126.昼食どうする?!
遊覧船乗り場到着後。
6人は公園内に植えられている桜を観賞したり、海を眺めたりと、非常にまったりとした時間を過ごした。
その間、ほぼ同時に港へと到着していた遊覧船は、再びそれなりの人数の乗客を乗せ、広い東京湾へと出港。
時刻的にも2時近くへと差し掛かり、辺りには午後の時間を優雅に楽しむ者と、少々早いが公園をあとにしていく者達が見られた。
そんな周りの人々の様子を何となく見つめていたその時。
ふっと手神がこんなことを呟き出した。
「なんかお腹減ってきたね・・・。みんな空かない?」
もちろんそんなことはない。
むしろとっくに昼過ぎなのだから、腹が減るのは当たり前だ。
ついでにその手神の発言は、今の未佳にとって『待ってました!』と叫びたくなる言葉でもある。
「確かに・・・。いくら朝食遅めとはいえ、さすがにお腹空いたわね・・・」
「手神さん達なんて、途中走っとったから尚更やろ?」
「ま、まあ~・・・ねっ・・・」
「じゃあ・・・・・・。これから帰りのこともありますし、とりあえずみんなで何か食べに行きましょうか」
「そうね。・・・あっ、そういえば未佳さん。何処かお店マークしてるんでしたよね?」
「そう♪ そう♪ あのねぇ~、ちょっとだけ移動するんだけどぉ~」
そう口では説明しつつ、未佳はその店の情報が記載されたプリント用紙をクリアファイルごと、カバンの中からゴッソリと引っ張り出す。
これは大阪を立つ前の日に、前もって自宅のプリンターからプリントアウトしておいたものだ。
もっとも、その周辺にはいくつか同じような店屋が並んでいるのそうなので、何処の店舗に入るかは行ってから決めるつもりであるが。
「何処に入るかは決めてないんだけどぉー・・・。まあ、みんなで行ってから吟味しようかなぁ~って」
「えぇー・・・」
「・・・えっ?」
ふっと、未佳の耳にもハッキリと聞こえてきたその不満大アリな声に、未佳はバッとその声のした方へと首を向ける。
一応、顔を見ずとも声だけで誰なのかは判別できていたのだが、一体どういう面構えでこんな声を上げているのか。
そんなちょっとした不快感からの興味本位で、その相手の顔を睨み付けてみる。
するとなんということだろう。
その睨み付けてみた相手は、そんな未佳の顔よりも遥かに不満げそうな面持ちで、ムスッと両腕を組みながらこちらを睨み付けていた。
予想よりも遥かに悪いその顔立ちに、思わず未佳の方が一瞬引きつりそうになる。
「うおぉっ・・・! っと・・・・・・・・・何? その視線と顔・・・」
「いや。『何?』ってか・・・」
「なんか文句でもある?!」
「大アリっすよ。なんでソレもっと早くに言わなかったんっすか?」
「・・・・・・はっ?」
『もっと早くに』も何も、こちらにだってこちら側での『段取り』というものがある。
東京から大阪へ帰る前の昼食時に、こちらがずっと目を付けていた食べ物屋へと向かい。
そこで初めて皆に『ジャジャジャーン♪♪』と、これから食べる予定の料理を発表するつもりだったのだ。
当然、たった今長谷川が言った通りのことなど、できるわけがない。
第一、一体何故長谷川は『もっと早くに言え』などということを言うのだろう。
もしや既に、ホテルか何処かで昼食を入手してしまったのだろうか。
はたまた、今日のこの日のために、何処か店屋でも予約してしまったのだろうか。
そんな可能性が脳裏を過る中、二人の会話に一瞬間が空いたのを見計らい、事情を知っている手神がことの真相を未佳に説明した。
「さ、坂井さん、実は・・・。長谷川くん、昨夜からちょっとこっちの方で食べたがってるものがあって・・・。今日・・・お昼にソレを食べるつもりでいたんだ」
「えっ? ・・・・・・えっ??」
「うん。そういうことです・・・」
「・・・・・・えぇっ?!」
つまりはこういうことだ。
未佳と長谷川はそれぞれ、今回のイベント開催地ににて食しておきたい食べ物があった。
しかしその内容については、お互い心の奥底に計画を膨らませたまま黙秘。
結果本日のたった今になって、互いが互いの計画を知る羽目となってしまったというわけである。
しかもお互いが考えていたその計画は、食べに向かう時間や日付けまでもがモロ、ドンピシャ。
ついでに何故か未佳の方が優勢的に仕切ってしまっている状況であったため、同じく似たような計画を企てていた長谷川からしてみれば、当然黙ってなどいられるはずもなく。
このような少々不満大アリな態度で『待った』を掛けてきたというわけだ。
「えっ!? ・・・さとっちもなんか目付けてたの!?」
「付けてましたよ。悪いっすか?」
「は、長谷川くん・・・。何もそんなムキにならなくても・・・」
「えっ、でも・・・・・・。実はみかっぺも、昨日から『みんなで食べたいやつがあるぅ』って・・・」
「「えっ?」」
「ねっ? 栗野さん、日向さん」
「え、えぇ・・・。そう、言ってましたよ? 未佳さん・・・」
「あっ、実は私・・・。お互い『食べたいのがある』っていうの・・・聞いてたんですけど・・・」
「「「「〔「・・・・・・・・・エェッ?!」〕」」」」
『ソレを知っているのなら何故言わない!?』とでも言いたげな態度で、周りにいた5人と一人は、一斉に日向の方に視線を向ける。
一方の日向も、どうやら多少周りがこの手の反応をしてくると察していたのが、その場では苦笑いで表情を構えていた。
しかし、いざ周りから向けられた視線を見てみると、どう考えても苦笑いごときで済まされるような状況でない。
現にそれを頷けさせるかのようなタイミングで、栗野と厘が一緒になって聞き返してくる。
「知ってたんならなんでもっと早くに言わないのよ! 日向さん!!」
「せやせや! おかけで場の空気めっちゃ悪ぅなってるやないのっ!! 日向さんならこの展開とっくに読めたはずやん!!」
「だ、だって・・・・・・。私てっきり、未佳さんと長谷川さん二人で考えてるんだろうと思ってたから・・・。まさか別々だっただなんて・・・」
「ま、まあ・・・。ずっとあなたが言わずにいたってことはそういうことなんでしょうけど・・・」
「でも長谷川さん・・・。確かに未佳さん、ずっと昨日からこのこと言ってたんです。移動中のバスの中とかでも・・・」
とりあえずは同性立場として未佳側に付きつつ、日向は未佳が前日からこのことを口にしていたと主張する。
そもそもこの計画は、それよりもかなり前の段階から計画していたものだ。
だからこんなお店の情報が載っているプリントまで用意してきている。
今更『今回は見送ってくれ』などと言われても、そうは諦めがつかない。
こうして周りが察していた暗雲な流れはモロに的中し、未佳と長谷川は毎度恒例の口論合戦へと発展した。
「えぇ~っ!? 嫌よぉー!! 私イベントの場所知らされた時から、ずっと『コレ絶対に食べて帰る!!』って決めてたんだもん!! ソコは譲んないっ!!」
「なんでや!! そらこっちかて同じやぞ!? こっちも数日前から目ぇ付けてたんやからな!? それに毎回毎回坂井さん、周りに譲りに譲ってもろてるやないですか! 今回ばかりはこっちに譲るんが常識違ういます?!」
「それこそなんでぇ~っ?! 普通男の人の方がこういう場合譲るんじゃないの!? 大体私・・・ッ! 今日その場所行くために、わざわざ自宅でシコシコ地図プリントしてきたんだから~・・・ッ!!」
「そんなんこっちかて・・・! コイツん中にめっちゃ情報取り込んどったわっ!!」
そう反論しながら『カンッカンッカンッ』と人差し指で叩いていたのは、例の長谷川愛用のスマホ液晶画面。
つまりはスマホ内の『お気に入り』にでも入れている、と言いたいのだろう。
主張するモノと言い、やり方と言い、一瞬ではあるものの、思わず『このデジタル男!!』と叫びそうになった。
もっともこの言葉は、残念ながらこの場にもう一人いるデジタル人間を巻き込みそうであったので、止む無く喉の奥に押し堪えたが。
「はぁ~!? 何よ、ソレェ~ッ!! 大体そんなんッ・・・! 電池切れたら一発K.O.やん!! 全っ・・・然宛てになんない!!」
「勝手に電池切れ状況にすなっ!!」
「と・に・か・く!! 私は絶対にここに行くのぉ~っ!! 行きたければさとっちだけで行ったらいいでしょお?!」
「こんな帰宅時刻間近に別行動が許されるわけあるかァ!! ええか? 僕は絶っ・・・対に引かへんからなっ!? 今回ばっかは何がなんでも・・・!」
「なっ、なんでよぉー!!」
「何っすか!?」
「はいはいはいはいはいっ! ストップ! ストオオオォォォップ!!」
さすがにこれ以上口論させると、この先大阪へ戻っても取り返しがつかなくなる。
それを長年の付き合いから重々理解していた栗野は、形振り構わず二人の間に割って入った。
「まぁ~ったく・・・! あなた達はちょっとしたことでいつもこうなるんだから!!」
「だって栗野さん! さとっちが・・・!!」
「・・・ッ!! 何やて!? 違う! 坂井さんが・・・!!」
「だから『止めなさい』って、言ってるでしょ!? この小学生コンビ!!」
もちろん『誰が「小学生コンビ」?!』と二人が食って掛からぬよう、言った側である栗野はひたすら二人を睨み返す。
こうでもしなければ、この二人が口を閉じることはないということも、栗野は十分理解していた。
「とりあえず問題一回整理ね!? ・・・まず、未佳さんは今日、皆さんと食べに行きたいものがあった。そうね?!」
「はい!」
「一方長谷川さんも、未佳さんとはまったく別計画で、昼食に食べたいものがあった。合ってる?!」
「合ってます!」
「で。それがお互い本日になり発覚し、どちらの計画を実行するかでもめている。Yes?!」
「「Yes!! Although it’s right,what is It?!(はい!! その通りですが何か?!)」」
「・・・・・・う~ん・・・」
とりあえずお互いの事情を改めて確認しつつ、栗野は片手を頬に当てながら考え込む。
確かに長谷川が主張した通り、未佳の要望や希望に関しては、何かと周りから了解され、実現されることが多い。
そう言った部分で考えるとするならば、今回は長谷川の方を率先してやりたいとは思う。
しかし長谷川は、過去に真昼間であるにも関わらず、牛丼屋やとんかつ屋、焼肉屋など、かなりのボリューム&こってりな料理店へ、皆を引き連れて行ってしまったことがある。
もちろんそれらが『いけない』というわけではないのだが、日中からそれらのメニューというのは、女性陣側にとってはそこそこヘビーな内容。
そのため半分救いを求めるような形で、ついつい未佳側のリクエストを推薦してしまうことが多かった。
それに今回のこのメンバーの中には、そこそこ食わず嫌いな人間もいる。
そこも、最終的にはかなり考慮しなくてはならない。
なにせ嫌いなものを無理やりなら食べられるレベルならまだしも、その人物は『食べない』のだから。
「本当はー・・・。坂井さんと長谷川くんが公平に決められればいいんだけど・・・」
「! ・・・そうよ、さとっち。ここは公平にジャンケンで一発勝負にしましょう? それなら文句ないでしょ?」
半分上から目線のような喋り方をしながら、未佳はグーの形にした右手を顔の横に並べる。
しかし長谷川は、その未佳側からの提案を拒絶した。
「やだ・・・」
「!! なっ・・・、なんでよぉ!! 私が正直に『公平に決めよう』って言ってるのよ?!」
「ジャンケン・・・。結成してこの方『公平』やった試しがないもん・・・」
ある意味潔いというか。
皮肉ありまくりというか。
どちらにせよ、この場で威張って言うべきことではない。
「・・・あぁ、うん・・・。その・・・・・・聞き返した私も悪かったかもしれないけど・・・。やる前から負け認めないでくれる!?」
「別に認めてない・・・。ただ、坂井さんとは絶っ対にやりたくない!!」
「その強調された『絶対』は何!?」
「で、でも・・・。長谷川くん・・・、ジャンケンやれば1/3の確率で勝てるんだと?」
「そうよ、長谷川さん。しかもその2/3の中には『あいこ』もあるんですから」
「無理や・・・・・・。0/87で負ける・・・」
「ちょっと! それじゃあまるで私がイカサマやってるみたいじゃない!!」
「しかも長谷川くん・・・。何気に坂井さんとのジャンケンの回数、数えてたんだね」
「うん、悔しかったんで・・・」
「理由になってない!!」
「あっ・・・。じゃあ長谷川さんの代役で、代わりに厘さんが坂井さんとジャンケンしたらいいんじゃないですか?」
「・・・エッ?」
そんな日向の突発的過ぎる提案に、少々厘は戸惑いの表情を浮かべる。
ちなみに何故厘が長谷川の代役に抜擢されたのかと言うと、単純に未佳とのジャンケンで互角になれるのが厘だけであったからである。
もちろん、確率的には未佳の方が数段勝っている数が多いが、厘も起こす時には起こす人間。
ここぞという時での勝負相手には向いている。
「そんなぁ~・・・。ウチ無理やよぉ~。責任重大やも~ん」
「まあまあ、そう言わずに・・・」
「厘さんなら、ほぼ互角で未佳さんとジャンケン勝負できるんですから」
「それでウチが勝ってしもたら?」
「「・・・えっ?」」
「さとっちが食べたがってるもんがまた肉やったらどないすんの!? ウチ肉なんて食べへんよ?!」
ドテッ!!
「問題はソコかいっ!!」
ちなみに長谷川の話によると、その食べ物は肉の入っているもの、いないものもあるらしく。
食べる側によって内容は好きに選べるとのことであった。
「えっ? ・・・お肉無しもあるんですか?」
「ま、まあ一応・・・。魚介とか野菜とか、その他もろもろ・・・」
「まさかジャンクじゃないでしょうねぇ!?」
「違-うーわーっ!!」
「・・・・・・・・・よしっ! 分かった!」
ふっとここで、しばし二人の言い分を黙って聞いていた栗野は何かに気付き、グーにしていた右手を左手の上に『ポンッ!』と乗せる。
そしてその次に出てきた彼女の発言は、これまた実に妙なものであった。
「じゃあとりあえずお二人さん・・・。その『食べたい』っていう料理の名前、同時に言ってみてください」
「「・・・・・・はっ!?」」
「何言うてるんっすか!? 栗野さん!」
「そんなことしたら、お互い名前がごっちゃごちゃになっちゃうよ!?」
「いいから! とにかく私が言った通りにする! ほらっ!!」
半ばそんな栗野の態度に押されつつ、二人は渋々向き合うのを止め、栗野の方へと視線を向けた。
「いい? 行くわよ? ・・・はい、せーのっ!」
「「もんもんじじゃき!! ・・・・・・・・・えっ?」」
やはり二人が予想した通り、同時に発した言葉は形にはならなかった。
しかし何故か途中まで似通っていたように思い、未佳と長谷川は顔を見合わせる。
冷静に解読するならば、長谷川が発言に1テンポほど遅れ、そしてそれとは別に、未佳が語尾に二言ほど多かっただけではないだろうか。
「今ー・・・、何て聞こえました?」
「もんもんじじゃき」
「いや、そのまんまじゃなくて・・・」
「へっ?」
「なんか~・・・・・・。二人とももしかして『もんじゃ』って言った?」
そう手神に聞き返され、再び二人はお互いの顔を見合わせる。
先陣を切って尋ねたのは、未佳の方であった。
「さとっち『もんじゃ』って言った?」
「え? えぇ・・・・・・・・・。えっ? 坂井さんも??」
「私も『もんじゃ焼き』って・・・・・・言った。今・・・」
「・・・・・・・・・って、一緒やないっすか!」
まさかお互いに同じ食べ物のことを差しているとは思ってもおらず、二人はただただ唖然と相手を見つめる。
ただその一方で、そんな二人の展開を見事予想していた人物もいた。
「ほ~らねっ♪♪ やっぱり私の思った通り・・・。そんなことだろうと思ってたのよねぇ~。この近辺で有名な食べ物って言ったら、海産物かもんじゃ焼きしかないし・・・」
「さ、流石は栗野さん・・・!」
「私、伊達にこの二人の面倒を10年間も見てないから・・・。そもそもあまた達、好みが比較的被る方なんだから、ちょっとココを使えば分かるわよ」
そう、何とも上から目線風に頭頂部をトントンと叩く栗野に一瞬ムッとしつつ、二人は再び向かい合ったお互いに対して、困ったような笑みを浮かべた。
「な・・・、なんや同じのやったんやな・・・」
「そ、そうだね・・・。アハハハ・・・・・・・・・・・・ごめんね・・・」
「ん? ・・・・・・ええって、ええって。こっちもちょっと調子乗って言い過ぎたわ」
「ううん」
元を辿れば、最初にお互いが何を食べたいと考えているのか、聞けばよかったのだ。
自分の気持ちを控え抑え、互いに尋ねればよかったのだ。
そんな当たり前なことですらできなかった、十年前と変わっていなかった自分に、未佳は『ふぅー・・・』と溜息を吐いた。
「えっ? 結局何処で何食べるん??」
「ん? とりあえずもんじゃ焼き食べに行こうかなぁ~って」
「もんじゃ・・・焼き?」
「あれ? ・・・もしかしてもんじゃ焼き知らない?」
「いや、もんじゃは分かるんやけど・・・・・・。なんで『もんじゃ』なん?」
「えっ? だってほら・・・。豊洲の一つ前が月島だからだよ。『月島』・・・と言えば『もんじゃ焼き』!」
手神の言う『一つ前』とは、豊洲から月島までの駅のことだ。
豊洲から月島までは、電車で一駅。
その気になれば、徒歩でも向かうことができる。
そして月島と言えば、関東に住む人間であれば知らない者などいない、もんじゃ焼き店の倉庫。
中でも車道と歩道の両側がもんじゃ焼き店に埋め尽くされている、通称『もんじゃ商店街』は、月島でもっとも有名なもんじゃ焼きスポットである。
「あぁ~!! あるある! もんじゃ商店街・・・。あれ月島やったんやね」
「そそっ」
「じゃあー・・・。さとっち、どっか店舗決めてる? 私行ってから決めようと思って・・・」
「実はこっちも特に決めてないんっすよ・・・・・・。どします?」
「あっ・・・・・・。そういえばネットとかにそういうの出てないんですか? レビュー、とか・・・」
ふっとその話を聞いていた日向が、まるで思い出したかのように長谷川に尋ねた。
確かにこの場には、長谷川が所有しているスマートフォンがある。
これでインターネットに繋ぎ適当に単語を調べてしまえば、すぐにでも何処の店舗が人気なのか分かるはずだ。
しかしその日向からの提案に首を横に振ったのは、他ならぬ長谷川であった。
「いや、あの手のは宛てにならんから止めとき・・・」
「えっ・・・?」
「あんなん見て行ったら、ロクなことないっすよ?」
「・・・・・・・・・・・・その言い草・・・。長谷川さん、前に私の知らないところで何かありましたね?」
「えっ? ま・・・、まあちょっと・・・」
「・・・・・・まさかワクトラ関係じゃないでしょうねぇ?!」
「違いますよ!! 個人的なのですっ!!」
〔・・・『ワクトラ』って何?〕
「・・・・・・・・・・・・」
『ワクトラ』とは『仕事』を意味する『work』と、死活上などで発生した『問題』を意味する『trouble』の略語。
つまりは『死活問題』を言い表した言葉で、未佳達の間では、主に同じ事務所のアーティスト達の間でよく使われている。
さらにもっと詳しく言うと、この言葉は基本的に女子しか口にしない。
(だからなんであなたが知ってるのよ・・・ッ!! 女子じゃないんだから・・・!!)
〔ねぇねぇ? 『ワクトラ』って何なッ・・・ノッ?!〕
「だからあなたは一々聞かなくていいの~っ! 少しは黙ってなさい!!」
昨日と同様にリオの両頬辺りを片手で摘まみながら、未佳はその口を封じさせる。
これは特に教えなくともいい話であるし、むしろこうやって余計な言葉ばかりを覚えられても困る。
「じゃ、じゃあ・・・。やっぱり行ってみないとアレですからね・・・?」
「手神さんはお店の候補ないん?」
「えっ? ・・・なんで僕?」
「だって手神さん。何度かこっち来たことがある、言うてたから・・・。もしかして月島行った経験あるんやと思って・・・」
「あ、あぁ~。なるほど・・・」
確かにそれは鋭い読みであると感心しつつ、手神は右手を顎に当てながら宙を仰ぐ。
確かに手神は昔、何度か月島でもんじゃ焼きを食べに出向いたことがある。
もちろんそれは、まだ手神が関東に暮らしていた頃の話だ。
今ではもうかなり昔の思い出となってしまったが、とりあえず行ったことはある。
だが。
「・・・・・・・・・・・・まあないことはないんだけど・・・」
「おっ! 厘さん、尋ねがいがありましたね」
「ただー・・・・・・。アレかれこれ30年近くも前の話だし、今もその店舗があるかどうか・・・」
「とりあえず~・・・。行ってみようよ。無かったら無かったで、オススメの他の店舗探す感じでさ」
「・・・そうっすね」
「そうするか」
「じゃあまずは地下鉄有楽町線で、月島まで行くわよ~!」
「うへっ・・・。また地下鉄なん~? も~う人混みなんて嫌やぁ~。勘弁してよぉ~」
そんな厘の嫌そうに歪められた顔を見て、5人は笑いながら駅へと向かうのだった。
『頭隠して』
(2001年 4月)
※事務所 控え室。
コトッ(倒)
手神
「ん? あ゛っ!!Σ゛(◎□◎)」
※運悪くコーヒーのカップを楽譜に倒してしまった手神。
手神
「ヤバイッ!!(焦) 自分の楽譜の上ならまだしも・・・、コレ長谷川くんの楽譜じゃないか!!(汗)」
さとっち・みかっぺ
「「ただいま~」」
手神
(ゲッ!Σ(゛°□°) このタイミングで帰って来ちゃったよ!!(爆) と、とにかく何処か様子を伺えるところに・・・!)
※ふっと、とっさに引き戸のところに穴が空いているロッカーへ隠れる手神。
みかっぺ
「あれ? ・・・手神さん、いなーい」
厘
「おっかしいなぁ~。確か部屋に残ってたはずなんやけど・・・」
さとっち
「手神さんも、何処かにランチに出たの・・・あ゛ぁっ?!(二度見)」
みかっぺ
「何!? どうしたの?!」
さとっち
「僕の書いた楽譜・・・! コーヒーでびっちゃびちゃやん!!」
厘
「ホンマやぁ~! インクも滲んでしもてるし・・・!」
みかっぺ
「確か出掛ける前、コーヒーなんてなかったよねぇ!?」
さとっち
「一体誰がこんな・・・! ・・・・・・・・・」
みかっぺ
「ん? どうしたの??」
さとっち
「いや・・・。よく隠れた時の言葉で『頭隠して尻隠さず』とは言いますけど・・・」
みかっぺ・厘
「「うんうん」」
さとっち
「あそこ・・・。なんか穴越しにサングラスで覗いてる犯人(方)が・・・(ーー゛)」
手神
「ギクッ!Σ(@_@。;)」
ちなみに見つかった要因は、サングラスが光りに反射して光っていたためです・・・。