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137.仲互いの午後

午前中での作業と昼食が終わり、未佳達4人は現在、ロケバスに乗り、午後に撮影のため訪れる予定のレコード店へ向かっていた。

と言っても、そのレコード店は大阪市内にある店舗なので、バスでの移動となればすぐに到着する。


ちなみにそのレコード店へは、過去にも何度か撮影のため訪れていたことがあり、未佳達からしてみれば顔馴染みの店舗であった。


「そういえばあそこー・・・。なんや最近改装工事やったらしいな?」


ふっと自分が座っている座席の後ろを振り返りながら、長谷川が言った。

ちなみにこの時、未佳以外の人間は全員、長谷川の後ろの座席に縦並びで座っている。

よって今の長谷川の話は、未佳以外の面々に対して口にしたものだ。


「なんか今スマホでサイト見てみたら、トップページに『リニューアルオープン』って・・・」

「えっ? そうなん??」

「うん。先、週~の・・・水曜日にオープンしたんやな。なんや写真も前のとちょっと違てるし・・・」


『ほら』と言って後ろに座っている厘と手神にスマホ画像を見せると、遠巻きながらも確認できたのか、二人は『うんうん』と小さく頷き返す。


「まあ~、でも・・・。あそこ少し建物がボロかったからね」

「そう・・・っすね。十~・・・何年経ってるんやろ?? 結構年期入ってましたもんね」

「えっ? 建物全部取り壊してやったん?!」

「・・・じゃないっすか? 写真見た感じやと・・・。だってちょっと危なそうな建物やったやないですか」


そう言われて以前の外装の様子を思い出してみると、確かに看板や周りの塗装の多くは剥がれ落ち、壁はひび割れだらけ。

店内も若干薄暗く、天井もボロボロ。

さらに建築方法なども古い造り方であったため、構造上での柱がほとんどなかった。

大震災以来耐震性の優れた建物を求めるようになった今、あの手の建物は少々耐久性に問題がある。


さらにここ最近の流れで、世間では楽曲等でのダウンロード化が進み、CDの売り上げが大幅に下落。

そのため多くの店舗では、CD販売以外の分野での客寄せ。

たとえば喫茶店を店内に設置したり、本物のアーティストを招きイベントを行うなど、人が立ち寄りそうなサービスや環境を設けるのが主流化していた。

そしてその戦略のためだけに、店内の改装工事や建て直しをする店舗も少なくはない。

おそらくこのレコード店も、こうしたいくつもの理由が重なって、店内全改装のリニューアルを行ったのだろう。


「ならちょっと楽しみだね♪ どんな感じになってるか・・・」

「うん」

「・・・・・・・・・・・・」

「せやね」

「ねっ」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・?」


ふっと後ろ3人に対して声を掛けた未佳であったが、何故か一番近い位置にいる長谷川だけ、この未佳の振りに何も答えない。

自分から話題を振ったくせに聞こえないのかと、座席の背凭れの上から覗いてみるが、特にイヤホンで音楽を聴いているわけでもない。

強いて言うならばスマホを触っていることぐらいだが、見たところスマホの画面に映し出されているのはそのレコード店のサイトであるらしく、別にゲームなどをしているわけではない。


では何故長谷川は、未佳の振り会話に何も答えないのか。


そういえば先ほどの昼食の辺りから、長谷川が何も話さなくなったように思う。

いや。

正確には、他の人達との普段通りの会話はしていたが、こちらの会話には一切混ざってこなかった。

当然、未佳に話し掛けてくることもしていない。

おそらく同メンバーの中では一番会話率の高い人間であったはずなのに、今頃になってその態度に気が付いた。


そしてもしそうであるのならば、長谷川がこのような態度を取る理由はただ一つ。


(今日一日口利かないつもりか・・・)


『話そうとしない』ではなく『話さない』という態度を返しているのだと察した未佳は、一瞬表情をムッとさせつつ、再び背凭れ上から長谷川を見下ろす。


「楽しみだね~♪」

「・・・・・・・・・・・・」

「店内どんな感じになってるのかなぁ~?? レトロ系かなぁ~・・・。アンティーク系かなぁ~・・・。喫茶店とか入ってるのかな?」

「・・・・・・・・・・・・」


一応、試しに前屈みのような体制になっている長谷川の背中に向けて、機嫌が良い時に出している声で話し掛けてみる。

ほぼ長谷川一人をターゲットにしたような話し掛け方だったのだが、やはり長谷川は何も返してこない。

それどころか、こちらにチラリと身体や目を向かわせる素振りもない。

明らかに意図的な無視。


気付けば長谷川の後ろの座席に座っていた厘が、何やら状況を察してか、未佳に対し芳しくない表情で首を横に振っている。

その表情から読み取れる言葉は、心配か警戒か。

いずれにせよ、これはこちら側の問題であるということもあり、それこそ未佳は、あえて視界に映らない振りをした。


「さとっち~? 聞いてる~??」

「・・・・・・・・・・・・」

「ねぇ~・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


ハッキリと長谷川ただ一人にピンポイントを当ててみたが、やはり長谷川は何も返してこない。

ただレコード店のサイトを、スマホで操作しながら見ているだけ。

しかも先ほどから同じページを何度もスクロールしているところを見ると、もはや未佳の会話や視線から逃れるためだけに触れているようだ。


(カァ~ッ!! 何よ、この態度・・・! 必要もないのにスマホ弄って~・・・!!)


『電池すぐ無くなるわよ!!』などと、さも心配していないことを脳内だけで怒鳴り散らし、未佳は長谷川を氷のような表情で見下ろす。


するとその未佳の視線を背中越しに感じたのか。

はたまたスマホの画面にでも未佳の顔が映り込んだのか、長谷川が一瞬こちらを見ずに身じろぐ。

しかし、やはりこちらに顔を向ける素振りはない。


「ねぇ~、なんで無視するのよぉ~。さとっち~??」


もちろん本人に聞かずとも、その理由に関してのおおよその見当は付いていた。

ただわざわざ長谷川に話し掛けるような内容の話が、これ以外に他思い付かなかったのだ。


半分力の抜けたような声で問いてみると、ふっと長谷川は屈んでいた体制から身を起こし、今度は未佳にスマホの画面が見えない体制で、何やら作業をし始めた。

もちろん、目線は相変わらずのごとく合わせない。

こうして『何をしているのだろう』と思った時、カバンの中に入れていた自身の携帯が、激しく2回ほどバイブした。

すぐにメールであると理解し、未佳はいつもの白い携帯をカバンの中から引っ張り出す。

画面に映し出されたメールの差出人名は、この目の前で真顔のままスマホを触っているギタリスト。

話さない代わりに何を送り付けてきたのかと軽い動作でメールを開き、そこに映し出された文章を見て、手が止まる。



Time    13:23

From    長谷川智志

Subject


話し掛けんな



ただそれだけ。

普通の気の小さい長谷川にしては、これだけの言葉でもかなりの棘を感じる。


例の写真のことが気に食わないことは分かってはいたが、こうメールで堂々と書かれると、少しばかり胸の辺りにチクリと来るものがある。


ここで一応謝っておけば、多少たりとも状況は変わっていたはずだろう。

しかし、基本的に自分の非を認めない性格の未佳が、このメールを読んで謝るだなんて行動を起こすはずがない。

むしろ、未佳の中で湧き上がってきた感情は、悲しいばかりの怒りであった。


「何よ・・・・・・。何よ、何よ! 何よ!! そんなにムカついたんやったら、ずっとそうしてれば?! こっちやて・・・、五月蠅いさとっちの声が無くなったらせいぜいするわよ!!」

「・・・ッ!」

「もう口利かないでっ!!」


結局思っていた感情とはまったく真逆な言葉を最後に吐き捨てて、未佳は『ドガッ!』と乱暴に座席へと座り込んだ。


本当は長谷川からのメールで一気に悲しくなっていたのだが、そこで堪らず泣き喚くほど、自分の性格はか弱くない。

いや、正確には素直でないだけの話であるのだが、結局未佳は自分の非を認められない己の性格に、ただただ前の席で膝を抱えることしかできなかった。


一方の怒鳴られた長谷川の方はと言うと、一応真顔を保ったままスマホを弄っていたが、内心ではかなり驚きと冷や汗を流していた。

確かに苛立ちのあまり、あんな普段ではまったく送らないようなメールを送ってしまったが、まさかそれでここまで怒るとは思わなかったのだ。

一瞬にして被害者と加害者の立場が逆転してしまったかのようなこの状況に、長谷川は車窓に視線を移して小さく息を吐く。


(アカン・・・。いくら五月蠅いからて、あんなメール送るんやなかった・・・・・・)


そう。

長谷川的にメールを送った直後は、これでしばらくは落ち込んで黙るだろうと思っていたのだ。

もちろん最悪なパターンも想定してはいたが、それもあくまで泣き出す程度ぐらいだろうと考えていて、それ以上の反応など一切想定していなかった。


ところがどうだ。

実際にメールを受け取った未佳の反応ときたら、落ち込むなどという軽い反応ではなく、まさかの逆ギレ。

しかも半分泣き出しそうな目で怒鳴り散らすのだから、正直罪悪感ばかりが湧き上がってしまって仕方ない。


あの手の顔は伊勢以上誰しも弱く苦手とするものだが、今回はソレを向けてくるタイミングと状況が場違いだ。

あれではどう考えても、未佳ではなく自分が悪いことを仕出かした人間である。


(明らかに俺が加害者になってしもてるやんか・・・! 最初にやらかしたんは坂井さん(あっち)やぞ?! ・・・・・・・・・そないにキツい・・・内容やったかな・・・?)


今更ながらメールの文章のことを反省し。

一方で『こういう時の女子はズルいなぁ~』と一人ごちりながら、長谷川は再び、小さな溜息をポツリと吐いた。


その後もロケバスは順調なペースで走行し、目的地の駐車場へは10分と掛からずに到着。

手筈通り人に見られぬようにして、メンバーや撮影スタッフ達は、次々とバスから下車した。

ここまでは順調な流れでよかったのだが、問題はそのあと。


当然のように仲直りなど全くしていない未佳と長谷川の間は、外部者にも分かってしまいそうなほど、険悪な空気が漂っていた。

いや、正確には険悪な空気を漂わせているのは未佳の方であって、始めに腹を立てていた長谷川の方は、その空気を察して少しばかり遠巻きにしていた。


本当はこちらが一番切れていたはずであるのに、気付けばその相手は逆上逆ギレし、大きく立場が逆転してしまった。

もちろんこちら側にも非はあったが、このキレていつ未佳当人である。


だからこの場では、未佳に対してメールの件での謝罪を口にするつもりはない。

向こうが反省して謝ってきた際には詫びるつもりだが、少なくともそのような行動を示さない間は、こちらだってだんまりを決め込む心中である。


ただ少しばかり不安なことを言うとするならば、この出来事があとを引きずり、撮影に影響しないかということ。

一応仕事上では大真面目な未佳のことなので、そこは何事もなかったかのように接してくれるとは思う。

しかし、先ほどの怒り方のことを思い起こしてみると、そうもいかない可能性もなくはない。

このまま撮影を開始してしまって大丈夫だろうかと思った矢先、誰かに後ろから肩を叩かれた。


「あっ、手神さん・・・」

「大丈夫? ・・・なんかさっき坂井さんとコレしてたみたいだけど」


そう言いながら手神は、両手の人差し指をクロスさせ、長谷川に×印を見せる。

もちろんこの指の形が示す言葉は『争い』。


「あぁ・・・。だってムカついたんっすもん。あんな画像のやつ、待ち受けにすやなんて・・・」

「でもさっきスウィーツバイキングと交換条件で納得してたよね?」

「納得はしてないっすよ? ただ許可出したぐらいで・・・。いや、正確には不本意に出させられたんっすけど・・・」


そうだ。

別にこちらは、あの画像を世の世界に露出させることに『良し!』と言ったわけではない。

半強制的ながら、無理やりそう言わされたのだ。

個人的に大変捨てがたい、条件を並べられて。


もちろんその条件を断れば、あの画像は世に出ずに済む。

しかしそれは、大のスウィーツ好きである長谷川には、少々辛いことで。

下手をすれば他に出向く機会はないだろうと思ってしまい、そのまま誘惑に負けて、結局写真の使用許可を出してしまった。


だから『納得していた』などと他に言われると、こちらとしては軽く侵害なのだ。


「・・・で?」

「ん?」

「坂井さんに何したの?」

「えっと・・・・・・」

「あそこまでキレてたってことは、よほどのことをしたんだよね?」

「・・・・・・・・・・・・」


もはや口で言うよりも見せてしまった方が早いと感じ、長谷川は先ほど未佳へ送ったメールを手神にそのまま見せる。

メールの文章を見て早々、手紙が顔を顰めた。


「これはちょっと突き放し過ぎたんじゃないか~?」

「そうっすか、やっぱり・・・。まあ、苛立ちに任せて送った自分もアレっすけど・・・」

「このあと撮影だよ? ・・・大丈夫??」

「・・・・・・・・・・・・」


そう尋ねられるとこれまた不安な気持ちになるのだが、とりあえず長谷川は、この後の未佳の様子をしばらく観察することにした。

もしかしたらまた普段のように、何事もなかったかのように接してくれるかもしれない。

元々感情任せに生きているような人間なのだ。

気分が盛り上がれば、その分怒りの感情は薄れていくだろう。

そう考えて・・・。


一方長谷川に怒鳴り散らしたばかりの未佳はというと、そんな長谷川の予想など真っ向から否定するほど、苛立ちと怒りに震えていた。

一応自分が元凶となる行動を起こし、それがキッカケで長谷川がキレていることは認めている。


しかし、あのメールの件はまた別の話だ。

もしあの時、あのメールに書かれていた文章がもう少し緩めで、出なければもう少し突き放さないような内容であったのならば、個人的には詫びの一つや二つは告げるつもりでいた。


もちろん、あの画像の使用を取り止めにするつもりはなかったが、それでも本人に無断で話を進めてしまったことについては、申し訳なかったと反省している。

だからあのまま黙り続けるようならば、一言でも詫びようと思っていたのだ。


しかし。

あのメールに書かれた文章を読んだその瞬間、未佳のその詫びようとした感情は、一瞬にして消え去った。

いきなり突き飛ばされたかのような感覚に襲われ、自分が元凶であるにも関わらず、激しい怒りを覚えた。

自分が思っていたよりも黒々とした感情を目の前に出され、それに怒鳴らずにはいられなくなった。


そして何より。

本当は途轍もなく、悲しかった。

普段真っ向から言われたことも、ましてやあのような態度で接知られたこともなかっただけに、ショックや衝撃が大きかった。

ただあの時は、子供っぽいちょっとした悪戯心が働いただけなのだ。

あそこまで突き放されたり、嫌われるようなことをされたかったわけじゃない。

ただお遊び程度の悪ふざけをした。

それだけ。


けれどそのお遊び程度の悪ふざけは、お遊び程度には収まらず。

ちょっとした子供っぽい悪戯は、悪戯の域が行き過ぎた。

そして気が付いた時には、感情任せに長谷川を怒鳴り付けたあとだったというわけである。


明らかに自分が悪いというのに、今はまだ謝ろうという気持ちが湧いてこない。

そのあまりにも幼稚で子供っぽく、さらには身勝手な己の性格に、未佳は『はぁっ』と短い溜息を吐く。


(何やってるんだろ・・・・・・私・・・)


当然独り言なのだから、こんな呟きに答えてくれる者など誰もいない。

とりあえずこの感情が収まるまで、未佳は撮影のことだけ意識することにした。


『ちらし寿司』

(2002年 5月)


※事務所 控え室。


みかっぺ

「わ~い♪♪ 今日の夕食ちらし寿司だぁ~!!(ハイテンション)」


栗野

「せっかくの子供の日でもありますし・・・。たまにはいいかなって」


さとっち

「坂井さん、生の魚めっちゃ好きなんっすね? お刺身とか、お寿司とか・・・」


みかっぺ

「うん♪ でも一番はやっぱりお寿司(笑) いただきま~す♪♪」


栗野

「ダメよ、未佳さん。まだ厘さんと手神さんが戻ってきてないでしょ~?」


みかっぺ

「えぇ~っ!?(非難) お腹空いたぁ~! 早く食べた~い!!(駄々)」


さとっち

「あの二人何やってんすか?」


栗野

「さっき楽器片付け終わってー・・・今こっちに向かってるところかしら?」


みかっぺ

「食べた~い・・・・・・(事切)」


さとっち

「すぐ戻ってきますって・・・(^^;) 大丈夫」


ガチャッ


「みんな、ゴメ~ン(謝罪) めっちゃ遅くなったわ~」


手神

「すみませ~ん、ちょっと遅くなりましたー・・・(苦笑) 皆さん、ただぃ」


みかっぺ

「いっただきま~す♪♪("^0^")」


さとっち・栗野

「「みかっぺ!!(怒)<#`□´><#`□´>」」


みかっぺ

「・・・・・・(.;)゛」


だって『みんな来たら』って言ったじゃない・・・(涙)←(by みかっぺ)


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