121.「さよなら」告げる、ホタルノヒカリ・・・
夕食を開始してから丸2時間後。
外はすっかり暗くなり、時刻はもうじき9時半を差そうとしていた。
この時間になると、さすがにフェアリーホール自体も閉館準備をし始める時刻なので、店外のいたるところでは、次々とシャッターを閉める音や、店の明かりを消す店舗が多く見受けられた。
そしてそんな外の状況が分からなかった栗野達も、途中気を利かして連絡を寄越してくれたスタッフの一人によって、ようやく外の現状に気が付いた。
「はい・・・はい・・・あっ! 本当だ、もうこんな時間・・・! すみませ~ん、わざわざ・・・。はい。はいはい。・・・はい、すぐに引き上げますので。はい。・・・はい、どうもご連絡ありがとうございました。は~い、失礼します~・・・」
ピッ・・・
「あっ、もしかして閉館時刻ですか?」
「うん・・・。ちょっと会場スタッフから・・・『全階22時閉館』だって。・・・・・・もうあと30分ぐらいしかないわね」
ふっと自分の腕時計の時間を確認しつつ、栗野が眉を顰めながら言う。
「喋るのに夢中になってて全然気付かなかったわね・・・」
「すみません。こんな時間まで、皆さんを引き止めてしまって・・・」
「いえいえ! 由美子さんの方こそ、こんな夜遅くまでごめんなさいっ。今日は流星くんも一緒だったのに・・・」
「いえ、大丈夫です。私達、帰り車なので・・・」
「あっ。由美子さん今日車だったんですか?」
「えぇ。たまたま主人達が電車で出掛けたので・・・。何でも車だと小回りが利かないんだとか」
「あぁ~、確かに・・・。それに遊園地の駐車場って、かなり混みますもんねぇ~」
「・・・さてとっ。とりあえず皆さん撤収作業を・・・」
さすがにこのまま居続けると店側にも迷惑を掛けてしまうので、栗野達はすぐさま、帰るための身支度をし始めた。
その最中、しばし食休みをしていた手神や厘も、この栗野達の行動に気付き、同じくその場で荷物をまとめる。
「あっ、もう帰るん?」
「はい。あと30分ぐらいで閉めるみたいなんで・・・」
「おっと・・・。それはちょっと急がないとね」
「あっ。そういえば会計ってー・・・」
「えっ? あっ・・・。大丈夫です。こちらの方から全額、会計で出しますから」
「えっ、でも・・・。そんな~、悪いわ~・・・。私一人ならともかく、流星デザートまで頼んじゃったのに・・・」
「大丈夫♪ 大丈夫♪ 由美子さん達の分は~、手神さんが奮発して出しますので」
「え゛っ・・・!」
もちろんこの場合の『出す』というのは、由美子達の食事代を手神の給料から差し引くという意味。
ちなみにこの手の支払いは初めての話ではなく、基本的に外部の人間との食事代支払いは、その人間に一番繋がりの強い人間から、その分の給料を差し引くことになっている。
ただしどの人物にもあまり関わり合いのない人間。
たとえば事務所側が他社から呼び込んだ人間や、撮影などでの一時的な人員などの場合は、その時の状況によって実費。
もしくは事務所側が特別に支払うなどということもある。
そして今回の場合は、一応メンバー全員の顔馴染みであるものの、家系的には手神の親族に当たるので、必然的に手神が支払う形となるのだ。
ついでに言うと、手神が由美子達の分の食事代を支払うのは、別に今回が初めてというわけではない。
いやむしろ、正直毎回の話である。
「って、本当は叫ぶほどの額でもないんだけどね」
「すみません、広人さん。毎度ながらご馳走になります・・・」
「あっ、いえいえ」
「近いうちにまた、アレ・・・。『中村楽器』の商品券送りますから」
「あっ、はい・・・。毎度アレ、シンセで助かってます。ハハハ」
(え゛っ・・・。手神さん、毎回商品券で楽器工具買うてたん?!)
ふっとあらぬ内容から思わぬ事実が判明し、厘はしばし隣で笑っている手神を凝視した。
「じゃあちょっと支払ってきますね? ・・・あっ。手神さん、厘さん。できたらあそこの3人お願いしますっ」
「「・・・ん?」」
言われるがまま栗野に指差された方向を見てみれば、そこには未だ周りの身支度に気付かず、楽しげに遊んでいる3人の姿があった。
それも、かなり懐かしい感じの手遊びを行っている。
「いっせのせ、3! よ~し・・・」
「いっせのせ、いちッ!」
「いっせのせ、2! ・・・ダメかぁ~・・・」
「いっせのせ、0ッ!! ・・・! やったぁ~っ♪♪ 私の勝ち~!」
「うわぁ~、負けたぁ~!!」
「えぇ~?? おねぇちゃん、またぁ~?!」
「一番右手減るの遅かったのに・・・」
「だってさとっち、1回上げたあとしばらく指上げないんだもん」
「とぃぅかぁ・・・、おにぃちゃんげぇむよわ~い!」
「あっ・・・、やっぱり??」
「さっきかれぇらいすと・・・、ぐっ、りんぴぃ~すもまけてたじゃん」
「全体的に『ドンッ!』言うのがワンテンポ遅いんだよね?」
「いや、坂井さんが強すぎんねんて・・・!!」
「もしも~し?! 3人ともお取り込み中悪いんやけど、そろそろ撤収やて~。準備しといて~」
そう口元に当てた両手をメガホンのようにしながら、厘がテーブル越しに未佳達に伝える。
ちょうど手遊びの切りがよかったこともあり、3人もすぐさま撤収の身支度をし始めた。
その途中、少々未佳達の手遊びが気になったのか、なるべく作業の邪魔にならぬよう、厘が様子を見計らいながらこんなことを聞いてきた。
「なぁ」
「ん~?」
「今みかっぺ達が遊びでやっとったの・・・、一体何やったん?」
「えっ? ・・・あぁー、あれ? ・・・実は私も名前知らないんだけど・・・」
「えっ?」
「こうやって・・・。なんか指相撲みたいな形なんだけど、その両手を合わせてー・・・」
そう説明も取り入れながら、未佳はグーにした両手を横向きにして合わせ、親指だけが上下に動かせるような形にする。
「それで、やってる人の手の数。つまりさっきのだと3人だから、数は6でしょ?」
「・・・うん」
「だから、0から6まで・・・。どれでもいいんだけど、自分の順番の時に数字を言うね? 『いっせのせ、3』とか・・・。それで親指が3つ上がってたら、片手クリア。ダメだったら・・・そのまんま」
「あっ。それで最初に両手無くなった人の勝ちいうこと??」
「そそっ。コレ、私が小学生とか中学生の時とかに、よく友達とやってたんだ~♪」
「へぇ~・・・。あっ、栗野さんお帰り~」
「は~い。お会計支払完了! ・・・じゃあ、そろそろ・・・」
だが全員がここで店をあとにするわけではない。
このまま8人全員が一斉に外へと出てしまうと、まだ外に残っているファンに、由美子達が目撃されてしまう危険性がある。
おまけに帰り道も我々とは違うのだから、もしもメンバーに熱狂的なファンがその場にいた場合、この二人にあらぬ行動を仕掛けてくる可能性もあるのだ。
あくまでもこの二人は、メンバーにとっては“関係者”であっても、世間的には一般人。
下手なことに巻き込ませるわけにはいかない。
なのでいつも店を出て行く時は、メンバーよりもあと。
もしくは先に出ていき、お互い退室時間に差を作って誤魔化しているのである。
さらにこういう時、身の回りの何処かにメンバーグッズを付けていると、ファンからは尚のこと“親類関係者”という疑いがなくなる。
現にこの日も、流星は帰り際に由美子が持ってきていた過去グッズのリストバンドを、まだ短くむくみのある右腕に通していた。
「ハハハハ! 流星くん、リストバンドが二の腕に通っちゃってるね」
「うん! ほら~」
思わず手神が流星のリストバンドの位置を見て笑っていると、流星はそのリストバンドを嵌めている右腕を手神に見せるよう、笑顔で上へと掲げる。
まだリストバンドの位置や手神が笑っている意味は理解していないらしいが、それでも流星は、このリストバンド一つで周りが笑ってくれることが嬉しかったらしく。
今度は続けざまに未佳や長谷川、栗野や日向達にまで、その二の腕のリストバンドを見せていた。
「う~ん・・・。ホンマはそこに通すもの違うんやけどー・・・」
「ん? ・・・ハハハ! 流星くん、可愛い~♪」
「もうここ通っちゃうとコレ、別モンっすよね? ハハハハ」
「しかも二の腕も・・・。まだちょっと余裕あるね。ブカブカだぁ~」
「もぉ~少し大きなったら、ちゃんとここに納まるようなるからね? 流星くん」
「? ・・・ここ?」
「そう、そこ。そこが本来の場所なんよ。まだちょっと大人よりも腕小さいから、バンドブカブカやけどね?」
「・・・私も頑張ればいけるかな??」
「いや、無理やろ」
その後現在の時刻や外の状況などの関係もあり、この日は由美子達が先に、店の外へと出ることになった。
イクラ明日が日曜日とはいえ、時間帯やこのあとの帰宅のことも考えると、当然と言えば当然の話である。
「じゃあね、流星くん。パパと海月ちゃんにもよろしく!」
「うん♪」
「本当に今日はお邪魔しました。久々に皆さんとお話もできてよかったです」
「いえいえ。こちらこそ~」
「また近いうちに・・・。今度は全員でお会いしましょうよ」
「はい。そうさせていただきます。主人も皆さんに会いたがっていたので・・・」
「じゃあね、流星くん」
「また一緒に遊ぼうな? ほいっ。さいならのハイタッチ!」
そう言いながら長谷川と未佳が片手のひらを出すと、流星は小さな両手で、同時に二つの手のひらにハイタッチを返す。
気持ちいいほどの『パンッ!』という音が、3人の耳と手のひらに響き渡った。
「「イエーイ♪」」
「おねぇちゃん、おにぃちゃんバイバ~イ!」
「「バイバーイ♪」」
「バイバーイ! ・・・みんなバイバーイ!!」
「「「「「「バイバ~イ♪♪」」」」」」
去り際にやんわりとした一礼を返しながら、由美子は振っていない方の流星の手を引き、部屋をあとにする。
その間、流星は未佳達の姿が見えなくなるその瞬間まで、こちらの方を振り向いたまま、笑顔で右手を振り続けていた。
それこそ、部屋のドアが『バタンッ』と閉まる、その瞬間まで・・・・・・。
未佳達がレストランをあとにしたのは、それから3分ほどのブランクを空けてからであった。
外へと出てみると、既に従業員以外の人の姿はほとんど見受けられず、辺りには閉館を知らせるお決まりの音楽として『蛍の光』のオルゴールメロディーが流されていた。
さらにその音楽は、通路内にいる人間にも閉館時刻を知らせるためであろうか。
未佳達の通る関係者用通路内のスピーカーからも、外と変わらぬほどの音量で流れていた。
ふっとそんなメロディーを耳にしていると、自然と鼻歌程度に抑えていたものが、静かに小さな歌声となってこぼれ落ちる。
「♪~・・・・・・シューォード・・・ア クェンッタァ~ス・・・ビィ~フォアガッ・・・ エンネーバァ~・・・ッブロォー トゥ~マァ~・・・ィン・・・♪」
「ん? ・・・ハハハ。みかっぺやっぱり歌ってまう?」
「だってちょうどいい感じのメロディーなんだもん♪ ホタァ~・・・ルのぉ~ ひぃーかぁ~りぃー♪」
「関東じゃあ定番なんだよね。閉館時刻のメロディーで『蛍の光』」
「あっ、ソレこっちもそうっすよ? よくデパートとか、ちょっといい感じのお店とかで・・・」
「京都駅とか新大阪も流れてるやろ?」
「流れてる流れてる」
「はいはい、皆さ~ん。とりあえず楽屋に入りましたら、すぐに荷物をすべてまとめて、朝と同じく関係者用駐車場に集合! 私が到着し次第指示を出しますので、そしたらホテルのバスに乗り込んでください。・・・いいですね?!」
「「「「はーい」」」」
「はいっ。では各自、楽屋へGO!」
その栗野の号令と共に、未佳と厘は早速楽屋の方へ。
男性陣である長谷川と手神は、未だステージ衣装のままであったこともあり、先に更衣室で私服に着替えることとなった。
一足先に楽屋へと戻った二人は、栗野からの指示通りに荷物をまとめ上げ、いつでも外に出られるよう準備を整える。
もっとも先ほど出掛ける前にまとめておいた状態であったので、特別出しっ放しになっていたものはそんなになかったが。
そしてそれから5分も経たぬうちに残りの二人が楽屋へと戻り、その二人が楽屋へと戻り、その二人が荷物をまとめえたのを確認した上で、未佳は出入り口のドアを開けた。
外通路の方は、また一段と人の数が減り、歩いている人々は皆、右胸にホール関係者であるというネームタグを付けている者のみであった。
すれ違う関係者達に『お疲れ様でした』という声を掛けられながら、未佳達は外の駐車場へ。
そして外に出たと同時に『適当に乗ってください!』という栗野の指示が飛び、4人は行きと同じく、指揮が運転するホテルバスへと乗り込む。
その途中、運転席で優雅に缶コーヒーを飲んでいた指揮がふっと、乗ってきた未佳達に対し、ご挨拶の一礼を返す。
「お帰りなさいませ、皆さん。本日は、本っ当~に、お疲れ様でした・・・」
「いえいえ。指揮さんの方こそ、先ほどはどうも」
「ん? おや?? ・・・それはもしかして缶コーヒーっすか??」
「は~い・・・。ホットの微糖になります」
「ハハハ」
「すみません。ブレイクタイム取らせるまでお待たせしてしまって・・・」
「いえいえ。私は何とも・・・。むしろ私は車内なので寒くありませんが、あちらの方々は寒くないのか、ちょっと心配で・・・・・・」
指揮はそう口にしながら、ふっとある一点を不安そうな瞳で見つめた。
その視線の先を、すぐさま未佳達も身を乗り出すようにして確認してみたのだが、バスの正面ガラスから見える景色はすっかり夜の闇に包まれ。
さらに車内が明るすぎるためか、窓には鏡の原理特有の自分達の姿が映し出されており、外の様子はものの見事に分からなかった。
「う~ん・・・・・・・・・。ダメ・・・。真っ暗だし、窓に自分の姿が映っちゃってるから、全然分かんない・・・」
「まあ、近くに明かりも何にもないからねぇ~・・・」
「・・・えっ? 何かそこにいるん?」
「はい。・・・何ならお見せしましょうか?」
そう厘に尋ねると、指揮は右手近くにあった白いボタンを『ポチッ』と1度だけ押し、バスの先頭両サイドに取り付けられている夜間用ライトを点灯させる。
するとそのライトに照らし出される形で、映し出されたのは未だ開け放たれたままの関係者用駐車場の出入り口格子。
さらにその格子の向こうには、何やらいくつもの白い小さな固まりが、まるでその格子に寄り掛かるようにして掴まっているのが見て取れた。
数的には、およそ10あまりと言ったところ。
そしてその小さな固まり一つひとつが、バスのライトによって映し出された人であると気付くまで、そう時間は掛からなかった。
「えっ? ・・・もしかしてアレ人なの!?」
「はい~。あなた方が出られるのをずっとお待ちになっている、ファンの方々が・・・」
「そんな、嘘でしょう?! だって・・・! ・・・・・・今、もう夜の10時回ったわよ?! それに・・・、まだこんな気温だって低い時期に・・・」
「もうどれくらい待ってんっすか? あの方達・・・」
恐る恐る長谷川が尋ねてみると、指揮は一度自分の腕時計に視線を落とすと、再び出待ちを行っているファンの方を見つめ、その上で長谷川の顔を見上げた。
「・・・・・・もうすぐ2時間半ほどになりますな。一番長い方々が・・・」
「2時間半・・・・・・。えっ、ずっと・・・?」
「はい。・・・イベントがぁ~・・・、終了した辺りから、だいぶ集まり初めまして・・・」
「マジっすか。・・・粘るなぁ~・・・」
「たぶん近くのホテルとかにチェックインしてるんだろうけど・・・。それでもなぁ~・・・」
「・・・いやね? 私、先ほどの缶コーヒーを買いにあそこを通ったんですが・・・。そしたらお待ちになっていた方々に、皆さんが出て行ったのかどうかを聞かれまして・・・。あまり嘘もお伝えしにくい状況でしたし、素直に『まだです』とお答えしたのですが・・・。今になると、ちょっと申し訳ないことをしたかな、と・・・」
ちなみにメンバーの送り迎えを担当する関係者達に、メンバーの動向や退室時刻、詳細等を隠すという義務はない。
もちろんメンバーの身の安全に関わるような詳細までは明かせないが、それ以外の範囲での質問。
たとえば今回のように、メンバーが既に出ていってしまったか。
いつ頃会場をあとにするか。
直接プレゼントを受け渡せる状況はあるのか、など。
この辺りの比較的軽い内容であれば、関係者側は素直に答えてしまってもいいことになっている。
なので指揮も、一応関係者スタッフからのストップの指示も出されていなかったので、あの場では素直にそう答えた。
しかしその結果、ファンは早めにメンバーが会場をあとにするんだろうと誤訳し、挙句こんな時刻になるまで、ゲート外で待ち続けている事態となってしまったのだ。
当然ただ今出待ちを行っているファン達も、メンバーが早めにここを出ていくつもりでなかったということは、おそらく身をもって体験したことだろう。
にも関わらずここでこのまま待っているということは、もはや『姿を拝むまで下がらない』という、熱狂者特有のファン魂の現れだ。
その証拠に出入り口格子に寄り掛かっているファンの姿は、体勢こそ疲労に近いような乱れ方をしてはいるが、その足や両手は、まさに意地の塊のように思えた。
「頑張るなぁ~・・・。あの人達・・・」
「ウチらの姿・・・見えてへんのかな??」
「たぶん距離もあるんで・・・向こうはこっちに気付いてないと思いますよ? バスの中、結構椅子とかで見えにくいし・・・」
「しかし・・・。こうなるのであればたとえ嘘でも『もう皆さん帰られました』とお話しすべきでしたね。・・・この時間ですと、海沿いの豊洲は、気温が9度にまで下がりますから」
「くっ・・・9度っ!? ・・・だってもう3月なのに?!」
「いくら春の3月でも、まだ頭ですから・・・・・・。海沿いは毎年かなり冷えます。むしろ・・・今は少し暖かくなったくらいです」
「これでっ?! ・・・・・・・・・そんなぁ・・・」
別に『出待ちをしてください』と頼んだ覚えはないので、ここで未佳がこの状況に胸を痛める必要はないのだが。
それでも未佳は、自分達だけが暖の取れる場所で温まっていた時の記憶を思い出し、酷く申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
(でも・・・・・・・・・。私達、何にもできないよ・・・)
仮にも未佳達は一アーティスト。
こんなことで、ファンとの接触触れ合いなどが許されるはずがない。
基本的にこの状況の自分達に許されていることは、ファンに触れない形での接触の身なのだ。
「・・・・・・コレばっかりは・・・、しょうがないっすね」
「うん。・・・決まりだからね」
「それはそうだけど・・・・・・・・・」
「うぅ~! 寒い~ッ!! って、アレっ? ・・・皆さんなんでそんな通路に固まってるんですか? もうあと荷物積み終わったらすぐ出ますから、早めに席に着いてください」
ようやく荷物確認終えて戻ってきた栗野が、何やらバスの出入り口付近に集まっている未佳達に気付き、奥へと移動するように諭す。
すると続いてその後ろから、今度は日向やその他スタッフ達がバスへと乗り込んできた。
「ほらほら皆さん。通行の邪魔ですから、早めにバスの奥へ」
「「「「はーい・・・」」」」
「あら・・・。さっきまであんなに笑顔だったのに、今度は妙に暗いはね~」
「うん、ちょっと・・・。・・・・・・ん? ・・・ところで日向さん、名に持ってるの?」
ふっと日向の右手に握られたものが目に留まり、未佳は座席に腰掛けながら尋ねる。
日向が手にしていたのは、小さな手のひらサイズほどのカイロであった。
「ポケットカイロよ。貼らないタイプの・・・。今日栗野さんたくさん持ってきてるから、未佳さん達も寒いようなら」
「いえ、あの・・・。日向さん元々コレ、未佳さん達のために持ってきたやつ・・・」
「あっ、でも。僕ら別に今寒くないんで・・・」
「暖房も効いてますし、どうぞお構いなく・・・」
「・・・・・・・・・・・・! そうよ! コレよぉっ!! コレ!! この手があったじゃな~い!!」
「「「「「えっ?」」」」」
と突然大きな声を上げる未佳に、メンバーを含め、スタッフ関係者達の目が一斉に『?』一色に染まる。
しかし一方の当人でもある未佳は、己の頭の中に浮かんだアイデアのことで、感情が一杯いっぱいになっていた。
とにかくその策を実行に移すべく、未佳はすぐさま、通路を挟んで隣に腰掛けていた栗野の方へと、両手を差し伸ばす。
「栗野さん! カイロちょうだい!!」
「エッ!? あぁ、はいはい・・・・・・。貼る方? 貼らない方?」
「貼らない方!」
「はーい」
「20個ぐらい・・・」
「・・・エェッ!?」
明らかに二人分とは思えぬ数の要求に、栗野は思わず未佳の顔を二度見する。
しかし未だ両手を伸ばす未佳の顔は、かなり真剣な表情であった。
そしてこの真剣そのものの表情から、たった今要求された個数が単なる言い間違いではないということも、栗野は同時に理解する。
「で、でででも・・・! カイロ20個!?」
「やっぱり足りない? そんなに持ってない?」
「そ、そういうわけじゃないけど・・・! ・・・そんなにたくさんのカイロ、一体どうするつも」
「あぁーっ!!」
ふっと今度は未佳の真後ろの座席に座っていた長谷川が、半分栗野の会話を遮るような声を上げる。
どうやら、持ち前のエリート大学卒業の脳みそをフル回転させ、未佳の計画内容を理解したようだ。
「僕も坂井さんの目的分かりましたよ!」
「いいアイデアでしょ!? さとっち」
「うんうん。・・・なるほどな、うん」
「えっ? ・・・何が? 何が??」
「何が分かったん? さとっち」
「いや、だから。坂井さんはあのカイロを・・・」
そう小声で口にしながら、長谷川は後ろの席に座っていた厘と手神に耳打ちをし、未佳が今から行おうとしている計画の実態を説明する。
説明はものの20秒足らずで終了し、耳打ちが終わった二人は『ははぁ~ん』と、未佳達の方を向いて頷いた。
「でも20個も必要? ・・・ちょっと多くあらへん??」
「でも10人以上15人未満ぐらいでしたし・・・。人数16人とかだったら、めっちゃ気まずい感じになりますよ?」
「だったらいっそ20にしちゃった方がいいね」
「うんうん。ねぇねぇ、みんなお願いッ! 一人5個ずつでいいから、カイロ温めるの手伝って!!」
「ちょっと待て・・・。あなた達『人数』って、一体このカイロで何しようとしてるの!?」
「みんなが温かくなれること考えてるのッ!!」
半分その未佳の一喝に押し止められる形で、結局栗野は内容も理解できぬまま、未佳の両手に10パック入りカイロを2袋ずつ手渡す。
そしてその後は、ただ未佳達の行動を黙って見つめている他なかった。
『驚愕』
(2003年 2月)
※大阪 ラジオスタジオ 楽屋。
みかっぺ
「さとっち~。さとっちってさぁ~。なんか最近驚愕したことある?」
さとっち
「驚愕? ・・・いや、特には・・・」
みかっぺ
「ふ~ん・・・」
いじいじ・・・(弄)
※ふっと、話しながら触覚ヘアーの触覚部分を弄くるみかっぺ。
さとっち
「どないしたんっすか? 急に・・・」
みかっぺ
「ん? うん・・・」
いじいじいじ・・・(弄)
みかっぺ
「なんかこの間お気に入りのカフェ屋さんに行ったんだけど・・・。そこのメニューがみんな高くなってて・・・!」
さとっち
「あぁっ!(納得) 税金っしょ??」
みかっぺ
「そうそう! もうっ、信じられない!!」
いじいじいじいじ・・・(弄)
さとっち
「でもそれは仕方ないっすよ~(同情) 店側だって、やりたくないのにわざわざやってるんっすから・・・」
いじいじいじいじいじ(弄)
みかっぺ
「まあそれはそぅ」
すぽっ(取)←右髪束全取
さとっち
「ん? ・・・Σ(゛@□@)ハッ!!(驚)」
みかっぺ
「あっ、ヤバイ。取れちゃった・・・(サラッ)」
さとっち
(とっ・・・『取れちゃった』って、そんなあっさり?!(二度見) というかアレ地肌ごとっ・・・! え゛えぇっ?!(パニック))
みかっぺ
「さとっち、接着剤持ってる?」
さとっち
「せっ・・・接着剤?!」
みかっぺ
「あっ、ノリでもいいんだけど」
さとっち
「のっ・・・、ノリ?!Σ(@□@;)」
(飲み会にて)
長「ということが数年前にあったんです・・・」
未「だから“エクステ”だって、何回も言ってるでしょ?!(怒)」