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110.Swallow Tail

未佳達がメイク室へと到着していた頃、ステージ付近の回覧エリアには、これでもかというほどの大勢のファンの波が『ドッ』と押し寄せていた。

ほとんどの人達がTシャツに着替えてしまっていたので、今朝のような関東組・関西組の区別は出来なくなってしまっていたが、それでもこれだけの人達が集まってくれたのだと思うと、胸が熱くなる。

もちろんフリーライヴだからこそやってきてくれた人間もいるだろうが、それでもこれだけの人達が集まってくれたのであれば、気持ちの上での感謝は変わりない。


そんなことをヘアーメイク中に思いつつ、未佳はメイク室に取り付けられていた外部監視モニターに視線を落とす。

実は楽屋以外の各イベント関係の小部屋には、外の様子を監視するための監視モニターが取り付けられている。

そこで多くの会場スタッフや関係者達は、会場付近の様子を確認するのだ。


ちなみに未佳達の楽屋にそれが無かったのは、楽屋内にいる出演者達に、余計な不安を煽らせないようにするため。

ただし過去の出演者には『自分達も外の様子を把握しておきたい』と関係者達に申し立て、持ち運び用の小さなモニターで確認していた者もいたようだ。

もっとも未佳達の場合、モニターがあったらあったで余計に緊張してしまうのがオチなので、反って無くて正解ではあったが。


「すごいですよねぇ~。もしかして大阪よりも多いんじゃないですか~?」

「あっ、やっぱり楢迎さんもそう思います?」

「ええ。だって今回、3階から回覧されてる方もいらっしゃるでしょ~う? 大阪は1階まででしたから」

「ですね。・・・ハァ~・・・ッ、緊張する~・・・!!」

「フフフ・・・。コサージュこの辺りでいいですか? いつもの」


ふっと、真っ黒な羽とブラックローズのコサージュを頭に当てながら、楢迎が尋ねる。

その場所は、未佳お決まりの左流しポニーテールで、シュシュが止められている辺りの左上ら辺であった。


「あっ、・・・はーい。その辺で・・・、お願いしまーす」

「はーい。・・・よいしょっ・・・・・・・・・いいかな? ・・・はい。 何処かつったり、痛かったりとかは?」

「・・・大丈夫♪」

「大丈夫? はーい。・・・じゃあアイロンしてる間に、顔と爪。やりますね?」

「はーい♪」


一方その頃。

未佳の左隣でメイクをされていた厘は、先ほどの関係者用通路にて迷子になっていた事実を、メイク担当の峪菅や巴丘達に言いこぼしていた。


「えぇーっ!? じゃあ厘さん・・・! 通路の中で彷徨ってたんですか~!?」

「そうなんよ。ホンマに・・・。ただ外のトイレに出ていっただけなんに、エライ目に遭うたわ・・・」

「でもよかったですねぇ~・・・。なんとか楽屋の方に戻ってこられて・・・」

「手神さんがGPS検索やって、さとっちが地道に誘導してくれたおかげだよね・・・」

「うん・・・。あっ。みんなこの話、栗野さんと日向さんには絶対に言わんといてね?! 極秘の話なんやから・・・!!」


そう厘が口元に右手人差し指を当てながら言うと、菅谷達は小刻みに『うんうん』と頷き返す。


ちなみに現在、日向は会場のプレゼントBOX管理や、ポスター手渡しの準備を。

栗野は、着替え終えた男性陣二人を呼びに出向いている。


「じゃあもしかして厘さん、今かなり眠かったり・・・?」

「眠くはないねんやけど・・・・・・鈍い疲労感」

「ぶッ・・・! 鈍い疲労感・・・ッ」

「あららららら・・・。逆にこっちの歌姫さんが噴いちゃったわ」

「ッ・・・だって・・・、小歩路さん、今の発言・・・。すっごい笑ける!」

「えっ・・・、そう?」

「うん!」


そんな厘の迷子話に皆で盛り上がっていたのだが、その盛り上がりは、直後に聞こえてきたドアのノックにより、打ち切りとなった。



コンッ コンッ



「あっ、はーい」

「失礼しまーす。・・・長谷川さんと手神さんの衣装替え、終了しましたんで。メイクとヘアー、よろしくお願いしまーす」

「「はーい」」

「後ろの方の座席へどうぞ~」


男性陣担当の巴丘、古一に案内されるがままに、手神は厘の。

長谷川は未佳の真後ろにあったメイク用チェアーへと腰掛ける。


ちなみに今回の男性陣と女性陣のメイクチェアー配置は、大阪とは違い、互いが背中合わせでの配置。

そのため今回は、どちらかが後ろを振り返らない限り、異性側のメイク模様を見ることはできない。


「あっ。そうだ、未佳さん。コレ・・・」

「うん?」

「ちょっと昨夜ホテルで作成してみたんですけど・・・。メイク後の顔立ちと衣装に、合うかどうか・・・」


そう言って楢迎がメイクカバンから取り出したのは、半透明の小分けネイルケース。

そしてその中に入れられていたのは、今回の未佳の衣装のために作成した、特注のデコ付け爪であった。


「・・・ッ!! スゴ~イ♪♪」

「この間の大阪の時の衣装見て、もう少し凝ったのも作れるかなぁ~って、ちょっと・・・」

「うわぁ~・・・。ねぇねぇ、小歩路さん! 見て見て!! スッゴイリアルな蜘蛛の巣!!」

「へっ? 蜘蛛の巣?」


『一体何のことだろう?』と顔を覗かせる厘に、未佳は『ほら♪』と、ネイルの一つを手のひらに乗せて、厘に見せる。


そのネイルは黒ベースでありながら、爪の付け根にはグレー色のグラデーション。

さらに爪全体には、未佳の大好きなラメマニキュアのコーティング。

そして最後の極め付けは、何と言ってもホワイトマニキュアと小さなラメマニキュアで形作られた、リアルな蜘蛛の巣であった。


その蜘蛛の巣は、まず糸全体をホワイトマニキュアで形作り、最後にその乾いた上から、少しずつ小さなラメを乗せていくようなやり方で、作られているらしい。

さらにその他の爪の場合は、主体となっている糸を止めている枝や、虫の代わりに巣に掛かったラインストーン。

既製品として売られている黒白ゴシックリボンに、ブラックローズなど、かなり黒と白を意識した飾りが貼り付けられていた。


そして何より未佳達が驚いたのは、一番爪が小さくて長い小指にも、その蜘蛛の巣が書かれていたこと。

さすがに他の爪のように、蜘蛛の巣全体をマニキュアで描くことはできないが、代わりにこちらは巣の上部。

もしくは下部をズームしたかのようなアングルで、巣の一部が描かれていた。


この妥協のない楢迎のネイルアート技術に、未佳達はただただその完成度に目を光らせるばかり。


「「「うっわ~・・・!!」」」

「めっちゃ細かいっ・・・」

「これ・・・、何かを元にしながら描いたんですか?」

「ええ。ちょっと私の携帯に、水滴が付いた蜘蛛の巣の写真があって・・・。それを見ながら描いてみたの。ほら。雨上がりの蜘蛛の巣って、かなり神秘的でキレイでしょ?」

「「「「確かに~・・・」」」」


そう言われてみれば以前、こちらが持っていた桜色の携帯のプリセットに、雨粒がたくさんついた蜘蛛の巣の待ち受けがあったことを思い出す。

残念ながらそのプリセットは一度も使用しないまま、携帯は今の白いものに機種替えしてしまったが、わざわざプリセットの画像が作られていたことを考えると、それなりに人気のある風景であるのだと思う。


「楢迎さん。私そのネイル好き♪♪ 今日のメイク、そのネイルと衣装に合ったのにして♪」

「えっ? いいんですか?」

「うん♪♪ デザインもキレイでカッコイイし、せっかく楢迎さんが作ってくれたんだもん・・・。次の機会を待つんじゃなくて、今付けたい!」


そう言うと未佳は、右手の指すべてをピンッと伸ばし、楢迎の前へと差し出す。

それは、10年前から一切変わっていない、未佳の『ネイルお願い』の催促ポーズであった。


「・・・分かりました。じゃあ~、そうねぇ~・・・。今日は目元をちょっと変えてみましょうか」

「目元・・・どんな風に?」

「う~ん。・・・いつもアイラインとシャドー、ブラックとラメの二色だったでしょう? それを今回は・・・下地にラメシルバーを塗って、その上からブラックを塗り重ねてみましょうか」

「するとどんな感じに?」

「う~ん・・・。『グラデーション』とまではいかないですけど、一応『スモーキーアイズ』っぽくはなると思うので・・・」

「すっ・・・、スモーキーアイズ?!」


それを聞いた瞬間、未佳はまるで聞き返すように、楢迎の方へと前のめりに顔を出す。


『スモーキーアイズ』とは、瞼や目尻などをやや曇ったように濁らせる技法で、よくファッションモデルなどが用いているメイクだ。

瞼や目尻などを濁らせると、遠近法で目が大きく見えたり、サイレンスな力強さなどを表現することができる。


もちろん本来はモデルなどに用いられるメイクなので、未佳にとってはほぼ初体験。

ましてや単なるイベントライヴのような場で行われるのも、ある意味特殊な例だろう。


「うわぁ~・・・。カッコイイ!」

「『スモーキーアイズ』って、なんか“燻製”みたいやね」



ズルッ・・・!



「名前!? 名前!? 名前ですか!? 厘さん?!」

「え゛っ?」

「『燻製』ってちょっと・・・」

「ハハハ・・・。ど、どうします? 坂井さん」

「お任せします。スモーキーアイズ・・・」

「はい。・・・じゃあちょっとファンデから先やりますね?」


こうして未佳の顔にファンデーションを塗る作業が始まったのだが、ちょうど真後ろに居た関係で聞こえてしまったのか。

ここで長谷川のメイクを担当していた巴丘が、ぽつりとメイク仲間達に口を開く。


「『ファンデ』と言えばだけど・・・。私とうとう買っちゃったわよ~・・・」

「えっ? 何をですか?」

「『Swallow Tail』の・・・コーヒーブラウンファンデーション・・・」

「「「・・・・・・・・・・・・」」」

「「「「「えええぇぇぇ~ッ!?」」」」」


その瞬間、メイクを担当していた楢迎達のみならず、その場で聞き耳を立てていた女性陣全員から、一斉に驚きの声がこだました。


というのも化粧品のSwallow Tail社は、知る人ぞ知る、日本の大手化粧品ブランド会社。

本社自体は銀座に構えているのだが、今では各地の高級デパートや駅ビルなどにも鎮座されている。

またつい先日、大阪と名古屋の方に第二、第三店舗が進出オープンしたというのも、未佳達にとっては耳に新しい話。

Swallow Tailは主に、ファンデーションやチーク、グロスやマニキュアなど、他では見られないような特殊なカラーを数多く扱っていることでも有名だったのだが、最近では化粧品の他に、香水や洗顔石鹸なども販売。

会社の看板でもあった天然素材や香りを確立させ、今や化粧品以外の分野でも、業績を伸ばしつつある。


そして当然のことながら、今や有名ブランドとして名高いSwallow Tail社の化粧品は、そうそう安値で手に入るようなものではない。

一応未佳や厘も、自宅にSwallow Tail社の化粧品を持ってはいるが、未佳は学生時代の担任の結婚式で、グロスを。

厘は親戚の通夜で、たしなみ程度にチークを塗った程度だ。

しかもお互いに『もったいない』という気持ちが強すぎたためか、あの日以来二人は一度も使用していない。

そのくらい、庶民的には高価なものなのだ。


にも関わらず今回、そのファンデーションをこれから使用しようとしているのは、こともあろうにブランドものには疎いような、この人物であった。


「っていうか・・・! えぇっ!? ・・・まさかさとっちのためだけにソレ買ったの!?」

「・・・ん?」

「嘘ぉ~っ! 小百合さ~ん!! 私『買わなくていい』って言ったじゃなーい!」

「そうよぉ~! ましてや『Swallow Tail』の『Swallow』ですら知らないような人のために・・・!!」

「どういう意味っすか!? ソレ!!」


『さすがに今のは心外だ!』と言わんばかりに、長谷川はメイク中の古一と楢迎に反論する。

転勤族であったとはいえ、これでもいい大学は出ているのだ。

でもって社会的な雑学なども、一応酒の話になるくらいは持っている。

むやみやたらと無知呼ばわりはされたくない。


しかしそんな長谷川の態度を真後ろで聞いていても、やはり女性向けの化粧品会社をどこまで知っているのか。

少々長谷川の知識が疑わしかった未佳は、真後ろに座る長谷川の方へとくるりっと顔を向け、口を開く。


「だって、さとっちコレ・・・! めっちゃ高いのよ!? かなりいいブランドのファンデーションなんだから!!」

「ん? ・・・ブラウン(・・・・)のファンデーション?」



ズボッ!



その瞬間、思わず未佳の体が、長谷川の視界から背凭れの方へと消える。


「ち、違う・・・くはないかもしれないけど・・・!! だから・・・! ブランドの高級ファンデなんだってば!!」

「そりゃぁ~・・・。『スワテル』のファンデっすからね。・・・僕は買ったことないっすけど」

「買ったことない人間が、女子高生みたいに訳さないッ!! いい加減そのビミョ~に女子用語を口にする癖止めてよ! 一瞬疑うから・・・!!」

「・・・・・・エ゛ッ? 『疑う』って何を?!」


そう聞き返しながらも自分をドン引きする長谷川の表情に、未佳はムッとした怒り目を向ける。

むしろ何故、自分が長谷川にドン引きされなければならないのだろうか。

その辺りが色々と納得がいかない。


(引きたいのはこっちよ! こっち!!)

「じゃあ長谷川さん『Swallow Tail』の意味って、ご存知なんですか?」

「えっ? だから『Swallow』は『ツバメ』で。『Tail』は『尻尾』っしょ? そんなん誰でも英語の時間とかに」

「何だよ。化粧品で『ツバメの尻尾』って」

「・・・・・・・・・・・・」


一応単語一つひとつの意味は分かったものの、肝心な箇所を手神に聞き返され、長谷川の思考は思わず一時停止。

その後静かに頭脳をフル回転させていたようだが、結局『Swallow Tail』の意味は分からず、最終的には苦笑いだけで終了した。


「わ、分からん・・・。何かの造語っすかね?」

「ちゃ~うっ! コレはアゲハ蝶よ、さとっち。ア・ゲ・ハ・チョ・ウ」

「あっ・・・、アゲハ蝶? アゲハ蝶って・・・、よくデザインとかに使われたりする、羽の形がカッコイイ・・・、あの?」

「そっ。アゲハ蝶。前にお店のカタログで『アゲハのように 煌びやかな肌を』とか書いてあった。キャッチフレーズに・・・」


ちなみに『Swallow Tail』という名前の由来は、多くのアゲハ蝶が下翅に持つ突起が、まるで尻尾のように見えることからこの名が付けられている。

その証拠にアゲハ蝶のその突起の部位和名は『尾状』だ。


「へぇ~・・・。そんなのが書いてあったんだー・・・」

「ところで本題戻るけど・・・。小百合さん、なんでソレ買っちゃったの? 別にブラウン寄りのファンデーションなら、他のものでも代用できたじゃない」


ふっと巴丘の隣で手神のメイクを行っていた古一が、巴丘の方を見ずに口だけで尋ねる。

すると余程思い悩んでいたのか、巴丘が買ったばかりのファンデーションを握り締めながら、熱くその葛藤について語り出した。


「だって・・・。だって私・・・、もう出せる範囲の力、全て出し尽くしました・・・。色々なメーカーのものを見ては、どれが長谷川さんの肌に馴染むのか・・・、一つひとつテイスティングもしました。でも・・・でも私・・・! やっぱり、長谷川さんの肌の白さを誤魔化せなかったんです!!」

(いや・・・、何もそんな人生の総括みたいに語らなくても・・・)

「わ、私・・・! メイクアシスタントの中では一番年下ですけど・・・。一応キャリア的には色々と積んできたつもりでした!! でも・・・! でもかれこれ10年間も試行錯誤繰り返して! 結局何にも変わらなかったってことは・・・! 所詮、私のメイク技術なんて・・・、このくらいでしかなかったってことですよねぇ!?」

「とっ・・・、巴丘さん! 落ち着いて・・・!!」

「所詮私の実力なんて・・・『ドンの中のシャケ』レベルだったんです・・・」

(いや。それを言うなら『井の中のかわず』・・・)

(しかもそのネタ、この間ミステリードラマで見たし・・・)

「で? ・・・それいくらくらいしたの?」


とにかく『今一番気になるのは価格だ』と言わんばかりに、峪菅からドストレートな質問が飛ぶ。

するとどういうわけか、先ほどまで錯乱していた巴丘が突然静かになり、さらには視線すらも外してしまった。


だが巴丘がこのような態度を示す時は、大抵言いにくい事情があるものと相場で決まっている。

そしてそのことにいち早く気が付いたのは、他でもないメイク仲間3人であった。


「えっ・・・? えぇっ!?」

「そんなに言えないほどしたの?! ねぇ!?」

「・・・・・・・・・」

「1500円とか2000円の枠じゃ済まないわけ!?」

「なんぼ?! 一体なんぼしたん!?」

「黙ってたら何の解決にもならないよ?! 巴丘さん!!」

「・・・・・・ご・・・円・・・」

「ん? いくら??」

「4千・・・500円・・・」


その瞬間、今度は巴丘を除く全員の口から、一斉に驚きの声が上がった。

さらに全ての元凶とも言える長谷川に至っては、そのあまりの価格にただ口を半開きにするばかり。

仕舞いにはこんなことを未佳に尋ねてしまう。


「女性もののファンデって、そんなにするんっすか・・・?」

「!! そんなわけないでしょ!? 普通だったら大体・・・1800円くらいでソコソコのが買えるわよ」

「1800ッ!? ・・・コイツこんなちっこいのに、2700円もオーバーしてんじゃないっすか!」

「だからみんなビックリしてんのッ!!」

「でも普通スワテルでもそんな価格には・・・。まさか新作を定価で買ったの!?」

「だって色がなかったから・・・」

「アラァーッ・・・」

「4500円も払ったら私・・・、旦那と娘で日帰りバスツアー行けるわ」



ズルッ!!



「ば、バスツアー・・・」

「非常に生々しい話、ありがとうございます・・・」

「あっ、いえいえ・・・。手神さんにお礼言われちゃった・・・」


しかしこうも『高級』『ブランド』『新作色』と言われると、さすがに庶民派体質でもある長谷川は、気持ち的には落ち着かない。

むしろそればかりか、いつにも増して顔色が蒼白してしまいそうな気分であった。


「あ、あの・・・。僕別に今までので」

「ハァ~!? さとっちここまで巴丘さんがやったあとで、そないこと言うの!?」

「今更『いいです~』なんて言ったって、手遅れなのは分かり切ってるでしょ~!?」

「で、でも・・・、ほら。自分用に、とかー・・・」

「ブラウンのファンデなんて、よっぽどのことがない限り使わないわよ~!」

「そもそもSwallowのファンデですら、普段使いしにくいのに・・・」

「ねぇ!」

「ま、マジか・・・。じゃあせめて・・・、お金だけ払わせてください」

「「「「「「「当たり前でしょ!!」」」」」」」


その後はメンバー全員がメイクに集中する形となり、それぞれの専属メイクアシスタントと以外、会話をすることはなかった。


そしてメイク開始から約40分後。

最初に全てのセットが終了したのは、特にメイクへのこだわりが少ない手神だった。

古一から『終わりました』ということばを掛けられ、近くにあった全身ミラーの場所へと向かう。

ミラーの前に立つと、できたばかりのメイクがサングラスと体格に合っているのかを確認。

それが特に問題なければ、古一に再び一礼をし『ありがとうございました』と一言。

これがいつもの流れであった。


そしてこの時も、いつも通りミラーの前で最終チェックをし、毎度のことながら古一のメイクが完璧だったので、その場で『ありがとうございました』と一礼。

その後フッと顔を上げた際に視界に写った光景に、手神は『ん゛っ?』と顔を前に出す。


手神の視線の先には、先ほど話題に上がっていたSwallow Tailのあのファンデーションが、ちょこんとメイク台の上に乗せられていた。

既にファンデーションを使う段階は終了しているようで、長谷川はただ今ヘアーの真っ最中。

そこで手神はあまり邪魔にならぬよう、そっと長谷川と巴丘の前を通過して、そのファンデーションを手に取ってみる。

容器は手のひらにスッポリと収まってしまうほどの大きさだったが、その割には少し軽いと感じ、フタを開けてみる。

すると案の定予想通り、ファンデーションの残りは2/3ほどにまでになっていた。

それも使用した相手がメイクアシスタントだったこともあってか、ファンデーションはものの見事に均等に減っていた。

ちなみに一般的な使い方をすると、大概中心部だけが底が見える形となり、橋の方は未使用時と同じ量が残っている状態になる。


「何してんっすか? 手神さん」


どうやら横目で手神の気配を察したらしい長谷川が、巴丘に髪を弄られながら尋ねる。


「ん? あっ、いや・・・。なんかソコソコ使用したんだなって」

「えっ? マジで? ・・・なんか変化あります?」

「・・・・・・いや。特にはー・・・」

「ん?」


ふっとそんな二人の会話が聞こえてきたのか、同じくヘアーの仕上げ段階に入っていた未佳が、そっと背後の方に首を向けてみる。

そしてそこに写り込んだ長谷川の肌の色に、思わず目を見張った。


「ぇっ・・・え゛ぇ゛っ!?」

「「ッ!!」」

「嘘ぉっ!! 本当にさとっち!?」

「『本当に』って何なんっすか!? 『本当に』って・・・!」


突然真後ろから上がった驚きの声にビクつきつつ、長谷川はあまり後ろを振り返らずに言い返す。


「っていうかいきなり背後で絶叫しないでくださいよ! あぁ~、ビックリした~・・・」

「・・・はい、長谷川さん。メイク終わりましたよ?」

「あっ・・・、このタイミングで?」

「ねぇねぇ、小歩路さん! ちょっと見てよ! アレ~ッ!!」


そう隣に座る未佳に諭され、ちょうどメイクが終わった厘は『一体何事?』と、上半身を長谷川の方へ。

そのあとの反応は、ほぼ未佳と同じような感じであった。


「・・・!! えっ!? ・・・・・・さとっちが普通の色白になってる!!」

「だから『本当に』とか『普通の色白』とか、一体何なんっすか!? 僕ただ地肌にファンデやってもらっただけっすよ?!」


しかしそう話す本人の想像イメージとは裏腹に、長谷川の肌は例のファンデーションによって、普段よりもかなり肌色が強調されたような色合いになっていた。

いつも自虐的に言っていた青白さもなければ、不健康そうな色もない。

さらに巴丘の色のチョイスも的確だったのか、ファンデーションを塗ったことによる違和感もほとんど見受けられなかった。


ただファンデーションは顔にのみ塗った程度だったので、肝心の長谷川にはものの見事に分からない状態であったが。


「こっち全然分かんないっすけど・・・。そんなに違います?」

「全っ然違う! ・・・ねぇ?!」

「うん。逆にメイク前のみかっぺこんな色やったよ?」

「そうそう! エッ?」

「手神さん、分かりませんか? 違い・・・」

「いや~・・・。僕にはそんなに大きな違いはー・・・」


と言いながら小首を傾げる手神であったが、その理由はすぐに判明した。


「あの・・・手神さん・・・」

「ん?」

「色見る時くらいサングラス外してください!!」




【大変、長らくお待たせしました。これより、CARNELIAN・eyesにより、Newシングルリリース記念イベントを、開演いたします。公演中の、カメラ、携帯、ボイスレコーダー等による撮影・録音等は、一切、禁止となっております。発見された場合には】


毎度お馴染みの栗野のアナウンスが流れる中、長谷川・厘・手神の3人は、一足先にステージへと続く通路へと出ていた。

最初に栗野に注意された通り、壁の薄い通路の両サイドからは、かなりにげにげしいファンの声が響き渡っていた。


「すっごい聞こえる・・・」


思わず長谷川の口からそんな言葉がこぼれる中、ついに待ちに待ったアナウンスが流れた。


【それでは入場いたします。まずはCARNELIAN・eyesのアレンジ&キーボード、手神広人さん。作詞&キーボードの、小歩路厘さん。ギターの、長谷川智志さんの、入場です。どうぞ皆さん、盛大な拍手でお迎えください! どうぞ~!!】


アナウンスが終わったと同時に、出入り口付近に待機していたスタッフから『行ってください』と背中を押され、3人は名前が呼ばれた順番に歩き出す。

今回は大阪の時とは違い、ステージまではメンバー専用の通路が設けられていた。


しかし集まってきてくれたファンの人数やギャラリーの多さなどは、まったくの桁外れだ。

聞こえてくる歓声はステージ全体だけでは留まらず、真上の3階テラスからも聞こえてくる。

まさに四方八方から注目されているような状況であった。


〈〈〈〈〈キャアアアァァァ~ッ!!〉〉〉〉〉

〈〈〈〈〈GOD HAND~・・・ッ!!〉〉〉〉〉

〈〈〈〈〈小歩路様ーッ!! 小歩路様ァーッ!!〉〉〉〉〉

〈〈〈〈〈さとっち~ッ♪♪ さとっちーッ!!〉〉〉〉〉


ファンからの黄色い声は、まるでアトラクションか何かの絶叫のようで。

そんな歓声に礼を繰り返した3人は、ステージへ上がるや否や、それぞれの楽器の方へ小走りで向かう。

手神が一部シンセのネジを回し、長谷川がギターを肩に担ぎ、厘が鍵盤を軽く弾き奏でる。


そして全員の顔が『いつでも』という表情になったのを確認し、手神が会場端にいた栗野の方へとコクリっと頷く。

それを合図に、栗野が最後のメンバーの名前を読み上げた。


【そしてCARNELIAN・eyesの歌姫! 作曲&ヴォーカル、坂井未佳さんの登場です! どうぞ~!!】


その栗野の合図と共に、長谷川達が出ていった後に待機していた未佳が、しっかりとした足取りでステージへと向かう。

今回の衣装靴でもあったハイヒールブーツを『コツッ コツッ コツッ』と鳴らし、まるで嵐のようなファンの歓声に背中を押されるかのように前へ。

そしてステージの手前中央に置かれたマイクスタンドへと歩み寄ると、右手でマイクスタンドのマイク部分を。

左手で骨組みの真ん中辺りを握り、手神の合図を待つ。


辺りが状況を飲み込んで静まり返ったのを合図に、手神が『スッ・・・』っと、3本指を立てた右手を頭上へ。

その右手カウントが『0』へと変わった瞬間、4人の新曲『“明日”と“明日”と“昨日”』の演奏が、スタートした・・・。


『内容』

(2001年 8月)


※大阪 イベント会場 楽屋控え室。


栗野

「そういえば今日のイベントライヴって、長谷川さんのご両親が来られるんでしたよね?」


さとっち

「あんまり期待せんといてくださいね?(苦笑) ホンマどうしようもない、田舎の関西人やから・・・(ーー;)」


みかっぺ

「でも見に来てくれるだけでも嬉しいじゃない。私の親なんて、今日二人とも用事があって、NGだったんだから・・・」


コンッ コンッ


栗野

「あっ・・・。はーい! どうぞー?」


ガチャ


さとっちの母

「智ー!!」


さとっちの父

「智~! 見に来たで~?!」


さとっち

「オカンッ・・・!! それに親父まで・・・!」

(なんでよりにもよってそんな大声を・・・(T_T))


さとっちの父

「何をボーッとしとるんやぁ(喝) これから本番やいうのに・・・。あれ? もしかしてそこにおるんはー・・・」


栗野

「あぁ、はい。マネージャーの栗野奈緒美です。本業は未佳さんの専属なんですが、本日はお二人の担当で」


みかっぺ

「・・・あっ(気付) はっ・・・、初めましてっ。CARNELIAN・eyesの作曲とヴォーカルを担当しています。さ、坂井未佳です(緊張)」


さとっちの父

「あぁ~。ほなやっぱり、あなたがヴォーカルの」


さとっち

「別に緊張せんでええよ(ーー゛) 俺の親やし・・・」


みかっぺ

「だって~・・・(抵抗感)」


さとっちの父

「息子から~、色々と話は聞いてはりますよ(^^)」


みかっぺ

(ビクッ!!Σ(@_@。))

「ど・・・、どのような~?(恐)」


さとっちの父

「いや~(^^) 歌声も性格も勢いがあって、力強い人やと(笑顔)」


みかっぺ

「えっ・・・あっ、あぁ~。どうも~(^_^;) ・・・・・・・・・・・・私のことどう話してるの?(ーー;)」


さとっち

「聞き返すなやァ!!(爆)」



『歌声も性格も力強い』って・・・(汗)


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