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108.『ひがも』って何?

メインのロコモコ丼を食べ終えてから1、20分後。

再び喫煙室の扉がノックされ、カートを押しながら店員が入ってきた。

無論、未佳と長谷川のデザートである。


「お待たせしました~。こちらキャラメルハニーパンケーキでお待ちのお客様」

「はい」

「・・・前の方、失礼しま~す」

「は~い・・・・・・わぁ~♪♪ スゴイ・・・」


未佳がそう口にするのも、無理はなかった。

何故ならそのパンケーキは、やや手のひらサイズほどの3枚のパンケーキをトライアングル状に敷き並べ。

さらにその上から、通常の量ではない大量の生クリームを、まるで塔のように立てながら乗せられていたのだから。


だが実はこのパンケーキの盛り付け方、ロコモコ丼の発祥地でもあるハワイ島では極々当たり前。

そしてハワイアン料理を専門に扱うレストランでも、こちらはデザートメニューの一つとして、大体置かれている。

ようは一般的なハワイ流パンケーキなのだ。


もちろん伊達にこの手の店屋に入っていない未佳は、ここで扱われているパンケーキがどのようなものなのか。

大体の想像はついていた。

仮についていなかったとしても、メニュー表にはしっかりと写真が載せられていたので、そこで大体の内容の理解はしていた。


しかしいざ目の前に置かれたパンケーキに視線を落としてみると、こちらが予想していた生クリームの量よりは遥かに多い。

別に『食べきれない』と騒ぎ立てるほどの量ではなかったが、少なくともこれまで未佳が食べてきたハワイアンパンケーキの中ではダントツだ。

内心『さすが・・・関東の海沿いレストラン!』と、未佳は強く思った。


「ナッツチョコバナナパンケーキでお待ちのお客様~」

「・・・・・・・・・」


特に視線を合わせるわけでも、言葉を発するわけでもなく、長谷川はサッと右手を挙げ『自分です』と意思表示をする。

どうやら昨日話していた『甘党男子』のことを、長谷川は未だに気にしているようだ。


しかし未佳がさり気なく様子を伺っているかぎり、店員にそれらしい視線や表情などは一切なく。

普通に長谷川の前に大量生クリームパンケーキを置き、そのあとは食べ終えた食器などをできるかぎりカートに乗せ。

最後に全員のグラスに追加お冷を注いだ後、部屋をあとにしていった。

完璧な来客に対する対応&サービスである。


(行き届いてるわぁ~・・・。これはサービス的に繁盛しそう・・・)

「すごいなぁ~・・・。この生クリーム」

「量もかなりあるし、めっちゃ胸焼けしそう・・・」

「あら。でもコレ、ハワイじゃ当たり前のパンケーキなのよ? ねっ? 未佳さん」


同じく未佳との付き合いで見覚えがあった栗野が、右手で頬杖を着きながら未佳に聞き返す。

その聞き返しに、未佳も『うん♪』と笑顔で頷き返した。


「最近人気に火が点き始めてきたから、色んなところでも見るけどね。それにこの生クリーム・・・、量はすごいけど、日本のやつみたいにドロッとしてないの。なんかサワークリームみたいにサラッていう感じだから・・・。結構スイスイ食べ切っちゃうよね?」

「というよりー・・・。日本のと原材料が違うんでしょうね。メレンゲとか~、ココナッツミルクとか~」

「その辺りは私も分かんないけど・・・。そ・れ・よ・り」

「ん?」


ふっと隣に座っていた人物の方に視線を向けてみれば、既に長谷川はパンケーキを食べ始めていた。

とはいえいきなり未佳が自分の方を振り向いたので、長谷川は一旦食べるのを止め、お冷を一口だけ飲みながら聞き返す。


「何?」

「さっきの店員さん。別にさとっちに対して普通だったよ? なのに何? あの態度・・・」

「いや。・・・いやいやいやいや。ちゃんと目つき見てないでしょ? 坂井さん」

「見てたわよ。むしろさとっちよりは凝視してたわよ。というかさとっち、思いっきり目線合わせようとしてなかったじゃない!」

「いやいやいやいや・・・。きっとああいうのは、カート押しながら死角になってるところでこう・・・」


と言ってさも人を非難するかのような表情を真似る長谷川に、店員の味方側に付いていた未佳はズバリと言い返す。


「そういうのを業界用語で『ひがも』って言うのよ!!」

「ぶッ・・・! ゲホッ!! ゴホッ!! ゲホッ・・・! ちょっ・・・、水飲んでる時に言うかぁ?! 普通~?!」

「ふんっ」

〔ねぇねぇ、未佳さん。『ひがも』って、な〕



むギュッ!!



(いいの、アナタは~!! 知らなくてぇ・・・!!)


とっさの判断で聞き返そうとしたリオの口元を、未佳は長谷川の方を向いたまま、右手だけで押し塞いだ。


ちなみにたった今リオが聞こうとした『ひがも』とは『被害妄想』のギャル風略語。

本来ならば未佳が使うことも知ることもないはずの言葉ではあったのだが、何せ未佳の友人の一人が日常的にメールなどで使用していたので、いつの間にやら染み付いてしまったというわけである。


ただし、実際に未佳自身がそれを口にしたのは、今回が初めてだ。


(あ゛ぁ゛・・・。大阪に帰ったら、綺花にメールしなくちゃ・・・。『ギタリストに思わず「ひがも」言っちゃった』って・・・)

「えっ? 『ひがも』? ・・・何?? 『ひがも』って・・・」

「「「被害妄想」」」


そうとっさに未佳と厘以外の3人が、声をハモらせながら手神に言い返す。


「あっ・・・、えっ!? 何? 今『被害妄想』のことを『ひがも』って言うの?!」

「ウチ知ら~ん・・・。最近よう使うん?」

「まあ・・・。よく若い娘とかギャルが使ってる感じの・・・あれ? ・・・・・・っていうか坂井さん、よくそんなの知ってましたね」


むしろそれをそのまま長谷川に聞き返したいと、この時の未佳は強くそう思った。




大量の生クリームが印象的なパンケーキではあったが、二人がそれを食べ切るのに、時間は5分と掛からなかった。

デザートも食べ終え、ついでに口元もナプキンで拭き終えたところで、ふっと栗野が携帯で電話を掛ける。

電話の相手は、金銭担当の若い男性スタッフ。

内容は『これから店を出るので、会計を済ませてほしい』と言った感じのもの。

ここで先に会計を済ませてもらい、自分達はタイミングを見計らった後、店の外へと出ていくのだ。


「はい。・・・はい。そうです。はい。え~っと会計がですねぇ~・・・。全部で、6690円です。はい・・・。すみません、約2名ほど予算オーバーなくらい食べてしまって~・・・」



ズルッ・・・



「ははは・・・。はい。はい。よろしくお願いしまーす。はーい・・・・・・。ハァー・・・。ざっと1500円オーバーだわ・・・」


ふっと伝票用紙をマジマジと見つめながら、栗野がボソッと呟く。

どうやら昨夜のミーティングでは、ここでの昼食代予算を5000円までに留めたかったらしい。

もっとも『6人で5000円まで』という金額設定も、些か厳しすぎるような気もしなくはないが。



コンッコンッ



「! はーい」

「失礼します~。・・・先ほど“難波”様という方からお電話をいただきまして」


『難波』というその名前を聞いて、ふっと皆の脳裏に、昨晩『酒井』と記入した男の顔が過る。


(間違いない。あの人だぁー・・・)

(他に電話担当おらへんかったんかいな・・・)

「お帰りでよろしいですか?」

「あっ、はい」

「ロコモコ丼もデザートも、とっても美味しかったです♪」


空かさず未佳が味の感想を口にすると、店員はニッコリと微笑みながら『ありがとうございます』と、頭を下げた。


「じゃあ外に・・・。今喫煙席って、どんな感じですか?」

「それが・・・。やはりお客さんの方々待っているようで、皆さんを・・・。ほとんど入れ代っていないんです。あとから入られた方々も、Tシャツにバンドのお名前が・・・」

「あぁ~・・・。一番恐れてた感じの状態かぁ~・・・」


思わず栗野の本音がぽろりと零れる。


だがここで、いつまでもファンがいなくなるのを待つわけにはいかない。

それにここで今のファンがいなくなるのを待っていたとしても、どうせまた次のファンがやってくるに決まっている。

ならばより熱狂的なファンが入ってくる前に、今の段階で出ていってしまった方が賢明だ。


「ちょっと私外でて、様子見てくるわ」

「あっ、私はどうします?」

「日向さんはそこにいて。とりあえず私・・・見てくるから」

「は~い」


栗野はそれだけ言い残し、一人喫煙室の外へと出ていった。

その間、喫煙室内に残されていた未佳はふっと、同じく栗野が戻ってくるのを待っていた店員に声を掛ける。


「店員さん。店員さん」

「あっ、はい」

「色紙~、とかってありますか? ・・・あったらサイン、書きますよ? お店用に・・・」


未佳はそう言って、両手で色紙を表すかのような四角形を指で描く。


本来、事務所側が認めていない場でのサインはご法度なのだが、ここはイベントでの昼食場として、関わった場所。

さらに、わざわざ店側は喫煙室を午前中まで使わずに貸し切り、さらには移動中の時や食事の時など、色々と配慮や心配りなどもしてくれた。

そんな場所でもあったからこそ、未佳なりにお礼がしたかったのだ。


「えっ・・・えっ? いいんですか?」

「いいよね? ねっ?」

「えっ? うん、まあ」

「料理美味しかったし、色々と心遣いとかも・・・してくれましたしね」

「ええんとちゃう? 別に」

「日向さんも・・・いいでしょう?」

「・・・・・・まぁ~・・・、許容範囲かな?」

「色紙ー・・・、たぶんレジの横辺りに置いてあったと思いますので・・・、取ってきます」


店員はそう言うと、一旦レジのところにある色紙を取りに、喫煙室をあとにした。

その間、日向はカバンの中に入っていた太めのサインペンを取り出し、それを未佳に手渡す。


「はい。今日はコレしか持ってきてないけど・・・」

「大丈夫。コレで十分♪ 十分♪」

「書ければなんでもいいんっすよ。とりあえず・・・」



ガチャ



「色紙、取ってきました~」

「あっ、はーい」


ふっとその声に反応し視線を向けてみれば、店員は色紙を胸元に抱くかのようにして、これまで同様なるべく室内状況が見えないよう、サッと喫煙室内に戻ってきていた。

抱えられた色紙を受け取ってみると、その色紙は外縁が金色で、さらに外縁の中には金ラメが入っているのか、色紙を動かすごとにキラキラと光り輝いていた。


だがこのような色紙は、よく文房具などで目にするポピュラーなもの。

特にこれまで色々な場所でサインをしてきた未佳達からしてみれば、この色紙はよく目にしてきたタイプの色紙である。


「じゃあ手神さんから書いてって回してこう!」

「えっ? 僕から??」

「だって・・・それなら普段と逆回りなだけで、あんまり順番変わんないじゃない」

「・・・・・・あっ。僕、小歩路さん、長谷川くん・・・、アンカーね?」

「そそっ♪」

「了解。了解」


サインを記入する順番を把握したところで、長谷川は昨日同様慎重に。

ざっとサインに5秒、一言コメントに4秒ほど費やす形で、サインを色紙に記入していく。


残念ながら色紙を立てるようにして書いていたので、手神が何を書いているのかまでは分からなかったが、その様子を黙って見つめる店員に、未佳はふっと尋ねた。


「ところでこちらのお店って・・・、他に芸能人の方のサインとかって、飾ってあったりするんですか?」

「あ、それがー・・・・・・。実はまだ一枚もないんです」


半分残念そうな、苦笑するかのような表情で話す店員に、ワンポイントほど遅れた未佳の『えっ?!』が響く。


「2階にあんなステージがあるのにぃ?!」

「は、はい~・・・。一応、これまでに有名な方々はたくさん、あそこのステージは使用してくれたんですけど・・・。食事はいつも楽屋の方みたいで・・・」

「じゃあもしかしてあの色紙はー・・・」

「はい。『もしも』の機会のために、お店で取ってあったものなんです♪」

「あっ、やっぱり・・・?」


内心その予想を察していなかったわけではないが、こうハッキリと言われてしまうと何の言葉も出てこない。


特に『ほとんどの人は楽屋で食事』という情報に関しては、ただただ自分達の自由さ加減に唖然とした。

本物の有名人ならば人目を避けるはずが、こちらはバリバリにその姿をさらけ出している。

しかもさらけ出したいから見せているわけではなく、単に『外で食べたい』という欲望のためだけに、だ。


(な・・・、なんか私達って・・・。他とかなり感覚ズレてるのかも・・・)

「あのー・・・。逆にそちらいいんっすか? お店最初のサイン記入者が、僕らみたいなローカル人で・・・」

「えっ? ・・・そんな『ローカル人』だなんて~。外のお客さんの数を見たら、全然『ローカル』だなんて感じませんよ」

「それに、誰しも最初は“無名”ですからね」


ふっと相変わらず頬杖を付いたままの日向が、口元に薄ら笑みを浮かばせながら言う。


「まあ・・・、そうっすよね? はい! ラスト坂井さん!」

「おっ、早っ!」


こうして未佳にサイン色紙が回ってきたのと、様子を見に行っていた栗野が戻ってきたのは、ほぼ同時だった。


「皆さ~ん! 外の方大丈夫そうなんで、すぐに部屋を出」

「待って~! あともう少しだから・・・!」

「ん? ・・・と言うより未佳さん、名に書いてるの?」

「お店用の色紙に、皆さんでサインを書いてるんです。ついでに一言コメントも♪」

「・・・そう言うアナタが許可したのね? 日向さん」

「あら? いけませんでした? このくらいは許容範囲でしょう?」

「・・・まあ個人ではないからいいけど・・・。未佳さん、記入は“巻き”でお願い」

「そんな~! 私を誰だと思ってるのよぉ~?? 10秒もあれば十分!!」


そう未佳は色紙を見つめたまま口にすると、素早くペンを色紙へと走らせる。

まずはサインではなく、色紙下部にバンド名の『CARNELIAN・eyes』。

次に左上部の隅辺りに『美味しいロコモコ丼&デザート ありがとう♪』という味コメントと、ラフ画状の自身の似顔絵。

そして最後に、左上部に一人分だけ空けられていたスペースに『Mika S』と、洒落た筆記体でシャシャシャッと書き込む。

その記入時間、わずか8秒。


「はい♪」

「「「早っ!!」」」

「相変わらず記入速度が早いわぁ~・・・」

「しかもそこまで雑にもなってるわけでもないっていう・・・」

「エッヘヘ~♪ だって私の得意分野だし♪」

「ソレ自分で言います?」

「ちょっと皆さんが何書いたのか見せさせて~」

「じゃあ私も・・・。どれどれ~?」


そう言って未佳から受け取った色紙に、栗野と日向はどんなものかと目を通す。


色紙には、中心のところに4人のサインが2段構えに書かれており、それぞれ左右どちらかの余白に、一言コメント。

さらに色紙の一番下の箇所には、先ほど未佳が横書きで記入した『CARNELIAN・eyes』というバンド名が記入されていた。


ちなみに未佳以外の一言コメントの文字であるが、長谷川は自身がデザートを食した感想から『デザート美味しくいただきましたっ!』。

厘は野菜ベースを食べたということもあり『シャキシャキ生野菜 美味』という、何とも厘らしい断片的な一言。

そして最後の手神は、料理以外に店の気配りなどにも感銘したのか、コメントに『料理とお店側の心配りが、とても温かかったです。ごちそうさまでした♪』と、書き込まれていた。

おまけにあえて遊んだのかどうかまでは分からないが、序盤の『温かかった』という言葉は、その料理と店員の気配りの両方で受け取れるものとなっている。

まさに、洒落が好きな手神風の掛け言葉だ。


「・・・・・うん。いいんじゃない? 皆さんの性格がよく出てる感じで」

「・・・そっ?」

「ええ。じゃあ・・・、是非、飾ってください」

「はい♪ あとで禁煙席中央の、壁に掛けてある時計の横に貼っておきます」


どうやらこの店員いわく、一番人目に付きやすいのは、その掛け時計の隣であるらしい。


もっとも第三者からしてみれば、それは時計を見ようとした拍子に、偶然目に入ってくるだけなのではないか、という気もしなくはなかったが。


「よろしくお願いします。・・・さてとっ。・・・じゃあ皆さん、そろそろ行きましょうか」

「そうっすね。これからが僕ら本番なんやし・・・」

「みんな荷物持った~?」

「大丈夫」

「こっちも準備完了!」

「じゃあ出ますよ~? ・・・皆さん入ってきた時と同じように、い・そ・い・で! 移動してくださいね?! 行きますよー!?」


その言葉を最後に、栗野は力いっぱいに扉を引き開ける。

最初に外へ出ていったのは、メンバーが通れるよう通路の周囲ガードを任された日向。


続いて本命のメンバーである手神が出ていったのだが、どうも入りから座っていたファン達は、自分達の態度や行為が問題になっていたと感付いたのか。

テーブル席からは先ほどよりも若干控えめな声援が上がり、手を伸ばして触れようとするものもいなければ、サインを求めようとする姿もない。

皆が皆、黄色い歓声やら掛け声やら手を振ったりはするものの、それ以上の行動を取ろうとする者は一人もいなかったのだ。


ただ周りの反応がこうも控えめになると、少々警戒をしていた手神の気も緩んでくる。


〈〈〈〈〈手神さ~ん!!〉〉〉〉〉

〈〈〈手神さ~ん! 手神さーんッ!!〉〉〉

(いけない・・・いけない・・・。なるべく答えないようにしなくちゃ・・・)

〈手神さんご馳走さん!!〉



ズルッ・・・!



〈〈〈〈〈ハハハハ!!〉〉〉〉〉

「ぼっ・・・、僕が払ってるわけじゃないよ!?」

〈〈〈〈〈ハハハハッ!!〉〉〉〉〉

「5時にまた! またね!?」

〈〈〈〈〈イエ~イ!!〉〉〉〉〉


手神がそう言いながら左手を上げると、ファンも片手のどちらかを上げて振り『バイバイ』という意思表示をする。

その後手神に続いて、残りの3人が固まった状態で退出したのだが、ここでまたしても予想だにしないハプニングが発生した。


それは、手神が待つ第2扉を出たあとの空きスペースへ、3人で向かっていた時のこと。

厘を先頭に、長谷川、未佳の順番で出口を目指していたのだが、その際もテーブル席からのファンの掛け声は凄まじく、時折長谷川達の走っている速度が減速するなどしていた。


〈〈〈〈〈小歩路様~!! 小歩路様ーッ!!〉〉〉〉〉

〈〈〈〈〈キャーッ!! さとっち~っ!!〉〉〉〉〉

〈〈〈〈〈みかっぺ~ッ!! みかっぺ~ッ!!〉〉〉〉〉

(な、なんかそれなりに控えめにはしてるみたいだけど・・・)

(ちょっとこの声のボリューム気になるなぁ~・・・。迷惑にならんうちに早よ出よっ)

〈さとっちクリーム付いてる!!〉

「えっ! 嘘っ!?」


ふっと何処からか聞こえてきた女性ファンの言葉に、長谷川は慌てて足を止めながら口元を手で探ってみる。


しかしいくら手の甲や指で触ってみても、生クリームらしきものには一向に触れない。

それによくよく思い返してみれば、デザートを全て食べ終えたあと、長谷川は口元を数回、ウエットティッシュで拭いているのだ。

付いているはずがない。

それに、もしも口元にそんな風なものが付いていたら、ずっと真隣りにいたこの未佳も、何かしら一つぐらいは言っているはず。


そんないくつもの不審な点が浮かび上がり、ようやく今の発言がガセであったと気付いたのは、それから10秒ほど経ったあとであった。


「付いてないやん!!」

〈〈〈〈〈ハハハハッ!!〉〉〉〉〉

〈さとっちデザート食べたんだ~!!〉


この空かさず聞こえてきたファンの言葉に、長谷川はまたもやあることに気付く。

あれは単なるガセ発言などではなく、自分がデザートを食べたのかどうかを確かめるためのものであったのだ、と。


〈食べたんだ~!〉

「食べましたが何か?」

〈〈〈〈〈アッハッハッハッハッ!!〉〉〉〉〉

「ハハハ。んじゃ! さいなら~♪」


最後にそう締め括った長谷川が、ふっとテーブル席を見つめながら手を振り、正面を向き直ったその時だ。



ガンッ!!



「痛ッ・・・!!」

〈〈〈〈〈ッ!?〉〉〉〉〉

「えっ・・・、エッ!?」


一瞬、未佳には何が起こったのか分からなかった。

ただ何かが強くぶつかったような音がして、瞬時に音のした方に視線を向けてみれば、長谷川が出入り口前の扉の辺りで蹲っている。

そして目の前の厚いガラス扉は、何故かガッチリと閉められていた。


「へっ?! えっ!? な、何?! ・・・何が一体どうしたの!?」


イマイチ状況が読めぬまま、とりあえず未佳は長谷川の元へと駆け寄ってみる。

駆け寄ってみると、長谷川は自分の顔を両手で押さえながら、下を向いて蹲っていた。

おかげで表情の一つも見えやしない。


そんな長谷川の様子に未佳が困惑していると、入店時から出入り口付近のテーブル席に座っていた常連ファンが、たった今起こった出来事を未佳に向かって叫んだ。


〈さとっちが扉にぶつかった!!〉

〈今顔面『ガチーン!!』って・・・〉

「・・・・・・ハァ~?!」

〈画面からぶっかった! 顔面!!〉

「『ぶつかった』って・・・」


なんでもこの常連組が言うには、ファンに向かって手を振った後、外に出ようと正面を向き直ったらしいのだが、その際に運悪く扉が閉まってしまい、長谷川は画面をガラス扉に強打してしまったのだという。


ちなみに長谷川の前方不注意が原因なのかと言うと、実はそういうわけではなく。

原因は、長谷川の前に出入り口扉から出ていっていた、この人物にあった。


「小歩路さ~ん! 小歩路さ~ん!!」

「・・・・・・へっ?」

「なんで扉閉めちゃうのよぉ~! 『開けっ放しにしておいて』って、栗野さん言ってたじゃなーい!」

「・・・! あ゛っ! アっカ~ン!! 閉めてもた~!」

〈さとっち大丈夫ー?!〉

〈氷あるよ~!?〉

〈ティッシュ持ってるよ~?!〉

〈あっ、私も持ってる!〉

「エ゛ッ!? ま・・・、待って! 鼻血出てるの?!」

「ちょっと! 二人とも何やってるの!!」


ふっと一向に騒ぎが収まらない店内を不審に思ったのか、最後に残っていた栗野までもがこちらへとやってくる。


するとここでしばし痛みが引いてきたのか、しゃがみ込んでいた長谷川が突然ムクりと立ち上がり、さらに右手を少しだけ上げて『大丈夫』と、意思表示。

だがやはりまだ痛いものは痛いようで、長谷川は鼻の辺りを押さえ付けたまま。

代わりに反対側にいた厘が扉を開け、残る3人が長谷川の背中を押す形で外へ。

その去り際、未佳は店内のファンに対し『もしかしたら鼻に脱脂綿入れてるかもしれないけど、気にしないで!!』とだけ言い残した。


その後ややゴタゴタに固まった状態で、6人は行きの時と同じ関係者用通路へと帰還。

暗がりの中、未だ鼻の辺りを両手で押さえたままの長谷川の顔を、5人で覗き込む。


「痛~い・・・」

「さとっちゴメ~ン・・・。ウチがついウッカリ扉閉めてしもたから・・・」

「まあ厘さんの『ウッカリ』は、毎度のことですけどね・・・」

「で? 鼻どうなってるのよ、さとっち・・・。押さえてたらこっちも分かんないでしょぉ~?!」


いつまでも押さえ付けたままでいる長谷川に痺れを切らしたのか、両脇に両手を当てた未佳が、半分ジト目のような目つきで長谷川を睨み付ける。

すると長谷川もその視線が若干利いたのか、ゆっくりと両手を鼻の辺りから少しずつ離していく。


その結果。


「ん~?? ・・・・・・何よ~。別に鼻血も出血もしてないじゃなーい」

「!? んなアホなァ~ッ!! あんなに激しくぶつけたんっすよ?! 絶対に鼻の骨折れたて・・・!」

「は、長谷川くん? 僕がこんなこと言うのもなんだけど・・・。鼻には骨なんてないからね?」

「しかも折れても曲がってもないし・・・。ただ赤くなっただけ・・・」

「だって赤くなったんでしょ?!」

「あぁ~、大丈夫。大丈夫。さとっちの場合『日焼け』って言えば誤魔化せるから」



ズルッ・・・!



しかし元々回復力がよかったということもあり、その後6人が楽屋へと戻った頃には、長谷川の顔の赤みは、ほとんど元の白い肌に戻っていた。


『初ライヴ』

(2001年 2月)


※大阪 グランリバーフォーラム。


みかっぺの母

「わぁ~!!w(゜0゜)w 昔学生時代に友人と来たことあったけど、やっぱりここおっきいわぁ~(圧巻)」


みかっぺの父

「初めてのライヴをここでやるって、未佳もかなり人気者になったちゅうことやな(感心)」


みかっぺの母

「何言うてんのよ~。大阪には大きいホールと小っちゃいホールしかないんだから~。間のサイズの場所がないから、こんな大きなホールになっちゃったのよ~・・・(嘆)」


みかっぺの父

(いや、その言い方がどうかとは思うが・・・(苦笑))


※ホールの入り口付近。


みかっぺの母

「あら・・・。でもここら辺までやってくると、結構人がいるわねぇ~(意外)」


みかっぺの父

「あぁ~。・・・ところで今日って、未佳のバンドだけなんか?」


みかっぺの母

「えっ? んな、まさかぁ~(軽笑) 初ライヴで『新人だけ』なんていう状況ないでしょ~\(▽⌒゛)」


みかっぺの父

「・・・・・・まっ。そらそうやな」


※大阪 グランリバーフォーラム 楽屋部屋。


みかっぺ

「お父さん、お母さん、いらっしゃ~い♪♪(ハイテンション) 来てくれたんだ~(^0^)」


みかっぺの母

「だって娘に『来て』って言われたもんやから・・・」


みかっぺの父

「それにしてもデッカイホールやったなぁ~」


みかっぺ

「うん。私達も初めて見た時ビックリ(笑) ねっ?」


さとっち・厘・手神

「「「うんうん(頷)」」」


みかっぺの母

「でも出番自体は短いんでしょ?」


みかっぺ

「・・・・・・エッ?(゜▽゜;)」


みかっぺの父

「まさか未佳のバンドだけで、このホール使うわけやないやろ~う? 他にも別のアーティストさんが」


みかっぺ

「えっ? ・・・ゴメン、外の貼り紙見た?(確認)」


みかっぺの父・母

「「・・・・・・いや(爆)」」


みかっぺの母

「でも人はたくさん外にいたけど・・・。未佳のバンドだけのファンじゃないんでしょ?」


みかっぺ

「えっ、いや・・・。私達のファンだけど・・・(苦笑)」


みかっぺの父・母

「「・・・えっ?!」」


みかっぺ

「だって・・・。今日私達の1stライヴツアー初日だもん。。。」


みかっぺの父・母

「「・・・・・・・・・」」



この時初めて・・・。

みかっぺの両親はみかっぺのバンドの人気を目の当たりにしたのであります(爆)



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