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140.一人出社の午後

「・・・・・・はい! OKでーす!! 次はBパート行きますんでー!」

「はーい!」


この日未佳はようやく、久方ぶりのレコーディング収録作業を行っていた。

レコーディングを行っていたのは、現段階で夏にリリースする予定のアルバム収録楽曲『わらべ歌』である。

他の曲よりも一足先にアレンジメロディーが完成していたということもあり、早速フルレコーディングを行ってしまおう、という話になったのだ。


それに実のことを言ってしまえば、この曲のレコーディングは昨日の段階でも行えたのだが、機材が間に合っていないだのなんだので、一日押していたのである。

今回のシングル曲に加え、アルバム収録予定楽曲数は、大体8曲。

リリースを8月と決めたとなれば、大体ひと月に1、2曲のペースで作業を進めなくてはならない。

あまりのんびりなどしていられなかった。


両耳に当てたヘッドフォン越しに聞こえてくるおどろおどろしいメロディーに合わせ、未佳のアルト調の歌声が響く。


「後ろの人影は誰でしょおー 似たけっはーい 感じてぇ 名をなーのぉーれー・・・」

《当てずっぽうでも構わない》

「早く 言ってしまえ 鬼がー・・・こちらを見ぬう~ちにっ イヤッ!!」

「・・・・・・・・・はい! いいです、OK! ・・・このまま次行きますよねー?」

「は~い」


レコーディング監督の一回ごとの判定も横目で見つつ、未佳は傍に置いていた水の入ったペットボトルへと口を付ける。

そんなレコーディング作業は、ざっと昼の1時近くにまで続いた。




「あ゛ぁ゛~・・・ッ! 疲れたー・・・」

〔だらしないなぁ~・・・〕


ふっと事務所近くのマーメイドに入った早々、盛大に机へとうつ伏せる未佳に、リオがゾト目で呟く。

確かに朝の10時20分出勤で、この時間までひたすら歌うだけであったのだから、疲労困憊となるのは分からないわけでもない。


しかしこの姿勢や見た目はやはりだらしない。

一応そこそこ知名度のあるアーティストグループのヴォーカルなのだ。

多少たりとも品格程度は持っていてほしいとも思う。


「だらしなくて結構・・・。どうせ体力のないこの身だしぃ~・・・」

〔(開き直ってどうする・・・)〕

「これで午後もレコーディングとかだったらホンット壊れる・・・。歌、歌うのってさぁ~。案外楽しそうに見えてかなり体力使うんだからねぇ~?」

〔いや、知ってるよ・・・。普段見てるもん〕

「・・・そっ?」

〔でも今日って個人的に初めてなパターン・・・〕

「えっ? 何が??」

〔だって誰もいないんでしょ? 今日〕

「・・・・・・あぁー・・・」


そうなのだ。

実はこの日、事務所に仕事として訪れているのは未佳と栗野のみであり、いつも何かしらでやってきているメンバー3人は休暇日だったのだ。

ただしこれにはそれぞれちゃんとした理由があり、長谷川は自宅で音楽を収録する通称『宅録』のため、自宅待機。

厘も会報誌に載せるためのエッセイ文の宿題を出され、今日は自宅に引きこもっている。

詳しくはよく分からないが、何でも厘はその手のは自宅ではなければ書けない質なのだという。

そしてリーダーである手神はというと、彼の場合は一番メンバーの中でも出勤回数が多いため、事務所側から直々に休暇を出されたのだ。

ようは有給休暇である。


また未佳がレコーディング作業を行っているので、メンバー同士での作業が行えないという面もあり、3人が休暇行きとなったのだ。


〔未佳さんって結構、メンバーいないと疲れやすいね・・・〕

「ズルイなぁ~・・・。特に手神さん・・・・・・。私もお休みホシィ~!! なんで私だけ出勤なのよぉー・・・!! もうっ!」

〔どうせ家でゴロゴロしてるだけじゃん・・・〕

「あ゛っ?! なんか言った!?」

〔イエ、別ニ何モ・・・〕


今にも蹴りつけてきそうな視線を前面に向けられたので、リオはとっさに視線を別の方角へと移す。


ふっとその視線の移した先に、何やらマーメイドの何かのドリンクがデカデカと写されたポスターが目についた。

どうやら新商品のドリンクを宣伝するためのポスターであるらしく、下の方にはそのドリンクの名前が書かれている。

少々人の目では未佳のテーブルからは読み取りにくい距離ではあったが、リオの目にはハッキリと『サクラ』というカタカナの文字が見て取れた。


〔・・・ん? ・・・・・・ねぇねぇ〕

「ん? 何??」

〔あのポスターの『サクラ』何とかって、何のやつ?〕

「・・・あぁ。アレ春限定のっ、よく読めまたわね、この距離で・・・。春限定のドリンク広告でしょ? さっきレジにも貼ってあったよ。確か名前さ」

〔サクラホワイト・ストロベリークランチ・フラペチーノ〕

「!! ・・・だからよく読めるわね・・・。私目悪くないけど、さすがにこの距離じゃ読めないよ」

〔えっ? すごいハッキリしてるじゃん〕

「何処がぁ!?」


とりあえずツッコミだけは入れつつ『一体どんな目してるのよ・・・』と思いながら、未佳はもう一度ポスターの方に視線を移す。


毎年3月の中旬頃から発売される期間限定のものだけに、もうそんな時期かとも思った。

まだ大阪の方の桜は咲きそうで咲いていないが、あと1週間も経たないうちに満開に咲き誇るだろう。

気付けば周りの人々も春らしい薄手の格好をした人達が目立ち始めたし、街のデパートなどには早くも初夏向けのファッションなどが並び始めた。

なんだかんだでもう、春は目の前である。


(でも春なんて短い季節だし・・・。夏なんてあっという間ね・・・・・・)

〔『サクラ』って・・・あの『桜』だよね? ・・・・・・人って、桜も食べるの??〕

「・・・・・・エッ? う、うん・・・。食べるよ? 花とか実とか・・・。『サクランボ』とか『チェリー』とか言うじゃない? ・・・・・・あと葉っぱも食べるし」

〔葉っぱ?!〕

「葉っぱ食べるわよー。ほら。道明寺とか・・・。関東だと桜餅だっけ? アレで使ってるじゃない」

〔・・・・・・人間って何でも食べるんだね。未佳さんはピーマン無理みたいだけど〕

「その言い方止めなさい。リオ。・・・一応私の嫌いな野菜ピックアップしたのはいいけど、人様の印象悪くなるから止めなさい」

〔でもこの間残してたよね? その手の・・・葉っぱ巻いてるやつで〕

「えっ? 私葉っぱまで食べる派よ? そんな残したりなんかしないし」


『大体どうやって残すのよ』と、未佳は内心愚痴る。


たった今未佳が言ったが、関東のベタベタした生地で包まれていない桜餅とは異なり、関西は粘着質のあるもち米生地で包まれた道明寺タイプ。

どうやったってあの葉っぱ部分を剥がして食すのには無理がある。

仮にやってみたとしても、きっと外側のもち米部分は大幅に剥がれてしまって、最終的にあんこだけの状況となってしまうか。

それかもしくはグチャグチャに契れてしまうかのいずれかとなってしまうはずだ。


何より道明寺をリオの前でそのような食べ方をした記憶がない。

いや、それ以前に重要なこととして、リオの前で道明寺を食べた記憶自体がないのだ。


「リオ・・・。あなた何かと桜道明寺間違えてない? 私そんな食べ方した記憶もないし、リオの前で食べた記憶もないんだけど・・・?」

〔あれ? なかったっけ?? 前に楽屋で食べてたよ?〕

「楽屋?」

〔うん。・・・メンバー4人で〕

「・・・いつ頃?」

〔最初の頃。このくらいのパックに4つ入りで入ってたやつ・・・〕


そう言ってリオが小さな手で表した大きさは、大体6個入り卵のパックと同じ大きさのもの。

もちろん葉が巻かれているものなのだろうから、卵なわけはないのだろうが。


「そんなのあった~??」

〔あったよ。あった〕

「・・・・・・・・・・・・」

〔それでなんか小歩路さんが『こんなん一年中出しとったら、ホンマの食べられとる時期分からななるやんなぁ~』とか言ってた〕

「・・・・・・リオ、それ・・・」

〔うん?〕

「・・・お餅何色?」

〔白と緑〕

「葉っぱ薄かった?」

〔厚い〕

「お餅どんな形?」

〔平べったい真ん丸〕

「うん! 柏餅でしょ!! ソレぇ!!」


『間違っても食べないわよ』とぶつくさ言いながら、未佳はアイスキャラメル・マキアートを一気にストローで吸い上げる。

『チュー・・・』という微かな音と共に、中身の量が2センチほど低く下がる。


〔えっ? そっちは食べないの??〕

「食べられる葉っぱに見える?! あんな分厚くて芯が固いやつ・・・!」

〔でもそういうところがまた人間じゃん〕

「食・べ・な・い! 絶対に翌日待たずにお腹壊すわよ。あんなの食べたら・・・」

〔じゃあなんで食べられない葉っぱで巻いてるの?〕

「・・・・・・・・・・・・」


時折リオはこの手の質問を寄越してくる。

人間の感覚などがよく分からないためであるのだろうが、たまにそうした問い掛けの中には、大人ですら答えにくい内容のものもあり、未佳はよく頭を使わせられるのだ。現にこの時のリオの質問も、未佳はしばらく『う~ん・・・』と頭上を見上げさせられてしまった。


「・・・・・・・・・なんでだろうね? 理由がないわけじゃないんだろうけど・・・」

〔この間のアサリパスタもよく分かんなかったよね。なんか・・・〕

「ん? ・・・・・・あぁ、ハハハ・・・。『ボンゴレ・ビアンコはなんで殻ごとアサリ入れるのか』って言うのでしょ? ・・・あれはアサリを生きたままやるためでしょ? 生きてるまんまだと殻から出しにくいし、それに殻から出したら死んじゃうじゃない。新鮮なままで調理するために殻ごとなんじゃないの? それに盛り付けた時に見栄えもいいし」

〔お寿司とかで海老の尻尾とか頭とか付いたまんまなのは?〕

「・・・あれも同じでしょ? 新鮮さと見栄え。特に頭付きなんて、鮮度いいのじゃないとできないし。取ってある方が食べやすいけど・・・なんかねぇ~・・・」


さらについでに言うと、未佳はあの海老の頭を外した際にわずかに身に付く海老味噌も大好きなのだ。

そうした楽しみでさえ『食べやすい』ということに意識を向けてしまったらなくなってしまう。


〔でも柏餅の葉っぱはそれとは理由違うよね?〕

「そうね・・・。新鮮かそうじゃないかって聞かれたらとっくにご臨終してるし。見栄えもー・・・」

〔花無いしね〕

「・・・・・・・・・それどっち?! 見た目?? 印象??」

〔両方〕

「あっそ・・・。・・・・・・・・・案外小歩路さんとか栗野さんとか、聞いたら知ってるのかなぁ~・・・。今日何なら栗野さんに聞いてみよっか? 私も興味あるし」

〔えっ? いいの?〕

「うん♪ ・・・・・・・・・・・・あっ! そういえばカード無くなってたんだ・・・。リオちょっと席にいて。私カード買ってくる」

〔あっ、うん〕


未佳の言う『カード』とは、マーメイドの専用カードのことであり、そのカードを提示することによって、カード内の金額が0になるまで、購入時に小銭や紙札を出さなくてもいいという代物だ。

種類は全部で1500円のものと3000円ものがあるのだが、未佳はよく足を運ぶことが多いので、3000円分のカードを購入している。

だがどうやら今日はそのカード内の金額を、すべて今回の昼食で使い切ってしまったようだ。


〔(にしても毎回思うけど・・・。人に見えない僕が席見張っててもしょうがないと思うんだけど・・・。しかも財布以外の、みんな置きっ放しだし・・・)〕


『僕が人に触れられるとでも思ってるのか?』などと考えながら、待ち続けること約5分。

ふっと、未佳がいやに上機嫌な様子で帰ってきた。

しかも何やら買ったカードではなくレシートを見てニヤニヤとしている。


〔・・・・・・どした~?〕

「キタ・・・。キタ! キタッ! キタッ!! アンケ無料♪♪」

〔は? 何ソレ?〕

「パソコンとか携帯でアンケートやると、パスワードがもらえるんだけど。そのパスワードをこのレシートのマス目に入れて、今度お店行った時に持ってくれば、ドリンクが一杯タダになるの♪」

〔・・・・・・へぇー・・・〕


『なんだ、タダになるだけか』と、リオはさぞ興味なさげに返事を返したが、途端に未佳の顔が真剣な形相へと変わった。


「もうっ! そんな軽く受け流さいでよ!! コレ、軽く500人に一人の割り合いで出てくる、すっ・・・ごいレアなやつなんだからねぇ?!」

〔へぇー・・・。相変わらずくじ運いいね。未佳さん〕

「それだけじゃないわよ! コレでタダになるドリンク、すっごい高いのでも新作メニューでもいんだから! ・・・しかもサイズも自由!!」

〔サイズ・・・・・・。tallとか?〕

「tallどころかVintageもアリよ! アリ!! あとトッピングもし放題!!」

〔・・・・・・・・・えっ? 嘘っ〕

「ホント! ・・・ソレ今来たのっ! レシートで!!」

〔じゃあ今度僕の分ソレでやってよ〕

「はぁっ?! なんで!?」

〔いいじゃん!〕

「よくない! 私が当たったんだから!!」

〔ちょうだい!!〕

「ダーメッ!!」


しばし人が空いているかつ、人目に付かないような席であったことをいいことに、二人は一つのレシートを巡って、一対一の取り合い合戦をしているのだった。


『最先端』

(2008年 8月)


※京都 ジャケット撮影場所。


さとっち

「あっ・・・。手神さん、普通のミックスソフトにしたんっすか?」


手神

「うん。懐かしいから・・・(笑) 長谷川くんは?」


さとっち

「僕は物珍しさでマロンっす(笑)」


「あぁ~。ウチもマロン迷ったわ」


手神

「小歩路さんは何に?」


「ウチ、巨峰。・・・あっ。みかっぺも巨峰~?(尋)」


みかっぺ

「うう~ん。私ラベンダー(^0^)」


※数時間後。


栗野

「は~い! 皆さん、ドンドン注文したいラーメン言ってってー!」


さとっち

「僕味噌!」


「ウチ豚骨」


手神

「私は塩で」


栗野

「すみません、豚骨2つで。・・・未佳さんはー?」


みかっぺ

「私チーズトマトラーメン!」


※さらに数時間後 撮影場所付近の雑貨店。


「お土産どないしょうかなぁ~(迷)」


さとっち

「僕フツーに食いもんの煎餅で(笑)」


手神

「僕はこのグラスにでもしようかな。ちょうどこの間ウッカリ割っちゃって(^_^;)」


「ほなら・・・ウチはこの小物入れにでもしよかな? 木で出来とってかわええし・・・。みかっぺは?」


みかっぺ

「私はコレ♪」


さとっち

「ん?(見) ・・・何やそれ? ただ四角い箱ん中に花がぎっしり詰め込まれてるだけやんか(ーー゛)」


「確かに見た目はキレイでええけど・・・(^_^;) これじゃあ花瓶にも活けられへんやん。こんなん買ってどないするん?」


みかっぺ

「えっ? 違うよぉ~! コレお花じゃなくて、入浴剤だもん!!(訂正)」


さとっち・厘・手神

「「「にゅっ・・・、入浴剤?!(驚)」」」


みかっぺ

「そうよ! コレを湯舟に浮かべて、香りを楽しむの!! ・・・えっ? もしかしてみんな知らないの?!(驚)」



彼女はいつも、僕らの上を行っている・・・(by さとっち)


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