124.spring breeze… blowing……
港を目指して歩き始めること、約30分。
時おり桜の枝や海を眺めながらの歩行であったので、距離的にはそんなに進んだわけではなく。
さらに写真の方も、今のところ3人が撮影したものは並木道からの海と、蕾の大きくなった桜の木の枝。
そしてピンボケとなっている船の写真のみである。
「この写真要らないよね? ピンボケだし・・・。ポチッ」
「もう一個くらい違うの撮りたいんやけど・・・」
「ニャ~」
「あん? ・・・・・・今どっかで猫鳴かへんかったか??」
ふっと突然聞こえてきた猫の鳴き声に、長谷川は頻りに辺りをキョロキョロと見渡す。
しかし自分達の近くに、猫らしき生物の姿は何処にもない。
おまけに声が聞こえてきた左手側は、それこそ船が走れるほどの深さのある海だ。
猫などいられるはずがない。
「エェ~?! まさかぁ~!」
「だって今『ニャー』言うたで!? ホンマに・・・!」
「でも隣は海よ?」
「そらそうやけど・・・。でも確かに今・・・!」
「ニャ~」
「「!!」」
今度は未佳の耳にもハッキリと、何かが『ニャ~』と鳴く声が聞こえてきた。
しかもその声のした方へ視線を向けてみれば、自分達の本当に目と鼻の先。
海に落ちぬよう設けられている白い策の真下に、中くらいの真っ白な鳥が座り込んでいた。
それも座っている場所と言い、色合いと言い、鳴かなければ誰も気付かなそうな場所で、鳥はジッとこちらを見上げている。
少しばかりしゃがんでその姿を見てみると、どうやら昨日の行きのバスで目撃したのと同じ、海鳥の一種のようだ。
「あっ、あなただったのね?! 『ニャ~』って鳴いてたの」
「ニャ~」
「こら居ても気付かんはずやわ~・・・。色同化してますもんね」
「うん。・・・そうだ、今のうちに写真撮っちゃお♪」
カシャッ
「エヘヘ~。昨日のカモメさん♪」
「ん? ・・・あっ・・・。コレ、みかっぺ違う。『カモメ』やなくて『ウミネコ』やよ」
「う、ウミネコ・・・??」
偶然にも同じく海鳥を覗き込んだ厘が『カモメ』と口にした未佳の発言を訂正した。
事実ウミネコとカモメは、どちらも海沿いに暮らすメジャーな海鳥の一種。
ただし、その鳴き声や体色などにはハッキリとした違いがあり、海に行き慣れている人間であればそれなりに見分けられる。
「この鳥さん、カモメじゃないの?!」
「だって『ニャ~』言うたやん」
「猫みたいに鳴くから『ウミネコ』なんだよね」
「あっ。やっぱりカモメって『ニャ~』って鳴かないんっすね?」
「え゛ぇ゛~・・・? 私完全にカモメだと思ってたー・・・」
「でも・・・。なんで逃げようとしないんですかね? こんなに近くに人がいつのに・・・」
確かに日向がそう口にした通り、そのウミネコはちょこんと海と歩道の境目に座り込んだまま。
特に大勢で覗き込む自分達に恐がるでもなく、ただただこちらの様子をジッと見つめている。
しかもその眼差しは、まるで何かを期待して待っているかのようにも伺える。
正直野生で暮らす生物達がそのような態度や視線を寄越すということは、そのような行動を起こさせる何かが、彼らの過去にあったということ。
そしてそれらに当てはまる内容のほとんどは、本来ではあってはならないことである場合が多い。
現にこのウミネコも、それらに関することを期待して、こちらを見つめていた。
「たぶんこん子ら・・・。餌付けされてるんやね」
「エッ? ・・・それって~・・・。人間からご飯もらってたってこと??」
「あるいは生ゴミな? とりあえず『人間から美味しいものもらった』いう記憶があるから、ウチらを見ても怯えへんのよ」
「むしろ呼び止めるように鳴きましたからね? コイツ・・・」
「じゃ、じゃあ・・・。この、私達が感覚として感じる、あの期待気な視線はー・・・」
「たぶん・・・・・・。『ご飯ちょうだ~い♪♪』」
「よっしゃ。行こう」
即座に状況を理解するや否や、長谷川はこの場で足を止めるのは危険だと判断し、すたこらさっさと先の方へと歩き出す。
さらにそれに続くよう、未佳達もすぐさま視線をウミネコから反らし、長谷川のあとをスタスタと追って行った。
本来、人間がこのような態度や行動を見せると、動物は即座に『失敗した・逃げられた』と判断し、次なる行動を起こしに掛かる。
この時もっとも多い行動としては、次なるターゲットが現れてくれるのを待つ切り替え行動や、あるいは同じ場所での餌待ちは困難だと判断し、場所を移動するのが一般的である。
しかしこちらのウミネコは、そのどちらでもないかなり荒手な行動を選び、それを実行に移した。
偶然にもそのウミネコの行動に気が付いたのは、列的には一番後ろの方を歩いていたリオである。
〔・・・・・・・・・〕
「・・・・・・・・・」
〔・・・・・・・・・未佳さん・・・〕
「ん? 何?」
〔ちょっと・・・・・・いい?〕
「・・・・・・なんか内容聞くの恐いから、五・七・五風に分けて言って」
〔なんで!?〕
「いいから! 簡潔によ!? 簡潔に!!」
〔・・・・・・・・・追ってくる・・・。僕らのあとを・・・ウミネコが・・・・・・〕
「・・・・・・・・・」
ピタッ・・・・・・
「ン゛ッ!?」
一瞬全身に鳥肌が立ったような感触を覚えつつ、未佳は即座に背後を振り返ってみる。
すると未佳の立っている位置から約1メートル後ろに、なんと先ほどのウミネコがちょこんと立っているではないか。
しかも未佳が振り返ったことで『ヤバイ』と感じたのか、いっちょ前に車道の方を向いて視線を反らすという、かなり高知能的な行動を見せてきた。
その知能犯的な行動はまるで、鳥類において最大の頭脳を持つカラスのようである。
一気にその光景を見て恐ろしくなった未佳は、ゆっくりと正面を向き直ると、再び皆の後ろを歩き出してみる。
足音はなくとも感じる、追跡されているような気配。
内心『これがストーカーというものなのだろうか』と頭の片隅だけで思いつつ、未佳はもう一度。
ゆっくりと足を止めて、後ろを振り返ってみる。
ウミネコは、先ほど未佳が足を止めていたちょうどその辺りに、やはりステイしていた。
しかもその表情や追跡方から考えるに、明らかに何かを求めてついて来ている。
(嘘でしょ・・・? ・・・絶対にこっちきてるじゃない!!)
半分その光景に冷や汗を流しつつ、今度は試しに後ろを見つめたままで歩いてみる。
するとやはり未佳の視線が気になるのか、ウミネコは5歩ほど未佳が歩いてみても、そのあとを追い掛けてこようとはしなかった。
徐々に未佳とウミネコとの距離が、1メートル半に差し掛かる。
(よし・・・よし・・・。このままこっちには来んといてぇ~・・・!)
しかしその未佳の願いは、ちょうど未佳の足が10歩目に差し掛かった辺りで、脆くも断ち切られた。
さすがにこれ以上距離が広くなってしまうことに堪えきれなかったのか。
はたまた未佳がこちらを見つめている状態でも安全だと判断してしまったのだろうか。
ウミネコは今度は足ではなく、なんと堂々と美しい白と黒の翼で、軽くひょいっとこちらに向かって飛んできたのだ。
しかも少しばかり身体を浮かせるようにして飛んだウミネコは、差ほど長距離を飛ぶというわけでもなく。
パサッと翼を一羽ばたかせ、これまた体二つ分くらいの距離にちょこんと降り立つ。
そこから未佳への距離、およそ1メートル。
(~・・・ッッッ!!)
正直、冷静でいられるのはここまでが限界であった。
「ギャア゛ア゛ア゛ァァァーッ!! みっ・・・、みんなァ゛~ッ!!」
「「「・・・ん?」」」
「は?」
「未佳さん、どしました?」
「あの鳥付いてくるぅ゛~ッ!! 恐゛~い゛!!」
「? 付いてく・・・・・・ぁ゛」
ふっと未佳の背後に視線を移した長谷川も、堂々と自分達の真後ろを追ってきていたウミネコに、思わず濁ったような声を上げた。
「アカン・・・。こら確実についてくるで?」
「! イヤァ~ダァ~ッ!!」
「完全に目を付けられてるな・・・」
「どないしょう・・・」
「・・・・・・コラ゛ァ゛ーッ!!」
という大声を試しに上げてみたのだが、ウミネコは一瞬首を引っ込める程度で、まったくその場から飛び去ろうとしない。
長谷川の叫び声に迫力がなかったと言えば、それまでではあるが。
「全然ダメじゃない・・・」
「『鳥』って大声ダメじゃなかったでしたっけ??」
「かなり人馴れしてるみたいだから、この程度じゃ驚きもしないんだよ」
「あっ・・・。せやったら案外、天敵の声真似たら逃げ出すかも・・・」
「天敵? コイツの?? ・・・・・・ってか、ウミネコの天敵って何っすか?!」
もちろん、聞かれてすぐにその候補生物の名前が挙がるはずもなく。
結局は皆の予想で『苦手だろう』と思われる生物の鳴き声を真似る形となった。
「えぇ~・・・っとー・・・・・・。ウ~ッ! ワンッワンッワンッワンッワンッ!!」
「カァー! カァー! カァー!!」
「ニャ~ォ! ニャ~ォ!!」
「ニャー」
ズルッ!!
「鳴き返されてんじゃないっすか! 手神さん!!」
「いや、僕的には猫のつもりだったんだけど・・・」
「天敵・・・・・・ぁっ。さとっち、その携帯って・・・スピーカー付いてる?」
「えっ? ピーカー? ・・・はい、音出ますけど・・・?」
「確か動画とかも見れたよね?」
「え、えぇ・・・。電波的にも大丈夫っすけど・・・」
「じゃあちょっと動画サイト入って。私いいコト思い付いた!」
「・・・えっ?」
「いいから! いいから!! 動画なったね?! よし!」
「あッ・・・!」
そう言うが早いか、未佳はスマホの画面が動画サイトになったのを確認した後、素早くそのスマホを取り上げ、何かの動画を検索し始めた。
そしてそれにより選ばれた動画の中から、未佳は『コレだ!』と思ったものを一つだけ選び、その画面を見ぬまま、スピーカーの方をウミネコの顔へと近付ける。
「これでどうだ!!」
『・・・・・・・・・』
「「「「「・・・ん?」」」」」
『・・・・・・・・・・・・』
「あの・・・・・・未佳さん?」
「音出てなくないっすか? ・・・無音っすよ?」
「まあよく耳澄ましてて。もう来るから・・・」
「「「「「・・・・・・えっ?」」」」」
まさに未佳がそう口にした、その時であった。
『ピ~ヒョロロロロー・・・・・・』
「「「「「! ・・・ぁっ!!」」」」」
バササササッ・・・!
微かにスピーカーから聞こえてきた高い音に、ウミネコはまるで戦意を喪失させたかのように、その場から何処か遠くの方へと飛び去って行ってしまった。
しかもその飛び去り際での動きが、これまた実に慌ただしいこと。
完全に未佳達に対して恐れをなしたような、そんな飛び去り方である。
そしてその飛び去って行ったウミネコを見つめながら、未佳は面白おかしそうにクスクスと笑い出す。
「イエ~イ♪ 上手くいった♪♪」
「今のって・・・・・・トンビの鳴き声よね?」
「うん・・・。昔ね? 由利菜達と海水浴に行った時に、トンビがカモメを追っ掛け回してるのを見たことがあるの・・・。だからもしかしたら、ウミネコもトンビが天敵なんじゃないかなぁ~って」
「坂井さん、ナイスチョイス!!」
「エヘヘ~♪ ・・・あっ、スマホ返す」
「えっ? あっ、はいはーい」
ふっと、そうして未佳が長谷川にスマホを返していた、その時であった。
ブウゥウウ~ン・・・
ブウゥウウ~ン・・・
「えっ? ・・・今の何の音??」
「・・・汽笛?」
「・・・! あっ・・・。ほら、あそこや、船!!」
そう、やや興奮気味な長谷川が指し示す先には、つい先ほどまで白一色にしか見えていなかった船が、未佳達から差ほど離れていない距離を。
それも、今メンバーが向かっているのとまったく同じ方向へ、ゆっくりと走り進んでいた。
しかもその船のボディーカラーは、先ほど指揮から聞かされていた通り、黄色・水色・白色の3色ライン。
どうやら、これがその遊覧船で間違いないらしい。
その歩道への距離。
端の段差の辺りからざっと計算して、およそ20メートル。
「あっ・・・! 大っきい~!!」
「うわぁ~・・・。近くで見るとあんな立派な船だったのね~」
「・・・! そうだ! 写真! 写真・・・!! せっかくあんな近場走ってるんだから、写真撮らなくちゃ・・・!」
「せやった、ウチも・・・!」
そう未佳と厘は互いに口にしながら、持っていたカメラで『パシャッ! パシャッ! パシャッ!』と、こちらに向かってくる遊覧船を撮影する。
ついでに今回は、普段はまったく写真を撮ろうとしない男性陣達も心を動かされたようで。
気付けば長谷川や手神も、それぞれのスマホで遊覧船の撮影を行っていた。
しかもそれで撮られた写真というものが、これまた新機種のカメラなだけに美しいの何の。
「大体こんな感じっすかね? 写真・・・」
「ん? どれどれ~? ・・・・・・うわっ! 何!? その鮮明さ・・・!!」
「すごいっしょ?? これがスマホのカメラっすよ」
「ぐっ・・・」
「僕のこのアングルどう? ちょっと正面からの横寄り」
「ん? どんな?? ・・・・・・! アッハハハーッ!! なんやソレ、新幹線のポスターみたいな・・・」
「だろ? 正しくアングルがお披露目時の新幹線!」
「カッコエェ~!! アッハハハ!」
「いいなぁ~。そのカメラ・・・。太陽光線までちゃんと映ってる・・・」
「坂井さんも携帯スマホに替えたらええやないっすか。デコメとか写真とかやるんやし・・・。きっとこの先、こっちの方が使用頻度高くなってきますよ?」
そんな言葉を何の考えも無しに言ってくる。
確かにスマホのカメラの方が、この空の景色や細かなところを映し出せる点においては、かなり優れているのかもしれない。
けれど今更機種替えをして、コレを上手く使いこなすことができるのかどうかについては、かなり疑問であった。
現にこれまでの長谷川や手神のスマホ操作を横で見ていて、まず昨日の多さに頭が付いていけないような気がする。
そんな不安が少なからずあるのであれば。
ここは決して無理はせず、最後までこのままの携帯を使っていた方がいい。
そう、思った。
「・・・・・・いい。私まだこっちの方で不便さ感じないもん。・・・壊れてもないし」
「・・・せやな。そのまんまでええか」
「うん・・・」
「でも、あれがその遊覧船かぁ~・・・。ちょっと思ってたのよりもスピード出てますね」
「早いよね。しかもまた色がキレ~イ♪♪」
「う~ん。・・・・・・・・・あれ? ・・・・・・もしかしてコレ、さっき向こう走ってた船か・・・?」
ふっとその船の周りを見渡しながら、手神がボソッとそんなことを呟いた。
確かに辺りに視線を移してみると、先ほど未佳達が見ていたはずの船の姿が何処にもない。
もちろん、既に見えないようなところにまで走って行ってしまった可能性もなくはない。
しかし、その先ほど船が進んでいた水平線上をよくよく見てみれば、何やら黄色く丸いものが、一定の間隔を空けながらプカプカと水面に浮いている。
おそらくあれは、その場所の深さや距離を示すための浮きだろう。
そして先ほど船が走っていた場所は、この浮きに当たるか当たらないかの位置。
ということは、あの船はこの浮きのある場所より先へは進んではいけないことになっているのかもしれない。
だとするならば、その場所を進んでいた先ほどの船は、未佳達の後ろの方に見えるはず。
それが何処にも見当たらないということは、この船は先ほど未佳達が見ていた、あの遠くの方を走っていた船ほか、考えられないのだ。
「えっ? さっきの船??」
「だと思うよ? だってさっきのやつ何処にも見当たらないし・・・」
「Uターンしてきたんやね。・・・せやけどなんで??」
「ん~・・・あっ。・・・・・・ねぇねぇ? もしかしてあの先に見える広いところ・・・」
そう口にする日向の指差す先には、これまでの並木道とはまた違う、かなり開けた広場と。
微かにではあるが、この歩道と海との間にある段差が、その広場のところのみ、広場の奥の方に伸びて広がっているのが見て取れた。
しかもその広場には芝生か何かが生えているのか、薄らと黄緑が掛かっている面も見られる。
さらにその芝生の奥に広がっているであろうその海沿い段差の右手側には、途中で途切れてしまっている橋のようなものも見える。
「もしかして港と公園じゃないかしら?」
「! そうよ・・・きっとそうよ! あそこ公演の芝生なんだわ!」
「ほなあの途中までの階段は、船の乗り降り用階段いうことやね?」
「これからあの船、あそこの港に戻るんじゃない? 私達がさっき船見てから、ざっと30分くらいは経ってるし・・・」
「そうだね。た、ぶん・・・・・・1時~・・・20分とかに戻る見当なのかな? 今の時間帯だと・・・」
ふっと自分の腕時計と港を交互に見つめながら、手神がそう口を開いた。
ここから港までの距離は、およそ200メートルあまり。
そこからこの船の走るスピード等を考えると、確かにその時間帯までの水上なのかもしれない。
そんなことを、同じく船を見つめていた未佳が思っていた、まさにその時。
ふっと突然、未佳の隣に立っていたある人物の影が、不自然に揺らめいた。
「おっしゃ~・・・! そんならー・・・」
「ん? ・・・ちょっと? ・・・・・・さとっち、何構えてるの?」
「どっちが先に港に着けるか競争や!! よ~い・・・ドンッ!!」
「エッ!? えっ、あっ・・・! ちょっと・・・!」
そう言うが早いか、長谷川は戸惑う未佳ほか数名の視線を尻目に、ほぼ全速力で港の方へと走り出して行ってしまった。
そんな長谷川の背中に向かって伸ばされた未佳の右手は、何も掴めぬまま空中で静止する。
その後ろの方からは、栗野達の半分呆れたような声が聞こえてきた。
「も~う・・・。ああいうところは男の子ねぇ~。いきなり走り出すんだから・・・」
「ホンマ・・・。しかも走ってるの一人だけやし」
「・・・・・・・・・・・・」
「よしっ! じゃあ僕も・・・!!」
「・・・えっ? ・・・あ゛っ! て、手神さんまで・・・!」
「坂井さん達も早くー!!」
「置いてっちゃいますよ~!?」
「ちょっ・・・、ちょっと待ってよぉ~! 私今日ブーツなのにぃ~・・・!!」
そう叫びながら未佳も二人のあとを追うが、元々走るのが得意であったわけではないし、おまけに今回は低めではあるものの、ヒールブーツときている。
普通に走り出して、追い付くはずなどなかった。
むしろそればかりか、二人との距離は目に見える形で引き離されていく。
心なしか、自分一人だけ置き去りにされたような気がした。
「さとっちー!! 手神さ~ん!! 待ってよぉー!!」
「待ってたら船に追い抜かれちゃいますよ~!?」
「坂井さーん、もっと早くー!」
こちらを待つ気など更々ない二人から、半分振り返られる形でそんな言葉を掛けられる。
さらにその後も、先頭を走っていた長谷川と手神との距離は引き離されてゆき。
気付けば長谷川の身体は、既に未佳の手のひらに収まってしまうほど、小さな姿になってしまっていた。
徐々に徐々に、追う相手の背中が遠ざかっていく。
「ぁっ・・・・・・」
小さく零れたその声は、いくら走っても追いつかないことへの落胆か。
それとも、届かぬ叫びの現れか。
残念ながらそれは、発した未佳自身にも分からなかった。
そしてその分からぬ声を掻き消すよう、一際強い潮風が、まるでその背中を押し出すかのように吹き付ける。
海沿いから吹き付けてきたその風には、微かに薄紅色の花びらが混ざっていた。
その一枚を、3人のようには走らずに歩いていた厘が、そっと手のひらで掬い上げる。
「あっ、これ・・・。桜の花びら違う!?」
「!! ホント・・・! きっともう何処かで咲いてるのよ!」
「後ろから来たってことは、通り過ぎた辺りかしら?」
ブウゥウウ~ン・・・
ブウゥウウ~ン・・・
そう口にしながら桜を探す女性3人の真横を、先ほどよりもさらに近くなった遊覧船が、まるで辺りに轟くかのような汽笛を鳴らして通り過ぎてゆく。
そしてその船は、やがて最後尾を走っていた未佳、手神、そして長谷川をも追い抜いて行った。
そんな徐々に船に追い抜かれてゆく3人の後ろ姿を、厘はただ黙ったまま、静かに両手でカメラを構えとらえる。
彼女がとらえたカメラの中には、既に船との競争などどうでもよくなった3人の姿が、静かに映し出されていた。
『ヒビ』
(2002年 4月)
※事務所 6階 ライヴハウス。
バキッ!(踏)
さとっち
「ん? ・・・あ゛ぁッ!!(絶叫) コレ、手神さんのサングラ・・・ス・・・ふっ、踏んでもた~!!(汗)」
※そっとサングラスを持ち上げてみるさとっち。
さとっち
(うわ~! フレームもレンズもヒビ入ってるよぉ~(涙) 手神さんにバレたら殺される・・・。どないしょ~!!(汗))
※とりあえず踏んだ時同様、床に置くさとっち。
さとっち
(よくよく考えてみれば・・・。床に置いとく方が悪いんやし(開直))
みかっぺ
「ただいま・・・あれ? ・・・コレ手神さんのサングラスじゃないの?(拾) ・・・! ヤダ! レンズ割れてる!!」
厘
「えっ?! 嘘っ! 落ちてたからかなぁ~?」
さとっち
「坂井さんが踏んだんやないっすか?」←(濡衣)
みかっぺ
「!! そんなァ~! 私踏んでないわよ~!!(怒) そっちこそウッカリ踏んだんじゃないの?!(睨)」
さとっち
「ッ!! そっ、そんなワケ・・・!(焦)」←(図星)
手神
「何をそんなにモメ・・・ん? それはー・・・」
厘
「そう! なんか床に落ちてて割れとったんよ」
みかっぺ
「手神さん、私じゃない!(涙) 私、割ってもいないし踏んでもないよ!?(必死)」
手神
「あぁ~、大丈夫。コレ、最初からそういうデザインになってるんだ(^_^)」
みかっぺ
「・・・へっ?」
手神
「ヒビは中からじゃ見えない仕掛けになってるんだけどね? この割れたところが黄色い筋になってるの・・・なんか雷みたいでカッコイイだろ? 高かったけど一目惚れしてつい(苦笑)」
みかっぺ
「な、なんだぁ~(安堵)」
さとっち
「じゃあフレームのヒビも元からなんっすね? あぁ~、よかった~(安堵)」
手神
「・・・長谷川くん」
さとっち
「はい?(" ̄▽ ̄)」
手神
「フレームにはヒビ柄は入ってないんだけど・・・?」
さとっち
「・・・エッ?("°▽°)」
そもそも踏んだ時点で割れてないはずがない・・・(orz)