表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/143

135.気の毒な話

少しばかり、青空に小さめの雲がぽつりと漂っているような、そんな朝。

事実上の母の誕生日であったこの日、未佳はまた普段通りの身支度を済ませ、栗野からの連絡を待っていた。


なんだかんで約二日ぶりの、メンバーやスタッフ達との再会。

しばしイベントなどで一緒にいた時間が長かった分、心なしか、今回は久々に顔を合わせるような感じがする。

このような感情も、未佳にとっては何度も味わってきた感覚だ。


しばらくして、いつも通り栗野からのコールが、未佳の携帯をバイブさせた。


「はーい。・・・・・・リオ、下に行くよ~?!」


今までと同じ手順で自宅をあとにし、エレベーターで地上へと下りる。

外の正面扉前に出てから程なくして、栗野のいつもの車がやってきた。


「おはようございます。未佳さん」

「おはようございま~す♪」

「ふぅ~。やれやれ・・・・・・。またいつも通りのアーティスト業務スタートですよ。2連休明けで寝ぼけてないですか?」

「大丈夫♪ 今朝冷たいお水で何っ回も、顔洗ったから。バッチリよ」


車に乗り込み、手持ちのバッグを膝の上に乗せながら、未佳はそう返した。


「そういえば今日の朝手帳開いてみたら『未佳さんのお母様 誕生日』って、私入れてたんですけど・・・。そうなの?」

「あっ、うん。今日誕生日。プレゼントは一昨日送ったんだけど・・・」

「でも私ー・・・。なんで未佳さんのお義母さんの誕生日を手帳に・・・」

「・・・・・・あっ。ほら、あれよ。栗野さん前に、私の両親に会ったことあったじゃない? その時に、きっと誕生日とか聞いたのよ」

「あっ・・・。そういえばそんな話も私したかも・・・。誕生花の話題もついでに・・・」


そんな一昨日辺りの記憶を思い出しつつ、栗野は車を発進させ、事務所へと向かった。

その途中、事務所での本日の予定について、栗野は車を運転しながら、ミラー越しに後部座席の未佳に説明する。


「それで本日の予定なんですけど・・・。今日はイベント中に撮影した写真や体験談などを、会報誌やブログDiary用のものにまとめる作業ね?」

「えっ? アルバム楽曲制作は??」

「それはまた後日・・・。まだ準備が完璧な状態じゃないの。とりあえずスケジュール的にはそんな感じで・・・。集合場所も、今回は1階の編集室になります」

「ふ~ん・・・」

「せっかくですから、ファンの方々が送ってくださったプレゼントでも口にしながら、作業しません?」

「あっ、東京の? いいねぇ~♪ 東京は東京で、また差し入れのお茶とかお菓子とか違うしね」


一応、日持ちがしないものや要冷蔵が必要となるものなどは、すべてイベント終了後やその翌日に食してしまったが、それでもまだ全体の半分以上は残っている。

そしてそのほとんどが、クッキーや煎餅などの洋菓子や和菓子、紅茶や日本茶などのお茶の類であるということも、未佳は把握していた。


「じゃあ今日はそんなに長い作業にならない?」

「いえ。写真を選び終えたら、そのあと昼食後に撮影しに行きますから」

「・・・・・・え゛っ!?」

「『新曲リリース記念』ということで、午後にはレコード店で撮影しますよ。ソレ用の衣装も用意していますんで」

「はっ?! ・・・そんな予定、私一言も聞いてないけど?!」

「はい。今言いました」


『だから問題ないでしょ?』と、さも言いたげに、栗野は信号待ちのタイミングで未佳の顔をチラリと見る。


こういう急な業務や撮影などは、大概上の人間が決めた時に限る。

おそらく今回は、差し詰めそのレコード店で撮影できる日程が、今日以外に見当たらなかったということだろう。


「もうリリースしてから、ちょうど1週間目だけど?」

「ええ。・・・でもランキングなどの売り上げ結果発表は、まだでしょう?」

「・・・・・・はぁ~ん。それに合わせての撮影なのね?」

「ええ。・・・というわけでよろしくお願いしますね? 未佳さん」


内心、撮影するのであればもう少し顔のお手入れをしておきたかったと思いつつ、未佳は渋々、その予定を了承した。


事務所の入り口前にある駐車場へ到着してみると、そこにはいつものスタッフ用のワゴン車の他に、あの小さなロケバスも停められていた。

言うまでもなく、アレは午後に自分達を乗せていく予定の車である。

今日・昨日のうちに決まった予定なのだとは思うが、何とも準備がいい。


「あ~ら。もう車停まってる・・・」

「連れて行く気満々ね。こっちの気も知らないで・・・」

「それよりー・・・・・・。ちょっとこの車停めてる“場所”、問題かも・・・」

「えっ? ・・・・・・あっ」


そうなのだ。

実はそのロケバスが停められている右端の駐車スペースは、普段あの厘が愛車を停めている定位置の場所だったのである。


しかも厘がそこにわざわざ車を停めるのには、丸い形状の愛車を狭い道路に出し入れするのに、一番小回りの利く唯一の場所であるため。

つまり、特に理由もなく停めているというわけではないのだ。


「こぉ~れ~、厘さん怒るわね」

「小歩路さんって、今日車で来るの? それとも電車?」

「さ、さぁ・・・? 手神さんは先にやってきてたけど・・・。それに厘さん、事務所にやってくるの一番遅いしー・・・」

「あっ・・・・・・・・・。栗野さん、正面・・・」


ふっと前方からやってきた見覚えのある車に、未佳は真顔のまま口を開く。

その言葉に釣られるよう、視線を駐車場から正面の方へと移してみれば、あの厘の車がこちらへ向かってきていた。


きっと今の駐車場の事情など、一切見えなかったのだろう。

その駐車場の通りに車の先頭部分が出るぐらいの位置で、厘の車はゆっくりと停止した。

そしてその運転席では、やや戸惑った様子の厘が辺りをキョロキョロと見渡している。


「厘さ~ん!」

「小歩路さ~ん! ソコ今ロケ車が停まってて停められないの~!」

「・・・っ!? ・・・~・・・」


あちら側の窓が閉まっている関係で、さすがに声までは聞き取れなかったが、それでも何を言っているのかは口の動きだけで把握できた。


「厘さん、何て?」

「『えぇっ!? そんな~・・・』だって・・・」

〔(まあ、そうだろうな・・・)〕

「でもわざわざロケ車を移動させるわけにも・・・・・・。とりあえず今回はっ、他のスペースに車停めちゃってください! 厘さーん!」


そう車内で叫びながら、栗野は厘に見えるよう人差し指で、他の空いている駐車スペースをぐるりと囲み示す。


口パクと手の動きで、あちら側もこちらの言っている言葉は理解できたようだが、だからと言ってその指示通りにするとは限らない。

何せその空いているスペースというのは、厘にとっては出し入れがしにくい、ちょうど真ん中の駐車スペースなのだから。


そして案の定、厘はその栗野からの指示を見てムッとすると、一瞬だけその駐車スペースを確認。

軽く駐車スペースを睨みつけた辺りで正面へと向き直り、そこで文句の一警笛。



ブィィィーッ!!



「ギャアアアー・・・ッ!! りっ・・・、厘さん!! こんな住宅街で、そんなクラクション鳴らしちゃダメェ~ッ!!」

「栗野さん。窓閉まってるから、向こう聞こえないわよ・・・」


一人慌てふためく栗野を前に、未佳は実に冷静な態度でそう返した。




「せやけどホンッ・・・ッマ、驚いたわぁ~。まさかあのスペースに未だ車停めはるスタッフ《人》が居てるやなんて・・・」


ふっと事務所の廊下通路を歩きながら、厘が先ほどの駐車スペース問題について口を開く。


結局あのあと、厘の車はクラクションを聞いて駆けつけてきた事務所スタッフ達により、いつもの定位置に停めさせてもらった。

もちろん、わざわざロケバスを他の駐車スペースへ移動させてから、である。


「ホンマ、ビックリ・・・!」

「私はそれよりも、クラクションを平気で鳴らしたあなたにビックリよ・・・」

「でも確かに・・・。みんなあそこが小歩路さんの車の定位置だって知って、誰も停めてなかったもんね」


それかもしくは、理由は知らずとも暗黙の領海で、あの場所に車を停めることを避けていたのかもしれない。

いずれにせよ、その二つの可能性を踏まえて考えるならば、あそこに車を停めていた人間については、容易に想像がつく。


「きっとアレ・・・つい最近入ってきた若手スタッフ達でしょうねぇ~・・・。まさか長年付き合ってるスタッフの人達が、あの厘さんの車の定位置に停めるとは思えないもの」

「「確かに~・・・」」

「車退かさないといけなくなったさっきのスタッフさんは、ちょぉ~っとお気の毒ねぇ~・・・」


半分他人事のようにそうボヤく栗野を見て、未佳もまた、僅かながらに先ほどのスタッフ達には同情した。


編集室は、1階の通路各所に設けられている、小部屋の一つだ。

そのため部屋自体の広さは、普段未佳達が使用している控え室よりもかなり狭い。

広さ的にもっとも近い例を挙げるとするならば、いつぞやの長谷川と夜通しでサイン記入を行った、あの小部屋と同等のものだろう。


ちなみに『編集室』と一括りに言っても、そう呼ばれている部屋は1階だけでも5部屋ほどある。

本日未佳達が作業を行う予定の部屋は、1階右通路の真ん中辺りにある『編集室 3』と呼ばれている部屋だ。


軽く2回ほどノックをしてドアを開けてみると、中にはテーブルを挟んで椅子に座ったままのスタッフ3名が、こちらに笑顔で一礼を返していた。

今回は編集部での専門組ばかりを集ったらしく、男女3人の内、顔に見覚えのあるスタッフは年配の男性スタッフ一人しかいない。

しかも残りの男女二人は若手組なのか、明らかに自分達よりも向こうの方が年下であるように思えた。


そしてそんなスタッフ達の左隣りに視線を移してみると、そこにはあのメンズ組二人が、何の違和感もなく座席に腰を落ち着かせていた。


「おはよう♪」

「ん? あぁ、おはよう」

「おはようございます。皆さん」

「おはようございま~す」

「おはようございます~・・・。スミマセン。入り口の方で少しトラブルがあって・・・」

「あぁ、大丈夫。まだな~んも、やってへんから。写真も見とらへんしな」


ふっと頭を下げる栗野に対し、未佳達にとって唯一の顔見知りである男性スタッフが、にっこりと笑顔を返す。

彼はこれまでにも、事務所所属のアーティスト達の写真や会報誌などの編集作業を行ってきた、いわゆる編集長のような立ち位置のスタッフである。

おそらく今回の作業の場では、彼を中心に話を進める形となるだろう。


「『入り口でトラブル』って、なんかあったんっすか?」

「ん? ・・・そぉ~なの。さっき入り口の駐車場にね? ロケバスが停まってたのよぉ~」

「あぁ~・・・。あのロケバスねぇ~・・・」

「あっ。そういえば皆さん聞きました? 今日このあとのスケジュール」

「聞いたわよ~? レコード店で撮影でしょぉ~?」


さりげなく長谷川の隣りの座席に腰掛けながら聞き返すと、長谷川の顔がやや面倒臭げに歪んだ。


「連休明けいきなりのガッツリ撮影・・・。ハードっすよねぇ~!?」

「ホント、キッつい!!」

「でもなんでその車停まってたのがトラブルなの? 道路にでも停まってた??」

「あぁ~・・・。いやな? その車、普段ウチが車停めとる場所に停まってたんよぉ~。も~う邪魔やったから、別のスタッフさんに退かしてもろたわ」

「な、なるほど・・・」


それを聞いて状況を察したらしい手神は『それは気の毒だったな~』っと、そのロケバスを退かす羽目になったスタッフ達に同情した。


「珍しいね。今までなかったんじゃない? そういうこと・・・」

「うん・・・。でもホンマに誰が停めたんやろ? あのロケ車・・・」

「・・・・・・あ゛ッ!!」

「アッ?! 何??」


ふっと隣りから上がった長谷川の大声に、未佳が一瞬飛び上がりながら聞き返す。


こういう叫び声を長谷川が上げる時は、大概何かしらの情報を知っている時のみ。

現にこの時も、その未佳の予想は見事に的中した。


「僕その停めとるスタッフ見ましたよ?! ちょうど僕がやってきた時に車停めとったんで・・・!」

「えっ? ホンマ?!」

「誰?? 誰?!」


思わず長谷川に食いつく厘に続き、栗野もその人物について追及するが、肝心の長谷川は名前が出てこないのか、右手で髪ごと頭を鷲掴みながら、顔を渋らせる。


「えぇ~っとねぇ~・・・誰やった・・・か・・・・・・・・・。アァ~! 顔浮かんどるのに名前出てこぉーへん!!」

「そういうの気持ち悪いよね? 結構・・・」

「うん・・・。・・・・・・えぇ~っとぉー・・・・・・! 誰や・・・? 『迷子』やなくて『遭難』やなくて」

「そっ・・・! そうなんっ?!」


何故そこでそんな単語が出てくるのかと、未佳は目をパチクリさせながら長谷川を見つめる。


一方、その長谷川の口から出てきた二つの単語に、手紙は何かしらの共通項があるのではないかと思い、冷静にあり得そうな苗字を思い浮かべてみた。

なんだかんだで一番事務所所属歴の長い手神だ。

スタッフの顔や名前に関しては、このメンバーの中でも特に把握している自信がある。

そんな中で長谷川が『顔が分かるのに名前が・・・』と言うことは、明らかにこちらも知り得ている人物である可能性が高い。

しばし脳内でそれらしい名前を掻き漁ってみた結果、幸運なことに該当していそうな名前の人物は、たったの一人しかいなかった。


「・・・・・・・・・難波さん?」

「!! せや! そうや! 難波さんッ!! 難波さんがあの場所にロケ車停めとった!!」


『手神さん、大当たり!!』とも言わん気に叫ぶ長谷川とは対照に、その他8名は深々と項垂れて、それぞれ片方の手で額を押さえた。

心なしか頭痛すらも感じる。


「ハァー・・・。また“あの”ダメダメセッティング係かぁー・・・」

「あの管轄ぅー、まともなヤツ居ぃひんのと違うか~?」

「あっ、ウチもそう思う!」

「そ、そんな・・・。何も彼だけを基準に考えなくても・・・」

「むしろあの人一人で整備係全員評価しちゃったら・・・、他の整備係の人達が気の毒よ」

「なぁ?」

「あっ、でもその人・・・」


ふっと、今までただ座っているだけであった若手女性スタッフが、何かを思い出したように口を開く。


「同じ部署の人達からも『トラメ』って呼ばれてて・・・」

「トラメ?? ・・・・・・何の略っすか? それ・・・」

「と・・・『トラブルメーカー』の・・・略・・・」



・・・・・・・・・。



「ホンマそのまんまやないか!!」


狭い編集室全体に響き渡るその言葉に、皆は本日数回目の溜息を吐いた。


『~のぼり』

(2001年 5月)


※事務所 控え室。


みかっぺ

「なんか色んな場所で鯉のぼり見るようになったね」


「まあ・・・5月やからねぇ~。『鯉のぼり』って、男の子の成長を願うものなんよね」


さとっち

「手神さん家って、上げたりしました?」


手神

「あぁ、上げてたよ? 何せ上下に一人ずついたからね(苦笑) 長谷川くん家は?」


さとっち

「ちっちゃい時はあったみたいっすけど・・・、取り分け何にも他になかったんで、小学生になった辺りから衰退しましたしね(orz)」


手神

「あ、あぁ・・・。そう・・・(苦笑)」


栗野

「はいは~い、皆さ~ん?! こっちも5月の風物詩にちなんで・・・。コレ上げますよ~?(気合)」


「えっ?」


みかっぺ

「もしかして鯉のぼり~??(ワクワク)」


栗野

「っと、見せ掛けて・・・ジャン!!(披露目)」


みかっぺ・厘・さとっち・手神

「「「「・・・んっ?!」」」」


※何故か鯉のぼり並にカラーリングされたウナギ袋が登場。


「コレ何・・・?(謎)」


手神

「コレ、鯉のぼりとよく似てるけど・・・。『ウナギ』だよね??(確認)」


栗野

「そう! 一昨日から徹夜で作ったんですよ?!(°▽°;) 鯉のぼり同様、あなた達の活動と売り上げが延びるように・・・! 名付けて『鰻のぼり』!!」


さとっち

「やかましわっ!!(#`□)」


仕舞いにはみかっぺから『うなぎ嫌ーい』とか言われる・・・(爆)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ