109.迷宮通路
「えっ? ・・・・・・ちょっと~・・・! もう紙ないや~ん!!」
昼食後再び楽屋へと戻ってきてから、約1時間後。
突然4人が待機していた楽屋内から響き渡ったのは、そんな一言であった。
声の出所は、楽屋内に設けられていたトイレの扉の前。
そしてそんな叫び声を口にしたのは、たった今トイレに入ろうとしていた厘であった。
「えっ? 何? ・・・どうしたの~?」
この厘の声を聞き、テーブル席でのティータイムを満喫していた未佳は、一体何事かと厘の元へと駆け寄る。
そしてそのあとに続くように、同じくティータイムやらギターコードの確認やらを行っていた男性陣二人も、声のしたトイレの方へと向かっていった。
「・・・何かあった?」
「あ、うん・・・。もうトイレの紙がないんよ」
「『紙』って・・・、トイレットペーパーのこと?」
「うん。ほら・・・」
そう言って厘が指差すペーパー器の方を見てみれば、確かにそこに挟まっていたのは茶色い芯の部分のみで、肝心のペーパーの部分は1枚も残されていなかった。
さらにパッとトイレ全体を見渡した感じ、代えのペーパーらしきものも見当たらない。
「ホントだー・・・・・・。あ゛っ! たぶん最後にトイレ使ったの私かも・・・!!」
「・・・えっ?」
「戻ってすぐに入ったから・・・。ゴメ~ン! 全然気付かなかった・・・」
「べ、別に攻めへんけど・・・」
「んで、代えは~・・・・・・・・・見当たんないっすね。とりあえず整備係に連ら・・・あっ。・・・上、戸棚あるやん」
「「ん? ・・・あっ」」
そう言われてふっと上を見上げてみれば、確かにトイレの便座の頭上辺りの位置に、やや横長の棚らしきスペースが設けられている。
棚の戸は閉められていたが、おそらく何かしらのトイレ用品は入っているはず。
「あっ、じゃあ代えのペーパーはそこじゃないの?」
「っすよね? んじゃちょっと棚の中を・・・」
「ア゛ッ・・・! 待って!! さとっち!」
「・・・ん?」
「棚の中私が見るよ。女子なら、何入ってても大丈夫だから・・・」
「ぁ・・・・・・」
とっさに未佳の口から出てきたその一言に、長谷川も意図しているものの内容を察したのだろう。
長谷川は数回未佳と戸棚を見比べた後、コクリと未佳に対して頷き返した。
「・・・お願いしてもいいっすか?」
「うん。ちょっとそっちのちっちゃい椅子ちょうだい♪」
「小さい・・・・・・ああ、コレか。はい」
一瞬どの椅子のことを言っているのかと手神は思ったが、振り返ってみれば背凭れのない白い椅子が目に入り、それを片手で持ち上げながら手渡した。
ちなみあとで分かったことなのだが、この白い椅子は実は椅子ではなく、楽屋内のソファーとセットになっているミニテーブルである。
「Thank you♪♪ ・・・・・・・・・この辺かな? よいしょっと・・・」
まさかこれがテーブルであるとは一切思わず、未佳はスリッパを脱いだ素足で上へと上り、両手で戸棚の戸を開けてみる。
最初に目に飛び込んできたのは、ウエットティッシュやトイレ用洗剤などの清掃用品。
そしてその次に視界に写ったのは、やはり未佳が予想した通り、女性側での必需品用具。
それもかなりの品数だ。
(うっわ~・・・・・・。敷くタイプに貼るタイプに射すタイプ・・・パンツタイプまであるじゃん!! ・・・そういえば家の常備品少ないなぁ~・・・。何なら数枚もらってっちゃおっかなぁ~。・・・・・・って、そうじゃなくて!!)
しかし改めて中を確認してみても、肝心のトイレットペーパーの予備は何処にもない。
と言う以前に、そもそも椅子にでも上らなければ届かないような場所に、代えのペーパーを入れているのが変な話ではあるが。
「みかっぺど~う?」
「ペーパーあった?」
「・・・ううん、なーい。洗剤とか女性用品はあるけど・・・。ここには置いてないのかも」
「えぇ~!?」
「ガチで整備係連絡っすかね?」
「だねぇ・・・・・・。ところでこの椅子・・・さっきからスッゴイ『ギチッギチッ』言うんだケド!! 恐っ・・・!」
『コレ絶対強度試験やってないよ!!』と、最後の最後に文句を言いながら、未佳は慎重に椅子から下りていった。
何度も言うが、コレは座るためのものではない。
あくまでもグラスやリモコンなどを乗せるためのものである。
「でも『整備係』って一口に言っても、かなりの人数がいるよ? ・・・しかも今日のイベントで誰が来てくれるのか・・・」
確かにスタッフの役割りでもある整備係は、ステージなどの機材係の次に人数が多い。
しかもその係の人間は入れ代り立ち代りが非常に激しく、また決められた地域によって、同伴される人間もマチマチ。
そのためほとんどの事務所スタッフは、整備係全員の顔と名前を把握し切れていないのである。
そしてそれがスタッフ達とでの間の話であれば、当然普段から女王アリと働きアリのような関係にある未佳達には、尚のこと誰がどの係であるのか分からない。
いやむしろ、それ以前に顔と名前が一致しているスタッフ自体が少ない感じである。
「誰か携帯とかに入ってる? 連絡先・・・」
「何処の係か分からん番号ならめっちゃある!」
「それじゃあ意味ないだろっ!!」
「私5人くらい入ってるけど、昨日誰も見掛けなかったから・・・」
「ウチさっき一人、顔馴染みの整備係の人見た」
「おっ!?」
「じゃあ今すぐその人に頼んで」
「でも番号分からん」
「「「・・・・・・・・・・・・」」」
こうして毎回困り果てるような状況になると、メンバーは自然と『一番手っ取り早い手段を使おう』という話になる。
現に今回も、早速その手段が未佳の手によって始められた。
「いいよ♪ いいよ♪ 私栗野さんに電話で頼むから」
「あっ・・・、せやね。少し管轄外やけど」
「でも普通ペーパーの予備くらい置いとくもんでしょ? こっちじゃなくて整備側のミスよ」
「まあそういう言い方もできますけどね? 今回は・・・」
そう言って両腕を組む長谷川の傍ら、未佳はいつも通りリダイヤルボタンを押し、栗野の携帯へと電話を入れてみる。
ちなみに普段の栗野は電話に出るスピードも早く、特に未佳から掛かってきたものには、大体3コールが鳴り止む前に出る。
そのためこの時も、今まで通り早めに出てくるものだと思い、一切疑わなかった。
しかしこの時ばかりは何があったか、4コールと6コールになっても、栗野とは一向に電話が繋がらない。
仕舞いには8コール辺りで、ごくごく稀な留守番アナウンスが流れてしまった。
「あれ・・・? ・・・ねぇ・・・、栗野さん出ないんだけど・・・」
「えっ?! そんなことってあるんっすか!? あの栗野さんが・・・!?」
「だって出ないんだもん! 一応出るまで掛け直してみるけど」
「あれ? というか小歩路さん・・・。トイレ大丈夫なの?」
「へっ? ・・・あっ!!」
もしや今の今まで忘れていたのだろうか。
まるで手神の言葉で目的を思い出したかのように、厘はハッとして口を開ける。
「せや、ウチ・・・! トイレ行こうとしてたんや!!」
「って・・・! わっ、忘れてたんっすか!?」
「でも思い出したらめっちゃ行きたくなった・・・。どないしょ~・・・!」
「えぇ~? んなこと言われてもー・・・・・・・・・あっ」
ふっとここで、やや厘の言動に困惑していた長谷川の脳裏に、ある光景が過った。
それはつい先ほど。
皆でレストランへと向かっていた際に通った、関係者用通路の途中。
しかも、さほど自分達の楽屋から離れていないような場所の天井に、あのお決まりの男女マーク看板が吊るされていた。
「そうや、通路・・・!」
「つ・・・、通路?」
「ほら! 通路の途中にあったやないっすか~。関係者用トイレ!」
「通路の途中の関係者よぅ・・・あぁー!! 分かった! 分かった!」
それを聞いた未佳もハッとトイレの場所を思い出し、咄嗟に右手で楽屋の右方向を指差しながら聞き返す。
「ここ出て右に曲がったあと、左手側にあったトイレのことでしょ!?」
「そうそうそう! あそこならここから近いし・・・。特に混んでることもないやろうから」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっ・・・! ちょっと待って!! そのトイレがあるのは関係者用通路なんだろう? もしもウッカリ誰かに、外に出てるところを見られたら・・・!」
確かに自分達は、栗野から『呼び出しにやってくるまで、楽屋からは出るな』と言い付けられている。
先ほど戻ってきた際には、既に今朝ほどのスタッフ達の波はなくなっていたが、かと言って誰にも見られないという保証はない。
目撃されてしまう可能性は大いにある。
しかし本当のことを言うと、今はそんなことで迷っている場合ではない。
多かれ少なかれ、これは人の体調管理に関わる内容なのだ。
そのことをまるで強調するかのように、長谷川が手神に対して言い返しを行う。
「そんなこと言ってる場合じゃないっすよ! 手神さん!! これは非常事態なんっすから・・・。それに、何人かでまとまって移動するんならともかく・・・。単独での移動だったら、ほとんどバレないっすよ。場所もこっちから近いんですし・・・」
「ま、まあ・・・・・・。それもそうかもな・・・」
「うん。私もさとっちの意見に賛成。栗野さん、あとどれくらいで繋がるか分かんないし・・・。小歩路さん、通路の方のトイレ、行っちゃった方がいいよ!」
「せ、せやね・・・! ほなウチっ、あっちの方行ってくるわッ!! じゃあね!?」
「「あ、あぁ・・・。うん・・・」」
余程限界が近かったのか。
厘は言い付けを破ることも抵抗することもなく、やや乱暴にドアを引き開けると、そのままトイレのある方角へと走り出して行ってしまった。
その間、わずか6秒ほど。
「早・・・」
「どうやらー・・・、かなりキテたみたいだね」
「なのに途中まで忘れてたって・・・。どんだけ人間って、感情だけで振り回せるんっすかね?」
「「さ、さぁ・・・?」」
それから栗野とようやく電話が繋がり、ペーパーの代えが未佳達の元へ届いたのは、厘が飛び出してから10分後のことだった。
用件を聞き、すぐさま代えの1ロールペーパーを運んできた栗野に対し、未佳は両脇腹に手を当てて、頬を膨らませる。
「栗野さん遅~い! 私何回も電話したのにぃ~・・・!!」
「すみません、未佳さん。ちょっと機材関係の音がうるさくて・・・、着信に気付かなかったの」
栗野が言うには、ただ今イベントに設置するための最終用具や看板などの作業に追われており、その時の組み立て作業で鳴り響く金属音が影響し、着信音に気付かなかったのだという。
そして仕事がようやく一区切り付いた辺りのところで、携帯に未佳からの電話が複数掛かってきていたことに気付き、慌てて掛け直したとのことだった。
「じゃあバイブにすればよかったじゃなーい」
「バイブだと動き回ってたら全然気付かないのよっ・・・はい! 約束のトイレットペーパー」
「いや~。栗野さん、すんませんっ」
「整備係が誰なのか分からなくて・・・」
「いえいえ。私も全員は把握し切れていませんから・・・。それに、これは整備側のミスなので、気にしないように」
「あっ、はい・・・」
そう言って持ってきたトイレットペーパーを手渡した栗野だったのだが、ここでふっと、メンバーの一人が見当たらないことに気が付いた。
「あれ? ・・・・・・そういえば厘さんは?」
「ア゛ッ!! えっと・・・・・・。小歩路さん、今トイレ」
「えっ? ・・・でも未佳さん、さっき電話で『もうトイレの紙がない』って」
「あっ、だから・・・。『小歩路さんので最後になりそう』っていう話」
「あぁ~、なるほどね? ・・・・・・じゃあ、メイクと衣装の準備ができたら呼びますので」
「あっ、はーい♪」
まさか本当のことをこの場で言えるはずもなく、未佳は適当に嘘八百を並べながら、栗野を巧みに誤魔化した。
こうして一切不審がられずにことを済ませた未佳だったのだが、栗野が楽屋を去ったそのあとも、未佳の目元は不安げに歪んだまま。
そしてしばしそんな表情を浮かべていた未佳の前に、同じく不安げな表情を浮かべたリオが、静かに近付く。
「・・・・・・? どうしたの?」
〔もう10分過ぎだよ? 片道だけで1分くらいの場所なのに・・・、なんかおかしくない?〕
そう言われはたっと壁に掛けられた時計を見てみれば、時刻はもうじき、厘が出て行ってから12分が経とうとしていた。
確かに今リオが言った通り、ここから通路のトイレまでは、行き帰りも合わせて2分程度。
仮に用を済ませて手を洗い、そこからこちらへ戻っていくにしても、5分もあれば十分なはず。
にも関わらず現在の時刻は、その予想時刻から早7分ほどが経とうとしている。
明らかに長すぎだ。
「・・・・・・やっぱり遅いと思う?」
〔うん。・・・いくらなんでもね?〕
「どないした?」
何故かドアの前に立ち続けている未佳が気になったのか、心配した長谷川と手神が、そっと未佳の元へと駆け寄ってきた。
そんな二人に、未佳は『遅いと感じているのは私だけか』と、二人に問う。
「ね、ねぇ・・・。小歩路さん・・・遅くない?」
「「・・・えっ?」」
「だって・・・。あれからもう12分だよ? いくらなんでも・・・」
「そ・・・、そう言われてみたらー・・・」
「確かに遅いっすね。・・・・・・まさか・・・!」
「止めて。私も『まさか』とは思ってるけど・・・。本当にそうだと嫌だから言わないで」
「んなこと言ってる場合っすか!?」
その未佳の発言に長谷川が反論したのと、未佳の携帯にバイブの電話が掛かってきたのは、ほぼ同時だった。
バイブ時特有の『ウィイイイン・・・』という音と、機器自体が起こす微弱振動で即座に気が付き、慌ててテーブルの上に置かれていた携帯電話を手に取る。
画面を開いてみれば、やや見覚えのある番号の真下に、たった今心配していた人の名前。
とりあえず自分達の予想通りになっていないことを強く願って、未佳はその電話へと出た。
「もしもし? 小歩路さん?!」
『みかっぺ!? みかっぺ、どないしょ~っ!!』
「ど・・・、どうしたの・・・?」
『思いっきり迷ってしもた~! もうッ・・・! もうウチ・・・! どっちに行ったらええか分からへん!!』
どうやら、二人が予想していた最悪なシナリオは、不運にも現実となってっしまったようだ。
おまけに5分以上も通路内を彷徨っていたらしい厘は、迷子になってしまったためか、半分パニック状態。
とりあえず詳しい状況を聞き出すため、未佳は必死に電話の向こうで厘を落ち着かせる。
「さ、小歩路さん、落ち着いて・・・! とりあえず今の状況教えて! 何があったの!?」
『う、うん・・・。せやからウチ、トイレ行くトコまではよかったんよ。せやけどそのあと・・・!』
その後厘から詳しく話を聞いてみたところ、未佳達から案内されたトイレの場所にはすぐに辿り着き、一応事無きを得たのだという。
しかしその後トイレから出て行く際に、運悪く行きのとは逆方向の通路へと歩いてしまったらしく。
さらに間違えているとは気付かぬまま、元来た通路にもあった左コーナーを曲がってみたところ、まったく見覚えのない脇道通路が出現。
ここでようやく『間違えた!』と気付き、慌てて道を引き返そうと振り返ると、厘が歩いていた方向にもう3つ通路があり、そこで自分がどの通路からここへ出てきたのかが曖昧に。
さらにそこでじっとしていればよかったものを、厘は自分が歩いてきた通路を探し出そうと、3つある内の一番左の通路へと歩き出してしまい。
そしていくつものコーナーを曲がった後にワケが分からなくなり、現在のような状況に至ったということだった。
普通予備知識的なもので『迷った時はその場を動くな』とはよく言うのだが、どうも厘はそれをしなかったらしい。
人間『ここを通れば大丈夫』などとあまり自分の記憶を過信すると、こんな災難な結果となってしまうのだ。
その話を聞いて、未佳がいたく頭痛を覚えたのは、もはや言うまでもないことである。
「・・・・・・それで? ・・・なんで左の通路に行っちゃったの?」
『だって・・・! あの3つの通路のどれかが、ウチが入ってきた時の通路やったんやもん! せやからとりあえず端から調べよう思て・・・。でもそこで道分からなくなって~』
「普通最初に『迷った』ってトコで止まるでしょぉ?!」
『「迷った」なんて思ってないよ! あん時まだ「間違えた」やったんやもん!!』
どうやら厘が迷子になった原因は、厘自身の感じ方にも問題があったようだ。
「さ・・・、坂井さん? 説教よりも先に、小歩路さんを助けた方が・・・」
「もう衣装替えまで時間も・・・」
「えっ? ・・・あっ! ホントだ!! さ、小歩路さん!? ・・・とりあえず今から電話で案内を」
そう未佳が厘に対して伝えようとした。
まさにその時だった。
ピーッ! ピーッ! ピーッ!
「エッ!? なっ・・・、何!?」
突然鳴り響いたブザー音に、驚いた未佳は携帯を耳から離して、画面を見つめている。
するとそこには、画面いっぱいに映し出された電池表示と、その表示の上に大きく映し出された『×』印。
さらにそれからわずか1秒後、未佳の携帯の画面は真っ暗になり、周りのライトイルミネーションなども灯らなくなってしまった。
「ま・・・、まさか電池切れ!? 嘘でしょ!?」
慌てて手当たり次第のボタンを押してみるものの、携帯はうんともすんとも言わない。
当然、厘との電話も切れてしまっていた。
「嘘ぉっ!! ・・・ホテル出る前に充電したのに・・・!」
〔デコメアレンジと赤外線で、携帯酷使し過ぎたんだよ・・・〕
「あっ・・・」
〔使いすぎだよ!!〕
「・・・でもどうしよう・・・。私充電器置いてきちゃった! ホテルに・・・!!」
「え゛っ!?」
「・・・・・・! そうや! 手神さん、GPS! 小歩路さんをGPS・・・!!」
「!! そうだ! その手があった!!」
長谷川のその提案に、手神は大慌てでスマホを取り出し『小歩路厘』の名前でGPS機能を起動させる。
しかしその機能を立ち上げるに当たって、一つ未佳には心配なことがあった。
「ちょっと待って・・・。小歩路さんって、GPS登録してるの?」
「ご心配なく。僕前に、小歩路さんの携帯、GPS登録しておきましたから」
「えっ? ・・・どうゆう経緯で?」
「いや、普通に・・・。よく行方分からなくなるから、それ防止のつもりで・・・」
「そ、そう・・・」
「あっ! 出てきた!!」
「「ん?」」
検索の結果映し出された厘の居場所に、3人は一斉に画面を覗き込む。
映し出された画面を見てみると、迷っている張本人が通路にいることもあってか、関係者用通路全体の道が、画面いっぱいに映し出されている。
そしてその結果、ただ今厘がいる場所は、未佳達のいる楽屋から差ほど離れてはいない。
しかし厘がいる通路の図よりも、未佳達がいる通路の図の方が色が薄く、おまけにいくつも厘の通路と重なり合っているところを見ると、どうやら階が違うようだ。
「小歩路さんのいる階がハッキリしてる・・・ってことはー・・・」
「まだ1階にいるんっすね。小歩路さん・・・。とにかくまずは2階に上がらないと」
「でもどうやるの? 小歩路さんを迎えに行く?」
「いやいや・・・。口頭でルート案内するんっすよ。ちょっと待って・・・」
と言うと長谷川は、何故か自分のスマホを取り出し、いつぞやの検索時同様、スマホに向かって声を掛ける。
「電話。小歩路厘」
ピリリッ♪
【サホロリン サンニ デンワヲ カケマス】
そんな機械仕掛けのアナウンスが流れ終わると、やがてスマホの画面は、厘への通話画面へと切り替わった。
「これで電話が・・・」
「あっ・・・。そうだ、さとっち」
「ん?」
「小歩路さんと喋る時、なるべぇ~っく! 明るく喋って。さっき電話で喋った時、かなり不安そうだったから・・・」
「・・・よしゃっ! なるべく頑張ってみるわ」
それからコールを鳴らし始めて、約5秒。
よほど未佳との通話切れが不安だったのか。
電話の相手が厘であったにも関わらず、手神は驚くほどの早さで電話に出てきた。
『もっ・・・、もしもし!?』
「もしもし? 小歩路さん?」
『あれ? ・・・もしかしてさとっち?』
「うん。そうっすよ? ・・・いやね、坂井さんの携帯が電池切れやったんで、僕が代わりに電話掛けてんです。どぉーもっ、さっきのデコメアレンジが電池消費したらしくて~」
さすがは元ラジオパーソナリティーと言うべきか。
長谷川は未佳からの要望通り、なるべく明るい声のトーンで厘へと話し掛ける。
すると厘の方も少しばかり落ち着いてきたのか、次第に長谷川の話に相槌や返事をするようになった。
「それで今GPS・・・、ねっ? 覚えてるっしょ? この間僕が設定したやつ。ようは発信機みたいなもんなんっすけど・・・、それで小歩路さんを誘導しますから」
『うん・・・』
「じゃあまずー・・・。階段上がんないといけないんで、今いる通路を真っ直ぐに進んで行ってください」
『真っ直ぐ?』
「そう。真っ直ぐ。・・・間違ってたら教えますんで」
その長谷川の指示通りに、厘は目の前の通路を真っ直ぐに進んでいく。
ルートが合っていたのか、長谷川からの『違う』という指示はなかった。
こうして少しばかり先へと進んでいくと、突然またしても開けた場所へと出てしまい、一瞬焦りが過る。
しかしその開けた周囲を見渡してみると、たった今厘が探していたものが、すぐさま視界へと飛び込んできた。
『・・・あっ・・・、階段!』
「階段あったっしょ? そこ上って行って、一本道ま~すぐに進んでいってください。そしたら曲がってすぐなんで」
実はルートがまったく違うのだが、ただ今厘が上っている階段から一直線で進んでいくと、右に曲がった先で楽屋二つ前の通路に出られるのだ。
だからこのままいけば問題ない。
そう思って疑わなかった3人であったが、現実はそう上手くはいかなかった。
『・・・・・・あれ? さとっち、ダメ』
「えっ? だ、ダメ??」
『入り口前にめっちゃ大きい扉ある。・・・鍵掛かってて開かへん!』
「とっ・・・、扉!?」
「『扉がある』だなんて何処にも書いてないじゃない!!」
確かに未佳の言う通り、手神が持っているスマホの地図上に、扉があるなどの記述は一切ない。
だがそれよりも以前に、GPS機能によって映し出されている地図には、トイレや部屋などという説明ですら書かれていない。
ただ空間的に、人が通れる場所と通れない場所を映しているだけなのだ。
「基本的にGPSって、こんなもんだよ?」
「はぁ~!? 何ソレ!! スマホなのにそんな大雑把にしか映してくれないの!?」
「い、いやー・・・。必ずしもこれは、スマホに限った話じゃ・・・」
「と、とりあえず小歩路さん、一回戻ってください。階段から先、通れないと意味ないんで・・・」
結局厘には、最初に長谷川が電話を掛けた場所まで戻っていってもらい、元来たであろうルートを歩くこととなった。
「小歩路さん。そこ左に曲がったら、すぐ真隣りの通路に行ってください」
『「すぐ真隣り」って・・・。!! ここウチがさっき迷ってたトコやん!!』
「えっ・・・?」
厘がそう叫んだ通り、ここは先ほど、未佳との電話で話していた、3つの分かれ道になっているポイントであった。
ちなみにただ今案内を行っている長谷川は、この部分の会話を聞いていないので、まったく事情を知らない。
『って言うことはー・・・。一番左やなくて、真ん中の通路歩かなアカンかったんや~・・・』
「あ、あんまり勝手に行動しないようにしてくださいね・・・? そのまま隣の通路を突き進んで行ったら、今度は右に曲がってください」
『右やね? 分かったわ』
(・・・よし! このまま右に曲がってったら、階段はすぐそこや)
ふっと手神の画面に映し出されたGPSの動きを見つめ、長谷川は今度こそ、安堵の溜息をこぼす。
とりあえず階段さえ上ってしまえば、あとは特に問題ないだろう。
「よかった~。何とか小歩路さん、こっちに来れそう」
「危うくスタッフの方々に頼むところでしたね」
「とりあえずここのコーナー曲がった辺りで一声掛ければ、どうにか・・・・・・ん?」
しかしここで、またしても予想だにしない事態が発生した。
長谷川の指示通り、通路を進んだ先の曲がり角を右へと曲がった厘だったのだが、その直後に突然、厘の携帯がGPS上から消えたのだ。
さらにそれとほぼ同時に、今まで繋がっていた長谷川との電話も、パッタリと切れてしまった。
もちろんこの突然の出来事に、一番に驚いたのは長谷川と厘の二人である。
「えっ!? ・・・おいおい! なんでや!! こんな大事な時に・・・!」
「まさか・・・さとっちのも電池切れ?!」
「・・・いや! 僕のは電池入ってるで」
「じゃ、じゃあ・・・。まさか小歩路さんの携帯が・・・?」
「でもコーナー曲がった直後ってことは・・・」
確かに未佳が言うように、これは厘の携帯の電池が切れたため、という可能性もある。
しかしそれがコーナーを曲がった直後。
おまけに場所が裏通路などという環境ともなると、もっと疑わしい可能性も浮かんでくるのだ。
「「「圏外!!」」」
「絶対にそうよ! 電波なんてあんまり通ってないわよ! ここ!!」
「で、でもどうしよう・・・! 電話繋がらなくなって、また厘さんが適当に歩き回ったりしちゃったら・・・」
「ヤバイっすね・・・」
「やっぱり迎えに行こうよ!! 発信機が消えたここまで・・・! ねぇ、さとっち~!!」
そう必死に訴える未佳だったが、それもかなり危険な賭けだ。
電波の届いていない場所となると、GPSでの地図情報は一切見られない。
当然、電話も不可能。
そんな場所でむやみやたらと厘を捜すことになれば、自分達も遭難し兼ねない。
それに、その行動を起こすよりも以前に、もっと厄介な問題がある。
「いや、それは出来ないっすよ、坂井さん・・・」
「なんで!?」
「だって考えてもみてくださいよ! 人が一人いなくなってるんならまだしも、手神さんだけを残す形で僕達までいなくなったら・・・! どう栗野さん誤魔化すんっすか!? 『3人みんな、楽屋のトイレ入ってます~』っとでも言います?!」
「おいソレ・・・どういう状況だよ」
長谷川のその発言に、思わず手神が蒼い顔でツッコむ。
「僕嫌だよ~? そんな誤魔化し・・・」
〔ハハハ・・・。むしろ言った直後に、栗野さんが駆け込んできそう・・・〕
「べ、別にそんなの・・・! 『さとっちのコンタ探してる!』で、いくらでも誤魔化せるでしょぉ?!」
「え゛っ? ・・・トイレにレンズ落っことした設定?」
この未佳の咄嗟のシナリオ設定に、今度は長谷川の顔が蒼くなる。
別に喜んでほしいわけではないが、未佳のこういう咄嗟の時の言い訳話作りは、本当にさすがだと思う。
もっともマネしたいとは思わないが。
「とにかく早く小歩路さんを・・・!」
「ああっ! ・・・GPS復活した!!」
「「えっ!?」」
そう叫ぶ手神の画面を見てみれば、確かに先ほどまで表示されていなかった厘のGPSが、消えた場所とはまた違う箇所に表示されていた。
さらにそれと同時に、長谷川の右手に握られたスマホが『ウィイイン・・・』と振動する。
振動の正体は、電話であった。
「あっ!! でっ・・・! 電話や! ・・・も、もしもし!?」
『さとっちのドアホオオォォォ~ッ!! なんで何べんも掛け直してんのに電話出ぇへんの~ッ!! 「案内したるから大丈夫」とか言うたくせに・・・、この大嘘つき~ッ!!』
出た直後に響き渡ったその怒鳴り声に、3人は一斉に身を縮こませる。
折り返しで電話が掛けられたということは、やはり先ほどの通路は圏外であったらしい。
とりあえずそれなりにブチ切れてはいたものの、昼間のあのド怒りよりはまだまだ可愛いものだと考え、長谷川は冷静に厘を落ち着かせる。
「さ、小歩路さん、落ち着いて・・・! たぶんさっきの通路、電波通ってなかったんっすよ。圏外エリア・・・。ほんで今居る場所はー・・・・・・・・・」
『ん? ・・・さとっちどないした?』
「小歩路さん・・・。階段上りました?」
『えっ? の、上ったけど・・・』
「目の前に鉄製の扉ありません?」
『あるよ~?』
「じゃ、じゃあ・・・、その扉出て、左に曲がってください」
そう厘に誘導しつつ、長谷川は空いている方の左手で、ふっと未佳の方に手招きをする。
その手招きに気が付いた未佳が『ん?』と顔で尋ねると、今度は出入り口扉の方を指差し『外に出て』と、指示された。
自ずと長谷川が何をしてほしいのかを察し、未佳が小走りで扉へと向かう。
そして出入り口扉を引き開けた、その直後。
「みかっぺ~・・・ッ!!」
「! 小歩路さん・・・ッ!!」
その声に反応して、ハッと声のした方を振り返ってみれば、右手に携帯電話を握り締めたままの厘が、全速力で未佳の胸へと飛び込んできた。
「あぁ~!! やっと帰れた~っ! めっちゃ迷って恐かったよぉ~っ」
「よかった~、無事で」
「小歩路さ~ん!」
「大変だったんっすね。関係者通路・・・」
「うん・・・。もうウチ絶対に一人で歩かへん!!」
「「「ハッハッハッ」」」
そんな厘の最後の一言に、皆が大声を上げて笑っている時だった。
「失礼しま~す。って、あら? 皆さんどうしたんですか? そんな入り口の前に集まって・・・」
「ゲッ!」
「く、栗野さん・・・!」
「ちょっと長谷川さん? 『ゲッ!』はないでしょ?! 『ゲッ!』は!! ・・・まあそれよりも・・・。じゃあ未佳さんと厘さん。衣装メイクの準備ができましたんで、移動しましょう」
その衝撃発言に、女性二人の顔がカチッと固まる。
「エッ? ・・・もう?」
「今から・・・?」
「はい。今からです」
「「・・・・・・・・・」」
ガクッ!!
「ウチやっと戻ってこれたんにぃ~・・・ッ!!」
「さっ・・・、小歩路さん!!」
「まだ休みたいよぉ~!!」
「え゛っ? だってあなた達今まで休憩時間だったでしょう!?」
「栗野さん。これには少々深いわけが・・・」
「また通路出てくの嫌~ッ!!」
もちろん、そんな厘の訴えが通らなかったのは、言うまでもないことである。
『当たり』
(2004年 4月)
※事務所 控え室。
みかっぺ
「あっちゃ~!! コレもハズレだぁ~(悔)」
厘
「何をみかっぺはあんなに騒いでんの?」
手神
「ん? あぁ・・・。ほら『ラブ バードチョコ』って知ってるでしょ? 僕達が子供の頃からある、チョコのお菓子・・・。そのお菓子の開け口のところにね、ブルーバードなら5枚。レッドバードなら1枚で、豪華プレゼントが当たる『当たりマーク』が付いてることがあるんだ」
厘
「豪華プレゼント? 何が当たんの?」
手神
「さぁ~? それは毎回変えてるみたいだから分からないけど。とにかく坂井さんは、その当たりマークを探してるみたいだよ?」
さとっち
「でもアレ早々出てこないっすよねぇ~。僕もさっき無理やり1個買わされたんっすけど・・・。当たる確率500分の1っしょ?」
厘
「え゛っ!? そんなに少ないん?!」
手神
「しかももう4箱も開けて不発だし・・・(orz) そもそもなんでそのマークを探そうと・・・」
さとっち
「なんか・・・とりあえず今自宅にブルーバードが4枚あるらしいっすよ・・・?(苦笑) 坂井さん」
厘
「あっ、リーチやん・・・」
手神
(一体何個買ったんだ?! 坂井さん(ーー;))
みかっぺ
「さとっち! さとっちが買ったやつ、開けて!!」
さとっち
「・・・いや、当たらへんって。早々」
みかっぺ
「開ける前にそんなこと言わないでよ~!! 早く! 早く!!」
さとっち
「分かりました! 分かりました! 開けますって・・・! でもそう簡単に鳥が出てきたら面白くな・・・・・・・・・(停止)」
手神
「んっ? どうした?」
みかっぺ
「もしかして・・・。当たったの??(興奮)」
さとっち
「・・・・・・・・・」
みかっぺ
「やったぁ~!!(大興奮) ブルーバードキタァァァ~!!(>▽<)」
さとっち
「いや、それが・・・(汗)」
厘・手神
「「?」」
さとっち
「出てきたの・・・。レッドバードやねん・・・」
みかっぺ
「・・・・・・・・・へっ?(゜▽゜;)」
未「なんでレッドバードを引くのよぉ~!!(怒&涙) 私頑張ったのにぃ~・・・!!」
長「!! せ、せやけどホラ・・・! 一応当たったんやから(焦)」
未「私の努力、返してよぉ~!!(大号泣)」
とりあえず次の機会までとっとけ・・・(ーー;)