128.伏札(カード)の裏
「・・・・・・・・・ふぅ・・・・・・」
ふっと、しばしの仮眠から覚めた瞳をぼんやりと開けながら、未佳は車窓から見える景色に軽く息を吐いた。
長いようで短かったイベントの東京公演の旅は、あっという間に終了し、ただ今メンバーは全員、帰りの新幹線の中で揺られている。
しばらく眠っていたので、確かな時間や場所などは分からないが、この外の暗さから考えて、今は京都に向っている辺りだろうか。
月島でかなりの枚数のもんじゃ焼きとアルコールを口にしたあと、皆は予定通り東京駅へと向かい、そこで車両組のスタッフ達から預かっていた荷物を受け取って、新幹線へ乗り込んだ。
行きの時とは違い、帰りはファン達による出待ちやら予期せぬトラブルなども発生せず、強いて言うならば長谷川が酒酔いしていたぐらいである。
そのため、割かし帰りの手順や移動等はスムーズに済んだ。
押して新幹線へと乗ったあとは、皆それなりに歩き疲れていたのか、ほぼ列車が出発する前に眠ってしまったというわけである。
まだ微かにボーッとする意識の中、未佳は車窓から見える闇夜に光るビルの明かりを見つめる。
もう外はすっかり夜だ。
しかも微かに窓に曇りが付いているところを見ると、外との温度差はそこそこあるらしい。
考えてみれば、世の中はまだ3月の上旬。
まだ夜が寒いのは当然だ。
〔あれ・・・。起きた?〕
「ん・・・?」
ふっと隣から聞こえてくる声に視線を移してみれば、座席の手置きとも敷居とも取れる部分に、リオがちょこんと座りながら、こちらをジッと見つめていた。
ちなみに未佳の隣の座席には、ただ今爆睡中の長谷川が一応座っているのだが、長時間の移動中にバランスを崩したのか、付いていた頬杖は外れ、半分頭だけが通路側に倒れるように眠っていた。
つまりこの二人の座席の間には、ちょうどリオの身体がスッポリと収まるスペースが空いているのである。
しかし寝起き直後でボーッとしているただ今の未佳の頭では、そのことに気付くのだけでも10秒ほど費やしてしまい。
仕舞いには『お~い??』と、リオに顔面間近に手を振られる始末であった。
「・・・・・・・・・ぁっ・・・・・・リオか・・・」
〔うん、かなり寝ぼけてるね〕
「ん~・・・ッ・・・・・・だって今起きたんだし・・・。仕方ないでしょ~?」
そう軽く両腕を前へ伸ばして伸びをしながら、未佳は再びリオの方に視線を向ける。
未佳にはリオが見えているので、差ほど気にはならないが、おそらくここに座っている人間が別の人間であったら、この長谷川の体勢に何かしらの行動を起こしていただろう。
ましてやこんな新幹線の中で、ここまで乱れて眠る人間など早々いない。
「乱れたわねぇ~・・・」
〔乱れ過ぎでしょ・・・〕
「まあ、だいぶ酔ってたみたいだし・・・。無理もないか・・・」
〔調子に乗ってハイボールを2杯も呑むからだよ〕
「ハハハ! 確かに」
それを聞いて、未佳は堪え切れずに声を上げて笑った。
幸運なことに、今は自分の前や後ろの座席に座っているメンバー・マネージャースタッフ共に、深い夢の中である。
「しょうがないわよ。やっとイベントが全部終わったところだったんだから・・・。達成感として呑みたかったんじゃない?」
〔まあ・・・、そうだろうけど・・・・・・〕
「・・・・・・・・・・・・」
〔・・・・・・・・・?〕
ふっと再び視線を車窓の方へと向けてしまった未佳に、リオは『ん?』と小首を傾げる。
その未佳の表情もまた、何処か寂しげだ。
〔・・・・・・どうしたの?〕
「・・・ううん・・・・・・・・・。イベント・・・終わっちゃったなぁ~って思って・・・・・・」
〔・・・・・・・・・〕
「本当はほんの少し・・・・・・複雑だったんだよね・・・。大阪と東京で、イベントやるの・・・・・・」
あと半年と待たぬうちに、自分は死ぬ・・・。
それも、ちょうど自らのバンドが、10周年目の節目を迎えた、その翌々日に・・・。
にもかかわらず自分は、ところせましに堂々と『今年はデビュー10周年目の年!!』などと宣伝し回っていた。
取り返しのつかない言葉も、果たすことのない約束も、叶わぬ望みも。
みんなしてきてしまった。
10年間絶やさなかった、ステージ上での笑顔と。
10年間愛され続けた、儚げな歌声と。
10年間変えることのなかった、“坂井未佳”の姿で・・・。
しかし現実は・・・・・・。
今の本当の自分なんてものは、まさに目を覆いたくなるほどの“偽り”ばかりだ。
全部全部・・・。
全てすべて・・・。
こうして装い・・・偽っている・・・。
ファンにも、身内にも、友人にも・・・。
そして、ともに今まで助け合ってきた、メンバー達に対しても・・・・・・。
一体今回の大阪と東京のイベントだけで、自分はどれだけの人間を騙しただろう。
一体どれだけの人々に対し、自分はこんな“偽り”を働いただろう。
考えたくなくとも、頭が勝手に思い浮べてしまう。
疑問と問いを浮かべれば浮かべるほど、勝手に頭が式を。
答えを出してしまう。
そしてそれによって組み立てられた式を計算してみれば、いつも同じ答えに到達する。
“自分のこの真実を想像する者はいない”という結論に・・・・・・。
『自分が死ぬ』ということだけではない。
どうして自分はそのようなことになってしまったのか。
それもまた、未佳の中に隠されている、真実の一つ・・・。
だから目の前にいるリオも、未佳の真実を知る者としては当て嵌まらない。
あくまでリオが知っているのは、未佳が屋上から飛び降りたことと、あと162日あまりで、未佳が死亡するという事情を知っているだけ・・・。
その未佳が飛び降りを考えた肝心の経緯に関しては、彼はまったくと言っていいほど知らないのだ。
おそらく今は、予想ですら立てられていないだろう。
誰も・・・。
何も・・・。
みんな・・・知ラナイ・・・。
絶えることなく、まるで貼り付けるように作っていた笑顔の向こうに、誰が悲哀の瞳を見れただろうか。
長きにわたり愛され続けた、歌詞の通りに繋がれた言葉の歌声に、誰が本当の侘しさを聴き分けられただろうか。
そして何より・・・・・・。
誰から見られても相変わらずの人間であった“坂井未佳”の変化に、一体誰が・・・・・・・・・。
でもその一方で・・・誰にも察してほしくない想いもあった。
それはまだ自分の終わりに日があるからか。
それとも胸の奥に秘めている真実からか。
それは当人にも分からない・・・。
けれど今は、誰もその真実に、触れないでほしいと思った・・・。
特に・・・・・・・・・。
“あなたにだけは・・・・・・・・・”
〔触れられたくない現実・・・・・・〕
「・・・・・・・・・・・・ぇっ・・・?」
〔そういう感じになってたよ。・・・目が〕
「・・・・・・・・・・・・」
ふっと心なしか、リオに胸の奥を見透かされたような気がした。
まるで一昨日のように・・・自らの身体を擦り抜けられたように・・・・・・。
「・・・・・・・・・。適当なこと言わないでくれる? カンジ悪・・・」
〔あれ・・・? 当たってたから黙ってたんじゃないの?〕
「当て嵌まんないこと言ったから、思考が一瞬停止したのよ・・・」
〔どうかな?〕
「何よ? ・・・今日はやけに私の内面に対して絡んでくるじゃない??」
〔うん・・・。このまま絡んでいけば、いつか奥深くに隠してることも曝け出すかなっ? ってね・・・〕
時々、リオはこんな風な顔をする。
まるで自分の姿が見えるものを散策するような。
ボロが出るのを待ち伏せているような、そんな顔・・・。
いつも決まってそういう表情を見せる時は、彼全体が様子を見計らっている小さな獣のように感じる。
小さいけれど・・・その分動きは素早い。
少しでも弱みや痛みを見せれば、即座にそこに向かって飛び掛かってくる。
こちらを探って、何か真相に繋がるような言葉を口走ってしまえば、そこに噛み付いてくる。
そんな眼差し・・・。
そしていつもこういう時、未佳は防御ともお約束とも取れるやり方として、その目を見つめ返す。
ある種これを『睨み返す』と言い表す者もいるだろうが、とりあえず未佳の中の言葉では『見つめ返す』だ。
ただ静かに・・・。
顔全体を当人にむけるのではなく、目だけを向ける形で・・・。
リオがそんな風な行動を取ってくる理由に関して、未佳には心当たりがあった。
それは、きっとこんな風に丸数日間も傍にいるにもかかわらず、こちらの自殺理由がまったく分からないからだろう。
別にメンバーから冷たくあしらわれているわけでもないし、好きなことはそこそこ出来て、叶っている。
歌を歌う生活に苦痛のようなものを感じている素振りもない。
誰がどう見たって・・・幸福な日常・・・。
時折見せる暗い影は、自分が残り半年で死ぬことを意識したことに対してのみ・・・。
自殺した理由には一切繋がらない・・・。
そんなことがほぼ毎日のように繰り返され、リオ的にはその全てが理解不能なのだ。
何が哀しくて。
何で絶望して。
何にあの屋上まで追い詰められたのか・・・・・・。
リオの大きな蒼い瞳に、未佳の今の顔がハッキリと写り込む。
そういえば屋上から最初に飛び降りたあと、初めてリオに出会った時も、リオの瞳には未佳が写り込んでいた。
『青』という色は、黒とは違い、裸眼に写るものの姿がかなり鮮明だ。
そのくせこれほどまでに至近距離ともなると、リオの眼球に写っている自分の目ですら、薄らと確認できてしまう。
そこに写り込む瞳は、瞬きこそ一定の間隔では繰り返すものの、瞳の中に関してはまったくと言っていいほどまでに動かない。
この目から、真相を探せるなら探してよ・・・。
ボロが出ると思うのなら、ボロを出させてみなさいよ・・・。
“ワタシ”を解けると思うのなら・・・解いてみなさいよ・・・。
明らかな挑発の眼差し。
明らかな反撃の眼。
自分の鏡写しの目を見て思う。
これは・・・・・・睨んでる・・・。
「フッ・・・」
〔?〕
ある意味こちらが予想していた反応とは違っていたのだろう。
いきなり堪え切れずに吹き出すように笑う未佳に、リオは不満そうに顔を顰める。
〔・・・何?〕
ついでに声のトーンにも刺が出た。
「ううん、別に・・・。ただ・・・、こんなことでボロを出す気なんて、私は更々ないわよ?」
〔・・・・・・・・・〕
「むしろ・・・そっちこそ大丈夫なの? まだ5ヶ月近くも期間は残ってるのに、早くもこっちからの『ヒントくださ~い』みたいになっちゃって・・・」
〔別にそんな風な求め方はしてない・・・〕
「でも荒い感じに調べ出したのは事実じゃない。そうでしょ? ・・・・・・・・・悪いけど、私はそんなんで真相口に出したりはしないから・・・」
最後にそう強く念を押すように言うと、リオはようやく諦めがついたのか。
それとも、さほど最初から真相を聞けるなどと考えてはいなかったのか。
まるで溜息にも似た感じの息を吐いたと同時に、そのまま姿を消してしまった。
もちろん、まだ近くの何処かに身を潜めている可能性はある。
下手をすれば、姿だけ見えなくして、まだ目の前の手摺りに座っているかもしれない。
でも・・・・・・。
だとしても・・・・・・・・・。
(理由なんて・・・・・・・・・私はまだ・・・・・・言わない)
ゲームは昔から得意だ。
だから向こうが自分の正体を伏せているかぎり、こちらも自分の真実はめくらない・・・。
たとえその真実の正体が、価値のない絵札だとしても・・・・・・。
予約死亡期限切れまで あと 162日
『チョコケーキ』
(2003年 2月)
※事務所 控え室。
厘
「うわ~♪ ホンマに凄~い!!」
※みかっぺお手製のチョコケーキに、大興奮するメンバー。
さとっち
「どないしたんっすか? コレ・・・」
みかっぺ
「エヘヘ~♪ 昨日のオフ使って、今日のために家で作ってたの~(^^) せっかくのバレンタインだし」
栗野
「いや、でも・・・。車で話は聞いてたけど、コレかなりの出来栄えじゃなーい??」
手神
「凄いなぁ~。僕ガトーショコラは大好きだけど・・・。一から作ったことなんて一度もないよ」
厘
「せっかくやから、早よ切り分けてみんな食べよ」
栗野
「そうね。・・・じゃあ、いざ!」
※ふっと、ガトーショコラを人数分にカットする栗野。
栗野
「あら?(見) ・・・まっ! このガトーショコラ、中にチョコソースが入ってるじゃない!(爆) うわっ、贅沢~」
みかっぺ
「でしょ~?ヽ(▽⌒*) 実はフォンダンショコラ作ろうとして火加減間違えたの~(笑)」
さとっち・厘・手神・栗野
「「「「え゛っ・・・?(ーー゛)」」」」
ようは焼き過ぎてガトーショコラになっちまったと・・・(爆)