136.交換条件
「じゃあイベントの写真は・・・、こちらのセンター撮りと右カメラ撮りのものにしますか?」
「あっ、待って。・・・そっちのよりこっちの方が、全体のバランス良くないですか? 皆さん中央に集まっていて・・・」
「えぇ~? そのアングルだったら、私このやや斜め撮りセンターがいい~!」
「いや、だから・・・。そっち微妙に僕と小歩路さんが切られてんねんてば・・・」
「全員斜め撮りで収めたの無いの?! 私正面とか横顔とか、あんまり好きじゃないんだけど・・・」
しばし『ああでもない』『こうでもない』と言い合いながら、8人は狭いテーブルの上に散りばめられた数十枚の写真をそれぞれ吟味する。
テーブルの上に並べられている写真は、すべて5日前の東京イベントライヴの模様を撮り収めたものだ。
その中から最高の代物となれる写真を4枚ほど選び、来月に発行する予定のファンクラブ会報誌に載せるのである。
しかし。
既に大阪の分の写真は選び終えたものの、東京公演での写真はなかなか決まらず。
気付けばその作業だけで、軽く1時間が経とうとしていた。
こんなにも東京公演の写真選びで苦戦するのには、実はワケがある。
大阪公演での会場であった『スター☆フォーラム』は、ステージが広場の中央にあった関係上、どの位置からもメンバーを撮影できる環境であった。
さらにステージのあった階も最上階ではなかったため、上の階から見下ろす形での撮影もできた。
だからカメラアングルでのバリエーションも多く、それぞれの意見や好みでの写真選びは容易かったのだ。
しかし一方の東京公演の方は、ステージは中央ではなく端の方であったため、背後や真顔からの撮影は不可能。
さらに階数的にも最上階であったため、上からの撮影も不可能。
結果撮れる位置でのカメラアングルパターンが限られてしまい、皆の意見の合わぬ写真ばかりが残された状況となってしまっていたのだ。
「でも全部のアングルから1枚ずつ選ばないと・・・」
「えぇ・・・。数枚同じアングルから撮った写真だけになっちゃいますよ?」
「そう言われても・・・・・・。『気に入らない』ものは『気に入らない』のよ・・・」
「いっそのことぉー・・・・・・。大阪の写真多めにして、東京の少なめにしたらどうっすか? 僕ら本拠地関西なんやし・・・」
「ソレみんなはともかく・・・。僕的にはちょっと複雑なんだけど・・・」
確かに、この中で唯一の関東出身者である手神にとっては、その提案はあまりいい選択肢とは言えない。
それに、東京でのライヴ写真を心待ちにしているファンも、多かれ少なかれいることはいるのだ。
「もうちぃ~っと写真・・・撮っとけばぁよかったっすね」
「これでもめっちゃ撮った方やったんやけどな。わてら・・・」
ふっと編集係りであるベテランと後輩男性スタッフが、互いに顔を見合わせながらそう口にした。
確かに、同じアングルに集中してしまっているとは言え、東京公演でのライヴ写真は、軽く30枚以上はある。
あの歌っているシーンの短い公演の中、これだけデジカメのシャッターを切れたのであれば、ある意味よくやった方だろう。
「じゃあ正面と、正面ズーム。右斜めズームと、右斜め。左斜めと左斜めズームの6ブロックから・・・。1ブロック1枚ずつ、多数決で決めるわよ? それでいいですね?」
このままでは埒が明かないと判断し、栗野は最終手段でもある多数決で、皆に決定を迫った。
無論、他にこれ以外の秘策も浮かばなかったのだから、皆が断る道理もない。
「じゃあまず正面の写真5枚から・・・。皆さん『コレ!』というヤツに指差して!」
そうして東京のライヴ模様写真を決めるのに、作業はまた10分ほどの時間を要してしまった。
しかし『写真選択』とも言えるこの作業は、これですべてが終わったというわけではない。
イベント模様の写真を選び終えたあとは、そのイベントの空き時間に撮ったものや、前日や翌日の写真を写したもの。
要は『メイキングフォト』も選ばなくてはならない。
ただしこちらの方は、今までのイベントの様子やライヴの様子などを写した写真よりかは、幾分か本人達の融通が利く。
何故なら、こちらはある種での『プライベート写真』に近いからだ。
当人達誰か一人が『載せたくない』と口にすれば、大概は載せずに除外される。
また、当人達からの許可が出ていても、それがメンバーのプライベートに関わるもの。
たとえば手神の甥っ子が写っている写真などは、その人の素性やら人権的問題に発展する場合もあるので、除外対象だ。
「この辺の写真はぁー・・・・・・。坂井はんの会報エッセイと、公式ブログの方にでも貼り付けたるか」
「そうですね。結構今回は東京でいっぱい撮りましたし・・・。未佳さんも異論はない??」
「うん♪ むしろそのつもりだったし」
「じゃあ・・・とりあえず載せたい写真だけ選びますか。えぇ~っと・・・・・・。こっちが私のデジカメサンプルで、これが未佳さ」
「あっ! 栗野さん、その私の見せて!!」
ふっと栗野がクリアファイルから取り出した自分のカメラの画像サンプルに、未佳は両腕を目一杯に伸ばして『ちょうだーい!!』の意思表示をする。
ライヴやイベントなどには関係ないデジカメ画像は、一旦A4サイズのプリント用紙にまとめてプリントアウトされる。
そしてその中から、会報誌やブログなどに添付・記載する写真を選び、決定したものには印を付け、後日現象。
もしくは添付する作業へと入るのだ。
一々作業が面倒臭いと感じるかもしれないが、これは余計な写真現像を作らないための対応策である。
その中で、未佳はどうしても使いたい写真があったのだ。
会報誌やブログDiaryなどではなく、もっと別の分野で。
「えぇ~・・・っと・・・・・・・・・。あれ? ・・・ねぇねぇ! 栗野さん!! 私の頼んでおいたあの写真はー?!」
「えっ? ・・・あぁ。あの写真は私の方。私の現プリに載ってる」
「見して~♪」
「ちょっと待って・・・・・・。これね。はい。・・・でも未佳さん、あなたコレだけ探してたのぉ?」
半分その未佳のお目当て写真に呆れつつ、栗野は自分のカメラの写真一覧表プリントを手渡す。
「うん♪ だってせっかくあそこまでやったんだし。・・・・・・・・・そうそう! コレ!! コレ何かに使って! 大島さん!!」
「ん~?」
『大島』という編集長役のスタッフにプリントを押し付けながら、未佳はそのプリントを押し付けながら、未佳はそのプリントに載っていた一枚の写真を指で叩く。
そこにあったのは、何とも他の写真に比べイラストチックな一枚。
しかも何やらその写真には、若干見覚えのある人物がうつ伏せに大の字になって倒れている。
「これはー・・・?」
「私の最高傑作デコアレンジショット♪ タイトルは手神さん命令で、名付けて『長谷川ヒトデ☆』♪♪」
「!! 何をぉっ?!」
若干忘れ掛けていたその写真の再登場に、長谷川は思わずその場から飛び上がり、未佳の顔をギョッと見る。
しかし肝心の未佳はと言うと、特に悪気も反省もしていないのか、本日一番の満面の笑みを浮かべていた。
「は・・・『長谷川ヒトデ』??」
「は、はい・・・。実は東京のホテルに到着した際、長谷川さんが盛大にロビーで倒れまして・・・。それを未佳さんが撮影してデコったんですけど・・・」
「せぇーかくには、みかっぺに突き倒されてんねんやけどな?」
「ぁっ・・・。小歩路さん、わざわざ訂正ありがとうございます・・・」
「で。その写真を未佳さんが、どーしても! 印刷してほしいと・・・」
実は帰りの新幹線の中で、未佳は栗野にこの写真を、デジカメ同様データ保存してほしいと依頼していたのだ。
しかし肝心のその写真は、デジカメではなく未佳が携帯で撮影したもの。
そのデータをデジカメのと一緒に保存・一覧表プリント化するには、どうしてもパソコンが必要。
だが新幹線に乗っている時点では、栗野に手持ちのパソコンはない。
かと言って、未佳の携帯を一覧表を作るまで借りるわけにもいかない。
そこで未佳は、その写真を栗野の携帯に赤外線で送り、この2連休の間に一覧表にしてもらっていたのだ。
それも、肝心の長谷川の意見も聞かず。
「ホンマ勝手に何してくれてんねん!!」
「だってー・・・。未佳さんが『やってぇ~!』って聞かないからー・・・」
「そういう問題違ーうやろっ!!」
「でもとか言って・・・。本当は栗野さんもその写真気に入ってるんじゃないの?」
「あら♪ 手神さんバレました~??」
「バラさんでええ!! 当てんでエエ!!」
「ほんで? 坂井はんはこの写真をどないしたいんや?」
「って、だから勝手に話をォ~・・・ッ!!」
もはや誰も当人の話を聞こうとしないこの現状に、長谷川は両手の指をギコギコと動かしながら憤る。
一方大島に写真の用途を問われた未佳は、相変わらず長谷川の態度にはわれ関せずのまま、自分が考える使用案を提示する。
「私コレ、ファンの人達にプレゼント的なのでやってみたい♪」
「なッ・・・! 何ッ?!」
「「「「「「〔ぷ・・・プレゼント~??〕」」」」」」
「そそっ。ダウンロードとか~、特典とか~。そんな感じのやつ・・・。本命はダウンロードだけど・・・。だってせっかくこんな力作ができたのよ? みんなに娯楽品として見てもらいたいじゃな~い♪♪」
「『娯楽』やのうて『人権侵害』や!! ゴラ゛ァ!!」
「それにこの画像、ちょうどこの縦横比サイズでしょ? ・・・スマホとかガラケーの待ち受けにピッタリじゃな~い??」
「「「「「「〔あぁ~・・・〕」」」」」」
「誰がこんな転んだオッサンの少女趣味画像、待ち受けにすねんっ!!」
「・・・・・・・・・・・・今ソレ自分で言って何にも感じなかった?」
「いや、ちょっぴり自傷した・・・・・・。でも俺は許可出さへんで!? 絶対反対やぞ?!」
『こっちが許可出さへんかったら、その提案は叶わへんからな?』と、長谷川は未佳に念を押すように言い、両腕を組んで睨み付ける。
もちろん、このような話を先に進めれば進めるほど、長谷川がこのような態度を示してくるということは、未佳も分かり切っていた。
だからこそ事前に、未佳は長谷川を上手いこと落とせる条件を、あれこれ考えてきていたのである。
「何よぉ~? ダウンロード系にすれば、もれなくさとっちと命名者の手神さんに印税入るのよぉ~?」
「・・・えっ!?」
「そんな印税額たかがしれとるやろ! 頷くワケあるかァ!!」
(やっぱりコレだけで落とすのは無理よねぇ~・・・。なんか関係ない手神さんが一瞬動いたけど・・・)
「そんな恥っずい画像曝け出すより、曲が売れた方が全然ええわ!!」
もちろんそれは、ご尤もな意見である。
ついでにこの時点では落とせないということも、未佳の予想としては半分予想通り。
もっともここで落とせたら落とせたでも、未佳的に楽に越したことはないが。
「じゃあ印税+で、ダウンロード料金の3割貰いはどう?」
「エ゛ッ!? あ、あの未佳さん・・・? それは私達の管轄の話ー・・・」
「どう?! この条件」
「・・・・・・大体なんぼや?」
「トータルでー・・・・・・。一人頭650円ぐらいじゃない? ダウンロードって、今結構美味しいみたぃ」
「フッ・・・」
「あっ? 今鼻で笑ったわね?」
ふっと長谷川の口から微かに笑い声が聞こえ、未佳はギロリと長谷川に視線を向ける。
すると長谷川は、半分憎ったらしそうな笑みを顔に浮かべ、横目で未佳を見下ろしながら口を開いた。
「650円? 論外や。論外。・・・こっちはなぁ、顔面覆いたくなるぐらいの恥だらけ写真晒すんやで? しかもダウンロード言うたら、一度上がって下手したら一生消えへんシロモンやぞ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「身体売り出してその利益・・・。ちぃ~っともオイシないわ」
「『身体売って』って、別にヌードになってたわけでも、ましてや正面向いてるわけでもないし・・・。転んで大の字になってただけでしょ?」
「『転んだ姿デコられてたんが問題や!』言うてんねん!!」
『この屈辱が分からへんのか!!』と、最後には怒鳴り散らし、長谷川は再び未佳から視線を反らす。
ここで長谷川を落とせるかどうかは五分五分の位置であったのだが、どうやらこれも駄目であるらしい。
(やっぱりこれもダメか・・・。思ってたよりも強情だなぁ~、どうしよっ・・・・・・・・・。仕方ない。最後の奥の手で・・・)
「ったく・・・!」
「えぇ~?! ダメなの~??」
「決まっとるやろが!」
「えぇ~?? ・・・・・・な~んだ・・・。許可出してくれたら、一緒にGRAUND DIVINEの最上階スウィーツバイキング、連れて行ってあげようと思ったのになぁ~・・・」
「・・・・・・ッ!! エッ?!」
そう言って財布の中からスウィーツバイキングのチケットを取り出すと、未佳はそれをわざと長谷川の目の前で揺らめかす。
実は先日GRAUND DIVINEでパールネックレスを購入した際、レシートと一緒にこのチケットも手渡されたのだ。
なんでも、デパートオープン記念として、お試し用に配布しているのだという。
ちなみにこのチケットに置かれているバイキングの場所は、GRAUND DIVINEの最上階にある、少々お高めのスウィーツバイキング。
当然、早々未佳達が立ち寄れるような店舗ではない。
しかしこのチケットを持って行けば、休日や祝日、ディナータイム時の料金から、4人以上の団体で20%オフ。
平日のランチタイム終了時までに入店すれば、同じく4人以上の団体客で、料金が60%オフとなるのだ。
そんな貴重な代物をワザとヒラヒラと揺らめかせながら、未佳はヒラリと長谷川の方に視線を移す。
「『4人以上の団体で』って条件だから、せ~っかくさとっちも誘ってあげようと思ったのに~・・・」
「・・・・・・~ッ!!」
「私以外にあと3人必要だからー・・・。栗野さん、一緒に行けるよね? あと日向さんもっ♪」
「ま、まあ・・・。日向さん今いないけど、たぶん『行く』って言うわね」
「でしょ? それで最後の一人どうしよっかなぁ~って思ってたんだけど~・・・・・・。じゃあー、コレは他の女性スタッフさ・・・」
「ちょッ・・・! ちょぉ~待てぇ!!」
一体今までの強情な態度は何処へ放り投げたのやら。
チケットの存在や内容を聞いた途端、長谷川は血相を変えて、未佳の左腕に両手でしがみ付く。
その手の力が予想していたよりも少しだけ強く、未佳はしばし眉間に皺を寄せる。
「キャッ! ちょっと・・・! 手ぇ痛いんだけど?!」
「そ、そのチケット・・・! ホンマモンかいな!?」
「当っ・・・たり前でしょぉ~?! 偽物なんて一体誰が作るのよぉ!」
「せ、せやけど・・・・・・。だって・・・! あのグラディの高級スウィーツバイキングやぞ?!」
「そんなに信じらんないなら自分の目で確かめてみなさいよ。ほらっ」
まさかこれでチケットを盗むなどという姑息なことはしないだろう、と長谷川を見越し、未佳は持っていたチケットを長谷川に手渡す。
そのチケットを、半ば乱暴に『ガバッ!』と受け取って、長谷川はその内容に目を通した。
確かに、チケットに書かれていた店の名前や場所、チケットの利用条件内容などは、先ほど未佳が言っていた通りだ。
明らかに本物のチケットである。
「ほ・・・、ホンマや・・・」
「だからァー。誰も嘘なんて付いてないってば」
ようやくチケットが本物であると信じてくれたらしい長谷川の反応に、未佳はややうんざりとしたような視線を向けた。
「ところでー。なんていうお店なの? そのスウィーツバイキングの店・・・」
「あっ『Jardin Ciel』。フランス語で『空の庭』っていう意味なの。・・・なんか言葉の響きとか可愛くない??」
「えっ? ぁっ・・・、まあ・・・・・・」
「店の名前も洒落とって、なんやめっちゃ高そうな感じやなぁ~・・・」
「だって高いもん。大人一人で2500円クラスのところよ? そこ」
「たっ・・・、高ッ!!」
「普段行ってるトコよりも1000円以上するじゃない!!」
「ま、まあ・・・。その分、メニューは充実してるみたいだけど・・・」
確かにチケットに印刷されているスウィーツの画像を見てみると、画像にはブリュレやオペラ、ギモーヴやマカロンなど、あまりバイキングの場では目にしないようなスウィーツが数多く写っていた。
もしここに印刷されているスウィーツが本物であるならば、普段未佳達が出向いているスウィーツバイキングとは、明らかに格が違う。
そんな場所にこの大人数で出向ける機会など、今を逃してはもう二度と訪れないかもしれない。
「そこが4人以上で60%オフかぁ~・・・。まあ美味しい話ではあるわね」
「でしょ?! でしょ?! ハハハ♪ ・・・・・・・・・さって~・・・。どうする~? さとっち」
まるで最終ジャッチを問うかのような口ぶりで、未佳は長谷川を嫌味のある笑みで見つめる。
そしてそんな未佳の隣りでは、小さなチケットを何故か両手で握ったまま、何とも言えない苦闘の形相をした長谷川が、穴を開けんとばかりにチケットを凝視していた。
「な、なぁ・・・? やっぱり僕も・・・」
「じゃあダウンロードの件、了承してくれる~? 言っとくけど、それが条件だからね」
「そ、そんな・・・・・・。これー・・・、他のものとかの交換条件とksないんか?」
「ない。ついでに考えてもない」
「・・・・・・・・・・・・」
悲しいほどにキッパリとした返事を返され、長谷川はさらに表情を歪ませながら、チケットとプリント一覧の画像を見比べる。
その表情は、まるで目の前にある餌を『待て』と言われて堪えている犬のようだ。
「みかっぺ。さとっちのことからかい過ぎ・・・。普通に誘って上げたらええやないの」
「だってそれだと写真が・・・!」
「それに長谷川くんも・・・。そんなお菓子のバイキングぐらいで悩む内容じゃぁ・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「エッ? もしや本当に一番悩んでる?!」
「ぅ・・・、うん・・・・・・」
「さっきまでの断固反対態度はどうしたんだよ!? 長谷川くん!!」
「どっかに・・・・・・落っことした・・・」
「何処でぇー?!」
正直そこまでスウィーツやらバイキングやらに興味のない手神や厘にとって、この長谷川の悩む姿などというのは、ほとんど理解できない。
一体何が、そんなに彼の心を惑わせるというのか。
二人はわけも分からず、ただただ互いの顔を見合わせて小首を傾げる。
そしてそれからあまり時間を置かぬうちに、とうとう長谷川の口が、小さな声を発した。
「・・・し・・・・・・きょ・・・・・・します・・・」
「あっ? 何?? 聞こえない」
「しゃ・・・、写真・・・・・・許可します・・・」
「ほら、もっと・・・。みんなにも聞こえるくらいの声で。せーのっ」
「・・・ッ! しゃっ・・・写真ッ! ダウンロード許可、出しますッ!!」
「!!」
まるで応援団の団長であるかのような声の大きさに、思わず未佳は両手で耳を塞ぐ。
『みんなにも聞こえるように』とは言ったが、これでは部屋の外を歩いている人達にも聞こえてしまいそうだ。
一方、大声で叫んだ長谷川はと言うと、大袈裟なまでに『ハァッ・・・ハァッ・・・』と息切れを起こしながら、その両目を恐ろしいまでに見開いていた。
その姿は、まるで暴走していた状態からハッと我に返された人間のようである。
「さとっち、大袈裟・・・」
「な、何もそんな大きな声で言わなくても・・・」
「ってか、えっ? 長谷川くん、いいの?! あの写真、外に出しちゃって・・・」
「だっ、だって・・・。だって・・・・・・。スウィーツバイキングのなんっすよっ!? 手神さんッ!!」
「いや、分かんないよ!!・・・分かりたくもないよ!!」
昼も近くなってきたそんな時間帯に、狭い編集室からは、しばし男性陣の言い争いの声が響くのだった。
『アジ』
(2007年 5月)
※事務所 調理室。
みかっぺ
「もぉ~う・・・。よりによってなんで栗野さん、アジなんて買ってくるのよぉ~(困) しかも丸ごとの・・・」
厘
「しゃあないやん。この大雨でみんなスーパーで買い占めやっとったんやから・・・。他に手頃なのも売ってなかったみたいやし」
手神
「まあ・・・。誰もこのゲリラで事務所に閉じ込められるとは思わなかったからね(^_^;) わざわざズブ濡れになってまで買い出しに出向いてくれた栗野さんを、僕らは責められないよ」
さとっち
「ところでそのアジ、どうするんっか?」
みかっぺ
「ん? ・・・あぁ~。なんかパン粉も卵も冷蔵庫にあったから、どうせならアジフライにしようかなぁ~って」
さとっち
「マジで?! 僕めっちゃ好きっすよ!? アジフライ!!(ハイテンション)」
みかっぺ
「よかった~。『あんまり好きじゃない』って言われたらどうしようかと・・・(苦笑) じゃあさとっちついでに“ゼイゴ”切り取るの手伝って」
さとっち
「えっ・・・? ぜっ、ぜいご??(謎)」
みかっぺ
「うん。・・・あっ、もしかして『ゼイゴ』分かんない・・・? そのアジの尾びれのところに、尖った鱗の列があるでしょ? コレ付いてると食べらんないの。こうやって切っちゃって」
※そう言ってゼイゴを切るみかっぺ。
さとっち
「へぇ~。初めて知ったわ・・・」←(身振り手振りで切り落とし中)
手神
「・・・・・・・・・でもコレ(ゼイゴ)だけでもなんか美味しそうだよ?」
厘
「食べんといてよ!? 手神さん!!(注意) ソレ食べたらホンマに怪我するからね?!(慌)」
ゼイゴはせいぜい、あら汁の出汁くらいにしかなりません・・・(ーー;)