだったもんね〕
「しかもレコーディングよ?! レコーディング!! いっち番神経使うのなのに、それが午前と午後だもん・・・。そりゃ持たないわよ・・・」
〔しかも明日も似たのだしね〕
「でも明日の方が楽。メンバーと一緒の作業だもん。レコーディングじゃなくて、歌のアレンジとかの作業だし・・・。それにコーラスの練習も、最近コツ掴んできた。場も和みはじめてきたし、何とかやってける」
〔・・・そっ?〕
「うん。・・・・・・よしっ! お風呂沸かしてこよっ♪」
そう言っておもむろに立ち上がりながら、未佳は給湯器のスイッチを数回押し、湯船に湯を張る。
今日は少し夜は冷え込むかもと思っていた頃、ふっとリビングの方からリオの声がした。
〔未佳さん。・・・未佳さーん〕
「ん? 何ー? 呼んだ~??」
〔電話のランプ。・・・なんか赤いのがピコピコしてる〕
「えっ・・・・・・留守電?」
それを聞きリビングの本棚上にある電話を見て見れば、確かに赤いランプが一定のテンポで点滅している。
点滅していたのは、留守番電話設定のボタン。
つまり、誰かから未佳がいない間に、電話が掛かってきたということだ。
「・・・・・・誰だろ・・・?」
『こんな平日に・・・』と思いつつ、ボタンを指で押してはみたが、電話からは何の伝言や声はなく、最後に受話器を切るような音だけが収められていた。
電話を掛けてきた時間も、今からざっと1時間ほど前の午後19時半。
最初はセールスか何かの電話ではないかと思っていたのだが、よく見てみればボタン横の電光掲示板に電話番号が映し出されていた。
しかもその番号は、未佳がよく見慣れていた電話番号。
電話を掛けてきた相手が分かり、未佳は急いでリダイヤル機能を押しながら、その相手に電話を掛け直す。
ほんの一時間ほど前に自宅電話で掛けていたのだ。
今のこの時間から考えてみても、外出しているとは思えない。
もし電話に出ないことがあるとするならば、既に寝室で眠ってしまっているか。
お風呂に入っているか。
しばらくして、未佳の掛けた電話から『ガチャッ』という音がした。
「あっ・・・、もしもし~? ・・・もしもーし??」
『・・・あっ・・・。未佳か?』
「うん、ウチ。未佳やけど・・・」
『・・・・・・詐欺ちゃうよな?』
「!! ちょーっとぉ! もう、娘の声聞いても分からへんの!? お父さん!!」
電話を寄越してきた相手は、未佳の実家で暮らす両親からであった。
電話に出た早々振り込め詐欺の類に間違われ、未佳は慣れ親しんだ相手にのみ使用する関西弁で反論する。
「別にお金の振り込み頼むほど、ウチ金欠やないよぉ~?! これでもまあまあええ法やもん!」
『ハハハハッ! 冗談や、冗談。そないに怒んなやぁ。ちょうどこのタイミングで電話掛けてきよたんやから、誰なのかは分かるわ』
「まあ、そらそうかもしれへんけど・・・」
ちょうど一昨日母親への誕生日プレゼントを買い送ったばかりであったので、何かしらの連絡はしてくるだろうと思ってはいた。
しかし、それがまさか家の方の電話であったことは計算外。
というのも、未佳は仕事上家を空けていることが多いので、基本的に電話は携帯の方に掛けてくるように言っているのだ。
にも関わらずこの両親はというと、懲りずにまたもや家電の方に電話を掛けてきたのである。
「せやけどなんで家電に掛けてくるん?! ウチこの前も言うたやん。『ウチは家空けてることが多いから、家電には掛けてこうへんで』って・・・。おかげでまた出損ねたやないの」
『いや~・・・。携帯の方の電話番号、まだまだ新しすぎて覚えきれとってなくてな。いっつもぉ~・・・掛ける時に掛け慣れてる方で掛けてしまうんや。ハハハハ・・・』
「もうっ・・・。それなら今度から、電話の横に私の携帯番号のメモ用紙なりなんなり置くようにしといてよぉ~」
ついでに胸中では、いい加減携帯の電話番号を覚えておいてほしいとさえ思う。
そもそも未佳が今の携帯電話を持つようになったのは、軽く15年ほど前。
その内仕事が忙しくなって、家の方の電話に出られなくなってきたのは、ざっと7年も前のことだ。
いくら電話を掛ける機会が少ないにしろ、せめて二人のどちらか片方の頭の中にだけは入れておいてほしい。
ちなみに未佳の両親は二人とも、携帯電話を所有していない。
常に二人一緒にいることが多かったり、職場で使用するような機会がないため、必要性を感じないからだそうなのだが、こういう時に携帯電話を持っていれば、一発で電話が掛けられるのに、とさえ思う。
「まあいいわ・・・。それよりお父さん。今お母さん、いてる~? どうせ電話最初に掛けてきたの、お母さんでしょ?」
『誕生日プレゼントのことで』と添えるように言ってみれば、言葉だけで何度も受話器の向こうで頷いているような声が聞こえてきた。
『ああ。ああ。せやで。・・・ちょっと待ってな? ・・・・・・・・・おーい? 未佳から電話やぞ~?!』
そんな父親の声が、受話器の向こうからやや小さめに聞こえてくる。
そしてその後、ガサゴソという小さな雑音がすると、受話器からこれまた聞き慣れた女性の声が聞こえてきた。
『はいはい・・・・・・。もしもし~?』
「もしもし~? お母さん?」
『ああ、未佳?』
「んー。夕方、こっちに電話掛けてきたやろ~? 今日」
『そうよ~? ・・・だって今日いきなりあんな宅急便が届いたんやもん・・・。お母さん、ビックリしてしもて・・・』
「ハハハハ。そう、届いたん・・・・・・えっ? プレゼント、今日届いたん??」
てっきり昨日の誕生日当日に届けられたと思っていたのだが、電話での母親の話によると、どうも実家に配達されたのは本日。
しかも夕方頃であるらしい。
『明日中に届けてほしい』と言ったのにと、未佳は受話器の向こうで溜息を吐く。
しかしよくよく話を聞いてみると、届いたのに遅れたのは店側の発注ミスなどではなく。
配達場所であった未佳の実家自体だった。
『そう。・・・いやね? 昨日お誕生日やったから、久々にお父さんと外に食べたり出掛けたりしとって・・・。それで家に帰ってみたら、不在表が』
「あぁ~・・・なるほどね・・・」
『それじゃあ届けられないわけだ』と、未佳は思う。
その後も詳しく聞いてみると、昨日は父親の車で昼頃から神戸の方にまでショッピングに出向き、そのあとは再び京都に戻り、少し高めな懐石料理を食してきたのだという。
そして自宅に帰ってきた頃には、時刻は既に夜の8時半を回っていて、もはや電話での再配達をすることもできなかったとのことだった。
「えぇ~?! せっかく誕生日に届くように日付け指定しておいたのにぃ~」
『そんなことより、未佳。あなたこのパールネックレス、かなりしたんやないの?? 貝パールやなくて本物の真珠やない』
「あぁ~、大丈夫♪ 大丈夫♪ ソコソコ貯金あるし、仕事で贅沢しとるから。・・・それにお母さん、昨日で記念日だったし。前から『真珠のネックレス欲しい』って言っとったしさ」
『それはどうやけど~・・・・・・。なんか思いっきり高い買い物みたいに感じてしもて・・・』
「そんなことないよ。お母さん」
『それに未佳・・・。お母さんはこんな高いプレゼント貰うより、早よ未佳の将来が決まってくれた方が嬉しわ』
「・・・・・・・・・・・・」
そんな話が電話から出るということは、出掛ける前から予期していた。
既にアーティストという名で活動し始めてから、早10年目。
にも関わらず、未だ未佳はその手のことには何もしていない。
見合いもしてなければ、相手も見つめていないのだ。
そもそも仕事上での契約上、結婚・恋愛は原則禁止となっている。
だからできない。
その現状については、一応両親にも伝えている。
伝えてはいるのだが。
『ねぇ~? 未佳~? ・・・好きな仕事やってるのもええけど、もうお母さん達も若くはないし・・・。できれば生きてる間に、安心させてほしいわ』
「・・・・・・・・・・・・」
『契約なんか分からへんけど・・・ある程度のことは決めたら、少し考えてほしいの。将来のこととか、今後の生活のこととか・・・』
「・・・・・・・・・・・・」
『ねぇ? ・・・・・・未佳?』
「・・・・・・うん・・・。分かってるよ・・・・・・」
今の自分がどうすべきかは・・・もう決めている。
決まっている。
「大丈夫。自分でその辺の判断とか決断はできるから」
『ホンマに~?』
「ホンマよ~。大丈夫♪ ・・・そんなことよりお母さん! 聞いたってよぉ~! この間仕事のイベントでなぁ~?!」
こうやって、また誤魔化す。
こうやって、また紛らわす。
仕方がない・・・。
しょうがない・・・。
今の未佳には・・・ただこうするしか、ないのだから・・・・・・。
予約死亡期限切れまで あと 159日
『におい』
(2003年 8月)
※事務所 控え室。
厘
(クンックンッ・・・(嗅))
「・・・ん?」
みかっぺ
「うん? どうしたの? 小歩路さん」
手神
「そんな臭いなんか嗅いだりして・・・。何か臭った??」
厘
「いや・・・・・・。なんか血の臭いせぇへん?(爆)」
みかっぺ・手神
「「ちっ・・・、血ぃ~ッ?!Σ(@0@;) Σ(■□■;)」」
厘
「そう。血・・・。ウチよくイノシシもらう時とかに、この臭い嗅ぐんやけど・・・。誰も怪我とかしてへんよね??」
みかっぺ
「しっ、してないわよ!!」
手神
「むしろ『血の臭い』って、どんな・・・(汗)」
厘
「なんか金属っぽい感じの・・・・・・ん?!Σ(″--)」
※ふっと臭いの元らしきものに近付く厘。
厘
「!! コレや!(発見) コレから血の臭いがしてる!!」
さとっち
「あの・・・僕のギターが何か?(爆)」
ただ単にギター弦が手汗でサビてただけ・・・(苦笑)